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「想うものの欠片」第八話 ①

らんららです♪
月1回のまとめて更新です♪

お久しぶりなので、前回までのあらすじから…


混血ゆえにライトール公国、ティエンザ王国双方から追われることになったタース君。
シーガとミキーと共に旅を続けていましたが、ライトール公国の大公が暗殺され、ついに二国の間で戦争が始まりました。
シーガの立場も危うくなり、タースは単身、レスカリア帝国へと旅立ちます。
さて。

空の冒険、です~


第八話『空』


ぐん、と機体が動き出した。
タースは暗がりの中、蒸気機関の振動と音に目を閉じていた。
目の前、それこそ肌に触れるほどの距離には麻布に包まれた食料。加工肉の癖のある匂いがしている。
あのまま、とにかく走った。振り返ったら旅立てなくなる気がした。
少女の最後の言葉はなんだっただろう。
思い出せなかった。

ただ、スレイドの言葉が何度も繰り返し胸の中をかき回していた。
不幸を呼ぶ。シデイラとの混血だと知れたとき、それまで優しくしてくれた人がそういったことがあった。まだ、十歳になる前だった。
いられなくなった。
不幸を呼んだから?
混血だったから?

どちらでも同じだと思っていた。

確かに、あの時に拾ってもらった農家は、僕が滞在し始めて一月で水害にあった。麦畑のほとんどをだめにして、僕が世話を任された数頭の羊たちもおぼれてしまった。
ユルギアの声を聞いて、いち早く家の人を避難させた僕は、混血だと知られてしまった。
羊も死んでしまって仕事もないし、お前を食べさせるだけの余裕はないんだと。
そう言われた。シディだからとは言わなかった。けれど、それまで僕のことを見ていた視線とは違う。仲良くしてくれた雇い主の息子も母親に止められてさよならも言えなかった。


『許さない』
『ユルサナイ』
許されては、いけない。
分かっているよ、だから。
母さん、言ったよね。
お前は素直な、優しい子になってって。そうしようと、そうなりたいと思ってるんだ。

僕は、何か悪いものを運ぶのかな。

赤い石を思い出した。
ぞくりと寒くなる。

「!」
タースはふと、目を開いた。
膝を抱えて縮こまっていた。木箱のざらついた表面に上等な服は擦れて傷が付いていた。ああ、ミキーが見たら怒りそうだ。この間買ってもらったばかりのハーフ丈のコート。なんとかというブランドだと言っていた。
手足がかじかんで、タースは更に小さく丸く身を護る。
寒いのは上空にいるから。貨物室は気温が下がっているのだ。
「まただ!」
狭い木箱の中に潜んでいたタースは、そっとふたを押し開けた。
音がよく聞こえる。
何かおかしな音がしている。この飛行船の機関部だ。
真っ暗な貨物室をそっと出た。
そんなに大きな船ではなかった。最新型のティエンザの軍用機とは違ってシンプルな白いバルーンに船体はくすんだ緑。三つのオレンジのプロペラを持つ小型の飛行船だ。定期船かどうかは分からないが、とにかくティエンザへ向かう飛行船の中で一番警備が手薄だった。
他の飛行船はどれも軍兵が見張っていて、近寄れなかった。
だから、この飛行船に積まれる荷物に紛れ込んだ。
飛行船には詳しくないけれど、大きさから言って十人いれば動かせるようなものだ。その機関室から聞こえる振動音に、タースは違和感を覚えていた。

今はまだ小さい。でも、もし、これに気付かれずにこのままだったら。
いずれ壊れてしまう。
少しの歪みがシャフトを折る可能性もある。そうしたらこの飛行船は航行不能になる。バルーンのガスがあるから、落ちはしないだろうけど。空を漂うことになりかねない。

タースは船尾にある貨物室と隣り合わせの機関室にそっと入り込んだ。
重い鉄の扉をハンドル式のノブを回して開く。

中は、あまり見たことのない機械が左右に並んでいた。
ひっきりなしに響く蒸気機関の音、それを使って高速回転するタービン。飛行船の推進力を作り出す蒸気タービンのエンジンだ。
機関車よりずっと大きい。
そこは暖かかった。ライト公領の機関車の工場を思い出した。
かじかんだ手をこすりながら、両脇に並ぶ計器類を眺める。太いパイプに外燃機関がつながっている。
タースはドキドキしていた。
蒸気機関車より大きなものだからその分新しい技術が取り入れられているんだ。熱効率と安全性を考えた蒸気タービンだ。燃料を燃やし発生した水蒸気を減圧して高速の風に換える。その風を使って風車みたいなタービンを回転させる。その回転運動をプロペラに伝えて前に進む。

計器のいくつかを見ていると形は違っても機関車の蒸気機関と同じ仕組みなのだと分かる。意味が分かるとおかしい場所の見当が付いた。
「おかしくねえけ?」
変わった訛りの言葉と一緒に背後の扉が開いた。

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「想うものの欠片」第八話 ②


「んなことねえべ」
もう一人が応える。
小柄な男が二人、タースの後から機関室に入ってきた。上下そろいの白い作業服を着ている。先に入ってきた男は手に設計図を抱えていた。筒状になったそれを五本も抱えて視界をふさぎ、正面にいるタースに気付いていない。タースからも二人の顔は見えない。隠れようと見回しても、隠れられそうな場所はない。タースは乗客のフリをしようととっさに考えた。逃げ隠れしたら余計に怪しい。
「ほら、今もなんか鳴ったべ」
堂々と男の言葉に相槌を打ち、タースが目の前を指差した。
「それ、この圧力計に出てるよ」
「ん?」
先に入ってきた男は騒音に紛れる声の主を探して背後を振り向いた。
正面に人がいるとは思っていないのだ。
「おめ、なんか言ったか」
「んにゃ」
振り返った男が持つ大荷物は後ろの男の視界を遮って後ろの男もタースに気付かない。
狭い通路、薄暗いランプだけの機関室。そしてタースは真っ黒な服を着ていた。
「だから、この圧力計を診て。どこかでオイルが漏れてるよ。このままじゃまずいから、直さないと!」
タースが目の前の男の肩に手を置こうとした時、男は勢いよく振り向いた。
「わ!」
男の腕をよけたものの、タースの足元には黒光りするパイプ。床から湾曲して機械につながるそれに足を取られてバランスを崩した。
がん!
目の前に。星が散った。


ぐんぐんぐん。
振動に混じる音にタースは目を開いた。
「あんれ、起きた」
「大丈夫か?ボウズ」
二人の男がのぞき込んでいた。ランプの光を背にして表情はよく分からないが二人。そう。口調から先ほどの機関室で会った二人だと分かる。
タースは頭を軽く振って起き上がった。
あのまま。機関室の床に倒れていた。
「あの、僕…いてっ」
後頭部をさするとこぶが出来ていた。転んだ拍子に機械に頭をぶつけたのだ。
「驚いたど。お前、こんな床で寝てちゃいかん」
「んだんだ」
「あの、寝てたんじゃなくて」
二人は聞こえないようで首を傾げる。この騒音の続く機関室にずっといるから耳が遠くなっているのかもしれない。
「だから!あんたにぶつかりそうになって転んだんだよ」
タースは機関室の騒音の中目いっぱい声を張り上げた。目の前の男を指差すと、男は黒い目を真ん丸くした。
「おらじゃねえど」
「え?じゃ、こっちの人…あれ?」
「おらでもねえ」
二人はそっくりだった。見たことのない紅茶のような肌の色、短い薄い金髪の髪。ずんぐりした手で時折頭をかく。
「双子?」
「んだ。この凛々しい眉毛のおらが、タガ。んで、こっちの垂れた目がカガ」
そういわれても、違いが分かるはずもない。何しろ、えらの張った顎も真っ黒な瞳も、かぶっている帽子、さらに首をかしげるタイミングまで、まったく同じだ。
「わかんないよ!」
男二人に負けじと声を張り上げるタースに、自己紹介した方が笑った。笑うと口が随分広がる。白い歯が優しげな、いい人相だ。
「んだな。おらも時々忘れる」
「んだ。おらも」
「…そしたら、どうするの?」
「じゃんけんする。んで、勝ったほうが好きなのを選ぶ」
「変なの」
「お前も変だ。何でこんなとこにいる?」
「あ!」
タースが急に立ち上がったので、タガもカガも驚いて一歩下がった。
立ち上がると二人とタースはほとんど同じくらいの身長だった。
「あのさ!異常な音が出てるだろ?それで、その原因がオイル管の亀裂じゃないかと」
タースは気になった計器の前に立って、指し示した。
「ほら、油圧が下がってる」
二人は目を真ん丸くして少年をじっと見ていた。
「おめ、なんだ?」
「何もんだ?」
「僕は乗客だよ。音が気になったんだ。そんなことより。直さないとまずいよ」
大声での長い台詞は息が切れる。
「ボウズ、お前がやったんじゃないのか」
ガラガラした声が背後から。タースが振り向くと、見上げるほどの大男がぼさぼさに伸びた髭をなでながら睨んでいた。太い眉、肌の色と髪の色は双子と同じだ。作業服から出る腕は毛むくじゃらでセルパ親方を三回りも大きくして更にゴリラを足して二で割ったような男だった。そこまで想像してセルパ親方と似ているとは言えないな、とタースは観察する。
「確かに、ふん、お前の言うとおりだ。けど、これは詳しくないと細工できねえぜ」
「細工?」
タースが聞き返すと、男はずんと重い腕をタースの首に回した。
「この機関長ウィスロさんを馬鹿にするなよ?これくらいの音に気付かないはずはないだろ?今、見てきた。オイルの管に誰かが故意に亀裂を入れたんだ」
「ええ!?」
「そら、大変で!」
「おい、タガ、カガ、三番の奥だ、行って直しておけ」
「へえ!」
二人同時に同じポーズで姿勢を正すと、タガとカガはどたどたと通路の奥に消えた。
「すべって転ぶなよ!…で、何の目的だ、ボウズ?」

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「想うものの欠片」第八話 ③


「違うよ、乗客…」
「嘘つくなよ?この船には一般の人間は乗らないんだ。お前見たところレスカリア人じゃないしな。…密航者だな?」
しまった。タースは内心あせる。けれどここで慌てたらますます疑われる。密航はともかく、故意に機関室に細工したなんて思われたら大変だ。
「でも!僕は細工なんかしてないよ。僕がやったならわざわざ知らせることしないだろ?」
「…」
「確かに僕は密航者だけど。僕はレスカリアまで行きたいんだ。壊す必要はないだろ?飛べなくなったら僕も困るよ」
「…ふん、恩に着せていい子ぶろうってのか?」
ウィスロと名乗った大男はじろりとタースを見下ろした。タースは肩に巻きつく毛むくじゃらの手を引き剥がした。
「そう思うなら、そう思えばいいよ!どうせ恩に着せるなら、船長さんのほうが得だよね、そっちに行くよ。それじゃ」
タースはぷんとして出て行こうとする。
が、すぐに男の手がタースの襟首を掴んだ。

「待て待て。どうせなら手伝って行け」
「は?」
「ちょいとな、調子の悪いところがあるんだ。お前、分かるんだろ?」
「…蒸気機関の部分なら」
ウィスロと名乗った男は派手にタースの背中を叩き、奥へと連れて行く。


数時間後。
タースは鼻の頭にすすをつけて、男たちと機関室の片隅で休憩しながら夜食を取っていた。
借りた作業服が大き過ぎることをのぞけば、すっかり馴染んでいる。
「この設備で技師が三人だけっての大変だね」
「そうさ、しかもタガもカガも素人ときてる。タース、お前さん一人いるだけで助かったぜ。おい、タガ。お前も見習って早く仕事覚えろよな」
ウィスロが隣に座るタガの肩を叩いた。それはやっぱりかなり痛い。タースが予想したとおりの顔をして、タガは飲み込んだばかりのスープを吐き出しそうになっている。
「機関長、そんただはカガだ。タガはおいらだ」
「どっちも同じだろ?」
タースは温かいジャガイモのスープをぺろりと食べつくすと、満足そうに腹をさすった。
「んで、お前、どっから来たんだ?」
ウィスロは皿に残ったスープにパンをぺたぺたと浸しながら訪ねる。タースは水を飲み込んで息をついた。
「ライトール。でも、ほら。戦争になるって言うし、国境は封鎖されちゃったから。だからレスカリアに渡ろうと思っているんだ」
「ふうん。家族はいないのか」
タースが頷くと、ウィスロは太い眉をしかめた。その顔があまりに怖いのでタースは何か怒らせたのかと警戒する。
「死んじまったのか?」
更にタースの顔に顔を近づけて睨みつける。タースは逃げようと目いっぱいイスごと体をそらす。
「あ、うん。僕が五歳のときに」
「お前!!」
急に飛びつかれてイスごとひっくり返った。
「なんて可哀想なんだ!!」
大きな腕に締め付けられて息が出来ない。
「また始まったど」
「機関長、それ、一分以上やるとタースも親のもとに行っちまうど」
二人がウィスロを引っ張って、タースも重いそれを押しのけて、やっと息をついた。
うっ、うっと大きな体を震わせて、ウィスロは泣いていた。
「あの、僕、もう慣れたから。ずっと一人きりだったし」
「そんなこと言うんじゃねぇ!」
なんで僕が怒鳴られているんだろう、半分呆れながら、それでも体全体で同情してくれるウィスロは悪い人じゃないとタースはほっとしていた。
「まあいい、ほら、もっと食べろ」
いくつだとウィスロに年を尋ねられて、応えれば痩せているとまた怒鳴られて、タースは終いには笑いをこらえるのが大変だった。こんな人は初めてだった。
「機関長はお人好しだ」
「んだ。んだで、騙されたり利用されたり、そんな役ばっかだど」
双子が同じタイミングで頷きながらパンをちぎる。
「だからいっつも人を疑うようにしてるだども」
「結局こうなっちまうんだな」
面白そうに笑って、タースの皿に半分ちぎったパンを乗せてくれる。タースのそこは既に成長期の勢いで食べつくされ綺麗なものだった。タースは遠慮なくいただく。
「あ、でも。僕が密航したのは本当だし、ごめんなさい」
「いいんだ、いいんだ。俺の助手ってことにしてやるぜ、な、実際そいつらより役に立つ」
「機関長、おらたちはええだども」
「おっかねぇ、おっかねぇ」
双子が目を吊り上げて誰かの真似をした。
「う、そうだなぁ」
「あの、僕、ずっとここに隠れてるよ!この機関室なら関係者以外は入ってこないよね?」
タースの提案に、ウィスロは嬉しそうに笑った。
「ようし、お前ら、仮眠用だといって毛布持ってきてやれ。絶対に見つかるなよ」

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「想うものの欠片」第八話 ④


その夜、タースは機関室の片隅のテーブルの下にもぐりこんで眠った。
明日の朝のためにとタガとカガがパンとソーセージを持ち込んでくれて、まるで拾われた捨て猫のようだと想う。
拾ってもらうのは、やっぱり嬉しい。シーガたちを思い出した。

温かいスープで腹が満たされて、ひっきりなしに響く音は他に何の音も聞かせない。それが返って心地よい眠りに誘った。
ぐんぐんぐん。
親方の夢を見た。
工場で毎日汗だくになって働いた。あの頃はヒマさえあれば図書館に通って好きな本を好きなだけ読んだ。貧しかったけれど充実していた。スレイドが訪ねてくるあの時まで。
始まりはなんだったんだろう。
あの時はスレイドが来たことがきっかけだった。ううん、病院に行って、混血だとばれた時かな。

そこまでぐるぐると思い出すとタースは目を開けた。少し頭を振った。
柔らかな毛布に顔を押し付けて、もう一度温かいそれに包まる。今思えばあの時、熱が出たのはミキーに出会ったからだな。ミキーは図書館に来ていて。シーガの両親について手がかりを探していた。
あれ。
じゃあ、きっかけはシーガだ。シーガの両親。
探しているって言ってた。シーガの両親だとすればシデイラだよな。シデイラは今やシモエ教区にしかいないんだ。でもそこにはシーガの両親はいなかった。だとしたら。
どこかにシデイラが住む土地があるっていうことだよ。ライトールでもティエンザでもない土地。
…あれ。
もしかして、レスカリアに?

タースはふと、ポケットに手を突っ込んだ。そこには、自分が作った小さなルリアイが一つ。ミキーを想って流した涙だ。大切だから、いつもそれだけは持っている。
小さな硬いそれを指の間で転がして、寝返りを打って仰向けになる。
レスカリアから来たキドラにはルリアイがあった。

なにか、引っかかる。
ルリアイのことは、図書館の前で立っていたレンドルさんは知っていた。レンドルさんが生きていた五百年より前は普通に宝石と同じように売られていたって言っていた。なのに、何の資料もなかった。シーガも知らなかった。まるで、五百年前を境に、何かが欠落しているみたいだ。あの古代文明だって、進んだ技術が五百年前を境に継承されてない。資料も、何もかも消えてしまっている。
どうしてだろう。
この世界の歴史は、五百年より前のことは誰も知らない。うん、図書館のジャムさんに質問したことがある。五百年より前ってどんな国があったのか。でも彼女も知らなかった。
古代文明があったんじゃないかって噂はある。
五百年前。
レスカリアが誕生して、それからしばらくしてライトールが統一された。ティエンザも、同じ時期に統一されたって言う。もしかしたらライトールが公国になる前の、二十四都市の領主とかなら知っているのかな。都市国家時代の前はどうだったかとか。古い建物が残っているんだから、そういう文書とか残っているのかもしれない。図書館とかじゃなくて、たとえば古いもの好きなカヌイエの領主のところとか。
五百年前。
シデイラの迫害が始まったのも五百年前。
「うーん」
タースが目の前にあるテーブルの裏側をじっと睨んでうなった時だ。
「誰だ!」
上から声が降ってきた。
慌てて毛布をかぶろうとした時には遅く、引っ張られた毛布と一緒にテーブルの下から引きずり出された。
ぴかぴかの鉄の床をすべるように這い出す。
「お前は何者だ」
見上げるタースの額には、銃が突きつけられていた。
通る声の持ち主は背の高い女だった。
すらりとした足元には黒いブーツ、灰色のズボン、スタンドカラーのシンプルな上着。腰には剣。短い金色の髪。スレイドと同じくらいの年齢のがっしりした体格の女。軍人だろう。
女はタースの襟首をつかんで引っ張ると立ち上がらせる。
改めて、タースを壁に追い詰めて、その額に冷たい銃を当てた。ライトールの軍兵が持つような銃剣ではない。あの時スレイドが握り締めていたような拳銃だ。
「ポケットから手を出せ、殺されたいか?」
タースは惜しむようにルリアイを握り締める。ポケットの底に置き去りにしてそろそろと手を上げた。
「あ、あの」
「密航者か」
突きつけたまま、女は慣れた手つきでタースのポケットや腰、何も武器を持っていないことを確かめる。
「…」
「こんなところで何をしている!ウィスロにでも取り入ったのか?まったく、あの男は子供にも騙されるのか」
「…ち、違うよ!貨物室にいたんだけど、寒くてたまらなかったから、ここに入り込んだんだ!そんな人は知らない」
ウィスロさんに迷惑をかけるわけにはいかない。
「ほお?」
がん、と。
いきなり銃で殴られた。

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「想うものの欠片」第八話 ⑤


よろけて、タースは口元を押さえる。苦い血の味に顔をしかめた。
その手を女がつかんで引き離すと、二発目。
全身の力で殴りつけられ、タースはテーブルに倒れこんだ。
こんなに遠慮ない殴り方をされたのは初めてだった。続いて腹にずんと痛みを感じて、小さくうめいた。
蹴られたのだ。
この人、は、怖い。

どこが痛いのかよく分からない、横たわったまま苦しい腹を押さえて少年は小さく丸くなる。
「お前」
前髪をつかまれ、気付くと目の前にその人の顔がある。女性らしい、何かの甘い香りがする。
その顔が笑っている。
「私の言うことを聞けば、突き落とさずに済ましてやる」

突き落とす…、飛んでいる飛行船から…?

ぞく、と吐き気がする。
震えたのが分かったのか、女はさらに顔を近づけて、耳元に囁いた。その声は機関室の騒音の中、気持ち悪いくらい脳裏に沁みた。
「私の言うことを聞け。いいな」
タースは、とにかく頷いた。
こんな乱暴な女は初めてだった。


女に連れられて機関室の外に出る。
狭い通路を抜けて、左右に客室らしい綺麗な扉が並ぶ場所に来た。そのうちの一つを明けると、突き飛ばされるように連れ込まれた。
そこは船みたいに丸い窓で、外は夜の闇。さほど広くない部屋で、ぷんとその女と同じ匂いがした。壁に張り付くように作られたベッド。その下は収納になっているようだ。反対側の壁にはソファーが張り付いている。揺れることがあるからだろう、家具はすべて壁に固定されていた。
壁に渡された手すりにも、タースは成る程と感心していた。けれどその興味深そうな表情が気に入らなかったのか、女は振り向くともう一度平手で頬を叩いた。

目をつぶる間もなく、タースは切れた唇の端を手の甲で押さえた。
「…乱暴だな」
「お前、名は?」
両手を腰に当てて見下ろす女は豊かな胸と厚みのある肩を怒らせてフンと鼻を鳴らしている。
「タース。あんたはなんていうの」
「言葉遣い!」
また叩かれるかと、タースはピクリと身を引いた。
「目上の人に対してきちんと言葉を選べないのか?だったら、落ちてもらう」
「…名前を教えて、ください」
拳を握り締めて、腹の中が熱くなるのを押さえつけて、タースは睨みつけた。
「まあ、いいだろう。私はジファル。レスカリア帝国の皇帝付き親衛隊長だ」
口調に誇らしげなものが混じる。
それは余計にタースを苛立たせるだけだった。暴力と身分を振りかざしてにやにやしている、それ自体ひどくこっけいなことに感じる。タースには身分とか社会的地位とか関係ないし、畏れる必要もない。
口を尖らせる少年にジファルは侮蔑の表情を浮かべた。
「いいか、この飛行船はレスカリア帝国、皇帝の専用船だ。忍び込んだ事実だけで処刑できる。つまり、お前の生死は私が決める」
「…皇帝?」
また、殴られた。
今度はグーだ。
よろけて、壁の手すりに掴まる。
「言葉遣い!」
「皇帝、陛下」
ジファルが頷く。
「その、皇帝陛下がどうして、ティエンザに?」
「お前、バカか?普通なら気にするのはそこじゃないだろう?私はお前を殺すかもしれないのだぞ?」
タースは小さく鼻で息を吐いた。殺すのだとしても、今じゃない。それは最初に見つかった時に殺されなかったことでも分かる。何か理由があるからここに僕を連れてきたんだ。
「あなたが、僕を殺そうとするとして、僕には今、どうしようもないから。それより、なんでこの船に、ううん、ティエンザにレスカリアの皇帝陛下が来て、いらっしゃっているのか、そっちのほうが気になる」
まっすぐ見つめるタースの表情に、ジファルは一瞬眉をしかめた。
「いずれ、知るだろう。お前にはやってもらいたいことがある」
「なんでもするよ」
「ふん、必死だな。それはそうだ、こんなところから突き落とされたい人間はいないからな」
「…」
どうやら相手が怯えるのが楽しいらしい。
そういう性格なんだろう。

タースは生きるために必要であればどんなことだってしてきた。だから、ここで腹が立つからといって反発するつもりはない。
恐れていると思われるのは癪だけれど、この女にそれを言ったからといって、理解されるものでもないだろうし、タースも自分が生きるために培ってきた価値観を披露する気にもなれない。
自慢することでもない。

絶対に好きになれないタイプだ、とタースは判断した。
レスカリアの皇帝の専用船。だとしたら、常に同乗する機関長のウィスロもこの親衛隊長を知っているんだ。おっかねえとカガが言っていたのはこの人のことだ。
それとも、もっと怖い奴がいるのかな。
厄介な船に忍び込んでしまった。

厄介なことはそれだけではなかった。
つぎに女性が口にした言葉にタースは目を見張った。
「お前は、皇帝陛下のおそばでお世話するのだ」


飲み込むのに数瞬かかる。
「え…?」

「聞こえなかったのか?皇帝陛下の身の回りのお世話だ。常に隣室に待機し、ベルが鳴ったら駆けつける。くれぐれも失礼のないように」
「ちょっと、待って、僕…」
ジファルが手を振り上げ、タースは黙った。
反論も、質問も受け付けないつもりだ。

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「想うものの欠片」第八話 ⑥


僕は、皇帝陛下の名前も顔も知らないのに。
だいたい、なんで密航者にそんなことさせるんだ。おかしいよ絶対。
翌朝、ジファルに詰め込まれた小さな部屋で目覚めたタースはそれを一人何度もつぶやいていた。
ここに泊まれるのは正直助かるが。
まだ空が半分薄い紫に覆われる早朝から、枕元に置かれた目覚まし時計のベルは派手に鳴り響いた。
ベッドから起き上がると、壁に作られているクローゼットから指示された服を取り出す。なぜか、タースにぴったりだった。真っ白いシャツ、襟がきゅと締まっている形で少し窮屈な気になる。漆黒のベストには銀の刺繍で縁飾りがされ、そろいのズボンにも、裾には刺繍と房飾りが付いている。少しだけ短いので、房飾りはくるぶしに当たってくすぐったい。
サスペンダーの使い方はミキーの買ってくれる服で慣れていたので、案外すばやく支度を終えた。
扉が開いた時には、襟元の小さなネクタイも結んで、跳ねた前髪以外は完璧だった。
「ほう、来ていた服がそれなりだったから任せてみたが。似合うな」
ジファルの口調はやっぱり馬鹿にしているように感じられた。
タースはふんと鼻を鳴らして、親衛隊長を見つめた。
「そろそろ陛下のお目覚めの時間だ。よいか、陛下はお目覚めの際に必ず温かい茶を飲まれる。厨房ではすでに準備が出来ているから、お前はそれを受け取って運ぶのだ。最初は私も同行しよう。付いて来い」
「あの、僕、皇帝の名前も知らないんだけど」

立ち止まった女の背後でタースは殴られるかもと一瞬身構える。
「ライトール人にとって、レスカリアは謎の国なんだ。仕方ないだろ」
「…フィメイア・クライスト陛下だ」
冷たい視線を睨み返しながら、タースは心の中で反芻する。
「皇妃様は現在はお一人で、ミレニアテス様。どちらにしろ、お前は陛下、皇妃さまと呼ぶのだ。覚える必要はない」
必要ないあたりに反発。分けわかんない、と独り言をこぼす少年を無視してジファルは歩き出す。タースは密かに舌を出しながらついていく。二人は通路を厨房のほうへと向かっていた。時折、丸い窓からの朝日が差し込み、タースは目を細める。
とりあえず、やるべきことをやれば殺されないで済むのだろう。

状況はよく分からないけれど、何がしかの労力を提供することで、身の安全という対価を得るのは悪くない。ただいるだけのお荷物にはなりたくなくて、シーガやミキーのために朝食を頼み、新聞を買いに行ったことを思い出す。タースは自然と明るい表情になる。
シーガが教えてくれたマナーや、ミキーが身に着けてくれた衣服。それらが、今丁度、役に立っている。
そっと、届かなくても感謝している。


厨房でジファルはタースを新しい皇帝付きの侍従だと紹介した。やせた鼻の大きな料理人のパルは少し不思議そうに少年を見ていたが、何か文句があるのかとジファルに詰め寄られ、慌てて首を横に振った。
タースは用意された茶のポットとカップをトレーに乗せると、ジファルの後について船首に近い部屋に向かう。タースが眠っていたあの部屋の丁度向かいだ。
厨房からここまでの間に船内を観察して、大まかな作りは理解した。機関室と貨物室は半地下になっていて、船尾の中央に位置する。そのほぼ真上が厨房とか、乗組員の食堂がある。そこから乗組員の部屋、(多分一部屋に三人くらいは詰め込まれている)船首までまっすぐ伸びる廊下沿いに身分の高い従者の部屋。扉に名前が書かれた札が金で飾られた縁にはめ込まれているので分かる。
タースの泊まった部屋には、「ユナ」と名前があった。

僕の前にはこのユナって言う人がいたんだ。

皇帝の名札などもちろん付いていない大きな扉の前で、タースはふっと肩の力を抜いた。
傍らに立つジファルがちらりと睨んで、失礼のないように、と小声でつぶやく。
黙って睨み返す。

「陛下、ジファルです。失礼します」
声を響かせて、親衛隊長は扉を押し開いた。

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「想うものの欠片」第八話 ⑦


「あれ」
思わずタースは小さく声を上げた。
というのも想像していたのと違ったからだ。

タースは扉の前に立ったとき自然とカヌイエの領主ムハジク候の城を思い出していた。重厚な大理石のつくり、豪奢な深紅の敷物。毛皮や金。複雑なモザイク。金銀の刺繍。

違った。

部屋はタースのものよりは二倍は広いが、それだけだった。
ジファルがそこにと示した傍らのワゴンに、持っていた茶のトレーを置いた。

ベッドのカバーは上質な毛織物のようだったけれど、金でも銀でもない。天蓋もない。大きなベッドはどうやら二人用だ。枕が二つ並んでいた。その部屋で一番目に付くのがそれで、部屋の三分の一を占領している。
タースの部屋と同じ丸い窓が二つ並び、その先に作り付けの棚。本が並んでいる。その本の前に床に固定されたテーブル。壁に背を張り付かせたソファー。ソファーには豹の毛皮がかけられていて、テーブルの上の真っ白なレースのクロスと果物の入った銀の皿がかろうじてそれらしい高級感を見せていた。
ソファーに座っていた男女がタースを見ていた。

「おはようございます、陛下」
ジファルが膝を床につけて、深く礼をする。タースもそれに習って真似をした。両ひざをついて胸を抱くように両手を体に沿わせお辞儀をするポーズは少し変わっていたけれど、レスカリアの方式なんだろう。
「ばかもの」
小声でジファルに言われ、タースは顔を上げた。

正面の立派な体躯の男性、多分皇帝陛下なんだろうけれど、その人と目があった。
少し驚いたように見開いてタースを見ていた。
が、その翡翠色の瞳はすぐに笑った。
「まあよい。どこで拾ったかは聞かぬが。お前のことだ、目は確かだろう。ユナのおらぬ今、異国で代わりを見つけるのは大変だったろう、苦労をかけたな」
ジファルが視線を床に落としたまま、申し訳ありませんと声を張り上げる。
「男の子なの?他にいなかったの」
ひどく透き通った声だった。皇帝の隣に座る皇妃は恐ろしく長い銀の髪を深紅のリボンで緩やかに一つにまとめ、それが肩掛けのように白い胸元からくびれた腰にまで流れている。妖艶なほどの深い緑の瞳。長い睫。タースは思わず見とれた。
女性は美しかった。
「名は?」皇帝が尋ねる。
「…」
「タースといいます」
少年が頬を染めて皇妃に見入っているので、ジファルは代わりに応えた。
「女の子がよかったのに、まあいいわ。お茶を頂戴」
「あ、はい!」
タースは慌てて、厨房で教えられたとおりのミルクと蜜の分量をカップに入れると、温かい茶を上から注いだ。
甘い香りが漂う。
「ご無礼の程は私目にお申し付けください」
ジファルはそう言ってもう一度一礼すると部屋を出て行った。
とたんにタースは不安になる。
二人の視線を感じている。
茶をテーブルに運ぶ。

どこかで香が焚かれているようだ。柔らかい香りがして、それが紅茶にぴったり合うんだとタースは感心した。
「ユナはいい子だったから男の子でも我慢したのよ。国に着いたら適当な女の子を捜してもらうわ」
ミレニアテス皇妃は先ほどからタースのほうをまともに見ない。どうやら嫌われたようだ。
複雑な気分でタースはワゴンの前に戻ると、一緒に載せられていたクッキーやマフィンの乗った銀の皿を運ぶ。

「ミレニア、わがままを言うんじゃないよ。この子に罪はないだろう」
「陛下はお優しいですこと。私は嫌なんです。大人の男性ならまだしも、この年代の子は無遠慮で嫌いだわ。私のことをなめるように見つめるの、ほら、今も」
タースは頬が熱くなるのを感じた。
「ミレニア」
皇帝がたしなめるが、ミレニア皇妃はもたれかかっていたソファーから身を乗り出すと、丁度向かいでテーブルにクッキーを置いたタースの喉元に細い手を伸ばした。
「ほら、見てたでしょ?ユナは顔色一つ変えずに笑ってみせたわ」
ユナと呼ばれる前任者がどれほど大変だったのか、タースは思いやった。同時に辞めて正解だとも。言いようのない魅力を放つ皇妃をタースは睨んだ。
「僕はあなたを見て、心に決めた少女を思い出していただけです」

言ってはいけなかった。
それは、十分分かっているが。
命に関わるのかもしれないが。
それでも、自分の容姿に酔っている皇妃にタースは正直な言葉を突きつけた。

「僕の知っている少女のほうが数倍魅力的ですから。年上に興味ないし」

「あ!あなた、今、おばさんには興味ないって言ったのね!?」

おばさんとは言っていないが。
密かに皇妃が気にしていたところを突いたのは確かだった。
皇妃はおもむろに立ち上がって、クッキーの入った皿を振り上げて中身を投げつける。
タースは思わず飛んできたクッキーを両手で受け取った。至近距離だったので三つとも手の中に納まった。

「おばさんなら余計に年下の男に優しくなきゃダメだよ!」
「ちょっと!陛下!笑ってないで、この無礼な子を何とかして頂戴!」

皇帝は肩を震わせていたが、そのうち声を上げて笑い出した。
皇妃の矛先が彼に移っても、面白そうに笑い転げる。
「陛下!」
今度はソファーに乗っていたクッションを皇帝に向かって両手で振り上げる。皇帝は寸前で皇妃ごと抱きしめた。

「!?」
真っ赤な顔をして怒っていたミレニア皇妃は恥ずかしそうにそのまま皇帝の腕の中に納まった。大人しくなる。
「よしよし」
よしよしって、とタースは一人呆れ顔だ。
皇妃はどう見てもファドナ聖女といい勝負だ。綺麗だけれどそれなりの年齢だ。ファドナがシーガを育てたって言うんだから四十代だとして、この皇妃も同様の年齢だろう。
そう思うと、皇帝はそれより少し若く見える。
年上なんだ、皇帝より。だから、年齢を気にするんだな。
少し悪かったかな、と憐れみの気持ちに切り替わりつつある少年に、皇帝は穏やかに笑って見せた。
「タース、といったね。少し席を外してくれるかな」
「気を利かせなさいよ、おバカさんね!」
我に返ってタースは慌てて扉のほうに駆け寄る、が。扉を開こうとして両手にクッキーが納まっていることに気付く。
ワゴンの上のトレーにそれを置いた。
「タース、一時間したら来なさい」
「来なくていいわよ!」
いちいち言葉を挟む皇妃。タースはそこでくるりと二人のほうに向き直って、派手に一礼した。
「一時間後に伺います」
「なあにそれ!」皇妃が怒鳴って。
「ぷ」
と皇帝がまた、噴出したのを後ろに聞いて、タースは部屋を出た。

変な人たち。

第一印象はその一言に尽きた。

部屋の外に、ジファルが立っていた。
腕を組んで、ちょうど正面にあるタースに与えられた部屋の扉にもたれかかっていた。
「なんだよ、聞いていたの?人が悪いな」
と、つかみかかる女の手を思わずよけた。
銃で脅されていなければ、タースもそこそこは動ける。喧嘩は好きではないが、それなりに自己防衛くらいは必要だった。
そこを見抜かれた。
ジファルはあっさり銃を取り出した。
「ずるい…」
「さあて、ね。自由に船内を歩き回ってもいい。だが、何か事を起こせば、命はない。私に撃たれるか、落ちるかだ。いいな」
「…分かったよ」
「言葉遣い!」
「分かりました」
「…」
「あの。僕、一時間の間に朝食をもらいたいんだけど。どうすればいいか教えてくれないの?」
じっと睨みつけているジファルに、タースは食い下がる。先ほどからお腹が文句ばかり言っていた。
「ふん。厨房へ行け。好きなものを作ってくれる」
「ほんと!?」
嬉しそうな少年につまらなそうにジファルは銃をしまった。

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「想うものの欠片」第八話 ⑧


厨房で食べたいものを頼むと、先ほどの料理人が面白そうに笑った。
「お前、案外センスがいいな」
タースは出されたベーコンとパプリカの入ったチーズオムレツとオレンジのジャムを塗りたくったパン、そして温かいコーヒーをもらった。
「お任せにしたら何を作ってくれるの?」
タースが訪ねると、料理人のパルは白い髭を揺らして笑った。
「オレならそれにサラダを付けるね」
「あ、そうか!サラダ、ほしい、サラダ!」
「残念だなぁ~ボウズ、注文は一回きり。追加は認めないのがルールだ」
「ちぇ、じゃ、明日はサラダ付にしようっと」
「明日はサラダは作らない日だ」
「意地悪だなぁ」
悪戯っぽいパルの視線に、タースは笑う。
「ああ!おめ、何でここにいるだ!」
「んだ、その格好なんだ!?」
タガとカガだった。
二人はタースが座るカウンターの両隣を陣取って、タースの服を眺めたり、タースの食べかけのオムレツをつついたりにぎやかだ。
そこにウィスロさんも現れた。
「なんだ!お前、何でここにいるんだ!」
騒がしいのでパルがあっちのテーブルに行けと手のひらをひらひらさせたので、四人は食堂の片隅にある三つのテーブルのうちの一つに集った。
タースの頼んだ朝食は、全員につつかれてあっという間になくなった。
「ふん、あのジファルがな」
神妙な顔をしながら、飛び切りおいしいオムレツを口に突っ込むウィスロ。
「あの人、すごい乱暴だよね。僕脅されて、皇帝のお世話をすることになったんだ」
「ん、まあ。よかったんじゃねえか」
「それは、そうだけど」
渋い顔のままのウィスロに、タースは首をかしげる。何か、タースの想像できないことを考えている気がした。
「だが…たりんな」
「え?」
「おい、パル、オレにもこれと同じの作ってくれよ!お前こんな上手いもん作れるんならもっと早く言えよ、いつもパンとハムとサラダじゃ飽きるぜ」
ウィスロの神妙な顔は食事に関してだったようだ。
「ね、ウィスロさん、ユナっていう人は、どうして辞めたの」
大体想像はついたが、聞いてみた。
「ん」
また、渋い顔になる。
タガもカガも互いに見合わせてそれからウィスロの言葉を待っているようだ。じっと機関長の顔を眺める。
「いなくなっちまったんだよ」
「え?」
「ティエンザにわたる途中でな。旅立ったときには確かにいたんだ。ある朝、いつもの時間に茶を取りに来ない。で、パルが心配して部屋に行った。だが、誰もいなかった。その後船内をくまなく探したんだが。見つからなかったんだ」
タースはごくりとつばを飲み込んだ。
落とす、と平気で脅した女がいた。
落とされたのかな。
「おめえ、怖い顔してる」
タガに指摘されて、タースは我に返った。
「あの、落ちちゃったんじゃないの」

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「想うものの欠片」第八話 ⑨


タースの真剣な顔に、ウィスロは急に笑い出した。
「バカだな、タース。この飛行船は上空の強い気流に影響されない八百メートルくらいを飛んでる。この密封された船の外は薄い空気と低い気圧。非常用の扉があるがね、それを開けば船中が派手に揺れる。誰かに分からないように外に出すなんて出来ないさ」
「でも。そうだ!ほら、機関室の奥からプロペラにつながる整備用の通路とかあるんじゃないの?」
「!ああ、そういやないこともないが。あれは、風除室が手前にあるからな、まあ、出来ないこともないが…って、そうなのか!?落ちたのか!」
「落とされたとか」タースはひそひそと上目遣いで三人を見回した。
タースは心に一人犯人を浮かべているが、三人も同じかどうか探っているのだ。
けれどタガとカガはそんな通路あったかなと首をかしげている。ウィスロは違うことを言った。
「逃げ出したとか」

「逃げ出した?でも、落ちたら死んでしまうよね?」
「ボウズ、一応な、パラシュートって言う一人用の風船みたいなもんが備えられているんだ。緊急の時にはそれを担いで、飛び降りてから膨らます。そうするとゆっくりと落ちるんだ。うまくいけば死なずに済むさ」
「じゃあ、それが一つ無くなっていれば逃げたってことだよね」
「そうだな、うん、よし、見てみるかな。あいつはいい奴だった。皆に好かれてた。何にも言わずに行かなくてもなぁ」
タースは遠くを見るようなウィスロに、皇妃の言葉を重ねていた。
あの子はいい子だった。
比較されているようで少し変な気分だけれど、それで初めてパルに紹介されたときの複雑な表情の理由も分かる。温かい人たちで、家族みたいに仲がよかったのかもしれない。
「その時は僕も行くよ」
「おめ、忙しいだど?」
「んだ、サボると怖いど」
「あー、そうだ」
タースは食堂の時計を見て、ちょうどパルが三人のチーズオムレツを作り終えたときだったけれど席を立った。
「おめ、行くのか?」
「そうだ、食べていけよ」
ウィスロたちの嬉しい言葉も、つばと一緒にごっくり飲み込んでタースは首を横に振った。
「時間だから、じゃあ、また」

こんど、船の中の様子とか、旅程とか、レスカリア帝国についてとか。いろいろとウィスロたちに聞いてみよう、タースはそう決めた。

皇帝の部屋の前まで来ると、ジファルが腕を組んで廊下の反対側、つまりタースの部屋の前に寄りかかって立っていた。
タースは首を左右に伸ばして、鼻息を吐いて。気合を入れる。

「…」
無言で睨む女をちらりと見て、皇帝の部屋の扉を叩いた。
中から、入れ、と声が聞こえた。
もう一度ちらりとジファルを睨みつけてから、タースは扉を開く。

タースが最初と同じ礼をするために両膝を床についたとき、目の前に皇帝の足があった。
見上げる。
「違うのだ。タース、ジファルがして見せたのは女性の最敬礼だ。男は片膝なのだよ」
目の前で皇帝が右膝をついて、同じほうの腕を腹の前に持っていく。
タースも真似して見せた。
「こう、ですか」
「ああ、そうだ。それで深く腰を曲げる」
「こう?」
「ぶ、ああ、そうだ」
何故、返事の前に小さく噴出したのか不思議に思ってタースは顔を上げた。
「いや、まさか、この私がお前に最敬礼をするとはね」
「え、あ!?」
「陛下、もうお止め下さい、後でジファルを叱っておきますわ!こんな礼の一つもできないような子供を連れて来て!」
あの意地悪な皇妃はベッドの中だった。
真っ白いローブを着ているものの、明らかに情事の後だと分かる。乱れた豊かな銀の髪が華奢な肩に流れて、枕に沈み込む胸元まで視線を誘導する。
「見てる」
言われて気付いて、タースは慌てて立ち上がった。
皇帝はすでに先ほどのソファーに座っていて、「ミレニア」と皇妃を笑ってたしなめる。
「タース、朝食は済ませたのかね」
「あ、はい」
「なあに?陛下より先に食べたって言うの!?本当に礼のなってない子ね!」
あ、と声を出さずに口を開けたタースに皇帝は面白そうに目を細めた。
「すみません」
「何を食べたのかな?」
「え、あの。チーズとパプリカと玉ねぎのベーコン入りオムレツと、オレンジのジャムを塗ったトーストを」パルに注文したのと同じ台詞だ。

何かがぼん、と頭に命中した。
「いて?」
見ると枕だ。
タースが投げた主、ミレニアのほうを睨んだときには皇帝は腹を抱えて笑っていた。
「あははは。素直だね!面白いな、朝からそんなに食べたのか」
「え?…ええと」
「普通はパンを少々とかって言うのよ、馬鹿ね!さらに言うなら、食べても食べていませんって言うの!朝からそんな豚みたいに、しかも堂々と食べましたなんて嬉しそうに言われたらどう反応していいか分からないないでしょ?こっちだって、そんなロクでもないことで叱りたくなんかないんだから!」
「ぶ、豚みたいって!!意味が分からないよ!だってすごく美味しかったんだ」
つい、皇妃の言葉にムキになりかかって、慌てて口元を片手で覆った。
はっ、はっ、はぁ!
と。皇帝はすでに苦しげにソファーに丸まって腹を押さえていた。
「いや、面白い!タース、私にも同じものを。ミレニア、君はどうする?」
「私はいつものよ。そんな朝からチーズだの卵だの、ベーコンですって。信じられないわ」
あからさまな侮蔑の口調にも、皇帝は面白そうに笑う。
「ミレニア、欲しいって言ってもあげないからね?」
皇帝の言葉に、皇妃は口を尖らせた。
「いらないわよ」
「一口も?」
「…見てから考えるわ」
子供みたいな皇妃と、それをからかう皇帝。タースは枕のせいでますます前髪の寝癖をひどくしたまま、二人を眺めた。そして、思い出して追加した。
「あの、あと、サラダも付けるとバランスがいいと」
さらに皇帝が噴出した。

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「想うものの欠片」第八話 ⑩

10
朝食の食器を片付けて、再びタースが戻ってきた時には、皇妃は部屋にいなかった。
タースの表情を読んだのか、皇帝は丸い窓の前に立って言った。
「あれは食後の散歩だそうだ。太ることを嫌っているのでね」
「あ、はい」
「…そこで、太っていないとか、今のままでも十分美しいとか」
「え…」
確かに綺麗だけれど。
「お前は本当に、心を偽ることを知らぬな」
褒められているのか、皮肉られているのか。タースは分からず、それでもただじっと皇帝を見つめていた。
背が高い。
シーガと同じくらいかな。
銀の髪。まっすぐで、背中の中ほどまである。四十代前半というところだろうか、余裕のある漆黒の衣装の上からでも鍛えられた肩と胸の厚みが想像できた。そう、ちょうどムハジク候を見たときと同じ感じだ。単純に言えば強そうだ。

「さて。お前はライトール人だったね」
「はい」
まっすぐ見つめられて、タースは内心どきどきする。瞳の色のことを指摘されたら困る。
普通、ライトール人の瞳は深いグリーンか淡い水色。後は茶色だ。タースのような、海の青に陽光を透かしたような色合いはない。
「ライトールが戦争を仕掛けたという話。知っているのかな」
内心ホッとしながら、タースは頷いた。
タースにとっても、レスカリア人は初めてだ。皇帝と皇妃は銀の髪で、最初はシデイラなのかと思った。褐色の肌のウィスロたちとは明らかに違う感じだけれど、それがレスカリア人で言う普通なのか普通じゃないのか分からない。
それと一緒で、タースがライトール人として平均的なのかどうかは皇帝にはわからないだろう。
「嘆かわしい」
「あの、陛下はどうしてティエンザ王国に来られていたのですか」
「…戦争はよくない。いや、戦争よりも。ティエンザ王国で行われている新たな実験が、よくないのでな。止めるようにと忠告に行ったのだ。しかし、戦争を仕掛けたのがライトール側からとなれば、ティエンザも対抗手段としての実験は続けると言い張る。無益なことだ」
ああ、そういえば、レスカリアの皇帝は、彼らの宗教で言う一番上の人だ。だから忠告ってわけだ。タースはガネルの姿を思い出していた。
ティエンザの実験。
「あの、ティエンザの実験、あれは恐ろしいものですか」
「知っているのかね?」
タースは首を横に振った。
「ただ、その。知人が、それに関わっているから…危険だと思うんですけど」
「そうだな。ティエンザが目指すのはな、ラニウムを使った兵器の開発だ」
「ラニウム?あの、赤い石のことですか?」
タースは眼を丸くして、窓際に立つ皇帝のすぐそばに駆け寄った。皇帝は視線を丸い窓の向こう、蒼い空に向けたまま傍らの少年に語り始めた。
「大地の血液と書いて、ラニウムと読む。古い言葉でな。シデイラの間では緋色の石、緋石と呼ばれている。何がしかの力を放ち続ける危険な鉱物だ。それはあの太陽と同じ力だという。ラニウムの放つ力は目に見えないが、人の組織を傷つけ破壊する。直接触れれば体は壊死し、そばに置くだけでも病を引き起こすという。恐ろしい石。だが同時にそのエネルギーは石炭と同じ使い方をすれば恐ろしい火力をもたらす。…兵器になる」
「あの!ティエンザではそれを新たな発見みたいに扱っていました!シモエ教区でしか取れない、不思議な赤い石といって、名前も何もなくて!陛下はどうして知ってらっしゃるんですか?」
ふと、皇帝の穏やかな顔が変わった。
「…そうか。お前はライトール人。知らぬな、その歴史は」
「あの!五百年より前にはルリアイだって普通に存在して、知られていたのに、僕らは全然知らない。記録もない!そのラニウムだって、同じだ!」
タースは気付いていなかった。
ルリアイのことを知っている時点で普通ではないことを。

だから、振り向いた皇帝に両肩を乱暴に押さえつけられて初めて、自分が言ってはいけないことを口走ったことを知った。

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「想うものの欠片」第八話 ⑪

11
「なぜ、ルリアイを知っている?」
ぞくりとする、皇帝の深い瞳。長い睫、その奥に吸い込まれるような気がして、タースは見上げた瞬間めまいを覚える。
力が抜けそうになる。
この感覚、どこかで。
心の片隅でもどかしく思いながらも、タースは目の前の問題を自分自身に問いかける。
ユルギアと話をしたこと、それを知られれば、混血だと分かってしまう。どうなんだろう、それは僕の状況を悪くするんだろうか。
見据えられて、背筋を這う不思議な感覚に震えながらタースは唇をかみ締めた。
だめだ、言っちゃダメだ。
「…あの、知り合いが、知っていて」
「知り合い?シデイラの知り合いか?」
タースはとにかく頷いた。
「シモエ教区に行ったのか?」
そこは否定しなきゃいけない!
そこで生まれたこと、住んでいたこと。
タースは必死に首を横に振った。
「では、誰なのだ、そのシデイラとは」

「!!」
「現在、シモエ教区以外にシデイラはいないはずだが…それとも」
(シーガのこと、知っているのかな!?)
タースの表情の変化に気付き皇帝はふと目を細めた。
「素直かと思えば。違うな、お前」
低い声。
足の感覚がなくなるようなまるで水にもぐっているような変な気分になって、タースは息苦しくなる。
怖い。
「言いなさい」
皇帝の言葉に、どろりとした重い水から息を吐き出すように、荒い呼吸を整えた。
タースは何度も瞬きして。
話し出した。

「…僕、ユルギアから、聞いたんです。その、五百年以上図書館に住み着いていたユルギアに。その人が、持ってた。ルリアイを、持っていて…」
皇帝はタースの顎を上げさせて、じっと覗き込んだ。
息がかかりそうなくらい近い。タースは恐怖で動けなくなった兎のようにただ、小さく震えていた。
肩に置かれた手。そこから感じる何か。
この人は人間なのか?
ユルギアにも似た強い思念を感じる。

ああ、いつか。シーガに初めて触った時にも、感じた。

あんた、人間なのか?僕はそう訪ねた。
シーガは、さあ、シデイラはかつて神の民と呼ばれたこともありますから。人間ではないかもしれませんね…そんなことを言っていた。

神の民。

神と崇められる宗教の頂点にいる、神王。
怖い。
神の民って、なんだ?

「シデイラの血を引いているのか」
皇帝の声が耳に残った。



けたたましい、甲高い声。
早口だ。
タース、自分の名を呼ばれた気がして、タースは眼を開いた。

「ですけど!ベッドに寝かすことはないわ!お気に入りのシーツでしたのに!匂いがうつってしまうわ!」
目の前に女性の白い手。
「あの…」
タースが声を出すのと同時に、ベッドに置かれた手はぴくりと逃げるように消える。
見上げると、ミレニア皇妃が目の前に立っていた。
「ずうずうしい!早くどきなさい!」
「ミレニア」
皇帝の言葉に怒気を感じて皇妃は悔しそうに唇をかんだ。
それから、ぷいとタースから顔を背けると、向こうでソファーに座っている皇帝の隣へと駆け寄って、座る。
座ると同時に皇帝の首に手を回して甘える。

タースは体を起こし、それから見回した。
皇帝の部屋。
柔らかな毛布。
慌てて、ベッドから降り立った。

「無理しなくてもよいのだぞ」
ソファーにもたれて皇帝は読んでいた書類らしきものをテーブルに置いた。
「あ、いえ。その…」
タースは自分の靴を探して、床を見回す。
「シデイラの血を引くのだろう?お前は、混血なのか」
皇帝がそういったときタースはやっと靴をはき終えて立ち上がった。
「…はい」
「シデイラの歴史を、語り継がれなかったのもそのためか」
「…僕は、シモエ教区で疎まれました。幼いうちに逃げ出しました」
タースの言葉に皇帝は小さく頷いた。シデイラとの混血が疎まれるのはシモエ教区だけでないことも十分理解している表情だ。
「知りたいか」
皇帝の言葉に、タースはうつむいていた顔を上げて、それから右の膝を床についた。
「うむ。心からの最敬礼は美しいな。顔を上げなさい」
満足そうに皇帝は笑った。
けっして、タースを混血と知って嫌悪感を抱いている様子はなかった。
「シデイラの民が今、追いやられていると思われているシモエ教区。そこは、もともとシデイラの民が生まれ育った地だ。山岳民族の一つだったが、シデイラの民はあの地に眠る大地の血、ラニウムの力のために銀の髪、翡翠の瞳、そして、特異な力を持って生まれるといわれていた。そのために、神の民として畏れられていた」

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「想うものの欠片」第八話 ⑫

12
「そして、そのシデイラの民の中から、神に選ばれたものがいる。神に選ばれ、人間の代表としてこの世を治める。不死の生命を得て、人間を正しく導く」
タースはぽかんと口を開けた。
シデイラの宗教は自然を崇めるものだ。神は大地の中にいて、木々や風、空全てが神。神が一人いるなんてそんな教えは知らない。
「シデイラの、教えとは違う気が…」
「よいか。神とはこの大地、水、海、空、木々、生きとし生けるすべてのものに宿る」
「はい」
タースは頷いた。それなら分かる。
「それらの神に力を与えられるのだ。大地からラニウムの力を得るように、神に選ばれた神王はこの世のすべてから力を得て、生き続ける。そして、人間が大地を、自然を破壊しないようにと導くのだ。特別な力があるわけではない、ただ、他より長い時間を与えられた存在」
「…」
「古代、神の力を得た一人のシデイラが世界を治めていたこともある。しかし、力及ばず方向を誤り、自然が破壊された時、不死のはずの神王を斃した人物がいた。そのシデイラはまた、以前の王に代わって不死の力を得たという。以来、神王を斃した人物がその後を継ぐのだと知られている。我こそはと、神王を倒そうと戦争を起こした愚かな輩もいた。しかし、ただ殺そうとして死ぬものではない。神王は神に護られているからだ」
タースはまっすぐ皇帝を見つめている。
皇帝は真剣な少年に笑みを作り、続けた。
「無益な戦争に嫌気の差した当時の神王はこの世界のどこかに身を隠した。そのうち、人間の文明は栄え、今よりずっと進んだ力を持った。ラニウムを利用して電力を起こしたり、太陽へ向かって飛び立ったりしたという。だが、自然が破壊され、異常な気象となり大陸は海に飲まれた。同時に人間も滅びた。わずかな人と土地、不死の神王を残してな。それが、今に伝わる古代文明だ。五百年前に滅びたのだ」
タースは、はあと大きなため息をついた。
「どうした?」
「あ、いいえ。その。ずっと、不思議に思っていたから、神の話は信じにくいけど、古代文明の謎がなんとなく分かった気がして。嬉しいです」
「ほお?」
眼を細める皇帝に、タースは頬を上気させて笑った。
「あの、僕は歴史が好きなんです!すごく面白いです」
「…面白い、か。物語のように、ただ聴くだけならな」
「ほんと、バカね」
ここぞとばかりに皇妃が口を挟む。
タースが口を尖らせると、皇帝は咳払いした。
「よいか、タース。五百年前。滅びた人間の文明を目の当たりにした神王は悟った。神と契約した【人間を導く責務】を放棄した結果、文明が滅びた。このまま隠れ続ければ本当に人間はいなくなってしまう。そこで彼は新たな国を作ることにした。世界に残った唯一の大陸で小競り合いを続ける都市国家をまとめた」
「それが、ライトールと、ティエンザ?」
「そうだ。そして、神王はシデイラ民族のいない土地、ここレスカリアの皇帝となった。なぜ、シデイラを遠ざけようとしたのか分かるか?」
「…」素直に首を横に振る。自分の安易な予想で話を中断させるのがもったいないのだ。
「神に選ばれるのはシデイラ。神王を倒すのも、当然シデイラの民だ。その中から自らを倒そうとするものが現れることを畏れた。だから、シデイラの民を、根絶やしにしようとしたのだ。残った当時の人間たちに、シデイラは恐ろしい民だ、彼らのせいで世界は滅びたのだと信じ込ませるのは簡単だった。何しろ、全てを失った人間たちはその憤りをどこかに持っていかなければならなかった。こうして、シデイラは追われることになった」
「ひどい…自分を護るためだけに?それが、ずっと、ずっと傷になって残っているのに」
「二百年、だな。その当時の神王が倒されるまで二百年かかった」
皇帝は遠い眼をした。五百年の歴史のなか、三百年前の話だ。当然、はるか昔の話。
建国以来二百年間、シデイラは迫害され続けた。ケモノのように狩られ、化け物のように恐れられた。その二百年間が終わった時、当時の皇帝が代替わりしたのだという歴史の資料は正しかった。初代レスカリアの皇帝となった神王は、自分のためにシデイラを絶滅させようとし、その二百年後に斃されたのだ。今はそれからさらに三百年。
「神王は、気付かなかったのだ。いや、まさかと思っていたのだろう」

皇帝の抽象的な言葉にタースは首をかしげた。
何をだろう。
言葉を選んでいるかのような皇帝に、ミレニア皇妃が寄り添った。いたわるような、ひどく優しい笑みを浮かべて。
その美しさにタースは自然と頬が熱くなる。
「神王は自らを滅ぼす存在のシデイラを追い払って、絶滅させようとしていた。それが。私には耐えられなかった。同じ血を引く、シデイラの民として」
皇帝の声は小さくなった。
「!陛下、あ、そうか!」
レスカリアの現皇帝、この人が、その当時の神王を倒したんだ。そして、やっぱりこの人もシデイラ民族なんだ。で、そうするとやっぱりこの人が三百年、生きているってことになる。
ふむ、とタースの納得した表情に、皇妃が不満そうに腕を組んで睨みつける。

皇帝は静かに深い息を吐くと続けた。
「彼は気付かなかった。いや、否定したかったのかもしれない。彼の一番そばにいた私が刃を向けるとは」
ふと立ち上がる。皇帝の長い銀の髪がさらりと肩からこぼれた。

「私は、父である初代レスカリア帝国皇帝、神王を殺したのだ」

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「想うものの欠片」第八話 ⑬

13
皇帝の話は、タースの睡魔を追い払っていた。
その夜、何度も何度も自室の天井を眺めて思い出していた。
飛行船のかすかな振動を背に感じながら、タースは歴史に思いを馳せた。
初代レスカリア帝国皇帝、確かシーガがティエンザのあの博物館で言っていた。冷酷な皇帝だったと。あの時のユルギアはその三人目の皇妃ネラで、その子供が次の皇帝になった…。
陛下はネラ皇妃の息子なんだ。
裏切ったために処刑された皇妃の、息子。

父親を、殺した。

そう苦しげに告白した皇帝は、その後はなんだか、ホッとしたような顔をしていた。いたわるようにしていた皇妃以外には誰にも話していないと言った。タースがシデイラの血を引き、それでいてシデイラ民族とは違う価値観を持っていると分かったから、だから話したのだ。
自分の父親を殺した。そんなこと、例えそれで救われる人が大勢いたとしても、誰にも言えない。
だから、歴史は隠されたままで。

思わず同情してタースが涙をこぼし、それがルリアイに変わったのを見て皇妃も初めてタースに笑いかけた。
タースも、その想いは痛いほど分かる。

ユルサナイ。
どこかで自分を呪う声に、タースはぎゅっとまぶたを閉じる。
皇帝陛下は、僕と同じ痛みを抱えている。

シデイラたちは今も、レスカリアの皇帝を憎んでいるのだろう。二百年間の悪夢から救った人物なのに、彼がシデイラのために父親を手にかけたことも知らずに。だから、ノク様を作ったりするんだ。
ぐん、と胸が苦しくなる。
ノク様が抱え込んでいた憎しみ。
そんなものでは、何も解決できないのに。

翌日から、タースは皇帝の机のそばに小さな机をもらった。そこに席を置いて皇帝が与えてくれる本を読む。タースが読み終えると感想を聞かれ、答えに満足するとまた次の本を渡される。タースが最初の本で興味を持った部分に関しての、さらに詳しい内容の本だ。
タースはそれで、五百年前から改めて始まったこの世界の、主だった歴史を読みふけった。

タースの知識にある、各地に点在する古い建築物の歴史、それらがまるでパズルのピースのように世界史の中に当てはまっていくのはとても面白かった。

食事の時にはウィスロたちと話し、それ以外は皇帝の部屋で過ごすことが多くなっていた。ミレニアだけは不機嫌そうにタースの邪魔をしたり、からかったりしていたが、それもどうやら嫌ってのことではないと知ると、悪戯好きな猫がいるような気分だった。
タースの空の旅は楽しいものになっていた。

ただ。
相変わらず、ジファルだけは冷たい視線でタースを観察していた。

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「想うものの欠片」第八話 ⑭

14
「残りはお前が食べなさい」
三時の茶の菓子は大抵余ってタースの胃袋に収まる。
皇帝はいただきます、と嬉しそうに笑うタースの食べっぷりを眺めていた。
「タース、お前はいくつになる」
「十五です」
「ちゃんと飲み込んでから返事しなさいよ、汚いわね」
「あ、はい。すみません」
コンコン、とノックされる。
タースは慌てて飲みかけた紅茶のカップを置くと、扉を開きに向かう。
「デシルです。ご報告したいことがございます」
「入れ」
皇帝の返事に合わせてタースが扉を開けると、日に焼けた黒い髭の男が立っていた。
船長のデシルだ。四十代前半くらいの彼は、タースの訪ねるまま飛行船の話をしてくれた人物だった。
ちらりと目があって、タースが笑うと太くつりあがった眉の下の目が少し緩む。
「失礼いたします。陛下、航行は順調ですが、ティエンザの飛行船が我らの背後についてきています」
膝を床について語る船長に皇帝は立ち上がって正面に立った。
「何機だ」
「視認できましたのは三機。まだ相当の距離がありますが近づいているようです」
「ふむ。放っておけ」
「は、しかし…」
「追いついたとして、この空の上で奴らも何か仕掛けてこれるわけではあるまい?」
「しかし」
「確かにティエンザとは交渉は決裂したが、敵対するわけではない。彼らも私をどうにかするつもりならティエンザで捕らえたはずだ。大方、我らがライトールに組することを阻止したい、その程度だ」
静かな言葉に大柄なデシルは体を小さくした。
タースは二人のやり取りを静かに傍らで聞いていた。
ティエンザの飛行船。あの飛行場には大勢の軍兵がいた。どの飛行船も、そう。これから飛び立とうという様子で物々しかった。あれが、この飛行船の後を追ってきているんだ。
デシルさんが心配するものもっともだった。もし、火薬を使われて、落とされるようなことがあれば終わりだ。
タースは皇帝の顔をじっと見つめた。
落ち着いた様子。いつもの穏やかな笑みを浮かべる口元に、今また紅茶のカップを運ぶ。
伏せがちの目は長い睫に覆われて、翡翠色の瞳に薄く影を落とす。
少し。そう、シーガに似ている。
「しかし、陛下!もし、もしあ奴らが火器を使うようなことがあれば」
上げた手で制されて、デシルは黙った。
「だとして、デシル。我らに、何か出来るというのかな?この船には火器は積んでいまい?我らレスカリアはどの争いにも加担しない」
「はい…。今は全速力で祖国に向かうしか」
「それでよい。そのまま進むのだ」
「あの、高度を下げたら?酸素が濃くなるから、速度を上げられると思うな」
タースの提案にデシルが目をむいた。
「敵船を捕捉出来なくなる」
「捕捉する必要はない。デシル、タースを艦橋に連れて行くのだ。タース、よいな」
「はい!」
嬉しそうなタースにデシルは眉を潜めた。


船内の通路を早足で進みながら、デシルはタースに質問する。
「お前はライトール人だといったな」
「はい」
「以前、ウィスロも言っていたが、お前は何ゆえ機械の知識を持っているのだ」
「え、あの。僕はライトールで機関車の整備士をしていたんです。その時にエンジンとかモーターとか、飛行船のこととか。一通り教えてもらったから」
目の前でデシルが立ち止まり、タースは額をその背にぶつけそうになった。
「そうか。ライトールではお前のような子供でも皆、当然のように機械のことを知っているのかと思ったぞ」
「それはないよ。僕は学校に行ってない分、仕事を早く始めたから」
タースの返事に、どうやらデシルは安堵の表情を浮かべた。
「そうか、そうだよな」
「うん」
「いやぁ、ライトール人が皆お前みたいだったらどうしようかと思ったぞ」
「どうって?」
「ん、まあ。なんていうか。我が国は技術に関しては相当遅れている」
タースは首をかしげた。
レスカリアのことはよく知らない。
「陛下がお嫌いなのだ、新しい技術や機械がね。この飛行船だって、唯一、ティエンザから譲り受けたものだ。自国では飛行船を作る技術はないからな」
「え?じゃあ、デシルさんはレスカリアでただ一人の飛行船の船長だ」
少し誇らしげに笑って、男はタースの肩に手を回した。
「すごいな」
「だが、それだけだ。タース。我が国では新しいことは敬遠されるのだ。しかし、周囲の国がこれほどの技術を持つようになっては、知らん顔をしているわけにもいかない」
「それで、鎖国を止めたんだ?」
「ん、まあ、民も感じるところがあるんだ。中には、我が国の文明レベルを嘆き、新たなものを取り入れようとする動きもある。だが、皇帝陛下はそれをもっともお嫌いになる。このところの異常気象で民は疲弊している。明るい希望のあるものであれば何にでもすがるのだ。だから、過激な反政府活動をするものも現れる」
「反政府活動?」
平和なライトールではあまり聴かない言葉だった。
「まあ、そういう輩もいるということだ」
デシルの歯切れは悪かった。

レスカリア帝国が船の航路をティエンザ王国と結んだのが三年前。それから少ししてライトール公国とも開通した。それまでは、一般の人間がレスカリアにわたることは許されていなかった。
レスカリアがどんな国なのか知らないけれど。
どこにでも、問題があるんだな。タースはティエンザの首都の疲れた人々の様子を思い出していた。大陸で最も技術の進んだティエンザも。地震や災害で大勢が生活の糧を失っていた。
ライトールにいた時は、機関車工場でも輸入する機械はティエンザ製で。ティエンザに遅れている、負けている。そんな声しか聞こえてこなかったのに。

文明の発達は、必ずしも人々が幸せになるものでもないのかな。

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「想うものの欠片」第八話 ⑮

15
夕食の片づけを終えて、タースが皇帝の部屋に戻った時には、珍しくミレニア皇妃はすでにベッドで寝息を立てていた。
タースが御用を伺おうとすると、皇帝は人差し指を口に当てて、静かにするようにと片目をつぶる。
この人は本当に皇妃に優しいんだ。
タースは頷くと、寒くないようにソファーにかかっていた毛布をかけてやる。機関室からの温風が流されているとはいえ、常に肌寒い。女性にはつらいのだといつか皇帝が話していた。
「ありがとう、タース。こちらへ」
皇帝はペンの手を休めてタースを手招きした。
「お前はミレニアの態度にも関わりなく、よく尽くしてくれるな。礼を言う」
「え、いいえ」
「扱いづらいだろう?」
「あの、気まぐれな猫みたいだと思えば」
そこまで言ってタースは慌てて口を塞いだ。
皇帝はまた肩を震わせて笑っていた。
「猫か、お前は面白いな」
「すみません…」
「ミレニアは、息子を亡くしていてな。どうも、お前くらいの子供が苦手なのだ」
「はあ。でもユナはよかったんですよね?」
つと空気が張り詰めた。
「あ、ええと」

切れ長の翡翠の瞳はタースを冷たく見つめていた。時折、タースがぞっとするのは、あの肩に手を置かれた時の息苦しさを思い出すからだ。
普段は穏やかだけれど、その笑みの下には神王としての力が潜んでいる。
「ユナの話は、ミレニアの前でするな」
「はい」
それはなんとなくタースも感じるところで、けっしてユナの名を自分から出すことはしていなかった。
「ユナは可哀想なことをした」
「…逃げたんじゃ、ないんですか」
無言の皇帝に、タースは居心地が悪くなり、腹の前で手をもじもじさせる。
「あの、僕、落とされたなんて馬鹿なこと」
「…タース」
「その、教えてください」
「…」
皇帝の表情は明らかに真実を知っているようだった。
ふと肩の力を抜いて、皇帝は座りなさいとタースに指示した。タースは隅に設けられた自分の席に座った。
「あの日は、レスカリアを発って二日目だった。いつもどおりの朝だったはずが、ユナは姿を現さなかった。勤勉な子でな。お前より二歳ほど年下で、物静かな子だった」
皇帝は机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。
「以前、初めて我が国にライトール人の新聞記者とやらが訪ねてきた時に、記念においていったものだ」
「!それって、ダルクさん?」
「ああ、確かそんな名前だった」
タースは写真を受け取るとじっと見つめた。ランプの灯りの下、数年前の写真は少し変色しかかっていたが、確かにダルクさんと皇帝陛下、隣に小柄な目の大きな少年が写っていた。ダルクさんが、探検家の友人を探しに来たときのものだ。
「知り合いか」
「お世話になりました」
「ふん」
不思議な縁だ。
目を細める少年を皇帝は見つめていた。
「これが、ユナですか?」
「そうだ。タース、ユナが落とされたのは自明の理だ。飛行船の中、忽然と行方が分からなくなった」
「じゃあ、犯人は!?」ジファル、の顔をタースは思い浮かべている。
「事を荒立てるわけには行かないのだ。犯人の目星はついている。だが、タース。今この飛行船に乗っている側近の中に犯人がいる。そのものは、反政府組織の手のものということになる。目的も、人数も不明な上、身動きの取れない飛行船の中。犯人を追い詰めることが必ずしも得策とは言えん」
そうか、と浮かしかけた腰を再びイスに下ろして、タースはうつむいた。
「ミレニアはな、可愛がっていたユナを失ったことで苛立っている。私もミレニアもシデイラの民。ユナの想いが残っていれば見つけられる。しかし、それを探しまわれば、船内は不信感で満たされる」
「!じゃあ!僕が探します。僕も少しならユルギアが見れるし、僕があちこち探しても誰も気にしない」
「…そうかな?」
「あ…」
一人だけ。
タースの行動に目を光らせている人物がいる。ジファルだ。
タースの中で一番の容疑者候補だ。
「あの、僕」本当は密航者で、ジファルに脅されて。
そう打ち明けようと顔を上げたタースに、皇帝は首を横に振った。
「お前は関わらずともよい」
「あの、どうして僕がその、本当だったら異国人の僕が一番怪しいのに。教えてくださるんですか」
本当のことをまだ、話していないのに。
皇帝はふと目を細めた。
「私はほぼすべての思念を読むことが出来る。人の考えが分かるわけではないが、強い思念はその人間から吐息のように淡い痕跡を残す。誰でも口調や表情、態度から相手の想いを想像することができるだろう?感情を言葉に表さずとも相手には伝わる。それが思念の力というものだ。それを感じ取れる力は人によって違う。私はその感覚が鋭いのだといえる。お前のように強い思念の力を持つものは絶えず想いを振りまいて歩いているようなものだ」
「え…」
タースはシーガが似たようなことを言っていたのを思い出した。

「お前ほど考えていることが分かりやすい人間はいない。それにな。お前は私と同じ悲しみを背負っている。目の前でルリアイを作って見せたものはお前が初めてだった」
タースは頬を赤くした。皇帝の話を聞いて、思わず涙がこぼれた。それはそのまま蒼い結晶になってころんと転がった。
美しい青だと皇帝は笑い、慌てて涙をぬぐったタースの頭を何度もなでた。

ユルサナイ。

想いがこみ上げてくる。
押さえ込もうと目を閉じたタースの前に皇帝が立った。
慌てて立ち上がろうとするタースの額に、そう、まるでシーガがよくしてくれたように皇帝の手が当てられた。
「いずれ、お前の抱える想いが、晴れるといいのだが」
暖かい手に不思議とタースは気持ちが落ち着いた。
同時にまぶたが重くなる。
「もう、寝なさい」
皇帝の言葉に黙って頷くと、タースは自室に戻っていった。

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