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「想うものの欠片」第七話①

前回までのあらすじ~
なぜ自分が追われるのか、その理由を知ったタース。世話になったダルクさんにトモキさんを任せてタースは旅立ちます。出会ってから約二ヶ月。やっと心打ち解けて仲良し(?)になった三人の楽しい旅が始まりますが。世の中はじわじわと動き出しているのです…そう、タースやシーガが思いもかけない方向に…



第七話『胎動』




その赤は妖艶な光をたたえていた。
艶やかな血より明るい赤。こっくりとした石は綺麗な涙の形にカットされ、美しい白金の台にはめ込まれている。

それを受け取ってから、なぜかリュエル三世は眠れなかった。

石のはまったこの衿止めをカヌイエの領主ムハジク候が届けさせたのが二日前。
あまりの美しさに箱を閉じることが出来ずに寝室のテーブルに置いてある。

明日、聖女ファドナとの会食がある。プレゼントしたいという衝動に駆られながら、それでもムハジク候に譲り受けたばかりの品。右から左という形ではまずいだろうと大公を迷わせている。

ライトール公国、ライト公領。

静まり返った大公の私室は高い天井のシャンデリアは消され、今は壁際のランプとベッドサイドの卓上ランプだけが灯りの源になる。
窓には厚いカーテンが引かれ、銀の刺繍が煌く。金の飾り紐だけが小さく揺れる。
執務室より幾分狭いこの部屋は大公と身の回りの世話をする召使だけが出入りしていた。

身の回りの世話をする召使、ジンジャーは与えられた隣室で控えている。間の壁にある小さなのぞき窓はステンドグラスの羽目殺しになっている。色とりどりのガラスのうち透ける模様で大公の様子を見守ることが出来る。通常は大公が就寝したかどうかをジンジャーに知らせるためのものだ。

毎晩、大公の就寝を確認するまでがジンジャーの仕事だ。

ここ数日、大公の就寝が遅いためにジンジャーは心配しながらも黙っている。その夜も消えないランプの光を読書しながら眺めている。
暖かいこの時期でも夜は上着が必要になる。初老のジンジャーは夜着の上に毛織のストールを羽織った。

小さく、硬い音が響く。

「どなたでしょう」

召使がイスから立ち上がったときには扉が細く開かれる。

「ごめん、ジンジャー」
首をかしげてかがんだ低い位置からのぞく青年の表情に、初老の召使は目を細めた。

青年は父親譲りのはっきりした眉と母親に似た愛くるしい目元をしていた。今年二十八になる、大公の長男トエリュだ。

「どうぞ、エル様。何かお飲み物でも?」
ジンジャーと呼ばれた召使は扉を開いて青年を招きいれた。
この五十五歳の女性にとって青年は同年の息子と同様に可愛がって育てた存在だ。

トエリュはすっかり寝る準備を済ませた格好をしていたが、その表情や髪の様子にまだ寝ようと試みたわけでもないことをジンジャーは感じ取る。
狭いジンジャーの部屋の片隅、普段は洗濯物をたたんだり繕い物をしたりするテーブルに近づくと、青年は軋むイスにまたぐように座る。
背もたれに両腕をからませてそこに顎を乗せた。
昔からの、同じ姿だ。

「ね、ジンジャー。父上はまだアレに見入っているのかな」
「はい」
ジンジャーはポットに入った茶を青年のためにと、彼女の持つ一番高級なカップに注ぐ。
「昨夜も遅くまで起きていらっしゃいましたよ」
「あれ、ぞっとする色だったよね」
「そうですね。血の色を思い出させます。候が何をお考えか分かりませんが、大公の惹かれようはこのあたりをカラスにつつかれたような気分になりますよ」

ジンジャーは不安なことや心配なことがあると、ふくよかな胸元を手で押さえてカラスにつつかれると例える。なぜカラスなのかと聞くと幼い頃にカラスにつつかれたからだというが、トエリュにとってはあまり納得できる理由ではなかった。彼女特有の冗談めかした比ゆなのだとも想う。

「今朝もね、父上の寝不足を私が指摘したら、随分とご機嫌を損ねてね。だけど、気になって」
「ご様子は護り窓からご覧になれますよ。どうぞ」
トエリュは部屋の隅の細長いステンドグラスの窓を眺めた。座ったまま眺めるだけで動こうとはしなかった。

「ここから見るよ。父上はアレを聖女にプレゼントするおつもりだろう?」
「お分かりですか?」
「親子だからね、私でも同じようなこと考えるから。でも、父上がどう頑張っても聖女ファドナさまはなびかないのにね。あの人は銀聖に夢中だ」

テーブルにマシュマロと供に茶が置かれると、トエリュは嬉しそうに口に運ぶ。
「やだな、ジンジャー、夜中に甘いものなんて体によくないのにさ」
「お好きでしょう?」
穏やかに笑う老女。文句を言いながらもすでに青年は食べつくし、口の中で茶にとろけるそれを味わう。

「まあね、なんていうか女性らしい食べ物だよね。私はこれを食べる度にミネアを思い浮かべるよ」
「トエリュさま、ミネア様は」
「分かってるよ、分かってる。あの人はもう他人のものさ。分かってるけどねぇ、どうにも彼女は魅力的でね。別に想うだけなら自由だろ?」
ジンジャーは苦笑する。

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「想うものの欠片」第七話②



「女性に夢中になられるご様子は大公とよく似ておられますね」

「趣味は断然私のほうがいいよ。ね、ミネアともよく会うんだろう?元気にしてるかい?」
「エル様」

「ね、教えてくれよ、お前がマシュマロなんか出すから悪いんだよ?だいたい、スレイドなんてどうして選んだんだろ?聖女に仕える聖職者にしてはどうにも怪しげだしね、あの男とミネアが並ぶ姿、見たことないんだよね。仲悪いんじゃないかな?」

「どうでしょうね。スレイド様とあなた様ほどではありませんよ」
「あ?なんだ、くく。お前も。言うなぁ。私とスレイドは仲が悪いって言うんじゃないんだ。互いに無関心なだけさ。だいたい、私がなぜあの男と仲良くしなきゃならないんだい?」

「…そうですね、スレイド様は爵位をお持ちとはいえ、あなた様とは身分が違いますもの。ミネアも、エルさま、あなた様とは身分が違うものですよ」
「はいはい。いずれ、そばに呼んで見せるさ」

「そうやって、昔からスレイド様の物を取り上げようとなさる。どうしてでしょうねぇ」
「さあね、私にも分からん。ただ、気に入らないのさ。あいつは他の家臣とは違う。父上に取り入るようでいてそうでもない。なんだか変な感じなんだ」

ジンジャーは読みかけていた本を閉じ、大公の寝室とつながるステンドグラスの窓、そこに視線を移した。

「もしや、スレイド様なら大公様も聞いてくださるかもしれませんね」

「ジンジャー!」
「エル様、お声が大きいですよ」
「二度と、そんなこと言うなよ!お前は私の味方だ。いいな!」
癇に障ったのだろう、青年は赤みの勝った髪をかき上げると部屋を出て行った。
お休みの挨拶もなく。


ジンジャーは護り窓を振り返り、また、小さくため息をついた。
スレイドというあの黒尽くめの青年なら、大公は忠告を聞くかもしれない。そう考えたのは、思い当たることがあるからだ。それはトエリュも感じるところで、だからこそ青年はスレイドに嫉妬を隠せない。

ただの孤児である男になぜか大公は気を許し、爵位まで与え、二人きりで話しこんでいることもある。それはスレイドが聖女の付き人としてこの屋敷に出入りするようになった頃から始まっていた。
トエリュにとって、亡き母の代わりにと大公に切望される聖女とその付き人というだけでも気分を害す存在なのだ。気持ちはわからないわけではない。
ジンジャーは大きなため息をついた。

同時に大公が、まるで初恋をする若者のような想いを聖女に寄せていることもよく分かっている。どちらにしろ、召使であるジンジャーは見守ることしか出来ない。


リュエル三世は召使の思いも知らず、就寝前の習慣でベッドに横になり愛読書を開く。
なにか囁かれたかのように気まぐれな衝動が沸いた。

実のところ、赤い石を見てからというもの自分自身少し変だとは感じるのだが、その衝動は本来の自分を感じさせる。今まで気付かなかっただけで実は自分はこういうものが好きだったのだ、と改めて考えていた。
それはあなたの癖なのだと人に言われ、初めて意識するのに似ている。
抗いがたく、その存在を疎ましく感じる必要もないといった感覚。

気になるのだ。
生まれて初めて宝石を手にした若い女性のように、嬉しくてつと視線を向けてしまう。大公は起き上がると、本を置く。テーブルに乗る衿止めを持ち上げ、ふと胸元に当ててみた。

何度となく繰り返した動作だった。
そうして眺めるたび、ため息を吐いている。
麗しいほどの赤。

丁度、今肩にかける絹のローブに色合いがあう。止めてみた。
姿を見ようと壁にかかる鏡へと向かう。

テーブルの上の空になったカップを見て取ると、喉の渇きを覚え、ジンジャーを呼ぶベルに手を置いた。と、そこで時計に目をやり、随分遅い時間だと気付く。
ふん、飲み物をあきらめて再び鏡へと気持ちが戻った時だった。

どくり。

なにか、普段と違う。
意識したことのない自らの鼓動が、今は不自然に早まる。
強まり、そして、弱まる。

「な…」
寝不足だったからだろうか、と。大公が想うまもなく、一気に目の前が赤一色になる。
ひどい眩暈。
とくり。

意に反する動きを続け、心臓は苦しげに、軋むかのように。
ふいに動きを止める。


なんだ?

後頭部をぬるい湯に浸されたような感覚のなか。

リュエル三世は最期のときが来たことすら気付かずに倒れた。

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「想うものの欠片」第七話③



ティエンザの高地にある首都、エンザは早くも夏の終わりを迎えようとしていた。

例年であれば木々にはまだ濃い緑の葉が繁り、日差しは強い。日中は暖かく、夕闇に沈む頃には急激に気温が下がる。
内陸に位置し、遠く南に海を見下ろすその街はこれから迎える秋が最も美しいとされる。
しかし、この年は違っていた。

街路樹の広葉樹はすでに半分葉を落とし、季節はずれの冷たい突風とここ数日続いた豪雨にくたびれた印象を与えた。
建物は湿り気を帯び、豪雨に流された枯葉が通りの隅にたまっている。

地震にはまだ見舞われていないが、被災地から働き口を探してこの街に流れてくる者も多い。トラムの駅は立派な大理石の駅舎を持っているが、その周辺にたむろする人々は一様に疲れ、暗い表情をしていた。

石段に座り込む家族連れ、公園で寝泊りしている若者。早朝ともなると、各地の工事現場での仕事を得ようと、公園前の掲示板に大勢が群がる。
貧しい姿の彼らを詰め込んだ業者の荷馬車が数台走り去ると、公園は静まり返る。

そして、商店が軒のテントを上げ、窓を拭く頃にはトラムの汽笛が景気のいい音を響かせる。エンザにある会社や工場、商店に勤める人々が駅から吐き出される午前九時には、街のかげりは消えうせる。華やかな首都が目を覚ます。


早朝から、宿で街の風景を眺めていたタースは、駅前の商店が開くのを待って新聞を買いに出かけた。
戻ってくると、いつの間に起きたのか、ミキーはすっかり着替え終わっていた。
少しだけ残念な気分でタースは少女の手に新聞を渡した。

「おはよ、ミキー、起きたの?」
「はい。タースの寝顔見ましたの♪」
「え、そう?」
先にミキーが寝てしまったことを思い出して、タースは首をかしげる。

起きたのもタースが一番だった。ここ数日の習慣で、頼まれなくてもタースは新聞を買いに出かけていたのだ。ついでに朝食の準備を宿の主人に頼んできた。

「お前のいびきが煩かったので目が覚めましたよ。二人でお前の鼻と口を塞いでいました」
「ええ!?」
「むにゃむにゃして、可愛かったです~」
「普通に起こせばいいじゃないか!」
「それでも起きませんでした。よほど楽しい夢でも見たんでしょうね」
「ですの」
タースは真っ赤になっていた。夢にはミキーが登場していた。


タースはここに来て初めて、三人一緒の部屋に泊まったのだ。
遠慮しようとするタースに、シーガが理由を追及しようとしたので仕方なく従った。いや、実際には嬉しいのだが。

ミキーの寝顔を見てニヤニヤする少年に、案の定シーガは冷たい視線と言葉を見舞った。
だから、なるべく顔に出ないようにと我慢していたのに。

「まったく、人が悪いよシーガ!男なんだから分かってくれなくちゃさぁ!」
「何をですか?」
「な、…その。もう、いいよ!まったく、ついてないよ!新聞は三倍の値段だし、朝食はパンしかないし!」
「ああ、頼んできてくれましたか。私はパンでいいですよ?」
「僕はパンだとお腹すくから」
照れたように視線を落とす。

「…最近、よく食べますね。以前はそうでもなかったのに」
「分からないけど、お腹すくんだ」
「…タース、お前、顎に何か付いてますよ」
「あ」
タースは口元を両手で覆った。

「なんでもないよ」
隠そうとするタースに、シーガは気付いた。
「…髭、ですか?」
「ち、ちが」
「髭なら剃刀を使いますか?」
「…わない」
「使わない?」
「あ、違う、貸して!」
「タースおひげですの?!」

見せて、見せてとすがりつく少女にタースは顔を真っ赤にして照れる。
じゃれ付いている二人を眺めて、シーガはタースの買ってきた新聞を手に取った。


「タース、これが三倍になったといっていましたね」

洗面所で初めての髭剃りに挑戦している少年と、はしゃぐ少女は返事をしない。
ふん、とため息をついて、シーガはイスに座って新聞を開いた。

昨日までの大雨で、いくつかの村に被害が出たらしい。米の不作と異常気象。新聞にはそういった文字が大きく書かれていた。

そういえば、タースが朝食にライスがないといっていた。
宿泊代もサンルーの二倍はしていた。

「物価が上がっていますね…災害が続いていますし…仕方ないのかもしれませんが」

青年の生真面目な言葉に答えるのはミキーのはしゃぐ笑い声。あー、と剃刀負けをしたタースの悔しそうなため息だった。

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「想うものの欠片」第七話④



数時間後。
タースとシーガ、ミキーの三人はティエンザの首都エンザで目的の建物の前に立っていた。

尖がった屋根を持つ昔ながらの寺院建築。
サンルーを発ってから三日。またも昼食においしい肉料理を食べた後で、タースはご機嫌だ。
昼下がりのうす青い空にその屋根の青銅は鈍く輝く。時折鳩が飛び、くるくると平和に喉を鳴らす。

タースはすでにその建物の歴史について一通り傍らの少女に語り終わっていた。
さして興味もなさそうにシーガは黒いコートを翻して建物の重い鋳物の門を潜り抜ける。

装飾に造られた小さな子鬼の像が、膝を抱えて三人を見下ろしている。前庭の野ばらが深紅に咲き乱れ、ぷんと香りを運ぶ。

涼しい気候のこの街も、この時間だけは空気が蒸れている。レンガの歩道が正面玄関に続き、その周囲の生垣は綺麗に丸く刈られていた。

静かに黙って何もかもが息を殺しているように感じる。


エンザの旧聖堂。現在は新しい大聖堂が建てられ、旧建物は博物館として利用されている。

「この博物館で、ユルギアが毎晩泣くのだそうです」
シーガはけだるそうに建物を見上げた。正面の薔薇窓には精緻なステンドグラス。

「シーガ、顔色悪いよ?お昼にちゃんと食べなかったからだよ」
顎に小さな切り傷を作っている少年は屈託のない笑みを浮かべる。
「シーガ様、お薬飲まれます?」
ミキーはすかさずシーガの腕にすがり付こうとする。それをふらりとかわして、シーガは二人を冷たく見下ろした。

「タース。言ったでしょう?この博物館の館長はガネルです。ロロテス派の大司祭。お前を指名手配した張本人ですよ?」
「だから、大丈夫だって!コナツで通すし、それに普段は大聖堂にいるからこっちにはいないんだよね?」

シーガはやはり、タースだけ宿に残してくればよかったとため息をついた。

「あ、今、置いてくればよかったって思っただろ?」
「…」
「だいたい、あの手配書だっていい加減だったし、写真が載ってるわけじゃないんだ。ガネルだって僕にあったことがあるわけじゃないし」
にっこりとタースは笑う。
「それに、僕、この国の大聖堂にも興味あるし」
そういってタースは再び古めかしい博物館を見上げた。実のところ、タースの興味はそこなのだろう。

「だってね。これ、建てられた時期は不明なんだ。この国が国として形をなす前からあったんじゃないかっていう予測はされてるんだよ。でもね、僕想うんだけど」
「また、建築史の話ですか」
「不思議なんだよ」

タースはすでにシーガより、じっと見上げるミキーに視線を移していた。
熱心に聞き入る少女にタースは嬉しげに語る。

「さっきも言ったように、この建物の建築技術はとても五百年前のものとは思えないんだ。これより後の時代、それこそ四百年前の技術のほうが劣ってる。理由は分からないけど、この国が出来る五百年よりずっと前には、もっと高い技術の文明があったんじゃないかって…」
「文明?」

「そう、古代文明って呼ばれてる」

「ステキですの!」
「ロマンチックだよね」

「タース…分かりましたから、もう、その話は止めましょう」
「なんで?面白くないかな?」

シーガはふと真顔で少年を見つめた。
「古代文明の話は知っています。信じていないわけではありません。ただ。なんとなく、気分がよくないんです」
「いつも機嫌悪いくせに」

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「想うものの欠片」第七話⑤



「ったく、乱暴だな」

タースは先ほどシーガに殴られた頭をさすっている。

静まり返った博物館は、展示期間が終わって切り替え作業中で正面玄関は閉められていた。
通用口から入ってみたものの、人の気配がない。
事務室の前で、カーテンに閉ざされた受付を覗き込みながら、タースは三回目の声をかけた。

「あの~。こんにちは!誰かいませんか?」
また声だけが暗闇にむなしく響く。

「気味が悪いですの」
ミキーは二つに縛った髪を両手で押さえて、耳を塞いでいる。
シーガはますます不機嫌な顔で、黙り込んでいた。

タースは事務室に誰もいないとあきらめて、そのまま館内を進もうとした。
天井の高いエントランスの正面に階段がある。左右に広がる廊下の先には柱ごとに台座がしつらえてあり、彫刻や何かのミイラ、昔の衣装などが展示されている。しかし、そこから見える範囲ではその廊下の先には何もない。

「ね、ここにはいないよ。どこか、館内に人はいるはずなんだ。鍵は開いていたんだから」
勝手に階段を上りだす少年に、シーガが声をかけた。
「タース!」
「大丈夫だよ」
「違います、人の気配は地下室です」

立ち止まって、タースはため息を一つ吐く。

「わかってるなら、早めに言って欲しいよね」
上りかけた階段を身軽に駆け下り、シーガが見つめる地下への階段へと進む。館内は照明が落とされている。階段の脇の小さな扉を押し開くと、その先が地下へ続く。
階段は狭く、暗い。足音が異様に響く。

一瞬、立ち止まって、タースは背後の二人を振り返った。
ミキーは両手を胸の前で組んでにっこり笑う。シーガはいつもどおり無表情。

「あのさ。いいけど、なんで僕が先頭なのかな。あんたのほうが音とかユルギアとかよく分かるんだろ?」
「…今見えるユルギア全てを語ってもどうなるものでもありませんよ」
「…いいよ、もう」
「ですの」
「って、ミキー、見えてないの僕だけ?」
少女に可愛く微笑み返されて、タースはがっくり肩を落とした。

「いいよ、いいよ。見えないほうがいいこともあるよ。うん、じゃ、地下には人がいるんだよね?ユルギアじゃなくて」
「ユルギアもいます」

「…人がいればいいよ、それで」

タースはあきらめて、先頭に立って階段を降りる。
湿った重い空気。
石のむき出しの壁は、削ったあとがそのまま残るような古いものだ。所々、ひび割れたり、水の流れたような跡がある。
ぞく、となんともいえない気分が背を這う。

「ユルギアは怖くないんだよな、でも、こういうの、なんか薄気味悪い」


一人でぶつぶつと文句を言いながら、それでも時折立ち止まっては後方の二人を確認して降りていく。

階段を降りきった廊下にはランプが灯されていた。
鉄の扉。その隙間からも明かりが漏れている。
その部屋に人がいるのだろう。
タースは隙間からのぞきながら、扉をノックしてみた。
「誰だ!」
人の影でタースがのぞいていた先が真っ暗になる。一歩下がったところで、ぎぎ、と扉がさらに開いて、青年が顔を出した。

危うく押された扉が鼻先をかすめ、タースはぎょっとしたが、向こうも目の前にいたこちらに驚いたようだ。三人を見て立ち尽くした。いや、ミキーに見とれたのだ。
「あ、あの!」
タースは開きかけた扉をぐんと引いた。

「なんだい、君たちは!勝手に入ってもらっちゃ困るな!誰の許可を得ているんだい、警備兵を呼ぶよ?」
「あ、ええと」
タースは困って背後のシーガを振り向いた。

「館長からの依頼で来ています」
シーガは何か文書を取り出して、青年にかざして見せた。
青年は目を丸くして、視線をそらした。
「ああ、その件」

タースは青年が作業中だったらしい室内をちらちらのぞきながら、話した。
「あの、ユルギアが出るって言うから、話を聞きにきたんだ。この人はシーガ。ユルギアを退治できるんだよ」

一般的にユルギアは悪いものとされる。シーガの行動の目的が「退治」だけでもないことをタースは知っているが、あえて相手に合わせてみた。

青年は手に持っていた麻ヒモを木箱の上に置くと、改めて三人を見つめた。
「案内します」

その一言だけ言うと、部屋の奥へと進む。
タースも、シーガも後を追った。


室内は地下室の割りに、乾燥した心地よい空気で、換気が行き届いている。
いくつもの木箱が並んで、それらが大切に保管されているものなのだと分かる。一つ一つ、中身の確認や管理の帳簿が付いていたからだ。船便やトラムの貨物にするのだろう、箱には都市の名前が大きな文字で書かれていた。
「これ、展示品なの?」
タースの問いに、青年はああ、と言っただけだ。随分無愛想だ。

「いろいろあるですの」
ミキーは昔の貴族の衣装を見つけて、そちらに視線を奪われながら前を歩くタースと手をつないでいる。きょろきょろと見回しているタースも、つい、遅れがちになり、気付けばシーガが一番先頭になっていた。
青年が案内した部屋は、そこからさらに奥の、頑丈な回転式の鍵のついた収蔵庫だった。
「ここです。入り口が狭いから、一人ずつ、どうぞ」
青年に言われ、一瞬タースとシーガは目を合わせた。

「どうぞ」

タースが手を差し出して先を譲るとにやっと笑う。
シーガがその少し小さめの扉をくぐった。

と、不意に青年がシーガの背をドンと突き飛ばした。
「!?」
「な!?」
タースが青年の腕を取った時には、すでに重い扉が閉まったところだった。

「!?なにするんだよ!開けろよ!」

青年は扉の脇にあるダイヤル式の鍵をぐるりと回した。
「触るな!私しか、この番号は知らないんだ!」



「なんで?」
青年の胸倉をつかんでいた手を引き剥がされ、タースは顔をしかめた。
「どうして、閉じ込めるんだよ!」
「ひどいですの!シーガ様!!シーガさまぁ!」

「静かにしろ」

小柄な青年は二人を睨んだ。
分厚い扉の向こう、シーガの声は聞こえない。
「いいか、お前たちの探しているユルギアはいなかった。そんなもの、いない。夜中の鳴き声なんか、近所の野良猫だ。いいか、そう館長に言うんだ」
「どうして」
「理由なんかどうでもいいだろ!あんたたちは前金で金をもらっているはずだ。そう館長に言ってくれれば、すぐに開けてやる。そして、二度とここには来るな」

館長に。
タースは青年を睨んだ。
館長はガネル。直接会うのは、さすがにまずい気がする。

「早くしないと、知らないぞ!この中は機密性が高い。換気もないしね。一時間もすれば空気がなくなって、息ができなくなる」
ミキーが口元を両手で覆った。

タースは青年の胸元をつかんだ。その勢いに青年は一瞬怯えた顔をしたが、タースが開けろといっても首を横に振るばかりだった。

「君が私を殴ったって、私は絶対にあけてやらないぞ。こうしている間にどんどん酸素はなくなるんだ」
タースは青年の上着を放した。


ガネルに会う。
もし捕まったら。ううん、捕まるわけにはいかない。
シーガにも、ライトール公国にも迷惑がかかる。

ぎゅ、と唇を結んだ少年の気持ちなど知るはずもなく、青年は上着をはたいてメガネをかけなおした。
「苦しいだろうね、息が出来なくなるんだ」
「…分かったよ。その館長は、どこにいるんだ」

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「想うものの欠片」第七話⑥



大声など、出すはずもない。

助けを求めるような、性格ではない。

シーガは数回扉を叩いてみたが、反応がないことに手を止めた。
あの青年が閉じ込めたのだ。何がしかの条件を満たさなくては開けてもらえるはずもないだろう。中で騒いでも無駄。


改めて、周りを見回した。
真っ暗。
だが、シーガにはさまざまなものが見えていた。

一つのユルギアが青年の肩に擦り寄る。
「うっとうしいですね」

全てを消し去ることも出来る。
今、彼を囲うユルギア。いくつもの、過去の人々の思念。
むやみに消さないのはユルギアたちの語る過去に、多少の興味もあるからだ。
見え、聞こえるには意味がある。

うっとうしいからといって耳を塞ぎ、見えるそれらを消し去ってしまっては、自分の持つ力の意義を見出せない。


「おや、あなたは」

シーガは暗がりの中、かろうじて人型を取りかけたユルギアに気付いた。
その女性はふわりとありもしないドレスの裾を揺らして漂うように青年に近づく。
美しい女性だ。眉をひそめる影に長いまつげを見たような気になる。
女性はじっとシーガを見つめる。

「なるほど。あなたですか、毎晩嘆いていたのは」
シーガの目が細くなる。冷たい表情が一変してやわらかに変わるのをそのユルギアも感じ取ったかのように華奢な首を凛と伸ばし白い手を青年のほうに伸ばした。その気高い様子に、高貴なものだと分かる。

シーガは手を取ると昔の挨拶として膝を折りその甲に口付けた。
そのまま女性は座り込み、シーガに抱きつくように覆いかぶさる。
耳元に囁かれる言葉にシーガはじっと聞き入った。


博物館の通用口から外に出ると、タースは改めて見回した。
ほっとするような陽光のもと、同じ敷地内に大きな聖堂らしきものが見える。
「あっちですの」
「うん、あの聖堂にいるんだって言ってたね」

敷地内の整えられたレンガ敷きの歩道を二人は駆け出す。

公園のようになっているそこには歩道に沿って綺麗な花や低木が植えられ、散歩中の親子連れが花を眺めていた。
聖堂の前の広場には小さな噴水があり、大勢の人がそこに祈りをささげながらコインを投げ入れている。噴水を支える女神像が何か意味があるのだ。女性が圧倒的に多い。

大理石の階段を、ゆっくり上る人々をかき分けるようにタースたちは駆け上る。
黒いスッキリしたラインのコートはタースの腿まであり、その下のズボンは上質なツイード。かすかにチェックの柄が見える。黒い帽子に緋色のリボン。ミキーは同じ緋色のスカートが黒いレースに重ねられ、走る度に白い足がのぞく。
階段の下から大勢の視線を集めながら、二人は開かれている聖堂の中央の扉から中へと入っていった。

途中、聖職者だろう、袖の長い白い服を着た男性が二人を呼び止めた。
「こら、ここで走ってはいけません」
「あ、ええと、すみません」
「博物館の館長さんに会いたいですの」
「急いでるんです!」
「館長さんは何処ですの?」
息を弾ませたまま主張する二人に、男性は困ったように目を細めた。
「大司祭様は裏庭で植物の世話をしていらっしゃるが…」

「ありがとう!」
また駆け出す二人。
「あ、これ!」

男性の言葉も届かず、タースたちは聖堂の裏へと続く扉を駆け抜ける。

「タース、タース!」
「なあに、ミキー」
「あの、あのっ、館長さんになんて言うですの?」
「あ」

タースは突然立ち止まる。
回廊の途中。ミキーは二メートル先で止まって、タースを待つ。
「あの人の言うとおりにしないとまずいと思う。わかんないけど、他に開けてくれる人とか、信用できる人とかいないし」
館長がガネルなのだ、頼るわけにも行かない。

「開けてもらえないと、困るです」
「うん、…だいたい、何であんなこと?ユルギアはいなかったって?…退治させたくないのかな」
歩きながら、思案する。
シーガが言っていた。毎晩泣き声を響かせるユルギアを調査するのだと。
それをそのままにしたい青年の理由。

シーガを人質にとってまで。

「そのユルギアを護るためだとしても、短絡的だよね…とっさにやったことなんだろうけど。シーガが開放された時に訴えたらわかる事なのに」
「ユルギアはたくさんいたですの」
「彼にとって特別なんだよ、その泣くユルギアが。きっと…」
タースは彼にとって特別なユルギアを見つめた。

特別な少女、ミキーは首をかしげて可愛く笑う。

「あの人の気持ち、分からないわけじゃ、ないけどさ」
シーガに話せば、消さずに済ませてくれるかもしれない。冷酷だけど、その方がいいと思えばきっと。

タースはツクスさんを思い出していた。
消すことがすべてじゃない、いなくなれば解決するわけじゃない。
そこにいるにはユルギアだって意味があるんだ。
やっぱり、戻って青年を説得しようか。タースがきびすを返しかけた。


「君たち、こんなところで何をしているのかな」

回廊の脇から、背の低い老人が片手に草の入った籠を持って入ってきた。一段高くなっている回廊の石段を静かに昇ってこちらを見つめた。

「あ、あの。博物館の館長さんを探していて」
「ああ、それならわしだが」

老人は白い髪を短くしていて、丸い黒い帽子をかぶっている。衣装も黒いすその長いもので、肩には銀の刺繍が入った肩掛けが小さく揺れる。
細い瞳とふさふさした眉毛。日差しに影を造る眼差しの下で穏やかに笑う。

これが、大司祭ガネル。

ロロテス派の大司祭、ガネル。その本人が目の前にいる。
思っていたよりずっと穏やかそうで優しそうな老人。想像していた人物像と随分違っていた。

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「想うものの欠片」第七話⑦



「お探ししてました!」

「何か用事かな」
「僕はコナツ、彼女はミキー。銀聖シーガと一緒に博物館に仕事で来ました」
「おお、シーガどのがお見えか。ご挨拶に行かねば」
「あの、ユルギアのことで!」

老人は持っていた籠を足元に置くと、そのまま二人の肩に手を置いて歩き出した。
「話は後だ。まずシーガどのにお会いしよう。来なさい。こちらからが近道だよ」

建物と建物の間の、狭い通路を歩きながら、タースは考えていた。
シーガのこと、なんて説明しよう。

「どうした?ユルギアなど、あの青年ならすぐに退治してくれるだろう。何か、恐ろしいものでもいたのかな」
「あ、いえ。僕には全部は見えないから。館長さんは見えるんですか?」
「いいや。シデイラではないのでね。君は見えるのかな?」

タースは思わず口を手で塞いだ。見えることがばれるのはまずい!
その仕草にガネルはちらりと眉を上げた。

「あ、いいえ。見えないです。でも、その、いなかったんです、ユルギア」
「見えないのにいないというのは?」

「あー。ええと。シーガが調べて、それでいないって分かったんです!だから、あの」
「まあ、それは始めから信じてはいないがね」
「え?」

改めて老人を見上げる。
「シーガどのに会いたくてね。仕事はついでだ」
「ええ!?」

でも、それで閉じ込められちゃったシーガの立場は!?


博物館の玄関に付くと、大司祭ガネルはさっさと通用口を潜り抜ける。
タースはガネルから一歩離れて、ミキーと並ぶ。ミキーはタースと目が合うと嬉しそうに脇に寄ってきた。

一体、どういう人なんだ?

タースは背中を睨む。
視線に気付いたかのように老人が振り向いて、笑った。
タースは思わず胸を押さえる。
「私はね、シーガにあえて嬉しいんだよ。さて、ミムウトはいないのか?」
カウンターの奥をのぞいている。

「あの陰気な男の人ですか?こっちです!地下の収蔵庫にいます」
「ああ、そちらか」
老人がカウンターに置かれていた小さな呼び鈴を鳴らした。
冷たい音が響き、程なく奥の部屋から大柄な男が出てきた。

「あれ?さっきまで誰もいなかったのに」
「いやいや、彼は私の専属の従者でね。私が呼ばないと出てこないのだよ」

「ふうん」
変なの。タースはミキーと視線を合わせる。


従者が先に立ってランプをかざし、タースたちは地下へと向かう。
まだ昼だというのに窓から入る陽光が傾くにつれ、室内は暗さを増した。

従者は地下の部屋の扉を何の前触れもなくぐいと開いた。
「!?あ、大司祭様」
先ほどの青年は座っていた木箱から慌てて立ち上がった。

「ミムウト、休日というのにすまないね。一人きりの作業は気持ち悪いだろう?」
「いいえ、そんなことありません」
「で、シーガはどこにいる?」

青年はタースたちをじろりと睨んだ。
タースはむっとして、睨み返す。
「…シーガ?誰ですか?」
青年がとぼけようとするので、タースは詰め寄った。
「嘘つくなよ!早く開けろよ!」
ミキーは収蔵庫の扉にすがっている。

「何があったのかな?ミムウト?」
館長の穏やかな視線をうけて青年は視線をそらした。
頭をかき、眼鏡をかけなおし。
「シーガはここに閉じ込められているんです!」タースが叫ぶと青年は憮然とした表情で反論した。
「いいえ、彼らが突然押し入ってきたので、驚いてしたことです!大体君たち無断で入ってきただろう!怪しい人間に警戒するのは当然ですよ!」
とぼける青年にタースは鼻息を荒くする。
青年の理由を想像して、同情していたのに。唇をかみ締めた。

「早く開けろよ!シーガが死んじゃうよ!」
タースが叫ぶと、青年は慌ててタースの肩に手を延ばす。
「まあ、落ち着きなさい」
先ほどの館長の従者が後ろからタースの両肩を押さえた。
「離せよ!」
「シーガはそう簡単に死んだりしないのだよ」
そう言ったのは、館長だった。

「何、それ?」
老人は小さい目を更に細めた。
「そういう星の下に生まれている、ということだね」
意味深に笑う。タースは従者を突き放そうとしていたが、動きを止めた。
平然としているガネルが薄気味悪い。

「いいから、開けてくれよ!」
「ああ、そうだね」
老人の視線を受けてタースの背後にいた従者が扉に近づく。

その後ろからタースも覗き込む。

難なく扉が開かれた。

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「想うものの欠片」第七話⑧



闇にランプの灯りが広がるにつれ、柔らかな白い靄が逃げるように消えていく。

ユルギアだ!

タースは眉間が引き締まるのを感じた。

「シーガ!」
従者の照らすランプの明かりを背に、タースが中に飛び込んだ。
頑丈な棚が並ぶなか、青年は座り込んで木箱の一つにもたれかかっていた。
「シーガさま!」
タースが背を揺すると、少しうなって、頭を振った。
従者が助け起こそうとするのを制して、タースはシーガを抱き起こした。

「僕が運ぶよ」
「シーガさまぁ」

天井の低い収蔵庫から半分引きずるようにして出ると、タースはもう一度青年を抱き上げた。
身長はシーガの方が高いのに、少年は平気な顔をして抱え上げる。

「すごいですの!!タース」
ミキーがなぜか嬉しそうに両手を胸の前で組む。

シーガは何かぶつぶつ言っているが、意識がはっきりしていないようだ。
タースは無視して従者の後について上階へとシーガを運んだ。
館長が見送っている青年をみつめ、声をかけた。

「ミムウト、体調を崩された客人のために、コーヒーでも入れてくれないかね。話はその後でもいい」
青年は視線を落とし、広げていた書類をしまうと館長たちの後を追った。



「シーガ?」

豪華な大理石の透かし彫りの天使が、シーガに微笑む。

天井を這うように描かれる植物の文様。古いものに彩色したのだろう、趣味が悪い。コレで博物館なのだから、始末に終えない。
さぞかし、あのキュレーターの青年は心労が耐えないことだろう。
そんなことが頭の中をよぎる。

「気がついた?気分はどう?」
「ですの?」
二人に見下ろされ、シーガは数回瞬いた。

起き上がると、そこは大きなソファーとテーブルのある客間だった。金の衝立の向こうには、黒檀の大きな机と書棚。館長室だろう。
裸体をくねらせる趣味の悪い女神の銅像がその脇に置かれている。

視線を銅像からイスに座る大司祭、そして従者、目の前に差し出されたコーヒーカップへと移す。
心配そうに見つめるタースに少し目を細め、カップを受け取った。
黙って口に運び、息を深くつくと改めて回りの人間を見つめた。

「よかったですの」
ミキーはシーガの荷物とコートをまとめて抱え、ぴったりとくっついて隣に座っている。タースは脇に立っていた。
「よかった、ユルギアどころじゃなかった。館長さんが助けてくれたんだ」
シーガは目を細め、カップをテーブルに置くと立ち上がった。
目の前に立つ老人に深く頭を下げた。

「ありがとうございます、大司祭さまご本人に、このようなお手数をおかけしまして」
「やっと会えましたな、銀聖シーガ。あなたに会いたくて、わざわざ些細なことでお呼びしたが。このような時勢となった今、まさか本当に来てくださるとは」
シーガはかすかに眉をひそめた。
「あの」
口を開きかけたタースを、シーガは無言で睨んで黙らせた。
余計なことを言うなということか。

タースはガネルが言っていた言葉を思い出していた。
ユルギアなど信じていない。ただ、シーガを呼び出すために、依頼した。
そういうことだ。
何かの罠かもしれない。

それでも、仮にも教会の大司祭。ここでシーガを捕らえるような横暴な真似はしないだろうとタースは思う。思うが、どうにも何か嫌な予感がする。


「こんな時勢、とは。どういうことでしょう。何かご都合の悪いことでも」
シーガの静かな問いに、ガネルは笑った。
「いいえ、たいしたことではありません」

「…そうですか。あの青年はいったいどうして私を閉じ込めたのですか」
「あ、それは」
タースはシーガのためにコーヒーを入れてくれた青年について話した。

「あの人、貴婦人のユルギアにほれ込んじゃって。シーガに退治されたくなかったんだってさ。僕の予想通りだ」
シーガはあきれたように肩を落とした。

「誰かじゃあるまいし。彼はどうしています?」

タースはムッとして僕のこと?と視線をミキーに移す。少女はにっこりと笑い返す。

「事務室で大人しくしていますが」
館長の従者が応えるとシーガは大司祭に視線を移す。
ガネルは傍観を決め込んだようで、自分の机の前、黒い革張りの大きな椅子に座っていた。

「大司祭さま、まずは、ご依頼の仕事の報告をいたします。すみません、あの青年を呼んで下さい」
シーガの言葉に従者は先ほどの青年を呼んだ。
ガネルの従者が客用のソファーの一角を指し示し、青年はそこに居心地悪そうに浅く腰掛けた。

「あなたの見ていたユルギア。彼女はレスカリアの初代皇帝の第三皇妃ですね」

青年は目を見開いて、それから黙って頷いた。それから口を開いた。
「彼女は展示品のレスカリアの衣装についてきたんです。展示が始まると毎晩泣いていて。当時の皇帝は冷酷でした。自分の地位を脅かすものをすべて排除した。彼女の息子も賢いが故に殺されたという。それを、嘆いているのだと思います」

シーガはふと笑った。珍しい笑みだ。
「違うのです。確かにレスカリア帝国を建国した皇帝は、不死をうたって自分を唯一絶対、永遠の神と称していた。シデイラを虐げたのも事実。ですが、あの第三皇妃のご子息は生き延び、後に皇帝となっている」

「…なぜ、それを?レスカリア帝国の歴史についてはまだわからないことばかりです!
ずっと、五百年間鎖国状態だった。二年前の航路開設でやっとまともな交易が始まった。歴史や皇帝の姿、名前など知られていない。だから、今回の展示が大陸初の試みのはず」

シーガは目を細めた。

「公式にではありませんが。教会の大司祭は年に一度レスカリアに渡ります。聖地ですからね。ガネル大司祭も行かれたことがあるでしょう。私はファドナ聖女からレスカリアの歴史については学びました。そして、あの皇妃が嘆く本当の理由も」

それはユルギア本人に聞いたのだがそれについては言及せずにおく。
わざわざ自分が普通でないことを誇示する必要もない。

「本当の理由?」
「ネラ皇妃、彼女は護衛の騎士と恋に落ち、息子を置いて国を出ようとしたんですよ。しかし、そこを捕らえられ、彼女の目の前で騎士は殺された。それを嘆いているのです」
「駆け落ち、か」
タースがつぶやく。

「身勝手な行動のすえ、巻き込んだ騎士を死に追いやった。同情に値しません」
シーガの口調は冷たさを増した。大司祭ガネルも飲んでいたコーヒーが一気に冷たくなったように感じていた。

「!?あんた、もしかして」
「ええ、嘆きだけを残すユルギアなど、いないほうがいい」
「そんな!」

「…彼女に教えてあげました。彼女が愛した騎士は他の皇妃の企みによってネラ皇妃に近づいたことを。

ネラ皇妃は皇帝を裏切ったために死刑となりましたが、彼女自身も欺かれていたのです。

ネラ皇妃は静かに消えていきました。…ユルギアに惚れ込むなど」

青年は自分に向けられた視線に黙り込んだ。
「そ、その。あの、さ。仕方ないよ、好きになっちゃったんだ」
「君…」
タースの言葉に青年が張り詰めた表情を解いた。

「バカですね、お前とは違いますよ?そのために人を傷つけてもいいと思い込んだ、この男の想いは褒められたものではありませんよ。お前とは違う」
「そ、そうかな、でもさ」
「現実を見なさい」
ぱち、ぱち、ぱち。
ゆっくりとした拍手に、シーガもタースも、ミムウトも一人自分のイスに座ってくつろいでいるガネルを見つめた。

ガネルは膨らんだ重そうなまぶたの目を細めていた。
そうなるともう、瞳の色が何色なのか分からないくらいだ。

「ユルギアは消えた。これで一件落着、というわけですかな。シーガどの、お礼に食事などいかがです?私の屋敷にご招待しますよ」
「…いいえ、結構です」
「どちらにしろ、シーガ。あなたを自由にするわけには行かないのですよ。どうせなら食事はあったほうがいいと思うが」

大司祭ガネルの嬉しそうな視線はなめるようにシーガを見つめた。

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「想うものの欠片」第七話⑨



数人の足音が館内に響いた。小さなノックの後、先ほどの従者らしき男が恭しく入ってくると、何か大司祭に耳打ちした。

「ん。陛下にお目通りの約束を…」
小声の指示に、シーガは眉をひそめた。シーガには聞こえている。

「シーガ、あなたの身柄は我々が保護します」
「…なんの権限ですか」
ガネルは大げさに肩をすくめて見せた。

「あなたは大陸中で身分を保証されています。危険が迫れば保護することが各国、都市に義務付けられている。このタイミングで開戦となったことは神の思し召しでしょう」
「開戦!?」
タースも、大司祭を睨んだ。

「おや、ご存じない…と、そうですな。報道規制が敷かれたようですからな。まだ国民は知りませんが。そろそろ、国境では動きがあるでしょう。ライトール公国が、わが国に対して宣戦布告をしたのですよ」

三人は顔を見合わせた。
戦争!?リュエル三世は平和主義だったはず。

「大公が、戦争を?」
「大公は亡くなったようだ。代理にご子息トエリュを立て、カヌイエの領主ムハジク候が後見となった。既に兵を北に送ったようですな」
ガネルは続けた。

「シモエ教区で採掘された石が大公を殺したとか言いがかりを付け、シモエ教区への立ち入りを迫っているとか。たまたまその石を研究していた我が国を、敵とみなしたのでしょう。候はもともと戦争が好きだった」

シモエ教区が戦場になる。

タースはムハジク候が何に石を使ったのか理解した。ぞくりと震える。自分もそれにかかわっている。そのために、一国の主が死んで戦争が始まる。

『ユルサナイ…』
脳裏で響くノクさまの声。

まるで、あの赤い石はシデイラの恨みをしみこませ、それでリュエル三世に、いや今のこの世界に復讐したかのようだ。平和の均衡を乱して、きっと大勢の人が傷を負う。

ノク様はキツネに戻っていた。シデイラの恨みのユルギアは消えていた。あの時ノクさまを造ったシデイラたちはみんな死んだ。だから、復讐のはずもないけれど。
それでも。

ノク様を化け物にした赤い石。同じ石をきっかけに戦争が始まろうとしている。
タースは胸の奥がざわめくのを止められない。

『ユルサナイ』
きゅんと、胸が痛む。

タースの肩にシーガの手が置かれた。
シーガの翡翠色の瞳を見ると力が抜け、タースは息を吐き出した。

「…私を人質にでもするつもりですか。いいでしょう、代わりにこの二人はただの助手です、解放してください」
すでに大勢の足音は部屋の前で停まり、気配から警備兵に囲まれていることが感じられた。
「!シーガ、なに言ってるんだよ!」
「シーガ様!」
ガネルはシーガの言葉に初めて二人の助手、タースとミキーをじっと観察した。
「ふん」
鼻で笑う姿をタースは睨みつける。
大司祭、聖職者の長でありながら下卑た笑いを浮かべる老人に、タースは尊厳の影すら見出せない。食って掛かりたい少年を見透かしたように、シーガは言い聞かせる。

「コナツ、ミキーを頼みます」
「だってさ!」

ガネルの従者がタースの背後に立って肩を押す。
次の瞬間、タースは従者の腹に肘を打ち込んだ。
体を反転させ膝蹴り。
組んだ両のこぶしで男の後頭部を殴った。

「!?何を」
あっけに取られる大司祭をドンと肩で押しのける。
老人は肩くらいの高さの銅像を抱きかかえるように倒れこんだ。
すでにタースはシーガの手をつかんでいる。

「お前は!?」
「早く!」
見かけ以上の強い力でタースはシーガを引く。
ミキーはすでに走る体制で、シーガの荷物を両手に抱えていた。
「貴様、逃げられんぞ!外には兵が待ってるんだ!」
銅像の顔を押しのけようともがくガネルを無視してタースは部屋の扉を開く。
いっせいに銃剣がこちらに向けられた。八人の警備兵。
タースはすばやく周囲を見回し、退路を確認する。
くるりとシーガの腕を取って背後に回った。

「お前は、何を!?」
シーガのコートのポケットからいつの間に取ったのか、タースは銃を手にしていた。
それを、青年の頭に突きつけた。

いつかスレイドから護符をすり取った、あの腕だ。一人で生き抜いてきた逞しさがそこにある。
「動くな!」
警備兵を前にタースはシーガを人質にとった。

「動くなよ!動いたら銀聖は殺すよ!死なせちゃまずいんだろ?ほら、銃を降ろせよ」
「タースひどいですの!」
ミキーが少年にすがりつく。背中をとんとんと殴られながら、それでもタースは続けた。
「オレは手配犯だ、ここで掴まるわけには行かない。ほら、道を開けろよ!」

警備兵たちはひるんだ。銃剣を下ろしはしないものの、明らかに動揺している。
「金貨一万、オレを殺したら手に入らないんだぞ!」
男たちの目の色が変わる。
銃を持つ手の力が抜ける。綺麗に並んでいた銃身が列を乱した。
「タースぅ!」
ミキーの悲しそうな声と同時に、タースはシーガを引っ張って走り出した。
「何をしてる!銀聖は平気じゃ、捕まえろ」
背後で大司祭ガネルの声が響いた。
最初の印象とは程遠い、威圧的で悪意に満ちた声に聞こえた。


「早く!」
タースは博物館の門を抜け、シーガの馬車を見つけるとそちらに青年を押し出した。
「!?タース、お前は!」
「僕が引き付けるから、早く逃げろよ!僕は大丈夫、あとで宿に行く。絶対に掴まって迷惑かけたりしない。だから、シーガは早く!気をつけろよ、あんたの方が目立つんだから」
「タース!」

タースは再び博物館の門の中に入っていった。
ぎりぎりと音を立てて、門を閉める。
「あそこだ!」
「気をつけろ、銃を持ってるぞ!」
警備兵の叫ぶ声。
銃声。

「シーガさま…」
少女が袖を引く。
シーガはきびすを返し、馬車に向かった。
その表情はミキーが見たこともないくらい厳しい。

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「想うものの欠片」第七話⑩

10

博物館の脇を抜けて、タースは大聖堂のほうへと狭い通路を走っている。
背後から警備兵が迫っていた。彼らの目的は金貨。殺すなよ、と確認しあう声が聞こえる。

自分の荒い息と聖堂の鐘の音を聞きながらタースは裏庭に駆け込んだ。回廊に囲まれる緑の庭園。腰高の木々を掻き分けるように走る。服が枝にかかり、破れる。
庭を突っ切って聖堂の裏手を抜けようとした瞬間、何かが腕をかすめた。
軽い、パンと弾ける音。
逃がすことを恐れたのか警備兵は銃を撃ちはじめた。
血のにじむ二の腕を押さえながら振り返ると、警備兵が二人、こちらに銃を向けていた。

「停まれ!停まらないと撃つぞ!」
それで停まれるはずもない。
二人?
残りは?

かすかな草の匂いを感じながらすり抜け、あと少しで建物の裏側にたどり着く、というところで、回り込んで先回りした三人が右手から駆けて来る。
見回して左手に立つ古い一階建ての建物に駆け込んだ。小さな部屋を仕切る壁の土の匂いが日陰の暗がりに漂う。
「そこは貯蔵庫だ。出口はないぞ!」
勝ち誇ったような声が背後から響く。

入り口から奥に向かってまっすぐ廊下が続く。左右には扉のない小部屋。食料の入った大きな麻袋や木箱、書物や種、乾燥したハーブや果物が並ぶ棚。左右に十以上続く。
どの部屋も窓がない。
よどんだ空気と食べ物のすえた匂い。精一杯走ったタースの荒い息に、その時間のたった空気は重く、むせる。

警備兵たちは余裕と感じたのだろう、走るのをやめ互いに目配せした。
ゆっくりと威嚇の声を上げながら歩いてくる。
五人いる。
戸口の外に一人、隙を見てタースが逃げ出さないように見張っている。

一人が正面を睨み、四人が二人ずつ左右の小部屋を覗き込む。
「隠れても無駄だぞ!」
「大人しく出て来いよ!そうすれば痛い思いをしなくて済むぞ」
小部屋に入っては樽を蹴り、音を立てる。麻袋が転がり落ち巻き上がる埃に男たちは顔をしかめる。

生々しい音がタースに近づいてくる。

廊下の突き当たり。
最後の部屋だ。
警備兵たちは互いに目配せし、一人が室内の暗がりに銃を構えた。
酒の貯蔵庫だ。
大小の樽が整然と並ぶ狭い部屋。一人を戸口に残し、四人が踏み込んだ。
吸えた酒と樽の匂い。
カタリ。

かすかな音に警備兵は銃を向けた。
緊張が走り、全員が樽の奥を睨む。
「!おい」
一人が怒鳴り、いっせいに四人がその男を見つめた。
「見ろよ、もったいない!樽が倒れて割れてるぜ」
「脅かすなよバカ」
「いないぞ」

棚の裏にも、人影はない。
「そんなはずないだろ?確かにここに逃げ込んだんだ!」
「おい、出てこい!」
ガシャと小瓶につめられた麦の酒が転がる。
「出てこないなら、命の保障はしないぞ!」
銃を構える音。

「おい、樽が割れるぜ?」
「ばか、金貨一万だぜ?酒なんていくらでも寄付してやるさ」
「それもそうだ」

いっせいに銃声が交錯した。
パンパン、パン!
兆弾が壁を穿ち、樽の鉄輪に弾ける。穴からはワインがこぼれ、レンガ敷きの床に静かに広がる。

唐突に、銃声がやんだ。

「おかしいな」
「いないのか?」
転がった樽を蹴飛ばしてみても、人影はない。
ワインのかかった靴を床に擦り付けて、男が苛立った。
「本当にここに逃げ込んだのかよ!?」
「外か?」
「ふざけんなよ、きっちりやれよな」
一人が酒の小瓶をつまみあげてポケットに潜ませる。
「おい、行くぜ!コレで見つからなかったらお前の責任だからな」
「おいおい、勘弁してくれよ」

男たちの足音が遠ざかった。

は。
静かに息を吐き出した。
ぎゅっと閉じていた目を開いて、タースは頬をぬぐった。
額から、酒だろう、伝って気持ち悪い。

「酒臭い…」
こぼれた酒が棚の下、板の渡された床の隙間から落ちてくる。

床下の隙間の存在をタースは知っていた。慌てて酒樽をどかして、板の下に入り込んだ。

部屋の一番奥に壁に沿って掘られた昔の排水の溝だ。ここは修道士の住む宿舎だった。この部屋の天井には古い水道の管が渡され、そこに付いた蛇口から、そこが浴室だったことを知ったタースが、排水溝の存在に気付くのは容易なことだった。

この時代の浴室の構造は頭に入っている。

狭い溝に横たわり、かび臭い匂いに吐き気を感じながらも、陽がくれるのを待った。

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「想うものの欠片」第七話⑪

11

トラムの駅のある繁華街に宿を取ったことをシーガは後悔していた。

陽がくれたこの時間、宿の前の通りはますます騒がしく、時折聞こえてくるのんきな人々の会話が青年を苛立たせた。

宿の一階のロビーで腕を組んだまま、ソファーに座る。
目立つ銀の髪は帽子の下に隠され、コートの襟を立てた姿は目立たないようでいて、やはり人目を引く。もちろん、隣に座って足をぶらぶらさせる美しい少女がいるのだから、シーガのささやかな変装もあまり功を奏してはいない。

不意にシーガが顔を上げた。
ミキーは小さくつぶやく。
「スレイドさんですの」

言葉の通り、数秒後には赤い木枠の扉を開いたのはシーガの待ちわびる少年ではなかった。黒尽くめの男をちらりと見やると、またすぐ視線を自分の靴に戻した。

「まだ、この国にいたのですか」
「ごあいさつですねぇ?」

「…何が起こっているのです?」
シーガの不機嫌をあざ笑うかのようにスレイドは帽子のつばをちょんと上げて見せた。

「ここではなんです。お部屋へ」
シーガの表情が曇る。
「タースを…」
「ああ、そういえばいませんね?また、逃がしたんですか?」
「…違う」
シーガは立ち上がる。



「何が起こっているのですか」
部屋に足を踏み入れるなり待ちきれないのかシーガが問いかける。
スレイドはきょろきょろと室内を見回す。
「心配しなくてもユルギアはいませんよ」

スレイドは珍しく帽子を取り、窓から外を眺めてカーテンを閉めると立ち尽くすシーガたちを無視してベッドの一つに腰掛けた。
「スレイド」
帽子を持つ手を膝に置き、スレイドは話し始めた。

「後で、タースの居場所を教えてもらいますよ、シーガ様」
「…」
青年の沈黙をちらりと横目で眺めると、男は再び手に持つ帽子に視線を戻した。

「私は国境を越えようとしていました。ところが、カヌイエ側が封鎖したんですよ」
「それは聞きました」
「は、お耳の早いことで」
いつものスレイドらしくない捨てるような口調にシーガは眉をひそめた。

「お前も知っているでしょう?今回の仕事の依頼主はガネルです。私を捕らえようとしました。それで、タースは囮になって私を逃がしたのです」
「タースが心配ですの」
珍しく口を挟んだ少女をスレイドは完全に無視した。

「あー、そうでしたね。あの爺さん、いや失礼。狸じじいから聞かれましたか」
「戦争が始まったと。大公が亡くなったと聞きましたが。それは真実ですか」
スレイドは肩に停まるタンラの頭をなでた。気持ちよさそうに目を細めるカラスはこの男にしか甘えない。

「ええ。サンルーで石のことをタースに聞いて、注意するようにと手紙を送ったのです。ファドナ様から戻った返事には、すでに遅かったのだと。

石を使用してムハジクが大公を亡き者にしたのは容易く想像できますが。

何しろ不思議な石。証拠もなく、追求のしようもない。そして、すでに二十四都市はムハジクの勢力が大部分を占めていました。

名目上は大公のご子息トエリュ様を立てていますが。実際はムハジクの思うままでしょう。シモエ教区に戦線を置き、国境の橋は封鎖されました」

「ムハジクは、ロロテス派ではなかったのですか」
「そうです、ロロテス派ですよ。ですが。あの男はティエンザに組することより、ライトールを我が物にすることのほうが魅力的だったようです。実際、この国の様相は伝え聞くよりいいものではありません。お分かりでしょう?」

シーガは頷いた。

首都に詰め掛ける地方の労働者。異常気象のために農作物は期待できず、農家の男たちは働き口を求めて都会へと集る。

華やかな表向きとは違い、都市の裏側は治安が悪化していた。だから、常に警備兵が街角で見かけられるのだ。貧しいながらも、ライトールのほうがまだ安定しているように思えた。

「馬鹿なことです。どちらにしろ、戦争など何の益もないのに。シーガさま。いずれこのティエンザでも戒厳令が敷かれるでしょう。我等ライトール人は捕虜として捕らえられる。そして、もちろん、シデイラであるあなたも安全とは言いがたい」

「…ライトールに戻ります。ファドナ様はどうなされている?」
スレイドは目を細めた。

「幽閉の状態でしょう。手紙にはご自身のことは一切書かれていません。今後、タンラも近づけなくなるかもしれませんね。あなたが帰ってもムハジクに歓迎されるとは思えませんが」
「それでも」
「聖女が心配ですか」
「…おかしいですか?あなたも、育ててもらったでしょう?」
スレイドは小さく肩をすくめた。

「親なんか、いませんね」

男の普段見せない表情に悲しみを感じとり、シーガは黙った。

聖女を思う青年をスレイドは常に皮肉な口調で揶揄してきた。父親に重ねているのだ。
リュエル三世がファドナを大切にするその姿にスレイドは複雑な思いを抱いていた。大公に父親としてのそぶりなど期待していない男だった。

それでも、避けるわけでも憎むわけでもなくそばにいたのは、理由を言葉にできずとも親子なのだと思わずにいられない。

リュエル三世の死をどう受け止めているのだろうか。
父親の死を。


「タースですの!」
ミキーが顔を上げた。

とんと、身軽に座っていたベッドから立ち上がると戸口に駆け寄る。

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「想うものの欠片」第七話⑫

12

同時に扉が開いた。
埃まみれの少年が立っていた。

シーガとミキーの姿を見て、タースはホッと息をついた。

先ほどから痛む腕を押さえている。部屋に入るとミキーが扉を閉めてくれた。
大聖堂からこの宿まで、かなりの距離だった。
タースは疲れきっていた。

「タース、…お前」
シーガが少年の傷を見ようと手を取った。

「匂いますね」

相変わらず無表情な青年に、タースはガクリとうなだれた。
「なんだよ、それ!まったく、人が苦労してまいてきたのに!」

本気で顔をしかめる少年にシーガは目を細めた。
「お前が勝手に引き受けたのでしょう?二度とそういうことは許しません」
「なんだよそれ!」
「バカですね」
「バ…!?」
口をあの形にしたまま、タースは額に手を置くシーガを睨んだ。
そういいつつもシーガはタースの熱を測り、傷の様子を見ている。

「タース、お着替えですの!」
ミキーが嬉しそうに換えの服を抱えて、タースを見上げていた。

は、と息を吐いて。

タースは笑う。

「うん。スレイド、どうしたの?もう国境を越えたかと思ってた。お腹すいたね、もう食べた?」

先ほどから黙り込んでいるスレイドにタースは声をかけた。そうしながらも、その場で服を脱ぎだす少年に、シーガはあきれた。

「タース、体を洗いなさい。ミキー、その後で怪我の手当てを」
「はい」
「ねえ、夕食は?」
タースはとにかく腹の虫を気にしている。

「その後です。みっともない格好で食事をするのは好みません」
「ちぇ、お腹すいた~」

つぶやきながらタースはスレイドの横顔を見ていた。
先ほどから黙ってうつむいている。

ふいに見上げた男の視線は、無機質なガラスを思わせた。

初めて見た。

「…」

タースは視線をそらし、避けるように洗面所へと向かった。

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「想うものの欠片」第七話⑬

13

遠い街での戦争の噂も知らず、行き交う人々は楽しげだ。
首都の繁華街。通りは盛んに自動車が走り、客を呼び込む声と女の高笑い。
通り沿いのガス灯は濁る空気と酒の匂いを静かに照らす。

「美味しかった!ティエンザの料理はこってりしたのが多いよね。僕、サンルーでも肉料理食べたよ。すごい美味しかった」
タースは帽子を深く被りなおしながら、前を行くシーガに声をかける。

満足したのだろう。ひき肉を固めて焼いたものに、さらに焼いた鳥、サラダなど。とにかくたくさんで驚くミキーに、成長期なのですよ、とシーガが説明したほどだ。
その食欲と笑顔は、シーガを安心させた。

無言のまま、振り返っただけの青年にタースはつまらなそうに口を尖らせた。
「なんだよ、変なの」

タースはすれ違う酔っ払いがミキーに手を伸ばすので、シーガにばかりかまけていられない。
ミキーを庇うように、常にそばに張り付いている。
それでも、反対側からくる男がいやらしげな笑みをこぼして少女を見る。

「もう!シーガも、スレイドも、なんで協力してくれないかな!」
タースは憤慨してミキーを抱き上げた。
それが一番安全だ。

振り返るとスレイドは黙ったまま、少し離れて歩いていた。
前を行くシーガにも話しかけない。

二人の間に入って、タースは不思議に思っていた。

スレイドの様子が普段とは違う。
こんな無口な彼を見たことがなかった。

宿でも、ひどく冷たい顔をしていた。

にぎやかな通りから一つ角を曲がり、遠く海が見える公園に差し掛かった。
「あ、見て見て!ほら、ミキー、飛行船だ!」

抱き上げたままタースは公園に走りこんで、その石垣の向こうに見える遠い空を見上げた。
眼下には緩やかに下る町並み。高地にある首都から遠く港のあるメノスの町が見渡せる。色とりどりの星がまかれた夜景の中に、黒い影がふわりと舞う。
それはまだ遠く、瓜の形をして街明かりを背に浮いていた。

「飛んでます」
「うん、すごいな!一度乗ってみたいな!ね、シーガ、この街に飛行船の発着所があるんだよね?」
振り返る。

暗く人気のない公園で道草を食う少年たちを、シーガはあきれたように見ていた。
「お前はのんきですね。ほら、向こうに見えるでしょう?この街の外れ。丘陵地に赤い灯りが並ぶ。そこが飛行場です」
ミキーがぴょんと飛び降りて、タースと手をつないでソチラを見つめる。

「軍の基地でもありますがね」

シーガの言葉を継いだスレイドをタースは嬉しそうに振り返った。
ずっと黙っていたから心配だったのだ。

ふわりと。
夜の風が前髪を揺らした、そう感じた。


スレイドが歩み寄ってくる。
黒いシャツのボタンがチカリと月明かりに瞬いたような。

「え?」
男の手にキラリと光る。
ナイフだ。

「スレイド!」
シーガの声。

目の前を銀の髪が揺れて、タースはシーガが自分の前に立っていることに気付く。両手をタースの肩に置いて、そのまま抱きしめる。

「なに!?」

シーガの背後に、スレイド。
シーガはタースを庇っていた。

「シーガ?スレイド…!?」
ほ、と耳元でシーガが息を吐いたのを聞く。
スレイドが一歩、二歩。下がった。
カラン。
シーガの足元にナイフの刃が落ちた。

刃だけ、折れたのだ。
「!?」
タースはやっと、起こったことを理解した。

「シーガ!?大丈夫?なぁ!シーガ?」
「大丈夫ですよ。ナイフは折れました。柄で突かれて息がつまっただけです」
シーガがタースを抱きしめる手を緩めて背後を振り返る。

スレイドは顔をしかめ、折れた刃のナイフを捨てた。
「スレイド!?」
「タースはここで始末します」
スレイドの口調には抑揚がない。

「ダメです!」
シーガが少年を背後に庇った。

「どういうこと?シーガ。スレイド、なんで?僕が、邪魔だから?混血で、生きていたら、邪魔だから?」
声が震えていく。

「どいてください、シーガさま」
「だめです、スレイド。今、タースを殺してなんになるのですか!」
「スレイド!応えろよ!」
タースは怒鳴っていた。

面白い人だと思っていた。友達だと。怖いところもあるけれど、優しいところもある。
その人が。
僕を殺そうとしている。

それも、心のそこから、そうしたいと思っている。
仕事とか、そういうのじゃない。
心から僕を憎んでいる。

それが悔しい。
理由も分からずに、殺されるなんてできない。

「スレイド!」
スレイドはタースを睨みつけた。

タースも睨み返す。

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「想うものの欠片」第七話⑭

14

「お前は。お前さえいなければ」

スレイドの搾り出すようなかすれた声。淡々と静かだからこそ、潜む怒気にタースは目の奥が熱くなる。それでも男を見つめ続けていた。

「タース、お前さえいなければ大公は死なずに済んだのだ!」
「違うでしょう!スレイド!」
シーガの言葉を無視して、スレイドはシーガを押しのけようと、つかみかかる。

「止めなさい!」
シーガが身を転じてスレイドに肘内を仕掛けたのと、タースが腕をつかむスレイドの手を振り払ったのと同時だった。

シーガをはさんで、タースとスレイドは向き合った。

「お前は運命を狂わせる!そうだろう?お前がいたから政情は乱れ、ミーア派は追われた!トモキとムハジク候の取引をもっと早く伝えてくれれば!」
「何?なんで?」
タースは唇をかんだ。

「お前が見た赤い石、あれが、リュエル三世、…私の父を殺したのだ!」
「スレイド!お前が悲しいのは分かります!けれどタースに罪はない!望んでそう生まれたわけではありません!それは、おまえ自身、分かっていることでしょう!?」
「それでも。許せないんですよ、どうにも、ね」
スレイドの手がジャケットの内ポケットに伸びる。

銃だ。

「タース!逃げなさい!」
「でも」
「早く!ダルクさんと約束したでしょう?」

シーガは銃を取り出したスレイドにつかみかかった。
「早く!」

タースは、ぎゅっと目をつぶった。
駆け出す。

ダルクとの約束。
レスカリアへ。

公園の生垣を駆け抜け、通りに飛び出して、走る。
とにかく走る。

スレイドがシーガに何か怒鳴る。
その声が小さくなった。



「放せ!」

スレイドはシーガの腹に膝蹴りを入れた。
こういう仕事になれいているスレイドに、青年がかなうはずもない。
苦しげに座り込むシーガを押し退け、スレイドは走り出そうとした。

「!」
目の前に、少女が両手を広げて立ちはだかっていた。

「…どきなさい」
「ダメですの!」
「どけ」
「嫌ですの!」

睨みつける少女の瞳に、なぜか涙が見えた気がしてスレイドは留まった。人形が泣くはずがない。

しかし、目の前の少女は大きな夕日色の瞳に涙を浮かべていた。


「いなかったことに出来れば、それでいいでしょう?」
シーガは立ち上がり、服のほこりを払う。
穏やかなシーガの声にスレイドは肩を落とした。銃をポケットにしまった。

男の足元、折れたナイフが月明かりを拾って瞬く。

パン!
スレイドが振り返るなりシーガの頬を思い切り叩いた。

「!?」
銀の髪がゆれ、帽子が足元に転がった。

「あなたらしくもない!タースを庇うなど」

「…」
「危うくあなたを殺すところだった!」
シーガは頬を押さえたまま顔を上げた。

月明かりの下。黒尽くめの男はめったに見せない顔をしていた。まだ十代だった頃のスレイドを思い出させた。

いつの間にか皮肉な笑みですべての感情を隠すようになっていた。本来、この男は怒ったり笑ったり、気ままで屈託のない、忙しく表情を変える男だった。

「…私は、死にませんよ」

「…それでも。殺したくはありません」
スレイドは自分より幾分華奢な青年の肩を軽く叩いた。

「あなたも、レスカリアに行くべきです。シーガさま」

「?私はライトールへ戻ると決めています。そこまでタースに傾倒しているわけではありませんよ?」

「違いますよ」

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「想うものの欠片」第七話⑮

15

シーガの脇にしがみつく少女を目があって、スレイドは口元にいつもの笑みを乗せた。
じっと見上げていたミキーにも笑みが戻る。

スレイドはおもむろに両腕を天に伸ばした。空を見上げる。

のんきな伸びに見える。

その瞳が潤み、星を映して揺らめくのをシーガは見逃さなかった。


「あなたは、シーガさま。あなたはレスカリアの現皇帝のご子息です」

風に足元でシーガの帽子が揺れた。ミキーが気付いて手に取った。
クリーム色の柔らかな髪が風に流れ、真っ白なワンピースの襟元を叩く。

「私は、あなたが聖職者となったときにファドナ聖女から聞かされました。あなたは、レスカリアの皇太子。われ等が、いえ、大陸中がお守りしてきました」

「意味が…」

「口止めされていましたが。この大陸がこの状態では、あなたを護りきれない。ですから。逃げてください。レスカリアへ」

「しかし!では、なぜ、私はここにいるのだ!?何ゆえ、母親に疎まれたのだ!そこに帰ってどうなるというのか!」
スレイドは穏やかに笑った。

「覚えておいででしたか」
「お前など産まれなければよかった…あの時の、折れたナイフの傷。痛みとともに、覚えています。忘れるはずもない!あれが、母親であれば!彼女は私の死を願ったのです!」
吹き上げる夜風は冷たく頬をなでた。

ミキーはシーガの帽子を抱きかかえ、小さく身震いした。

悲壮な表情のシーガの肩に腕を回し、スレイドはなだめるように話す。


「シーガさま、ご存知ですか。神と契約した種族がいることを」

「…伝説では。シデイラが、そうなのだという説があります」
「伝説ではありませんよ。シーガさま。あなたの父上、皇帝フィメイア様は神と契約した。だからこそ、神王と呼ばれるのです」
「それは、あくまでも宗教上の象徴では?」

「違いますよ。その証拠に、フィメイア様はもう三百年生きています。

シデイラの民のうちたった一人が神と契約を交わす。神王となれば永遠の命を得るといわれています。

そして、その命を奪えるのは神の選んだ一人。いえ、逆ですね。

神と契約した神王を殺せるもの。それが結果的に神に選ばれたことになる。次の神王となる。

その宿命を持った者は神に護られると言います」

「…それは」
「死なないのですよ。あなたのように」
護られる、だから、死なないのか。

シーガには思い当たる。不自然なほどの偶然が常に彼を護っていた。

幼い頃落馬した時も。ポオトで領主に銃口を向けられた時。地震が起こって競技場が半壊したとき。ウルルカで酔っ払いが襲い掛かった時も。母親が、ナイフを向けた時も。
命が危険にさらされる時には必ず何かに助けられた。

永遠の命など信じることは出来ないが、自分自身に起こってきた不可思議なことを否定も出来ない。


「シーガさま。あなたの母親、現皇帝の皇妃は、偶然にあなたが護られているものだと気づいた。次の神王を継ぐべきものだと。だからこそ、恐れたのです。あなたが現皇帝を、今の神王を斃すのではないかと。ですからあなたを殺そうとし、そしてできなかった」

「そこで、ファドナ様が引き取ったのです。出生を明かさないことを固く約束して」

シーガは小さくため息をついた。肩に置かれたスレイドの手を静かに引き離すと、向き合った。

「分かりませんね。私がその継承しえるものだとして、私が父親である皇帝を殺す必要などない。恐れる必要などない」
「さあ。そこまでは私は分かりません。直接会ってみたらどうです。ガネルも大司祭ですからね、知っていますよ。

だから、あなたを捕らえて利用しようとした。担ぎ上げてレスカリアすら我が物にしたいのでしょうね。もはや、今の教会はあなたを護ることはできない。ですから。レスカリアにわたって欲しい」

「シーガさま、タースに会いたいですの」
ミキーが小さくつぶやいて青年にすがる。
「…しかし、ライトールが」

スレイドが帽子を深く被りなおした。どこに行っていたのか、タンラがばさばさとにぎやかに降り立つ。首を曲げてスレイドの耳元に擦り寄って甘える。

「聖女は私が護りますよ。なんとしてでも、ライトールへ帰ります」
「危険ですよ?」

男は静かに笑った。
「私も、多少はあの国に責任があるように感じていますからね」

「出自を、明かすのですか」

「どうでしょうね。私が大公の血を引くことを知っているのは、ファドナさまとシーガさま、お二人だけになってしまいましたしね。ま。そんなことはいいんですよ。

ただ、あんな大公でしたが。あの人が培った平和な治世は、嫌いじゃなかった」

「気をつけて」

「あなたも。シーガさま。またいつか、お会いしますよ」

グカ。タンラもなにか言ったようだ。

大陸を離れれば、連絡をとる術はない。長い別れになりそうだった。


スレイドは帽子を取って、深く一礼した。


それから黒尽くめの男が闇に消えるまで。
シーガは黙って見送っていた。
同じ場所で育ってきた。性格も立場も違ったし、スレイドの仕事のすべてを知っているわけでもない。それでも唯一、友人と呼べる存在だったのかもしれない。

「考えてみれば、長い間そばにいたのですね…」
ポツリとつぶやく青年にミキーがすがりつく。
柔らかな手がそっとシーガの手のひらに滑り込み、ふわと握り締めた。

「シーガ様の周りにはたくさんの人がいますです。今もほら」
「…ユルギアですが」
公園にたたずむ子供のユルギアが今もシーガのコートを引く。静まり返った公園も、シーガの視界には多くの想いが見えていた。それはにぎやかに主張する。

「シーガ様は皆に好かれます」
「…ですから、ユルギアですよ?」
「大好きですの」

街のざわめきも想いたちのつぶやきも、遠く風に流される。
空に星が流れたように見えた。

『第七話』 了

続きからあとがき…

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