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「宙の発明家」第一章①

『宙(そら)の発明家』

 プロローグ

宙(そら)って、知っているだろうか。
もちろん地上ではない。宇宙でもない。
そして、空でもない。
その場所。
その世界、ちゃんと分かっているのはオレ様だけ。
ま、仕方ないさ。オレは天才だもん。


*****

七つの街の最も西に位置する、迩史(にし)の街から郊外に数キロの地点。
気温は摂氏0度。
きりりと締まった夜の空気を押しのけるように、それは現れた。ずんぐりとした楕円を描く機体。月明かりに鈍く銀色に光り、宇宙の深遠を見せる夜空を遮った。音もなく、漂うように月夜を進む。
例えるなら魚。その丸い物体の側面には、トビウオのヒレのような物体が大きく左右に飛び出ている。極端に丸みを帯びた体、尾ヒレに似たものがついている。腹ビレのある位置には、なにか小さな箱のようなものが巨大なそれに張り付くようにあった。大きめのムナビレがひらりと動いたかに見えたその瞬間、その巨大な物体は、ぐんと沈むように下降し始めた。
巨大だ。下降するにつれ、その大きさが把握できる。それの作る月影は下を走る街道を覆い隠す。全長五十メートルはありそうだ。
それは、ゆったりとした動きのまま真っ暗な大地にずしりと身を置いた。
ゆったりとした動きからは想像もつかない地響きを発した。その音は遠く離れた迩史(にし)の街まで響き渡り、地を揺らした。

「な、なんだ?」
迩史の街から真南にある南制(なんせい)の街へと旅の途中だった商人は、真っ暗な寝所で目を覚ました。そこは、旅人のために解放されている小さな礼拝堂の地下。地響きとともに、天井の埃らしきものが顔にかかった。
「うぷ、なんじゃ、こりゃ」
「おい、お前、ガキじゃあるまいし、落ちるなよ」
闇の中、仲間のあきれた声がする。
「俺じゃねえよ、お前だろうが」
「だからこんな、薄汚ねえとこ嫌だったんだ。街で女のいる宿がよかったのにさ」
「そりゃ、話し合って決めただろうが」
男は髪をかきむしりながら、ムクリと起き上がった。隣の男を見ると、簡単な木でできた寝台から落ちている様子はない。ふん、鼻息を一つ吐き出すと、鼻の下に伸びたひげをごしごし指でさする。
「なんだよ、じゃあ、さ。さっきのは」

二人が宿泊している無人の礼拝堂は、城壁で囲まれた街の外に点在している。ここでは夜の外出を宗教で禁じているために、旅人が困らぬよう、礼拝堂の地下を、簡易の宿泊所として誰でも利用することができるようになっている。
都市に近いあたりなら整備もされるが、この辺境では埃くさいくたびれた礼拝堂に好んで泊まるものも少ない。この夜、ここを利用しているのはこの二人だけだった。この街はずれ、しかも禁じられている夜の時間に、活動する人間なんていない。
「んー?なんだって?」
二つ年下のくせに態度の大きい相棒が、不機嫌に寝返りを打ったようだ。
「うるせえ」
一方的に自分のせいにされたような気分で苛立ち、男は、闇の中、這うようにして地下室を出る。
男は唖然として、階段の上を見上げた。
上階の礼拝所は半壊し、失った屋根の間から差し込む月明かりで青く照らされている。
「おい、一体」
意を決して立ち上がる。崩れた瓦礫の中に聖人の像が横たわっているのに気付き、小さく十字を切った。寒さだけではない何かに震えながら、夜空を見上げる。
生まれて初めて見る夜空に、男は不吉なものを見るように思わず身を縮ませた。何度も瞬きする。そして、目の前に横たわる大きな物体に気づいた。
「なんだ、おい、どうした?夜の闇に身をさらすなんて、何を考えてる、教えに反するぞ。うわ!なんだこりゃ!」
背後から声をあげる仲間に、逆に男は気を落ち着けた。仲間を振り返ると、声をかける。
「おい、警備隊に知らせるんだ!」
仲間があわてて隣に立つ。
「けど、おい、夜は動いちゃいけねえんだ!」
「ふざけるな!そんな、こと、言ってられるか!それにな、上手く行きゃ、コレはお手柄さ、報奨金、もらえるぜ」
男はにやりと笑った。逞しい、商人の顔だ。
礼拝堂の脇に縛り付けてあった二頭のラマのうち、一頭は既に死んでいた。
残った一頭は音と地響きで興奮している。二人の姿を見ると鼻を鳴らした。
乗れと言わんばかりに。

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「宙の発明家」第一章②



その部屋には、ごちゃごちゃと、様々なものが散らかっていた。
四方の壁面を埋める棚には、金属の塊やら、木の切れ端、巻かれた針金のようなもの、色とりどりの液体の入ったビンや石の固まり、いろいろと詰め込まれている。部屋の真ん中の作業台には広げられた設計図、定規が散らかる。飲みかけのホットミルクが書類の下に隠れて冷たくなっている。作業台の上には配線図のような細かい記号やら文字やら書かれた紙が分厚く束になって、積まれている。
天井の全面から入る、柔らかい白い光が空中の埃とともにそれらを照らす。
背を向けて、木の椅子に座って、手元のデンワを見つめて黙り込む少年。
セキアは腕を組んで、少し笑った顔になって言った。
「クラフさま、ここでもできるじゃないですか」
「な、にができるって?」
険悪な空気が漂ってくる。
「クーちゃん、できたかえ?」
ほうけた声をかけて、扉を開けたのは、クラフよりもっと背の低い、禿げた老人だ。髪とは対照的に、白い立派なひげが、胸の辺りまである。黒い足首までの長い上着、黒いブーツ。まるでハンドパペットのように見える。歳の割りにぴょこぴょことすばやく歩く。杖もない。
「丁度いい時に!じじい、コレ持って外出てみて」
クラフは顔をほころばせ立ち上がると、セキアの持つデンワを引っつかんだ。
「クラフさま!教皇様にじじい呼ばわりはやめなさいと、いつも言っているでしょう!」
「うるさいな、役立たず!」
力をこめるセキアからひったくるようにデンワを取る。
「まあまあ、セキア。クーちゃんは特別じゃ。どれ、貸してみなされ。楽しみじゃ」
ニコニコ笑う教皇に、セキアは黙って一礼する。表情は険しいが。
「クーちゃんっての止めろよな!」
デンワを渡しながらクラフは教皇をにらみつけた。
「あなたが言えた義理ですか!」
セキアの怒鳴り声も無視して、クラフは教皇に舌を出してみせる。笑うその顔は整って美しく、教皇は嬉しそうに笑った。
「どれ、行ってこようかの!クーちゃん、わしがワシじゃ、と言ったらアイシテルじゃぞ」
「ふざけんな!じじい!」
ほほほ、と変な笑い声を残して、老人はちょこちょこと部屋を出た。
「まったく、教皇様はクラフさまに甘くていかん」
ぶつぶつ言いながら傍らに立つセキアを無視して、クラフは再び椅子に座るとデンワのスイッチを入れた。

「そろそろいいかな」

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「宙の発明家」第一章③

★★★ さ、今回もクラフ君は元気いっぱい我がままし放題!★★★



この世界に、名前はない。
クラフがそれを知ったのは、いつだったか。
透き通る夜空。久しぶりの外の空気を吸って、クラフは空を見上げた。
黒々とした闇に、星が煌く。美しい。
静かに流れる風は、いつも西から東に吹く。偏西風。一年のうち半分は偏西風だが、残り半分は偏東風になる。季節は、それに合わせて祈季(せっき)、典季(てんき)と言われている。北の一つ星に向かって、祈りの印を作る右手から吹く風の時が祈季、逆に経典を持つ左手から吹く風の時期が典季。この国を統べる宗教の最上位となる大教皇の、祈りの形を現したものだ。
そんな立派な立場の大教皇は二階のバルコニーから応援と称して黄色い声をあげる。クラフは皇宮のもっとも高い位置、大きな球体を描く屋根キューポラの尖塔の部分に、デンワのためのアンテナを取り付けながら、大教皇を見下ろす。
「クーちゃん、がんばれ!」
「うるさいっての!言われなくてもがんばってるさ」
声は届かず、振り向いたことを異様に喜ぶ老人の姿が見て取れた。
無邪気に手を振る。
「…ま、いいか」
最後の固定用ボルトを締め終わったところで、視線を自分がいる尖塔の根元、鋼の柱に向ける。

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theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

「宙の発明家」第一章 二.世界の果て①



二・世界の果て



この世界を治める身分制度には、聖職者と政治家、二つの柱がある。
聖職者は大教皇を頂点とし、その下に七つの街の聖堂を代表する大司教の司教会。以下、ピラミッド状の身分制度がある。一方政治家は、頂点には一人ではなく、七つの街の代表、賢老士と呼ばれる政治家が開く、賢老士会という議会制をとっている。
司教会も賢老士会も親密で、この宙の地はとても平和だ。
大教皇は、クラフのために賢老士会に掛け合って、賢老士会は二人の使者を派遣することで了承した。
実際、クラフがたった五日の小旅行をする程度のことで、いちいち呼び出されてはたまらないというところだ。

クラフたちは、彼らの住む那迦(なか)の街を、日が暮れてから密かに出発した。
初めのうちは、久しぶりの外出と夜の街の景色になんだかんだと興奮していた少年も、数時間かけて隣の街、迩史(にし)の街に入るころ、ただ揺られているのに飽きてきていた。
大きなあくびをして、クラフは背後の男に声をかけた。
「セキア、眠い」そういって、セキアにぐんともたれかかる。
「昼間きちんと寝ておかないからいけないんです」
「嬉しくってさぁ」
大きなラマの背に、二人で揺られながら、手綱を持つセキアはクラフの頭を軽く叩いた。
「いて」
「子供ですか、あなたは!それに、眠ってもいいですが、みっともないです。皆さん我慢していますよ」
見回す。二人で乗っているのはクラフだけだった。横に一頭、後ろに二頭それぞれ一人で騎乗している。目をこすりながら隣を進むリスガと目が合った。
少女は月明かりにいつもよりさらに色白に見える。この世界の人は皆、少しだけ褐色の強い肌をしている。東洋人、でもないけれど白人とも違う。典型的な白い肌のクラフと比べれば、リスガも少しだけ濃い色の肌だ。
寒さをしのぐ緋色のマントを羽織って、くりくりした亜麻色の髪を二つに分けて縛っている。それがラマにあわせて揺れる。顔を縁取るフードのふち飾りが、ふわふわと少女を余計に柔らかな印象に見せる。小さな鼻、小さな口。ちょっと丸い頬に大きな丸い瞳。
十七歳。あどけなさと大人っぽさが混在する危うさが、月明りで強調され見るものをどきりとさせる。少し笑いを浮かべて見つめる少女に、クラフは慌てて姿勢を正した。
「あのさ、リスガ!オレ、リスガと一緒に乗りたい!」

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theme : ライトノベル
genre : 小説・文学

「宙の発明家」第一章二.世界の果て②

<<最初のお泊り。クラフ君、どきどき、だよね(^^)>>



白い石を積み上げた小さな礼拝堂は、正面の入り口を入ると、中はひっそりとしている。くすんだ色の木のベンチが並び、正面に一段高くなった聖壇。夜活動することのない習慣のため、灯りはない。昼間は天窓のステンドグラスの光が差し込んで、美しいのだろう。
今は、クラフの作った、電池式の小さなライトだけがその礼拝堂の一部を丸く照らし出す。
ベンチの並ぶ一階の両脇から地下へと続く階段があり、旅人のための部屋があった。部屋と言っても、低い天井の何もない部屋に、木でできたベンチとも寝台ともつかない台が六つ並んでいるだけだ。両側に三台ずつ二列に並び、それで部屋はいっぱいに見えた。
「オレ、リスガの隣!」
クラフは自分の荷物を右側の真ん中の寝台に置くと、さっさとリスガの荷物を取り上げて、隣の寝台に置く。いつもの場所、と言った感覚で、セキアもクラフの隣に荷物を置いた。クラフは自分の寝台に座って足をばたばたさせる。
「もう、本当に子どもみたいなんだから」
苦笑いしながら、リスガが自分の荷物を置かれた通路から向かって右奥の寝台に座った。
向かい合う形で、クラフはニコニコして少女を見つめる。

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theme : オリジナル小説
genre : 小説・文学

「宙の発明家」第一章 二.世界の果て③



夕刻。斜めに差し込む夕日は、すすけたステンドグラスの赤を透かしてさらに色濃く小さな礼拝堂を彩る。既に出発の準備を済ませた男たちを待たせて、リスガは一人聖壇の前に膝をついていた。聖職者でもあるリスガは、旅の無事を祈っていた。まだ少し、眠いのか、ぼんやりとしている様子で、セキアが急かしても、まったく無視していた。
結局、リスガはあまりよく眠れなかった。日が沈んだら、また、禁忌とされる夜の旅に出る。お許しを、と小さくつぶやく。
聖母の優しい表情に、ふとリスガはセキアの話を思い出した。
クラフが寝台に貼り付けた、黄色い花は綺麗に咲いていた。

「おや、先客だな」
知らない男の声。夕闇に、礼拝堂の中は薄暗い。リスガは入り口を振り返った。夕日は地平線に沈み、暗がりで男が大きな人だということくらいしか分からない。
「いえ、祈りをささげていたのです。どうぞ、お使いください。さ、もう行きましょう、リスガ様」
黙って男を見つめるリスガに代わって、愛想よく返事をするセキアの声。既にクラフたちは外に出ていた。
「ええ」
リスガは、男の脇をすり抜けて礼拝堂を出た。夕方の冷たい風に目を細めた。
少女の背後を守るように立つセキアに、先ほどの男が声をかけた。
「日が暮れたというのに、これからお出かけかい?」
「……」
セキアは、改めて、男を見つめる。四十代前半くらいか。少しやせ気味だが、しっかりした骨格の、体格のいい男。商人のような格好に似合わない太い剣を腰に差している。
濃いひげが顔を覆い、男はくせなのだろう、鼻の下のひげを、人差し指の背で盛んにこすった。
「急ぎですので」セキアはにこりと笑って見せた。
「へー。じゃ、俺と一緒だな」
セキアは、聞こえないふりをして歩き出し、手を振って、男から離れる。
まだ、少し眠そうなリスガの肩をぽんと叩いて、言った。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
「リスガぁ!早く」
すでにラマに乗って、クラフが手を振っている。黒いフードつきのマントに身を包んでいる。深くかぶったフードの奥で表情は分からない。
リスガはさっと、自分のラマに乗り込んだ。
「えー、こっちに乗らないの?」
残念そうな少年に、リスガはつんとして見せた。
「いやよ、クラフはママとセキア父さんと、一緒がいいでしょ」
既にラマを歩かせ始めていたカカナとピーシが笑った。
「何だよ!子ども扱いして!!」
「子供ですから」
笑いながらセキアもクラフの後ろにまたがると、ラマの胴を軽く蹴った。
なにかまだ、不満そうにぶつぶつ言っているクラフのフードを軽く抑えて、より深くかぶせた。セキアは背後の男にちらりと目をやる。礼拝堂の入り口で、男がこちらを見つめていた。

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「宙の発明家」第一章 二.世界の果て④



クラフの騒ぎで少し遅れてしまったために、空がうっすら白む頃に果ての礼拝堂に到着した。
「さ、クラフさま、着きましたよ」
セキアの言葉にも、クラフはうるさそうにフードを目深にかぶった。眠いのと、先ほどからずっと、先を行くカカナとリスガの楽しそうな会話が、彼の神経を逆なでしていた。
つまり、不機嫌なのだ。

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theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

「宙の発明家」第一章 二.世界の果て⑤



セキアとラマに乗り込む。日よけのフードを目深にかぶったクラフの表情は見えない。
「僕も行くよ」
ピーシが自分のラマの手綱を解く。
「もちろん、私たちもね」
リスガがそういい、カカナと同じラマに乗っても、クラフは何も言わなかった。
ただ、セキアの前でじっとしていた。

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「宙の発明家」第一章二.世界の果て⑥




日が沈んでから、二人はランドエンドを囲む城壁に上った。城壁の向こうは闇。
クラフは少し青ざめた顔で、再びその果てを見つめた。
降りると少しの地面がある。そこで終わっていて、その先には何もない。そこを踏み出せば落ちるのだろう。
石ころを投げてみれば、それは闇に吸い込まれ、どこかに当たる音もない。だから、果ての先には何もない。それが、宗教の教えでもあるし、真実でもある。

「うーん。きれいな夜空だ!」
城壁の上でぐんと伸びをして、クラフは星をつかむように手を伸ばし、少し遠い目をする。
「ね、本当にあるのかい?この下に」
カカナが城壁の外側を、恐る恐るのぞく。
「ああ、昼間見たんだ。ちょっとだけ、取って来たいんだ」
クラフが笑って、持ってきたロープを、突き出たレンガに結びつけた。
腰には、あの皮で出来た道具入れを巻く。
「なんだか、風が強そうだよ。大丈夫かな」
「平気だよ。行ってくるよ」
「ああ」

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「宙の発明家」第一章 二.世界の果て⑦



「すぐに決めなくてもいいよ。
十年、あそこにいたんだ、違うところに行くのは、少し怖いよね。
…ね、クラフ。僕はこの世界の人間にしては、よくないことなのかもしれないけれど、お前の生まれた世界に興味があるんだ」
クラフは驚いて顔を上げた。

「でも、この世界の神様の教えでは、この世界以外の世界はないってことになってるんだろ?興味を持つって、教えに反することなんだろ?」
カカナは、深い草を掻き分け、クラフを歩かせながら進む。
クラフは黙って、ついてきていた。

とろんとした緑色の水をたたえた、池。さほど大きくはない。
よく見ると今、歩いてきた道も、今立っている足元も、すべて同じ緑だ。小さい規模の苔池。
カカナは池のほとりの月明かりで明るい場所に、座った。隣にクラフも座る。苔の柔らかな感触が心地いい。少年は嬉しそうに、何度も手のひらを押し当てて感触を確かめていた。

「そうだね。聖職者のセキアやリスガに聞かれたら、どう思われるか分からないけれど。でも現実に、お前の生まれた違う世界がどこかにあるんだろう?
僕は、そこを見てみたい。なんだかロマンを感じるんだ!なんだかステキじゃないか!誰も知らない世界があるんだ。
だから、さ。クラフ。教えて欲しいんだ、どんなところなんだい?」

クラフは、じっと目の前の緑の水面を見つめた。トロンとして、水面に微かに蒸気のような白いもやが見える。この中にこの世界の酸素を作り出すバクテリアがいる。もやは酸素なのかもしれない。

ロマン、ね。どうしても、少し大げさで気障なんだな。
クラフは少しくすっと笑って話し始めた。

「まず、さ。この世界のこと、分かってないんだ。みんな」
「今の、この世界?分かってるよ、七つの都市、辺境の村が二十一、その先には山地と、苔池が広がる。そして、城壁に囲まれ、城壁の外が果て。それだけだ」
「ん。オレのいたとこ、仮に地球って呼ぶけど、そこは、果てがないんだ」
「果てが、ない?」カカナは目を丸くした。

「そう。ほら、ボールみたいな形している。どこまで歩いても果てはない。広い広い海が丸いそこの七割を占めていて、残り三割の陸地に人が住んでいる」
クラフは左の拳を丸めて地面に見立て、右手の人差し指と中指で人の歩く姿を再現してみた。

「でもそれじゃ、下の人は落ちちゃうじゃないか」
「丸くても落ちないのは、球体の中心に向かって引っ張られる力、重力があるから。広いところだから、皆自分の足元を下、だと思っているし。
この世界だって、重力がある。
その力がないと、ふわふわ浮いちゃうんだよ。
こうして、地面に立つのは、地面に吸いつけられている、って考えていいんだ。地球の人もね、今この同じ空を同じように見上げている。
オレはこの星を見て、この世界の位置を確認したんだ」

そういって、クラフは星空を見上げた。深く黒く、それは宇宙の姿だ。
「同じ、空?」
「ここ、この世界は、浮いているんだ」
「意味が分からないな」
「オレ、知っている星座があったから六分儀って言う道具を作ったんだ。それは、あの北の一つ星を基点に位置を測ることができる。
地上ではなくて、でも同じ空を持っていて。
ここだって、太陽と月の運行で暦を作るだろ?比較してみるとね、そういう結論になるんだ。
オレのいた世界のずっと上のほう、空に近い位置に、この世界はあるんだ。つまり、オレのいた世界は、この果てのずっと下、遠い遠いところなんだ。セキアはバカだから、わかんないって言うけど…」

クラフは立ち上がって、伸びをした。あくびもついでとばかりにわいて出る。
「遠いところ、果てのずっと下…か」
カカナも考え込むような難しい顔をしながら、立ち上がった。
手をつなごうと、クラフが手を伸ばしても気付かない。

「十年前、お前を連れてきた連中が、あの物体で突っ込んだのは、僕の住んでいた迩史の街だった」
カカナがクラフの肩に手を置いて、もとの場所、礼拝堂のほうに向かいながら言った。
「夜の間の出来事だったし、民は怖がって家にこもっていた。父上は警備隊の連絡を受けて、大教皇を呼びに使いを走らせた。
おかしな白いぶくぶくした感じの、それでも頭らしきものと手足のある人間ふうな奴らが三人いた。言葉が通じなくてね。
そのうち、三人は自分たちが乗ってきた丸い大きな乗り物に乗り込んで、どこかへ行ってしまった」
クラフの手が、カカナの手をぎゅっと握り締めた。
気付いて、カカナが握り返した。
「僕が直接見たわけじゃないが。まだ、小さかったからね。後から父上に聞いた話だ。そして、彼らが壊した礼拝堂の中に、お前が取り残されていた」

「…オレ、いつもどおりだった」
クラフは、つぶやくように言った。
「え?」

<<更新がんばります!応援お願いします!(>_<)>>

 続きはこちら!(^^)
「宙の発明家」第一章二.世界の果て⑧

「宙の発明家」第一章 二.世界の果て⑧



「いつもどおり、ママにお休みって言って。
お気に入りのベッドに入って、茶色の熊のぬいぐるみ抱きしめて、クリスマスのプレゼント何が来るのかとわくわくしていた。
でも、目が覚めたら、違った」

「リスガも言っていたけど、本当になんでここに来たのか、知らないんだな」
「うん。間違いだったと思う、きっと、間違って、置いていかれたんだ」
「…多分、ね」
「間違って連れてこられて、間違って、取り残された…」

そんなことありえないと、わかっていても、でも。

クラフにはその理由は想像できなかった。だから、間違いだと信じることにした。
いつか、迎えが来る。そう信じて。

「な、クラフ、僕はお前の知っていること、もっと知りたいんだ。さっきの話の返事はまだいいから、皇宮に戻っても、また、会ってもらえるかな?」
「!もちろん!だって、友達だもん!セキアに文句なんか言わせない」
「ふ、そうだな」
カカナは整った顔に笑顔を浮かべて、クラフの手を握り締めた。
誰かと触れることが嬉しいクラフは、にこにこして、カカナの腕にしがみつく。

「本当にこういうの好きなんだな」
「うん。変か?なんか、安心する」
「変だとは思うけど。セキアが教えたんだな」
「ん?そうかな?覚えてないや」
「クラフ、お前は分かってないよ。
セキアは優しい振りしているけどね。自分の都合のいいように、お前を育ててきた気がするな。お前が上手くなつくように仕向けている感じだ」
「…それは」
クラフは言葉を失って、うつむいた。

そうかもしれないとは思ってはいた。
けれど、そう、育ってしまっている。分からない。
セキアが隣にいれば、手をつなぎたくなるし、外出時にロープでつながれたって、自分から解くこともしない。
自由でいる意味なんか、なかった。
果てを見て、思い知った。
帰るはずの場所が、ないことに。
それはとても遠いところになってしまっていることに。

それから、ここで生きることに、少し前向きになった。そばにいてくれるセキアを、改めて大切だと思うようになった。セキアしか話し相手はいなかった。
表とか裏とか。おなかの中で何を考えているかなんて、考えるのは止めた。
それより考えたいことや知りたいことがたくさんあった、やりたいこともたくさん。

信じているのは、楽だ。
甘えることに似ている。

「それでもいいんだ」
クラフの答えに、カカナは目を丸くした。
「なんだ、そこまで、彼らが好きなのか」
「ん。オレ、カカナのことも好きだよ!大切だ。
ピーシも。この世界に俺の知っている人は片手で数えられるくらいしかいないけど、だから、みんな大好きだ」

「ふ。判断することをあきらめている、そう思えるよ。
自由になりたければ僕のとこにくればいい。
代わりにいろいろ教えてほしいことがある。
人質だなんて、司教会も賢老士会もいっているけど。そんな立場じゃ、いやだろ?お前なら、本当は手段さえあれば帰ることが出来るんじゃないか?
帰りたくないのか?親に会いたくないのか。
今、このまま彼らの言うなりでいいのか?」

クラフは黙った。
つないだ手をぎゅっと握り締める。
カカナは続けた。

「子どもの振りして、親がいないから、不自由に育ったから、ってごまかすなよ。お前は天才だろ。頭も切れる。見えることを見えない振りしてるとか、帰りたいくせに平気な振りしているのとか、僕は悲しくなる」
「…ありがとう、カカナ。オレは、いつか、帰る。大丈夫」
クラフの口調は、かみ締めるかようだ。
「クラフ…」
カカナが言いかけたところで、足を止めた。
「どうした?」
クラフも立ち止まって、辺りを見回しているカカナを見上げた。
「…何か、いる」

<<クラフ君に同情のポチお願いします!(>_<)>>

 続きはこちら!(^^)
「宙の発明家」第一章二.世界の果て⑨

「宙の発明家」第一章二.世界の果て⑨



思わずクラフは握っていた手に力をこめる。
カカナがそれを強引に振り払って、腰の短剣に手を伸ばしたのと、木の陰から何かが走り出してきたのと同時だった。
「うわ!」
「わー!」

黒い大きな塊のようなものが、二人の前にぐんと立ち上がった。クラフの体と同じくらいの大きさの、獣。
ごわごわとした毛皮に覆われ、太い前足を振り上げて威嚇する。
短い鼻の上には恐ろしげなしわを寄せ、黒い小さな目はギラリと睨む。

「危ない!」
カカナが短剣を構えて、クラフの前に立つ。
「セキア!セキア!!」
クラフは、ただ、カカナにしがみついて叫ぶ。

その声に驚いたかのように、獣は前足を地面に下ろした。
同時に二人も数歩下がる。
クラフの足がもつれて、転んだ。
「!クラフ!」
そのクラフに足を取られてよろけるカカナ。獣が飛び掛った。
うっすらと明けかかっている紺色の空を塗りつぶすように、獣の影が真っ黒く視界を占めた。

カカナは夢中で短剣を突き出した。
重い。
何かがぬるりとてに滴り、短剣の柄がすべる。カカナは両手で短剣をつかむと、強引に突き刺した。
手ごたえ。同時に、ぐん、と左肩に衝撃。よろめいた。

獣はぐうと低くうなって、四足を縮め、一歩下がる。どこかに、傷を負わせたらしい。
「カカナ!」
横からクラフに引っ張られて、カカナは地面に伏した。そのすぐ上を獣の手がなぎ払う。
「クラフさま!」
セキアの声と、獣の動きが止まったのと同時だった。
そいつは、ずしりと大きな体を横たえた。
座り込んだクラフがあっけに取られて見つめる。そこに、セキアでない男が一人立っていた。
どこかで見た。

「クラフさま!」
草を掻き分けて、セキアが男の背後に現れた。
振り返った男を見て、セキアは厳しい表情をした。
「おや、この間、礼拝堂であったなぁ」
男のやけに親しげな低い声。
夜明けが近いのだろう、白む空に青い影を落とす木陰の間に、男の顔がにやりと笑ったように見えた。

「セキア、カカナが!」
クラフの叫び声に、セキアは我に返る。
「クラフさま」
抜き放っていた剣を納めると、駆け寄る。
「カカナ!」
カカナはクラフに寄りかかるように座り込んでいた。左肩から腕にかけて白いマントが引き裂かれ、血が流れている。
「あ、僕…」
呆然とした様子で何か言おうとするカカナをさえぎって、セキアがすばやくロープでカカナの腕を縛る。止血したのだ。
「大丈夫、骨は折れていません。他には、痛いところ、ありますか?」
黙って首を横に振るカカナに、クラフがほっと息を吐いて、抱きついた。セキアは手馴れた様子でカカナの腕の傷を縛った。
「カカナかっこよかったぞ!オレ、何にも出来なかった」
セキアが二人を支えて立ち上がらせた。
「クラフさま、カカナ様は私が運びます」

「おっと、礼も無しかよ」
倒した獣の前で、座り込んで何かしていた男が、立ち上がった。
セキアは、男をにらみつけた。
「見たとこ、高い身分のお方たちだな。お偉い貴族様はありがとうの一言もいえないのかい?」

「違うでしょう?あなたは、最初からその生き物を追っていた。あなたが追ったから、それはクラフさま達の前に現れた。夜の生き物は、意味もなく人を襲ったりしません。あなたに、礼を言う筋合いはない。危うく、二人は殺されるところだった」
セキアの低い落ち着いた声に、カカナは緊張してこわばる。クラフは獣と男を見比べて、言った。
「おっさん、熊は臆病な動物だよ。人間がいれば避けて通る。あんたが悪いよ」
男は、生意気な口を利く子供をにらみつけた。
「お前、変わった顔しているな」
「!?顔は普通だ!」
カカナが、プ、と噴出す。
「変な色じゃないか、顔も、髪も。お前なんで、これをくまって呼ぶ?この獣を知っているのか」
「あ……今、そう決めた。くまっぽいから、くま」
クラフは、ごまかした。この世界で熊は名も知れぬ獣だ。
「ふうん。そうかい」
じっとクラフを見詰める。
「さ、クラフさま、礼拝堂へ戻ってください。カカナさま、歩けますか?」
「ん、ああ」
セキアは、クラフとカカナの肩に手を置いて、言った。
「お二人は先に行っていて下さい。私はすぐ、追いつきますから」
クラフは、男とセキアを見比べて、こくりと頷いた。

二人の後姿を見送りながら、セキアは一つ息をついた。
「なんだい、あの子供は。あの髪の色、普通じゃないよな。夜に旅するのも、そのためか?」
男はじっとクラフを見つめている。明るくなりだした空に、クラフの髪の金色が光る。

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「宙の歩き方」

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「宙の発明家」第一章二.世界の果て⑩

「宙の発明家」第一章 二.世界の果て⑩

10

男に視線を戻して、セキアは笑っているのか怒っているのか分からない表情で言った。

「お前こそ、何ゆえ夜、獣を追うのだ」

急に、変わったセキアの言葉遣いに、男は眉を寄せた。
「は、関係ないだろう?」
「私は聖騎士だ。聖職であるからには、無為な殺生は見過ごせない」
「俺が話せば、あんたも教えるのか?」
「次第による」
「ふん!何が聖職だ。神の教えなんか当てにならんね!俺は二年前に相棒を、あの獣にやられたんだ!だから追ってた」
「襲われたのは夜出歩くからではないのか?」
セキアは、一歩、男に近づいた。

「は、俺たちはな、十年前から日陰の身でな!見ちゃいけねえもんを見たって、警備隊に追われているのさ。だから、夜逃げ回るわけさ」
そこまで話して、男は、セキアの顔をじっと見つめた。目を見開いて。

「あ、あんた、もしかして。そうだ、思い出したぜ!あんたもあの時、いたよな。聖騎士。そうだな。セキアってあのガキが呼んでいたな、あんただ。そうか、あの時飛んでいた変なもん、あの気味悪いガキはアレに関係するのか?え?」
男はセキアに手が届くほどの距離まで詰め寄る。
その目が血走り、この男が歩んできた十年の重みがしわに刻まれている。
セキアは男のつかみかかる手をすっとかわし、にやりと笑った。


「あのときの、旅の商人か」
十年前のあの銀色の大きな物体、白い三人の人間。最初に通報したのは、二人連れの商人だった。
セキアは目を細めた。髪が、風でゆらりと頬にかかる。

男は何かを感じて、一歩下がった。
熊の血で薄気味悪く光る剣を構えた。

「俺は、俺たちは、あれを警備隊に教えたんだぜ!役に立ってやったのに、あだで返しやがって!あのガキ、普通じゃねえよな。あれは、あの白い人間の仲間だ、そうだろう?」

「……夜は、闇に魔のものが潜む。出会わなければよかったな」

セキアはゆっくり、腰の剣を抜いた。白刃は早朝の闇にきらりと光る。



「お待たせしました」
ニコニコしながら、追いついてきたセキアに、クラフはカカナの隣を明け渡した。
肩を貸しながら歩くのも、なかなか疲れるのだろう、少し息を切らしている。
「遅いぞ」
「すみません。さ、戻りましょう。宿でもう一度きちんと手当しませんとね」
「うん、オレがやる!」
「いいよ、セキアにやってもらうから。聖騎士は一通りの医学を学んでいるんだ」
カカナが笑う。
「オレが助けてもらったんだ、オレがやる」
「素直に、ありがとうと言ったのですか?クラフさま」
クラフは照れくさそうに二、三歩ぴょんぴょんと進むと、二人を振り返る。
「あ、ありがと」
カカナは笑った。

カカナは歩きながら自分で腕を押さえている。セキアはカカナの肩に腕を回して、ゆっくり歩かせる。
「本当にありがとうございました。しかしお怪我のこと、お父上になんとご報告してよいものか…」
セキアが小さな声でカカナに話した。

「いいんだよ。父上は僕の性格をよく分かっていらっしゃる。今回のも、同行すると言い出したのは僕なんだ。僕の行動は常に父上の影響を疑われるけれど」
「カカナ様」

長身のセキアより、少しだけ低い。この年齢にしては背も体格も、大きいほうだろう。それでいて物腰が穏やかで、思慮深い。女性に人気があるのも、頷けるか。セキアは目の前を歩くクラフと、少しだけ比較した。
「僕は、僕でありたいから。もちろん、父上には賛成しているけれど。クラフの友達になりたいのは僕の本心なんだ。那迦の街に戻っても、クラフに会いたいんだ。いいかな」
「それは、私が決められることではありません。それに、カカナ様。
今回のご同行を大教皇が許可された時点で、それは許されると私は思いますよ。大教皇様も、クラフさまに同年代のお友達が必要だとお考えなのでしょう」
「そうだね。これからも、よろしく。セキア」

低い声で話し合う二人は、いつの間にか先を行くクラフより遅れている。それに気付いて、クラフは後ろを向いて立ち止まった。

朝日が丁度、クラフの髪を後ろから照らし、金髪がきらりと揺れる。
一瞬、セキアもカカナも目を細めた。

「うわ!眩しい!…あ?」
後ろ向きのまま歩いていたクラフが、マントのフードをかぶろうとしたとき、足元の何かにつまずいて、転んだ。
「クラフさま!」
小熊、だった。
まだ、小さい。座り込んでいるクラフの周りを、ふんふんと匂いをかいでいた。
剣に手をやるセキアに、クラフは首を振った。
「大丈夫、行こう。放っておくしか、ないよ」
小さな声で鳴きながら、向こうに歩いていく小熊を、クラフは見送った。

「今の、さっきの生き物の子供だろう?僕はあんな大きな生き物がいること知らなかった」
カカナは小熊の後姿をちらちら振り返りながら、つぶやいた。
彼を支える傍らの男が、ふと笑った。
「私も、クラフさまについて、夜出歩くようになってから、知ったのです。われらが獣たちの時間と場所を邪魔しているのですね。あの子供の熊には、可哀想なことをしました」
いつの間にか、セキアの隣を歩くクラフが、また、小熊を振り返っている。
「クラフさま、また、転びますよ。ちゃんと前見てください」

「ん、ああ。…あいつ一人になって、可哀想だな」
クラフは自分と重ねた。
「クラフさま、あなたは一人じゃありませんよ」
「…そうだな」

そうつぶやいて、セキアの開いている右手にすがりついた。
カカナと目があった。
少し照れくさそうに、クラフは笑った。

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「宙の発明家」第一章三.甘えることと信じること①

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

tag : 冒険 ファンタジー 小説 砂漠 少年

「宙の発明家」第一章三.信じることと甘えること①

<<らんららです!クラフ君の生活に新しい友達が加わりました!人と人は出会うことで、互いに変化を迎えるものですよね。彼らとの出会いが、クラフ君を変えるのでしょうか…>>


三.信じることと甘えること

ずっと、行ってみたかった。セキアの言うこの世の果て。
そんなの信じていなかった。世界に果てなんかない。

そして、果てはあった。
そこですべてが終わり。
この国は小さな島のように、ただここしかないのだ。他に国と呼べるものはないから、名乗る必要もないこの国。いや、正確に言うと国という概念もない。この社会に、クラフは勝手に名前をつけた。
宙、そらと。


「クラフさま、そろそろお昼ですが」
背後に立つ黒髪の男をまったく無視して、クラフは一心に蝋を削っていた。
蜂の蜜蝋から作ったそれは、少しべたつくが十分な強度がある。それを先ほどから、小さなのみでさらさらと器用に削る。蜂蜜色のそれから、ちらちらと舞う白いかけらを、時折ふっと吹いて払う。
円盤を六等分したような扇形のそれには、円周部分に歯車のように小さなぎざぎざがついている。中心部分と真ん中には何かを接合するための穴。作業台の上には、すでに出来上がったのだろう、筒状の小さなもの、輪の形をした部品、丸く小さい手鏡のような形のものが二つ。そのほかにもいくつもの部品が、蝋のつるりとした光沢を放っている。

「なんです?それ」
セキアが筒状のものをつまんで持ち上げると、中は穴が空いている。向こうが見える感じだ。ちょうど、セキアの手に収まりそうなそれをひっくり返したりまた、覗き込んだりしている向こうで、少年が、睨んだ。
「触るな、歪む」
「はあ」
セキアの手からそれを取り上げると、クラフは木で出来た細かい仕切りのある箱に、一つずつしまった。
「これ、鍛冶屋のじいじにこの配合で、この時間で焼いてくれって、頼んで」
「これ、全部ですか」
「ん。オレ、直接見たいけど、だめだろ?」
「はい」
「じいじに、削りだしするの嫌だから、出来るだけ正確にってさ」
「はあ?あの、これを渡せばわかるんですか」
「うん。これ、ロウでできた模型なんだ。これをさ、鋳型にするんだよ。砂にこれを埋め込んで、そこに溶かした金属を流す。ロウが溶けて、この形の金属が出来るんだ」
「あの鍛冶屋にそんな技術があるんですか?」
「鋳造くらい出来るさ」
「ちゅうぞう、ですか」
「あー、おなかすいた!いくぞセキア」
そういって、クラフはそっと箱に布をかぶせて、立ち上がった。
「そうですね、今日は鳥を焼きましたよ」
「また?」
「お好きでしょう?」
「魚よりましってだけだよ」
「ひどいですね」
「リスガのパイ、食べたいー」
「わがままは止めてください」
そんな会話をしながら、研究室を後にする。一階の部屋に向かう。階段を上りかけて、セキアがふと、背後のクラフを止めた。
「?」
クラフが見上げると、セキアはクラフの肩を抑えたまま、人差し指を口元にあてた。静かにしろということだ。
セキアは、一歩、階段を上る。すでに、手は腰の剣にあてられている。

かつ、誰かの足音が近づいた。
階段の踊り場に、影。
「だれだ!」
セキアの鋭い動きに、影が驚いて、階段に足をとられて座り込んだ。
「うわ、僕だよ!」

座り込んだ少年を見て、クラフが目を輝かせた。
「カカナ!」
駆け寄って、その手を引く。
「驚いた」
「それは、こちらもです、カカナ様。失礼しました」
セキアの鋭い動きに、未だに心臓が踊るのか、カカナは胸を押さえたまま、立ち上がる。クラフがすでに手をつないで引っ張る。
「カカナ、お昼食べよう!セキアが鳥を焼いたんだ。あんまり美味しくないけど、とりあえず食べられる」
「クラフさま!」
「くすくす、セキア、大変だね」
カカナは涼やかな笑みを浮かべて、クラフと一緒に寝室に向かった。
一階の寝室は、広いリビング兼寝室、といったところだろう。入り口から向かって右側に二人分のベッドがすえられ、手前にソファーと小さなテーブル。左奥の一画に、ダイニングテーブルと椅子が四つ、並んでいる。部屋の左側に、バスルームとキッチンがつながっていた。
窓一つない部屋なのに、天井が白く明るい。カカナは目を細めた。階段や迷路のほうがずっと暗いからだ。
「へえ、結構広いんだ」
「そ、オレの家」
「かなり、散らかっていますが」
セキアが恥ずかしそうに笑った。
確かに、ソファーには毛布がぐしゃっとかかっていて、その下から書類がはみ出ている。奥のがクラフのベッドだろう、服が脱ぎ散らかされている。クラフは、ダイニングテーブルの上においてあった雑誌を手にとって、膝を抱えて座った。
「クラフさま食事にしますから、きちんと座ってください」
「ん」
すでに、雑誌に夢中なのか、クラフは片膝を抱えたまま動こうとしない。
カカナがその隣の席に座る。クラフが持つ、見た事のない雑誌が気になるのか、覗き込む。
「!エッチ」
「いいだろ、少しくらい」
カカナが笑う。
クラフは口を尖らせたが、あきらめて雑誌をテーブルの上に開いて置いた。そこには、写真が載っている。
「なんだい?これ」
「SCIENCE(サイエンス)っていう、雑誌。オレのいた世界の本だよ。今、この機械、作ってるんだ」
そういって、クラフは、目の前に置かれたパンを手に取りながら、説明する。
「すごいな、これ、本物みたいな絵だ」
「なんだ、そっちに関心あるんだ。写真って言うんだ。でも、この世界じゃ、できないよ」
「クラフでも?」
「欲しくないもん」
「ふうん。なに作ってるって?」
カカナはセキアが取り分けたローストチキンを、クラフの前におく。クラフは雑誌をよけると、パンをくわえたまま言った。
「六分儀。星とか太陽の位置で、今いる場所の位置を測る機械なんだ」
「うん?」
カカナが首をかしげる。
クラフは、チキンに塩をたっぷりかけて、それからオイルとレモンをぎゅうと絞る。しずくが目に入ったのか、ぎゃ!と手で目を覆う。
「クラフさま」
「いて、しみる、セキア!」
さらに手についたレモン汁が目に入ったようで、顔を覆う。
「クラフさま、ダメですよ、ほら、まず手を洗いましょう、こっちに」
小さな子にするように、セキアがクラフの両手を掴んで、ひっぱってキッチンに連れて行った。
「…本当に、子供みたいだな」
カカナはテーブルに残された雑誌をちらちらと眺める。
知らない世界の、技術の本だ。
クラフが作っているといった小さな機械の利用方法が書いてある。人が機械を持って、地平線を見ている図だ。
「それ、太陽の位置と地平線の位置で太陽高度を測るんだよ。でさ、ここにある太陽高度の資料と、数回の観測で、今いる場所がわかるんだ」
「場所って、那迦の街だろ?」
カカナが首をかしげる。
クラフが苦笑いした。
「あのさ、オレのいた世界にも、太陽はあった」
「ふうん」
セキアがクラフの空いたグラスにモモのジュースを注ぐ。
薄桃色のそれをごくごくと飲み込んで、クラフは話を続けた。
「オレの仮説はさ。ここは、空の上」
「空?の上?」
「カカナ様、クラフさまのお話、難しいですよ、無理に理解なさらなくても」
セキアがクラフの残した野菜をクラフの皿の上のチキンをはさんだパンに潜ませる。クラフは気づかずに話し続けていた。
「太陽の高度を30分ずつ数回計るんだ。それでさ、太陽の軌道を確認して、南中高度を出すだろ、で、それから90度を差し引くと今いる緯度がわかる。で、太陽高度とこの資料を照らし合わせると、大体の経度もわかる。まともに、地球上であれば、ね。仮説どおりだと、この数値がこのくらいになるはず」
カカナは、クラフが気づかずにパンを野菜ごと口に運ぶのを横目で見ながら、首をかしげていた。
「で、そうすると、ここが…」
クラフが停まった。
じろりと、目の前のセキアを見つめる。
「どうかされましたか?クラフさま」
にこやかに笑う。
と、不意にクラフが口をあけた。
「うわ!」カカナが思わず腰を浮かせる。
「吐き出さないでください!」
セキアが止めようとして差し出した手に、クラフはやさいを吐き出した。
「うえ、ぺっぺ!」
「クラフ、お前、最低!」
「クラフさま!」
二人の睨む顔を無視して、クラフ一人悠々と座ったまま美味しそうにジュースを飲む。
「ま、観測してみないことにはね」
「外には出しませんよ!」
セキアは手を洗おうとキッチンに向かう。その背に、クラフが飛びついた。
「うわ」
「ごめん!セキア!オレが悪かったよ、な?なあ、ねえ!」
「甘えてもダメです!」
「けち!」
「野菜、食べますか?」
「…わ、わかった、野菜一切れで半日外出」
「一皿です」
「うえー」
キッチンから聞こえるやり取りに笑いながらカカナはもう一度クラフの言った意味を理解しようと雑誌を見つめた。
ページをめくる。
見知らぬ金属の塊に、人が乗っている。人は、黒い筒のようなものを肩に乗せていて、それについて説明がされている。読めない。文字は同じだがスペルや文法が違うのだろう。
「あ、だめだぞ!勝手に見ちゃ!そっちのは武器なんだ、危ないぞ」
ぐいと、クラフが雑誌を取り上げた。
「面白そうだよね、クラフは読めるのかい?」
「当たり前だろ、俺の世界の言葉だ」
「本当かい?嘘なんじゃないか?」
「本当だ」
「じゃあ、それ、読んで見せて」
「自動連射式…!だめだよ!教えないよ!」
クラフは雑誌を服の下に隠した。
「つまらないな。面白そうなのに」
「だめ」
「見せろって」
カカナがクラフの服を掴んでお腹に手を突っ込もうとする。クラフはくすぐったくなって、笑うと逃げ出した。また、追いかけっこが始まる。
ただ一人、セキアだけが、笑っているのか怒っているのかわからない表情で、カカナを見つめていた。


冷たい空気に、白い息が吸い込まれるように消える。
「昼間が、よかったのにさ」
つぶやくように言うクラフに、セキアが上着をかけてやる。
「仕方ありませんよ」
クラフは皇宮の二階のバルコニーで、北の一つ星を観測していた。
石の手すりに載せた、六分儀が冷たい月明かりをはじく。付けられた小さな筒を覗き込むクラフは、手元の二つの鏡を微調整しながら、何度も地平線と空を見上げる。
「寒いよ」
「はい」
セキアがクラフの肩に手を置く。
「それ、少し温かい」
「まだ、終わりませんか」
「ん、後三十分後にもう一回。それで今夜は終わり」
「風邪を引きますよ」
「温かいスープ、食べたいな」
「この後ですか?」
「豆の入ったのでさ、ソーセージとキャベツ。卵落として」
「いいですね」
「多分、オレの仮説どおり」
「場所を知って、どうされるんですか。帰ることが出来ないのは、同じですよ」
クラフが黙った。
小さく吐いたため息が白く夜空を濁す。
「…ここは、嫌ですか」
「…」
わかりきったことと知りつつ、セキアは少年に問いかける。
帰りたいだろう、けれど、それは不可能。
その現実を、この間も思い知らされたばかりだ。
「自由であれば、いいのですか?」
「…違うよ」
「どうすれば、クラフさま。向こうの世界を忘れてくださいますか」
クラフが振り返った。
その大きな茶色の瞳が、背後の男を見上げた。大きく、見開いている。
かみ締めた唇を、離して、うつむく。
「不可能なことを希っても、苦しいだけではありませんか。クラフさま。どうすれば、心から、この世界を楽しんでくださいますか?本当の、故郷だと思っていただけますか」
「…ひどいこと、言うな」
クラフは再び、バルコニーから見える漆黒の空を見つめた。
「泣かないでください」
「…泣いてない」

金色の髪が夜風に揺られる。セキアはそれを惜しむかのように、なでた。
「オレ、天才だぞ。不可能なんか、ない」
「あきらめずにいるのは、時につらいものです」
「だから、ひどいこと、言うな。オレは、帰るんだ。いつか」
「…いつか、ですか」
少年が涙をぬぐうのを、セキアはじっと見つめていた。


数日後。

「おはよー!」

ぴゅん!

飛んできた緑色のぺらりとしたそれを、カカナはさっとよけた。
クラフの研究室ではさまざまなものが飛び交って、もともと散らかっていたところが、さらにすさまじい状態になっていた。

「慣れましたね、カカナさまも」

クッションを盾のようにささげもち、床に膝をついている褐色の肌の男が笑った。
「何?すごい有様だね!先に寝室に寄ったけど、あっちもものすごかった」
「たまに、ご機嫌斜めだと、こうなるんです!すみません、今は一度、お帰りになったほうがよろしいかと思いますよ!」
その間にも、ぺタッ葉が数枚飛んで来たので、カカナも足元に倒れて転がっている椅子を、盾にした。攻撃を繰り返すクラフに声をかける。

「おはよ!クラフ!」
「うるさい!出ていけ!」

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「宙の発明家」第一章三.信じることと甘えること②

<<らんららです!ブログペットのローローくん飼っていますが、彼からのエントリーとコメント、たまに入って来ます。どんなのかと思って気になったので…変な記事とか、コメ、あるけど、気にしないでくださいねー(^^)飼い主としては彼が何を言ってくるのか、見守ってみたいと思っています(^^;)>>

丁度、この前ここに来た時に完成した。
まだ改良は必要だろうけれど。
部品のうちは目立たないから、セキアに見られて問題はなかったが、形が見えてくるとさすがに、彼の目の前で造るわけには行かなかった。

アルミに似た金属を作り出すことから始めた軽い主翼。
初めは竹の骨組みなんかも考えたけれど、ここから地上までの間にある、気温の寒暖差と気流のことを考えれば、丈夫に越したことはない。重さはその分、浮遊石の量を調整すればいい。この間、不足分を、クルマに使うと言って余分に採取してきた。
そうやって少しずつ作ったのだ。
地上に帰るための、飛行機。

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「宙の発明家」第一章 三.信じることと甘えること③

<<らんららです!12月ともなると増えます、飲み会!
週末がバドミントンでつぶれ、必然的に平日にずれ込んでいる忘年会たち…今日も今から、行って来ます!>>




「あなたの部屋とは思えないくらい、片付いていますね。それに、これ、なんです?ずいぶん大きな機械ですね。造りかけですか?それにしては道具も、材料も片付いていますが…」
「な、なんでもないよ!」
セキアには飛行機なんてものの概念はない。だから、見てもわからない、はずだった。

「あ、これ、あの本にあったのに似ていますね」
「本?」
「カカナさまが盗もうとしたあれです」

「…盗むって…お前、ひどい言い方だな」
ごまかそう。
「カカナはオレのいた世界に興味があるんだ、だから」
「…で、なんです?これ」

「…なんでもないよ、それより、昼ごはん…」
「クラフさまがなんでもないって言う時は大抵隠し事をしている時です」
セキアは立ち上がった少年を、座ったまま見上げてにらみつけた。

「…あ、また、発作が…」
「ごまかさないで下さい。あの本に、コレに似たのが、空を飛んでいる写真が載っていました。空、飛ぶんですか?」
「あーっと、じじいに頼まれて」
セキアは立ち上がると、「空の羊」号に近づく。機体に手をかけて、コックピットを覗き込もうとしていた。

「空を飛んで、どうするんです?逃げるつもりですね」
言い終わる時にはすでに、セキアの手がクラフの腕をつかんでいた。
「う」
「さ、こちらで説明していただきましょう」

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「宙の発明家」第一章 三.信じることと甘えること④


「はあ」
大きなため息をついて、セキアは立ち止まった。

一度振り返って。
また、出口に向かって歩き出した。
クラフの寝室を出て、迷路のようになっている廊下だ。
白い石で作られた迷路。

寝室から研究室までは階段一つ降りるだけでいけるようになっているが、寝室から建物の外に出るには、この廊下を通る。クラフがここを通る時は目隠しをしている。わざと、間違えたり、遠回りして通っているが、多分、彼ならすぐに通り抜けるだろう。そう、たいして複雑な造りでもない。逃げ出した時に、少しでも時間がかかるようになっているだけだ。
かえって、ここを毎日通らなければならないセキアには、苦痛だった。
何度、この通路を通ったことか。壁のシミ、床の石、見ればどこなのかすぐわかるくらいだ。建物の外側にぐるりとめぐる回廊につながって、最後に出口にたどり着く。
回廊の柱の隙間から入り込む陽光に、細い目をさらに細めて歩いていた。
十年。
限界なのかもしれない。

二十五歳から十年の間をこの仕事に費やしたことは、人並みの出世をあきらめることになった。もともとは、司教会所属の聖騎士であった。大教皇の守護者の役をいただき、聖騎士の身分では各都市の聖騎士を束ねる「聖位」のすぐ下に位置する「尚位」にまでなっていた。大教皇の守護者になった時には、その若さでと、はやされた。信頼を得ていた。

それが、この有様だ。
今、クラフの世話係を辞したとして、大教皇がどのように取り計らってくれるのかは、わからない。不興を買えば、保証はない。だが、このまま、クラフについて一生、この建物の中で生活するのも、同様だ。
時間を作っては学び、体を鍛え、いつでも他の仕事に復帰できるようにと準備していても、それは空しいだけだ。からかわれるとおり、恋人の一人も作る余裕はなかった。

この苛立ちも、あせりも、すべて押し殺して、誠心誠意、世話してきた。
それを、あの子供は。
いとも簡単に、騙してくれる。利口な上にずる賢い。
それでも、憐れに思ってしまう。私が、間抜けと言うことか。
情けなさに、唇を噛んだ。

「なんじゃ、セキア、出迎えなどよかったのに」
ちょうど、離れに向かおうとしていた大教皇と迷路の入り口で出会った。
大教皇は、照れたように頭をつるりとなでた。
「あ、いえ…」
セキアは膝を落として、小柄な老人に深くお辞儀した。
「なんじゃ…元気がないのう。また、喧嘩したか」
「いえ、あの、私はもう。あの方のお世話はできません」
うつむいたまま、男は言った。
大教皇は首をひねった。
「辞すると、いうのかな」
「…はい」
「ふうむ。それは困った」
さして重要そうでもなく、のんびりと白いひげをなでる。
「理由如何では尚位の剥奪になるやもしれんのう」

「…覚悟の上です」
「生真面目でつまらんの。もう少し慌てんかのう?冗談じゃ。
いくらわしでも、そう簡単にはお前の身分を剥奪などできんでの。
ま、しばらく休んでみるのもいいじゃろう。ちょうど、お前の代わりに通いたがっている若者もおる」
「!カカナさま、ですか」
「そうじゃ。仲良しのようじゃ。お前はしばらく、休め。クーちゃんの世話は一時の休みもなかったろう。疲れもたまる。ほれ、お前のここのシワ、ずいぶん深いぞ」
そういって、大教皇は眉間を指差していた。
「…はい、そうですね、カカナ様なら、クラフさまも喜ばれるでしょう」
「時には、流れるままに任せるも必要。離れてみるのもよいじゃろう。クーちゃんはよく分かっておる。我らが何を必要とし、何を不要とするかをの。そこから、若い者が学んで、いずれこの世界を守ってくれる。素晴らしいことじゃないかの」

大教皇は、人質にすることを反対した。だが、すべての決定権があるわけではない。賢老士会の全会一致では、対抗しようがなかった。
大教皇は最初から、クラフに同情していた。
「申し訳ございません。私は、その、どうも親身になりすぎたようです」
「よくやってくれておる。わしもあれを人質などとは思えんでな。お前の抱える矛盾、分からんでもない。しばらく、わしの身辺におるがよい。以前のように、な」
「はい」
セキアは、大教皇の穏やかな小さな瞳を見つめた。
カカナに任せるのは、不安もあるが。クラフの顔を思い浮かべて、まだ怒りとも寂しさともつかない感情に心揺れるのは、よくないことだろう。しばらく、そう、しばらく離れているべきだろう。


「クーちゃん!」
そう戸口で叫ぶと、大教皇はベッドで横になっているクラフに駆け寄った。

クラフは、じっとしていた。

「なんとなんと、縛られたのか」
「じじい、セキアは?」
「よしよし」
小さな子にするように頭をなでて、ロープを解こうとする。
「だめ」
クラフがそれをさけ、起き上がった。口を少し尖らせ、拗ねているようにも見える。

「なんじゃ?解いて欲しくないのかな?」
「セキアに解かせる。あいつがやったんだ、あいつに解かせる」

「……少し、わがままが過ぎたようじゃな」
小さくため息をついて、大教皇はクラフの腕をつかんで、ロープを解いた。結び目はさしてきつくなく、本気で解こうとすればクラフ本人でも緩めて外すことができただろう。
二人の信頼関係を感じて、大教皇は目を細めた。

「セキアはの、ここにはもう、来ないのじゃ」
クラフは目を丸くした。
「…交代になったのか?」
「なんじゃ、嬉しくないのかな。以前からたびたび喧嘩して、代えて欲しいと訴えておったじゃろう」
老人の小さな目が穏やかに少年を観察する。クラフは目を大きく見開いたまま、しばし黙ったが、一つ瞬きして言った。
「嬉しいよ、コレで自由だ」
「ま、自由と言うわけにはいかんがの、カカナが代わりに来る」
「!」
「なんじゃ?それも、嬉しくないのかな」
一瞬複雑そうな表情をしたクラフを見逃さない。
「別に。カカナ、面白いし、大好きだ」
「ほう。セキアは面白くなかったのかの?どんな奴じゃった?」
クラフは黙った。
「…別に」
「べつに、なんじゃ?」
「誰かと比較したことないからわからない。それだけ。そんなこと、考えたことない」
そういって、クラフは頭をかいた。少し伸びた髪が額をかすめる。何かふに落ちないような、そんな表情をしている。

「ふうん。そうか、そういうものかの。ところでクーちゃん、何か新しいもの造ったとか。見せて欲しいのう」
「完成させていいって約束してくれるなら、見せてやるし、説明してやる。そうだな、今すぐ、応えてくれるなら、乗せてやってもいいぞ」
瞳を輝かせて、クラフは嬉しそうに言った。いつもの、発明家の顔になっていた。

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「宙の発明家」第一章 四.カカナ①

「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ ①

それから、三日。
クラフは苛立っていた。
苛立ち紛れに、「ぺタッ葉」と、最近開発した「もえ玉」を、たくさん製造していた。
誰に試そうかと考えながら作業している姿はとても幸せそうだ。
仕上げに「もえ玉」を乾かそうと床一面に並べた。
中身の匂いが部屋に充満している。

赤い玉は丁度、クラフが親指と人差し指で作る輪くらいの大きさで、持つとずしりとしている。中には、空気と混じって発火する液体が入っている。
この世界に放火魔がいれば、泣いて喜びそうな代物だ。
外側の樹脂の硬さ、壊れやすさに神経を使った。玉がある一定以上の衝撃を受ければ、壊れる。手に持って軽く握り締める程度なら発火しない。
いいできだ。

クラフは床に腹ばいになって寝転び、かわいい「もえ玉」たちを眺めて笑う。白いシャツは赤い樹脂で汚れ、鼻の頭にもちょんと張り付いている。髪はくしゃくしゃで、服装も気にしないと見える。寝転んだまま、指先でつんつんと赤い球をそっとつつく。

「その姿、ちょっと変人に見えるな」

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「宙の発明家」第一章 四.カカナピーシ②

中央の街、大聖堂の講堂の隣にある、政修学校は、各地からの優秀な子供を集める、いわばエリートの学校だ。年齢は十五歳から十八歳。この世界では、子供は皆、十八で成人とみなされる。政治、科学、医学、経済学。それらの専攻に分かれている。全寮制である。

寮は男子女子に分かれ、共同の談話室や食堂が、間にある。
深い茶褐色のレンガ造りのそこは、平屋建てで、建物の中央部分の屋根が丸く高くなっている。そこから取り込む陽光が、室内を明るく照らす。高い天井、談話室はいくつかの部屋に分かれ、それらは格子状の木の壁で仕切られている。間に透明なガラスがはまっているので、誰が何をしているかは遠くからでも分かる。

談話室は建物の半分ほどを占め、中央に通路があり、それはまっすぐ食堂につながる。
リスガは食堂の一角で、友達二人とお茶を飲みながらおしゃべりしていた。

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「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ③

日の沈みかけた群青の空を背に、背の高い男が皇宮の中庭を足早に歩いていた。背後に二人の従者を従えている。夕闇迫るこの土地では、出歩くものはいない。灯される明かりもないまま、三人は今や皇宮の大聖堂の陰に沈む小さな建物に入っていく。四角い、一階建てのそれは、白い石が冷たく夕日をはじく。


クラフは一階の寝室にいた。
二つ並ぶうちの奥のベッドに寝転がって、壁のほうを向いて背を向けていた。手前がセキアが使っていたものだと言う。

壁に貼り付けて置かれているベッドから、時折手を伸ばして、壁につけた小さな電灯に指を当てる。
それは、クラフの造った小さな電球に、ガラス工房で作ってもらったカバーがつけられている。淡い水色に光るそれは手作りのガラスで白い模様が入っていて、ちょっと、雲のある空のように見える。
クラフのお気に入りだ。
小さい頃そこに落書きした小さな飛行機が、空を飛んでいるかのように見える。それを、ぼんやりと指でなぞる。

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「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ④

穏やかに微笑む男は、まだ四十代前半といったところだろう。カカナと同じ亜麻色の髪を短く刈り込み、まっすぐな眉は凛々しさすら感じさせる。明るい緑の瞳。
カカナの父であり、賢老士の一人であるブール候は着ていた丈の長いマントを従者に預けると、ベッドの反対側にあるダイニングのイスに腰掛けた。入り口から横に長い部屋は、寝室兼ダイニングだ。小さなキッチンと洗面所が別についている。
クラフは、目を大きく見開いて、突然の来訪者に怯えたかのように毛布の隙間からのぞいていた。

「大きな声を出していたね。扉の外から聞こえたよ。
ピーシ、君の言いたいこともわかるけれどね。我々にとっては、クラフをどうすると言うより、クラフのいた世界の人間が、もし、再びここに来たらどう対処するかが重要なのだ。
だから、中途半端な状態だけれど、クラフにはね、人質として、異世界のものを追い払う役目を負ってもらう。簡単に言えば、彼らに、帰らなければクラフを殺すぞ、と脅すわけだね」

そっと、カカナと並んでクラフのベッドに座るピーシを観察するように見つめる。ピーシが、決まり悪そうに視線をそらすと、ふと笑って、ブール候は室内をぐるりと見回した。

「父上、そうしたら、クラフはずっとこちらにいるってことですか?その、異世界の人間が来ても返さない、クラフは帰れないってことですよね」
カカナが身を乗り出した。手元のスープの皿が、カチャリと鳴った。クラフは毛布の隙間から、さらに奥にもぐりこんで、それでも気になるのだろう、黒いトンネルの口を開けたままにしている。
「そうだね。つまり、クラフ。お前はもう、元の世界に戻ることはない。だから、ね、私は君に、私たちのところに来て、もう少し自由になってもらいたいと思っているんだよ。
この那迦の街では神の地とされる大聖堂がある。人々の信仰も深い。ここでは君を自由にはさせられないのだ。私たちの街の郊外なら、自由にさせてあげられるんだよ。いざと言う時には、もちろん、人質であることには変わりないがね」
クラフが毛布のトンネルの入り口をふさぐのと、ピーシが身を乗り出してテーブルに手を着くのと同時だった。
「どうした、ピーシ?何を驚いている?」
一瞬にして、表情を隠すと、ピーシは元のように座りなおした。
「いえ、なんでもないです」
にやりと笑うブールから、視線をそらす。
様子を、聞けるだけ聞いたほうがいい、ピーシの態度はそれを表していた。だまって、ブールの動向を探るつもりだろう。カカナにもそれは分かった。
カカナはどうして父親が、政敵であるピーシにそれを明かしてしまうのかが分からなかった。
それとも、この程度のことなら知られても平気だということなのだろうか。確かにこれだけでは、神を貶めたわけでもないし、賢老士会の決定に離反するものでもない。

「クラフ、今の話はカカナから聞いていると思うが。うるさいセキアがいない今が、丁度いい機会だからね、直接会ってみたいと思ったのだ。まだ、怖いのかね」
カカナは背後を見つめた。毛布に隠れたまま、クラフはじっとしていた。
「言葉は分かるのだろう?」
手を上げるブールにあわせて、従者の男が一人、クラフに近づく。
慌てて、カカナが毛布の塊の前に立ちはだかった。
「なんだい、カカナ。クラフの態度がそれでは、話も出来ないだろう?邪魔しないでおくれ」
「父上、クラフは子供なんです、あの、まだぜんぜん小さな子供で、とても臆病なんです!それに、今風邪で体調を崩していて」
「お、臆病じゃないぞ!」
毛布がもこもこと動いて、クラフが顔を出した。毛布に包まれたまま、座り込んで、頭だけ出す。乱れた金髪が、あちこちを向いている。
「オレは臆病じゃない!」
「そうか、ほう、大きくなったな。はじめてみた時はまだ、小さかったな」
穏やかに、あくまでも優しく笑うブールに、クラフはどきどきしていた。低い落ち着いた声、整いすぎた完璧な笑顔。何を言っても、何をやってもきっと、笑っている。
何を思っていても、だ。
そういう奴は、怖い。
「お前は、ここを出る勇気はないのかな?」
「どこでも、同じだ」
「研究の自由と昼間の散歩を保障しよう」

ピーシが交互に視線を移す。カカナは緊張した面持ちでクラフを見つめた。
「嫌だ、帰る。オレはオレの生まれた世界に戻るんだ。だから、それまでここにいる」
「帰らせないよ」

ブール候の低い声は、異様な威圧感を感じさせた。
背中を、ぎゅっとクラフが握り締めたのを感じて、カカナは振り返る。
男から視線をそらすことが出来ずカカナの服を握り締めるクラフの手が、少し震えていることに気付いた。ピーシもその手を見つめていた。

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「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ⑤

「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ⑤

<<らんららです!大掃除、始めました!一日六時間くらい、を週に二回。あれ?後何週間あるの?…終わるのだろうか?年末までに>>

★★★さて、クラフ君、体調悪いのも手伝ってか、それともセキアさんがいないためか。怯え気味です(^^;)がんばれ!!★★★

「…オレは、人質になんかならないし、ここにずっといるつもりもないし、あんたのとこに行くつもりもない。オレ、あんた嫌いだ!」

「…残念だなぁ、クラフ、私はお前のことを気に入っている。カカナもね。帰ることは出来なくても、自由にさせてあげるといっているだろう?信じないのかね?」
ブール候が立ち上がった。
同時に、従者たちの放つ雰囲気も険しいものになる。

「父上!あの、乱暴はやめてください!」

カカナがクラフを背後に庇う。ピーシも従者を遮る。
「そうです!ブール候!このことは、父上に報告しますよ!」
「クラフ、お前にとって、得になることを考えてみるのだな」
クラフは震えながらも、にらみつけた。

「堅物のセキアに閉じ込められて。つまらない十年を送ってしまっただろう?この先もずっと、この薄暗い牢の中で過ごすのかい?セキアだって、一生、お前のためにここにいるのかい?お前は、セキアを犠牲にしてもいいのかな」

クラフの顔色が変わったのを見て取ったのだろう、男はにやりと笑って見せた。
「出て行け!」
ひゅん、と、ぺたっ葉が飛んだ。
それは見事に、ブール候の片目をふさいだ。

「お?!」
従者が剣を抜いた。従者にもぺたっ葉ガ飛ぶ。一つはあごに。もう一人は防ごうと剣を抜いたため、その刃にぺたっと貼り付いた。
さらに赤い「もえ玉」を取り出したクラフを、カカナが抱きとめて押さえつけた。
「止めろ!クラフ、危ない!父上も、止めて下さい!何も、今、ここでこんなことしなくても!」
「放せ!カカナ!カカナもオレを連れて行くつもりなんだ!」クラフは、暴れる。
「違う!僕はお前の味方だ!」
「落ち着いて、クラフ!」ピーシもクラフの肩に手を置いた。
「嫌だ!いやだぁ!」
クラフがピーシを突き飛ばそうとした瞬間、手に持っていた「もえ玉」がボワと炎を上げた。

高可燃性の液体の中身は一瞬で燃える。一瞬で、それは消えたが、ピーシの肩に丸い火傷が残る。
「いって…バカ、落ち着けって…僕はお前の味方だぞ」
「ピーシ…」

気が抜けたようにクラフはぺたりとベッドに座り込んだ。
握り締めたままの、残りの「もえ玉」を取り上げると、カカナはクラフを背後に庇って、父親を睨んだ。

ブール候は張り付いた「ぺたっ葉」をはがそうと悪戦苦闘していた。
「父上、それ、無理にはがすと眉毛がなくなります。はがし方をお教えします、ですから、今日はこのままお帰りください!お願いします」
「カカナ、お前は私に逆らうのか」
あくまでも、ブール候は穏やかに言った。そこに含まれる感情が何であるのか、カカナすら読み取れない。厳しい表情で、カカナは言った。

「はい。お怒りを買っても、今日の父上のやり方は間違っています」
「ふん。まあよい、次には、逃さぬから覚悟しておくのだな、クラフ」
ブール候の合図で、二人の従者は部屋の外に出た。それを見届けて、カカナは父親のそばに行き、腕を取った。
「すみません、父上。それ、水でぬらせば簡単に取れます。こちらへ」
カカナが父親を伴ってキッチンに向かう。


クラフは肩の力を抜いた。大きく、ため息をついて。目の前でピーシはカカナとその父親を見つめている。
その肩に、丸い焦げあと。繊維の燃えた嫌なにおいがする。
「ピーシ、痛いか?」
ポツリとクラフが言った。
「ううん。落ち着いたかい?カカナの父上が言ったこと、気にしなくていいんだ。お前はセキアを犠牲にしてなんかいないよ。ほら、お前も火傷してる。カカナの薬も、ちゃんと飲みなよ」
「……あれ、苦いから嫌い」
「わがまま言わない。カカナが折角作ってくれたんだ。あれでも一応、医者になるつもりらしいし、クラフは、カカナの患者第一号だね」
「なんか、やな感じ。第一号なんて実験台と同じだ」
口を尖らせながらも、カップを手に取るクラフに、ピーシが笑う。

ピーシは先日会った、父親の言葉を思い出していた。

「ブールにクラフの技術を与えるわけにはいかん。
クラフを哀れむふりをするなど、あの男らしいが。偽善者が、結局クラフを利用する腹づもりだろう。

ピーシ、物事を片側からだけ見ていてはいけない。一見私の意見はクラフにとって冷徹に思えるかもしれない。
だが、結果的に彼を守ることになるのだよ。
お前はクラフにあって、悪い人間ではないと判断したね。
誰もがクラフの持つ知識や技術を利用しようとしたら、決してクラフにとってよいことにはならないだろう?

あってはならない存在として、不可侵の領域とすることが彼のためになるのだ。そして、この世界のためにもなる……」
父親の言葉は正しい。
逆らえはしない。

けれど、目の前の少年は、既にピーシに笑いかけることを覚えてしまっている。
あってはならない存在だなどと、思えるはずもない。

「父上、何ゆえあのような、厳しいことをなさるのですか」
カカナは、父親にタオルを渡しながら言った。いつもの、父ではない気がした。クラフさえ納得すれば、父親の提案は決して悪いものではないはずだ。カカナはそう、信じている。ただ、今回の父親の態度はふに落ちなかった。

「ふ、カカナ、お前はよい性格だ。私の期待通りだ。これでクラフもお前を信用し、頼るだろう」
「え!?そのためにわざと、…演技ですか?」
「大教皇とも話をしてね。お前はクラフの持つ資料を見せてもらえないとこぼしていたね。なかなか、今のクラフを懐柔するのは困難だろう。素直ではないし、セキアもいない。だから、手助けに来たのだ。ずいぶん、慣れない事をしておるのだろう?母上が見たら嘆くぞ。顔に傷など」
喧嘩の跡が残る頬を、カカナは手で隠した。幼い頃の母の思い出がよぎる。
ブール候は穏やかに笑った。
「クラフには、ああ言ったがね。いつか、彼は自分のいた世界に戻る時が来るだろう。その前に、この世界について、クラフの知っているたくさんの役立つ知識を得てほしいのだ。お前なら知識を正しく使えるだろうと、大教皇様も賛成してくださっている。
お前が思うように行動するといい。お前ももう、十七歳、来年は成人だ。私のような政治家になる必要もない。お前が、この世界の未来を担ってくれることを、私も、大教皇も期待している。お前は自らクラフの味方だと言った。わが息子として、誇らしく思うぞ」
「父上」
カカナは、大きな手で肩を叩かれ、照れくさくて笑った。

母親が早くに亡くなってから、父はたった一人の息子を育ててくれた。忙しい仕事の間でも、カカナに学ばせること、物事を理解させることに力を注いだ。代々、賢老士を賜る家系、再婚の話も多々あったのに、父親はカカナのためにすべて断った。
今も、家に帰れば父子二人の生活だ。

カカナは父を誇らしく感じた。
ただ、同時に、クラフに突きつけたこれからのこと。一生ここにいるのか、という問い。それは、少し演技にしては過ぎるような気がしていた。
ますます、セキアとクラフを、引き離してしまうのではないか。
クラフの目を、故郷に向けてしまうのではないか。
それも、どうしようもないことなのかもしれない。
気持ちは自由だ。

どんなに、付きっきりで世話をしても、話しかけても、それでも、カカナはクラフの本当の気持ちを理解できていなかった。そう、十年そばにいたセキアですらも。セキアがどんな気持ちでここを去ったのか、カカナには分かるような気がしていた。


再び怖い顔をして、クラフを睨みつけながら帰って行く父親を、カカナは見送った。
ベッドの隅で縮こまっていた二人の視線が、カカナに集まる。
「何だよ」
「もう、来させるなよ!出入り禁止だ」枕を抱きしめたまま、クラフが上目遣いで睨む。
「ぷ、分かってるよ。父上は忙しいから、そうは来られない。安心しなよ。言ったろ?僕はお前の味方だ」
にっこり笑うカカナに、クラフは少し恥ずかしそうに枕を抱きしめる腕に力を入れる。
カカナが、テーブルを片付け始めた。
「あ、僕も手伝うよ」
ピーシが立ち上がる。
「クラフは寝てなよ」
カカナが、空になったカップを見つめて、嬉しそうに顔を上げる。
「やあだ」
枕を抱えたまま、ピーシが見ていた『プレイボーイ』を床から引っ張りあげる。
「クラフ、大丈夫なのかい?早く治さなきゃ、美味しいものも食べれないだろう?」ピーシが笑う。
「平気」
「明日は僕が美味しいの作ってやるのに、いいのかなぁ?鶏肉を甘いワインでぐつぐつ煮込むんだよ。きのこと、たまねぎがとろけて。バタートーストに蜂蜜添えて。おいしいのになぁ」
ピーシの言葉に、カカナが目を丸くした。
「なんだい、カカナ、僕が料理したらおかしいかい?」
「!嬉しいけど。本当にいいのかい?」
「誘ったのは君だろ?それに、僕も一応、クラフの友達だからね」
クラフは、笑いあう二人の片づけをちらりと見ながら、お腹を押さえた。
蜂蜜たっぷりのバタートースト…お腹が鳴る。
「お腹すいた!」
クラフが叫んだ。ベッドに座り込んだまま、枕を頭の上に持ち上げて、二人をにらんでいる。
「クラフ、お前、あきれる…さっき二人分を吐いて、だめにしちゃったのに」
「スープの残りがあるよ。そういえば僕も食べてないよ、クラフが取っちゃったからね。食べられるならクラフも少し食べたほうがいいし。夕食、やり直しだ。ピーシも食べる?」
「ああ」
「わーい!!」
二人の脇を駆け抜けて、一番最初にキッチンに駆け込むクラフ。その笑顔に、カカナはほっとしていた。やっと、まともな日々になりそうだ。
あんなに、拗ねて食事も取らなかったのが嘘のようだ。
ピーシの態度も変ってきている。
何が、そうさせるんだろうか。カカナは考えていた。

「見てみて、コレ、泡だらけ!」
クラフが煮立った鍋を覗き込む。ピーシが後ろから見て叫ぶ。
「ばか、温度が高すぎだよ!クラフお前が発明した調理器だろ?使い方間違えるなよ!」
「自分で使ったことない!」
「ふきこぼしちゃだめだよ!味が…え?ピーシ、待って、なんで、塩入れるんだ!?」
カカナも両手に皿を持ったまま、駆けつけた。
にぎやかな食事が始まった。

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「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ⑥

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「宙の発明家」第一章 四.カカナとピーシ⑥

翌朝、ピーシが目を覚ました時には、クラフはいなかった。
隣で寝息を立てているカカナを揺り起こす。
「クラフが、いないんだ」
がば!と起き上がって、カカナは跳ねた髪を押さえながら見回す。
「!地下だ!」
二人は慌てて地下へと続く階段を降りる。途中一つだけ踊り場があり、すぐ地下の研究室の扉にたどり着く。
「クラフ?」
両開きの木の扉をきしませながら開く。
「いるのか?クラフ!」
ピーシも声をかける。ピーシは初めて入る研究室に、少し圧倒されている。見たことのないものがあちこちにある。ついそちらに、目が行く。
ぱっと見た感じでは、いない。
「ここ」
微かな返事を頼りに、いろいろなものが乗っている棚まで来た。壁と棚の間に、体を横にすれば通り抜けられるくらいの隙間が開いていた。
二人は、そろそろと、入る。
天井からの白い光に、クラフの金色の髪が輝く。まぶしい気がして、カカナは目をしばたいた。
「おはよ!見てみて!これ、オレ様の最新作!いいだろ?」
気付けば傍らに、クラフが何かの道具を持って立っていた。嬉しそうに目を輝かせている。
「ふうん。これ、なんだい?大きいな」
カカナは、銀色のそれこそデンワを巨大にしたようなそれに近づいた。
ピーシは遠目から全体を見ようと、腕を組んで見ている。しゃがんで下から見たり、少し移動してみたりする。安易に近寄らないのは慎重な性格の故か。
大豆のようなデンワを、少し引っ張って伸ばしたような細長いそれは、全体がつるりとした銀色の金属でできている。
緩やかな曲線を描いて、丁度豆でいう芽の出る方が上になっている。くぼみ辺りにガラスでできた丸いふたがついていて、豆の下には猫の前足に似た形のものが二本、豆を支えている。足はちょっと短めで、グウに丸めた手のひら部分は柔らかな羊の毛皮で覆われている。羊の毛をまとった猫の前足みたいに見えて、面白い。
カカナは近づいて、その前足をなでてみた。大きさは丁度、カカナの頭二つ分くらい。ふかふかと柔らかく、適度に弾力がある。
豆部分には、横に何かをつなげるのか、そこだけ皮を切り抜いたようになっている。接合部分には硬そうな金属がのぞく。ここに何かがついて、完全な形なのだろう。

「な、どう?カッコイイだろ?じじいに許可もらっているからな、完成させていいって」
「で、これ、なに?」二人は同時に言った。
「なんだよ、見てわかんないの?セキアはすぐ分かったぞ!」
クラフはがっかりして、口を尖らせた。
「セキアが?…ちょっと、待って、当てて見せるから」
カカナは、また、それの周りを一回りしてみた。
豆のお尻の部分には、縦にぴんと三角の魚の背びれに似たものが立っていて、そのすぐ下には、横に張り出した同じようなものが左右二枚ずつ、水平に並んでいる。そこには小さな五枚くらいの羽根が丸くはめ込まれている。中心で風車のように回転するようだ。
ぐるりと回ってみる。足から豆の上まで、小さな金属のでっぱりが並んでいることに気付いた。そこに足をかけて、上ってみる。
丸いガラスの中には、座る場所が二つ、前後に並んでいる。
前の席は機械に囲まれている。座る場所は全部、羊のもこもこした毛皮を張り詰めてあって、気持ちよさそうだ。
「これ、乗っていいの?」
見下ろすと、クラフは別のところにある羽のようなものの、何かを調整していた。
「!これ、それとくっつけるんだ!羽がつくんだね!そうだよ、鳥みたいだ」
クラフが見上げた。
「もしかして、飛べるの!?」
嬉しそうに、クラフはにっこりした。
「お前、すごい!すごいよ!」
「やっぱりカカナはいいやつだ!セキアは、俺が逃げ出すって怒り出したぞ」
「!…そのための、ものなのか」
カカナの表情が少し曇った。
クラフは再び作業に夢中になっていた。
「…な、クラフ」
自分の身長の二倍くらいの高さから、テクテクと降りながら、カカナは声をかける。ピーシもそばによってきた。まだ、腕を組んだままだ。
聞こえないのか、クラフはうつむいたまま、羽の風きり部分を動かしてみている。
「完成させるからな!完成したら、オレ、帰るんだ」
「すごいね、ここまで、具体的になっているなんて、想像できなかった」
ピーシが、ポツリと言った。
「帰る。セキアと同じこと言うな」
作業の手を休めずに、クラフは低い声で言った。
カカナは優しく笑っていた。
「寂しいな」
「…」
「クラフは平気なのか?」
「…」クラフは黙った。口をぎゅっと閉じて、カカナを見上げた。
カカナは、しゃがんでひざを抱えたまま、考え込むようにあごに手を当てている。クラフの視線を受けて、笑った。

「なんだか、こうやって、目の前に見るとセキアの気持ち、わかるね」
ピーシだった。やっと組んでいた手を離して、「空の羊」号に触れてみる。カカナも、頷いた。
「なんだか、切ないなぁ。せっかく仲良くなったのにさ」
「うるさい、邪魔するなら出て行け!」
クラフが急に立ち上がって、カカナを追い出そうと手を掴んで引っ張る。
「おいおい、クラフ」ピーシが苦笑いする。カカナは引かれるまま立ち上がり、そこでクラフの手を両手で包んだ。
「ね、クラフ。僕らはお前の立場には決してなれないから、お前の気持ちは分からないけどさ。セキアが怒るのは、よく分かるよ。寂しいんだ。でも、そんなふうに帰りたがるお前を、責めることもできないしね。なんていうのかな、あ!そうだ。鳥、かな」
「鳥?」
クラフの動きが止まる。
「僕ね、小さい頃スズメの子供、拾ったことあるんだ。巣から落ちていて、親は何処かに行っちゃっていて。だから、育てたんだ」
肩に両手を置かれクラフはうつむいた。手に持つペンチを睨んでいる。
カカナは少し遠くを見るように視線を上げ、話しを続けた。
「すごく、可愛いんだ。野生ではどこにでもいるんだけど。でも僕のスズメは特別だった。僕が呼べば飛んできて、手にちょんと乗って。すごい、きれいな声で鳴いた。大きくなって、大人の鳥になっても一緒にいた。いつも僕の後を追ってきて、肩にとまって。だけど、あるときから、いつもと違う鳴き方をするようになったんだ」
「なんで?」
「大人になってさ、恋人を探し始めたんだ」
「じゃ、もう一羽拾ってくれば?」
くすりとカカナは笑った。
「野生で生きているスズメを拾うなんて、そうないことだよ。かといって、誘拐してきたら、ダメだろう?それにね、僕のスズメは窓辺で鳴いて、ちゃんと好みの奥さんを呼んでいたんだ。窓の外から、応える声が毎日していて。スズメは窓辺に付きっ切りになって。僕が呼んでも来てくれなくなった」
「…」
「あんなに、一生懸命世話してさ、育てたのに、そいつには奥さんのほうが大切なんだ。しょうがないけど、悔しくて。僕はずっと、そいつを部屋に閉じ込めていたんだ」
「…」
「友達なのに、大切なのに、閉じ込めていた。そばにいて欲しくて」
「それで、どうしたの?」
「僕が神経質になって鳥と一緒に閉じこもっているのを見かねて、父上が、窓を開けた。僕は泣いたよ。スズメは、一回だけ振り向いて、外に飛んで行ったんだ」
クラフは、抱えた膝を見つめていた。
「二度と、帰ってこない、僕は泣いて怒った。父上はね、僕に言ったんだ。友達を信じないのかって」
そこまで話して、カカナは大きく息を吸った。ぐんと腕を伸ばした。遠くを見る彼の目には青い空が見えているような気がした。スズメの去っていった空。

「それで?スズメは帰ってきたのか?何処かに行っちゃったの?」
クラフの問いに、カカナは笑った。
「さあ、ね。秘密だ」
「ずるいぞ!」
「セキアや、僕らの気持ち、なんとなく、分かっただろ?」
背を向けて、また何か作業を始めようとするクラフに、カカナが声をかけた。
「知らない!セキアはオレのこと嫌ってるんだ!セキアはカカナのお父さんと違って、絶対窓を開けない!」
「開けてくれたら、お前どうするんだ?」
ピーシが、ポツリと言った。
クラフは茶色い瞳を大きく開いて、ピーシを見つめると黙った。
「僕は、お前が帰りたいならそうしてもいいと思う。淋しいけどね。でも、その前に、もっとたくさん、必要なことを教えて欲しいんだ」
カカナが、穏やかに言う。
「やだ」
「この間、話してくれただろう?この世界の話。お前が思う以上に、僕らだってこの世界を守りたいから、さ」
クラフはちらりと、年上の少年を見上げた。少し離れて、ピーシがじっと見つめている。
「コレ、造るのも、手伝うから」
カカナの笑顔に、クラフは表情を緩めた。頷く。

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「宙の発明家」第一章 五.リスガとカカナ①

「宙の発明家」第一章 五.リスガとカカナ①

校内の大きな杉の木が祈季の風にざわりと揺れる。
一年中日陰をつくる丈高いその並木に沿う石畳の歩道を、少女は走っていた。昼の日差しが、ちらちらと眩しい。リスガの首元に巻いた、ふわりとした白いマフラーは、彼女に合わせてぺたぺたと軽く背を叩く。ピーシに話を聞いてから二度目の週末。休みになって、やっと大教皇に会って、話を聞いて、リスガは今、走っていた。
大聖堂の庭を通り抜け、その先にある皇宮、そして。
目指しているのは、その隣、小さな離れの建物だ。

カカナも、そして、ピーシもあれ以来学校に顔を出していなかった。一週間、悩んで我慢して。
今日、父親のそばにセキアを見つけて、話してからはもう、カカナが気になって仕方なかった。
庭を緑に染める聖なる苔を視界に感じながら、リスガはセキアの話を、思い出していた。
セキアは喧嘩して以来、一度もクラフに会っていない。淋しそうでもあったけれど、落ち着いた物腰、きびきびと仕事をこなす姿は、彼本来のものなのだと、リスガは改めて思った。
彼女の父親である大教皇もそしてセキアも、クラフと一緒にいると変る。クラフが相手だと、まるで彼ら自身が子供みたいに素直になってしまう。
不思議な気がした。そして、初めてクラフと会った時から、カカナはクラフを気に入っていた。
不思議だ。

リスガが初めてクラフと出合ったのは、五年前くらいになる。クラフが各家庭に発電装置を取り付けていた頃だ。
その頃から、生意気で、初めて紹介された時に手をつないできた。思わず叩いてしまった。
以来、どうしても、クラフのことは子供、という印象が強い。嫌いじゃないし、発明するものも面白いけれど。ほかに遊ぶ友達に不自由はないし、積極的に会いに行こうとしたことなどない。
父親が何度も遊んでやってほしいと訴えても、関心はなかった。
今、走って向かっていること自体に不意に違和感を感じた。
足を止める。
走るのをやめて、歩き出した。まるで、平静を装うかのように。

そう、ただ、カカナに会いたいだけなのだ。彼の顔を見たい、それだけ。

荒い息を整えながら、白い建物を見つめた。
狭い入り口。扉のないそこを入ると、迷路になっている。日差しに慣れた目に室内は真っ暗に映る。
目が慣れるまで、しばし留まる。
迷路といっても、簡単なものだ。建設当時はクラフが小さい子だったから、逃げられないように、と作ったもので、大人ならすぐに通り抜けられるだろう。
迷路の白い石の壁に手をついて、ふと、気付いた。

「やだ、私なんにも」
持ってきていなかった。格好がつかない。何をしに来たと問われれば、答えようがない。
まさか、本当のことは言えない。
普通、差し入れくらいはするものだろう。まして、リスガは女の子だ。手料理の一つや二つは披露できなきゃ。カカナはちゃんと食べているのだろうか。
そうだ、今からなら家に戻って、おやつにパイを焼くくらいは出来る。カカナが好きだって言っていたナッツをたくさん使ったパイ。
引き返そうと身を翻したところだった。
正面から、人影。
「あれ?リスガ?」

慌てた自分を呪ってみても、遅かった。
「あ、カカナ……」
逆光で、影しか見えないけれど、声ですぐ分かる。セキアより少し低いだけの長身。少しだけ癖のある髪が揺れる。買出しにでも言ってきたのだろう、大きな袋を抱えている。
「久しぶりだね。来てくれたんだ」
嬉しそうなカカナに、リスガは赤面する。
「よかった、クラフも喜ぶよ」
肩に手を置かれ、ますます固くなりながらリスガは促されるまま、クラフのいる研究所へと迷路を進んだ。

「あ、ねえ、カカナ。怪我はもう、大丈夫?」
「!嬉しいなぁ。クラフなんて、遠慮なく殴ってくるのに。もう、ほとんど痛まないよ。ありがとう、リスガはやさしいな」
肩に置かれた手に、少し力が入ったように感じて、リスガはどきどきする。
「殴るって、クラフが?」
「そうだよ」
「ひどいわ」
「くす、いいんだよ、僕だって、殴ったから」
「!カカナが?」
「そう。最近はもう、喧嘩しないけど。学校で習う武術と違って、やっぱり本当の喧嘩は難しいよね。手加減が。クラフも結構本気だしね」
「想像がつかないわ」
あはは、と笑うカカナ。

研究室の重い木の扉を開くと、同時に、誰かが飛び出してきた。
「うわ!」
ピーシだった。
カカナがリスガをかばい、ピーシはカカナの肩に突き当たってとまる。

「いた、ごめん、クラフが…」
ピーシは後頭部にぺたっ葉を一枚貼り付けている。

「また?何を怒っているんだ?クラフは」
「ほら、また今晩、上空の大気を観測するとかで出かけたいって言い出してね」
「まったく」
一つため息をついて、カカナが手に持っていた荷物、食料の入った袋をリスガに渡した。
「ごめん、これ持って、寝室の隣のキッチンにしまっておいてくれないかな」
「え、ええ」
リスガの表情も、返事も聞き終わらないうちに、カカナは振り返って研究室に入っていく。
「クラフ!また、風邪がひどくなるだろ?もうだめだよ!夜出かけるのは!」
ピーシも、カカナの後に続こうとして、動きを止めリスガを見つめる。
「なあに?」
リスガが少しにらむ。また、嫌味を言われる。リスガは身構えた。
ピーシはにやっと笑って、言った。
「助かるよ!あんなこと言っていても、カカナだって研究に夢中になりすぎて、ろくに寝てないんだ。食事も忘れることがあるし。食事と片付け、頼むよ」
「え?」
「僕も、面白くなっちゃって、ちょっと、手が離せないんだ」
「ええ?なに?私、召使じゃないのよ?」
ピーシは研究室の扉をぴたりと閉めてしまった。
目の前の黒い樫の扉を呆然と見つめる。かさ、と手に持った荷物の中のパンが傾いた。
「もう!」
ぷんぷんしながら、リスガは階段に向かう。
それでも、カカナに手料理を食べてもらう機会ができたのは嬉しいことだ。
「しょうがないんだから」
リスガは中身を確認しながら、メニューを思い描く。
一階に戻って、寝室の扉を開ける。

「な、何、これ……」
室内は、足の踏み場がない。
少し、汗臭い匂いと、食べ物の匂いが混じったような、変なにおいがする。
リスガは顔をしかめた。

まず、足元に転がっている枕をよける。
くしゃくしゃになった毛布を、迂回しようとして、下にあった雑誌を踏んだ。すべる。
「きゃ!」
転んで、抱えていた袋が転がって、中身が飛び出す。
「やだ!もう!」
ジャガイモ、にんじん、トマト、レモン、パン、チーズ、鶏肉、ハム。一つ一つ拾って、袋に戻す。
床についたひざの下には、書類のようなものが散乱している。
毛布の下に入り込みかけた丸いチーズを取ろうとして、ふと、気づいた。
床に転がっている毛布。ベッドにあるものと、床に二つ。一つはきちんとたたまれている。もう一枚が今、手元にくしゃっとなっている。どちらかに、カカナが寝ていたってこと。
リスガは、たたまれている毛布と、手元の毛布を比べる。
そっと、触ってみる。
と、毛布の下から、また、何か出てきた。
「!」
女性の、姿が写っている雑誌。クラフの持っている雑誌には、写真というものがあるのは承知していた。ただ、これは初めて見る。
「な、なにこれ」
表紙には、大胆に足を開いた、下着姿の女性。
しばらく自分の鼓動の音だけ聞いていたリスガも、恐る恐る、表紙をめくった。
「!!!!」
すぐに閉じる。
顔を真っ赤にして、傍らの袋を抱き上げると、キッチンに向かう。
動揺が足元に出て、また、転んだ。


リスガは忘れようとして、一心不乱にスープのための玉ねぎを炒める。香ばしい香り。
「よし、っと。これにスープを足して」
あめ色になった玉ねぎに、コンソメスープを注ぎ込んで、ふと、息をつく。
きれいな金色のオニオンスープ。ふと、雑誌の女性の金色の髪を思い出す。
頭を一つ振って、切りかけのトマトを切り出した。サラダの上に、それをちょこんと、乗せる。
それにしても。
リスガはどんな顔して三人に会えばいいのか分からなくなっていた。
(やっぱり、三人とも、男の子なんだなぁ。クラフも子供だけど、男の子なんだ)
そう考えるとどきどきしてきた。
(カカナも、見たんだよね…あの写真と同じように、私のことも見るのかな)
両手で顔を覆った。火照っていて、きっと真っ赤になっている。
彼らに会う前に、気を落ち着けなきゃ、とリスガは何回も深呼吸する。
部屋はそのまま、片付けていない。片付けたら、当然、見たことになってしまう。それは困る。でも、部屋の片付けもしないままでは食事できない。
どうしよう。
リスガは、ちらちらと、向こうに見える散らかった部屋を眺める。
「!」
雑誌をそのままにしてきてしまったことを思い出した。もし、今カカナが部屋に入ってきたら、目の前に落ちている雑誌に、絶対気づく!
あわてて、雑誌のところまで戻る。こんなものが、あるから。リスガは表紙の女性に怒りすら感じていた。

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「宙の発明家」第一章五.リスガとカカナ②

「宙の発明家」第一章 五.リスガとカカナ②

<<今回のお話をクリスマスに間に合わせたくて、怒涛の更新を繰り返してしまった(^^;)
だって、ねえ?クリスマスはロマンチックなのがいいよね!!>>



地下室では、相変わらず三人はもめていた。
隠し部屋ではなく、作業台のある広いほうで、仮眠用のソファーにクラフが不貞寝している。
カカナとピーシは、二人でガラスのビンに入った緑色の液体を覗き込んでいた。
「これから、酸素が出るんだって」ピーシが説明する。
「へえ、この苔池の水から」カカナはビンを持ち上げて、下から眺めたり軽く振ったりしている。
ピーシはちらちらと、クラフのほうを見る。
「クラフ、カカナに説明してやってくれよ、さっき僕に話した酸素の話」
「いや、だ」
クラフはベルベットの気持ちい肌触りのクッションに顔をうずめたまま言った。
「いいよ、ピーシ。君の説明で、大体分かった。酸素がないと息が出来ない。で、飛行機で果てから向こうへ出ると、酸素がないんだ。それで、酸素を何かに詰め込んで持って行こうって言うことなんだろ?」
「そ、それで、この苔池の水から、酸素だけを取り出して、何かに詰め込む」
「水じゃない」
クラフがつぶやいた。
「さっき、水って言ったよ、クラフ」
ピーシは涼しげな顔をして、クラフに背を向ける。
「違う!」
クラフは起き上がる。
「そうだった?」
にやりと笑うピーシに、クラフはわざとだと気づく。頬を膨らめて、それでも仕方なさそうに起きてくると、カカナの隣にたった。

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「宙の発明家」第一章 六.クラフとセキア

<<らんららです!このところ、忙しさにまぎれてすっかり冒頭の雑記はお預け…すみません。
心のこもった記事になってない気もする…(反省…><;)
クリスマスもののSSを書こうと思い立ったものの、結局時間なくて出来ませんでした。それなら、せめて、小説のちょっと恋愛色強めナあたりをクリスマスにあわせてしまえ、と。(強引…)
本当は、ここまでを、クリスマスまでに、と思っていたのだけど。さすがに、長すぎるかなぁ…ということで。やっと、出てきました。セキアさん。堪能してください!>>



司教会の会合を終えて戻る大教皇に付き従いながら、セキアはあくびをこらえる。
皇宮の回廊をあるきながら、中庭からの日差しに目を細めた。
「まだ、慣れんかのう」
背が低いので、どうしても見下ろす形になる大教皇にセキアは胸に右手を当てて、穏やかに微笑んだ。

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theme : 自作連載小説
genre : 小説・文学

「宙の発明家」第二章 一.二人の賢老士①

<<らんららです!クリスマスも終わって、来年に向かってまっしぐら…なのに、まだ、年賀状一枚も出来上がっていない…やばいです(><)
さて、クラフ君とセキアさん、めでたく仲直りしました!飛行機も完成が近いし、クラフくん、本当に帰っちゃうの?>>


第二章 一.二人の賢老士

雷嵐の夜だった。
クラフは昨日、頼んでいた鍛冶屋から届いた金属板を「空の羊」号の外側に溶接しなおしていた。天然ガスを燃えにくいラマの胃袋で作った袋に詰めて、金属のパイプにつなげて、手元で調整するコックがついている。簡単なものだ。

換気のために設けられた地下室の一画で、クラフの作業するすぐ上の天井に大きな換気扇がつけられている。室温の変化から生じる気圧差を利用して空気を循環させる装置だ。低いブンという音が絶え間なく響く。そこに、溶接の火花がパチとはじける音を加える。
目を保護するために黒いガラスのゴーグルをかけている。この世界で普通に売られている眼鏡に細工したものだ。最初、ただレンズ部分を変えただけだったが、それをつけたクラフを見て、セキアが笑ったので、形も眼鏡からゴーグルのようなガラス面の多いものに変えた。

長時間に及ぶ作業で、クラフの額に汗が光る。
不意に、明かりが消えた。

「うわ、雷かな」
ゴーグルを外して、手に持つバーナーの灯りを頼りに、クラフはそろそろと、セキアのいるほうに向かう。確か、さっきまで仮眠用のソファーで寝込んでいた。
典季から祈季へ変わる日は、この世界ではクリスマスみたいな重要な行事のある日だ。流季節(りゅうきせつ)と呼ぶらしい。家族が集まってともに祝う習慣だ。カカナも、ピーシも、リスガも、それぞれ自分の家に戻っている。だから、今夜、セキアは少し酒を飲んだ。大聖堂からのお使いが来て、お祝いの品を持ってきて、その中に珍しく酒があったから。
それで、起きていられなくなったんだとクラフは思った。
セキアの家族とか家とかの話を聞いたことはない。以前、尋ねたら「さあ」ととぼけられてそのままだ。言いたくないのだろう。そのまま放っておいてある。
それでも、こういう日は、少し淋しそうに見えて、いつもなら自分より先に眠りかかると叩いて起こしてやるのだけれど、今日はそっとしてある。
クラフはバーナーの炎を小さく調整して、セキアのいる辺りに声をかける。

「セキア!おい、起きてる?」
真っ暗な中、バーナーの青い炎は足元すらまともに照らせない。
「セキア!もう、役立たずだなぁ!」
まだ眠っているようだ。
仕方なく、バーナーを消して足元に置き、手探りを覚悟したときだった。
天井の換気扇の音が止んだ。
「?」
見上げる。
気圧が、下がった?
だから、止まった?
ふわ、と涼しい空気を足元に感じて、閉めてあった扉が開かれたことに気づいた。
「?だれか、いるのか?」
真っ暗だ。
クラフはポケットのもえ玉を取り出そうとして、バーナー作業中のために机の上においてきていたことを思い出した。
仕方なくぺたっ葉を、そっと構える。
相手も、暗いはずだ。音を立てなければ、クラフがどこにいるのかは、分からないはず。
緊張したまま、静かに息を吐く。
じっと、耳を澄ます。
ぼ、という音とともに、松明が目の前に現れた。
「うわ!」クラフは思わず声を上げた。
一つ、二つ、三つ。

大柄な、騎士の姿の男たちが三人、立っている。
「クラフ、だな」
一人が低い声で言った。
「あんたたち、なんだよ」
「賢老士会での決議だ。お前の研究を禁じる。お前はこの地下室への出入りを禁じられ、一階の寝室に監禁される」
男の言葉が終わらないうちに、左右にいた二人が、クラフの両脇に近づいてくる。
思わずぺたっ葉を、左から来たやつに投げつけた。
「うお?」
男は顔に貼り付いたそれに驚いて止まったが、同時にクラフは右から来た男に腕をひねり上げられた。
「いた、いやだ!セキア!助けて、セキア!!」
叫んでも、ソファーに横たわる彼は、ピクリともしない。
「いやだぁ!」
「うるさい!黙れ」

暴れるクラフ。数回目のひじうちに手ごたえを感じたとき、腕に鋭い痛みを感じた。
「いや、だ」
数回、殴られて、クラフはひざをついた。
引きずられるようにして、地下室から出される。
「せ、きあ……」
悔しくて、苦しくて、胸を押さえた。
助けて。

一階の寝室の扉を開けて、男たちはクラフをずるずると運び込むと、そのまま、扉を閉めた。
闇に、雷の光が一瞬閃く。天井の明り取りの窓から、異常な色合いを見せるオーロラが、流れるように見えた。
クラフは冷たい床に頬を押し付けていた。その金色の髪に冷たく雷の青が光る。


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「宙の発明家」第二章一.二人の賢老士②

「宙の発明家」第二章 一.二人の賢老士②

<<今日は仕事納めです!大掃除して、やる気のない仕事こなして(^^)明日からのお休み、時間は少ないけれど気持ちだけはのんびりするぞぅ!!>>

風向きが西から東に変わったその日、昨夜の雷嵐がうそのように快晴で、空は薄青に晴れていた。そわ、とした寒気に首をすくめてリスガは肩にかけたアンゴラのストールをぎゅっと首元に抱きしめる。
吐く息が白く凍る。
少女の頬は少しピンクに染まり、白い毛皮に包まれるその表情は、幸せそのものだ。
そして、その幸せの源が、学校の寮棟の中庭に見えると、花のような笑顔が生まれる。
「おはよう!」
リスガの透き通る声に、カカナは笑って手を振る。
駆け寄るリスガ。

白いコートのすそがゆれる。上質の羊毛から織られたそれは、やわらかく、きめ細かいしっとりした手触りだ。それを楽しむかのように、カカナはしっかり抱きしめる。
「お休みはどうだった?久しぶりにおうちに帰れたんでしょ?」
二人は手をつないで歩き出した。

「それが、ね、父上は戻られなかった」
「え?だって、流季節(りゅうきせつ)のお祝いは、じゃ、一人きりだったの!?」
「…うん」
カカナは恥ずかしそうに笑った。
「仕方ないよ、なんだか忙しいみたいなんだ、臨時の賢老士会が開かれたみたいで。僕のところは本当に二人きりだからね、仕方ないよ。僕だって、このところずっとクラフのところに付きっきりだったし。父上に次の試験のこと言われずに済んだだけでも、良しとしなきゃね」
「そうなんだ、うちに来ればよかったのに」
「皆集まったのかい?」
「お父様と、お母様、それから叔父様たち、従兄弟。全部で十二人くらいは集まったわ」
「そうか。クラフたちは、呼ばないんだ」
「それは、ほら、クラフの存在は、そのメンバーの中でもお父様と私しか知らないから」
「!あ、そうだね。そうか」
カカナはふと笑う。

「最近、いつも一緒だから、クラフが人質ってこと、忘れちゃっているな」
「そうね、カカナも無理して体壊さないでね」
「ああ、大丈夫。後、少しなんだ。機体は新しい金属をクラフが考え出して、そろそろつけ終わる頃だよ。後は、操縦席の天井部分だけなんだ。今のままでも、この世界の空を飛ぶことはできるんだけど、クラフの目的を考えると、もう少し強度を高めなきゃいけないんだ」
「ふうん。ね。この間の夜空、きれいだったわね。私また、乗ってみたいな」
リスガは、試験飛行のためカカナと二人で乗ったときのことを思い出して、うっとりする。
カカナは、そのときのクラフのちょっと悔しそうな、顔を思い出す。
「最後まで、君と二人で乗るって言っていたね、クラフ」
「…やだ、気にしているの?」
「そうじゃないけど、クラフの君に対する思いは、多分、恋とは違う気がする」
「そうよ。甘えたいだけなの、クラフは」
「ふ、手厳しいね」
休暇中の学校は静かだ。

こうして二人で手をつないで歩いていても、誰も何も言わない。暖かい大きな手に、ぎゅ、と愛情を込める。優しく握り返すカカナの返事。
リスガは自然と笑みがこぼれる。

「カカナ!」
二人だけの時間を邪魔する声に、リスガは肩を落とす。
ピーシは寒がりらしく、分厚い黒いロングコートをばたばたさせながら、こちらに向かって走ってきた。レンガを敷き詰めた歩道に、ブーツの音が響く。
「大変なんだ!」
「え?」
二人の前まで来ると、ピーシは、息を切らせて、苦しそうにうつむいてひざに手を置いた。
「どうしたんだい?何かあったのか?」
まだ、穏やかな表情のカカナ。
リスガも、少し口を尖らせて、ピーシの黒い髪を見つめる。
ぐん、と勢いよく顔を上げて、ピーシはカカナに言った。
「クラフが!今、クラフのとこに行ってきたんだ!そしたら、研究室は閉鎖されていて。政府の警備兵が立っていてさ、入れてもらえないんだ!」
「どういうこと?」
リスガが声を上げた。
「…まさか、クラフのお迎えが、来たのかな!」
カカナの言葉に二人は黙った。
「分からない、せめてセキアが一緒だといいんだけど」
ピーシは唇をかみ締めた。

「とにかく、行って見よう!リスガ、大教皇には何も聞いていいないのかい?」
「朝早く出かけてきちゃったから、今日はまだ、あってないの。きっと、お父様なら何か知っているわ!だって、うちの敷地内で起こったんだもの!」
三人は駆け出した。

庭の緑の苔は、朝の冷たい空気に白いもやをまとわせている。
それを吹き払うかのように三人は走り抜ける。


離れの前には、二人の警備兵が立ち、長い槍を持って無表情に威嚇していた。
ピーシの姿を見つけると、一人が怒鳴った。
「また来たのか、お前!さっさと帰れ!ここは立ち入り禁止だ」
あごの割れた偉そうな警備兵に、リスガがむっとして一歩歩き出す。
「あ、リスガ」慌てて、カカナがとめようとする。
「だって、私の家の中であんな態度!聖騎士でもないくせに、なにを威張っているのよ!」
正義感の強いリスガは、納得がいかないと大人にも食って掛かる。
確かに、大教皇の娘であるリスガのほうが、身分は上だ。当然、カカナやピーシも。聖騎士であれば、リスガの顔を知らないはずはなかった。
けれど、警備兵は命じられてそこにいるのだ。仕事として。態度が悪いからといって、理由も分からない状態で権威だけを振りかざすのはカカナの好みではない。それは、ピーシも同じだった。
二人とも、父親の名前がある。それは権威を与えてくれる代わりに、汚すことの出来ないものだ。

「リスガ、まず、セキアを呼んで貰おう、事情を聞いてからだよ」
カカナがリスガの肩を抱きとめ、ピーシも頷く。
「なに!?ねえ、何なの!」
リスガが離れの入り口を見つめたまま、叫んだ。
カカナもピーシも、リスガの見つめるほうを見た。
担架に、毛布をかぶった何か。そう、まるで、人のような大きさの何かが運ばれてきた。離れの中からだ。二人の聖騎士が黙ってそれを運んでいる。かかっている毛布に、カカナも、ピーシも見覚えがある。
寝室にあったものだ。
「やだ、まさか……」
リスガが震えて手で顔を覆った。
「あの、それは、あの」
聖騎士に、カカナもうまく聞けない。
「警備兵だ」
セキアだった。
聖騎士の運ぶ担架の後から、出てきた。
少し、憔悴した様子で、表情も険しい。
ピーシが駆け寄った。
「あの、クラフは?どうして閉鎖されたの」
セキアは、ピーシの肩に手を置いて、聖騎士たちに先に行くように目で合図すると、青い顔をしているリスガ、そしてカカナの顔を見た。そして、背後の警備兵を振り返ると、言った。
「中を見せてもらう」
警備兵は姿勢を正した。セキアは聖騎士の尚位。警備兵からすれば、視線を合わせることもかなわないほどの身分の違いがある。
「やだ、ぜんぜん態度違う…」
リスガが警備兵に顔をしかめて見せた。
「リスガ、案外子供っぽい」ピーシがあきれた。
「そこが可愛いんじゃないか」カカナが笑う。
「三人とも、あまり物に触らないようにお願いします。これから、調査士が入りますので」
「え?調査士?」
「さっきの警備兵、殺されたの?」
「…おそらく」
調査士、とは、事件があったときの記録をとり、裁判のための資料をそろえる役のことだ。医学や薬学、調査学、を取得した聖騎士が任につく。騎士といえども、ただ剣術が出来ればよいわけではない。騎士の称号は、公の職務に携わるものの総称、とも言える。
セキアは、迷路を進みながら、三人に話し始めた。

「飛行機の存在を、賢老士会に、知られてしまったのです」

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「宙の発明家」第二章一.二人の賢老士③

tag : ファンタジー 小説 冒険 少年 仲間

「宙の発明家」第二章 一.二人の賢老士③

カカナとピーシは、凍りついたようにこわばった。
「どういう、こと?」
リスガが一歩、セキアに詰め寄る。
「クラフさまの発明品で、危険なものがあるという話で、臨時の賢老士会が開かれたようです。飛行機と、ハナビ、もえ玉あたりのことでしょう。そして、昨夜、遅い時間に、クラフさまは無理やり寝室に監禁されてしまった」
「何で、止めなかったの!?」
リスガの言葉に、セキアはぎゅ、と目をつぶった。
「それが、…流季節のお祝いでもらった酒に、何か入っていたのかと、分からないですが、一杯飲んだだけなのに、私はクラフさまが連れ去られたことも、あの雷嵐すら知らずに、寝込んでいたのです。今朝になって、警備兵に起こされるまで、まったく起きることが出来なかった。クラフさまは、作業の途中だったのでしょう、すべてをそのままにして、姿がありませんでした」
そこで、セキアは悔しげに拳を胸の前で握り締めた。床に、残っていた血痕、引きずられたような跡。血の量からしてそれほど深い傷ではないようだが、どんな扱いを受けたのか、想像できるだけに腹立たしい。

「賢老士会で正式に決定したことなら、仕方ありません、ですが、やり方が気に入りません。なにゆえ、そんな強引な方法をとるのか!大教皇様も承服しかねるご様子で、今、ピーシ殿、あなたのお父上に掛け合っておられる」
厳しい視線を受けて、ピーシは目を丸くした。
「!僕を疑っているのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
しかし、クラフが飛行機を作っていることを知っているのは、この三人と大教皇。それだけだ。クラフが、何か新しいものを作り出すことを警戒していたピーシの父親、セクトール候が発起人と考えるのが普通だろう。だとすれば、彼に情報を漏らしたのは、必然的にピーシ、ということになる。ちょうど、学校の休暇にあわせて、ピーシも自宅に戻っていた。
みなの視線の意味を感じて、少年は表情を固くする。
「違う!僕はお父様に話していない!話せるわけがないんだ、僕がクラフたちと一緒になって、飛行機を作っているなんて。そんなこと知られたら、僕は追い出されるよ!」
「じゃ、あ?」
リスガが、言いかけて、やめた。
セキアが、じっとカカナを見つめる。その険しい表情。カカナは整った顔を曇らせて、見つめ返した。セキアが先に視線をそらした。
「いえ、いいんです、それはもう、起こってしまったことです。それより。クラフさまが今、どこにいらっしゃるかが、問題なのです」
「え?」
カカナが、一瞬歩みを止め、リスガがその肩にトンと当たる。
「だって、監禁、って」
立ち止まった三人に、セキアは振り返った。腰の剣が、かちりと鳴りその音は通路に響く。
「警備兵が、昨夜一人残ったのですが。今朝、遺体で発見されました」
「!それが、さっきの?」
「そうです。彼は、寝室にクラフさまと二人で残ったということです。外から鍵を閉められて、出られない状態にして、です」
「クラフは…」
ピーシの言葉に、セキアは首を横に振った。
「姿が、ありません。分からないのです」
そこまで話すと、セキアは再び前を向いて歩き出した。
迷路の最後の角を曲がると、寝室の扉が見える。両脇に、二人の警備兵が立っている。
二人は、セキアの姿を見ると、慌てたように姿勢を正す。

「もう一度、見せてもらう」
セキアの言葉に、二人は扉の鍵を開けた。

寝室は、明かりが消え、開いた扉からの薄明かりだけが、白く斜めに室内を照らす。セキアは扉付近の壁に作られたスイッチをひねる。天井全体がうっすら白く光る。冷たく冷え切った部屋。いつもより暗く感じる。床に散らばる書類、本。飲みかけのミルク。
「昨日の、昼までと同じ状態です」
セキアが言った。
「ただ、この入り口の血痕を除いて、ですが」
入ってすぐの冷たい石の床に、小さな血だまりがあった。それは、何かの下に流れたようで、不自然な形をとっていた。
「警備兵は、背中を刺されてうつ伏せで倒れていました。この血は、彼のものです」
セキアが淡々と説明する。
ピーシも、カカナも、室内をきょろきょろと見回した。
リスガだけが、カカナの胸元にしがみ付いている。
「これ、セキア、ここに」
カカナが床に落ちていたぺたっ葉を指差した。それは何かから無理やりはがしたようで、くしゃくしゃになっていた。
「クラフが使ったんだ!」ピーシが叫んだ。
セキアは、口をぎゅっと結んで、扉の外に向かう。
「セキアさん?」
リスガがそれを目で追う。
セキアは、扉の外に立つ二人を睨んでいた。
「お前たち、クラフさまに、何かしたか?」
三人は慌てて、セキアの後を追って部屋を出る。
警備兵二人は、扉の脇に二人そろって立っていた。
セキアの厳しい口調に、一瞬驚いた顔をしたが、すぐにそれはふてぶてしい表情に変わった。気づいて、セキアの声も大きくなる。
「答えろ!!」
セキアの突然の怒号に、リスガは首をすくめた。
「クラフさまをどうしたんだ!」一人の胸倉をつかんだ。
「せ、セキアさま……」
背後の壁に押さえつけられ、もがく警備兵。
「セキアさま、我らは警備を命じられただけです!」
もう一人がかばうように言うので、セキアはじろりと睨む。つかまれた男も、言った。
「昨夜の出来事は、我らは関係ありません」
セキアは、細い目をさらに細めて、男の腹をひざで蹴り上げた。
「何を、なさいますか!」もう一人の警備兵が、持っていた槍を構えた。
「その眉毛、クラフさまにぺたっ葉を投げつけられたんだろう?それでお前、クラフさまに暴力を振るったな!」
男の眉毛は半分なくなっていた。慌てて手で押さえたが、遅かった。セキアは気づいていたのだ。
「わ、私だけじゃ、…」
警備兵は二回目の膝蹴りをみぞおちに受けて、最後まで言えずに、床にくずれた。
もう一人がつかみかかる。
その構えた槍をむずとつかんで、逆に相手をぐんと引き寄せ、転びかかる相手の鼻面に左の拳を合わせた。
鈍い音とともに、男はひざをつく。
鼻血が床に落ちる。リスガが小さく悲鳴を上げた。
男は鼻を手で押さえ、もごもごと何かわめいている。
「無防備な子供相手に、剣を抜くなど!騎士の名が穢れる!」
もう一度派手に蹴ると、転がった警備兵の喉元を押さえつけて、セキアは怒鳴った。
「言え、どこに連れて行った!逃げ出された振りをして、連れ去ったのだろう!?どこだ!」
男は、青くなって、震えだした。
「な、何を、おっしゃっているのか…子供は、我らの仲間を殺して、逃げ出したんです」
セキアは口の端をゆがめた。冷たく壮絶な表情にカカナがごくりとつばを飲み込んだ。それにあわせるかのように、その腕にしがみ付くリスガも、手に力が入れる。

「クラフさまは、逃げ出すようなことはしない。怪我をなさっていればなおさら。それとも、警備兵は武装しておきながら、素手の子供に殺されたとでも言うのか?逃げ出したのではない、連れ去られた、それが正解だろう!」
「あの、生意気に抵抗したんで…」
「なんだと?」適当な言い訳がさらにセキアの怒りを沸き立たせる。
「あ、いえ、あの。われ等は、本当に知らないんです、その、この部屋に閉じ込めるよういわれていまして。あいつが見張りは一人でいいって言うんで、鍵を閉めて、その後は休んでいて、その、だから、何も知らないんです。まさか、殺されるなんて……」
警備兵は訴える。その口調は切実で、リスガは同情し、カカナの腕を引いて、セキアを止めてほしいと目で訴えた。カカナは、気づいたが、小さく首を横に振った。
「では、お前たちの落ち度だな。鍵はお前たちが持っていた。盗まれたなど今更言うなよ。クラフさまが誘拐されたにしろ、逃げ出したにしろ、お前たちは処分を逃れられない」
「そ、その」
「クラフさまの存在を知り、失態をさらし、その上捜査の役に立たないとなれば、まあ、簡単だ」
セキアが腰の剣に手を置いた。二人は床を這って、逃げようとする。
「セキアさん!」
カカナだった。いつもは呼び捨てなのに、思わず、さん付けになっている。
「あの、僕たち出ていたほうが、いいですか」
ピーシも、いつもよりはっきりしない口調だ。
セキアはリスガの青い顔と潤んだ瞳に気づき、ふと息を吐いた。
「あなた方は、皇宮でお待ちください。私は、もう少しこの二人に聞きたいことがありますので」
穏やかににこりと笑う。

三人はただ、頷くだけで、とにかくそこを後にした。
迷路を少し歩き始め、リスガはちらりと振り返る。
寝室の扉の外で、セキアは座り込んだままの警備兵二人をにらみつけている。
セキアの表情が、恐ろしく見えて、ぞく、とリスガは身を震わせた。


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「宙の発明家」第二章一.二人の賢老士④

「宙の発明家」第二章 一.二人の賢老士④

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「リスガ、大丈夫?」
カカナは皇宮のエントランスに入ったところで、傍らのリスガの肩を抱いた。
離れからすぐ隣にある皇宮は、数段の大理石の階段を上り、シンプルな白い列柱を抜けた先にある。快晴の日差しは明るく照らしていたが、リスガの手は冷たいままだ。
聖騎士の守るエントランスの大扉を抜けたところで、リスガが足元の敷物に、一瞬足を取られた。
顔色も悪い。
「ううん、大丈夫よ、その、ちょっとびっくりして」
「そうだね、セキア、あんなに怖いとは思わなかった」
カカナがにこと笑って見せた。その手の暖かさに、リスガは少し落ち着く。
二人の前を歩くピーシが、一つ息を吐いたのだろう、肩の力を抜いた。
「さすが、というか。僕、セキアが聖守護士っていうの、すっかり忘れていたから、驚いたよ。考えてみれば、セキア一人で、重要な機密を守っていたんだ。誰にも知られてはいけない。そのこと、僕ら少し、甘く考えていたのかもしれないね」
ピーシは首の後ろに両手を組んで、皇宮の天井の装飾に視線を移す。
柱から続くアーチ部分に、聖騎士が伝説の怪物と戦うシーンが描かれている。
セキアを、思い浮かべた。
セキアは仕事として、クラフのそばにいる。守っているのでもあるし、監視しているのでもある。同時に、衆目から隠すことも彼の仕事だ。
誰かに知られてしまったらそれは、セキアの責任が問われる。
秘密を守るために、幾度か血を流すこともしたかも知れない。穏やかで、クラフにからかわれるとむきになったりして、大人気ない面白い人だと思っていたピーシは、その裏にある男の顔に少なからず衝撃を受けていた。そして、今更ながら重圧を感じた。ピーシも同じ秘密を共有している一人だ。
飛行機のこと、クラフの発明品のこと。それを、誰かに話したことはないけれど、ピーシが疑われることも当然なのかもしれない。もし、ピーシが誰かにクラフのことを話していれば、何かしらの処分が下されてもおかしくないと言うことだ。
ピーシは、ごくりと唾を飲み込んだ。
自分は誰にも、父親にも話していない。だとしたら。
ちらりと背後を見る。カカナはリスガに笑いかけている。カカナの冗談で、リスガも少しだけ笑顔が戻っていた。


リスガの気分が優れないというので、一旦休ませることになった。その後、昼食をかねて皆で話し合う。セキアも昼食には戻ってくるかもしれない。
それまで、カカナとピーシは客室を与えられて、二人で同じベッドに何となく寝転んでいた。どちらがどの場所を使うなど決めるような気分ではない。二人とも無言だ。広い室内。高い天井。白い、石膏で塗られた壁には、美しい色合いの宗教画が描かれている。
二つの天蓋つきのベッドが窓を挟んで並べられている。
ここに案内された時まで、ニコニコしていたカカナは、リスガが自室に戻ると表情を一変させた。ちらりと、ピーシを見つめて、だまったまま今、寝転んでいる。
ピーシも、言いたいことを飲み込んで、仰向けのまま伸びをする。

どれくらい、沈黙が続いたのか、ピーシが口を開いた。
「な、カカナ」
「なんだい?」
二人とも上を見つめたままだ。
「話、したのか?」
「……」
「クラフが飛行機を造っていることとか、ハナビのこととか、さ」
「…ああ」
ピーシは、黙った。
「クラフの味方だった父上が、どうして、クラフを閉じ込めることになるような話を、賢老士会に持ち込んだのか、僕は、分からなくて」
カカナは、組んだ手で目を覆った。ため息を一つついて、続けた。
「父上は、僕にクラフの知っている新しい知識や、この世界についての大切なことを学んでほしいって、おっしゃったんだ。もっと自由に研究できるように、クラフを自分の街に住まわせる事だって考えていた。ほら、父上がクラフに会いに来た時、あの態度は演技だったんだ。あの時のクラフは、拗ねて手に負えなかったから、父上自らが怖い存在になって、クラフに僕らを頼らざるを得ない状況を作ろうとしたんだ。
僕も、後から知らされたんだけど。
だから、父上もクラフを大切にしたいのだと思っていた。飛行機のことは先週末、会議でこちらに来ていた父上に会って、話した。すごく驚いて、喜んでいたんだ。すごいなって、言って。まさか、それが、こんなことになるなんて」
ピーシは左隣のカカナを見つめた。
手で目を覆ったままのカカナ、表情は分からない。
それでも、想像はついた。
「ごめん、君を責めたいわけじゃないんだ。僕も君の立場ならそうしていた。僕はたまたま、父上は考えが逆だから。自分が手伝っていることは伏せているからね。僕は、父上に君のこと見張るように言われていて」
「え?」
今度はカカナがピーシのほうに振り向く。
ピーシもまた天井を睨んだままだったが、カカナと向き合った。
「ごめん、でも、大丈夫だよ。僕も研究が楽しくなっていたから、いつも、父様には適当にごまかしていたんだ。飛行機のことも、この間君の父上が訪問したことも、伏せてある。ただ、今回のことで僕が、父様を欺いていたこと、ばれちゃったけどね」
カカナは同情の視線を向ける。
ピーシの父親、セクトール候は厳格な人だ。宗教の解釈にしても、とても厳しい戒律を求めていて、今の大教皇様では物足りない様子だ。そういう意味で、今の司教会と、もっとも距離を置いている。逆に、宗教的な縛りを嫌うカカナの父親は、かえって大教皇と仲がよかった。大教皇は、つねに、神の教えは人を幸せにするためのものである、と説く。
セクトール候は、神の教えはこの世界を守るものであり、世界の規律を乱すことは教えに反する、とも言う。
どちらも正しくて、簡単には答えの出ない問題だった。
「なんだか、似ているね、僕ら」
「ああ、父親に、振り回されている。もう、慣れているけどね」
二人同時に、ため息をついて、目が合って少し笑う。
そろそろ、自分の意見をはっきり言う時なのかもしれなかった。十七歳。
それは、この世界では大人に最も近い年齢だから。
「僕は、父上に本当のこと確かめるよ」カカナが言った。
「僕は、父様に本当のこと、話す」ピーシは、表情を引き締めて、続けた。
「どちらにしろ、クラフはなにも、悪くないんだ」
「そうだね。僕らに出来ることは、クラフが無事に戻ってくることを祈ることと、戻ってきたときに今までどおり研究が出来るように、お父様たちに話をつけておくことだ」
「ああ、飛行機がどれだけ意味のあるものか、クラフの発明が、どれほどこの世界に役立つかを説明すればいいんだ。理解してもらえば」
二人同時に、体を起こした。


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「宙の発明家」第二章二.父親①

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