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「思うものの欠片」第六話 ②



「知ってるかい?この橋に残る物語を」

トモキはタースの肩に手を置いて遠くを見つめ、語り始めた。


「男はティエンザで生まれた。ある罪を背負って、国外追放とされたんだ。男はこの橋を渡ろうとした。ティエンザ側から出たのはいいけれど、ライトール側が入れてくれない。

説明してティエンザに戻ろうとしたのに役人たちは受け入れない。男は困った。

三日間、この橋の上で行ったり来たりしていたんだ。どちらにも受け入れられない男は、ついにあきらめた。どちらの国でもない、この橋で生きていこうと決めたんだ。

橋の真ん中で、わずかな金で商人から品物を買い、それをまた他の旅人に売った。そうやって一月もすると、同じように渡れずにいた旅人がとどまるようになった。


そうなると、橋に住み着いている商人がいる、という噂がそれぞれの国に伝わる。けれど、互いにけん制しあった役人たちは相手のせいにしたまま放っておいた。

時が経つうちに橋にはあっちからこっちまでずっと、商人が並ぶようになる。

その後なんだ、戦争が起こったのは。
橋は封鎖された。
橋の真ん中に商人たちを残したままね。

封鎖は三ヶ月にも及んだんだ。途中、どちらかに渡ろうとした商人もいたのに、戦争中だったからか、どちらも受け入れない。

人通りのない橋の上で、商人たちは飢え、一人また一人と死んでいった。
最初に住み着いた男がいただろ。彼の最初の罪状は、川の上流を渡ろうとした不法出国だったんだ。彼は嘆いた。

この世界に「国」などという枠は必要なかった。
それがなければ戦争も起こらない。
橋の上だけが真に平等で平和な場所だったと。

男が死の間際に刻んだ想いがほら。そこにあるんだ」

トモキは橋の真ん中のひときわ太い柱をさした。
『この場所こそ、楽園』瓦礫で削ったような文字が、半分かすれて残っていた。

「彼は、ここにいられたことを感謝して死んでいったのだと伝えられている。本当のところは、誰も知らないけれどね」

立ち止まったタースの背を、トモキが押した。歩くように促して、小さくささやいた。
「だから、今はこの橋は立ち止まってはいけないといわれている。ほら、向こうから警備兵が見張っているんだ」
「なんだか、悲しい話だね」

再び柱に視線を走らせるタースに、トモキはふと笑った。
「まあね。男とは違う意味だけど、僕はこの橋が好きだな。ほら、少しだけ海の香りがする。アーチを透かす日差しは神々しい。進む先がなんであれ、勇気が沸くような気がするんだ。立ち止まってはいけないと、そう思わせる」

タースは前方を遠い目で見つめる青年を見上げていた。

長い年月にわたって塩を含む風に吹かれ、人や馬の重さに耐えてきたキョウ・カレズ。柱の根元に咲いたタンポポの綿毛が、ふわりと新天地に旅立った。

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「思うものの欠片」第六話 ③




その頃。

カヌイエの街外れで、シーガとダルクは立ち尽くしていた。
二人の影に擦り寄る少女の影。
「壊れてるです」

シーガの袖にまとわりついて、ミキーは目の前に広がる残骸を見つめた。
「地震で倒壊したんだな」
ダルクが苦々しくつぶやく。

「あそこに、何かあります」
シーガは倒れた煉瓦の壁に、いくつかの紙が置かれているのに気付いた。上の重石を取ると、一枚を手に取った。

ダルクはしゃがみこんで数枚の置手紙を読み上げる。
「住人の皆様、私は隣町リエンデに一時身をおいています。一月後には戻ってきますので、連絡先をここにお願いします。こりゃ、大家だな」

「これです。トモキといいましたね」
シーガから紙を受け取ると、ダルクは頷いた。

「ティエンザへ取材に出かける、とあるな。国境を越えたのか……」
「タースをつれてでしょうか?」
「……分からん。ま、国境付近で聞き込みすれば直ぐに分かるさ。ボウヤは案外目立っているんだぜ。ウルルカでもそれで追いついたんだ」
「国境へ行くです!」
ミキーは既に馬車のリロイに向かって走り出していた。

「スレイドを先に行かせたのは正解でしたね」
「ああ、あいつなら有無を言わさず捕まえるだろうしな。銀聖さんよ、そのまま見つからないで欲しいなんて、考えるなよ」

「…なぜですか」
「そりゃ無責任だろうが」

「タースのことは、タースに責任があるのです」

「せっかく造ったんだろ、身分証。あんたは自分の行動に責任もてよ。このまま見失ったら後悔するくせに。一緒にいるトモキが、例の手配書を見てないとも限らないんだ。それに俺はあいつに会いたいしな。あって言ってやりたいことがあるんだ」

ダルクは肩をすくめた。

不意にシーガが空を見上げた。

つられて見上げるダルクの顔を何かが横切った。

「うわ!?」


黒い影。鳥のようだ。

「び、びっくりした!なんだそりゃ」

シーガの腕に、一羽のカラスが停まっていた。
黒い瞳をダルクの方に向け、警戒の低い声を漏らす。艶やかな黒。首もとの毛を膨らまし鋭いくちばしを傾けてみせる。小刻みな機械的な動きを繰り返し、左目の照準をダルクに据えている。
グカ!

「スレイドのペットです。電報では伝えることのできない内容はこうして手紙のやり取りをするのです」
シーガはカラスの足についている小さな筒を外す。
カラスは上げていた片足を下ろすと、シーガの肩に飛び移って毛づくろいを始める。
「…趣味悪いな」
つぶやいたダルクにカラスがキッと顔を向ける。
「お、なんだこいつ」
「タンラという名があります。人の言葉をよく理解していますよ」
「ふん、悪口には敏感ってことか」
手を出そうとするダルクにタンラは威嚇の声をあげ翼を広げる。

「タンラ、うるさいですよ」
シーガの言葉が分かるのか、カラスはバサリと飛び上がると、ダルクの頭に飛び乗ろうとした。
「お、なんだ、こいつ!来るな!」
追い払おうとするダルクが帽子を落とすと、それに降り立って、嬉しそうに鳴く。
グカー!
「お、お前、どけ!俺の帽子!」
手を伸ばすと、カラスが帽子を掴んだまま飛び立った。
「おい、待て!こいつ!」
からかわれていることにも気付かず、ダルクがカラスを追い回す。そのうち、足元の瓦礫につまづいて転んだ。

シーガは皮製の筒から細く丸めた紙を取り出し、つ、と開く。
「スレイドは後一時間ほどでティエンザに到着するようです。ダルクさん、トモキさんの向かう先をご存知ですか。スレイドに先回りしてもらいますよ……」

見上げると、ダルクはまだカラスを追い回して瓦礫の中を走り回っている。
「……聞いてないですね」

ダルクの緊張感のなさに、シーガは目を細める。

聖堂の鐘が、午後二時を知らせた。

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「思うものの欠片」第六話 ④



難なく入国審査を終えたタースとトモキは、ティエンザの国境の街で雑貨屋に入った。

大通りに面しているその店は、店内で買った飲み物を屋外の席で飲むことができる。軒の先に延ばしたテントのような真っ赤な帆布の屋根の下、白いテーブルと椅子が並ぶ。
風の強いこの日でも、そこは人でいっぱいだ。

紅茶とサンドウィッチを持ってタースがトモキのところに戻ると、青年は地図を広げていた。
時折走り抜ける自動車が甲高い警笛を鳴らす。

ふわりと前髪が目に入って、タースは頭を振った。正面に見える街は川向こうのカヌイエとはまったく違っていた。華やかな白と青の縞模様の屋根の洒落たワゴンでは花と果物を売っている。黄色い風船を配りながら少女が新しいお店の宣伝をする。

馬車はほとんど見られず、自動車ばかりがにぎやかに行き交う。時折、自動車の輪を二つつけた簡単な乗り物に人が乗っているのを見る。

「ね、あの乗り物は何?」

タースがトモキの分の紅茶を注意深くテーブルに置きながら尋ねた。

「ん、あれはね、自転車って言うんだそうだ。人が自分の力で走るんだ。ティエンザでは発明されてすぐに各都市に広がったんだよ。そうなるともう、馬は要らないんだよ。王様が馬嫌いだってこともあってね、乗合馬車は廃止された。今は個人で持つ馬車が少し残っているくらいじゃないかな。いずれ、通りを馬で走ることが禁じられるんじゃないかって噂だよ。このティエンザは昔から王家が絶対的な支配力を持っていたからね。王が政策を決めれば直ぐにそのとおりになる。色々な領主の考え方に左右されるライトール公国は少し見習ったほうがいいんだ」

「へぇ。随分活気があるね。カヌイエと全然違う」

タースがジャムをたっぷり紅茶に入れるのを、トモキは目を丸くしながら見ている。その姿を甘いもの好きのダルクと重ねたことにタースは気付くはずもないが。

「カヌイエのムハジク候は特に古い物好きだからね。建物も改築には厳しい基準があるんだ。そのために地震の影響を受けたんだと思うな」

「ふうん。そういえば、衣装も古典的な感じだったね。そんな人がどうして石を欲しがるんだろ」

何気なく口にした言葉にトモキが表情を硬くした。タースは気付いて紅茶をかき回す手を止める。
トモキはじっと目の前に座る少年を見ている。


何気なくを装ってみたけれど、失敗している。
タースは視線をそらした。


「あ、ええと」
「あの人は、今の公国の政策が嫌いなのさ」
トモキの口調は無関心な他人事を匂わせた。

「……」
更にじっと見詰める少年に数回瞬きし、穏やかに笑って見せた。
「石を使って何かやると思う。けど、僕らには関係ないことだ」
「関係ないことないよ」
その手助けをしているのに。

「なんだ、僕の事を責めたいんだね?でもコナツ。ムハジク候のおかげで君は国境を渡っただろう?紅茶の代金も宿のお金も協力する対価から出てる」
タースは黙った。

「ほら、紅茶が冷めるよ。飲んだら今夜の宿を探そう。僕は明日サンルーに向かうんだけど、コナツはどうする?」
「僕もサンルーに行って見たい!」
「あれ、ご両親に会いに行かなくていいのかい?」
タースは思い出してむせた。
確か、ポオトの家に帰って両親に会いたいと嘘をついていた。

しまった。

「だ、だってさ。トモキさんは具合悪そうだし、世話になったから送ってくよ!」
「…なんだか気味悪いなぁ」
「なんだよ、気味悪いって!」
タースは慌てた。

「僕は純粋にトモキさんを心配してるんだよ!」
「不純な心配ってあるのかい?」
「え……」

生真面目に問うトモキにタースは混乱して両手で頬を覆った。

まいったなぁ、せっかくここまで来たんだからリックさんに会ってみたい。
それにトモキさんのことが心配なのも本当だし。

頭を抱えてうつむいた少年をどう思ったのか、トモキが声をかけた。
「コナツ、あのさ、泣かなくても。悪かったよ、心配してくれたんだね」
頭をなでられた。
「歳の割りに子供っぽいなぁ」

ダルクの教育のせいかなぁ、などとつぶやきながらトモキはよしよしといわんばかりに何度もなでた。
トモキもお人よしなところがある。タースは上目遣いで青年を見上げた。

「あの、だめなのかな、一緒に行ったら……」
「…いいよ、分かった。一緒に行こう。だからそんなふうに見るなよ」
「よかった!大丈夫、トモキさん、僕、荷物を運ぶくらい平気だから。役に立つよ!」
嬉しそうにタースはサンドウィッチをほおばった。

その様子にちらりとトモキが口の端だけで笑ったことに、タースは気付いていなかった。

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「思うものの欠片」第六話 ⑤



翌日は乗合自動車という乗合馬車のような役割のものに乗せてもらい、タースはものめずらしさにうきうきしていた。

乗り心地がいいとはいえないが、車窓から見える景色がすごい勢いで流れ去るのをタースは飽きもせず眺めた。街道の途中の村々はあっという間に通り過ぎる。

村に一つは停留所があり、そこでまたタースたちのような客が増える。
十人乗りの大きな自動車は、アルコール燃料で発電機をまわすモーター式のエンジンを積んでいた。

トモキは取材のために色々と勉強したのだろう、新しい技術に詳しく話が面白い。

タースも興味あることには目を輝かせて聞き入るので、トモキは知りたがりだなと呆れながらも説明してくれた。

トモキはまだ二十歳だった。田舎にタースと同じ年の弟がいるという彼は面倒見がよく、タースは知らない国に来たという緊張感もあってか年上の青年を信頼した。

彼がいなければタースは今いる土地の地名すら分からないことになる。
いくつの時に国を出たんだよと笑われながらも、地図を見てはトモキに説明を求めた。


二人がサンルーの街に着いたのは二日目の夜だった。

到着してから食べられるからと夕食を我慢していた二人は、乗合自動車が停留所に停まると競うように下車した。

そこはサンルーの街の郊外で、台地の上になる。昔からある小さな聖堂のために街道が整備されているから、今の街のにぎやかな地域とは少し違う。

「このサンルーはね。十年前まで、海が見えて少しだけ眺めがいいことと、おいしいオレンジが取れるということ以外たいしたものはなかったんだよ」

トモキが話してくれた。

「当時はこの台地の上にある聖堂周辺が中心街だったんだ。聖堂で僧侶が作るオレンジのジャムと酒が主な収入源だったんだ。今はもっと南のあの辺りが一番賑わってる。トラムの駅もあるし、大学や街の庁舎もそこに新しく建ったんだ。ただ、この古くからある街道は他の街と一本で結ばれているからね、未だに乗合自動車はこの道を使う」


自動車の出発の警笛を背中に聞きながら、タースはトモキの指差す方角を眺めた。

遠い海が深い青に沈み、町並みはシルエットと小さな灯りだけだ。それでも、庁舎か大学か、大きな建物があることは分かる。通りに並ぶ街灯はここから見ると青白いひび割れのように街の暗がりを横切っている。

「すごいな…僕ね、建物の歴史に興味があるんだ。大学には図書館があるの?」
タースはライト公領の図書館を思い出していた。
「ああ、大学内にあるよ。病院もあるんだ。大学付属のね」
「ふうん」
不意にどこからかぐうと低い声がした。

タースは腹を押さえた。
目が合って、トモキはにやっと笑う。

「また、おなかすいた、かい?」
「……自分だってそうだろ?」
「君ほどじゃない……」
また、咳き込む青年の背をさすって、タースはトモキの上着をかけてやる。

「はあ、ああ、ありがとう」
「なんか、元気の出るもの食べなきゃダメだよ」
「元気の出るもの?」
「そう、たまにはお肉とか!」
嬉しそうに笑うタースの脇をつんとつついてトモキは笑った。

「お前、自分が食べたいんだろ?」
「ん~何でもいいよ、何でもいいけど、おなかすいた!」
歩きながら腹をさすってみせる少年にトモキは笑う。


二人は古い聖堂の前の広場を歩き出し、少し下り坂になっている街道で宿を探した。

この時間に乗合自動車が到着するために宿泊する客も多いのだろう、数件の宿が並んでいる。しかし、小さな宿が多く、満員だと二軒ほど断られた。

タースは荷物を持ち、トモキが時折咳をしながらあちこちを見回す。

何度かこの街に来ている彼はここがダメならあそこ、というふうに数件の目星をつけているようだった。

トモキの生まれはライトール公国の北部の小さな村だった。

村には父親と弟がいるのだといった。弟は酒屋を営む父親の後を継ぐと決めていて自分なんかよりずっとよく出来た息子だった。
幼い頃から父親とうまく行かなかったトモキは、十七歳の歳に家を出た。

始めは家出同然だったんだと笑っていた。

「コナツ、お前もそうなんじゃないかと思ってるんだ」

そう言われた時、一瞬本当のことを話してしまおうかとタースは考えたが。これまでの経験からやはり混血であることは明かせなかった。

どんなに、いい人だと分かっていても。セルパ親方のように迷惑をかけるかもしれない。

「家に帰りたくないんだろ?」
「……トモキさんと同じ」
「なんだ、ずるいな」
返事をあいまいに濁して、ごめんなさいと心でつぶやく。

不意に香ばしい匂いがタースを取り巻いた。

細い傾斜する下り坂に、小さな宿屋があった。淡い茶の煉瓦を積んだ壁、木でできた窓枠。小さな窓は蝶番で下側だけが押し開かれている。そこから腹の虫を元気にさせる煙が漂っていた。

「いい匂い!」
「ああ、ここだ。少し部屋は狭いが、料理がいいんだ」
古い鋳物の看板が軒に吊るされ、かろうじて「時折亭」と読める。

ちょうど樫を鉄鋲で固めた扉から大勢の男たちがなだれ出てきた。
一人がタースに突き当たった。
「わ」
「なんだボウズ、邪魔だぞ」

トモキに引かれて脇によける。相手の肩に当たった鼻を押さえて、タースはもう一度男たちを眺めた。
軽装備ではあるが軍兵のようだ。

二十名ほどの集団はすでに酒が入っているようで、酒場へと皆で連れ立って、といった風情だ。通り一杯に広がりながら、坂道を下っていく。

「大丈夫か?」
「あ、うん」
「入ろう」

軍兵を見たタースはなんだか嫌な気分になっていた。
手配書のことも気になる。

同じ宿だったら困るな。

また腹の虫だけが返事をした。

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「思うものの欠片」第六話 ⑥



「なんだい?ここの肉じゃ嫌だったかい?」

出された水を両手で抱えて睨みつけているタースにトモキが首をかしげた。
どうやら黙り込んでいるタースを不機嫌と見たようだ。

「あ、ううん。こんな静かな街の中に軍兵がいるんだね」
口を尖らせる少年に、料理を運んできた店主が笑った。

「ああ、あの人たちか。すまないね。でも、宿泊客じゃないから、もうここには来ないと思うよ。このところ北部に向う兵が多いんだよ。途中でこの街道を使うから、こんな小さな店にもああいった人たちが来るようになってね」
「あ、いえ」
タースは慌てて肘を突いてた腕を行儀よくしまった。

シーガが見たらなにを言われるか分からないような態度だった。

「いいんだよ、わしらもちょっと迷惑してるんだ。金払いはいいんだが少し乱暴でね」
「北へ向うのはどうしてですか」
トモキは肉にソースをかけてくれる主人に尋ねた。

じゅ、と音を立ててソースが鉄の皿の上で泡と香ばしい匂いを立てるのをタースはじっと見つめていた。

鉄で出来た皿では焼きたての牛の肉が三切れくらいに切られてある。
厚みのある肉で切り口からは溶けかけた脂と赤みを残した桃色がのぞく。脇についたトウモロコシの粉で作られた団子と赤い小さなトマトがソースと一緒に煮立てられる。
プチ、とトマトにひび割れが出来た。それをフォークでぐっと押しつぶして火を通すと、焼けるトマトのいい香りが漂う。

タースは早速、肉にフォークを突き立てる。

「ほら、少し前からだけどね、シモエ教区に軍隊を送っているんだよ。何でも基地を作るんじゃないかって噂だけどね」
肉を口に入れかかって、タースの手が止まる。

「ああ、結局ライトールの軍は引き上げたらしいですね」
トモキがこの街名産のオレンジのリキュールをソーダで割った飲み物をもらいながら主人の禿げた頭を見上げている。

「ああ。なんだか、ここ最近の王政は勢いばかりで心配だね」
「平和なのが一番ですよね…どうした?コナツ、食べないのか?」


言われて、手が止まっていたことにタースも気付く。すっかり落ちてしまったソースをもう一度丹念に塗りたくって口に放り込む。

「美味しい!!あの、シモエ教区はどうなってるの?シデイラの保護施設は?」

タースの言葉に二人の大人は顔を見合わせた。
「すみません、こいつ世間知らずで」

トモキに謝られて、タースは少し頬を赤くした。慌てて水を口に含む。
なんだ、知ってなきゃおかしいかな?
他の客に呼ばれて店の主人が離れると、タースは口を尖らせた。

「あの、教えてくれないのか?」
すでに肉を食べ始めていたトモキが目を細めた。

ゆっくりかんだ肉を飲み下し、ナプキンで口元を拭くと話し始めた。

「少し前だね。シモエ教区はもともとどちらの国の領土でもない、教会の土地だ。今まではミーア派がそこを管理していたんだけど、それがロロテス派に変わったんだよ。で、ミーア派はライトール、ロロテス派はティエンザっていう図式が成り立つくらいだったから、ロロテス派に代わった時にティエンザが警護を請け負うことになったのさ」

「でも!ロロテス派はシデイラを嫌ってなかった?」

「ん?そうだったかな。そうかもしれないね。でも、シモエ教区はほら、地図で見ると大陸の一番北だろ?ライトールとも接していて、ここに基地を置けばいつでもライトールの背中から睨みを利かせることが出来るんだ。ライトール公国のリュエル三世は平和主義な人だからね、そんなこと気付きもしないのかもしれない。カヌイエのムハジク候がイライラするのもわかるね」
「その、シデイラの人たちはどうなったの?」

再び肉を口に入れた青年はタースの想いとは裏腹にどうでもいいかのように首をひねる。

「変な事聞くなぁ。シディがどうなっても関係ないだろ?どちらにしろ、彼らは教会の教えでは保護されているし、ロロテス派はミーア派よりもっと厳しく管理するんだろう?悪いことじゃないさ」

タースは視線を肉に戻した。

「なんだい?食べないのか?冷めるよ?」

タースは黙って、再び香ばしい肉と格闘を始めた。

シーガたちはミーア派だった。
何かあったのかな。
どうして、急にロロテス派に変わったんだろう。


タースには国政の動きは分からなかった。

ただ、何がしかの影響がシーガやスレイドにあるのではないかと、危惧しただけだった。そしてシデイラの民のことが胸の奥に引っかかった。
自分が逃げてきた場所。

二度と帰りたくはない。そう思ってきた。
知っている人もいない。自分が彼らの仲間になれるはずもないことは十分知っている。
それでもあの時の白い雪のように何か冷たいものが心の奥に積もっているようで、熱い肉をいくら噛んでも、水で流し込んでもそれは溶けずにわだかまっているように感じた。
ユルサナイ…。
いつもの声が、微かに脳裏をかすめる。


宿の部屋に入る頃には、トモキは少し飲んだ酒で酔ったのか足元がおぼつかなくなっていた。
部屋は二つの小さなベッドがぴったりとくっついて並べられ、部屋の片隅に押し込まれた感じになっていた。窓が一つ、夜風をはらむカーテンがランプの灯りに白く揺れた。
トモキに肩を貸して、ベッドに座らせる。すぐに青年は横たわってしまった。

「もう、飲みすぎだよトモキさん」
「ん……」

タースは荷物を部屋の隅に置いた。小さな客室にはテーブルが一つと二つのベッドがあるだけだ。洗面とシャワーの一緒になった簡易のバスルームが横についている。

ちょうど、タースが初めてシーガたちと宿を取ったナトレオスの街の宿屋に似ていた。
タースが悪夢を見たあの宿だ。

少し肩をすくめて、タースはぐったりと寝込んでいるトモキの靴を脱がせた。

「トモキさん!なあ、そのまま寝るつもり?」
「…ユリ」
「?」

何事かつぶやくから、タースは青年の顔を覗き込んだ。
赤い顔。昼間は病人のように青白かったのに不思議な気がした。そっと額に触れてみる。
「…トモキさん、熱がある」

(多分、そうだ。)

トモキの返事はない。

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「思うものの欠片」第六話 ⑦



タースはトモキの上着だけ脱がせ、シャツの襟元を緩める。

「トモキさん、寒い?それとも暑い?」
声をかけても返事はない。

タースは濡らした布を額に乗せ、もう一枚で首の後ろを冷やす。
ずいぶん熱が高い。どうしよ、このままじゃまずいよな。
タースは宿の主人に事情を話して近所の医者を紹介してもらおうと部屋を出ようとした。
そのとき、青年が何か言った。
「なに?」

枕元に戻ると、トモキがうっすら目を開けた。
「どこへ、行くんだ?」
「お医者さんを呼ぶよ、きっとまだこの時間なら来てもらえる」
「逃がさない」
「え?」
「お前を…」
「トモキさん、医者を呼ばないと!」
「ダメだ!…絶対にダメだ…」

不意に体を横に向けたかと思うとトモキは咳き込んだ。
苦しそうにしているうちに、体にかけられていた自分の上着を口元に持っていく。

「?」

ぐ、げほげほ!

「!?トモキさん!」

何か吐き出した。
それを隠すように上着をぐるぐると丸め、トモキは横たわったままそれにしがみつくようにしている。
背をさする手が、震える。

トモキの身に何か恐ろしいことが起こっている。けれど、タースにはそれがなんなのか分からない。どうしてあげればいいのか、分からない。

そっと、トモキの握り締めるそれを奪おうとする。
が、しっかりと硬く丸め込んだ服を青年は放そうとしない。

「トモキさん、医者を呼びます」
再びベッドを離れようとしたタースの服をトモキがつかんだ。
「!?」

その瞬間、トモキの握り締めていたそれが床にばさりと落ちた。
薄茶色の上着は、どす黒くなっている。
「!」

血だ!血を吐いたんだ!
床に膝をついてトモキの顔を覗き込んだ。ランプの灯りでも、彼の口元が血で汚れているのが分かる。

「トモキさん!」
「だめ、だ。いいか、もし医者を呼んだら、お前が」
「呼ばなきゃダメだよ!」
タースの声は悲鳴に近い。

吐血するなんて初めて見た。
きっとよくないんだ。

話に聞いたり想像したりする中で、その状態は深刻な容態の病人を思わせた。
落ち着け、落ち着かなきゃ、僕がしっかりしなきゃ。
このままじゃ、トモキさんは。

死んでしまう、その言葉をタースは飲み込んだ。恐ろしい発想は喉につかえてタースは何度も瞬きすることで涙目をごまかした。
「トモキさん、いいからとにかく、じっとしていて、今」
「手配書」
「…!?」
「持ってる…」
振り返るとトモキの形相は恐ろしいまでに目を見開き、タースを睨みつけていた。
握り締める手の力に、掴まれた腕がぎしぎしと痛んだ。
ぞくりとした。
その執念ともいえる行動に、タースは言葉を失った。
「…いいか、誰にも知らせるな…知らせたら、お前が追われてること、賞金のこと、ばらすぞ」
脅す内容より、その気迫にタースは飲まれた。
死んでしまいそうなのに、苦しいはずなのに。
なぜ、そこまでして。何をしようとしているんだ。

一人病に苦しむつらさをタースは知っている。それがどんな些細なものだろうと、一人きりで痛みに耐え、それがいつ治るともわからず、医者にかかることも出来ず、もしかして死ぬのかもしれないと思いながら眠る夜の恐ろしさをタースは知っている。

だからこそ、それを拒絶し、しかもタースを脅してまで医者を拒否するトモキの気持ちが、タースには恐ろしかった。

彼は、何かに命を懸けているのだと思った。
キョウ・カレズで語った、もう立ち止まることはできないと言ったトモキを思い出した。何かに向かって、彼は足を踏み出しているんだ。
血管の浮き上がる細い手をタースはそっと握り締めた。

「わかった…分かったから。口の中気持ち悪いだろ、水持ってくる。そばにいるからさ、医者は呼ばない。だから、気を落ち着けて」
いつの間にか、トモキの顔が涙で曇っていた。
タースの目を見て病床の青年はふと微笑んだ。

「…泣くことないだろ」
タースは慌てて頬をぬぐうと、テーブルの上に伏せられていたコップを持って、洗面所で水を汲んだ。

両手で抱えて戻った時には、トモキは目を閉じていた。
表情のない寝顔に、一瞬不安になったタースは、青年の肩をゆすった。

「トモキさん、トモキさん?」

うっすらと目を開けて、目の前のタースを認めるとトモキはふうと息を吐いた。
体を起こそうとする。
タースはそれを手伝って、ベッドの脇に座ると支えて水を含ませる。
口に含んでむせて吐き出すと、トモキはコップを押しやった。

「…、水替えてくる」
そういって立ち上がりかけたタースの手を押さえた。
「いいよ、もう。大丈夫」
うっすら笑うと、トモキは再び横になった。
しばらく様子を見ているうちに、眠ったようだ。

タースはコップの中身を洗面所に捨て、念のためにもう一杯汲んでテーブルに置いた。
窓を閉め、自分も眠るために上着を脱いだ。
二つのベッドがくっついているから、タースが眠るためにはトモキの向こう側に回らなければならない。
靴を脱いで、下着だけになるとそっとトモキの足元の方から自分のベッドへと向かう。


「…逃げても、いいんだ」
トモキがポツリと言った。

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「思うものの欠片」第六話 ⑧



「ダルクさんの様子から、お前のこと怪しいと思ってた…だから、賞金目当てに、助けた」
「…うん」
「だから、僕が寝ている間に、逃げてもいいよ」
タースは毛布をそっと青年にかけてやる。
目を閉じたまま、トモキは震えていた。

「寒いの?」
「…騙したんだ」

タースは自分の毛布を重ねてかけてやる。
そっと毛布の上から叩く。ぽんぽんと、それは昔眠れない夜に母親がしてくれたのに似ている。


「いいよ。僕もティエンザに両親がいるなんて嘘ついた。それより、そんな状態でどうしたいんだ?なにか、目的があるんだろ?」

「……」
「一人で置いて行けないし、理由がどうであれ、僕は国境を越えられて助けてもらってる。だから、付き合うよ。トモキさんが行きたいところに連れて行く」

「……病院に」
「え?病院?」

医者は嫌がったのに?

「ユリハが入院してる」
「あ、ああ。……恋人?」
トモキは小さく頷いた。

「タース…もし、僕がダメだったら、頼んで、いいかな」
タースはトモキから見えてもいないのに首を大きく横に振った。

「いやだ。トモキさんが自分で行くんだよ!一緒には行くけど何も頼まれない!」
「…ふ、変な、ヤツ」
トモキはそのまま、黙り込んだ。

しばらくその顔を見ていたが、青年が微かに寝息を立てたことに安心して、タースも横になった。


その夜は眠れなかった。
トモキが小さく寝返りを打つたびに、タースはその顔を覗き込んだ。熱は下がってきているようだった。


翌日になると、トモキは少し顔色が戻っていた。朝食のスープだけを口にして青年は照れくさそうに笑った。
「本当に、連れて行ってくれるのかい?」

タースに、この青年を放っておくことはできなかった。
「いいよ。ただし、ちゃんと苦しい時にはそういうんだよ。熱があったのに昨日は我慢してたんだろ?無理したらダメだからな!」
「なんだか、急に年上みたいだね」
「そ。昨日の夜逆転したんだ。そう決めたから。宿の主人がね、車を呼べるって言うから頼んだよ」
「ん、そうか」
「だから、昼前には病院につける」
「宿代は、どうした?」
「僕が払っておいた。いいから、ほら、着替えて」

髪をくしゃくしゃにしたままのトモキに、荷物の中から引っ張り出したシャツを渡す。

「…」
トモキは袖を通しながら、話し出した。

「ユリハは、大学の取材で知り合ったんだ」
「ティエンザの人なの?」
「いいや、ライトール人だ。こちらに働きに来ていて、体を壊して大学病院に入院している。心臓が悪いんだそうだ」

「病院に会いに行くのか?」
「ああ。手術をさせてやりたいんだ。それには、僕の稼ぎじゃ足りなくてね」
「…それで、ムハジク候の手伝いを?」

「ああ、金が手に入るし、候の力があれば国境を越えるのが楽だからね。会いに行きやすいし」

でも、それでトモキは体を壊したんだ。
そう思うとタースはやりきれない気持ちになる。

「タース、僕をユリハのところに連れて行ってくれ…もし、上手く手術が成功して、彼女が治ったら、もし、僕がそれまで生きていられたら。二人でライトールに帰ろうって約束しているんだ」

「分かったよ、行くよ!だから、もし、なんて言うなよ!絶対に二人でライトールに帰るんだろ?帰るところがあるんだから、帰らなきゃ」

トモキはむっとしたように口を尖らせるタースに微笑んだ。
「……お前、いいヤツだな」

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「想うものの欠片」第六話 ⑨



小型の乗合自動車を一台呼んで、二人は昼前に大学病院の前に着いた。

トモキのことを気にかけるあまり、タースは街の様子など目に入らなかった。


心もとない足取りで降り立つ青年を支えて、タースは病院の正門をくぐった。
豪奢な彫刻の施されたアーチの門には、まるで聖堂のような神と信徒、天使の姿が浮き彫りにされていた。

強い日差しに神の像の頭上の金色の輪がまぶしく光る。
この国の教会の教えで言うなら、神は人々を救うという。

タースには詳しく分からなかったが、もし、神が本当にいるなら。トモキを救ってほしいと、心から祈っていた。


すぐ近くをトラムの汽笛が流れるように通り過ぎた。
現実に戻って、タースは傍らの青年の指す病院のエントランスに向かった。
大学と同じ敷地内のそこは、すでにたくさんの学生と患者とでごった返していた。

受付の順番を待つ人々が列を成し、受付を済ませた人々の座るベンチの前に蛇行してつながっていた。
トモキの示す階段のほうに歩き始めた時だった。

不意に、肩を誰かに引かれた。
「!?」
「よお!」

タースの前には、黒い服の男が立っていた。

「スレイド!」
「奇遇だねぇ?なんて、ご挨拶はともかくな。ボウヤ、悪いが」
「ごめん!今は忙しいんだ!護符なら他の人に売って!」

タースは無視して歩き出そうとした。
が、トモキを支えながらだ。

気付くと目の前に回り込まれていた。

「だめだね。この病人がどこの誰か知らないが、ボウヤに用があるんだ」
「ダメだ、この子は僕と一緒に!」
「はぁん?あんたも欲が深い性質だね?金目当てか」
「スレイド!いいから、放っておいてよ!」

トモキにからもうとする男をタースが突き飛ばそうとした。
その腕を難なく捕まえると、スレイドはひねり上げる。

「!!」

「自分の立場を、忘れちゃいけないなぁ?」
「あんた!何するんだ、放せ…」

スレイドはつかみかかるトモキをさらりと交わして、タースを締め上げながら耳元にささやいた。
「ここで、銃を出したくはないんだがなぁ?」

「いうこと聞くから、とにかく、待ってよ!今はトモキさんの…」

きゃー!!

誰かの悲鳴だった。

いっせいに人々がざわめき、その視線が自分たちのほうに向いていることに気付く。
いや、もみ合う二人ではなく。

床に崩れている、青年にだ。

「!トモキさん!」
駆け寄ろうとして、それでもスレイドが放そうとしないので、タースは思い切り首元に回された男の手に噛み付いた。

「うわ!」
緩んだ隙に抜け出すと、急いでトモキに駆け寄る。

トモキは胸元を真っ赤に染めて、意識がない。
冷たい床に青年の体温は吸い取られたかのようだ。
青白く血の気のない顔。

「!トモキさん!?だれか!医者を!助けて!」

タースの叫びと同時に、そばを歩いていた医師たちだろう、駆けつける。
あっという間に白衣の人々がトモキを囲んで可動式の寝台に寝かせると、廊下の奥へと連れて行く。

タースも後を追った。

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「想うものの欠片」第六話 ⑩

10

中庭の見える病室で、トモキは幾分ましになった顔色をして横たわっていた。

医師の処置のおかげでとりあえず落ち着いたようだった。

傍らに立ち尽くしているタースは医師に赤い石が原因だと伝えようか迷っていた。
それが知られれば、トモキがそれを盗んだことが分かってしまう。けれど、知らせずにいて適切な処置をしてもらえるだろうか。

開け放たれた扉の向こう、廊下の暗がりに腕を組んでじっとしている黒尽くめの男の視線を感じながら、タースはまた一つため息を落とした。スレイドはタースがここから出たら、捕まえるつもりなのだろう。


窓辺からの日差しは赤い色に変わり、斜めに室内を照らしていた。

途中、医師が数回様子を見にきたが、トモキは眠ったままだった。それでも顔色がよくなったように感じられ、タースは安堵する。

「…あ」
「トモキさん!」
「ん、ああ。いたのか」

のんびりした口調の影に苦しさを感じさせる。トモキの容態は決してよくないのだと、タースは思う。

「よかった。トモキさん、僕」
「おなかすいた?」
「ちがうよ、あの、ユリハさんの病室ってどこ?僕、トモキさんがここにいること知らせてくるから」
「だめだよ」
「どうして?」
「知られたくない」

まっすぐ見上げる瞳に、タースは肩を落とした。

分からないわけじゃない。
心配させたくないんだ。

「じゃあ、トモキさん、早く元気にならないと。会えないじゃないか」
「そうだな…お前、そうだ、あの黒いのは、誰なんだ?」
「ん、そうだな…」
逡巡しているタースの手にトモキは手を乗せた。

「追われてるんだろ?賞金稼ぎか?」
「ん、まあ、そういう感じ。悪い人じゃないんだけど」
く、と。
トモキは笑った。

微かに肩を揺らしただけの笑みはすぐに消えたが、優しい弧を描く眉にタースはなんだか気恥ずかしくなる。

「なんで笑うんだよ?」
「お人よしだな…お前」
「…」

「今も、ここにいる。いつ捕まってもおかしくないのに。なんでだい?」
「なんでって、…どこに行っても追われるなら、僕はいたいところにいる。帰るところもないし、行くあてがあるわけじゃないから。それにやっぱり、心配だから」

「違うだろ?あの石に興味あるんだろ?」

トモキの口調が変わった。タースは怪訝に思いながら素直に話した。

「それは、ないといえば嘘だけど、でもそれより」
「いい奴ぶるなよ」

投げ捨てるようにトモキは言った。

血の気のない少し紫色の唇はへの字に曲がっている。これまでの優しい穏やかな、悲しげな笑みを浮かべていた青年とは違う。

「…」
「俺はお前を売ろうとしてる。それは、国境を越えさせたのもそうだし、これからもそうだ。お前がついて来なきゃならないように嘘まで仕立てた」

「え!?」
「ユリハなんていない。恩に着せようとか、そう思ってるなら的外れだからな。お前は国境を越えることと、石について知りたかったんだろ、お互い様だから」
「…トモキさん?」

そんなはずはない。

だって、トモキさんが体を壊してまで石を盗んだ、その理由があるはずなんだ。
ただ、金ほしさじゃないはずなんだ。

嘘をついてる。

きっと、僕を突き放そうとして、嘘を言ってる。

「優しくしてやれば優しくしてもらえるなんて思うな」
「…」

「悪いな、俺はダルクとは違うんだ。何の欲もない、目的もない人間を信用なんかしない」
「トモキさん…」
「さっさと出て行けよ、お前の善良面見てると腹が立つんだ」

タースは悲しげに瞬きを繰り返した。
「心配、なんだ」

「どうせ、赤い石のことを知りたいんだろ?俺のそばにいてあわよくばって考えてるんだろう?」

窓からの風にカーテンが騒いだ。

その影が青年の枕元に揺れた。木製のベッドは手すりが磨り減り、身を任せてきた病人が大勢、そこを掴んで立ち上がったことを思わせた。人の手に造られた柔らかな曲線に、タースはそっと手を這わせた。

タースは話し出した。

「…僕は、小さい頃に石を使って怪物になった生き物を見たことがあるんだ。だから、それで赤い石は気になってる。だから、そばにいる…」

トモキの細い手が宙に上がり、タースの手に重なった。
「小さい頃?…シモエ教区に、行ったことがあるのか?」
「!?なんで、シモエ教区だって知ってるの?」

「…シモエ教区、あのシデイラ山地でしか、赤い石は採れない。だから、ティエンザはシモエ教区を管理下に置きたかったんだ…今は、採掘するために、シデイラを使ってる」

トモキの、一言一言噛んで含めるような言葉にタースは目を見張った。
ティエンザがシモエ教区の管理をしたかったのは石のため?しかも、危険な石をシデイラに掘らせている。

「何に使うの?」
「それはまだ…いいから、お前はもう、帰れよ。俺はお前を利用しようとしたんだぞ、俺もお前にそばにいて欲しくない、だから、早く」

「なんだよ。そばにいるっていっただろ…」
「あの黒いの、追っ手だろ?いいから、お前逃げろ」
トモキは言いかけて、口を閉じた。
視線を窓辺にそらした。

「?」
タースも顔を上げた。

そのとき、大理石の床を蹴る、軽やかな靴音が病室の前で止まった。
「君、何をしているんだ、こんなところで」

開け放たれた扉の向こう、白衣の男が二人、スレイドに声をかけた。が、スレイドは目深にかぶった帽子の下、無反応に徹している。

二人は顔を見合わせたが、くるりときびすを返し病室に入ってきた。
「失礼するよ」

一人は初老の少し猫背の男で、縮れたような癖のある白髪が真綿で包んだように頭部を丸く覆っている。細い目、しわの刻まれた土気色の肌は溶けた蝋が冷え固まったような印象を与える。

もう一人は栗色の髪の生真面目そうな青年だ。

タースは目を丸くした。
その姿は新聞で見た。

タースが、会いたかった人物だ。

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「想うものの欠片」第六話 ⑪

11

「こんにちは。私はリック・ドルナー。こちらはレクマイヤー教授。トモキさんとは知り合いでね」
密かに少年が拳を握り締めたのをリックは気付いていない。
明るい茶色の瞳を細めて、タースに笑いかける。少し親方の面影がある。

「こ、こんにちは」
親方のことを思い出すのと一緒にタースは笑顔になる。

家に帰ると手紙が届いていた。帰ったのかな、親方に会ったのかな。
親方は元気だろうか。

「君が助けてくれたんだってね。ありがとう」
「いえ、トモキさんは友達だから」
照れたように笑う少年に向けるリックの視線は冷ややかだ。

「そうかい。彼も、優秀な記者だったんだけどね」
タースは青年の表情に気付いた。
笑顔が消える。

「過去形とは、ご挨拶だね、リック」
「おや、トモキ、気がついていたのかい」
派手に肩をすくめるリック。青年と教授がトモキのベッド脇に並んで立ったので、タースは一歩下がって、出しかけた言葉を飲み込んだ。

「私は医師ではないけれど、ずいぶんひどいと聞いたよ。トモキ、馬鹿なことをしたね」
そういった教授は、無表情なままトモキを見下ろしている。
リックも教授の脇に立つと、腰に両手を当てて覗き込んだ。

石を盗んだことが、ばれているのか!
だとしたら、トモキさんはどうなっちゃうんだろう!
危険かもしれないから、僕を追い立てるように突き放そうとした?

タースは青年の背に声をかけた。

「リックさん、あの、トモキさんどうなるんですか」

その一言はタースが石のことを知っていると匂わせた。
リックは振り返るとタースの正面に立った。
見上げる少年をじっと見つめた。

「…彼はこの病院を出ることは出来ない。病気をね、治さなきゃいけないんだ。分かるだろう?珍しい病気だ。普通なら、かかることのない病気」

トモキの行動を言っているのか。
盗むような真似をするからだと、自業自得だと。
確かに悪いことをしている。分かっている。

でも、タースには目の前のリックより、トモキのほうが信じられた。
敬愛する親方の息子でも、それは期待とは違った。

「おや、不服そうだね。大丈夫だよ、ちゃんと彼の面倒は見るよ。病院にとっても、私たちにとっても大切な患者だ」
「…研究と、して?」
タースの声は小さくなる。トモキに聞かせたくはない。
「ああ、そういう一面もある。もちろんだ。協力してくれるよね?トモキ」
リックの遠慮ない物言いに、タースは拳を握り締めた。

やはり、想像していた人と、違う。

「ねえ、君。何か勘違いしていないかい?」
リックに、タースは厳しい視線を送っていた。
「私たちはもちろん、トモキからデータを得る。同時にトモキは病気を治してもらえるんだよ?対等な関係だ。その上彼のしたことに目をつぶろうって言うんだからね。感謝されるべきだと思うが」
「そんな研究!親方が聞いたら悲しむよ!」

リックの笑みがとまった。
「君?私の父親を知っているのかい?」
「石の研究は危険なんだよね?触れるだけで、病気になってしまうような危険なものだよね!そんなことして、親方が喜ぶわけないよ」
少年の声は廊下にまで響く。

慌ててリックはタースの肩に手を置いた。そのまま、口を塞ごうとする。
「!?」

「まあまあ、落ち着いて。石は危険なんかじゃないよ。新しいエネルギーになるんだ、大切な石だよ。それに、君、どうして父さんを知っているんだい?」
もがいて、リックの手を引き剥がす。

なんで、この人はこんなことをしているんだろう!
何を僕は、期待してきたのだろう。

「危険だよ!リックさんに何かあったら、親方もおかみさんも、悲しむよ!」
「まあまあ、落ち着きなさい」
トモキと何か話していた教授が二人の間に入った。
「トモキはしばらく入院しなきゃならないよ、手は尽くすよ。落ち着きなさい。石が危険なことは承知だ。危険だからといって科学者たるもの、あきらめるわけには行かないんだよ。分かるかなぁ?少年」
「…」
「ほら、自動車だって、事故になれば危険だ。それでも、便利だから皆が必要とする。同じことだよ。必要とされるから我等も研究するんだ。これは、人類にとって大切なことなんだ。リックの心配をしてくれるのは嬉しいがね。ほら、これ」

教授は白衣のポケットから、小さな革の袋を取り出した。
タースの手に持たせる。それは、ズシリと重く、金貨が入っていることが想像できた。

「なんですか?」
「石のことは忘れて欲しいんだよ。それは、協力してくれる君へのお礼だ」
タースは手のひらに乗る重みに唇を噛んだ。
確かに、今のトモキを救えるのはこの病院以外ないのかもしれない。
悔しいけれど、タースにはどうしようもない。

「…あの。これで、ユリハさんの手術をしてあげてください」

「コナツ…」ちいさなトモキの声が二人の研究者越しに届く。
タースは笑った。

「僕は石の事はどうでもいいんです。ただ、トモキさんを助けて欲しい。ユリハさんの手術をして欲しい。それに、リックさん、親方を悲しませないで…」
と、不意に背後から羽交い絞めにされた。

手に持つ袋は鈍い音を立てて床に沈んだ。

「な!?」
スレイドだった。黒い顎鬚がタースの耳をくすぐる。少し煙草の匂いをさせるスレイドはそっとささやく。
「話は終わりだ。来いよ、軍兵が集ってきている。そいつは、お前さんを売ったんだ、お人よしもそこまでだ」
「!?」
タースは引きずられながら、トモキを見つめた。

青年は横たわったまま背を向けた。

「おい、君!」
リックの声も無視して、スレイドは強引にタースを引きずって部屋を出た。
「放せよ!トモキさんを一人には出来ないよ!」
「おいおい、あきれるね」
「分かってたんだ、いいんだよ!」

分かってる。トモキさんは大切な人を選んだんだ。
そのために自分すら犠牲にするんだ。
見ず知らずの僕を利用したっておかしくなんかない。

そんなこと、分かってる。
騙される以外、僕には何も出来ないことも。

分かってる。

「放せよ!」

スレイドの視線が冷たく怒気をはらむ。
「こっちがよくないんだよ、お前さんが捕まっちまったら。トモキとかってのも、お前さんをわざと突き放したんだろうが。ほら、暴れるな、今度は噛み付かないでほしいなぁ…って!」

タースは再びスレイドの腕に噛み付こうとした。
慌てたスレイドに背中を押され、その腕から飛び出した。

と思った。

逆にぐんと腕を引っ張られ、反動で振り返る。
目の前に、黒い服。
黒い手袋の、拳。

タースはみぞおちを殴られ、息を詰まらせた。

「おい、あんた!」
駆けつけたリックと教授。目を丸くする二人の白衣の前で、黒尽くめの男は意識のない少年を担ぎ上げた。
その感情のない行動に二人は足を止めて黙り込んだ。


「まったく、二度も噛み付かれたんじゃたまらないって」
まるで緊張感のない口調の男に、我に返ったリックがかけ寄った。
「あ?あんた、誰だ?その少年は誰なんだ?」

スレイドはじろりと二人を睨むと、黙って歩き出す。
「おい、待て!」
「ボウヤの言うとおりですよ、リックさん。あんたの親父さんは今のあんたを見て喜ぶんですかねぇ?」
リックの足が止まった。

スレイドだけは知っていた。
タースが世話になった親方とやらを。

「じゃ」
片手を上げる黒尽くめの男を、二人は見送っていた。

トモキは手すり越しにその様子を見つめていた。
木製の手すりに手を置いて、ふとタースの心配そうな仕草を思い出す。
触れた手を抱えるように胸におくと、静かにため息をついて廊下に背を向けた。

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「想うものの欠片」第六話 ⑫

12

柔らかい何かが頬をくすぐる。
そんなに優しい感触の物に触れたことがなかった。

なんだろう。
温かいような、くすぐったいような。

タースはそれを頬に押し当てた。

「きゃ」

え?

するりと柔らかいそれが手のひらをすり抜けた。
目を開けると可愛らしい顔がのぞいていた。

「!ミキー!」
どうやら白いそれはミキーの耳だったらしい。ぴくぴくさせながら少女は顔を赤くして口を尖らせる。

「タース、いたずらですの!」
ミキーは腰に両手を当ててつんと首を傾けてみせる。そうしてすぐに視界から消えた。
「ミキー!?」
タースが起き上がったときには、ミキーは部屋の外へ出るところだった。

「シーガ様!タース、起きましたですの~!」
あ、シーガを呼びにいったんだ、そう悟ると、タースはベッドから飛び出したかけた足を止める。ベッドに腰掛けた。気付けば裸足だ。

温かそうな木の床、白い壁紙。ベッドが一つに、目の前に小さなテーブルとイス。狭い部屋だが、宿屋らしい。
窓はすでによろい戸を閉められていて、時間は分からないが陽が沈んだのは確かだろう。
あの時。

たしか、スレイドに捕まったんだ。
それから…殴られて。
そのまま眠ってたのかな。前の晩眠れなかったから。
トモキさんは?

立ち上がったところで、扉が開いた。
黒いコート。銀の長い髪。

涼しげな翡翠色の瞳。その存在自体が温度のない風を運ぶかのような美しい青年。

「シーガ……」

目もあわせずに逃げ出してきた。二度と会えないと思っていた。

シーガの手にしがみついている、ミキーにも。

「よお!」

声を発したのはシーガのさらに後ろ、ダルクだった。

「ダルクさん!どうして?シーガと一緒なんですか?」
「まあ、これもいろいろとあってな」
ダルクがぽんとシーガの肩を叩いた。

その様子が不思議な気がして、タースは何度も瞬きした。シーガが少し、そう、照れくさそうに笑ったのだ。
「!?なんだ?変になったの?」

タースの一言に、シーガの消え入りそうな薄い笑みは完全になくなった。

「お前が馬鹿なことばかりするからですよ!我らの苦労も知らずに勝手なことばかり。夕食は抜きです!」
「あ!?なんだよ!迷惑がかかると思ったから逃げたんだろ!なんだよ、その態度!」

ぶはは!

と。
ダルクが笑い出した。

「なんだよ、ダルクさんまで!だいたい、ダルクさんが縛っていくから悪いんだよ!」
ダルクは腹を抱えたまま、タースの肩をたたいて、ベッドに座らせた。

「いや、まあ、タース。お前、面白いな」
「面白くなんかないよ!トモキさんは倒れちゃうし、スレイドは乱暴だし!あ!そうだ、トモキさん、どうなったんだろ」
ダルクは苦しそうに笑いをこらえる。

「お前相手だと、シーガ様も素に戻るんだな。それに、お前も、やっぱり嬉しそうじゃないか」
「は?」
「ダルクさん!」
タースとシーガ、二人の非難の視線を受けてさらにダルクは笑い転げる。

ミキーが嬉しそうにシーガとタースの手を取って二人の間で手をつなぐ。
「仲良しですの!」

「ミキー?」
「シーガ様はずっと不機嫌でしたの。タースがいないと寂しいです!」
「ミキー!!」
シーガは慌てて、少女の言葉を遮った。

「なに、それ?」
ミキーとシーガを見比べるタース。

「うははは!」
ベッドに横たわってダルクは相変わらず笑い転げ、腹をさする。
「ま、そういうことだよ、タース。銀聖のだんなは素直じゃないんだ、許してやれよ」
「許される覚えはありませんよ!」
ミキーの手を振り払って、シーガは腕を組んだまま、顔を背けた。

心配してくれたのか。
タースは黙って首をかしげた。
じっと見ていてもシーガが振り返る様子はない。

「素直じゃないねぇ、ま、いいさ。タース、トモキなんだが」
急にまじめな顔になって、ダルクがタースを座らせた。

「なんで、あいつ倒れたんだ?スレイドから聞いて病院には行ってきた。あいつ、何にも言わないんだよ」
タースは唇をかみ締めた。
ふと顔を上げると、シーガもいつもの無表情に戻ってタースの言葉を待っている。


タースは話した。
カヌイエの領主に渡した赤い石の話。そのために国境を越えることができたが、トモキは石の力で体を悪くしているのだと。

「もう、あんまり、長くないんじゃないかって、思った。トモキさんは、恋人のユリハさんの手術の代金を手に入れるために大学の研究所から石を盗んだんだ」

ダルクは鋭い拳で枕を殴った。ぼす、と枕は悔しさを受け止めた。
「ばか、が!」
「赤い石が、シモエ教区で採掘されていることと、そのためにシデイラを使っていることを教えてくれたんだ。僕をかばって、逃がそうとしてくれた」
「ああ、あいつはもともと、悪いことが出来るような奴じゃないさ。分かってる」
「トモキさんも、ダルクさんのことをそういってた」
タースは二人の新聞記者を思って目を細めた。

ダルクは腕を組んだまま、ベッドに二度ほど転がって、うなる。考え事をしていてもにぎやかだ。
ミキーが真似をしようと近づいたところで不意にダルクは体を起こした。

「トモキのことは、俺に任せろ。俺がついていてやる。それにな、ティエンザが石を採掘させて、何をしようとしているのか。あの研究所で何を作り出そうとしているのか、俺が暴いてやる。トモキもそのつもりのはずだ」
タースはうなずいた。
ダルクは頼りになる。トモキさんも心強いだろう。

「で、タース。お前さんは、レスカリアに逃げろ」
「え?」
タースはきょとんとした。

意味が分からない。

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「想うものの欠片」第六話 ⑬

13

「そうか、話してないんだもんな。銀聖さんよ、いい加減話してやったらどうだい。あんたの目的を」

話をふられて、シーガは急にうろたえた。

「ま、まずは、夕食にしましょう。その後でも」
「おやぁ?シーガ様、さっきタースは夕食抜きだって言ってなかったかな?」

「気が変わりました!さ、夕食です。タース、どうせ、ろくに食べていないのでしょう?前にも増して貧相ですよ」
「なんだそれ!」

「ま、雑種らしいといえばそうですが」
「うるさいよ!もう、ほんと口悪いな!トモキさんの優しいところ少しでも見習って欲しいよ!」
「まあまあ」

ダルクはすでに部屋を出て行くシーガをおって立ち上がると、憤慨しているタースを立たせた。
「とにかく、腹ごしらえだ」

タースはぷんとしながらも、ぐぐ、と嬉しがる腹の虫には勝てなかった。



夕食後、シャワーも浴びてタースは爽やかな気分でミキーがくれた解熱剤の飲み物を喉に流した。
美味しそうに飲み干すのをみて、ミキーは嬉しそうにタースの隣に擦り寄る。

「なんだ、それ」
ダルクは、タースの向かいで、食後の一杯とばかりに麦の蒸留酒をグラスに注いだところだ。香ばしくあぶった鴨の燻製をつまみにと目の前においている。

シーガとミキーの休む部屋だ。
二つのベッドは天蓋がついていて、ミキーはそれを喜んで先ほどまでベッドの上で転げまわっていた。

タースが熱を出しているとシーガに指摘されて、ミキーは嬉しそうに薬を取り出したのだ。
「これ、よく分からないけど解熱剤なんだって」
「お前、どこか悪いのか?」
「そうじゃないよ、ミキーが触れると、熱が出るんだ」
「…ああ、そういや、ユルギアだってな。…で?薬か?触らせなきゃいいじゃないか」
あきれたようにダルクは鴨肉を引きちぎった。

「僕は熱があっても平気なんだよ。ただ、シーガが心配して煩いから」
「まるで、母鳥だな」
「親になった記憶もありませんし、鳥というのは納得いきませんね」
二人の会話に、シャワーを浴びたばかりのシーガが口を挟む。

ぬれた銀の髪を手馴れた様子でくるくると頭上にまとめ、真っ白な夜着を身に着けた様子は、小柄であれば女性にも見える。

ぷ、とタースが吹き出した。

「なんです?」
「いやぁ、本当に、あんたが女だったら嬉しいんだがなぁ」
ダルクもつまみにと青年をじろじろ眺めて酒を口に含んだ。

「下世話な。ミキー、私にはワインを」
「はい!」
「あ、いいよ、ミキー、僕がやるよ」

タースが少女の後を追い、二人で楽しそうに大きなトランクをせーの、と開く。

さまざまな荷物で一杯のそれから、ワインのボトルを一本、ひっぱりだす。

「タース優しいですの」
「そんなことないよ」
「分かりますの。ミキーと同じ!シーガ様のこと大好きですの」

「…ミキー、対象が違うよ。僕が好きなのは君のこと。シーガはついで」
二人の変なやり取りをダルクは苦笑しながら眺める。
「不思議なもんだな、ああしてみてると普通に女の子なんだがなぁ」
「ええ…」
シーガは何かに気付いた。

髪を乾かす手を止めて、窓辺に近づくとよろい戸を開いた。
ふわと、夜の風が入り込む。


「なんだよ、シーガ、風邪引くよ?」
タースは何か甲高い音を聞いた。
小さいそれはシーガの口元から出ているようだ。
細いとても小さな声。口笛に似ている。

ばささ!!
窓辺に何か黒いものが降り立った。

「げ!来やがった」
ダルクが腰を浮かせて、酒の入ったグラスとつまみの皿を手に取ると、避難するように部屋の奥、ベッドの隅にと下がった。
「なに?カラス?」

カラスはちょんちょんと窓辺からテーブル、そしてタースの向かいに座るシーガの膝へ。
翼をたたんだまま大きな足で跳ねる。
黙ったまま、黒い頭をかしげ、ちらりとタースのほうを見た気がした。
「…なに?これ」

タースの言葉に不機嫌に鳴く。
「グカ」
「?変な鳴き声」

次にはくちばしがタースの膝をつついた。
「いてっ!」
慌ててよけようとして、反対側に座るミキーに寄りかかるようになると、ミキーがキャと小さく声を上げる。
「あ、ごめん」
「タース、これはタンラ。スレイドのペットです」

シーガはそういいながら、カラスが持ち上げた片足に、小さな筒状のものをくくりつけた。それは皮で出来た指一本分くらいのもので、落ちないようにしっかりと皮ひもでくくられていた。

「スレイド、さすが」

タースが黒い頭に触れようと手を伸ばすたび、タンラと呼ばれるカラスは威嚇してくちばしを開く。からかって何度か繰り返すうちに、ついにつつかれる。お、とつぶやいてタースはまたタンラに手を伸ばす様子を見せる。

「グカァ!!」
それでもカラスはシーガのために片足を上げている。
動けず、時にふらついて翼をばたばたとさせた。タースには面白い。
「あ、これもユルギアなの?」

「タース、これに嫌われると厄介ですよ。止めなさい。これは普通のカラスです。スレイドが躾けたので、こうして手紙のやり取りが出来ます」
「ふうん。手紙なら、街で電報が使えるのに」
「バカですね、重要なことを電報で打てるはずがないでしょう?交換手に読まれてしまいますよ」
「…あ。そうか」

感心して、肝心なところを聞きそこなうところだった。
「……で?スレイドからお手紙なんだ?そういえばスレイドはどこにいるの?いつも違う宿だよね?」
「くく、幼馴染だからな、仲が悪いんだよ」
それにはダルクが笑って応えた。

シーガは取り出した細長い、白い筒状の紙をのばした。それは丁度、スレイドが持っている護符と同じ大きさに見えた。
いつもスレイドが護符を離さない理由をなんとなく解して、タースは感心する。
スレイドは一体どういう人なんだろう。

「例のムハジク候にわたった赤い石。何のためにムハジク候があれを手に入れたのか、気になりますから。スレイドにライトールへ向かわせました」
「ふうん」
シーガは薄い紙をじっと眺める。
「で?スレイドから何か?」

部屋の隅で壁際に立ったままダルクは片手に皿、片手にグラスでタースたちを眺める。皿の鴨肉を口に運ぼうと、皿後と食べそうな勢いでぱくりと噛み付いている。

「明日の夕方には国境に着くようです」
「ふうん。それだけ?」
タースがタンラをからかいながら、ふと口にした一言にシーガは眉をひそめた。

「…ええ、それだけです」

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「想うものの欠片」第六話 ⑭

14

「それだけのこと、わざわざカラス使うんだ。マメだなぁ、ま、カラス見れて面白いけど」

グカ!!

油断したタースの手のひらを、大きな口ばしがガツッと挟んだ。

「うわ!!」
慌てて手を振り払う。

「タース!」
その手がシーガの腕に当たり、シーガが紙切れを取り落とした。

「痛いな!もう!こいつ!」
タースが反撃とばかりにカラスを抱きかかえようとしたのでタンラは翼を広げてテーブルの上を走り回る。タースは捕まえようとそれを追い回す。

「止めなさい!!」
「きゃ!!」
「こら、ワインが!」
「だってさ!」
言いかけたときには遅く、タースの肘はワイングラスを直撃。

コン、と硬質な音をさせて陶器のワイングラスが倒れ、赤い液体がすっとテーブルを伝う。

「ああ!」
シーガは慌てて立ちあがり、ミキーも服を汚すまいとイスの上によじ登った。
「ごめん、ごめん!」
タースは慌ててグラスを元に戻すと、シーガが髪を拭いていたタオルをつかんでテーブルと床を拭いた。
「グカー!!」
その頭に嬉しそうにタンラが乗る。

「いて、お前馬鹿にしてるだろ」
そういいながらもタースはカラスのするがままに任せ、目の前の作業に集中する。

「まったく、お前は!」
「ビックリしたですの」
「案外とろいな、タース…おい?」
ダルクが最初に気付いた。

タースはテーブルの下に落ちた、スレイドからの手紙を読んでいたのだ。
「!タース、お前、まさかわざと?」
シーガが慌ててそれを取り上げようとする。
と、タースは無言でワインに汚れたタオルを青年の目の前に突き出してけん制する。
「!」

「これ、どういう意味?」
「なんだ、何が書いてあるんだよ?」
ダルクもカラスの存在を忘れテーブルに皿とグラスを置いてタースの持つ紙切れを覗き込んだ。
「あなたが神に仇なすのであれば、母君は悲しみます。くれぐれもおかしな行動は取らぬよう。もし、あなたのそばに星がいなくなれば、私は星を闇に返します」
タースが読み上げる。

ダルクは腕を組んでイスに深く座った。
ギシりときしむ。目の前でタンラが鴨肉を一切れ口にくわえても、気にしないようだ。

「どういうこと?これ?」
「なあ、タース。まずは、お前さんが追われる理由からだ」
口を開いたダルクは、スレイドの言葉の意味が分かるのだろう、渋い顔でシーガを見つめた。

「いいでしょう。私が、話します」

ミキーが柔らかな手でタースにしがみつくので、タースはそっと手をつなぐ。
こぼれたワインのむせる匂い。
タースはイスに座り、濃厚な香りを避けるように抱えた膝に鼻までうずめた。


「混血を禁じられていることは知っていますね?」
タースは頷いた。
「お前は、シモエ教区で生まれたとそういいましたね」
「ああ」
「シモエ教区にいるのはシデイラと、彼らを管理する役目の神職のものだけです。女性はいないはずですから、きっとお前の父親が、ライトール人の司祭見習いか何かだったのでしょう」
言われるとおりだった。
父親はライトール人だった。
そこでシーガは足を組みなおした。

「私たちがライト公領でお前を捕らえたすぐ後に、国内のロロテス派からシモエ教区の視察をしたいという申し出がありました。我らミーア派はお前の存在を知られるわけには行きませんでした。だからお前をシモエ教区に送ることはやめ、聖堂内にとどめ、機を見計らって旅立ったのです。お前を国内から追い出してティエンザで解き放せば存在をなかったことに出来る。そう計画しました」

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「想うものの欠片」第六話 ⑮

15

「タース?」
つないだ手に力がこもったことに、ミキーは不安そうにタースを覗き込んだ。

「公国政府にはお前が我らの手から逃げ出したと伝えてあります。大公はお前が我等と供にいることを知らない。公国政府は密かに指名手配しました。我らは政府にも秘密裏にお前を隠すつもりでした。しかし、どこから漏れたのか、ティエンザ王国にも混血の存在が知られています。ティエンザは公国政府より先にお前を捕まえるために新聞記者や街の警備兵に知らせ、賞金をかけたのです」

「お前の存在自体はそう大きなことではありません。ただ、今はティエンザがロロテス派と共謀し我が国に圧力をかけている。我が国は少しでも弱みを見せたくはない。付け入る隙を与えたくないのです。そのために、お前は逆にティエンザにとっても貴重な引き金なのでしょう。だから一万も出すのです」
「…引き金?」

「…ティエンザのライトール公国侵攻の引き金になりうるのですよ」
「戦争になるの?」
「最悪の場合は。すでに、今は工業技術にしても資金力にしてもティエンザ王国が勝っている。もちろん、兵力も然りでしょう。後は公国内の各都市のうち主要都市を味方につければ首都ライト公領など、なんとでもなります」
「シーガたちはなんで大公からも僕を隠したの?」

分からない様子の少年に、シーガは地図を広げて見せた。
ライトール公国の地図だ。国内は二十四の都市に分かれている。それぞれの都市にある聖三角の印を指差して見せた。
「国内の都市ごとに聖堂があります。小さな村や町の礼拝堂を管理している、各都市の代表ですね。これまで各都市の聖堂はミーア派が占めていました。ですから、大公はミーア派と親しい。

しかし今はロロテス派が増えている。ここも、ここもです。そうなると当然、司祭会議はロロテス派が多勢を占める。司祭会議では多数決で国を代表する大司祭を選出します。
ロロテス派の台頭が進み、大司祭がミーア派のファドナ聖女ではなくなった時、大公リュエル三世は「教会」全体を、強いては二十四都市すべてを敵に廻す可能性がある。

しかし今の段階では大公はミーア派を切り捨てることが出来ずにいます。

大公がお前を捕らえた場合、ミーア派にその事実を突きつけミーア派を一気に追い落としロロテス派に媚を売ることも可能になる。ですから、われ等は密かにお前を隠したのです」

実感はわかなかったが、自分がミーア派にとって邪魔であることはよく分かった。
大公にとって不利な材料になれば、亡き者にされる可能性も高い。


タースは握り締めた拳に乗せられたミキーの白い手を睨みつけていた。

「ロロテス派がシモエ教区にこだわった理由は、知っていたの?知っていて、明け渡したの?」

「うすうすは感づいていました。ですが、ライトール公国の大公は、教会で決めたことに口を出すことが出来なかった。これは、ミーア派の落ち度でもあります。お前の存在がなければ、われ等もそう簡単に退きはしなかったでしょう。ティエンザがシモエ教区を管理下に置くことは予測されていました。ただ、赤い石のことは計算外でした」

「僕のせい、なの?」

「だれもお前のせいになどしていませんよ。しかし、混血児がいるのではないかと疑いをかけられているものを隠そうとすればますます怪しまれる。正々堂々と受け入れるしかなかったのです。ミーア派が引き上げると同時にこれまで警備を行っていた我が国の軍は引き上げ、代わりにティエンザの軍が配備されました。ライトールは、背中に敵軍を引き入れてしまっています」

シーガは、荷物の上に無造作に置いてあった新聞を、タースの膝に置いた。
そこには、ティエンザの王とライトールのリュエル三世が握手している写真がある。
ティエンザ王国がシモエ教区管理に協力を申し出る、という平和そうな見出しが躍る。

タースは混乱していた。
自分が、疎まれる存在だとは分かっていた。
けれど隣国の戦略に利用されるなど、想像もつかなかった。
既に巻き込まれていて、そのために今、こうしている。隠れて、逃げているのだ。

「あの、シーガ。僕は、その……」
シーガも僕のことを、邪魔な存在だと思っているんだろうか。


「お前が、青い石、ルリアイのことを知っているのは私個人にとっては嬉しいことでした。大して役には立ちませんでしたが」
「……それ、慰めてるの?」
青年の表情は変わらない。
切れ長の瞳がじっとタースを見つめた。

「慰めが、必要なのですか?」
タースは目をそらした。
自分が選択してきたのだと思っていた。そのためにシーガは旅に連れ出したし、シモエ教区にも行かずに済んだ。

自分で選んだ結果だと思っていた。
彼らに再会し、強引に連れてこられたが、それでも内心は嫌じゃなかった。逃げ出したのにこれまで通り接してくれる二人が嬉しかった。やはり、できることならミキーのそばにいたかった。
一人で駅にたたずんだ寂しさは、彼らに出会う前よりずっと胸を痛くした。


ダルクが無言でタースの肩を叩いた。一つ息を吐いてタースは続けた。
「それで…この、手紙の意味は?もともとの計画は、僕をティエンザで自由にすれば、それでよかったんだろ?捕まっても平気だと思ったんだろ?」
「いいえ、お前の存在を知られる前ならどうとでもなると考えたのですが、どうやら甘かったようです。ですから、スレイドはお前をわれらの監視下に置こうとしているのです。私がお前を逃がせば、お前を闇に葬ることもすると、そう言っているのです。スレイドは、ああ見えても何でもやれますから」


「タース?」
ミキーが声をかける。
「おいおい、そんな顔するなよ」
ダルクが背をなでる。
暖かいその手も、今はタースには感じられない。

シーガもスレイドも思惑があって、そのために僕を同行させたんだ。
邪魔な僕をどう処分しようか考えていたんだ。
まだシーガの両親を探すためのほうがましな気がした。
ましって、どういう基準なのかも分からないけれど。
あの黒猫を思い出した。
そばに居てくれれば、可愛がってくれれば誰でもいい。

僕も、同じだったのかもしれない。
そばに居てくれるだけで、いつの間にかシーガたちが必要になってる。あんなに苛められるのに、僕は野良猫のように尻尾を立てて嬉しそうに擦り寄っているんだ。
今も、まるで捨てるために箱に詰められて、運ばれる仔猫。

そんな旅を楽しいとすら、感じていた自分がひどく情けない。
涙がこぼれそうになるくらい悲しいことが、余計に悔しい。
なにを、彼らに期待していたんだろう。

バカだ。

最初から人間扱いされてないのに。
今更、真実を知って悲しくなっている。本当に、僕はバカだ。

「タース?大丈夫ですの?」
ミキーが正面に回って、そっと覗き込む。
目の前に少女の柔らかそうな胸が見えた。
そのまま、抱きしめた。

抱きしめて、静かに泣いた。

「ま、そりゃ、ショックだよな、お前さんは何にも悪くないんだ」
「タース…。私はお前をレスカリアに逃がしたいと考えています」
「…なんで?」
鼻声が妙に情けない。
それでも涙をぬぐうことが出来ずにいた。

「それは…」
「誰も知らないところに追い払えば、害はないから?」

「タース、そいつは違うぜ」
ダルクが鼻息を吐き出す。

「銀聖のだんなだって、お前のために人生を壊すわけにはいかんだろ?この人にはこの人の生活があるんだ。育ててくれた聖女を裏切ることも出来ないしな、下手なことをすれば自分も追われる。それでも、お前を自由にしたいと考えているんだ。無責任だからじゃないぞ」
「!?」
「お前が、甘えたい気持ちも分かるがな。俺たちにしてやれる、精一杯なんだよ、お前をレスカリアに逃がすことが」
「…ごめん、シーガ。ダルクさん。そうだね。僕の人生なんだ…」

タースはうつむいたまま黙り込んだ。
ミキーがそっと、その肩に頭を乗せる。柔らかな耳がタースの頬をなで、慰める。
タースはミキーを抱きしめた。
ミキーも大人しくされるままになっている。

誰も、何も言わなかった。

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「想うものの欠片」第六話 ⑯

16

「あの、あのさ」
タースが沈黙を破る。
「なんだ?」
とダルク。飲みかけの酒のことなどすっかり忘れている。カラスが首をかしげ器に顔を突っ込んでいた。
「あのシーガ…、そばにいたら、いけないかな」
「タース……」
「その、ずっとじゃ、ないけど、…その」
「…お前の人生です。お前が決めることです」
「一緒がいいですの。タースが悲しいとミキーも悲しいです」
顔を上げると少女の夕日色の瞳がにじんで見えた。
こぼれた涙のいくつかが、小さな青い結晶となって抱きしめる少女の胸に落ちる。
それは、ふわりと沁み込むように消えていく。

その様子を見ていたシーガは、眉をひそめた。
「タース、ミキーを放しなさい」
ミキーの体に落ちたルリアイを確かめようと、シーガはミキーの腕を取ってタースから引き剥がした。
「やん?」
足元を見渡しても、ルリアイはない。

「な、何?」
タースは泣いたことが急に恥ずかしくなって、目をこする。

シーガはタースの足元を確認するが、そこにもルリアイはなかった。
「なんだよ?」

「今、お前はまた、ルリアイを作り出しました。それは、ミキーの体で消えた」
「?何言ってるんだよ?」

意味が分からず、タースはミキーとシーガを交互に見つめる。
ルリアイがこぼれる瞬間の自覚はない。
「るりあい?」
ダルクは首をかしげた。


「ミキー、服を脱ぎなさい」
シーガの視線がミキーの胸元に向けられたのと同時に、タースはミキーを引き寄せて背後に庇った。
「何言ってんだよ!ヘンタイ!」
「!?ヘンタイ…!?」
ぶ、とダルクが噴出した。
「ミキーに触るな!」

「タース…お前は、バカですか」
そういいつつも、タースと同じ想像をしてシーガは手で口元を覆った。珍しく、本当に珍しく頬が赤くなっていた。
「だめだよ!ユルギアでも、お人形でも、ダメなものはダメ!触らせないからな!」
先ほどまで人生の終わりを見たような顔をしていた少年が、必死にミキーを護ろうとしている姿にシーガは頬を緩めた。
「ミキーの中にルリアイが入ったっておかしくないだろ!触るな!うひゃ!」
耳元に柔らかい息を感じて、タースは思わず声を上げた。
ミキーが嬉しそうに首にすがりつく。
「いたずらですの!」
「ミキー!?何するんだよ!もう!」

「ぷ、ははは!」

真っ赤な顔をしているタースに、我慢できずにシーガは笑い出した。
口元を手で押さえているものの。
確かに彼は、心から笑っていた。
ダルクはいつの間にかそばで羽を休めるカラスをなでて、二人を見て笑っている。
タースは顔を赤くしたまま、ミキーを抱きしめた。

理由なんかどうでもいい。とにかく。
僕はミキーのそばにいたい。
シーガのことも、嫌いじゃない。
もう、そうなってしまったんだから。気持ちは、変えられない。

目の前のミキーの夕日色の瞳に、そっと密かに誓っていた。

そばにいることを。

翌日。
シーガとミキー、そしてタースはティエンザの首都へと旅立つことになった。
宿を出ると通りはすでににぎやかに自動車が行き交う。昼下がりの煮えかかったような空気にタースは不思議な安堵感を覚えて目を細める。
けたたましい自動車の警笛に、いちいち顔をしかめるミキー。
シーガは埃っぽいとコートの襟を立てた。
タンラはなぜかタースの頭を定位置と決めたらしく、今も毛づくろいのついでにタースの頭をつつく。

「いて!」
「グカ♪」
「もう!」
「ググカ♪」
「!いて!」
「うるさいですよ、タース。諦めなさい。お前が苛めるからです」

呆れる青年に、後ろから付いてきていたダルクがまた、笑う。
「苛めると好かれるって訳か。そりゃ大変だな」

「笑い事じゃないよ!タンラ、ほら、あっちにもいい感じの帽子があるよ」
「グカ」
カラスの視線を避けるようにダルクは帽子を押さえた。
「タンラ」
シーガの言葉にタースの頭は軽くなる。
青年の肩にうつり、小さな餌を一かけらもらうと、タンラは飛び立った。

スレイドに首都エンザへ向かうことを伝えるためだ。
見上げる蒼に黒い鳥は大きく弧を描く。響くトラムの汽笛に流されるかのように小さくなっていく。
風はライトールより幾分涼しい。ティエンザは首都が高地にある。これからはタースもコートが欲しくなるだろう。遠くかすんで見える目的地をシーガは見つめる。

準備が整うと、ダルクが見送ってくれた。
「首都には大聖堂がある。ロロテス派の本拠地ってとこだな。気をつけなよ、あんたもさ」
シーガは目を細めただけで、いつもどおりの表情だ。
「それから、コナツ」
「コナツは止めようよ」
「いいだろ、折角考えたんだ、俺くらいは使わせてもらうぜ」
タースの肩に手を置いて、ダルクはぽんぽんと二回、叩いた。

「元気でな、気をつけろよ。トモキは俺に任せろ。ちゃんと新聞は目を通せよ、俺やトモキの記事が出たら、しっかり読んどけ」
タースは頷いた。

「なぁコナツ。いつかさ、お前が自由になって、国が安定したら。いつでも来いよ。お前は俺の助手なんだ、こき使ってやる」
「グカ」
代わりにタンラが応える。

タースは大きく鼻で息を吸った。
そうしないとまた、目が潤んでしまいそうだから。
「おいおい、お前までシーガの真似して仏頂面しなくていいんだぜ。素直なだけが取柄だろうが。俺との別れは楽しい別れだ、いつかよかったと思える別れなんだぜ」
そういうと、ダルクはタースを抱きしめた。

タースは初めて『帰る場所』を見つけた気がしていた。

だから少しみっともないが、嬉しくて泣けた。

第六話 了

第七話公開は2008/1/1を予定してます♪インデックスに戻る
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