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「想うものの欠片」第四話⑪

11

「ミキー!」

返事はない。
慌てて、走り出した。

どこにいるのか分からないけれど、とにかくテントとテントの間を抜ける。
途中、サーカスの人にドンと突き当たった。

「あ、すみません!ピンクのワンピースの女の子、見ませんでした?」
「ああ、可愛い子だよね、あっちに走って行ったよ」
「ありがとう!」
「あ、君!そっちは気をつけて、猛獣の檻があるから!」

親切な黒い服のピエロ顔の男性に手をふって、タースは指された方角に走る。
テントを二つ、コンテナを回りこんで。

途中、テントの前にいたサーカス団の男が声をかけたようだったけれど、それは無視した。


ガシャン!


派手な音だった。
金属の何かが倒れるような音。

うぐう。

唸り声。
タースは立ち止まった。

灰色の屋根の、四角い形の大き目のテント。そこから、それは聞こえた。


ランプの光が内側からテントを光らせている。揺れる影がテントの壁に影絵のように映し出された。
うねる二つに縛った髪、見覚えのあるちょこちょこした動き。

「ミキー!」
テントに入ろうと正面に回り込んだとき、ちょうど目の前にニーが立っていた。
「うわ、っと。ニー、ごめん、あの…」
ニーは返事をしない。

黙って、いや、口元を両手で覆い目を丸くして、前方を凝視していた。

「な…」

白い、大きな背に。ミキーはまたがった。

虎の背にしっかりしがみ付いている。

キドラは丸太のような前足を踏み出しながら、こちらを威嚇する。
そして、その後ろには、黄色い虎、大きな黒い犬。チンパンジー。

子供の象が鳴き声を上げた。


キドラを先頭に、灰色のテントから檻という檻が開かれ、今また灰色狼が鎖をさらさら引きずりながら地面の匂いをかいでいる。

「ミキー!」

タースの声に、狼は顔をしゃんと上げて耳を立てた。

キドラがぐうと唸る。

「見てみて、タース!楽しいですの、みんなで遊ぶですの!」
「何してるんだよ!ダメだろ!」

少女は怒鳴るタースに眉をひそめ、口を尖らせるとぷいとそっぽを向いた。
そんな表情の少女は初めて見た。

「帰らないですの!ミキーはサーカスもお祭りも、カーニバルも大好きですの!みんな大好きですの」

「危ない、さがって!」

男性の声。
振り向くと、集まってきたサーカスの団員たちが、手に手に、猟銃を持っていた。

「ま、待って!」
「タース君、危ないわ!」

ニーがタースの肩を掴んで、男たちの後ろにと引っ張る。

「待って!大切な動物たちでしょ!?殺すのは待って!」

「仕方ないのよ。一頭でも柵から出すわけには行かないでしょ!柵の外では小さな子供たちが遊んでいるんだから!」

エスカーニャは後ろからタースを抱きとめるように首に手を回した。
タースはそれを振りほどこうとした。

「ミキー!降りるんだよ!」
「帰りませんの!」

「分かったから、ね、そこから降りるんだよ。動物たちを檻に返すんだよ」

「帰りませんの!」

ああ、意味が通じていない!

ミキーはかたくなに帰らないと言い張る。何か、彼女のなりたちに関係があるのかもしれない。本来のユルギアとなった思念。

狼が一頭、タースとニーに向かってジャンプした。

パン!
キャウン!


どさりとその大きな獣が、目の前に横たわったとき、背後の動物たちが騒ぎ出した。

象はパオウと鼻を天に振り上げ、チンパンジーは右に左に走り回る。
犬たちは尻尾を巻いて柵に逃れようと体当たりするもの、興奮したように吠え出すもの。


がう。

低いキドラの声で、動物たちはいっせいに止まった。
銃を構えていた男たちも動きを止めた。

キドラに乗る少女を前に動物たちが。

少しはなれた場所から、向かい合うようにしてタースたち。

三メートルほどの距離を置いてにらみ合う。

緊張に縛られたように動くものはない。

ただ、タースの目の前で、灰色狼が赤い血の泡を吹く。


タースは拳を握り締めた。
「ミキー」

踏み出そうとする少年を止めようとしてエスカーニャは手を伸ばす。確かに少年の肩に手を置いたと思ったのに、するりとかわされ、タースはキドラの前に立った。

「きゃあ!」
「危ないぞ!」
「はなれるんだ!ぼうず」

人々の声も聞こえないかのように、タースはキドラの前に立って、まっすぐ見据えた。
ミキーは尖らせていた口を元に戻し、にっこりと笑った。

「タースも遊ぶですの!」
不意にミキーが転がり落ちた。

タースの平手は音もなく、思わぬ出来事に少女はバランスを崩したのだ。

背後でニーのちいさな悲鳴が聞こえる。

キドラが目の前で口を開いて牙をむき出しにした。その真下、今は座り込んでいるミキーをタースは引っ張り起こすと、抱き上げた。

柔らかな腕がぐと曲がる。軽い体を抱き上げると、腰に手を回したまま赤ちゃんを抱き上げるように持ち上げた。
「いやです、の」

ミキーは暴れようとするが、タースは抱きしめる。

キドラの顔がちょうどタースの胸の高さにある。

口元の牙がランプのうす明かりに光り、それはよだれとなって落ちる。
金色の目。今は夜。黒い瞳が大きく広がって、見下ろすタースを映す。

少年の目が、キドラを睨む。

山猫、そう分かっているからか、タースに恐れはない。


と、キドラはぐわと口をあけて目の前のタースのわき腹に噛み付こうとする。
パン!


音と同時に、タースはミキーを庇って抱きしめた。
キドラの足元で弾がはじけた。

ぎゃ、と首を大きくのけぞらせ、キドラが一歩下がる。そのまま、たてがみを振りかざしながら、白い虎はぐんと姿勢を低くしたと思うと、ひとっ飛びで柵を乗り越えた。

猟銃を構えていた大柄な団員が顔を上げた。


「逃げたぞ!」
「興奮させるな!」

「公園の門を閉めるんだ!」

男たちが公園に向かって走り出した。
タースはミキーをつれたまま、彼らの後を追う。


「ひどいですの…」
「だまれよ」
「タース怖いですの」
「……」

「タース君!」
叫ぶニーに、タースは振り向いて怒鳴った。

「絶対に、キドラは助けるから!」


園内はすでに人影もまばらで、ところどころにガス灯が青い光を落としていた。少しぬるい風が吹き始め、園内の木々をざわざわと揺らす。

高い塀に囲まれた公園内から、キドラが逃げ出すことはない。

手に手に松明を持って、男たちが走り回る。
まだ残っている人を見つけては男たちは門のほうへと誘導する。

若い恋人たち、タースと同じくらいの年の男の子たち。

彼らに混じってタースもミキーを抱えたまま、公園の出口に向かっていた。
「タース、嫌ですの!放して」
「……」


ガラガラと重量のある鋳物の門が、スライドしていく。
しまりかけた門の外にミキーを残すと、タースは黙って、きびすを返す。

「タース!」
「お前はシーガのところに帰れ」

「タース?怒ったですの?ねえ、ミキーも一緒に」

「生き物の命を大切に出来ないなら、帰れよ!キドラが好きなら、大切にしろよ!そうだろ?そばに居たり遊んだり、自由にすることだけが大切にすることじゃないんだ!」

そう怒鳴って、タースは男たちの松明が見えるほうに走り出した。

少女は、鋳物の柵を両手で握り締めて、タースの後姿を見送っていた。


分かってる、ミキーはユルギアだ。何を言っても、理解なんか出来ない。

愛情の塊のような彼女は、とにかく何でも大好きなんだ。それがどうなるかなんて考えることは出来ないんだ。

分かってる。

でも、そのために生き物の命を脅かすのは、やっぱり間違っている。


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「想うものの欠片」第四話⑫

12

街中の公園は煉瓦の塀で囲まれている。広い敷地内には遊歩道を配した林がある。
開けたベンチや池の方向にはサーカス団や露店があるために、逃げ出した白い虎はおのずと暗がりの林へと逃げ込んだ。

キドラは追い詰められていた。
白い姿は夜目にも目立つ。

サーカス団員が手に手に松明を持ち、林を囲み輪を狭めていく。
大きな肢体を軽やかに動かすたびに、足元の低木ががさりと鳴る。

タースは松明を持った男たちの脇をすり抜け、林へと駆け込んでいく。

「おい、君、危ない!近寄るんじゃない!」
止めようとした男の手をすり抜ける。

虎の位置が分かるのか少年は低木や木の枝を避けながら林の一角に近づいていく。
その様子に、その場の数人は目配せし、少年の後を追う。

猟銃を構えるもの、松明を持つもの。二人一組で少年の消えた低木を掻き分けていく。

タースにはキドラの位置が分かっていた。
理由は分からない。けれど、白いその姿が遠くからでも林の木々を透かして見えた。

頭を低くしてこちらを伺う白い虎に、タースは正面から歩いていく。
「おい、君!」
声とともに、銃を構える音が響く。

後ろから付いてきた二人に気付く。
「待って!大切な珍獣なんだろ!」
虎のほうを見つめたまま、タースは背後の男たちに手を上げた。

うぐぅ。
唸り声とともに右に左に体を揺らすキドラ。

タースはじっとその瞳を見つめた。
金色に縁取られた黒い瞳に、少年の碧い瞳が写る。

何の、思念を抱えているんだろう。どうして、キドラは白い虎になっているんだろう。
牙をむき出し威嚇する。鼻の上にしわがより、尻尾は不機嫌に揺れる。

虎の背後の木々に、強くなった風が抜ける。毛足の長い毛皮が絶えず後ろに流される。
不意に低く雷の音がとどろいた。
びくりと、キドラは震えた。

空気は湿り気を帯びて、タースの髪も頬に絡む。
「おいで」
伸ばした両手。

タースは、思い出していた。
キツネさん。

あの恐ろしく可哀相だった、獣。
銃で、撃たれてしまった。
シデイラの民の怒りと憎しみが乗り移って、怪物になっていた。
お前は、そんなユルギアじゃないはずだ。

タースは心の中で語りかけていた。

聞こえるのか分からない。けれど、あの時、キツネさんの声が聞こえたように、こいつの声も聞こえるかもしれない。

耳元を風の音が塞ぐ。
それでも、キドラの低い唸り声は届いた。
一歩、踏み出す。

背後で、男たちが銃を構えなおす気配。
「撃たないで、まだ、大丈夫だから、撃っちゃダメだ」
タースの声は聞こえただろうか。

林を囲う男たちの声があちこちに飛び交う。風が揺らす葉はタースの思いを隠そうとするかのようにざわざわと音を立てる。

タースは目の前の虎に集中した。
「ね、お前はなんなの」
タースの手が、獣の額に触れた。
ビクリと耳が震え、口元がさらに引き連れて牙がむき出しになる。

威嚇の表情。

タースはそっと、そのままキドラの額を撫でた。

想いは聞こえない。
それでも、白い虎はじっとしていた。
タースが少しかがんで、虎の耳と耳の間をそっと撫でる。気持ちいいのか、額の筋肉がぴくぴくと動くのが手のひらに感じられた。

もう片方の手で、キドラの首にかかる太い鎖の首輪を掴んだ。
その瞬間、獣は身をよじるようにして離れようとするが、タースはぐっと力を込めて、首輪を押さえ首に抱きついた。
ぐるぐる、と喉の奥が鳴っていた。

タースがホッとした瞬間だった。
キドラは大きな頭でタースの腹の下に鼻面を突っ込んで、強引に浮き上がらせると、頭を一振り。
首輪を放すまいとしたタースはそのままバランスを崩してキドラの背にしがみ付く格好になった。

「!?」
獣はタースを背中に乗せたまま、走り出した。
手のひらの下で獣の背の筋肉が力強く躍動するのを感じた。
低木を越えるたび、タースは落とされまいと虎にまたがる格好になる。

どうしたいんだ、お前は。タースの心の問いかけに返事はない。


パン!
タースの目の前に、掴んでいる鬣に、黒いしぶきが飛んだ。
「あ」
ぐらりと、獣が傾く。

勢いのまま投げ出されるように白い獣は低木をつぶして転がった。
タースも反動で吹き飛ばされた。

「大丈夫か!」
向こうから男たちの声。松明の届かない暗がりの中、少年は地を這うようにして獣に近寄った。
動かない生き物を見つめた。

それは白い毛皮をふわりと風に吹き消されて。
ちいさな山猫に戻っていた。

山猫の首輪には、青い石がつけられていた。


駆け寄った男たちは、低木を掻き分け駆け寄った。
想像していなかった獲物の姿に慌てた。

「君!白い虎はどうした!逃げたのかい?」
肩をゆすられ、タースは黙って頷く。
「お前、下手糞だな!」
「おい、向こうを探すぞ!」
足音と松明のちらちらする明かりが消えてしまうまで、タースはずっと座り込んでいた。

暗がりの中、動かない獣が、硬くなっていくのをタースはじっと見送っていた。

そっと、首輪を外す。まだ少し、獣の首元には温かさが残っている。


自由か。

キツネさんもあの時、死を迎えて初めて自由になったのかもしれない。
小さいキツネのユルギア、今ならわかる。
あれは仔ギツネ自身の無垢な想い。
ユルギアに支配されてしまった母親を解放したかったんだ。

シーガはユルギアの消える瞬間が好きだといった。
本来の姿にと以前言っていたか。
その瞬間だけ心から、微笑む。

首輪の石は青く透明だ。
今もそこに、白い虎を作り出したユルギアが入り込んでいるのかもしれない。
タースは首輪ごとズボンのポケットにしまった。ポケットの底でもう一つ自分の涙から出来たルリアイが首輪に当ってカツと音を立てた。
代わりに取り出した赤いリンゴ。ニーがくれたものだ。

山猫のそばに置いてやった。


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「想うものの欠片」第四話⑬

13

林を取り囲むように、軍兵も集まっていた。

公園の正面の門の前には、軍の鈍い鉄色の車が塞ぐように並んでいた。その向こうに群がる野次馬。軍の兵士が銃剣を背に等間隔に並んでいる。

メリーゴーランドの脇を過ぎて、サーカスの大きなテントのそばまで来ると、軍兵と、サーカス団の代表だろう、派手な蝶ネクタイのちょび髭の男性が駆け寄ってきた。
その傍らに、ニーの姿を見つけた。

「君、大丈夫か!」
軍兵は、タースの腕を引いて、救護班なのだろう、白い服の女性兵士の所に連れて行く。ニーが駆け寄って並んで歩く。

「タース、よかった!無事だったのね」
ニーが少年の肩に手を置いて、嬉しそうに笑った。
タースは、ニーのほうを見つめると、視線をそらした。
「?どうしたの?どこか具合が悪いの?」

「ううん、違うよ」
今は誰もいない露店の軒先を使って、臨時の救護室が出来上がっていた。白衣の女性兵士に引かれるまま、置かれた椅子に座る。

「ね、キドラは、どうなった?」

そう尋ねるエスカーニャのほうを、見ることが出来なかった。
彼女がどんな表情なのか、低くなる声で分かる。

「タース?なにかあった?」
「……ごめん、助けられなかった」

僕たちがそばに行かなければ、キドラは興味を示すこともなかった。サーカスの舞台で、タースやミキーの存在に気付かなければ。そうすれば、ミキーもあんなふうに連れ出そうなんてしなかっただろうし、キドラもあのままでいられた。

生きていられた……。

タースは、ポケットから首輪を出した。



「ニー、これ、見覚えあるかな」
ニーは手にとって、テントの下のちいさなランプにかざす。

「いいえ、知らないわ。何の動物?逃げた中にこんな小さなものがいたかしら」
「ううん、じゃあいいんだ。その、偶然拾って。キドラは、多分、遠くに逃げたんだ」
誰も、追ってこない場所に。

「君、ひどい熱じゃないか」
タースは顔を上げた。

そういえば、軍医が目の前にいた。
臨時で作られた救護会場で、タースは椅子に座っていた。

白い軍服。白い帽子。分厚い黒ぶち眼鏡の奥で、穏やかな目が今は大きく見開かれている。

「直ぐに、病院に行ったほうがいい」
慌てて、タースは手を引いた。

いつの間にか注射されそうになっていた。
「あ、平気です、ちょっと平熱が高いので」
立ち上がる。
「しかし!その熱じゃ……」
「大丈夫なの?タースくん!」
ニーもタースの腕を取ろうとした。

すっと身を引いて、タースは手に持っていた首輪を再びポケットに突っ込んだ。
既に、少年は五歩は間を空けている。

表情に笑みを貼り付けて、タースは手を振った。
「あの、大丈夫です。僕、帰ります。約束があるから」
「タースくん?」
心配そうなニーに、もう一度笑いかけると、タースはきびすを返して走り出した。
まずい。

背後の軍医の声を聞き流しながら、公園の門へと向かう。
門の前には、軍兵。

こちらに気付いて、肩に乗せていた銃剣を下ろした。

「すみません、友達が待っているから、通してください」
タースは息を切らせながら、まだ若い兵士に笑いかけた。
「あ、ああ。なんだ、まだ民間人が中にいたのか。だめだよ、関係者以外は立ち入り禁止だ」
「すみません」
兵士がぶつぶつ小言を言いながら門を開ける。その隙間をすり抜けて、タースは公園を後にした。


門の外では、軍用車の隙間から中をのぞこうと野次馬が集まっていた。
「おい、君!」

タースは人ごみをすり抜けようとして、誰かに肩をつかまれた。
それは、見知ったものにしかしないような強引な引き方だった。

既に日が落ちガス灯のぼんやりした明かりの中、タースは振り向いた。

野次馬の人垣を越えると、あたりは急に寂しくなる。生暖かい、天気が崩れる前の風を頬に感じた。
「君、ほら、さっき白虎から女の子を助けた子だよね」

あの時、テントの中でタースを引きとめようとした男性客だった。

薄い茶色の帽子、白いシャツにベスト。きちんとした身なりの四十代前半くらいの男。
太い眉は穏やかにまっすぐ顔を横切っていて、薄い緑の瞳が笑う。

タースより頭一つ背が高い。
「あ、そうでしたか?すみません、急ぐので!」

慌てて、腕を放そうとする。
が。
男はタースの進もうとする方向に回り込んで、正面から押さえようとする。

「!?なんですか?」

ぶつかりそうになって、タースは立ち止まると睨みつけた。
男は帽子を取って、笑った。

「僕はね、ジェイル社で新聞記者をしている。ダルクというんだ。君、今まで中にいたんだろう?あの虎はどうなったか知っているかい?誰か、怪我人が出たりしたかい」

「べつに、誰も。あの、僕……」
「君、怪我をしてるじゃないか!キドラにやられたのかい?」

ダルクと名乗った男が大げさに声を上げるので、野次馬がこちらに群がってきた。
他にも記者がいたのだろう、カメラを向けられた。

「違います!僕、ちょっと、押さないで!」
あちこちから手が伸び、タースは逃げ道を見つけようと、目の前に立つ男の脇を抜けようとする。
「こっちだ」

ダルクの腕が伸びて、手首を掴んだかと思うと強引に引っ張る。
前を行く男の作る隙間を、タースは仕方なくついていく。


約束の宿「夕暮れ亭」を横目に見ながら走りぬける。

野次馬と記者たちから逃れようと、二人は走った。

細い路地に入り、右に曲がり、また、さらに左に入る。
建物の裏側ばかりをすり抜けて。


ダルクが足を止めたところは、灰色の塀に囲まれた路地の突き当たりだった。

ごみの匂いと、走り去るネズミの気配。
タースは息を荒くして、塀にもたれかかった。

熱のせいもあるのか、だるくて、そのまま座り込んだ。


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「想うものの欠片」第四話⑭

14

「さて」

自分も肩を上下させながら、腹を手で押さえ、ダルクはタースの正面に立った。
座り込んだタースにあわせるかのように、膝に手をついて、少年を覗き込む。

「聞かせて欲しいんだ」

「…わざと、でしょ」

「はぁ、この歳で全力疾走は、さすがにこたえるなぁ」
「ごまかさないでください。わざと、僕と二人きりになるために、あんな大声……」

けだるくて、タースは自分を抱きしめて小さくなる。
うつむいた額の先に、男の小さなため息が、かかった。

「君、タースと呼ばれていたね。その怪我はキドラにやられたんだろう?アレはもう、捕まったのかい?それとも、銃で撃ち殺されたのかな」
低くなる声。

「怪我の具合が悪いのかな?顔色が悪いよ?」
決して、心配していないだろう口調。

「何を、聞きたいんですか?僕は帰らなきゃならない。キドラがどうなったかは、あの場にいる軍兵に聞けば分かるでしょう?」
「……興味があってね。君と、あの少女」
「……可愛いでしょ?」
「ああ、可愛い」
「ヘンタイ」
ガツ、と。
額を小突かれた。

「僕はね、ずっと白い虎を追っていた。いや、正確に言うと友人が、だが。彼はレスカリア帝国へ渡り、白い虎を憑かれたように探し回っていた。友人は行方不明になったが、最後の手紙で。見つけたと連絡をもらった。しかしそれから三ヶ月。何の音沙汰もない。彼は冒険家であり、また作家でもあった。私は彼の大発見を本にするべく準備を進めていた。原稿を送ってくるのを、じっと待っていた。しかし、彼は帰って来なかった」

「それが、僕らと何の関係があるんですか?」
「いや、まあ、聞いてくれ」
タースは、少しずつ回復する体をいたわるように、再び小さく丸くなる。

ダルクと名乗った男は、少年が逃げ出そうとしないと感じたのか、隣に同じように塀を背にして座った。

「私は心配になって、レスカリアに渡った。彼は、直ぐに見つかったよ。一人キャンプを張っていたジャングルの中で。息絶えていた」
タースは二度、瞬きをした。

「……それで?」
表情は変えないものの、タースは続きを促した。
興味があるわけではない。人の死の話は好きではない。

けれど、見知らぬ子供にそんな話をしようとするこの男が悲しみを抱えていることを察していた。想いを誰かに話したいのだろう。

「彼の日記には、おかしな文章が綴られていた。神だのユルギアだの犠牲だの。もともと神秘的なものを信じる傾向があった。彼は白い虎を神の仮の姿だとか。神聖な獣だとか、そう、ちょっとその。おかしくなってた。それは日記で分かった。白い虎にとりつかれたんだ。捜し求めるあまりだと思う」

タースは、ツクスさんを思い出していた。

失った家族を思うあまり自らの想いで作り上げたユルギアに取り込まれて心を病んでいた。
同じなのだろうか。

「日記にね、言葉を話す山猫が登場して来るんだ。そいつは彼のテントに近寄って餌をもらうようになると、ときどき人の言葉のようなものを発したという。いや、彼は自らが動物の言葉が分かるようになったと喜んでいたが。その山猫に名前をつけたんだ。キドラと」

タースは、男を見た。
ダルクはじっと、タースを見つめていた。

「白い虎。キドラ。偶然かもしれない。でも僕は知りたかったんだ。彼が探して見つけたという白い虎。それがあの虎ではないかと」
「……山猫、写真はある?」

ダルクは肩にかけていたバッグから小さい紙切れを引っ張り出した。
写真ではなく手帳を破ったものだった。

日記のようだ。鉛筆のかすれた線で山猫の絵も描かれていた。首には、あの首輪。石も描かれていた。

あるときは女の声のようなものを発し、あるときは男の声で何かをつぶやく。不思議な神の使い、と。


ユルギアが、石に宿っては、何かしらこの男に語りかけたのかもしれない。この男自身、そういったものを信じやすいということは、ユルギアの声を聞くことくらいは出来たのかもしれない。
それは個人差があるんだろう。

図書館でも、レンドルさんを見ることの出来ない人もいたというから。


ルリアイ。そこに込められたものが、山猫を白い虎に変えた。


「想いが、姿を作り出したのか」

タースのつぶやきに、ダルクが掴みかかった。

「それ!お前は何か、きっと分かると思ったんだ!あの少女も、キドラと話が出来るようだった!教えてくれ、アレは、あの虎は彼が見つけた虎なのか!?」
タースは迷った。

ポケットにある、首輪。あれをこの人に託して、大丈夫だろうか。
ユルギアが入り込めば、危険なこともある。
本来ならこれを返す相手は、この人なのだろうけれど。


「おい!何とか言え!でなきゃ、軍に突き出すぞ!」
「な!?」

怪我をしている腕をドンと塀に当てられて、タースは痛みに男を睨みつけた。
「手配書、見たんだよ。黙っていてやってもいい、知ってることを言え」
「手配書?」

指名手配、シーガが言っていたのはあれは、本当だったんだ!
なんで、どうして、思いを飲み込んで、タースは拳を握り締めた。

「……そうだよ!あの虎はその人が探していた虎だ。この世に白い虎なんていなかった」
その人の想いが、ルリアイに宿って、山猫を白い虎に変えた。
「何を言ってる!」

「あの虎は!あれは。山猫だった」
ダルクはぽかんとした。

つかんでいる手を引き剥がして、タースは男を正面から見つめた。
「知り合いに、シデイラがいる。だから、ユルギアには多少、詳しいんだ」
「ユルギア?」

「そう。山猫に、その人のユルギアが乗り移って、白い虎になってた。その証拠に、その山猫は、さっき撃たれて死んだ。白い虎は、もう、この世のどこにもいない。白い虎はあんたの友達の想いだ。白い虎になって、想いだけが生きてた」

「何を、わけのわからんことを」
「分かってるだろ?あんたは理由はないけど僕たちなら分かると思った、そうだろ?だったら、僕の話、信じてもいいんじゃないの?公園に行って軍兵でもサーカスの人にでも聞けばいい。山猫の屍骸が一つ、発見されているはずだから」

ダルクは立ち上がった。

「そのこと、誰にも言わないほうがいいよ!絶対に、信じてもらえないから!」

タースが声をかけたとき、既にダルクの背中が路地の向こうに消えたところだった。

はぁ。
ため息をついた。

「なんだよ、人のこと、勝手に巻き込んでさ……」

指名手配、本当にされているんだ。

シーガが言ったとおりだった。だとすれば、匿ってくれているのか。

あの時、スレイドは匿うことでシーガたちにも影響が在るようなことを言っていた。確かにそうだろう。教会で定められた決まりを破ってシモエ教区に収容せず、その上手配されている犯罪者を匿っている。

どうしてだろう。

それは、決まってる。ルリアイのことを知りたいから。
それだけだ。

服についたほこりを払おうと腰を浮かせた。
がさ、と。
物音にそちらを見ると。小さな子猫が首をかしげた。

目があうと、嬉しそうににゃと鳴いた。
寄ってきた。
タースはしゃがんでそっと撫でる。

ごろごろと喉を鳴らす。その指先に触れる首元や背中、腹も。がりがりに痩せていた。
野良猫だろう。
真っ黒な毛並み。
黒は嫌われる。
望んでそう生まれたわけじゃない。

「…連れ帰ったら酷くされるかな」
大きなブルーの目を開いて、猫は立ち上がったタースの足に痩せた体を擦り付ける。
「ごめんな」
仔猫は聞こえなかったかのように、嬉しそうに尾をピンと立て、タースの後をついてきた。

振り向いては、ダメだよと声をかけるが、そのたびに嬉しそうに鳴くので、タースは無視して歩くことにした。


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らんららです♪
このところ、自動更新でスミマセン~(^^)
そろそろ元気復活♪
また、皆さんのブログに遊びに行きますね~!!

「想うものの欠片」第四話⑮

15

青年は、苛立っていた。

夕暮れ亭のロビーで、折りたたんだ新聞をため息とともにテーブルに叩くように置く。
優雅な物腰が身についた彼にしては珍しい。
傍らの少女は落ち着かず、また、立ち上がる。

「ミキー、どこに行くのです?」
「あの、タースが心配ですの」

「放っておきなさい。お前のことを頼んだのに、一人で帰らせるなど、何を考えているのか。まったく、これだから雑種は当てにならない。子守り一つ出来ないのですから」
シーガは玄関に向かおうとする少女の袖を掴んで止める。

「ミキー、お前もそれほど気にする必要はないでしょう?ここにいなさい。タースが戻ったらたっぷりお仕置きですから」

いつもよりずっと落ち着かないミキーにさらに苛立つのか、シーガは強引に自分のそばに引き寄せた。少女は、ずっと玄関のほうを見つめ、心はここにない。
こんな様子のミキーを見るのは初めてだった。

「ユルギアでも、でたのですか?ミキー。何があったのか言ってみなさい」
少女は上の空だ。

青年は整った眉をひそめて、ミキーと同じ玄関を見つめた。
何かが、聞こえた。

シーガの見ている前で、玄関の重い木の扉がぎっと開く。
男が一人入ってきた。

ミキーはがっくりと首をうなだれる。

宿の前の通りを走りすぎる軍隊の車が数台走り抜ける。皆、公園のほうに向かっている。窓からその様子が見えた。男や女、子供。大勢が公園のほうを見つめ、そちらに向かうもの、興奮した様子で戻ってくるもの。

シーガは耳を澄ました。

受付の男が入ってきた男の姿を見るなり顔をほころばせた。
友人なのだろう。入ってきた男は、背を丸くしたまま、カウンターに駆け寄って、帽子を手にとって話し始めた。

「おい、聞いたか!レスカリアの珍獣がサーカスから逃げ出したってぇ話だ」
「おいおい、来るなり挨拶もなしかい」
興奮した様子の男は、店員相手に話し続けていた。


夕刻。宿には数名の客が出入りする。客たちは一様にまず、ミキーを見つめる。待ちわびているミキーは、タースではないと知るたびに、がっくりと頭をうなだれた。

シーガは、扉が開くたびに大きくなる外の音にじっと耳を澄ましていた。

ミキーは落ち着かない様子で、足をばたばたと揺らし、押さえるシーガの手がなければ今にも走り出しそうだ。

「ミキー、お前がやったのですか」
小さくつぶやくようなシーガの声をミキーが叫び声を上げてかき消した。
「タース!」
シーガの手を振り払って、駆け出した。

「ミキー!」
「タースですの!」

玄関の扉に、ミキーが駆け寄ったその時。
ちょうど、両開きの扉が引かれた。

少年が目を丸くして立っていた。

「タース!」

抱きつく少女。
タースは頬を染め、切なそうな表情を見せて抱きしめた。
けれど、シーガが歩み寄ったときにはその表情は硬く、厳しくなっていた。

「ミキー、ごめん、離れて」

しがみ付こうとする少女を、タースは強引に押しのけようとする。

「僕、汚れてるから、だめだよ」
少年の様子にシーガは目を細め、よろけたミキーを後ろから支えると、そのまま自分の隣に引き寄せた。
タースはちらりとシーガと目を合わせ、それから、うつむいた。
「ごめん、遅くなった」

疲れた様子のタースに、シーガは厳しい視線を向けた。
見慣れない服装に泥や草の葉をつけて、そのみすぼらしさに怒りを覚えた様子だ。

「夕食は抜きです。ミキーを放っておいて何をしていたか知りませんが。勝手な行動は慎みなさい。みっともない格好ですね」

タースはそれに反論する気分でもなかった。

「……うん。着替えたいんだ、部屋は、どこかな」

一人でゆっくり休みたかった。キドラの騒ぎで軍まで動き出して、街の人々を不安にさせている。その原因を、作ってしまった。しかも、キドラがいなくなった今、それを解消するすべがない。
この騒ぎの原因を、自分が作ったとシーガに話したら、どんな顔をするのだろう。
話すべきか、黙っているべきか、まだ、タースの中では整理できていない。
一人の時間がほしかった。

「一階の奥です。ミキーと一緒です」
「!?あんたは?」
「私は一人部屋です」
これまで、そんな風にされたことはなかった。

翡翠色の瞳に意地悪な笑みを感じて、タースは睨み返した。
「僕、一人がいい。ミキーと一緒は今日は、嫌だ」

「タース!」

ミキーがしがみ付く。
シーガはその様子をじっと観察していた。

「だめです、来なさい。こちらです」
シーガはタースを促して、一階の廊下を奥に進む。

カウンターの男たちはその後姿をちらちらと見送って、シデイラは災厄を運ぶとささやきあっていた。
タースはちらりと彼らを睨んだ。

「おい、こら!」
カウンターの男が、ばたばたと走った。
にゃー。


「!?」
振り返ると、宿の男につまみ上げられた仔猫が、タースを見ている。
必死に、タースに向かって鳴く。

「お客さん、あんたのですかい?」
じろりと睨まれて、タースは慌てて首を横に振った。

背を向けて、シーがたちの後を追う。


背後で、店の外に出されたのだろう、猫の声が、悲しげに耳に届いていた。


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「想うものの欠片」第四話⑯

16

シーガの案内した一階の部屋には、すでに荷物が運ばれていた。


ベッドが二つ。並んで置かれている。広い部屋で、三人がけのソファーと、テーブルがあった。壁には暖炉もある。

薄い桃色の壁紙と、プラム色の絨毯、クリーム色の刺繍の入ったカーテン。こんな上等な部屋に泊まったことはなかった。

「タース、何があったのか、話してもらえますか」
シーガはソファーに座ると手にしていた新聞をテーブルに置いた。

ミキーはタースにしがみ付いたまま、じっと見上げている。
柔らかな髪が腕に触れる感触。くすぐったいそれに気がそれるのを振り払うかのように、タースは目を閉じた。

「タース?」
「ミキーは、何のユルギアなんだ?」
「……まず、お前から、あったことを話すべきでしょう」
タースはベッドに腰をかけた。

シーガの視線を避けるようにうつむく。

「ミキーは、ユルギアの宿ったイキモノの白虎をサーカスから連れ出したんだ」
「ほう」
「白い虎は、山猫だった。そいつは、追われて銃で撃たれて死んだよ」
「そうですか。それで、この騒ぎなのですね」

抑揚のないシーガの声に、タースは予想の範囲内だっただろうことを思う。

「……僕は、ミキーがどんな成り立ちのユルギアなのか知らない。それを知っていたら、もう少し違った結果になっていたと思う。知っていれば、避けられたと思う。だから」

「シーガ、あんたが僕にそれを話すべきだったと思うんだ。ユルギアのミキーをせめても仕方ない。でも、消える必要のない命が、そのために一つ、消えた」

「死なせてしまいましたか」
「うん。救えなかった」
深くため息をつく少年に、シーガは目を細めた。

「それで、落ち込んで、ミキーに八つ当たりするのですね」
「!そ、……そうかも、しれない」
再びうなだれるタースに、シーガはつまらなそうに肩をすくめた。

「ミキーがなんであるかは、本人から聞きなさい。私は用事があるので出かけます。ミキーを一人にしたくありませんから、同じ部屋にしました。他意はありません。食事は宿の主人に頼んでありますから、それを食べなさい」

それだけ言うと、シーガはさっさと部屋を出てしまった。




沈黙。

二つ並んだベッドに、ミキーはちょこんと座り込んで、タースはもう一つに腰をかけていた。

「あの」

ミキーが、ベッドの上を這うようにして、タースに近づく。

うつむいて、床を見たままの少年に、ミキーは首を傾げつつも、距離を縮めた。ベッドの端まで来ると再び座り込む。正面に座る少年はうなだれて、黒い前髪が瞳を隠している。
少女が、何か言いたげにもじもじと柔らかな手を膝の前で重ねては離す。
タースにはその様子が分かっている。
いじらしい、愛らしい姿なのだ。
見つめたら気持ちが揺れる。

「ごめん、ミキー」
「……タース、泣いてますの?」
泣いてはいなかった。顔をあげ、それをミキーに見せてタースは笑った。

「僕は、君のこと、好きなんだ」
ふいに、ふわりと柔らかいものが抱きついた。
「うれしいですの!ミキーも大好きですの!」
ミキーはベッドの隙間を飛び越えて少年にしがみ付いていた。

遠慮なくタースの胸に頬を押し付け、細い腕を首に回す。
勢いでタースはベッドに仰向けに倒れる。
上に乗ったままのミキーは面白いのか、ふふふと笑った。

上がっていく体温と鼓動を感じながら、タースは馬乗りになっているミキーの前髪をそっと手の甲で流す。

「好きだから、だから、ね、ミキー。生き物を大切にして欲しいんだ。ミキー、キドラは、死んでしまった」
「消えてしまったですの?」
「うん、いなくなった」
「タース、笑って」
励まそうというのだろう、少女は愛くるしい笑みをむける。

「ミキー、悲しいときには、笑えないんだ」

「タースが笑わないと、ミキーも笑えないですの。その。ミキーに怖い顔で怒るのは、シーガ様だけだと思っていましたの。でも、タースも同じ、ううん。もっと怖かったですの。真剣でしたの」

「ごめんね。八つ当たりだったんだ。考えれば分かることなのにさ。叩いちゃって、ごめん。ミキーはきっと、悲しくなったり、泣いたりしたことないんだよね」

「……泣けませんの」
大きな瞳がゆっくり瞬きをする。一瞬そこに光るものを見たような気がして、タースは目を細めた。
ユルギアなのに、これほどたくさんの想いをかかえる。

ミキーは、特別なユルギアなんだろうか。だから、シーガはそばに置くのか。

「泣きたいと思ったこと、ある?」

「独りぼっちになると、想いますの。ミキーは、寂しいの嫌いですの」

「それ、前にも言ったね。どうして?ミキーはどういうときに寂しいの?」

「人がいなくなってしまうですの。みんな帰って行くですの。帰るの嫌い。ミキーは、いつもたくさんの人が、オトナも子供もニコニコしているのを見ていたですの。昔あの公園に、遊園地があって。そこで毎日、ミキーはみんなの笑顔を見ていたですの」

「あの公園で、生まれたの?」

「シーガ様が教えてくださいました。それで、ミキーは自分のことが分かりますの。生まれたのは月の夜ですの」

少女は、横たわったままのタースの胸に頬を押し付けて、小さく丸くなって横たわる。タースはミキーの肩に手を置いて、胸の上で静かに上下するミキーの白い耳を視界の隅に感じていた。

ミキーは話しはじめた。


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「想うものの欠片」第四話⑰

17

―――

二十年前くらい、あの公園にはたくさんの遊具があって、いつも子供や大人の笑い声がしていましたの。
機械式の小さなメリーゴーランドもありましたの。
広場では子供も大人もボールを蹴って遊んだり、小さい子はブランコで遊んでいたり。毎週休日になると道化師やサーカス、人形劇のステージが開かれて。

その人形劇に出てくるミキーという少女は、とても人気で、みんなが大好きでした。

お人形がステージに出るたびに、たくさんの嬉しくて楽しい気持ちが拍手とともにお人形に集まる。みんなの愛情がミキーに集まるの。


― ある週末の夜ですの。
月が綺麗で、晴れた空にお星様がたくさんあって。
ミキーはそこから記憶があるですの。
誰かがミキーに言ったの。

「あ、お人形さん」って。

その声で、ミキーは目覚めましたの。
誰にも見えない「みんなの大好き」が集まった想いが、その子には見えていたですの。

体はなかったけれど、ミキーはその時ユルギアとして生まれました。
気がつくと、銀色に光る髪の小さな男の子がお母さんに手を引かれて、夜の真っ暗な公園を歩いていたですの。

月明かりに、二人はきらきらしていて。
その子はミキーのほうを振り向いて、嬉しそうに笑って手をふったですの。


タースはそこで、撫でていた手を止めた。
「……それ、その子供って」
「シーガ様ですの。ミキーは、シーガ様とお母様を見ているですの」
ミキーはタースの腕に頭を預け、少年を見つめている。
大きな瞳がまた、瞬く。


― あの日からミキーは毎日公園に集まる楽しいみんなの笑顔を見ていました。
みんな大好きです。
みんなもミキーのこと大好きです。
ミキーは姿はなかったけれど、お人形と一緒になって踊ったり、芸をする小猿と並んで逆立ちしたり。
楽しかったですの。
でも、夜になるとみんないなくなる。
口々に、もう帰るって。
帰る。
みんなミキーを置いて帰ってしまうですの。
寂しくて、つまらなくて。

― シーガ様に二回目に会ったときは、シーガ様は大人になっていて。ミキーはそれがあの時の子供だとは分かりませんでしたの。公園の改修工事が始まって、閉鎖されて。誰も来なくなった。
ミキーは寂しくて寂しくて。子供たちに戻って欲しくて、ブランコを揺らしたりお人形とダンスしたり、夜にはメリーゴーランドを動かして誰かが来てくれるのを待っていましたの。

あのときのような月の夜でしたの。
大人になったシーガ様が、来ましたの。
「いたずらをしているのはお前ですか」って。
初めてミキーに話しかけてくれましたの。

今思うと、シーガさまはミキーをユルギアだから、お仕事で依頼されて消すために来たですの。
でも、あのときのミキーには分かりませんでした。

今まで誰も、ミキーに声をかけてくれる人はいませんでした。だからミキーは嬉しくなって、シーガ様のおそばに行って。大好き、遊びましょう!って。
たくさんお話しましたの。

風船売りのおじさんのことや、メリーゴーランドでいつも蒼いお馬に乗る女の子のこと、それから、月の夜の男の子のこと。

シーガ様はそれが自分だと気付いて、ミキーにお母様のことを尋ねましたの。ミキーは、覚えていることをお話しました。
それを聞いて。

「寂しいのなら、一緒に来ますか?」
そういって、シーガ様はミキーを連れ帰ってくださいましたの。

ミキーは寂しかったので、シーガ様に体をもらいましたの。
シーガ様の兎のぬいぐるみにミキーを入れてもらいました。

兎のぬいぐるみにはあの青い石がペンダントのようについていて、ミキーがそこに吸い込まれると、ミキーは、今の。この姿になったですの。

嬉しくて!

今までミキーは誰にも触れられなかったです。誰にも、声をかけてもらえなかったし、ミキーの声を聞いてくれる人はいなかった。

この姿になってから、たくさんの人に触れられるし、お話も出来る。
シーガ様のおかげですの。

タースは嬉しそうに微笑むミキーの頬にそっと手を当てた。
白くするりとした絹。
触れればそれと分かるのに、見ただけでは普通の少女。

ルリアイにユルギアが宿って、それを持つ生き物や物に姿を与える。
キツネさんや、トントは生き物にユルギアが宿った。レンドルさんは警備員の服だった。服とルリアイでユルギアのレンドルさんは人間に似た姿をえた。
同じように、ミキーも、ルリアイとぬいぐるみで今の姿になっている。

でも、普通のユルギアよりずっと色々な思念を持っている。
そう、一見普通の少女に見えるくらいに。
それはシーガの力なんだろうか。
だとしたらミキーをつれてシーガのそばから離れたら。逃げ出したら。
どうなるんだろう。

元のぬいぐるみに戻ってしまうだろうか。


「ミキーは、シーガのそばにいたいんだよね」
「はい。タースも同じですの」
「……」
「タース?」

逃げ出すべきだと、そう思っていた。

シーガの性格を知るうちに、悪い奴ではないと分かってきた。けれど、決して僕のことを助けようとしてそばに居るわけじゃない。本来ならシモエ教区に送るべきだと、そう思っているはずだ。

指名手配されているという。
新聞記者のダルクはそのことを知っていた。

このまま、そばに居れば、いつか。
胸に熱いものがたまる。

見つめるミキーの顔を見て。胸につかえた塊をふと吐き出す。
少し、視界がにじんだ。

ミキーを連れて行くわけには、いかない。
ミキーはシーガのそばにいればこの姿のまま幸せでいられる。

「タースが悲しいとミキーも悲しいですの」

抱きしめそうになって止まると、タースはそっと手を離した。
横になったミキーを残したまま起き上がった。

「タース!」
ミキーが追いすがるようにタースの胸にタックル。

「わ?」


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「想うものの欠片」第四話⑱

18

タースは、ミキーを乗せたまま、ベッドに仰向けになった。


「んふ!?」
ミキーはそのまましがみ付いている。

「ミキー、ごめんね。君はみんなの楽しい想いが集まった、愛情の塊みたいなユルギアなんだね。帰るのが、嫌いで。もっと遊びたかったんだ」

「ですの!」
ミキーがイタズラしようとする。

くすぐったくてタースは手で防ごうとする。
「こら、ダメだよ」

笑うタースに、ミキーはもっと嬉しくなって、まるで小さい子がするように、タースの口元に手を伸ばす。
反射的に口を閉じて、タースはベッドに大の字に横たわったまま、少女を見上げた。

柔らかい三本の指で口をそっと押さえると、ミキーは面白そうに笑ってタースの額に口づけする。
「ふふ、いたずらですの」

なんだか、外れ。
唇でないことに、ふとそう思った自分がおかしくなって、タースは笑い出した。

だめだ、やっぱり惚れちゃってる。
バカだな、僕は。


「あははは」
声を上げて、こんな風に笑ったのは、久しぶりだった。
「ふふふ!タースが笑うと嬉しいですの!」
「あははは」

笑いすぎて。


タースは涙をぬぐった。


ミキーを抱き上げて、起き上がった。

そこにノックの音が響いて、宿の主人がトレーに乗った食事を運んできた。

タースはいつものように、ミキーと合わせて二人分を、しっかり空腹のお腹に納めた。
ミキーはまた「アーン」をしたがり、二人っきりだからとタースも喜んで口を開けた。



夕方の厚い雲が、夜の空にベタりと張り付く。切れ間からのぞく月も星も、いっそう美しさを増して見せる。

カーテンがゆらりと夜風を抱き、嬉しげに揺れる様をタースは見つめていた。
隣のベッドで、ミキーは眠っているようだ。

ユルギアが眠るというのも不思議な気もした。
それでも、一応眠っているように見える。


そっと、布のバッグに荷物を詰めて、肩にかけるとタースは部屋を抜け出した。

一階の部屋だ。窓からすんなり通りに出られた。


静まり返った裏通りを、敷かれた砂が石畳に擦り付けられるジリという音だけをさせて、タースは早足で歩く。
人通りはまばら。大きな街だけあって、酒場が軒を連ねる通りにはまだ、明かりと人の声が漏れる。

座り込んでいる酔っ払いをよけて、道の真ん中を歩きながら、少年は急ぎの目的があるかのように歩く。
うつむいた表情は見えない。

二人組みの酔っ払いが通りの真ん中を右に左に揺れている。歩いているというほど進んでいない。かなり酔っているのだろう。二人の男は肩を組んで、何事かブツブツとつぶやく男に、肩を貸しながらもう一人は酒の小瓶をあおった。
タースは脇を抜けようとした。

男たちはタースのよけようとしたほうによろりと動き。
タースは逆によけようとする。
同時に男たちもまた右へ。

「…なんだぁ?ボウズ」
「……」

小さくため息を吐いて、タースは黙ったまますり抜けようとした。

担がれていた男が不意に振り向いてタースの肘を掴んだ。
「!?」

「何だって聞いてるだろ?ああ?」
「放してください」

酒臭い息に自然と厳しい表情になる。
掴んでいる男の指を引き剥がそうとする。つかまれている腕は、まだ怪我で痛みが走る。
「んだと!?」

強引に腕を引かれて、タースは痛みに顔をゆがめた。
「ったく!酔っ払い!」

引かれる力に任せてタースは左の拳を男の鳩尾に打ち込む。
酒臭い息がかかったと同時に、男はその場に膝をついた。

「このやろう!」
連れの男が掴みかかろうとしたとき、膝をついた男がその場で吐いた。
「お、おい、大丈夫か」
連れは座り込む男を介抱しはじめる。



タースは既に歩き出していた。


苛立っていた。


酔って忘れられるようなものなら、おぼれればいい。
目覚めたときに誰かの温かい笑顔が迎えてくれるのかもしれない。

でもそれは。
僕にはない。


駅の南に小さな公園があったはずだ。タースは数年前の記憶をたどってそちらに向かう。
そこで、朝を待つ。

駅から正面に延びる大通りと平行に走る裏通りをタースは進んでいた。
酒場の数もまばらになり、人影も少ない。
生ぬるい風。

小さな酒場の建物の向こうで、また、酔っ払いの声が聞こえた。
言い争っているような声。

係わり合いにならないように、タースはなるべく店から離れて通りを抜けようとした。

「放しなさい」

聞いたことのある声だった。

「シディが!」
振り向いた。
路地でもみ合う影。

黒いコート、銀の長い髪。


シーガだ!


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「想うものの欠片」第四話⑲

19

シーガは酔っ払いに絡まれている。

一歩踏み出そうとして、タースはとどまった。
今行けば、抜け出したことがばれてしまう。

「薄気味悪い、シディのくせになんだぁ、そのお上品な服は?ああ?」

シーガに掴みかかっている男は大柄だ。
クマのような肩幅、首のない筋肉の盛り上がった体躯。白いシャツに黒いズボン、軍兵のようにも見える。肌は黒く日に焼けているようだ。暗がりでは顔までは見えない。
正面に立つ青年は華奢な肩。小さい頭。
シーガは男に比べれば、女性のようにすら見える。

それでもシーガも何かしら護身術を身につけている。
素早いシーガの動きで男はうめいて腹を抱えた。
膝蹴りでも、入ったのだろうか。
タースのところからでは見えない。

シーガは相手にしたくないらしく、服を調えるとその場から離れようとする。

そう、振り返った。

「!?タース?」

「あ!」

立ち止まってつい、見ていた。

その瞬間だった。
シーガの背後で男が酒のビンを振りかざした。

「シーガ!危ない!!」
タースは同時に駆け出していた。

男の大きな体から打ち下ろされるそれは、正確にシーガの頭を狙っている。

ぶん、と。
打ち下ろされた。

タースは一瞬歯を食いしばる。
一瞬脳裏に描いたのは血にまみれた青年。次にすることは男から護って、傷を押さえて……。かなうだろうか、大男だ。

「シーガ!!」

が。
倒れたのは男のほうだった。
シーガは美しい銀の髪を何事もなかったかのようにかきあげる。
男に背を向けたまま、タースのほうを見ていた。

「え?」
シーガはちらりと後ろを振り向いて、気絶している男を冷たく見やった。

男は、腹に店の看板を乗せ、手に持った酒のビンが倒れた拍子に割れたのか、強いアルコールの匂いの中横たわっている。
シーガは足元に流れてきた酒をよけるように歩き出し、タースの正面に立った。
呆然と見ている少年の肩を抱いて歩き出す。

「な、何があったんだ?てっきり、あんたが殴られたかと」
「看板でも、落ちたんでしょう」
「それは見れば分かるけど、でも偶然に?」
「そうです。偶然でしょう」
そんなことがあるのか?都合がよすぎないか?
風が強いわけでもない。頑丈な鉄の輪でつながれていたそれが、あの瞬間に落ちる。
不自然だ。
タースはまた、振り向く。

建物の影から足だけが見える。男はまだ、意識を取り戻していない。

「でも、そんなタイミングよく?」
「それをいうなら、お前はなぜこのタイミングでここにいるのですか」
「!?」
タースはシーガの腕から逃れようと身を硬くする。
が、シーガの腕に力がこもるほうが先だった。
「?お前、怪我していますね?」
「…痛いから、放せよ」
「私から逃げようとしているのですか?」

タースは手を振り解いて二歩、シーガから遠ざかる。

二人は立ち止まった。
月明かりに、シーガの白い顔。表情はいつも通り。

「指名手配されてるんだろ。厄介なことになる前に逃げる。当然だよ」

タースの表情はお人よしの少年ではなくなっていた。治安の悪いこの界隈にこそ、似合うような雰囲気すら漂わせていた。
ふと、シーガの目が笑ったように見えた。
「ミキーを置いていくのですか?」
「!?」
「アレのことが好きなんでしょう?」
「!!もしかして。そのために一緒の部屋にしたのか?」
「置いては逃げ出さない。そう思ったのですが。好きなんでしょう?それとも、やはり相手がユルギアでは無理ですか」
バカにしたような笑みを浮かべた。

タースの中で押さえていたものが、不意に胸をえぐる。
「うるさい」
「お前には聞きたいことがあります。逃がすわけには行きません」
タースはシーガの静かな口調に秘めた怒りに似た意思を感じた。
ゆらりと、肩の銀色が流れる。

「ルリアイのことなら。言うよ。たいしたことは知らない。シデイラの民の純粋な強い想いが涙の結晶を作る。それがルリアイ。あんたの持っていたって言う一つは。多分、あんたの母親があんたが生まれたときに流した愛情の涙。慈愛のルリアイだよ。それだけ」
「……うそを」
「ルリアイはそれだけだ。それがあったって何の手掛かりにもならない!ただ、あんたが母親に愛されて生まれてきたってことが分かるだけだよ」
「それが、嘘だと言っています!私は捨てられたのです。こんなおかしな力を持つ私を母親はきっと疎ましく思った。だから捨てた」
「そんなの!僕には、僕には関係ない!もう、いいだろ!」
タースは駆け出した。

「追われますよ!」
シーガの声が肩を掠める。
それでも、止まらずに走り続けた。




タースは目指す公園にたどり着くと低い生垣を飛び越えて入り込む。
樹の幹に背を預けて、息を整えた。
呼吸が整うと、次第に目の奥が熱くなる。
抱えた膝に顔を伏せた。

にゃ。
膝に温かいものが擦り付けられる。
見るとあの小さな黒猫だった。
月明かりに瞳だけがきらりと青く光った。その色は自分の瞳の色に似ていた。
「お前いつの間に?…一緒に来るか?」

にゃ。
かすれたように途切れる鳴き声。何度も、何度も、誰かを求めて鳴いたのだろう。

手のひらにあごを寄せる小さいそれに、タースは目を細めた。

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「想うものの欠片」第四話⑳

20

「ばかですね、まったく」

小さく口をついて出る悪態は、シーガが宿にたどり着くまで続いた。


大通りに面した宿の前は、ガス灯の青い光でぼんやりと明るい。既に日付の変わった深夜。人影はない。
その支柱に隠れようとしているはずもないが、背を向ける男が立っている。

シーガはそれを認めると、表情を消した。
黙って『夕暮れ亭』の扉を開けようとした。

「あんた、シデイラだろう?」
無視した。
取っ手に手をかける。
その時には男はシーガの脇に立っていた。

「あの少年、追われてるんだな」
「!?」
シーガの動きが止まる。
「何のことですか」
ちらりと見つめる。

男は四十代前半くらい、太い眉がまっすぐ顔を横切る。誠実そうな見た目の奥に抜け目ない瞳が笑う。

「私はダルク。新聞記者だ。宿の主人に聞いてここであんたを待っていた」
「私はあなたに用事はありません」
「ミーア派大司祭、聖女ファドナさまの加護を受けたシデイラ。銀聖と呼ばれる。だろ?」
「……」
「不可思議な物事、ユルギア、それを解決するためにその地位と安全を大陸中の王が認めた。銀聖シーガ。ま、昨今の教会じゃ、ユルギアなんて迷信扱いだがね」


静かに息を吐いて、シーガは扉にかけていた手を離した。
石段を降りる。
ダルクと言った男は後を追ってくる。

「新聞記者が、何の用です」
「白い虎について。あのボウヤはユルギアだといった。確かに言う通り、山猫の遺骸はあった。だが、どうにも信じられん」
「レスカリアから来たと噂された珍獣のことですか」
「そうだ」
「……タースも余計なことを」
「あのボウヤは知っていた。想いが姿を作るとか何とか。あんたなら分かるんだろう?」
シーガは首をかしげ、髪をかき上げる。口元が静かに弧を描く。

「あなたは、仕事上の興味で知りたいのですか?記事にしたいと?」
「いや、いや、それはいい。友人が、白い虎を探して命を落とした。あいつは虎を見つけたといっていた。だから、あの虎がそれかと。しかし、公園にいたのはあいつが飼っていた山猫だった。ユルギアが乗り移ってとボウヤは言っていたが」
「ふ、だから、ですか」
どうにも、お人よしの少年を思い浮かべる。

「あなたの友人の白い虎を求める想いが死と同時にユルギアとなったのでしょう。きっと死の間際まで彼は白い虎を夢見ていた。そのユルギアが山猫に憑いた。だからそれは白い虎であろうとする」
「想いが姿を作る…」
「そういうことでしょう」
「あの子はなぜ指名手配されているのだ」
「?」

「私はあの子に悪いニンゲンのにおいを感じなかった。仕事柄、話せばたいてい分かる。とても罪を犯すような子ではない。なぜ、賞金までかけられて、追われている?それに、銀聖ともあろう方が連れている?」
「……賞金がかかりましたか。誰です、その依頼主は」
「あ?いや、それは……」

「大方、ティエンザの関係でしょう。非公式なもので大公はご存じない、ということです。あなたも、タースを捕まえるつもりですか」
「いや…私は」
「……白い虎のことを、記事にしてみますか?そうすれば分かるでしょう?今のロロテス派の圧力がどんなものか」

「いや、分かっている。既に、私は友人のことを記事にしようとして、何度もボツを食らっている。絶対に面白いと編集長が喜んだ記事が、だ。ユルギアや不可思議な生き物、そういった報道は常に圧力を受ける。この国はミーア派が主だったはずがいつの間にかロロテス派の圧力が強くなっている」
シーガは目を細めた。
「報道はすでにロロテス派に抑えられている。感じますか、ティエンザの脅威を」
「ああ。嫌な情勢だ。戦争、ここ五百年なかったが、戦争になるんじゃないかって噂してる奴もいる」
「報道関係者に危惧してくれているものがいるのは嬉しいことです。密かに賞金をかけ大公より先にタースを捕獲して利用しようとする、それもロロテス派です。タースが捕まれば、……戦争は早まりますよ」

シーガの言葉にダルクは顔を上げた。
「なんだ!?あの子はなんなんだ?」
「さあ。水面下で賞金がかけられる時点で、危ういものだと分かっていただけるでしょう。もう、よろしいですか」
「あんたが保護しているのか?なぜだ?」

「……先ほど、逃げられましたが」
青年はつぶやくように言うと、口を閉じた。

まだ食い下がろうとするダルクにシーガは一切取りあわなかった。
宿の扉の向こうに消えた青年を、男は見送る。

「逃げられたって…いいのか、それで。国の危機を左右する、もし今賞金目当ての奴らに捕まったら」

ダルクは肩にかけたバッグから、メモの塊を引っ張り出した。しわくちゃな様々な小さな紙の中、比較的ピンとした小さな紙を開いた。

先日、編集室の自分の席に密かに置かれていた。そこには1万の数字と、少年の名。特徴。簡単な似顔絵が印刷されていた。
タースのことは偶然サーカスで見かけて興味を持った。そう、捕まえようと考えたわけではない。知りたかった。

金貨1万枚。飛びつく奴もいるはずだ。
ごくりと、つばを飲み込んだ。

ふわりと吹いた風。足元に握っていた紙のうちの一つが落ちた。

それは、友人の残した日記だった。
山猫の絵。
あの時、タースはこれを見て言った。
アイツの想いが、白い虎に生きていたと。

アイツの願いはこんな形でかなったんだ。

「……下手くそだな」
ダルクは、懸賞金の紙に印刷されたタースの似顔絵と、山猫の絵。重ねて二つに折ると、またバッグに詰め込んだ。

この下手な絵ではタースにたどり着けるものは少ない。
知っているのは自分だけだとダルクは確信した。


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「想うものの欠片」第四話 21

21

鉄道の機関車が警笛を鳴らす。

甲高い音にタースは目を覚ました。
セルパ親方の工場で毎日聞いていた。懐かしささえ感じられる。


にー。

懐で猫が鳴く。

そっと猫をバッグに忍ばせて、タースは公園の水を蛇口から直接飲んだ。
顔を洗う。

図書館の前の公園を思い出す。



駅前のワゴンで売っていたハムサンドを猫と分け合って、それからタースは切符を買おうと駅の中へと入っていく。

新しい建物だ。
鉄とコンクリートで作られた近代的な二階建てのビル。タイルがコンクリートに敷かれた階段を駆け上る。

プラットホームの上をまたがるようになっている駅舎。トラムミスは複線で三本の線路が窓から見えた。遠く、ライト公領へと続く先を立ち止まって見つめた。

朝の光に線路の二本のレールが眩しく、地平線まで続く。両脇は森だったり建物だったりしているのに、この先だけはまっすぐ。
先は陽炎で少しかすむ。

ライト公領に戻って親方の様子を見て、それから、ティエンザとは反対の東の果ての街にでも行こうか。
シーガから渡されている銀貨で一月は生活できるだろう。その間に仕事を探す。

バッグの中で小さな鳴き声。
護る仲間も出来た。

不意にミルクティー色の髪の美しい少女を思い出す。
触れた、絹の感触。

帽子を深く被ってタースは窓際から離れた。

振り向いたとたん、誰かに突き当たった。

「いったいなぁ!!」

聞いたことのある声と、台詞。
「なに!?タース!」

ニーだった。

今は髪を下ろして、白いシンプルなシャツに膝下までのスカート。
サーカス団員だなんて誰も思わないだろう。
タースを見ると眩しそうに笑った。

「ニー?どこかに行くの?」
「あら、タースこそ、今日は一人?心配したんだから!ほら、なに、埃だらけじゃない。上等な服が台無しよ!」

豪快に笑って、エスカーニャは少年の背を叩く。

「いて、ニー、あの後どうしたの?どうなった?」

ニーはタースの手を引いて、そばに会ったベンチに座った。

質問の答えを待つタースに、ニーは目を合わせようとせず、足を二回ぶらりと揺らして目の前を過ぎていく人たちを眺めた。

朝の時間、通勤時間なのだろう。
スーツに帽子の紳士や、重そうな荷物を抱えた作業服の男。髪を盛んに気にする若い女性。ベンチに並んでそれらを眺める二人は、時を止めたかのようにじっとしていた。

「ニー。ごめん。あの、ミキーが逃がしたことで大変なことになって…」

「ん。正直ちょっと腹も立ったけど。ま、こうなったら仕方ないわ。動物たちが逃げ出す事故なんていつ起こるかわからない。その時にきちんと対応できるようにしなきゃいけなかったのに、出来なかった。私たちにも非はあるわ。だから、ね。もう終ったことなの」

「キドラは、見つからないんでしょ?」

タースは先ほど売店で買った新聞を手にしていた。

「そ。もう、関係ないからいいわ。その話は。あれ、これ何?」

ニーは新聞の記事を指差す。少々強引な話題の変え方に思えた。

タースは新聞を二人の間に広げた。
先ほどタースも少し気になった記事だった。

「新しいエネルギー?」
ニーが首をかしげる。

「あ、うん。ほら、ここ。今の石炭よりすごい石が見つかったって言うんだ。それで今の発電機の何百倍の発電が出来るみたいだ。ティエンザの大学で…」
言いかけて、タースはさらっと読んだ記事をもう一度じっくりと読み出した。

「ふうん、ドンドン便利になるのね。なのに…」
「これ、見て!ここ。ティエンザの大学で、研究されてるっていうところ」
「え?」
嬉しそうにタースは目を輝かせていた。

「すごいや!ほら、ここにある、リック・ドルナーさんって!僕が世話になった人の息子さんだ!」
「へぇ~」
「さすがだなぁ!きっとセルパ親方も喜んだろうな」
ティエンザに。行ってみたくなった。

国境を越える…可能かどうかはやってみなくては分からない。

親方に世話になった。親方のところに帰ったと聞いた。きっと仲直りして今はまた、大学に戻ったんだろう。どんな人なんだろうか。
新しい技術の研究を手助けしているんだ。


「タースは、どこに行くの?」
「あ、うん……ティエンザに、行ってみようかな」
「ふうん。私は田舎に帰るわ」
「え?」
ニーは、新聞を丁寧に畳んだ。表には、シモエ教区の記事が載っている。

「私、解雇されたの。ほら、飼育係でしょ。責任があるの」
「!?そんな!」
寂しそうに、ニーは微笑んだ。

「だって、ニー、そんなの!僕らのせいなのに!」
「違うわ。本当は、昨日の昼間、キドラが観客の前で暴れたのだって、アレだけだって十分解雇される理由になるの。私に責任があるの」
「でも!」
「そうしなきゃ、サーカスのみんなに、メイワクがかかるでしょ?誰かが責任を取らなきゃ、サーカス団自体を解散させられてしまうわ」
タースは拳を握り締めた。

穏やかに笑うニーの瞳はまだ少し赤い。きっと昨夜泣いたのだ。

すべて、僕のせいなのに。

僕がミキーを見ていられなかった。彼女がユルギアだってこと忘れて警戒しなくて。

タースは、鼻の穴を広げて、息を思い切り吸うと。
一気に吐き出した。

「ニー!キドラが無事見つかればいいんだよね!」
「え?そりゃ、そうだけど…」
「分かった!来て!」

ニーの手を取ったタースの顔には、自信に満ちた笑顔が浮かんでいた。


次へ(10/21公開予定♪)
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「想うものの欠片」第四話 22

22

数分後。

二人は駅前の大通りを公園に向かって走っていた。
手をつないで、息を切らせるニーをタースが引っ張る。

それは、「夕暮れ亭」の二階の窓からも見えた。

窓に背を向けて服を整えたシーガの背後をタースの気配が横切る。


青年は顔をあげた。
それから目を細める。

「この鋭すぎる感覚を、喜ばしく感じたのは初めてです」

独り言が終らないうちに扉がトンと開かれた。

「シーガ様!タースですの!今、前の通りを」
朝から拗ねたように動かなかった少女は、今満面の笑みを浮かべてシーガに飛びついた。

「早く行くですの!タースをお迎えに!」
「必死ですね、耳が出ていますよ!みっともない」
あくまで表情の変わらない青年から飛び離れると、ミキーは黒いレースに縁取られたスカートを翻した。

「シーガ様!早くですの!」
少女の声は既に小さくなっていく。

シーガは髪をかき上げると、立ち上がった。




公園にはまだ警備兵が二人ほど、閉じられた門の前で立っていた。
園内にはサーカス団のテントも残っていた。

駆けつけたタースとニーを、警備兵は止まらせた。
「今は立ち入り禁止です」
「あ、あの、サーカス団の関係の人です」
タースの言葉に、ニーは困ったように一瞬視線を泳がせたが、唇をきゅっとかんで、それから名前と団員であることを告げた。身分証明を見せて名前を確認すると、警備兵は通してくれた。

「ね、タース君、どうしようっていうの?キドラのいる場所が分かるの?」
エスカーニャはタースとミキーが少し不思議な子達だと認識していた。だからこそ、タースの言葉に従ってここまで走ってきた。

白いシャツも汗で背に張り付く。
下ろしたままの髪は乱れて、ニーは煩くなったのか器用にまとめる。
タースはニーが結び終えるのを待って、林のほうへと連れて行った。

「ね、この奥にいるの?昨日はここを全部捜索したのよ?」
「いいから」
昨日、キドラが消えた場所まで来ると、タースは樹の陰に隠れるように地面に膝をついた。
周りを注意深く確認する。

誰も、見ていない。

「ほら、ニーも座って」
「え、ええ」

タースはバッグを開ける。

にゃー。

走ったときに揺られたせいか、少しぐったりした仔猫をそっと抱き上げる。

「え?」
瞬きするニーを無視して、タースは猫に話しかけた。

「な、お前、真っ黒でさ。疎まれる姿に生まれた。変えてあげるよ。嬉しくないかもしれないけど。ごめんな。でも、これでお前がお腹をすかせることもないんだ。ニーは優しいよ。きっと可愛がってくれるから」

「え?何?私にその仔猫を飼えって?」

「仔猫じゃなくなる」

「え?」


タースは上着のポケットから、そっと首輪を取り出した。
青い石がゆらりと光を揺らしたように見える。

手の中の首輪と見上げる仔猫。
両方をもう一度見つめて。
タースはそっと、首輪を仔猫にはめた。

ゆらりと陽炎が立つようにその場の空気が歪んだ。

次の瞬間には、タースの手は白い毛皮を撫でていた。
言葉の出ないニーに、タースは笑いかけた。

腕の下で姿勢を低くして座るそれは、白い虎だった。
立ち上がればタースの腰くらいはある。キドラよりふた周りほど小さく見える。
タースの手にあわせて気持ちよさそうに撫でられている。
ぐるぐると喉を鳴らす。

「ニー、ユルギアって知ってる?」
「…え、ええ」

「この首輪には、ユルギアが宿っている。そのユルギアは白い虎を作り出す。だから、この子は猫だけど、白い虎。飼ってもらえるかな」
ニーが確かめるように恐る恐る手を伸ばす。

猫だったそれは、撫でて欲しいといわんばかりに頭を預ける。
確かに感触は猫のそれ。けれどどう見ても虎だった。

「ミルクと魚が好物なんだ」
タースは笑った。

その時には既に、ニーは白い虎に抱きついていた。

以前のものより幾分小さい虎は喉を鳴らし、そして青い瞳をタースに向けた。嬉しそうに小さく鳴いた。

にゃ、と。

「ああ、鳴き声はちょっと、なんだけど」

「可愛くていいわ!」
ニーは嬉しそうに笑う。
タースも笑った。


「これで、ニーもサーカスに戻れるよね?」
「ええ、多分ね」
二人は膝を払って立ち上がる。

「僕はもう、行くから」

「ね、タース。またいつか、会えるかな」
頷くように白い虎が鳴いた。

「ん、多分ね」
タースは笑うと、振り切るようにかけていく。
樹の陰に見えなくなるまで見送って。
エスカーニャは寂しげに鳴く白虎を抱きしめた。

「不思議な子ね」

にゃ。

「ぷ、その可愛い鳴き声。どうしたものかしらね」

虎は首をかしげる。
「人気出ちゃうわよ!きっと!」


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「想うものの欠片」第四話 23

23

公園の門が見える辺りまで来ると、タースは走るのを止めた。

改めて空になったバッグを手で押さえる。

黒い帆布の肩掛けのバッグには、駅で買った新聞と切符。それから自分が落としたルリアイが一粒。

銀貨が数枚。
なめし皮の巾着の中でちりり、と音を立てた。


鉄道の汽笛が公園の木々を揺らすように鳴り響いた。

その姿、車輪の音。見えなくても、聞こえなくても、かつて整備士をしていた頃の記憶が想像させた。最初に乗るつもりだった列車は出てしまったようだ。

急げば西に向かうものは間に合うかもしれない。急ぐ旅でもないが、一時間に一本のトラム・ミスを逃せば、目指す国境の町に付く頃に日が暮れてしまう。

公園の門で先ほどの軍兵に手を上げて挨拶する。
気のよさそうなまだ若い兵が敬礼を返してくれた。

「帰りは一人かい?」
「あ、はい」

帽子をかぶりなおして笑うタースが次に軍兵を見たときには、彼は何か小さな紙を手に持っていた。
「君、名は?」

穏やかな表情の下の鋭い視線に危険なにおいを感じる。
その手に持った紙。それとタースを見比べている。

軍兵はタースの腕を取ろうとする。

タースは、すっと後ろに下がる。


厚い綿の濃紺の服に茶色のなめした皮をつなげたベスト。襟の立った形状から防護用の服だと分かる。手甲も同じ材質で、こちらには鈍く光る鉄鋲が並んでいる。
ライトール公国軍のごく一般的な軽装備だ。
背には銃剣。

「少々、聞きたいことがある」
男が一歩前に出ると、かちゃかちゃと銃剣が音を立てる。タースは一歩下がった。

「あの、僕、急ぐんです」
男の目をまっすぐ見つめ、距離を保ったまま二、三歩下がると、タースはきびすを返した。
「君!」

「タース!」
公園の前に黒い小さな馬車が停まっていた。見覚えのある白馬が鼻を鳴らす。
駆け下りてきた少女は、淡いピンクのワンピースを揺らしながら白い手を伸ばして抱きついてきた。

「!?」
抱きついた少女を困ったように見つめる。
「ミキー、どうして、ここが?」
「タース?お前はタースというのか!?」
軍兵の声が大きくなる。

「ミキー、ごめん」

振り返らずにタースはミキーを引き剥がすと軍兵の方へと押しやった。
そのまま、走り出す。

丁度、馬車から降りたシーガとすれ違う。視線すら合わせない。


シーガが見送っていることは感じていた。

ミキーが、名を呼ぶのも。

それでも、あの場で捕まるわけにはいかない。
バッグの中でかすかに銀貨がこすれる音がした。



街は夏の日差しの中うだる様に陽炎を揺らす。

商人がまく水が、しゅんと蒸発して土と水の匂いを漂わせ。
そこを自動車や馬車が走り抜ける。

無理やりその流れを突っ切って、黒髪の少年が一人駆け抜けていく。

遠く、機関車の汽笛が響いた。


第四話 了

次へ(10/27公開予定♪)
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続きから第四話、あとがき的なもの~

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「想うものの欠片」第五話 ①

らんららです~♪

さて、第五話はじまりです…。
どうも、展開がのろいので一回あたりの文章量を増やしてみました(笑)
というか、まとめて読んだほうが面白いんじゃないかと考えまして♪



第五話 「国境」




いななくような汽笛。

慣れない子供が両手で耳をふさいでいる。
隣に座る母親が自らも片方の耳を押さえながら、やかましいね、と話す子供の頭をなでた。

客席は車両の左右を向かい合わせで座るようになっている。線路のつなぎ目ごとに響く振動で、木枠の窓ががたがたと音を立てる。

ウルルカの駅を過ぎたところで、子供は汽笛の音がなくなると今度は背後の窓を覗き込んだ。

「ほら、お行儀が悪いわよ」

母親に背をぽんと叩かれるが、小さな女の子は窓に張り付いてじっと外を見ていた。
「聞いているの?」

「ね、今ね、今、男の人が乗ったよ、走ってきたの」
「え、あら、ほんと」

「どうして、駅から乗らないの」
「どうしてでしょうねぇ」

座席に立ち上がろうとしかける子供を座りなおさせて、足をお行儀よく伸ばそうとしながら、母親も首をひねって窓の外を眺めた。

ウルルカの駅から数分走ったこの辺りは丘陵地に差し掛かる。上り坂だ。
トラムミスは速度を落とし、車窓からは線路脇に生えている白い花の数が数えられるくらいになっていた。
子供の言った若い男とは別にもう一人、続けて車両と車両の間の部分に走りながら手をかける男が見えた。母親はここから飛び乗ってくる客があるんだと、感心したように車窓から見える新たな乗客を眺めた。

車掌も承知のようで、乗り込んできた男に声をかけている。

先に飛び乗ってきた若い男はキップを車掌に渡すと、車両入口をガラガラと開くと通路をきょろきょろ見回しながら歩いてきた。

子供が「飛び乗った!」と声をかけたので、男はにっこりと笑った。

「こんにちは」
微笑む顔が予想以上に若かったために声をかけた子供も自然と呼び分ける。
「お兄ちゃん、飛び乗ったの?」
「うん、そうだよ」
「すごい!」

男というよりまだ少年と呼んでもいい。

明るい海のような不思議な色の瞳で、彼はにっこりと微笑んだ。女の子の頭を軽くなでると前方へと歩いていく。
「ばいばい!」
手を振る子供に応えるように振り返ると、小さく手を振った。


がたがたと揺れて滑り落ちそうになる女の子を母親が支える。
客席はほとんど満席だった。立ったままの客もいる。まだ昼前だというのに人々は車内の振動と騒音に疲れたようにただ揺られている。列車が揺れるたびにつり革にもたれて、皆同じように傾く。

先ほどの少年は列車の揺れなど気にならないようで、まっすぐ歩いて車両の一番前までいくとそこで立ち止まった。不思議とその後姿が母親の印象に残った。
波に揺られる海草のような人の柱の中を一人緩やかにすり抜ける。


客席の一番前、すべての人々に背を向けて立つとタースは小さくため息をついた。

帽子をまた深くかぶりなおす。

視線も合わせずすれ違ったシーガ。
嬉しそうに笑っていたミキーを振り払ってきた。

二度と会えないだろう。


バッグから新聞を取り出す。揺れる手の中でリックが笑っている。

国境の街カヌイエで降りる。そして、国境を越える。

「君」

騒音に紛れる声は聞き覚えがあった。
「タース君」

振り向くと、四十くらいの少し恰幅のいい男が茶の帽子を取った。額に噴出す汗をハンカチで拭いている。ダルクだった。
「ダルクさん!」
「やあ。奇遇、だねぇ」
よほど必至に走ったようだ。まだ、息が切れている。無理に笑おうとしているのがよく分かった。

「向こうの車両に、乗っていたんだ、けどね、君が飛び乗ってきたのが、見えてね。どうせなら、一緒にと思って、追いかけてきたんだ」

「……何処へ、行くんですか」
隣の車両から来たとは思えなかった。僕を追いかけて、飛び乗ってきたのではないか。タースはそう思った。

「いやぁ、暑いねぇ、ここ」
はぐらかすから、もう一度行き先を訪ねてみる。
「取材ですか?どちらへ?」

「君は何処へ?」
タースの質問に答えるつもりはないらしい。大きな手でしっかりタースの肩を掴んでいた。
「……カヌイエへ行きます」
「ふうん、奇遇だね。私もそうなんだ。楽しい旅になりそうだね」
「……はあ」


次の駅で乗客が何人か降りたので、タースは空いた席に座った。当然のようにダルクは隣に陣取った。

走ってきた疲れがいえたのか、新聞記者はどんどん饒舌になっていく。
出身地の話から初恋の話、新聞社に入社したときの話。
そのどれもタースは半分聞き流しながらじっとしていた。
ダルクに目的があるならいずれ分かるだろう。

「国境を越えたことはあるかい?」

途切れた会話の後。つぶやくように言った男の言葉に、タースは息を止める。

「ないんだろう?いろいろとね、面倒なんだよ。教えてほしければついてくるといい」
ダルクの目が細くなる。
「ま、とりあえず、国境の街カヌイエで一泊だね。ほら、そろそろ昼だ。終点まではまだ時間がかかるからね」
ダルクは持っていた大きなバッグから、何かごそごそと引っ張り出した。

「あ」
タースが腹を押さえた。

「ふん、どうせそんなことだろうと思った。ほら、バスフルだ、ハムかチーズか、どっちがいい?」

男が取り出したボールのような形の揚げパンは、ウルルカの名物「バスフル」だ。

バターを使ってあげているから香ばしい香りがする。中に入ったポテトと和えたチーズやハムが程よい塩分を与えている。
周りの皮がサクサクとして中はホックリしたジャガイモ。まだ温かいようだ、ぷんとコショウとバターの香りが漂う。

膝の上に無造作に置かれたそれを、唾を飲み込みながらタースは見つめた。

両手でやっと納まるくらいのバスフルは食べ応えのありそうな重みを膝に感じさせている。紙に包まれただけのそれは膝に温かい。

「遠慮はいらんよ。お礼だ。ほら、あの時のさ。君の言ったことは本当だった」
ダルクの大きな手がタースの手をとり、揚げパンの包みを持たせた。

親友の山猫の話だろう。
タースはいただくことにした。
正直、朝からサンドウィッチを半分しか食べていなかった。

「こいつも、上手いんだ」
タースが夢中でパンにかぶりつくと、脇でダルクは紅茶の入ったビンを掲げて見せた。
紅茶には赤いジャムが溶けている。軽くふって混ぜると、コルクをすぽっと抜いた。
甘い香りが広がる。


「美味しい…」
ほんのり甘みのある紅茶を飲み干すと、タースはため息のようにつぶやいた。
「あっという間だな、お前いくつだ?育ち盛りってとこか」
笑われてタースは少し照れくさくなる。
「十五なんだ」
「十五か、それにしてはちいっとやせてるな」
ビンを丁寧に布の袋に戻して、ダルクは前を向いたまま言った。

自分でどのくらいが標準なのかがわからないから、タースは黙っている。やせているのだとして理由を問われても困るし、不自由ではないからたいして興味もない。
けれど少年にとって食べることは重要だから、施しを受ければ無視するわけにもいかなかった。

「ダルクさんはいくつなの」
「おいおい、話を聞いてなかったのかい?ミドルスクールを出て新聞記者をもう三十年つっただろう?」
「あ、そうか。じゃあ、四十過ぎのおじさんだ」
「おじ、まあ、いいんだ、いいんだ」

「結婚してるの?子供は?」
「だからお前、さっきまで腹がへって耳まで塞がれてたってのか?」
「ごめん、ごめん、結婚してないって言ってたかな…」
「恋人はいるんだぜ、恋人は」
「そんなに、そこ、強調しなくても」
タースは笑った。

四十過ぎの男はタースから見れば十分おじさんだったが、一言一言表情を変えて話すダルクは幼稚さを感じさせて面白かった。ずっと無表情なシーガのそばにいたからか、くるくる変わる男の表情がとても人間臭く感じた。

「お前はいるのか?この間のあの子か」
息を吸いかけて止めて、タースは肩を落とした。
「なんだよ、おい、ふられたのか」
タースは首を横に振った。

「そういや、お前一人で国境を越えるのか?あの連れはどうしたんだ?」
「それはもういいよ」
「なんだふてくされて。喧嘩でもしたのか」
「違うよ!放っておいて……!?」

何かがきしんだ。

相変わらず客車には機関車の車輪の音、蒸気の音、振動で窓の揺れる音がにぎやかだったが、タースは顔をあげて周りを見た。

つり革につかまり振動に耐える人々と目が合う。

先ほどまでにぎやかだった二人には、多少迷惑そうな視線も交えて注目が集まっていた。

「今…」
「なんだ?どうしたんだ?」

軋んだ。

そう、タースには聞こえた。

機関車の音は慣れている。その音の中に混じる何か違うもの。

それを聞き分けて初めて一人前の機械工だ。親方ほどではないにしても、タースは「違う音」を聞くことが出来た。

足もとからだ。


「ダルクさん、今、何か……」

不意に大きく視界が揺れた。

「!地震だ」
同時にタースは音と想像が合致した。


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「想うものの欠片」第五話 ②



タースはティエンザであった大きな地震のときに、トラムがどうなったかを親方から聞いていた。

それと、音と想像がぴたりとはまる。

「脱線するよ!みんなどこかに掴まって!!」


少年が叫んだときには既に、地震であることは皆が理解していた。

足元がおぼつかない人々が必死でつり革を両手で掴む。

悲鳴。

ブレーキの音。


地震で線路が歪む。
車輪が外れて、脱線する。

タースは音のした方角、機関車の揺れ、客車の傾きから判断した。

「左に倒れるよ!みんなこっちに!!」

進行方向に向かって右側の座席にいたタースは、先ほどの親子を助けようと、手を伸ばした。

女の子が泣くのもかまわず抱き上げて、窓側に背を向けてつり革の支柱を握り締めた。

ダルクは母親の手を引いて、同じようにしがみ付いている。


ブレーキのために幾人かが転び、そのまま前方に流されるかのように投げ出される。

悲鳴。

ゆっくりと、しかし抗うまもなく天地が変わり、タースは引きちぎられそうな腕をさらに深く支柱に絡め力を込める。

重力があらぬ方向からかかる。

ガン、という衝撃と同時に、客車が横倒しになった。



圧倒的な力に揺さぶられるように人々はその一瞬を迎えた。








シュー。

蒸気が、漏れる音。

何の煙だろうか、白く濁った視界にタースは瞬きした。
腕の中で、何かが動いた。


「あ、いて……」
割れたガラスが腕や背にかかっている。差し込む日の光が反射した。
「う、うう」
小さく女の子がうめいた。

「ま、待って、今起こしてあげるから、動いちゃダメだ。ほら、ガラスが落ちていて危ないから」

そう語りかけ、タースはそっと体を起こした。ガラスの破片が少女にかからないように、注意深く。

あちこちが痛んだが、擦り傷と切り傷。軽症で済んだようだ。

「おか、お母さん」
女の子がタースの座り込む左側に手を伸ばす。

見ると、ちょうど彼女の母親が頭を振ったところだった。
「大丈夫ですか」
タースの問いに、頷いた。

「ダルクさん?」
間に転がっているひしゃげた窓枠とちぎれたつり革、そこにしがみ付いていた男性は伏せたまま動かない。よく見ればダルクではない。

「うー」
その向こうに、今は壁となった天井にもたれてダルクが座り込んでいた。
「う、はあ。何とか、生きてる」
「出よう!」

タースはホッとして見上げた。

客車の側面は今や床と化し、人や荷物、つぶれた座席で埋まっていた。

両側は天井だった場所と床だった場所。出るなら上に見える窓枠からだ。
日が差し込んで、幸いすぐに外に出られそうだった。


「しかし、なんとも…こんなことになるとは」
ダルクが立ち上がった。
見回して自分の荷物を引っ張り出す。
一緒に転がっていたタースのバッグも拾ってくれた。


タースが先によじ登ってガラスの破片を蹴り落として通路を確保する。

次に下からダルクが支えて母親が登る。タースが手を伸ばして母親を登らせた。
その後にダルクの抱き上げた少女を母親が抱き上げる。
そして最後にダルクが自力でよじ登る。

「おれも」
客車内で立ち上がった男が眩しそうに見上げて手を伸ばした。

「ダルクさん、二人を離れたところに。炉がいつ爆発するかわからないから。早く」
「タース、お前は」

「一人助けるよ、そしたらその人が次の人を助ける。僕一人で全員は無理だから」
笑った少年の肩をぽんと叩いて、ダルクはウインクする。
「気をつけろよ」
「大丈夫」


タースは、先ほどの男性に声をかけた。
「けが人で動けない人を先に助けてもらえますか」

上から見ると無残な車内が見渡せた。

立ち上がった男の隣に、座り込んで腕を押さえている女性がいた。引き上げてあげれば自力で歩けそうに見える。きっと、恐怖で動けなくなっているんだ。

足元の窓枠がぎしぎしと軋むが、二人分くらいは支えられると踏みしめて確かめる。

「オレを先に助けてくれ!」
ひげ面の男は伸ばしたタースの手を無理やり掴んだ。

「うわ、ちょっと、そのそこの女の人から、ああ、危ない!」

強引にまるでロープにしがみつくように登ろうとする男を、仕方なく引き上げた。
体を支える腕が、先日の怪我で痛んだ。

男は自らの足が窓枠にかかると、今度はタースを押しのけるようにしてよじ登り、さっさと飛び降りて逃げ出した。

「おい、タース!早くしろ!なんか、すごい燃えてるぞ!」
むき出しになった車輪の脇に立ったダルクが、タースを押しのけた男を睨みつけながら怒鳴った。


風が前髪をなでた。


見ると機関車は炉から出たのだろう、炎に包まれて真っ黒な煙を吐いていた。機関士は絶望的だろう。


ふわと巻いた風に黒い煙が帯のようにはためく。
一瞬、苦い煙を吸い込みかけてむせた。

助けて。
なにか、そう、女性の声だ。
振り返って再び車内を見下ろす。

客車の中、女性が手を伸ばした。その後ろ、夫婦なのだろう男性が女性を支える。
「大丈夫、つかまって」
男性もよじ登ってきた。

「急いでください!」
「ありがとう」
女性はタースをぎゅと抱きしめると、香水のにおいを残して先に下りた夫の伸ばす手の方に向かう。

「タース!何やってんだ、もう十分だ!早くしろよ!もう、街の警備隊が来たぜ、すぐに軍も来る!後はあいつらに任せろよ!」

ダルクの声にタースは遠く、炎の上がる街並みを見つめた。

列車が脱線したのは幸い畑の広がる丘陵地。
周囲に建物もなく、列車がなぎ払った麦の穂があちこちに散乱していた。遠く見える白い家々も地震のために崩れていたり、煙を上げている。

警備隊が来ているようには見えなかったが、さすがに、タース一人で何とかなるものでもなかった。頭を振って起き上がった数人に、ここから外に出られるよ、と声をかけると横になった車軸を伝って下に降りる。


淡い昼下がりの空にはあちこちから昇る煙が黒い幕を引き始めていた。


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プロフィール

らんらら

Author:らんらら
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