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「想うものの欠片」第五話 ③




列車から街へと向かう客たちの列がとぼとぼと畑をぬって進む。
タースたちもその中にいた。

「しかし、お前が掴まれって言わなかったら俺は生きてなかったぜ」

ダルクはまだ、軽い興奮状態から抜け出せずにいる。

いつの間にか自分のことを俺と言っているのにも気付かない。荷物から取り出したカメラがダメだったために、手にしたノートに盛んに絵を描いていた。記事にするつもりなのだろう。

「何で分かったんだ?」
「ん、僕、少し前まで機関車の整備士をしてたんだ。だから、機関車の異常音はよく分かるから」

「へぇ、なるほどなぁ。その歳だ、いい親方にでも付いたか」
感心するダルクは鉛筆を持つ手で誇りまみれの頭をかいた。

「うん、セルパさんって言って、ライト公領で一番大きな工場で親方をしてるんだよ。いい人なんだ。女将さんの料理も美味しかった」
いくつかの思い出がよみがえる。

「お前なら気に入られていただろ、辞めた時には淋しがられなかったかい?」
「え…」
悪気無く話す男に、タースは言葉を詰まらせた。

「なんだ、あの女の子といい、親方といい、お前楽しい別れじゃないんだなぁ」
楽しい別れ、そんな言葉聞いたこともなかった。
タースが黙っていると男は続けた。

「ものは考えようだぜ?人間生きてりゃ、またどっかで会えるさ。この世の中案外狭いもんなのさ。ほら、オレだってお前と再会しただろう?喧嘩したって、時間がたてば気も変わるさ」
「……迷惑だから」

「ん?なんだ、慰めはお節介か?」
「違うよ。僕がそばにいると迷惑だから」

「お前大人を信用しろよ。子供の一人二人面倒見られるんだぜ。それにお前はいい奴じゃないか」
「違う!僕は許されちゃいけない存在なんだ、だから」
そこまで言ってタースは気付いた。

先ほどからダルクはタースの肩に手を回している。すぐ横からじっと、表情を見られていた。逆にタースからは背後の高い位置にある男の表情は分からない。
「……お前は何者なんだ?」
耳元でささやかれたからではない、低く静かな声に背筋が震えた。
離れようとした時には既に、がっしりと捕まえられていた。


「手配されてるだろ?何でだ?知ってるのか、お前の捕獲に一万の賞金が付く」
「い、一万?」
歩みを止めかかるタースをダルクは引きずるように歩かせた。
「教えてくれ。理由を。そうすれば手助けしてやる」

一万…、銀貨一万なんて想像できない。
タースは混乱した。

指名手配とは聞いていたが、賞金のことは知らない。シーガは知っていたのだろうか。

「どんな手配書か見たくないか?なぜ追われるのか教えてくれれば見せてやる」
ダルクの腕に力がこもる。
タースは息を吐いた。

「…僕」


「人を殺したんだ」


ダルクが強張ったのが分かる。
「…だから」
「嘘つくな」
「……」

うつむいて黙り込んだタースを見て、ダルクは眉をしかめた。

「言うつもりがないってことか…?まだ、人殺しだと思われたほうがいいってことか?」
少年は視線を地面に落としたまま、口をつぐんだ。
ダルクには少年が人殺しには見えなかった。それどころか、指名手配される必要がある自体理解できない。

銀聖シーガは政情に影響すると言っていた。だがタースはごく普通の、いや、それ以上にまともな少年に見える。理由を知りたかった。

これ以上問い詰めても応える気はないのだろう。タースは全身を強張らせたまま、うつむいて歩く。



「お、見ろよ、乗合馬車だ。俺たちも便乗しよう。ここからカヌイエまで歩くんじゃ、たまったもんじゃない」
不意にダルクが話を変えるのでタースは引かれるまま、前方に見える広場を見つめた。

周囲の家は崩れたレンガ塀や落ちた屋根瓦を小道に散乱させていた。
それをよけながら、トラムの客たちは列になって歩いていた。小さな村の教会の前は、広場になっていて、非難してきた人でごった返していた。

その中、二頭立て四輪の乗合馬車が人に囲まれている。人々の興奮を感じ取ったのか馬は苛立って何度も鼻を鳴らす。車掌は次の到着もあるから安心してくれと声を張り上げる。

車掌のまん前に先ほどの髭の男が立っていて、今にも車掌の胸倉を掴みそうな勢いだ。乗せろ、乗せないの押し問答のようだ。人々は距離を開けて、遠巻きに二人を眺めている。治安を護る軍兵も今はいない。

「おいおい、悪いな、通してくれ」
ダルクは愛想の良い笑顔を浮かべながらタースを引いたまま、人ごみを掻き分けた。
さっきはありがとうと、幾人かがタースに笑いかける。
あの女の子がタースの袖を引いた。
「お兄ちゃん、英雄だって」
「え?」
「ママが言ったの!助けてくれたの、ママも、おじさんもたくさん」
女の子の丸い瞳から視線を上げると、母親が恥ずかしそうに笑っていた。
「本当にありがとうございました。あなたが知らせてくれなかったら、私たち生き残ることが出来なかったわ」
「そうだ、ありがとうな、ボウズ」

女性と一緒に避難した男性が車掌ともめる男の後ろで、列に並んでいた。女性も腕に布を巻きつけているものの、それほどひどい怪我でもなかったようだ。顔色もいい。
「良かったね、たいしたことなくて」
照れくさそうにタースは笑う。その淡い海の色の瞳は不思議と人懐こい印象を与えた。


「すまん、急いでるんだが、空きはあるかい」
ダルクの問いに男性は困ったように肩をすくめて見せた。
「あと、二人なんだ。この男性が乗ると私たちは乗れないからあきらめるつもりなんだが、どうも、もめていて」

「そうか、困ったなぁ、急いでるんだ、譲ってもらえないかい」
ダルクが穏やかな笑みを浮かべて男に頼み込む。
言っていることは随分図々しいのだが、ダルクは平気な顔で続けた。
「ボウヤのお母さんが病気なんだ。カヌイエに入院していてね」
「え」
反論しかけたタースの背中をダルクはドンと叩く。
舌をかみそうになって、タースは黙った。
「そうかい、そりゃ心配だ。いいよ、譲るよ。けど、その男が乗るとなると……」


「だから、金は後で払うって言ってるだろ!」
髭の男は強引に乗り込もうとしている。
「だめですよ!こっちだって商売だ、おい、あんたいい加減にしないか!」
車掌はでっぷり太った腹を突き出して、男と向きあう。
「車掌さん、これ、そっちのボウヤと二人だ」
髭の男の背後から手を伸ばして、ダルクは銀貨を一枚車掌に渡すと、タースの背を押して先に馬車に乗せようとする。

「!お前、お前らが邪魔したから俺は荷物を取ってこれなかったんだ」
髭の男がタースの腕を掴んだ。

と、鈍い音がして髭の男は地面に転がっていた。
ダルクが殴り飛ばしたのだ。

「てめえ、いい加減にしろ!助けてもらったくせになんだそりゃ!」
タースは鼻を押さえて呻く男を見下ろしながら、馬車に乗り込んだ。

広場で見ていた人々が口笛を吹いてひやかした。

ダルクは窓から体を半分出すと喝采に応えるように帽子を持った手を振った。
「ほれ、お前も」
背を叩かれて、タースは窓の外を見た。

あの少女と母親がニコニコしながら手をふっていた。
小さく手を振って応える。

車掌はカヌイエから電報で依頼するから、明日の朝には全員を運べるだけの乗合馬車を用意すると約束した。

広場に残った人々は村の教会で一晩休むことになりそうだった。


「よかったのかな、もっと急ぎの人とか」
「お人よしだなぁ、お前」
ダルクが首を回して肩を上下させる。ポキと軽い音がして、男は気持ちよさそうに息を吐いた。

四十代とはいえ記者としてあちこち走り回る生活をしているためなのか、腕っ節には覚えがあるようだった。上着を脱いだむき出しの腕や肩は、タースではまだかなわないくらいの力強さを感じさせた。

ぽんぽんと帽子をはたくと、タースの頭に載せた。
気付けばタースは帽子をなくしていた。

「ま、どこまでいくつもりか知らんが、ついて行くぜ。こう、うずくわけだ。記者としての勘がな」

大き目の茶色の帽子のつばの向こうに、ダルクの鋭い視線が見えた。

次へ(11/03公開予定♪)
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「想うものの欠片」第五話 ④

【うわわ!?おかしい~11/3の記事で保存して、タイマー公開にしたのに!なぜか11/1に公開になってる!?らんららセットしたまま何も触ってないのに(@@;)…どういうこと?
とにかく!!公開してしまったので~。
次回は11/5です♪
でもおかしいなぁ…設定した日付以外で予約公開されるなんて…
ありえない…??】





その日にあった地震は、ウルルカから西へ八十キロほど離れた湖が震源地だった。

ライトール公国を横断する唯一の路線、トラムミスが多大な被害をこうむった。震源に近い町や村では建物が壊れ、いくつか地すべりも起こった。

シーガたちが馬車で進む街道も数箇所崩れていた。

「すごいですの」

半分塞がれた道を、瓦礫を避けるようにして軽やかに馬車は進んだ。
車窓からミキーは目を丸くして見つめている。

傍らの青年は腕を組んだまま、じっと何かを聞いているようだ。
「シーガ様?」
無視している。

「タース、大丈夫ですの?」
「ミキー。どちらにしろ、この先のカヌイエまで行かなくては、状況は分かりませんよ」

「いつものように鳥さんは来ないですの?」
シーガはムットしたまま再び目を閉じた。

鳥とは、スレイドとの連絡のための手段のことだ。伝書鳩のように手紙を運ぶ。

「タースに会いたいですの~タース、タース」
「静かにしなさい!」
珍しく怒鳴られて、ミキーは首をすくめた。

「シーガさまはタースがいないと怖いですの」
「なんですかそれは!」
「タースがいなくて怒ってますの!」
「お前がタースタースとうるさいからです!」
「ミキーも怒ってますの!」
珍しく少女は口を尖らせた。
「ミキーもタースに会いたいですの!シーガさまだけじゃないです」
「だから、私がいつ…」
言いかけて、不毛な会話になっていることに気付く。

シーガは髪をかきあげた。

「ミキー、お前が怒るのは珍しいですね」
ミキーは楽しい気持ちや愛情の塊のユルギアのはずだった。

いつもなら主要都市で必ずする服の買い物もせず、先を急いだ少女の行動を思い起こす。

「ミキーは悔しいですの!淋しいですの!帰るのと同じくらい淋しいですの!」
興奮したのか少女は白い手を握り締めたまま、何度も膝を叩く。
音もしないその動作を観察して、シーガはまた深いため息をついた。
「タースのことが好きなんですね」

愛情とは時に怒りに変化するもの。なるほどと、青年は考えていた。
「はい!」
「……タースと、行ってもよかったのですよ」
「何処にですの?」
「…いえ。何でもありません」

「お買い物ですの?今度は一緒にお洋服選びます!今は冬の毛皮が出てます!ミキー、毛皮を見る目には自信がありますの!ラビットじゃダメです、質はミンクがいいですけど、今年はフォックスが人気なのです!シーガ様も、今年こそ毛皮を着てくださいね」
今度はそれに興味を惹かれたように、ミキーはシーガにすがりつく。
興味あることになるとやけに長台詞だ。

それをいつものごとく引き剥がしながら、シーガは考えていた。

ミキーがタースを気にしておかしくなったと思ったのは気のせいだったのだろうか。

ミキーはすべてに愛される。すべてを愛する。そういう思念だった。
時には人間からゆがんだ愛情を受け取りそうになったこともある。愛情はけっして、優しく甘い姿ばかりではない。人間の愛情は慾や嫉妬、ついには憎しみにまで変わる。

愛されるあまり危険な目に合うことも多いが、そう言う輩は自己のためにミキーを独占しようとした。

タースのように愛するが故に離れようとするのは初めてのことだろう。だからこそミキーの感情を揺さぶるのかもしれない。

ミキーがタースという個人を、特別に愛するはずはない。

ユルギアのミキーに出会ったとき、シーガは持っていたウサギのぬいぐるみを使った。それに青い石を使って取り込んだとき、このような姿になるとは思わなかった。驚いたが、見た目が普通の少女でもやはり中身はユルギアのままだと感じていた。

ふと、少女の胸元の青い石を見つめた。

タースが言っていたことを思い出した。
母親の慈愛に満ちたルリアイ。
それが、ミキーにも影響を与えている。ルリアイを持ったユルギアが実体を得るように、ルリアイはユルギアに影響を与える。
母親の想いが、ミキーの中にもあるのだろうか。
ふと少女の前髪を撫でた。
「シーガ様!」

頬を真っ赤にしてミキーは青年に手を伸ばそうとばたばたとなる。

ふられる白い尻尾にまで視線を流したところでシーガは手を離した。胸元に擦り寄るクリーム色の髪を無視して、また、何か考え込むように目を閉じた。

次へ(11/5公開予定♪)
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「想うものの欠片」第五話 ⑤



地震の影響は、国境の街カヌイエでも見られた。

硬い城壁を誇るこの都市では石造りが多いため、それほど崩れた家屋は見当たらない。
しかし、大通りに並ぶ街灯が支柱ごと傾いていたり、街の水道を支える上流側のポンプ場が故障したりと、都市ならではの被害に遭っていた。
そのためか、街の中には警備隊が頻繁に見られた。

乗合馬車は街の城門をくぐると大通りをまっすぐ西へ進む。街の中心の広場まで来ると、広場の丸い池の周りをくるりと右に曲がり、トラムミスの終着駅モテノの前に停まった。
駅舎の大階段の前では、既にたくさんの乗合馬車がひしめいていて、停まってしまったトラムの代わりを果たそうと客を呼び込んでいた。

駅前広場の脇に並ぶテントの売店では、少年が号外だと叫んで新聞をふりかざす。
ダルクは馬車を降りて直ぐに、それを買った。



新聞は手書きの記事で、急ぎで作られたのだろう、枠も段もない状態でまだインクの匂いが強い。


「ふん、慌てたな、こんな記事出しやがって」

そうつぶやくと、首を傾げるタースにそれを突き出した。
たいしたことは書いてなかった。
地震が起こった時間、場所、被害は五つの都市に及んでいる、という程度のものだった。まだ、情報が集まっていないのだろう。

「各都市の支局から電報で情報が集まるのさ。この街にある各新聞社は基幹局でな。ここで記事をまとめて電報で送り返して各都市で印刷する。俺もちょいと局に顔出してくるから、お前付き合え」

「え、僕は宿を探すよ」
「局で泊まれる。コーヒーつきでしかも無料だぜ。飯くらいはおごる」
新聞社…どんなところなのか、興味がないわけでもない。今のところ、ダルクに危険は感じない。

「それにな、国境を越えたいだろ?そのためには局に来い。俺が手配してやる。ただ、名前は変えないとまずいな。そうだな。スフレにしとくか」
「へ?」
「お前は今からスフレって名前だ。好きなんだよなぁ、クリームたっぷりのスフレ」
食べ物だ。

「ダルクさん、おなかすいてるの?」
「ああ、オレンジでもいいな、ワッフル、とか」
「ジャムとか?」

「ああ、パイとか」
「甘いもの好きなんだね」
「!」

改めて傍らの少年の肩に手を置いて、ダルクはじっと見つめた。
「…なに?」
「……」

男はじっとタースを見つめていた。その視線に気付いて、タースは眉を寄せる。
「ダルクさん?」
「ツ、だな。コナツだ!」
「は?」
「名前だよ。ココナツ、のコナツ」
「…変」
「ようし、コナツ、この先だ。ほら、あの灰色の建物さ」


自分のネーミングに満足がいったのか、ダルクは足を速めた。
タースとしては納得しているわけではないが。


ライトール公国一の新聞社、ジェイル社カヌイエ支局は立派な五階建ての建物だった。
四角い灰色の石造りの建物、窓はアーチを描き下部には鉢植えの花が置けるように石の棚が張り出している。地震の後の今は、建物の真下に割れた鉢の欠片と掃き取った土の名残が路上を汚していた。

正面の玄関は、四、五段の石段になっていて、ガラスの扉を開いた先はホールになっている。正面に受付らしいカウンターがある。

広いそこの左右の壁には社長の姿だろうか額にはまった男性の大きな写真。その隣にはこの建物の完成時の写真だろう、建物の前にずらりと並んだ社員たちが笑顔を向けている。
ダルクは受付の眼鏡をかけた女性に何か話すと、タースを連れて、右奥にある階段に向かった。

きょろきょろする少年に、ダルクは自慢げに色々と話してくれた。

一階には、新聞の配布所、二階には印刷室、写真現像室。三階は記者と編集者のデスク。

四階は仮眠所と校正室。五階には支局長室と応接室、会議室があるという。

壁を伝うかすかな機械音や規則正しい活版印刷機の音。インクの匂い。
三階まで来ると少し静かになる。

ガラスの扉をぐんと押してダルクが入ると、やせ気味の男性が一人振り向いた。彼が何も言わないうちにダルクはその背中をバシバシと二回ほどと叩いた。

「よう、トモキ、なんだぁ?相変わらず顔色悪いなお前、徹夜明けか?」
「いて、痛いですよ。ダルクさん!ご無事でしたか」

室内は広く、木製のデスクが向かい合わせに三つずつ並んだ列が二つ、その列の両方を見通すように大きな机がこちらを向いていた。
トモキと呼ばれた青年以外は誰も席についてはいない。

「俺も取材行きたいってのに、昼の地震騒ぎでみんな出払ってますよ」

二人は握手を交わし、ダルクはタースを「コナツ、俺の助手見習いだ」と紹介した。
タースがぺこりと頭を下げると、トモキと呼ばれた男性はタースの肩に手を置いて直ぐそばの椅子に座らせた。ダルクはちょっと待ってろと目配せをして、一人並んだ机の間を縫うように進むと、一番奥のこちらを見て座っている髭の男に近づいていく。

「コナツ、アレがわが社の編集長。見てくれはタレ目のトドみたいだけどね、記事を見る目は厳しいのさ」
トモキはコーヒーを出してくれながら笑った。

「トモキさんも記者なの?」
タースの質問に二十代前半と見られる青年は、嬉しそうに笑った。記者というには少し、か弱い印象だった。確かに青白い顔で、疲れのせいなのか目もくぼんでいる。

図書館のレンドルさんよりずっとユルギアに見える。そんなことを言ったら気分を悪くするだろうからタースはただ黙っていた。

「まだ、駆け出しだけどね。文化部は地味でね。この間、初めて俺の記事が三面を飾ったんだ。ほら、これさ」
嬉しそうに新聞を渡してくれた。

「!?これ、あの。ティエンザの大学の記事!?」
「ああ、そうさ。読んでくれたのかい?」

リックの載っている記事だ。
タースはバックから、持っていた新聞を取り出して見せた。

「お、嬉しいなあ!」
「うん、興味があって。すごいよね、新しい技術がどんどん開発されてるんだ。ティエンザの大学って、こっちとは全然違うね」
「そうか、そうか。このクッキーも食べるかい」
「うん」

「この新しい発明って奴がさ、すごいんだよ。特別な鉱石を使うんだ。貴重な石でね。俺も見せてもらったんだけど、なんていうかものすごく力があるんだよ」
「力?」

青年は少し高い柔らかな声で嬉しそうに矢継ぎ早に言葉をつむぐ。
宙に親指と人差し指で丸を作って見せるとそれをタースの目の高さに掲げた。タースもその輪をじっと見つめる。



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「想うものの欠片」 第五話⑥



「ああ、そうなんだ。赤い石でね、見えない力を空中に放っているらしくて、触ろうもんなら手が腐って落ちるって話なんだ。信じられないだろ?けどね、その石を置いた鉢植えの花があっという間に黒くしおれたのを見て僕は信じたんだ」

「花が?」
「ああ、動物でも同じらしい。あの大学ではその研究をしていて、偶然、その石を炉に入れるとものすごい熱が出ることを知った。それをね、蒸気発電機に利用するんだ。すごいんだよ、鉄だって解けるような高温になる。製鉄業界でも注目されてる」

「ふうん。僕、見に行きたい」
ふわりと香るコーヒーに目を細めながらタースは笑った。

「誰でも見られるもんじゃないんだよ。俺だって、取材するのに何ヶ月も準備が必要だった。教授に信用されて初めて記事の掲載を許されたんだよ」

自慢げに語る青年記者は、つんと鼻を上向かせる。やせているものの瞳に宿るいたずらっ子のような光は記者としての自信にあふれていた。

「ふうん。かっこいいなぁ」

リックに会ってみたいと思っていたのだが、難しいだろうか、タースはそんなことを考えていた。この人にお願いすれば、あるいは紹介状くらい書いてもらえるかもしれない。

「おい、コナツ」
ダルクの声がした。

ああ、ダルクさんになら、トモキさんも紹介状を書いてくれるだろう。ダルクに頼んでみようか。

「呼んでるよ?」

言われて、タースは新聞記事から顔をあげた。

「コナツ」
コナツ、がどうもぴんとこない。

「あ、はい。ご馳走様です!」
借りていた新聞をトモキに返すとコーヒーのカップを木製の机にとんと置いた。手招きしているダルクのほうへと歩いていく。


「紹介します、こいつがコナツ」
太った編集長は上から下まで眺めると、タースに笑いかけた。
「よ、よろしくお願いします」
ダルクに押されるまま頭を下げると、編集長は髭を撫でる手を止めた。

「うん、ま、いいだろう。その代わりダルク、お前が責任持てよ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
何がアリガトウなのか分からず、それでもダルクが目を三角にしているのでまねて挨拶した。


部屋を出て廊下を歩きながら、ダルクが説明した。
「いいか、国境を越えるには理由が必要なんだ」
「理由…」
「今俺がジェイル社の記者証を頼んでおいたんだ。俺の助手としてな。それがないと、国境は越えられない。数時間後には出来上がるはずだ。後はお前の身分証だ」
つまり、一応タースは見習いとして雇われたことになったらしい。


薄暗い廊下の奥の木の扉を開くと、そこはカーテンを引いた窓、低い天井、マットだけの寝台が四つ並んでいた。

「ここは仮眠室だ。静かにしろよ。ま、今はみんな地震のことで走り回っているから、眠ってる奴なんかいないがな」
薄暗い中ランプに火を灯した。

「電気じゃないの?」
「社内は災害に備えてあるのさ。自家発電機で印刷機は動いているがな、余計なところで電気は使わない」
「ふうん」
「で、タース、身分証かせよ、細工してやるから」

「あ、ええと」
「何、名前だけちょいと変えるだけさ」
差し出された男の手を見て、タースはため息をついた。

「ええと、ないんだ」

「隠す必要ないだろ」
「だから、僕、持ってない」
「ん?」

上目遣いに見上げるタースと、差し出した手を引っ込めることも出来すにダルクが黙った。

生まれたときに戸籍をとり、その時に発行された身分証が誰にでもあるはずだった。少なくとも、この大陸に住むものは皆、持っている。
「…なくしたのか?」

紛失したのなら、手続きは面倒だが、役所の台帳と照合して再発行もされるはずだ。そう思いつつダルクは確認する。
タースは首を横に振った。

「最初からない」

身分証など見たこともなかった。それがないと雇ってくれないところもあった。
どこか、大都市なら偽造する闇の店があるらしいけれど、タースがその代金を払えるはずもなかった。

「お前、何者だ?」


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「想うものの欠片」第五話 ⑦

7

タースが黙り込むと、ダルクは大げさに手振りもつけてため息を吐いた。
「ようし、言うつもりはないってんだな」
「…」

「俺がここまで親切にしてやってるのに、疑ってるってわけか」
「…」
「仕方ないな」

ダルクはタースが持っていた荷物を取るとあいている寝台の一つの脇に置いた。

寝台は一つ一つ、天井に着いたレールで囲うようにカーテンが引かれるようになっている。一番隅のそこにタースを引っ張ってくると、座らせた。

「お前が何を隠すのかは分からん。だが、人殺しだなんて嘘は止めとけ」

座ったタースに視線を合わせるように正面にしゃがむと、ダルクはタースの両手を握り締めた。

「お前は悪い奴じゃない。それに、いいか。あの手配書。ありゃ、ただの犯罪者を追いかけるもんじゃない。金貨一万枚。犯罪者なんかにそんな額出すとこはない」
「!?金貨?」

タースは銀貨だと思っていた。
それでも信じられないくらいの額だと思っていた。
金貨とは想像すらしなかった。何しろ金貨は銀貨の百倍の価値がある。
金貨一枚で馬が買える。機関車は金貨二百枚の代金で作られる。なぜ、そんな高額な賞金が自分にかけられているのかが、まず理解できなかった。


「あれは、新聞社と街の警備隊にだけ出された。いいか、公国軍には出回ってないんだ。ティエンザのガネルは公国を出し抜いて、お前を捕まえたい。そういうことだ」
「なんで!?」
「……聞きたいのは俺のほうだ」
「でも、僕はべつに、何も……」

混血だからといってそこまでされる理由は分からない。タースは以前、シーガが言っていた言葉を思い出した。ティエンザの教会が雑種をどう扱うのか、楽しみです…と。

ぞくりと冷たいものが背を這った。シーガなら知っているのかもしれない。
思わず自分を抱きしめようとして、手が動かないことに気付く。
「え?」

ロープだった。

両手首できっちり縛ってある。

手を握っていたはずのダルクがいつの間にか縛っていたのだ。

「ちょ、っと。これ、何?僕逃げないから…」

「お前が悪い。黙ってるだろ。だから、お前を出しに銀聖から聴くしかないってわけだ。悪いが協力しろ。あいつならお前の知らないことまできっと知っている」
「ぎんせい?うわ?」

両足首を持ち上げられて、勢いで寝台に転がる。

「わ、止めろ!放せ!」

両足首もぐるぐると縛られた。

すっかり芋虫状態で寝台に横たわる。

少しかび臭いシーツがむき出しの腕に擦れる。立ち上がったダルクはタオルを両手に持っていた。

「ぎんせいってなに?放せって、ダ……」
白いそれが目前に迫って、タースは精一杯体をよじる。

が、頭を押さえつけられるとどうしようもなくなった。
タオルで口もふさがれた。

タースの抗議はもごもごとしか聞こえない。

「銀聖、知らないのか?お前が一緒にいただろう?銀聖シーガ。実体は知らないがな。大陸中の教会が特別扱いする。噂じゃどんなユルギアも退治するって話だ。大公に可愛がられ、大陸中の諸侯がその身分と自由を保障しているという。ユルギアの存在を認めないティエンザの王ですら、その盟約に印を押した。あいつのそばにいれば余程のことがない限り安全だったはずだ」

どうして、どうしてシーガは、特別なんだ?

そう問いかけても、言葉はダルクに届かない。

「逃げられたとシーガは言っていたが……お前を庇うつもりだったのかもしれないぜ。お前も、バカだな」

ダルクはカメラを取り出してタースの姿を写真に納めると、腕を縛るロープを寝台の脚にくくりつけカーテンを引いた。

「大人しくしておけよ。仮眠しに来た奴の邪魔になるからな」
そう言葉を残して出て行った。
閉じられたカーテンの向こうでランプが消された。薄暗い中、扉がきしんで閉まると室内は静まり返った。


地震のために忙しくて、誰も仮眠しないという。例え来たとしても、閉じられたカーテンの内側をのぞく者はいない。

もぞもぞと体を動かしてみたものの息苦しくなるだけだった。

もがき疲れてタースは口元のタオルをかみ締めた。

音のない暗闇。

目が慣れてくるとカーテンのうねりが見える。
それは硬い板のように動かない。

痺れてくる手足に空気すら重くのしかかってくるように感じる。


シーガ。

何が特別なんだろう。
どうして、ティエンザの教会が僕を捕まえたいんだろう。

金貨一万枚。
家族で一生、困らずに生活できる。いや、それ以上だろう。

ダルクが欲すればそれが手に入るはずだ。

なのに突き出さず、理由を知りたいという。記者だからだろうか。
それとも、いずれ国境を越えさせてティエンザに売るとして、確実にするために下調べというつもりだろうか。いくらなんでも子供一人に金貨一万枚は度が過ぎている。怪しむのも当然だ。
騙されていないとも限らない。

密かに賞金をかけるその理由が分かれば、ダルクは有利にことを運べる。

ぐるぐると思考をめぐらせてみても、分からないことだらけだ。

そのうち疲れてタースは目を閉じた。
感覚のない手足と同様、頭の中も痺れてくるようだった。


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「想うものの欠片」第五話 ⑧


カヌイエ。
ライトール公国二十四都市の一つ。
公国の西端でもあり、国境をなす大河アバズカレズにその領土の西を舐められている。源流からほぼ一直線を描く流れは激しく、川岸の岸壁は硬い岩肌を残してすべて削り取られている。唯一この国境の川を越える橋が、キョウ・カレズ。

岸壁からなる城壁をそのまま利用した城塞都市。街中が城壁にぐるりと囲まれている。
街の北西部には領主の城がある。それは南を走る鉄道トラム・ミスも、発展著しい駅周辺も見渡すことのできる高さだ。城の隣には聖堂がある。高い鐘楼から鐘の音が夕闇の中に響いた。
重苦しい金属音は聞く人々の心を映すかのように今日は哀しみを思わせる。
地震による被災者への鎮魂歌が聖堂の中心に位置する礼拝堂からかすかに流れてくる。
厳かなその歌声とオルガンの音に災害に困憊した人々は手を休め、祈りをささげることでひと時の安らぎを得た。

風が冷たくなる。夜になると海と川からの冷気が昇り、街は急速に霧に包まれ始めた。これほど冷えるのは珍しい。地震といい、この気象といい、どこかがおかしくなっているようだ。しかし、人々は崩れた家や壊れた井戸、ひび割れて水の流れない水路の復旧に忙しく、誰もそこまで思うものはない。
傾いたガス灯は明かりがともることもなく、市街の中心はまだ早い時刻だというのに闇の中で静まり返っている。
霧が立ち込め始めると、鐘の音まで湿り気を帯びる。

ゆらりと濃い白を蹴って、霧の中一頭の白馬が走る。
御者台の傍らにかけられたランプがさながら落ちた星のように、静まった街の中心街を流れて行く。住民の住む郊外には、それでもまだ、いくつかの灯りが見て取れた。かろうじて無事だったガス灯だ。
軽やかに車輪の音をさせながら小さな馬車は青白いそこへと向かっているようだ。
城門を抜けてから馬車の後ろには一頭の馬がついてきていた。
それは闇に紛れるかのような黒。
馬の上には一人の男が乗っている。男もまた黒尽くめだ。つばの広い帽子を目深に被り、あごには髭。
静かに馬車の後に従うように走っていた。


馬車はランプの明かりでかろうじて通りを進んでいく。市街の中心から東にある昔からの商店街へと進んで行った。

「静かですの」
馬車の中で少女は雰囲気に飲まれたように声を潜ませた。
同乗する青年は返事をする気配はない。先ほどから腕を組んだままだ。
いつもどおり不機嫌。
城門で一度止められ、氏名と宿泊場所を確認された。それが、気に入らないのだ。これまでこの街に入るのに、いちいちそんなことをされた記憶はなかった。
応えなくてはならないのですか、と詰め寄った青年に、係りの男はこんなご時世ですんで、と苦笑いしただけだった。


宿のカウンターで受付をしている青年の背後でそのサインする手元を何度も覗き見しながらミキーはピクリと何かを聞き取る。ちょうど、宿の扉が開き、黒尽くめの男が入ってきた。
「スレイドさんも一緒ですの?」
肩をすくめて男はにやりと笑う。
「ご冗談をっと」
すがり付こうとする少女に、スレイドは数歩後ろに下がる。
「ちょっと待った。お相手はこいつで」
そう言って、男は何処に持っていたのか、鋼が格子状に組まれた機械を取り出した。長いそれの片側で操作すると、その機械は伸びたり縮んだりする。それにあわせて先端のアルファベットのシーの形の部分が開く。まるで、手を伸ばしたかのように見える。
不気味なそれに、思わずミキーは飛び下がった。

「なんですの?それ!」
「ティエンザで流行っているらしいんですよ、マジックハンド!こう、手で触れなくても物をつかめる、とかで…」
にゅ、と伸びてきたそれを、ミキーがじっと見ている。
少女の胸元のリボンの手前、あと少し届かないようだ。ギクシャクとした動きにスレイドも苦戦する。

「くだらないですね」
「いえいえ、シーガ様侮れないんですよコレ。腐った野菜も触らずに捨てられますしね、鍛冶屋の道具に似てますが、もっとこう、いろいろと利用できるわけで、大学の研究なんかでも重宝してるって話ですよ」
睨みつけるシーガに照準を合わせて、再びスレイドはマジックハンドを伸ばす。何か引っかかったようだ、マジックハンドは動かなくなった。

「ああ!?高かったのに!!」
「ミキー、お前は先に部屋に行っていなさい」
鍵を渡され、ミキーは首をかしげた。
「あの、シーガ様?お荷物は?私が運ぶですの?」
少女の問いに答えはない。
未だにマジックハンドを手にとって故障箇所を調べようとしているスレイドの腕をシーガが引っ張る。
「呆れますよ、スレイド。あなたには」
二人は玄関を出て行く。


「……私一人ですの?」
少女の言葉はチリンという扉の閉まる音で消される。
「ひどいですの~!!」
「お嬢さん、お荷物は私が運びますよ」
宿の主人がにこにことたるんだ頬をさらにたるませてカウンターから出てきた。
ミキーは柔らかな弧を描く髪を揺らしてにっこりと微笑んだ。
美しい少女に主人は年甲斐もなく鼓動を早めつつ、先日まで痛んだ腰のことなど忘れて大きなトランクを二つ持ち上げた。

宿の外、小さな石段の前に二人、シーガとスレイドが並んでいた。
深くなる霧に二人の姿は淡く看板の上のランプで照らされる。
「あの門番、私には何も聞きませんでしたよ」
ギシギシとマジックハンドを軋ませるスレイドの言葉に、シーガは小さく息を吐いた。
「誰かが私を探していたと言うことですか」
「ふ、大方門番に金でも握らせて、シーガ様、あなたの到着を知りたかったというところでしょう、直った!」
シーガの首もとに金属の手がのびる。顎をくすぐろうとするそれが、美しい青年によって再起不能になったのは言うまでもない。


宿の前にはまばらに立つ木立に囲まれた小さな公園がある。
この異様な寒さのせいか、散った葉が柔らかな土の上に模様を作る。闇と霧の中公園の全貌は見えない。一本だけ立つガス灯でベンチとその背後の数本の木が見て取れた。
シーガは夜の闇の中一人ベンチに座っていた。
霧が深まり、ガス灯の青白い灯りに青年の銀の髪は氷のように冷たく光る。
さら、と髪が流れ、黒い上着の襟がぱたと頬に触れた。
風が出てきたのだ。
霧がゆらりと流れ出す。
「…遅かったですね」
シーガは闇に向かって語りかけた。
「なんだ、分かってたのか」

木立の影から、ゆっくりと近づいてきたダルクは、深くかぶった帽子を直す。
「わざわざ門兵に金まで握らせて、私を待つのです、それなりに急いでいるのかと思いましたが」
「あんたがいつ来るのか確実じゃなかったんでね。で、なんでオレだと分かった?」
「……足音が先日と同じでした。過去に足を折ったことがあるでしょう。響きが違いますよ」
「おお、怖いな。さすが銀聖シーガさまだ。じゃ、オレがあんたを探していた理由は分かるかな」

そこで、目の前にたった男にシーガは初めて視線を移した。
翡翠色の瞳が男を射る。
「いいえ。タースを追っているのですか?」
「……これだ」
一枚の写真が、青年の膝の上に落とされた。
薄暗い中、それはタースが縛られている姿だ。
一瞬、青年の整った眉がピクリと動いた。


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「想うものの欠片」第五話 ⑨



「どうしても、理由を言わないんだ。大変だったぜ、急ぎで写真を現像したんだ、数年ぶりだぜ自分でやったのは」
どうも大変だったのは現像らしい。
常は会社の現像室に頼むのだがさすがにこの写真を他人に見せるわけにも行かなかった。そのため、宿にたどり着くのに時間がかかった。

「ま、今のところ無事だろうよ」
青年はじっと写真を見たまま動かない。
「あんたに教えてほしいんだ。ボウヤは何ものなんだ?」
沈黙。
「なんだ?これでも優しいんだぜ俺は。ボウヤには指一本触れてないんだぜ、もし他の奴に捕まってたら腕の一本くらいは折られても文句は言えねえよ?」
シーガは彫像になってしまったかのようだ。
「おい、どうしたんだよ?だいたいな、金貨一万、生きていればいいって話だぜ、手放したあんたが悪いだろうが」
ダルクがじれて、座ったままの青年に顔を近づけたが、青年は黙っていた。
じっと手に取った写真を眺めている。

静かな表情は何も変わっていないが、長い人差し指と中指に写真を挟むと、きらりとひるがえった。
「待てって!!」

ダルクはぐんと後ろから引かれた。
鼻先をシーガの持つ写真が薙いだ。
「な?!」
後ろから羽交い絞めにする男を振り返る。
と、こめかみにひたりと押し付けられた。

「な?なんだ?」

背後には、ひょろりと背の高い黒尽くめの男。
その男が感心したような声を上げた。

「おや、シーガ様いいものをお持ちですね」
「ポオトでもらいました。至近距離なら問題のない代物です」
先ほどから冷たい重みを伝えるそれが、銃であると知ってダルクは体をこわばらせた。


「しかし、シーガ様珍しいですねぇ。脅しや殺しは私の役目のはずでしょう?タースの居所を聞かなきゃならないのに……ああ」
そこでスレイドは言葉を切った。シーガが写真を目の前に差し出した。暗がりに、それを手にとってスレイドはじっと見つめた。

男が笑う振動がダルクの背に伝わる。
「そんなに怒らなくても。シーガ様。自分だってタースを苛めるでしょうが」
面白そうに笑うスレイドに、シーガは整った眉をひそめた。

「何も面白いことなどありません。黙りなさいスレイド」
「はいはい。ほれ、記者のだんな、死にたくなかったら案内してくださいよ」
「う、ああ、なんだ、あんたたち…」

「ダルク、とかいいましたね。ウルルカでも言いましたよ。これは国政を左右するのだと。お前にあれが捕らえられ、いずれティエンザに売られるのなら。それは多少の犠牲を払ってでも防がなくてはなりません」
「あんた、それでも聖職者かよ?」
引っ張られて、ダルクは起き上がった。
「銀聖など、勝手に呼ばれているだけです。…スレイド、お前も行くのですか?」

シーガの言葉に男は肩をすくめた。
「いけませんか?」
「…ミキーの相手をしてやって欲しいのですが」
「熱病はお断り。ボウヤに久しぶりに会いたいですしね」

シーガは黙った。
突きつけていた銃を懐にしまうときびすを返す。

「おや?シーガ様も同じじゃないですか?」
意地悪そうに目を細めて、スレイドは隣にいるダルクの背をバンバンと遠慮なく叩いた。
「いてぇな」
「くく、面白いですねぇ」
「面白くないぜ、痛いって!」
立ち止まるとシーガはちらりと背後の男二人を睨んだ。
「迎えに行きます。私から離れたことを後悔しているでしょうから」
「うははは」
今度は噴出して、スレイドはまたダルクを叩く。
ダルクはついにその手を掴んで怒鳴った。

「おいおい、なんだいあんたたち!オレの質問には一切答えないってのか?アイツはなんなんだよ?なんで国政に関わるんだよ?」

既にシーガは一人先を歩き出していた。
いつの間に呼んだのか、一頭立ての馬車が公園の木立の向こうで待っている。白い馬が鼻を鳴らした。

その後姿を見ながら、スレイドは男の背をまた、叩いた。
「タースはシデイラとライトール人との混血なのさ」
「痛いって!混血!?それは教会で禁止されて」
「大きな声を出さないで下さいよ。だから、手配されている」

「捕まえるのか?けど、逃がしただろ?ウルルカで」
ダルクの言葉にスレイドはふと笑みを消す。

「ほお?」
「なんだよ?」
「…あの人がわざとタースを自由にしたとでも?」
「違うのかよ。ボウヤは一人で出歩いてたぜ」
ふん、とダルクを押しやって歩かせながらスレイドは笑いながら息を吐いた。
「そうですか?シーガ様」

スレイドがかけた声を青年は無視している。
さらに男の声は大きくなる。
「シーガ様?ボウヤがしたいようにさせるおつもりですか?参りますよ、それは」

スレイドの尖り気味のあごとにやける口元、そして見比べるようにシーガの後姿を見ていたダルクは聞き返した。
「ボウヤのしたいように?」
「ふーん。…一人で生きていけるならそうすればいい、とでも。一見冷たいが、ありゃ、自由にさせたいんだな」

スレイドは独り言なのかダルクに語っているのか、一人頷きながら続けた。
「野良犬と一緒だな。可愛がれば懐いてしまう。だが、それでも飼うわけにはいかない。そばに置けないがどこかで幸せになっていてほしいってやつか」

都合のいい親心のようなものだろう。
それはスレイドにリュエル三世を思い出させた。

「自由にしてやったはずが、あんたが捕まえちまった。だから、放っておけなくなったんだろう」

ミーア派として、ライトール公国を守るものとして、タースの身柄は確保しておきたい。シーガもそれを承知のはずだった。
それを逃がしたというあたりから、スレイドはミーア派や自分の思惑とシーガの考えにずれが生じていることに気付いていた。

一緒に旅をするうちに情にほだされたとスレイドは見抜いている。

この無表情なシデイラの男との付き合いは長い。近いようでいて決して心のうちを見せようとしない。頑なな男だ。それがタースに対しては始めから随分感情的だった。表面に見せる態度はどうであれ、ここ最近のシーガの行動の機軸は一貫している。

タースを逃がすつもりだろう。


スレイドの視線が何か黒い影を帯びたのをダルクは感じた。

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「想うものの欠片」第五話⑩

らんららです~ごめんなさい(><)2007/11/15/08:00に修正しました!
タイマーストップしておくの忘れちゃった(TT)



10

二人に挟まれるようにして馬車に詰め込まれ、ダルクは新聞社の位置を知らせた。
観念したというより、見届けたい。興味のほうが勝っている。

動き出した馬車から、うっすら残る霧を眺める。
ダルクは頭の中を整理していた。
混血の存在を隠そうとする公国。公国側が、銀聖たちだろう。逆に密かに賞金をかけて捕らえようとするティエンザの大司教。双方ともタースを政治的に利用しようとしているのだろう。
生まれはともかく。
理不尽なこと極まりない。

タースはどこまで分かっているのか。自分の出生は分かるだろうが、賞金の理由までは知らないだろう。賞金を聞いて驚いていた。
二つの国の動向のために、少年が犠牲になろうとしている。


「しかし、男三人でこの狭い馬車ってのもなんですねぇ」
ただ車軸のきしむ音と馬の蹄だけが鳴る車内で、沈黙に耐えられなくなったかのようにスレイドが口を開いた。

「なんなら、お前は徒歩でもいいのですよ?」
「おや、ここでそういう連れないことを?」

「どこでも同じです。ユルギア嫌いのお前がよくこの馬車に乗ったと感心していますよ」
「…いるんですか」
ダルクは二人を交互に見て、首が疲れてきたところだった。

シーガの視線の先、馬車の前方。御者台は無人。それなのに馬は今丁度、通りを綺麗に曲がった。
「!?」
スレイドが懐に手を入れて何かぶつぶつと祈りらしきものを唱え始める。

「ですから、宿に残るように言ったのに」
「ああ、やだやだ、昔から意地悪で」

「なあ、あんたたち、どういう関係なんだ?」
二人のやり取りを聞きながらダルクは眉をしかめた。

「幼馴染さ」
「無関係です」

二人同時の言葉は重なってどっちがどっちか分からず、ダルクはまた首をかしげる。

「つれないですねぇ、シーガさま。同じ聖堂に育った孤児同士じゃないですか」
「…私に近寄りもしなかったくせに」
「そりゃそうですよ、あなたは特別でしたしねぇ。おい、知ってるかい。記者さんよ、この人のせいで俺はユルギア嫌いになったんだぜ」

「…」
「ほら、この人の手」

スレイドにされるまま、ダルクはシーガの手に手を重ねる。
不機嫌にシーガが睨みつけるのもお構いなしで押さえつけるとスレイドはダルクの肩を叩く。

「ほら、見えるだろ?そこ、何がいるんだ?」
ダルクはスレイドの差す方向。前方の小さな四角い窓から見える何かに気付く。
「…!?帽子を被った、爺さんが座ってる、が?」

「あー!!」

奇声を発してスレイドは座席の隅に縮こまる。
「なんだ、これ、…放すと見えない」

不思議がって手を重ね、また離す。三回目にはシーガが手を避けたのでダルクはシーガの膝に手をのせる。
「ああ?悪い…って、足でも見えるんだな」

スレイドは平然としているダルクに憮然として訴えた。

「いたいけな十五歳の私に、わざと恐ろしいユルギアを見せたんですよ!そのユルギアは私の部屋に住み着いていたんです!退治しようともせずに、怖がる私を見て笑っていたんですからね!聖女ファドナに泣きついて、部屋を変えてもらうまで二週間、一睡も出来ませんでしたよ」

シーガは面白くもなさそうに淡々と応える。
「いたいけな?十五歳なら今のタースと同じですよ?八つ年下の私を苛めていたでしょう?聖女のいないところではシディと呼んでは気味悪がってからかった。幼馴染が聞いて呆れます」

「どっちもどっちだよなぁ」
ダルクは、ポツリと言った。

懐から厚い手帳を取り出した。親友の日記を破った一枚を取り出した。
開いたそれにシーガはちらりと視線を送る。
ダルクはしばらく紙切れを眺めた末、ふと息を吐いた。

手配書だけをシーガの前に差し出した。
「これは?」
シーガは手を出しもせず、それをちらりと見つめた。

依頼主の署名にはティエンザ王国のロロテス派の紋章が打たれている。大司祭ガネルのサインだ。
「これは、すべての新聞記者に渡されたのですか?」
シーガの問いにダルクは首をかしげた。
「そりゃ、分からない。数日前、密かに机の上に他の書類に紛れるようにして入っていたんだ。金額が金額だ、皆黙り込んでこの話題を口にする奴はいない。信じる記者は半数だと思うが」

シーガは一瞬眉をしかめると腕を組んで目を閉じてしまった。

「俺はそいつはいらねえ。あの子を売るつもりはない。何なら、このまま助手として世話してやってもいい」
ダルクが狭い車内で身をよじるように座りなおしながら言った。
シーガは黙っている。

「これは私がいただいておきますよ」
スレイドは返事をしないシーガに、肯定と受け取ったのか手配書を小さく丸めだした。

「聞いてるかい。オレは一介の市民だぜ。あんた達とは違う。ボウヤをただの子供として面倒見るって言ってるんだ」
ダルクはいつの間にか親友の日記を握り締めていた。
「同情ですか……」
シーガは静かにつぶやく。その口調は淡々とし感情を汲み取るのは難しい。ダルクは顔をしかめる。

「ああ、そうさ。オレはあんたたちみたいな権力者が嫌いでね、そのために記者になったんだぜ。あの子が混血だってのは分かった。きっと苦労してきたんだろ。けど、あんたたちよりずっと、信頼できる。ああ、そうするぜ、オレは政府からも教会からも守ってみせるさ」


「くく」
笑ったのはスレイドだった。
「なんていうか、ボウヤはお人よしを引き付けるんでしょうねぇ」
「うるせえ!俺が引き取る、分かったな!」
シーガは黙ったままだ。
それが伝わったかのように、車内は静まり返った。
ただ、馬の蹄の音がカツカツと石畳をうがつ。

「…んだよ」
呻くように口を開いたのはダルクだった。

その喉もとにはナイフが突きつけられていた。
ナイフの主、スレイドはにっこりと無言で笑うと、すと得物をしまった。

ダルクは表情は平然としていたが、へばりつくようにしている背に汗を感じて黙りこんでいた。
先ほどまで怖がっていた男とは思えない。

「その程度で、守れるとは思えませんがね」
スレイドの言葉だけが、響いた。

シーガは何事もないかのようにただ、まっすぐ前を見ていた。


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「想うものの欠片」第五話⑪

11


三人を乗せた馬車が新聞社の前に到着した時、まだ、建物のあちこちに明かりが灯されていた。
スレイドがダルクを連れて建物に入っていく。
見送りながら、シーガはふと息をついた。

タースがどんな顔をするのか、青年は想像していた。
がっかりするのだろうか。
それとも、恥ずかしそうにするのだろうか。
ミキーがいれば傷薬を与えられたが。
ばかものが。記者などに関わるなど。

「もしかして、究極の照れ屋なのか?」

「何考えてるかわかんなくて気になるだろ!」


そんな言葉を吐いた人間に出会ったことはなかった。誰もがシデイラというだけで避けようとする。恐れと嫌悪感を伴った感情でシーガを見る。スレイドもシーガが聖職者の称号を受けるまで、近寄ろうとしなかった。聖女ファドナだけはシーガを特別に扱い、可愛がった。それは、かえってシーガを孤立させた。

タースはあれだけの悲しい経験をしてきて何故、まっすぐな目をしているのか。
ふと、あの晩のタースを思い出す。
母親の言葉を強く守ろうとしているのか。

「タース、お前は誰にでも優しい、素敵な男の子になってね」

母親とは、そういうものだろうか。
慈愛のルリアイ。
私に残されたあれに、母親の想いがこもっているとでも?

母親が私を愛していたとでも?

「お前は生まれてはいけなかったの」

そう言った母親の顔を、今も覚えている。
何処の誰かは知らない。私は多分、三歳くらいなのか。
母親の名は誰も教えてくれなかった。
置き去りにされるのを知りながら、追う事が出来なかった。
あの時泣いたのを最後に、涙などこぼしたことはない。
あのときの涙は、絶望の涙だった。


程なく、建物の玄関、今は灯りが消えている通用口から、二人が姿を見せた。
物思いにふけっていたシーガは顔を上げた。
少年の姿はなかった。

馬車に乗り込むスレイドは肩をすくめてみせた。
ダルクはむっすりと口を結び、座席に身を沈めた。
大人三人には狭い車内で、誰も話さないためにシーガが口を開く。

「タースはどうしたのです?」

ふ、とため息をついてスレイドが言った。
「逃がされたというんでしょうかね。この記者さんの同僚が連れて行ったようなんですよ」
「トモキは、あいつは気のいい奴だから、きっとタースをかわいそうに思ったんだろ。明日になればトモキのアパルトメントの場所を聞ける」
「今は、分からないのですか」
「事務員に聞かなきゃわかんねえよ」


それより二時間ほど前。

人の気配を感じて、タースは目を覚ました。
頬に食い込むタオルがじわりと痛んだ。
ううう、と声を出してみた。
両手で寝台を叩いてみる。

人の気配、足音も止まった。

もう一度、叩いてみた。

「なんだ、このご時世に悠長に高いびきかい?」

カーテンが開けられた。

薄暗いランプの明かりでも、逆光で誰だかわからない。
「コナツ?」

トモキだ。
「ううう!」

「待ってろ、今取ってやる、なんだ、どうしてこんなことになってるんだ?」
まず、口が開放された。
「はあ、ありがとう。トモキさん」
慌しく息を吸おうとする肺をなだめて、タースが言葉を紡ぐと、トモキは目を丸くして助け起こした。
「大丈夫かい?怪我は?」
手と足を解いてくれた。
痺れた手と足の感覚が戻るまで、青年はそっとなでてくれた。
「今、なんか持ってきてやるよ、待ってな。誰にやられたか知らないけど、今この階はオレだけから、安心しろよ」
そう笑って、肩を叩く。

「で、何があったんだ?」
温かい紅茶を痺れた手で何とか支えながら、タースは半分ほど飲み干すと、息をついた。
「…あの、ダルクさんが」
「ダルクが?なんだい。助手だって聞いたのに。喧嘩にしちゃやりすぎだろう?」
「……その」

うつむいたタースに、青年はもう一度優しく肩をなでてくれた。
「ま、いいさ。とにかく、ここにいても仕方ないだろ。家に来いよ。俺も腹ペコなんだ」
「でも、迷惑じゃ…」
「一人暮らしなんだ。いいからさ、来いよ。何があったか知らないけど、帰るところないだろ?」
タースが頷くとトモキは人懐こい目でにっこりと笑った。
年齢はシーガと同じくらいだろうか。太い眉はまっすぐだが、笑うと少し垂れて見えて、温かい色合いの茶の瞳と一緒にえも言われない優しい微笑を作る。
昼間は緊張していたからか、記事にばかり目が言っていたからか気付かなかった。
タースは頷いて、青年に支えられながら仮眠室を後にした。

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「想うものの欠片」第五話⑫

12

「済まなかったな」
小さな焚き火に手をかざして、タースは首を横に振った。
二人は街外れの林の中で暖を取っていた。
「まさか、アパートが崩れちまってるとはね、全然帰ってなかったんで、気付けなかった」
「大変ですね、トモキさん」
「ああ、でもまあ、いいんだ。どちらにしろ俺、明日ティエンザに渡るつもりだったからね。こっちに戻るくらいには何かしら片が付いているだろ。ちゃんと置手紙も残してきたしね」
「国境を越えるの?」
「ん、ああ。向こうで例の大学の取材があるのさ。なんだ、そういや興味あるって言ってたな」
タースは頷いた。
炎で海の色の瞳が濡れて輝く。
好奇心でいっぱいの少年の表情に、トモキは目を細めた。
「おいおい、俺のガキの頃を思い出すよ、嬉しそうな目してさぁ」
「え、そうかな…」
照れくさくて、火照った頬を両手で押さえた。
「コナツは俺の幼馴染に似てるよ、そいつ好きな子の話する時いつもそんな顔してた」
「何それ」
「俺がお前くらいの歳はそんなことばかり考えてた。もう、毎日女で頭が一杯なのさ。集って話せばいやらしいことばかりで。歳をごまかして女を買いに行こうとしたんだ。見つかった時には必死で走って逃げたよ」
タースは穏やかなトモキを、なにか中性的な不思議な人だと思っていたがここで印象が変わった。
やっぱり、普通の男の人だ。
「で、コナツ、お前は好きな子は?」
「!あ、ええと」
「なんだよ、赤い顔して、いるんだろ」
「あの!…会えないから。ええと、ティエンザにいるんだ。だから、その、国境を渡りたいんだ。でも、僕、身分証ないし…」
「何だ、家出かい?」
「ええと」
上目遣いでタースはトモキを見上げた。
何とかならないだろうか。
国境を越えるには身分証と記者証が必要だとダルクは言っていた。
目の前で膝を抱える優しげな青年は一瞬困った顔をしたが、太い眉を下げて笑った。
「なんとかなるさ。俺は何度も国境を越えてる、警備隊とも顔見知りなんだ。任せておけよ」
「…霧で道には迷うのに?」
「は、まあ、それはほら、たまたまだよ」
からかう少年にトモキはむせたのか、また咳き込んだ。
越えられるのかな、だとしたらリックさんに会えるかもしれない。トモキさんなら大学に入れる。
揺れる炎をぼんやりと見つめながらタースは考えていた。
ダルクさんが僕をどうしようとしたのかは分からない。
世話にはなったけど。トラムでもらったバスフルを思い出す。ぎゅ、と腹がなった。
遅い時間で店はやっていないし、トモキが近くの知り合いのところへと向かったものの、深い霧で迷ってしまい、結局ここで夜を明かすことにした。
アパートの瓦礫の中から拾ったアルミの缶に入ったミルクを焚き火で温めていた。
ひしゃげた、取っ手付きの水差しのような形の広口の缶からは、静かに湯気が立ち始めていた。
朝になれば霧は晴れるだろう。
遠く、聖堂の鐘が響く。

ざわと、林の木々が黒い葉を揺らした。
風が出てきたのかもしれない。

気付くと、トモキはまだ、咳き込んでいた。
タースは隣へ行って、その背を撫でた。
「トモキさん、大丈夫?どこか悪いの?」
「いや、大丈夫」
触れてみると青年はかなり痩せていた。タースも痩せているといわれるが、比ではない。
良くない病気にかかっているように思えて、それ以上は追求しないようにした。

「ほら、ミルク温まったから、飲む?」
タースは、炎の脇から木の枝でミルク缶をそっと引きずって出すと、器用にフタを押し上げて開いた。
ふわりと柔らかい香りが漂う。
「あ、ああ。これ、薬なんだ」
そう言ってトモキは荷物から取り出した小さな小瓶のフタを明けて、琥珀色の液体をミルクの中に注いだ。
ぷんと、アルコールの匂いが漂う。
「ん、これ、トモキさん、お酒?」
「ああ、俺、眠れなくてね。これがないと。…あ、そうか、しまった、コナツも飲むんだよね」
タースの腹がギュと鳴った。
空腹に甘いブランデーの香りは誘惑に近い。

「…ちょっとなら、その。飲めるかも」
「じゃ、いいかな。体が温まるんだ。珍しいよな、この季節にここまで冷え込むなんて」
トモキがタオルを巻きつけて缶を抱えると少し飲む。
その後に受け取ると、タースも目にしみるアルコールに驚きつつも、挑戦してみた。

苦いけれど、ミルクが甘く感じられた。これにハチミツが入っていたら美味しいのに、とタースがこぼすと「女みたいなこと言うなぁ」とトモキは笑った。
「女を酔わせるにはハチミツもいいかもな。あ、使えないな。コナツは自分が酔っちゃいそうだ」
「酔ってないよ、まだ!」
「まだ?ってそのうち酔うんだろ?だよなぁ、まだ子供だからな」
「子供じゃないよ!」
なぜだかムキになる。温かいものが腹に満たされたからか、やはり少し酔っているのか。タースにも理由は分からない。
トモキの持つ缶を横取りすると、かぶ、と大きく飲み込んだ。
むせた。
「ばかだなぁ。しかし、ダルクさんがあんなことするなんてな」
背中を軽く叩いてくれながらトモキはポツリと言った。
「あ、……うん」
「そろそろ、理由を話してくれないかな」
優しげな青年の茶色の瞳をタースはじっと見つめた。


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「想うものの欠片」第五話⑬

13

「何かダルクさんを怒らせるようなことをしたのかい?どうして縛られていたんだい?」

なんと説明したらいいだろう。
タースは迷っていた。真実は話せない。

不意にトモキがタースの首に腕を回した。

「言えないことなのかな?正直に言ってみろよ、趣味だったのか?」

「趣味!?って何言ってるんだよ!!」

タースが口を尖らせるのでトモキは面白がってその髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「だってさぁ、なんで君はダルクさんと一緒にいるんだい?世話してもらってるんだろ?そりゃ、面倒見のいい人だけどさ、理由もなく仕事を世話したりしないだろ。…もしかして、ダルクさんの趣味か!あの人なかなか結婚しないし、変な趣味なんじゃないかって社内で噂になったこともあるんだ。だから言えないんだろ!」

トモキはからかうつもりだ。笑いながらタースの髪をいじる。
思わず違うって、と笑い出しそうになるのを我慢してタースは変な顔になった。

「恋人はいるって言いふらしてるけど、僕も紹介してもらったことないしね。コナツ、可愛い顔しているしさ」

そういえばダルクはトラムの中でも恋人はいるんだ、とか言っていた。
この際、コレを利用させてもらうことにした。

「その恋人、……それ、僕のことで」
トモキが顔をあげてタースを見つめた。思わず少年は視線をそらす。

「ええと、その、僕、本当は新聞記者にしてやるからって言われて、数年前にティエンザからこっちに連れてこられて。逃げ出そうとしたら縛られたんだ」

ごめん、ダルクさん。
内心、謝りつつタースは何とか話を纏め上げる。

「あの、ティエンザに両親がいるから、だから帰りたくて」

目を見開いてトモキは黙っていた。
やっぱり、無理があったかな。

タースが何度も瞬きしてうつむくと、トモキは何を思ったのかそっと抱きしめた。
「そうか、そうだったんだ。許せないな!お前まだ十四、五だろ?まったく、あの人何考えてるんだか!立派に犯罪じゃないか!」
「あ、…うん」
「ご両親は健在なのかい?」
「分からない」


「そうか、分かった。絶対に国境を越えさせてやるよ。身分証はダルクさんに取り上げられたんだろ?それがないとどこにも行けないからな。ひどいな!」
本当に腹を立てたようで、手にした木の枝で何度も燃えている薪をとんとんと叩いた。
その炎に照らされる瞳が真剣だ。

優しい人だ。
タースは炎の温かさと、背に添えられるトモキの腕に安心して、うとうととしだした。

ミルクに入ったブランデーが効いてきたのかも知れない。


「眠くなったなら、寝ろよ。ほら、…タース」
「…うん、ありがと」

横たわると、もう、閉じた瞳を開けることが出来ない。

心地よい眠り、これほど深く眠るのはいつ以来だろう。
ああ、そういえば、セルパ親方の家でも、酔って寝ちゃったな……。


冷えかけたミルクを再び口に運んで、トモキは咳き込む。

一通り苦しんでため息とともに缶を地面に置くと、青年は自分の荷物から一枚の小さな紙を取り出した。炎に一万の数字が透けて見える。

それと、横たわるタースとを見比べた。

「…タース、ね。くくく、ダルクさんをヘンタイ扱いか。さすが、ダルクさん。鼻が利くんだな…ぷぷ、ヘンタイだけど」

我慢できずに青年は笑い出した。そのまま咳き込む。

それはぐっすり眠り込んだ少年には聞こえるはずもなかった。




その夜、再び小さな地震が起こった。
震源地に近い街や村では、眠れない夜を過ごしていた人々はびくりと仮の寝床から身を起こした。

季節外れの冷たい風に、家を失い野宿する人々は震えていた。


夜明けが近い。

「今、揺れましたね」
目の前で、ランプの揺れる明かりの中美しい青年は目を細めた。
「ああ、そう、大きくもなさそうだが」
そう応えたダルクは、数杯目の酒のグラスをあおった。

空になったそれは、テーブルに置くと乾いた音を立てた。
ちょうど、ダルクが機関車の脱線事故のくだりを話し終えたところだった。

宿の部屋だ。
二間続きの部屋で、隣の部屋ではお人形のように可愛らしい少女が枕を抱きかかえて寝息を立てていた。

ベッドはないがソファーくらいは提供できるといわれ、部屋に入り少女の存在を知ったときにはどんな趣味かと銀聖を疑ったダルクだったが、シーガと話していると少女の存在も通常かんぐられるような関係でないことが分かってきた。

二人はもう二時間ほど、ここで盛り上がりもしない会話を続けていた。
記者として経験豊富で話し好きなダルクだからこそ続く会話である。

スレイドはどうやらシーガのそばにいるとユルギアが寄って来るのだと信じているようで、決して同じ宿には泊まらないと言う。その結果、ここで二人で夜を明かしている。

これが女ならよかったのにな、と、ランプの明かりに照らされるシーガの顔を見つめながらダルクが妄想する。

言葉少なく、語ろうとはしないシーガの相手はさすがに疲れてきていた。眠気もあったため余震にもどこか危機感のない反応を示したのだ。
まだ地震での揺れを残し、酒はビンの中で音もなく上下する。それを打ち消すように片手で取り上げるとグラスに注いだ。

「あんた、強いな」
ダルクが言った。
目の前に継ぎ足される酒を見つめながら、シーガはそ知らぬ顔でつまみにしていたチーズを口に運んだ。
セミハードのそれは、かじりつくとほろりと崩れ濃い香りと塩分、山羊の乳の獣臭いコクが舌を刺激した。

「タースともこうやって飲むのか?」
タースの話題になるとシーガは目を細める。
それは二回目にダルクが気付いたことだ。

「さあ。タースはワインすら飲めないようでしたよ。直ぐに赤くなって、眠くなるようです」
「ふん。まだ、子供だな」
「ええ」

「…あんた、本当は助けたいんじゃないのか?」


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「想うものの欠片」第五話⑭

シーガの想い。やっと、描けます~。ちょっと長いけれど…

14

ダルクの言葉にシーガのグラスを運ぶ手が一瞬止まった。

この場にスレイドがいれば、ふふんと面白そうに笑ったのかもしれない。
いや、彼がいればシーガがそんな態度を見せることもなかっただろうが。

「混血ってだけで国政だの戦争だのに巻き込まれるのは、あんまりだろ」
氷のなくなったグラスをぐるぐると揺らす。
くせなのだろう。盛んにダルクはグラスを揺らし、中身を回すようにして眺める。

「あんたたちさえ見なかったことにすれば、俺はアイツを助けてやる。本物じゃなくても身分証を用意してやる方法も知ってる。手配書やら国の指名手配やら、そんなもんはなんとでもなる。逃げ切って見せるさ。なあ銀聖さんよ。あんたも、本当はそれを望んでいるんじゃないのか?」


シーガは長い睫を伏せた。
「そのために俺をこの部屋に呼んだんだろ。あのスレイドって奴には話せないこともあるんだろう?」

ダルクはシーガがスレイドに感づかれないために感情を殺しているように思っていた。
確かにシデイラは無表情で陰気臭いという噂は知っている。それにしてもシーガのそれは何か意図が隠されているように感じていた。
「俺はタースを護ってやるぜ」

シーガは小さくため息をついた。
「いいでしょう。あなたの言葉に嘘がないことは分かります。私はタースを護って欲しいわけではありません。ただ自由でいて欲しいと、そう思ったのです」

「……けど、あんたの立場上はまずいんだろう?」
スレイドはそう言っていた。

「教会のミーア派としての立場です」
「あんたは気が変わったわけだ。あいつが気に入ったんだろ?」

「さあ。……私は、自由ではありません」
シーガの言葉は質問の答えにはなっていないが、ダルクはその言葉の真意を確かめたくなっていた。
銀聖と呼ばれ、世界中の教会で認知されている特別なシデイラ。確かに自由ではないだろう。ミーア派を背負っているからには、その教えに反することはできない。

「私には確かに何がしかの力はあります。それは生まれ持ったもので、なぜあるのかすら私自身分かりません。そしてなぜライトール公国、いえ教会全体で私を特別に扱おうとするのか。それすら理由を教えてはもらえません」

青年の視線は手元の琥珀色の飲み物を見つめていた。そこには自分自身、あるいは何か別のものが映っているのかもしれない。

「教えてもらえない、とは、つまり知っているものが身近にいて、しかし教えてもらえない、そう言うことかい?」
沈黙を肯定と受け止めてダルクは続けた。
「あんたは純粋なシデイラなんだろ?」
青年のまつげがちらりと伏せられた。
「さあ」

「あんたを育ててくれた親がいるだろ?そいつは教えてくれないのか?孤児だとしても、せめて拾われたときの逸話くらいあるだろ」
シーガは目の前のお人よしの男を見つめた。


静まり返った深夜。
ランプを囲む二人はそこだけ違う世界にいるかのようだ。
ダルクはふと寒気を感じる。

いや、そういえば今夜は異常に冷えたんだったと思い出し、異様な恐怖感を追い払う。
ただ寒いだけ。
そう考えてダルクは何かを振り払うように大きく伸びをした。

「……私に興味があるのですか」
ぶ、とダルクは息を吐き出した。
「なんだ、そりゃ。俺はそんな趣味はねえよ」
「いいえ、タースだけではないのですね」
「は?」
「タースは私が何を考えているのか常に知りたがっていました」

「あ、ああ、そう言う興味ね、ま、俺は記者だからな。少しでも気になったらとことん聞きたくなる性分だからな」

ダルクはふと、不思議な感覚を覚えた。

そういえば奇遇だった。タースに興味を持った。そこからシーガに出会い、以前ならけっして近づこうとしなかった教会の人間とこうして腹を割って話そうとしている。

タースはキドラのことを、いや、親友の想いを理解し同情してくれた。悪い印象じゃなかった。そのために、手配書を見たとき、気になってシーガを訪ねた。そして今がある。

タースに出会ったシーガも、まさかこうしてダルクと酒を交わし、慣れない身の上話をするとは想像もしていなかっただろう。

シーガの口調は、語ることに対する逡巡が見て取れる。

誰かに自分の気持ちを語ることなどした事がなかったのだろう。取材でいろいろな人間を見てきたダルクには、シーガのそれがひどく不器用に感じられた。
心を開く勇気が持てない。反抗期の子供のようだ。

しばらく無言で考え込んだ後、シーガは口を開いた。

「そうですね。あなたはタースとは違う。あれは、見ていてひどく苛立ちます」
「よくわかんねえな、あんたはタースのことを気に入ってるんじゃないのか?」
「素直すぎるのです」
「ん?ああ、アイツは素直だな」

「心が自由なんですよ。見ていて苛立ちます」
「…小難しいこと言うなぁ。じゃあ、あんたは自由じゃないのかい?人間考えることくらい好きにさせてもらわなきゃな。どんな状況におかれたって思想だけは自由だぜ」

「世の中に必要ない存在として忌み嫌われる。シデイラの民族が一様に無口で無表情なのはそのためです。アレは雑種だからか、平然としている。生きていくことに何の疑問も持っていないように見えます」

ダルクは目の前の青年の言わんとすることがおぼろげながら分かったように感じた。

存在を否定され忌み嫌われて生きることの空しさを、タースはまるで感じていないかのようにたくましい。容姿が一見シデイラとは違うからというのも一つの要因だ。
雑種と呼び捨てるのも、青年の妬みに近い感情が伺える。

シーガがタースを見てイライラするのは、羨ましいから。ただそれだけなのだ。
案外、可愛い性格なのかもしれない。

「あんたも恵まれているようでそうでもないんだな。そんなつまんねえ顔して。生きるのは誰でも大変だが、タースはそいつを嘆いてはいないな。…逆にあんたは死にたいとでも思っているかのようだ」

ダルクの興味はシーガに移っていた。タースの生まれや境遇は理解した。それを羨ましいと感じる青年の境遇が、どんなものであったのか。
謎の人物と目される。
銀聖シーガ。
どんな人間なのか。

シーガは足を組みなおした。

「死ねるのなら、ですね。私は多分死ねないのです。理由は分かりません。これまで、当然死ぬだろうという目に遭ってきました。何度もです」
「…そりゃ、運が良かったんだろ?」
「ええ、運がいいんですよ。常に。ありえないほどに」
そう言ってシーガは自分の胸を指差して見せた。

「今、私がここに剣を突き立てたとしましょう。偶然ですがその剣は折れるのですよ。私が炎に身を投じたとしましょう。偶然ですが豪雨が炎を消すのです」

シーガの口調に熱が帯びてきた。タースに対する想いを口にするよりずっとすらすらと話す。

それはシーガが自分自身にコレまでも何度も問いかけてきた疑問だからだ。
繰り返し考えて悩んできたことだからだ。
本人も気付かず、胸に抑えてきた感情が見えてくる。

ダルクは緩む口元をごまかそうとグラスを運ぶ。

これまでシーガは誰にも話せなかったのだろう。こうして興味を持って、耳を傾けるオトナに出会えなかった。

「…なんだそりゃ。できの悪いおとぎ話みたいだな」
「ええ、不自然ですよ。ですが。常にそうなるのです。ですから、私は忌まれても殺されない」
「…殺されそうに、なったのか?」
ダルクの鋭い言葉に青年は黙った。

は、と息を吐き出してダルクは大きく腕を突き上げて伸びをした。
「まあ、聞く必要もないがね。だいたいあんた、何で俺に話す?どうせならタースに話してやったらどうだ。あの子なら気にしてただろう?何であんたがいつも不機嫌なのか」
椅子をがたりと鳴らす男に、シーガは顔をあげた。

何故か自分でも分からないのだろうが、シーガはダルクに話したくなっていた。
ダルクは見越したように座りなおしただけで、もう一度テーブルに肘を着いた。より青年の顔に近づいて、にんまりと笑った。


「あんたは、タースを信じているんだ。で、同じようにあいつのことを信じている俺を信用したいと思ってる。だから、タースの身柄を俺に託したいと思っている。だろ?」
「…タースに私自身の話はしません。あれの背負う生き方のほうが余程、つらい」
「それでもきっとあいつはお前に同情するぜ。そういう性格だ」
「子供に同情されても情けないだけです」

「…で、俺に話してるわけだろ。人間、自分がつらかったことなんか人に話したくないもんさ。本当につらい奴ほどそうだ。たいしたことない奴ほど自慢するかのように自分を憐れむ。あんたは、タースのつらさが分かってるから言えないんだろ。俺なら聞いてやれるぜ」

シーガの頬が紅潮した。それは一瞬のことだったが、ダルクの言葉が的を得ていると感じたのだろう。
打ち明けたいと想っていることを自覚したのだ。

「…私は、自分の両親が何者なのかを探しているのです」
「ふん」
「私の記憶の中で母親らしき人物は、私に剣を向けました。多分、私が三歳くらいの頃です。それが目の前で折れたのを見て彼女は泣き崩れました。お前など、生まれなければ良かった、と」
「殺せなくて、捨てられたのか」

「そう推測しています。しかし母親が誰なのか、父親がどこにいるのか、微かな記憶では分かりません。私を育てた聖女ファドナも決して語ろうとしません。何がしかの理由があって私をシモエ教区へは送らず、手元で育てたのだと思うのです。しかしその理由を教えてもらったことはありません。何ゆえ、私にはこれほどの音や思念が聞こえるのか、不自然なほどの運が付いて回るのか」
「…ま、贅沢な悩みって思うやつも、いるかもな」

「ええ、そうですね。その力や境遇によって私はシデイラの民よりは、自由でいられるのだと、そう、最近まで思っていました」
「けど、タースに会った」
「はい。孤独で、家族もなく、これからの希望すらないはずなのに、タースは思うように泣き、笑うのです。悔しければ怒り、好きであれば好きだと伝える。自分が生きていることに何の疑問もない」

「普通はそんな疑問は持たないさ。あんたも、可哀相な人だな」
「……」
「助けたいと、思ってんだろ?指名手配なんかされちまって。あんたにしろ、俺にしろ、国を動かすことなんかできやしない。だから、あんたはあきらめて、とにかく逃げてくれることを願ったんだろ?」
「…あなたが捕まえてしまった」

「ああ、そりゃ悪かったさ。けどな、あいつ自身どうして追われるのか分かってないんじゃ、あまりにもかわいそうだろ?理不尽だろ。あんたたちに理由を聞いてな、俺は考えたんだ。……タースを、レスカリア帝国へ逃がすのはどうだ」
シーガがグラスに揺れる液体から男に移す。

「…同じことを、考えていました」


相変わらず無表情な青年に、ダルクはどうにも不器用な子供らしさを感じて笑みをこぼした。まだ二十代。ダルクから見れば子供だ。

海を隔てた遠い国、レスカリア帝国。まだあまり知られていない国だが、この国を統べる宗教の源、言葉も同じなら文化も同じだろうとダルクは推測する。
言葉が通じればタースが生きていくことはできるだろう。そしてそこならライトール公国もティエンザ王国も手が出せない。

「ティエンザからなら、飛行船がある。船もある」
「ええ、ですから、国境を越えさせようと考えていました」
シーガは荷物のトランクから、そっと丸めた書類を出した。
受け取ってダルクは目を丸くした。
「これは…」
「作らせました」
「プロだな、高かったろ?」
偽のタースの身分証を見て、ダルクは唸った。

「結局。似たようなことを考えていたんだな」
くく、とダルクが肩を震わせた。室内にかけてあった上着のポケットから、小さくたたんだ記者証を取り出して見せた。
身分証を返そうとすると、シーガは手で遮った。

「なんだよ。俺に渡せってのか?自分で渡せよ。きっと喜ぶぜ」
「…私は、この後ティエンザの首都で仕事があります。それに付き添わせて国境を越えさせるつもりです。ですが状況によっては、私は国を離れることはできません。もし情勢が悪化し戦争が始まれば聖女ファドナを放っておくことはできませんから」

「…あんたの出生の秘密を知っているかもしれないから、か?教えてくれない狸でもか?」
「それでも」
「信じてはいないんだろう?向こうは政治的な理由かもしれない、あんた自身のことを知らせないんだぜ?利用されているかもしれないだろ」
「……私にも、子供のころがあったのですよ」

育てられた。
ダルクはシーガの言わんとすることを思って肩を落とした。
信じてはいないが、裏切ることもできない。

結局、優しいのはあんたも同じか。
そうつぶやいて、ダルクは少しだけ残った酒を飲み干した。

「こいつはあんたから渡しな。タースはあんたの元を離れて、寂しそうだったぜ」

そういって書類を二枚ともテーブルに置く。シーガの返事を待たず立ち上がると、ダルクは自分の寝床に向かった。

けだるそうな足取りで仮の寝床に横たわると、男は直ぐにいびきをかき始めた。
その上下する背を、シーガは不思議な気分で見つめていた。


タースに会ったら、どんな顔をするのだろう。
何度も想像したそれを再び繰り返していた。

そうしている自分の表情がとても優しげであることに、シーガは気付いてはいなかった。



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「想うものの欠片」第五話⑮

15

タースは肩を揺すられた。
かすかに耳に届く、鳥のさえずり。
重いまぶたを開いた。
「おい、コナツ、起きろって」
コナツ……?
その名前が自分のことだと思い出して、タースは飛び起きた。
「お、っと。君、すごいな。熟睡してたよ。寝ている間にまた地震があったの気づかなかっただろう?」
呆れるように笑うトモキ。タースは少し恥ずかしくなって頭をかいた。
「ええと、その。慣れてるから」
「地震にかい?」
「あ、そうじゃないけど」
タースは野宿に慣れているとはいえない。
「変な奴だな。さて、ついて来いよ」
トモキが背についた埃を払ってくれた。
自分でも服の胸の辺りを払う。そこに陽がさした。木漏れ日を手で撫でて、タースは空を見上げた。
昨日の異様な寒さはなく眩しい青が枝の間から見え隠れする。少し風の強い朝だが天気はいい。

「どこに行くの?昨日言ってた、友達の家?」
「ん、いや。まあ、黙ってついて来いよ。いいか、何を見ても何を聞いても黙って平気な顔してろよ」
その条件は少し不公平な気がしたが、優しげに笑うトモキに悪意はないように思えた。
親切にしてもらって、その上国境を越えさせてくれるというのだ。タースはごくりとつばを飲み込んで覚悟を決める。
「うん。分かった」


林を抜け、二人がたどり着いたのは大きな石の壁だ。
大小の様々な四角い石を積み上げた壁は、ところどころ欠け日陰には苔が生えている。見上げると、ずっと続いていて、その先に何があるのか見えない。
林の木々が茂り、陰になったこの場所は静かに湿り気のある土の匂いをさせている。土蔵の奥に入ったような匂いだ。
「古いものだね。建国前からあるよね、この積み方は」
そこに目が行く少年にトモキは笑った。
「ああ、その通り。このカヌイエの街を昔から治めてた領主の城だからね」
「え!?」
驚くタースに人差し指でついておいでと示すと、蔦に埋もれている古い木の扉をギシギシと開いた。
どんどん中に入っていく。

カヌイエは過去には、一つの国だった。
ライトール公国に統一された時代には国境を護る要だった。
現在は二十四都市のひとつだ。場内を警備するのは、カヌイエの領主ムハジクの持つ私兵。彼らは家紋の波を模した紋章をつけた衣装に身を包んでいる。
ところどころに立っている彼らは、トモキもタースも見えているだろうに、何もしなかった。動きもしなければ、声をかけることもしない。
不思議に思いながらも、タースは青年の後をついていく。
古い建物を見るのが好きなので、つい、柱の上を彩る彫刻に目が行ったり、きょろきょろと見回してしまう。
トモキに遅れていることに気付いて、あわてて早足でそばに戻る。

回廊を遠めに見ながら、建物の奥へと進む。
トモキが立ち止まった扉には、両側に警備兵がいた。
初めてそこで、彼らが腰の剣に手を置いて二人の前に立った。
「候に招かれています」
トモキが言うと、二人は黙って脇にどいた。
この時代に剣のみで警備する彼らに、タースは昔ながらの騎士を想像していた。今風の服装の二人に比べ、伝統的な騎士のいでたちの彼ら。
扉の向こうの主人も、やはり伝統的な衣装に身を包んでいた。

カヌイエの領主。ムハジクだ。
六十過ぎとは思えない、ボリュームのある体躯、鍛えられている腕の筋肉。少し禿げ上がった額。意志の強そうな黒い瞳。
正面の窓の前に立っていた。
窓はカーテンが閉められていて、その深紅の背景に、浮かび上がるような白と金の服を身につけている。
「おはようございます」
トモキが挨拶すると、ムハジクはあごをさすってタースを見つめた。
「ん、誰だ、そいつは」
「はい、私の助手です。コナツといいます」
「ほお、お前も助手をもてるほどになったのか」
低い静かな声は決して褒めていない。
「はい。おかげさまで」
恭しく膝を折って礼をするトモキ。
タースも真似てみた。

高い天井、ふかふかの絨毯。昔からの調度品と広い部屋。
タースはとにかく圧倒されていた。
そのどれをみても本物で、とてもすごいものだと実感できる。
図書館で絵を眺めたときには遠い世界のもののように思っていた。その建物に今立っていて、触れようとすれば触れられるのだ。

トモキは荷物の袋から、小さな四角いものと金属で出来た機械のようなものを取り出した。
「これです」
受け取った領主は、大切そうにそれをテーブルの上に置く。
「触れては危険です、この、マジックハンドを使ってください」
トモキは機械のようなものを操作して見せた。それは、タースの興味を引いた。少し背伸びをして、少しはなれたところから二人の様子を覗き込む。
「うむ」
小さく唸ると、ムハジクはそっと箱を開いた。
金属のカチャ、という音とともに、タースはぞくりと空気が揺れるのを感じた。

二人は気付いていないのか。

箱の中身が気になったが、近寄る気分にもなれない。タースはそこにある赤い小さな石を、それが放つ禍々しい空気を感じていた。どこかで経験した感覚だと気付いていた。

「おお、美しい。吸い込まれるような赤だ」
「はい。これだけでも、大変でしたよ」
「よくやった。礼はそこに」
トモキは箱の置かれたテーブルにあった皮袋を手にとった。チャリと鳴る音。重そうに垂れる袋。それはタースに金貨を想像させた。
大切そうにそれを服の内ポケットにしまい、トモキは今だ箱の中身に見入っている領主に声をかけた。
「あの、ムハジク候。お願いがあるのです」
「なんだ」
「国境を越えるのに、少々、お力をお借りしたいと」
トモキは視線をタースに移す。

タースは慌てて姿勢を正した。
国境の街の領主は観察していた。武人らしく、まず相手の体格、骨格や筋力に意識が行く。次に視線から意志の強さ。口調から思考能力を想像し、姿勢、態度で性格を見る。最後に年齢、そして容姿。
タースの瞳の色が、珍しいものであることに気付いたのか生まれを訪ねた。
「お前はどこの街の出身だ」
「ティエンザの、ポオトです」
タースは必死に記憶をたどる。確か、セルパ親方の娘ライラが海と夕日の綺麗な街だといっていた。

「ほう、地震のことは聞いているのか?」
「はい。ですが、家に帰れず、困っていまして」
そこでトモキが助け舟を出した。
「候、コナツは家出人なんですが、地震の混乱で書類が手に入りません」

タースとの会話を邪魔されて普段のムハジク候であれば不興を買うところだが、このときは違った。候の興味は先ほどから赤い石に向いている。
面倒臭くなったのだろう、詮索を止めた。

「いいだろう。一筆書いてやる。お前は引き続き調査を」
「はい」


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「想うものの欠片」第五話⑯

16
城を出るとトモキはぐんと空に手を伸ばす。
陽が少し高くなり、遠く聖堂の鐘が鳴る。城の裏庭のような場所なのだ。
少しうす曇の空に、湿り気の多い風が吹く。
「ああ、緊張したなぁ!」
あっけらかんとした口調は、おっとりした青年そのもののようだった。けれど、ムハジク候との怪しげな取引や赤い石にタースが感じた気持ち悪さは増すばかりだ。

木戸を閉めて、タースはトモキの背中に声をかけた。
「あの、箱の中身。もしかして、ティエンザの大学で研究されてるっていう石?」
「ん、知らないほうがいいよ」

肩を上下させてほぐすと、トモキは歩き出す。タースもついていく。
隣に並んで、トモキの顔を見上げた。
嬉しそうに笑っていた。
この人の性格にあの取引はそぐわない気がしていた。初めて採用された自分の記事を誇らしげに語っていた、あのきらきらした瞳の青年。タースにはトモキの行動がふに落ちない。

「盗んだの?それで、領主に売ったんだ」
トモキは前を向いたまま応えない。
「よくないよ!」
「子供だなぁ」
「違う!体に良くないって言ったんだよ!トモキさん、言っていただろ?あの石にはすごい力があって、鉢植えの花が枯れるって!人間の体だってきっと何か起こるよ」
「大丈夫さ、ほら、何もなってないだろ」
そう言って手のひらを見せる。けれど、トモキの顔色は青ざめている。

「目に見えないけど、でも、絶対良くないよ!体の調子が悪いのも、それでだろ?」
「……もう、渡したんだ、持ってない。大丈夫さ」
「病院は?診てもらったの?ほら、咳も止まらないし、顔色」

不意に、突き飛ばされた。
よろけて、思わず脇にあった木にしがみつく。
無視して歩き続けるトモキにタースは駆け寄った。
「トモキさん!」
「分かってるさ!だから、もう、言うなよ!」
「何が?分かってないよ!体を壊すよ!」
「もう壊れてる!分かってるんだ!それ以上言うとティエンザに連れて行ってやらないぞ!」
トモキは厳しい顔をしてタースを睨んだ。

もう、壊れてる?
分かってる。

トモキの言わんとすることを理解して、タースは押し黙った。
もう、どうしようもないことだと、青年の険しい表情は語っていた。
なぜ、危険を冒してまでそんなことをしたのか。
トモキの受け取った皮袋にはきっと金貨が入っている。

生きていくために、時には無茶なことをしなければならないのは、タースも分かる。
しかし、普通に生活し、職業を持っている彼に、その金が必要だとは思えなかった。体を張って、命を賭してまで必要とする理由が。
あるのだろうけれど。

早足で歩くトモキに、それを聞くことはできなかった。

二人は国境の橋、キョウカレズの手前にある商店で朝食のパンと服をいくらか買った。
店の軒先に用意されたテーブルについて、サービスのコーヒーを飲む。

「腹ごしらえしたら、早速行くから。いいかい、コナツ。ムハジク候が書類を書いてくれてある。これで国の外に出ることができる」
タースは頷いた。

コーヒーの苦さに気が引き締まった。

国境を越える準備は整った。

第五話 了

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続きにあとがき~♪

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「思うものの欠片」第六話 ①

第六話『帰る場所』



地震から一夜明けた。
口々に地震の恐怖を語り合いながら通り過ぎる旅人を横目に見ながら、タースは国境を越える長い列に並んでいた。
目の前の青年に視線を戻す。
昨日とは違う生暖かい風にトモキの髪が揺れる。
海が近いからか、湿った空気の匂いに落ち着かない。

「大丈夫だよ、緊張しなくても」
トモキに笑われた。

「緊張なんか、してないよ。ただその、キョウ・カレズって近くで見ると大きいんだなって」
「うん、威圧感はあるよね。建国後も何度か改修されているけど、基礎は古いままだ。地震の影響があるか、専門の建築家が確認しているんだろうな。いつもならもっと早い時間から開くんだけど」
「そうなんだ」

タースはちっとも進まない列の理由を知って肩の力が抜けた。
やはり初めて国境を越えるのだ。緊張しないはずもなかった。

橋は大河を横切るために水に強い石を積み上げた基礎がいくつものアーチを並べる。その上に戦時中の防御壁が小さなアーチを形作る二重構造になっている。

人は上のアーチから足元をとうとうと流れる大河を眺める。落下防止の柵もなく、雨をしのぐ屋根もない。途中、壁と壁を支えるために横に渡された柱があるだけだ。

橋は両岸にある二つの塔に支えられ、中央に向かって低くなるように作られている。塔内に国境警備隊の詰め所や管理局がある。塔は川に沿っている城壁とつながり、橋、塔、城壁がそれぞれの荷重で支えあっているようにも取れる。
タースたちが並んでいる列は塔の入り口の階段からずっと続いている。

先頭は建物の中のようで見えないが、少なくともタースたちの前に十数組の旅人が見える。タースがため息をつきかけたとき、その中に見覚えのある帽子に目が留まった。
黒いつばの広い帽子。背の高い後姿。
黒づくめの痩せた男。

スレイドだ!

タースは思わず胸を押さえていた。
見つかったら、どうなるのだろう。
捕まるのか。

そっと前に並ぶ大男の行商人らしき影に隠れる。トモキに近づく形になる。
「やだなぁ、どうした?」
トモキに問われ、タースは慌てて笑うと首を横に振る。
「僕はダルクとは違うからね、甘えられても困るよ」
擦り寄ってきたのと勘違いしたのかトモキは二歩離れる。
「甘え?…違うよ、それ!僕はそんな趣味ないし……」
自分がついた嘘とは言え、その誤解は困る。
ふと、タースは気付いた。

「トモキさん、大丈夫?顔色悪いよ」
「いつものことさ」
そういってまた咳き込んだ。

迷惑そうに前に並んでいた男が振り返る。数歩進んでタースたちから離れた。
タースは青年の肩にかかる荷物を取って自分の空いているほうの肩にかけると、背中をさすってやる。
川風で冷え、コートの背中はひやりとしていた。

「ああ、すまない」
「いいよ。荷物は僕が持つよ。いろいろ世話になってるし。どこか座れたらいいのに」
「仕方ないさ」
トモキは青い顔で力のない笑みを返した。
聖堂から響く鐘が午後二時を知らせるのを待っていたかのように、検問開始の鐘が鳴らされた。ずっと先にいるスレイドはすでに建物の中に入ったようだ。タースは密かに胸をなでおろす。


列が動き出して一時間ほど経過し、タースたちはやっと国境警備隊の見守るゲートまで来た。じろりと睨みつける国境管理官はトモキの差し出す書類を見て、びくりと背に緊張を走らせた。表情だけは厳しいままだったが、何も問わず、鋳物の巨大な門の向こうへ二人を送り出した。

「なんだか、簡単だったね」
タースは拍子抜けした。

アーチを抜ける川風は時折ひゅーと気持ちの悪い音を立てた。うるさく額を叩く前髪をタースは両手で押さえた。最近髪を切っていないために、伸びた前髪は目にかかる。

「さっきのゲートはライトール公国を出るためのものなんだ。で、ここから橋を渡ると向こう岸にティエンザ王国に入国するためのゲートがある。橋の上だけはどちらの国でもないんだよ」
トモキが笑った。

水面に跳ね返る日差しが橋に乱反射する。
その一切れを頬に揺らして笑う青年は、はかなげで眩しい。


哀しそうな笑顔。タースにはそう思えて仕方なかった。


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