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『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑤

『Reims ‐ランス‐』



室内はしんとしていた。
さすがに声をひそめ、シャルルが扉を開いた時には窓からの月明かりだけが室内にある。廊下のランプの明るさが敷物の上を走り、背後でそれを遮って覗き込んだ伝令兵の影が足元で動く。
「し」と。まるで白イタチにするように指に人差し指をあてる。
部屋は随分広かったが、衣装棚のようなものと、ベッド、小さな一人掛けの椅子が見えるだけだ。
ベッドの天蓋は様子を隠し、ロイの寝顔は見えない。
ふわと、夜風を感じ、「これじゃ寒いよ」とささやいて、シャルルは少しだけ開いていた窓をそっと閉める。小さな窓からは、目が回るような景色が見えた。
思った以上に高いところにある。逃げられる心配がないから窓も開けたままなのだ。
敵だとロイが言っていた。
『私を利用するならすればいい』あの時。捕まる寸前にそう、言っていた。僕を庇ってくれた。


振り返ると、伝令兵がベッドを覗き込んでいた。
「どいて」と、押しのける。
少年は静かに眠っていた。青白い顔は月明かりのせいなのか、それとも。
不安になってそっと額に手をあてる。
ひゅうと男が口笛を吹くから、シャルルは思い切り男の足を踵で蹴ってやった。
静かにって、言ってるのに!
「いてえな!」
余計に声をあげるから今度は腕をひっぱたく。
「この、ガキ!!いい加減にしろ」
「あ、わ、やめろ、起きちゃう」
「うるさい!」
せめてロイから引き離そうと男の皮の胸当てに両手をついてうんと押してみる。
やはり体格が違う。
「暴れるなよ、お嬢さん」と男はシャルルを抱き上げようとする。
「やめろ!放せってば!」

「その子に手を出すなと言ったはずだ」

少年の声に伝令兵が動きを止めた。宙に浮いたシャルルは思い切り男の腹をけり上げる。さすがに急所を狙わなかったのは、ロイの前だからか。多少の恥じらいは持っている。

「ぐへ」と腹を抱える男の前、ロイを庇うようにシャルルが立ちふさがった。
「あんたは出ていけ!大司教様に訴えるぞ!」
「ふん、せいぜい面倒見てやれ。どうせ」
言いかけて男は言葉を止める。
「何?」
「いや、なんでもない。じゃあな」

男が出て行くのをしっかり確認して、それからシャルルはゆっくり振り返る。
さっきから、自分の手を後ろから握っているロイ。それが、どうにも気になる。
熱い手をそっと両手で包むと、覗き込む。

「どうして、ここに」
ロイは起こしていた体をゆっくりと横たえるとシャルルを真っ直ぐ見つめた。
「ええと。お前のお世話係になったんだ。大司教様に命令された」
「…いらない」
「あ?」
「出て行ってくれ」
ちょっと待て、「僕はお前を助け出そうと思って!」
「無理だよ。どこかへ行け」
「なんだよ、その態度はさぁ!気になるだろ!?人の目の前で捕まってさ、敵だとか追われているとか。お前なんなんだよ!」
「君に名乗る気はない」
ぷいと向こうを向くと、ロイは毛布を頭から被った。
名乗るって、じゃあ、ロイって名前じゃないのか?
頬を膨らませたまま、シャルルはしばらく睨んでいた。なのに、相手は眠ってしまったのかぴくりともしない。
なんなんだ、心配して来てやったのに、この態度は。
「分かったよ、僕は帰る。バカらしい、振り回されて損しちゃったよ。夜中の聖堂に忍び込むなんて罰当たりなことしちゃったし」
むかつきをわざとらしい溜息で吐き出すと、シャルルは扉を開いて外に出ようとしたが。
重い扉はびくともしない。
「……、あのさ」
ロイは応えない。
「僕も、閉じ込められてるって、ことなのかな」
振り返ってみてもロイは動かない様子。
くそ!
「開けろ!ばか。ロンロン、開けろってば!」
派手に扉を叩いてみる。拳が痛いから、足で蹴る。裸足で痛いから体当たり。
どれも痛い。
ぎぎ、と。やっと扉が外から開かれた。
じろりと衛兵が覗き込み、「静かにしろ。俺たちは眠いんだ、明日にしろ」とあくびをしながら話すと有無も言わせず扉を閉める。
「ま、待って!」
がちゃん、と。閂をかける音。衛兵の足音は遠ざかっていく。

はぁ。
「僕まで閉じ込められちゃったよ。どうするんだよ、ロイのせいだ」
扉を背に座り込む。
誰も応えないとわかっていても腹立たしさに止まらない。
「大体さ、僕がなんで、こんなことになるんだ。水車小屋で偶然に出会っただけじゃないか。もともとロイは追われていたわけだし。僕がいてもいなくても捕まったかもしれないし。僕が責任感じてこんなことする必要なかったんだ。ただ、様子を見たかっただけなのに。これで僕に『ありがとう、嬉しいよ』とかさ、『助けて欲しい』とかさ。可愛げのあることでも言うならまだしも、迷惑って顔されてさ」
僕一人、バカみたいだ。
ちょっと、さ。気になったのが間違いだ。

シャルルは悔しくて滲んできた涙を抱えた膝に擦りつけた。

修道院に帰ったら院長様に怒られるのかな。大司教様の命令でここにいることになったんだから、大丈夫だよな。
…あれ?
大司教様は確か、誰にも話してはいけないって言っていた。じゃあ、僕、どういう話になるんだろう。院長様に怒られてその上どこかの男に売りつけるみたいに嫁がせるのかもしれない。
「それじゃ、僕、ぜんぜんいいことないじゃないか!」
しかもまた、少し腹が痛い。寝る前にアンに下着を替えてもらって身体をきれいにしてもらった。お腹が痛ければアンは背中をさすって一緒に寝てくれた。
なのに。
シャルルは泣き出していた。
「だから、女なんか、嫌なんだ」
「どうして?」
「わ!」
目の前にロイが立っていた。
驚いたけど、くやしいから平気な顔をしてみせる。
「……なんだよ」
「あ、いや」
「病人は寝てろ、ばか」
随分乱暴な口調になっている。そういうのはすべて、街からの行商人や聖堂で裁きを受ける罪人を真似ている。修道院でそういう言葉を使うものはいない。
それがまた、院長の不興を買うのは承知だけれど、大司教様のような綺麗な言葉だけじゃ言いたいことが言えない。
あまりの口調に以前のルーのように言葉を返せないでいるのか、ロイは黙ってシャルルを見下ろしていた。
睨んでみるのに、丸くしたままの大きな目でじっと見下ろされ、シャルルも我慢できなくなる。
「あのさ!」
ぎゅ、と。抱きしめられた。
あわわ?と声だか悲鳴だか自分でも分からない言葉を発してシャルルが突放すと、よろりとロイは後ろにしりもちをついた。
あ、病人だった。
何をしたいんだ、こいつ。
「お前、変態?」
シャルルの口をついて出たのはそれだった。

ロイは尻もちをついたまま「ぶ」と噴出すと、笑い出した。
笑うと止まらないのか苦しそうに腹を押さえ、そのうちまた、息が切れて咳き込む。
「ああー、バカ。笑うところじゃないし、自業自得になってる」
仕方なくシャルルが歩み寄り、背中をさすってやった。
苦しげに何度も咳をする。
ロンロンが言いかけた「どうせ、もう」が脳裏をかすめ。シャルルは首を横に振る。
そういう意味じゃない。大丈夫。
それでも、そういう咳をして死んでいった子どもを何人も見ていた。小さい子どもが病気で死んでしまうのはよくあることだ。十歳を過ぎれば身体も丈夫になるけれど、それ以下の子どもはとても弱い。

「ほら、大丈夫か?」
シャルルの言葉にロイは頷いた。
「君が出て行かないなら、ベッドを使うかい?」
「へ?」
ロイは真っ直ぐシャルルを見上げていた。間近にいると香水みたいな匂いがして、それはどうにもシャルルをどきどきさせた。
「ばか、病人から寝床を奪う真似するわけないだろ。僕は床で寝るよ」
「いや、一緒に寝ても大丈夫なくらい、広いし。私は構わない」
「嫌だ」
「なんで」
なんで、って。
なんでって「その…」
香水がドキドキする、なんて言えない。
「ほら、寒いから丁度いいよ」
ロイは先に立ち上がるとシャルルを引っ張る。案外力のあるそれにつられるように、シャルルもふらりと立ち上がった。
「あ、でもだめ!」
「なんで?ほら、早く」なぜかロイはやけに嬉しそうだ。
「お前さ、帰れとかいらないとか。ひどいこと言わなかったか?」
「帰れるのに残るのと、帰れなくなっているのとじゃ意味が違うから」
わけがわかんないぞ!
「難しいこと言うな、僕はお前を助けたいと思ってきたんだ、ありがとうとか言ってもらえないと嫌だ」
われながら駄々っ子のようなことを言っている、とは思うけど、さっきまでの情けない気分もここに来た原因もすべてロイにあるんだから、「ありがとう」くらい要求したっていいだろう。
ロイは怒るでもなく笑うでもなく、シャルルに言わせればそう、お祈りを教わる時の子どもたちみたいな顔をして言った。
「助けて欲しいとはいわない。だから礼は述べない。優しくして欲しいというならしてやるけど、優しくして欲しいとは思わない」
「お前よくわかんない」
「いいから、おいで。シャルル」

少し熱っぽいロイの手は、細く白く。シャルルは納得がいかない気分を抱えたまま、ロイの隣にもぐりこんだ。なんだかひどく疲れていた。毛布は暖かく、それ以上にすぐ隣に人がいるのはシャルルを安心させた。アンの横と同じだ。
「温かい」呟いたのはロイ。
「うん、アンと寝るときと同じだ」
「君には一緒に寝てくれる人がいるのか」
「いつもだよ。狭い部屋で孤児の子どもらと一緒に寝てる」
うるさいくらいだよ、チビたちは全部で十三人もいるんだ。とシャルルは天井に指で示してみせる。
「羨ましいな」シャルルの手を眺めて、ロイは呟く。
「貴族様のこういうベッドの方が、僕には羨ましいけど」なんたって、天蓋が付いていて、綺麗な模様が書いてある。
「広すぎる」
「……ふうん」
ロイが言いたいことが少し、分かる気がした。
いつもは子どもたちの寝息や寝返りの音に囲まれている。生き物の息遣いの中で眠るのは生まれる前の母親の中と同じだと、院長が言っていた。なのにここはひどく静かで、隣にロイがいなかったら世界で僕は一人きりと言う気分になる。
ロイがいつもそんなだとしたら。とても淋しい。
いつの間にか、ロイの少し甘い匂いはシャルルを落ち着かせていた。

続きは8月10日公開予定です♪


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『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑥

『Reims ‐ランス‐』



陽に干される毛布の匂いにシャルルは目を開けた。鳥の声。
シャルルは飛び起きた。窓から眩しい朝日が差して、目の前の白い毛布をじりじりと温めている。
朝のお祈りの時間。寝坊だ!

「ん~」
隣には眠そうに額を枕に擦り付ける少年。真っ白なシーツと枕は眩しいくらいだ。
「あれ?」
あ、そうだった。景色に慣れなくて、どこにいるのか分からなかった。改めて白いシーツの雪原に丸くなるロイを見つめる。
「そうか、ロイの部屋だ。ほら、起きろ。朝だ」
「まだ眠いよ」
ロイは毛布を一人占めするつもりか引き寄せると、ぐるぐると毛布の殻に閉じこもろうとする。
「だめだよ、朝のお祈りの時間だ。修道院じゃなくてもお祈りは必要だぞ」
「勝手にやれば」
「難しい言葉は知ってるくせに、ロイは普通のことができないんだな」
ロイが毛布にこもっているからシャルルは放っておくことにした。方角は窓の朝日で大体分かる。壁に向かって膝をつくと、両手を組んで毎朝の祈りを小さくつぶやく。
習慣のようなもので、これをしないと朝食を食べてはいけない気がするから不思議だ。シャルルは祈りを済ませると、ぐるりと室内を見回し、続き部屋があることに気付いた。木の扉を開くとそこは小さな部屋で、大理石の床に水がめと桶がある。金で飾られたチェストがあり、その上にロイの着替えらしいものが置かれている。
小さな高窓からかすかに風が通る。
息を大きく吸い込むと、自分が何をするべきなのかを考える。
そう、まずは。


「あれ?スカートやめたんだ」
ロイの揶揄する言葉も無視。ロイの額に手を置いて、熱はないなとほっとする。
「お前の着替えを借りた。やっぱり、落ち着く」
「私のでもないけどね。スカート、あれ可愛くて似合っていたのに」
「院長様みたいなこと言うな。ほら、お前も顔洗ってきなよ。その間にベッドなおすし、汚れものを置いてきながら、食事もらえるように話してくる。逃げ出したいなら手伝うから」
さらりと物騒な言葉を付け足し、身を翻すなりシャルルは扉を蹴り上げた。
「おい!開けろ。ロンロン!」
叫んでは派手な音を立てるシャルル。
「ほんと、男の子みたいだな」ロイが面白そうに見つめている。
そのうち、「うるさいぞ」と怒鳴りながら、扉が開かれる。
衛兵の向こうにシャンパーニュの騎士を見つけるとシャルルの背後で少年は表情を厳しくした。
「よっ!おはよう、ロンロン」
「ロトロアだ、いい加減覚えろ」
「ロトロア、ラン伯の血縁のものか」
言ったのはロイだ。
「何、知ってるんだ?」シャルルが頭をぐんと押さえつけるロンロンに蹴りを繰り出す間にもロイはじっと男を見つめている。
「おっしゃる通り。今はシャンパーニュ伯ティボー四世にお仕えしている。ほら、シャルルお前は食事を運んで来い。おぼっちゃまのお着替えは俺が手伝ってやる」
「自分でできる」
「まあ、そう遠慮せず。ほら、シャルルお前はさっさと行け。厨房にうまい飯が用意されてるぜ」
「……、そ。ロイをいじめたら承知しないから、じゃあな!」
噴き出す男の声を背中に聞きながらシャルルは洗濯物のかごを抱えたまま外に出た。
衛兵がじろじろと見るが、ふん、とにらみ返す。

ロイの表情が印象に残る。ふざけた口調だったけどロンロンも何を考えているか分からない。大丈夫なのかな。早く逃がしてやらなきゃいけないんじゃないかな。
「あいつが意地っ張りだからだ」ぶつぶつと可愛げのない少年について思い出せることを並べながら、シャルルは急ぎ足で厨房へと急いだ。


二人分のスープも、見たことのない肉の焼いたものも、いい匂いをさせている。
立派な銀の皿は重たい。修道院で使う木の器とは全然違うんだ。綺麗だけど、重いよな。
一人ごとをスープにこぼしながら階段を上る。
「もうすぐ、食べれる、もうすぐもうすぐ♪」シャルルは重さに震えそうになる手を励まし、トレーを胸の位置に持ち上げて歩く。
部屋の前に衛兵はいなかった。
細く開いた扉、かすかに二人の声がする。
シャルルは足を止めた。



「お父様はそんなことをなさらない」ロイの高い声は落ち着いている。
窓からの風にのって、廊下にいるシャルルまで届いた。そっと隙間からのぞくと、ベッドに腰掛けて見上げるロイ、その前に腰に手を当てて立つロンロンが見えた。
「クリア・レギスで報告されているのです。書簡にも残っている。このやり様にシャンパーニュ伯は失望し、ランス大司教も共感なさっている。どうか、大人しく我らに従っていただきたい」

クリア、…レギス?ってなんだ?
シャルルはごくりと唾を飲み込んだ。
ロイにどんな関係があるのかな。
少年の表情は変わらない。じっとまっすぐロンロンを見上げていた。
「私にはなんの力もない」
「それはどうですかな、正統な継承権がある」
「無理だ。お前が言う通りならなおさら。そう、長くない、って。皆は思ってる」
「ふん…立派なお覚悟、とでも言ってほしいか。ああ、腹が減ったな。おい、シャルル。さっきから匂ってるぜ、立ち聞きしてないでさっさと運んで来い」
こちらを振り向いたロイとまともに目が合って、シャルルは思わず息を止める。
「お、お待たせ」
強引に笑顔を作るとシャルルは何食わぬ顔で小さなテーブルにトレーを置いた。
「重かったー」
「御苦労だったな」
って、僕はロンロンのために運んだわけじゃない。
なのに、テーブルに置かれたそれに祈りもせずに、男は無造作に手を伸ばす。

「それ、シャルルの分だ」
ぶ、と。ロイの言葉に男は呑み込みかけたスープをはきだした。
「あ、そうか?何だお前、なんで俺の分を持ってこない」
「あんたが一緒に食べるなんて、思わなかったし……」したくもないし。
「じゃ、お前が悪いな。もう一回行って来い」
はぁ?
「シャルル、私のを分けよう。行かなくていいよ。こっちにおいで」
黙ってうなずくと、シャルルはロイの座る隣に腰をおろし、男を睨みつけた。
「なんだ、そんなに欲しいなら、これ、くれてやるか?修道院ではどんなものもありがたく受け取るんだろう?」
先ほど吐き出したスープ。
ふざけるな。喉まで出かかったところで「ほら、これ」と。ロイが肩に手を置いてシャルルにまだ手をつけていないスープ皿を差しだした。噛みつかんばかりに睨みつけていたシャルルはロイの優しげな瞳に気づいて、力が抜けた。
捕まえられて、理不尽に閉じ込められて。それでも怒りもせず怒鳴りもせず、ロイは僕に優しくするんだ。
「子供同士、仲良しだねぇ」
「何事も自らに返る。ラン伯を継ぐのなら姿勢を正したほうがいい、と、言っても無駄だろうけどね」
ロイの言葉にぴくと男は表情をひきつらせる。
ロイは小声で祈りを終えると、パンに手を伸ばした。
「は、自らに返る、とするならお前さんは余程前世に悪事を働いたらしいな。生まれながらにそんな体だ」
今度はロイのパンを持つ手がかすかに震えた。
シャルルは「それも半分ちょうだい」とロイの手を掴んだ。ぎゅと握り締める。
「難しいことは分かんないけど。僕はロイのほうが好きで、ロンロンは嫌い」


少し間があった。
ロイの手が震えているのに気づいてスープから顔を上げる。少年は笑い出していた。笑い過ぎて、でもあの咳にはならなかった。楽しそうに声をあげて笑い、
「私も好きだ」とシャルルの頭を抱き寄せた。
派手に心臓が高鳴って、顔も赤くなっている気がしたけど、シャルルは正面で目を丸くしている男にふんと笑って見せた。
「ああ、下らん」そうつぶやくと目をそらし、男はリンゴを無造作に掴むと立ち上がる。
「どちらにしろ今夜の聖堂参事会で決まる。ま、シャンパーニュはここよりうまいものが食べられる。ぜひ来ていただきたいものですな」
ロイにそう話しかけ、シャルルには「お前も来るか?俺について」と付け加えるから、「嫌だね!」と男の背中に顔をしかめる。

「……シャンパーニュに連れて行かれるのか?」
そう尋ねると、ロイは急に表情を硬くした。
「それよりシャルル、スープが冷めるよ」
「あ、うん」
言いたくないのか。
シャルルはそれ以上追及せず、まずは腹を満たすことを優先した。
ジャガイモとトマトの入ったスープにはなぜか肉も豆も入って、具だくさんだ。
「おいしい」
「これに腸詰を乗せて焼くと、もっとおいしいよ」
ロイの説明は更にシャルルの妄想を呼ぶ。おいしい、おいしいと喜ぶシャルルを少年は眩しそうに見つめていた。



ロイは僕のこと友達って思うよね。
そう聞けば、ロイは頷いた。
好きだっていったよね。少し頬を染めて少年はまた頷いた。
「なのにさ!どうして、何にも教えてくれないんだよ!」

知ってはいけない、なんて大司教様の言葉は吹き飛んでいて、シャルルは一通り部屋を片付けて暇になると我慢ができなくなる。

ロイはベッドに座ったまま、あるいは寝ころんで。ずっとシャルルがすることを眺めていた。
堅く絞った布でテーブルを拭き、ベッドの支柱をきれいにするときにはシャルルに合わせてまるでクウ・クルみたいにロイもぐるりと回った。
「やってみる?」というと、うん、と。面白そうに布巾で木枠をなでていた。
にこにこ笑い楽しそうだ。偽物貴族(ではないようだけれど)のロイがなんだか弟分みたいでかわいかった。
シャルルの小さな手が荒れているのに気付くと、手を握って「痛そうだね」と温めてくれる。ロイは優しくて、難しい言葉を知っていて、温かかった。
なのに。
捕まっている理由とか、シャンパーニュに連れて行かれる理由とかをシャルルが尋ねると途端に冷たい態度をとった。
「さあ」
「知らない」
「言わない」
「君には関係ない」

「何で言わないんだよ!!もう!」
業を煮やして掴みかかると、あっさりロイはシャルルの下敷きになった。
馬乗りになったはいいが殴るわけにもいかず。
ロイは真っ白なシーツの中で淡い茶色の髪に縁取られた小さな顔をまっすぐ征服者に向けた。
「言わない」
「ロイはどこかの貴族の跡取りなんだ、だろ?継承ってそういうことだよね。それに、シャンパーニュ伯が関係するんだろ?クリアレギスって何?」
「……聞いていたんだ」
「いいからさ。教えろよ」
「嫌だ」
「あ、そう。そういう態度に出るならさ」
シャルルはにっこり。最高の笑み。
「?何……」
ロイの顔にキスできるくらい近付くと、さすがにロイも頬を赤くした。
街の男の人たちと同じ。シャルルはそういう悪戯が大好きだ。ロンダに同じことをしたときには逆に抱きしめられて、結局蹴りを入れることになったけど。

ロイの耳元に口を近づけて。
「くすぐっちゃうよ?」
ひゃ、とか変な声をあげて身をよじるから、抑えつける。
「ふふふー。こういうの大好きっ!修道院の子供たちをこれで全員降伏させたんだ」
「ま、待って!言うから!言うから!」

案外、すぐに降参。
「なんだ。つまんない」
ロイは力を抜いたシャルルを押しのけると、ベッドの隅に避難する。苦しそうに息を荒くし、胸を押さえていた。
「シャルル、目的が変わってる」
「え?そうだった?」
面白がっているのは明白。シャルルはふふんと笑いながらくすぐる手つきをしながら一歩踏み出す。ますます縮こまるロイは毛布を盾にして隠れた。
「大人の事情ってのもあるし。シャルル、知らないほうがいいこともあるって、思わないのかい?」
「知りたいものは知りたい」
「知ったら知らなかったことにはできないんだよ?都合良く忘れられるわけじゃないだろう?」
「そんなことない」
そんな脅しは怖いもの知らずのシャルルには効くはずもない。すでに大司教様との約束はしっかり忘れているのだ。
ロイは呆れたように溜息をついて、乱れた前髪をかきあげた。
「君は……。クリア・レギスってのはフランク王国の国王と有力諸侯や有力司祭が集まって開く会議のことだよ。そこで王国の政策が決められる」
「あ、そうか。クリア・レギス、国王会議だ。聞いたことがあった!そういえば!」
そうそう、とシャルルはあっけらかんと笑う。
「なるほど、君なら忘れることもできそうだね」
「嫌味だな。いいから早く、教えて」
「私を……逃がしてくれる、かな?」
簡単なことではない。このランスの郊外にラン伯の所領に属する城と街がある。そこからロトロアは来ているのだ。ロトロアはシャンパーニュ伯と臣従礼を結んでいる。ランスを囲むように軍を配置できるのもそのためだ。
「簡単なことではない」ロイはそこまで説明すると下を向く。
「それは最初からそう言ってるだろ」シャルルは当然といった顔でうなずくが。
「私を逃がすことで君に罰が科せられたらどうするんだよ」
「は?なんで?」
世話係を自称する少女がシャンパーニュ兵たちに問い詰められないはずはない。
「分かった、いいよ。やっぱり言わない。教えない。逃がさなくていい」
「なんだよ、信じないの?」
しっかりうなずく少年にむう、とシャルルは唸る。
まだ素直に言わないつもりの少年をどう攻略しようかと、口をとがらせ肉食獣のように鼻にしわを寄せて睨みつけた。ベッドの隅の獲物は毛布をしっかり巻きつけて防御の体勢。
どうするか。
と、何かに気を取られたのかロイは視線をシャルルの背後へ。
今だ!
毛布の端を掴んで思いっきり引っ張る。敵は毛布を取られまいと慌てて手を伸ばし、その手をつかんでっ!
のつもりが。
毛布と一緒にするりとロイはベッドから飛び出した。一歩遅く、シャルルは空になったそこにべたんとカエルのように転がった。
「あれ?」
振り向いたときには、形勢逆転。
目の前にロイの顔。
「わ」
にっこりと笑われて、馬乗りでもないのになんだか動けない。
ベッドの隅、片側には毛布の山が関所を作る。
どうしよう、って。いや、なんだ?
自分のうろたえる理由も何も理解できないくらいシャルルは慌てた。
ロイの顔は近いままで、だから、そうだ。だから身動きできないんだ!
押しのけようとすれば手を掴まれた。
ありゃ。
ロイはにっこり。目の前で綺麗な笑顔を作ってみせる。
「今度は私の番だね。……キスしていい?」
「はぁ!?」
シャルルは悲鳴らしきをあげていることに気づく。
それが、途中で途切れたことも。
口がふさがれている、ってことも。

必死に暴れて、やっと膝に手ごたえ。
ふわりと離れたロイは腹を押さえてベッドの向こうに立っていた。

ロイは傾きかけた日差しと同じように、少しだけ首をかしげて困ったように笑う。
「ごめん。泣かないで」

言われて、頬を落ちるそれに気づく。ぬぐおうとした。
拭う手の甲にまた一粒。
悔しいのか驚いたのか何なのか。生まれて初めて、本物のキスをした。
シャルルはベッドの上に座り込んで泣き出していた。
「ごめん、ひどいことした、ごめんね」
そう言ってロイが頭をなでて慰める。それでも、涙が止まらなくてシャルルはそれが恥ずかしくなる。だから、首を横に振ってとにかく涙を止めようと必死だ。
「僕、……だから、女なんて、泣くなんて」
「うん。ごめんね」
「男の子に、生まれたかった」
「うん、……え?」
「騎士になる、それで好きなとこに行く」
「シャルル、騎士になるのは」
「なる」
絶対になってやる。膝を抱えて顔を伏せたままのシャルルの隣に、少年が腰掛けた。
「騎士って言っても、いろいろあるよ。あのロトロアのように若い貴族が成人するまでの仕事として有力諸侯と臣従礼を結んで仕えるもの。諸侯の陪臣、自由農民が戦争のために駆り出されてその場で叙任されるもの。どんな立場でも騎馬に乗って戦う兵士は皆、騎士だよ。でも。そうだね。本来は貴族の男子が丁年を迎えるときに聖堂で叙任される、それが正式な騎士だね。三日もかけて叙任式をするんだ」
長いロイの説明は、なぜかシャルルの気を落ちつけた。
「丁年って成人のときと同じ?」
「うん。ふつうは二十歳だけど。そうじゃない場合もあるよ。たとえば貴族家系の継承者が若くして当主になる時とかね」
「ふうん。じゃあ、僕でもその叙任をされれば騎士?」
「うん、まあ、馬と武器くらいはないと恰好はつかないよね」
「それ、それだよね。馬がないし、買えないし。じゃあ、まずは独り立ちしてお金をためる!」
「違うよ、どこかの諸侯に雇ってもらうのが一番」
「騎士として?」
「最初は小姓だと思うけど。騎士見習いになれれば幸運だ」
「…かっこわる」
「恰好でなるものじゃないから。…シャルル、無理無理。君には」
「偉そうだな!ロイは叙任されたのか?」
仰向けに寝転んで体を伸ばしていたロイは、動きを止めた。
「……秘密」
からかえばシャルルはむきになった。頬を赤くして、口を尖らせるそれが可愛らしい。さっきまで突然のキスに驚いた可憐な少女だったのに、今は構うなと爪を立てる猫のよう。
「あ、そうなんだ!騎士なんだ!そんな小さいのにさ!」
「小さくないよ。君と同じくらいだし」
「ああ、そう、そうなんだ。貴族様だし!やっぱり僕、男の子だったらよかった!」
ロイはシャルルの理論に笑いだし、腹を押さえた。
「だから、なんでそうなるんだい?分からないよ」
「男の子だったら、僕はフランドル伯の跡取りだったんだ。たぶん」
「たぶん?」
「うん、噂だけだから。僕はフランドル伯ジャンヌ様の娘なんだ。女だったし、ジャンヌ様の夫、前のフランドル伯が十字軍遠征で捕虜になっちゃったから、政治的な問題とかで捨てられたんだ。きっと男の子だったら跡取りとして大切にされたんだ。当然、騎士だよ」
「ジャンヌ様に会ったことは?」
「ない」
ふと。ロイの笑顔がなくなる。
「……もう、私に構わないほうがいいね」
「は?」
「友達になったし、シャルルのこと好きだから忠告しておく。私のことは、忘れたほうがいいよ。私の存在も、ここにいたことも。これから私に何が起きても」

そんな。
少年はふんわりと笑う。それが、やけに白い顔をしているから、悲しそうだから。
シャルルはロイを抱きしめた。
「死んじゃうみたいなこと言うな!絶対に助ける。絶対に」
うつむいたロイの長いまつげに涙が見えた気がした。
落ち着いて気丈にふるまったって、僕と同じ歳の子供なんだ。大人たちがロイをどうしようとしているのか僕にはわからないけど、ロイはきっとわかっている。分かっているから、だから震えているんだ。
こいつが何者かとか、そんなのどうでもいい。助けてあげたい。


続きは8月17日公開予定です♪


『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑦

『Reims ‐ランス‐』



ランス大司教座、ノートルダム大聖堂。
十九の司教領と六つの地方貴族の領地からなる大司教座は、このフランク王国北部で最も力のある聖職者が治める土地。その大聖堂に、シャルルたちはいた。
夕刻が近づく。窓からは外陣の尖った屋根が見える。規則正しく並ぶ先に月が小さく光っている。
下を見ても突き出した彫像のおっぱいが見えるだけでとても降りられそうにない。
敷地の向こう、司教たちを乗せてきた馬車だろう、厩舎の前にずらりと並べられている。夜になれば聖堂参事会が開かれる。そのあと、きっと、何か。

シャルルはくるりと振り返る。
ロイはベッドにうつぶせに寝転んでこちらを見ていた。
「無理だと言っただろ。のぞいてみたけど、高すぎてくらくらした」
「ちょっと待ってろ。絶対に、何とかする」
返事など聞かない。
シャルルは扉をガンガン蹴って兵を呼び、「修道院に用事がある」と兵を押しのけるように飛び出していった。
衛兵は呆れた顔でシャルルを見送ると、室内にロイが残っていることを確かめて、扉を閉めた。ロイは毛布を抱えたまま閂の冷たい音を聞いていた。


シャルルは修道院に駆け戻ると真っ先にアンのもとへ。厨房は丁度夕食の準備で数人の使用人が忙しそうに動き回っていた。ジャガイモのスープの匂いを横切って、シャルルはかまどの前のアンの背中をたたいた。
「!!シャルル!あんたどこに行っていたのよ!」
大声に思わず目を閉じた。が、次に見上げたアンは満面の笑みを浮かべている。
「?あの、あのさ、服……」
「いらっしゃい、院長様があんたに用事があるって」
聞き返す間もなく強引に引っ張られ、院長の部屋へ。
「ま、待って、あの、ちょっと!」
「アデレッタ様、シャルルが戻ってきましたよ」
アンの声に慌てて立ち上がる派手な音で返事をし、「アン!逃げられないようにしっかり捕まえておきなさい!」と叫びながら、院長が扉を開いた。
怒鳴るから怒っているのかと思えば、違う。
気持ち悪いくらいにこにこと院長は笑った。
「待っていたのよ、シャルルー」
薄気味悪い院長の態度。
「あの、僕、用事が」
「いいから、いいから。貴方は何も言わなくていいの」

嫌な予感も、それどころじゃないんだけど、というシャルルの真剣な気持ちも、二人には全く通じない。
アンは何を言っても放してくれないし、院長はにこにこしながら奥の部屋から何やら大事そうに抱えてきた。
それがシャルルの目の前にふわりと広げられたのだ。
白い、衣装。

ふわふわとした小さなドレスは、シャルルの視界を妨げる。眼前のそれは見たこともないくらい薄い布地でよくよく見るときれいな刺繍がされている。ゆるく絞った袖、背中が妙にあいている気もするし、ギュッと閉めるようになっている窮屈そうな腰のリボンが大きい。
たぶん。花嫁衣装だ!
「ほら、ぴったりじゃない」
「あの」
「お前は何も言わなくていいのよ。明日にはお迎えが来ることになっているから」
明日!?
「なんだよ、それ!!」
豪農とやら?それとも商人だとか?そんなの勝手に決めて、絶対に逃げてやる。
シャルルは睨みつけた。

「いいのよ、お前が黙っていたのは許してあげるわ。まさか、あのロンダがねえ」
ロンダ!?え?
つまり?
「ロンダのお父様がね、正式にお前をとお話に来られたのよ。こんなじゃじゃ、いえ、元気のいい子を嫁にしてくれるなんて、ロンダも物好き……優しい子だわ」
「あのさ!勝手に決めるなってば!僕は」
「僕じゃない!私!」鋭い平手打ちを寸前で座り込んでかわすと、シャルルはアンの後ろに回り込んだ。
「いい加減にその男言葉はやめなさい!お前みたいな子をもらってくれるなんて後にはないのよ!」
この前言ってた二つはなんだったんだよ。
ロンダ、よりによって、あのロンダ…。
シャルルは少し考えた。
ロンダは優しい。ちょっとばかだし。僕の言うことを聞いてくれる。でも。

「やっぱり嫌だ!ロンダと結婚なんかしない!」
「もう決まったことです!」
「いやだ、それに、そのドレス大きいよ。絶対、僕には似合わない!」
「似合うわよ!ぴったりじゃない」
「着てみなきゃ分かんないだろ!」
「だめです、汚したらいけないでしょう!」
「じゃあ、やっぱり似合わないからいやだ。ロンダに返して」
「…仕方ないわね」
まあまあ、院長様、着てみたいというのだから。とアンがにらみ合う二人の間に入って、衣装を受け取る。「さあ、シャルル、こちらで」とシャルルを別室へと引っ張り出した。


アンの寝室には、大きな鏡がある。
シャルルは夕焼けとランプのうす明りだけの室内で、白いお化けみたいな自分の姿を睨みつけていた。乱れた金髪はたてがみが逆立ったみたいに見えるし、白い肌に白いドレスはなじみ過ぎて気味が悪い。
「なんでさぁ、勝手に決めるんだよ」
「あんたは知っているのかと思っていたのよ。ほら、ちょうど院長様が結婚の話を出して飛び出したでしょ?そのタイミングでロンダのお父様が来られたからね、あんたが縁談を嫌がってロンダのところにでも泣きついたのかと思ったの。いつの間にか好きな人を見つけてさ。院長様とね、男の子みたいなあんたでもやっぱり女なんだねぇって、感心していたのよ」
「違うよー、ロンダの思い込み。分かった、あいつこの間フランドルに出かけたから。このドレス、フランドルで買ってきたんだ、多分」裾をぴらりと持ち上げる。スースーするのを通り越してくすぐったい。
「あいつ、って。シャルル。未来の旦那様にそんな口調はだめよ」
ぎゅ、とリボンを絞められ。息が止まりそうになってシャルルはうめいた。
「フランドルで僕にって、きれいな剣を買ってきてくれたんだ。ほら、そこにある」
「あら、まあ」とアンは興味深げにシャルルの荷物からはみ出した、あの蒼い短剣を取り出した。
「きれいねぇ!それでなのね。シャルル。東の国では男性が女性にきれいな彫り物をした短剣を贈って求婚するのよ。これは、あんたに結婚の申し込みだったのよ」
「そう?」そんなはずはないと内心笑いながら、シャルルは剣を受け取った。蒼い石と絹糸を織り込んだ模様が、ぼこぼこと手のひらに当たる。
お土産がほしいかって聞くから、僕がかっこいい剣がほしいって頼んだんだ。
ロンダはお人好しだから嬉しそうに……。
女らしくしろと抱きしめられたけど、でも。
ふと脳裏にはロイの、あの時の顔。目の前にあったきれいな目。強引にキスしたくせに、困ったように謝った。
違う、違う。
首を横に振るシャルルに、帽子をかぶせようとアンが押さえつける。
「なに、これ、かぶるの?」
レースでできた帽子を頭に乗せ、脇のリボンをあごに回して縛ってみる。
「髪をきれいに洗わないとねぇ。可愛らしい花嫁さんになるわよ」
顔を隠すにはちょうどいい。
「何?」
「あ、なんでもない。あの、ちょっとトイレ!」
「駄目よ!我慢なさい!」
「嫌だ!」
慌てるアンを無視して、シャルルは部屋を飛び出した。




シャルルは走っていた。修道院をそのまま飛び出し、ランスの町を走り抜ける。
目標は大聖堂。
夕方の通りは賑やかだ。見知った商店の主人が声をかける。適当に手を挙げて応える。
ランプが揺れる軒下を走り、聖堂前の広場を横切って大きな門へ。
聖堂参事会が開かれる夜は、門の前に司祭が立つ。
顔見知りの司祭がシャルルを引きとめた。
「おやぁ、シャルルじゃないか。珍しい恰好して、やっぱり女の子だね、似合うよ」
「ごめん、通して」
「今日は参事会があるからね、奥の階段は使ったらだめだよ。裾を踏んで転ばないようにね」
ひどく真剣なシャルルが拍子抜けするくらい、穏やかに笑って見送る司祭。こんな時にのんきに笑っている。

「誰にも話してはいけません」大司教の言葉をふと思い出す。

つまり。誰も、知らない?

シャルルは立ち止り。ふと振り返る。先ほどの司祭が笑顔で手を振った。
知らないんだ。
向こうに見えるランスの街。小さく星が流れるような家々の明かり。二階建ての建物がほとんどで、三角の屋根の向こうの空は夕焼けの残りと深い青。
普段と変わらない。何も変わらない。皆にとっては。
なのに、僕はこんな衣装で。
ロイは閉じ込められていて、殺されちゃうかもしれないんだ。

僕が助ける。僕しか、ロイの味方はいない。
絶対に、助ける。

改めて胸元に抱えた短剣を握り締めると、シャルルはゆっくりと歩き出した。
シャンパーニュの騎士たち、ロンロンを入れて四人が敵で。後は衛兵二人と大司教様。
そう、それだけのことだ。
彼らの目さえ逃れられれば、大丈夫。聖堂参事会には大司教様も、ロンロンも出席するんだろう。だとすれば、敵は騎士が三人だけ。この広い大聖堂、僕のほうが詳しい。
大丈夫。


シャルルは息を整え、ゆっくりと外陣を歩いて行く。途中、裏庭に通じる出口から外に出ると、馬車がたくさん並ぶ厩へと立ち寄った。
「クウ・クル!」
呼ぶと白イタチが馬の背を三頭分ぴょんぴょんと渡りながら、シャルルの肩に飛び乗った。
「馬とじゃれるのは後で。お前は重要な役なんだからさ」
すでにシャルルの帽子にまとわりついて遊んでいるイタチに例のごとく一人話しかける。


厨房ではいい匂いが立ち込めている。
さっきまでシャルルの背中を規則正しくたたいていたクウ・クルの尻尾がぴたりと動きを止めて、周囲に興味津々だ。鶏肉の皿に気づいて近づきすぎないようにシャルルはぴたりと止まった。クウ・クルは皿が射程圏内に入れば遠慮なく飛びかかろうという仕草だ。
「だめだよ。後で」
「おや、シャルルじゃないか。どうしたんだい、それ」
顔見知りの焼き場の監督アンリが真っ赤にほてった頬をにこにこさせながら、焼きあがったばかりの鶏肉を大きなグリルパンに乗せて持ってくる。クウ・クルが鼻を突き出して匂いをかぐとアンリは笑って「ほれ、熱いぞ」と、小さくちぎった肉を差し出した。
「ありがとう、あの、夕食を」
「ああ、お客人の分だね。ちょいと待ってくれよ、参事会の前の会食が始まったんでね、そっちが優先なんだ」
「うん、いいよ」
シャルルは厨房の隅に積み上げられている野菜のかごの脇、酒の木箱の上に座った。
ドレスを着ていることなどすっかり忘れている。
クウ・クルは肩の上で手に持った鶏肉と格闘している。白いドレスはしっかり汚されているのに、シャルルは気づかず、頬杖をつくとぼんやりと忙しそうな男たちを眺めた。


ここ数日、そう、あの朝シャンパーニュの騎士、ロンロンに出会ってからだ。いろいろなことがいっぺんに起ったんだ。
ロンダが短剣をくれた。ロイとお兄さんのルーに出会って。僕が大人になって。院長様は僕を結婚させようとするし。僕は水車小屋でまたロイに出会った。
水車小屋。
鍵はずっと、シャルルが持っている。首に下げたそれはシャルルが水車小屋の管理を始めてもう、二年ほどずっとシャルルの胸元を飾っていた。

「おい、どうしたシャルル。ぼんやりして。シャルルらしくないな」
アランが二切れめの鶏肉をクウ・クルに差し出しながら、シャルルの頭をなでた。
「あ、うん、ちょっと疲れたんだ」そう、眠いような体が重いような。
「ほら、準備できてるぜ。重いけど大丈夫か?」
「大丈夫。僕、力は自信ある」
ふふ、と鼻で笑いながらアランの差し出したトレーを受け取った。

「ああ、シャルル、もしかしてお前、それは花嫁さんか?」
「そう、これはね、花嫁さんだよ」
そう呟きながら、振り返らずにシャルルは歩き出した。
重いトレーと料理の匂い、肩のイタチは嬉しそうに右に左にと行ったり来たり。
そんなことより。シャルルは考え込んでいた。


階段を上り、部屋の前では衛兵が二人、シャルルの姿を見ると目を丸くした。
「おや、どこの貴族様かと思ったぜ」
「お前、女だったのか」
胡坐をかいて座り込んでいる二人はシャルルのドレスの裾をつついた。
「めくったらスープを顔にぶちまけるぞ」
からかう二人を睨みつけ、早く扉をあけるようにとあごで示す。
「威勢がいいなぁ、お前面白いなぁ」
一人が笑いながら、鍵を開ける。重い扉が開かれる。ランプも灯されていない暗い室内の空気を深く吸い込んで、シャルルはぐっと腹に力を込めた。
「あ、そうだ。厨房でアランさんが、夕食が出来たってさ。交代で食べにおいでってさ」
ああ、わかった。そう答える衛兵の声を聞きながら、シャルルは静かに部屋に入る。背後で扉が閉まった。
暗がりのそこは窓からの街の明かりだけが見える。月だけがベッドに座るロイの姿をかすかに照らした。そこにいるのに振り向く様子もない少年。この静寂をシャルルは破る。
「夕食、持ってきた」
少し間があった。
「…来たんだ」
もう、来ないのかと思ったのだろう。
「何言ってるんだよ。僕はお前のお世話係だからね。約束したし」
ロイの声が沈んでいる気がして、シャルルは落ち着かない。
何かあったんだろうか。
また、体調が悪いんだろうか。
テーブルにトレーを置いているすきに、白いイタチがつるりとロイのほうへと駆けていく。
「わ、お前も来てくれたんだ」
嬉しそうなロイに少しだけほっとし。シャルルは暖炉に残る種火を火かき棒で引っ張り出すと、ランプに火をつけた。
持ち上げてテーブルへと移動する。ロイの顔が見えないのは不安だった。
「シャルル、その格好」
照らされたロイはこちらをまっすぐ見ていて、シャルルはなぜか照れくさい。
「見るなって」
「可愛い」
「あー、そういうのは聞きたくない」
ほら、食べよう。と、シャルルは一人先に席に着く。
「じゃあ、きれいだ」
「違う、それも聴きたくない」
ロイがゆっくりと歩いて、正面に座る。
引かれる椅子、それを持つ手。肩から降りてきたクウ・クルが二人の間のテーブルに後ろ足で立って左右を見比べる。
「じゃあ、もっと、ちゃんと見たい」
ぶ、と。飲みかけた水を吐き出して。シャルルはむせる。
「それはいいからさ、食べよう。急いで。時間がないんだ。食事の後に参事会が開かれる。たぶん、あと二時間くらいだ」
「まだ、そんなこと言ってる。僕のことは忘れるんだよ。忘れることができるって言うから、だから」
「だから?」
「……なんでもない」
視線をスープに落としたままの少年に、シャルルは派手にため息をついた。
「あのさ。僕は、たぶん。お前のことは一生忘れられない。この短剣も、きれいなドレスもさ、ロンダっていう幼馴染がくれたんだ。僕と結婚したいんだってさ。でも僕が思い出したのは、ロイのことなんだ」
「シャルル」
「助けるって決めたんだ。これで何もしなかったら、僕は一生後悔するし、それこそ思い出しても悲しいだけになるし。だからさ」
「君、何を言っているか、分かってる?」
「分かってるよ。僕はお前を助けるって言ってる」
「無駄だよ。もういいんだ。どうせ、いつか人は死ぬんだ。乳母がよく、僕に言うんだ。どんな人も、生まれたときに約束されるのは死ぬことだけだって。それが、早いか遅いかだけだって」
「自分こそ、何言ってるか分かってないね」
そんな風に覚悟するのは間違ってる。そんな覚悟をさせる周囲も間違ってる。だって、今ロイは生きてるんだ。
少年は首を横に振った。
「分かってるよ。私は要らないんだ。大勢いる兄弟の中、体の弱い私一人だけ北の王領で乳母に育てられた。両親にもほとんど会ったことがない。ルーだけは歳が近いから、時々パリから遊びに来てくれる」
「それでこの間は二人で抜け出したんだな。僕の剣も盗んだり……」
そこでロイが笑った。
「ごめん……本当は私も騎士の叙任なんて、されてない。見習いにもなれないし、剣に触れたこともない。それで、君のが羨ましくて」
「盗むことないだろ。僕だって初めての自分の剣なんだ」
「うん、ごめん。結局周囲に隠しておかなきゃいけなくて、ずっとマントにくるんだままだったんだ。悪いことはしちゃいけないね」
だよ。と頷きながら。シャルルは立ち上がりロイに背を向けた。
「?怒ってるのかい?シャルル」
シャルルはもぞもぞとドレスの裾をまくっている。ドレスの裾から細い足が出ていて、思わずロイは目をそらす。
「他に隠すところがなくてさ。はい」
ことり、と。テーブルに乗る堅い音でロイは顔をあげた。
シャルルはにっこり笑い、あの蒼い短剣を二人の間に置いていた。
「叙任式って、見たことあるよ。主の名において、我、汝を騎士に叙する。天則を守るべし、祈りかつ働く人々すべてを守護すべし。かなり古式で簡略だけど」
「え?」
見ている間にシャルルの細い指が水の入ったコップに吸い込まれ。あの短剣にぽたぽたと滴る滴。透明なそれについ、みいっているロイの首をぱん、と。手の平で思い切りたたく。
「わっ!?」勢いにロイは椅子から転げ落ちた。
「はい。騎士には、剣が必要だよ。馬はここのを借りればいい」
シャルルの差し出した短剣はランプに照らされきらきらと光る。
ロイは両手でそれを受け取った。
「…ありがとう」
「諦めるなんて、言うなよ。僕が助けるんだ。誰がどう思ったって、僕はロイに生きていてほしい」
シャルルは自分の生い立ちを重ねていた。貴族の母親は自分で子を育てないものなんだとアンが慰めてくれた。ロイも同じなのだ。名を失った僕と同じ。
ぎゅと胸が苦しくなるからシャルルは慌ててフォークを手に取った。
「とにかくさ、食べよう」ロイの視線を避け無理やり口に含んだ鶏肉は、涙の味がする。
「案外泣き虫だな、シャルルは。泣かないでって言ったじゃないか」
「泣いてないって!僕はお前を助けるって言ってるんだ。同じ死んじゃうかもしれないなら、僕の言うこと聞いてからにしろよ。いい?」
「ごめん。泣かせたいんじゃないんだ」
ロイの声が少し鼻にかかる。
本当に怖いのは、泣きたいのはロイのほうだ。僕が泣いてちゃだめだ。
シャルルはぐっと涙を拭うと話し出した。
「いい?ロイのことを知っているのは、僕と外にいる衛兵と、この聖堂のどこかにいるシャンパーニュの騎士たち。それと大司教様だけだよ。後の人は、ロイのことをお客さんだと思っているんだ。だから、騎士たちにさえ見つからなければ、あとは味方なんだ。僕も、ここにいたらきっと、ロンダと結婚させられちゃう。それは嫌だ。言っただろ、僕は騎士になる。だからこのランスを出る」
ランスを出る。
とっさに口をついて出た。それは、勢いに任せたものだったかもしれない。でも、声に出してから意味を反芻してシャルルの気持ちは落ち着いた。
うん、それでいいんだ。それでいい。
ロイはじっとシャルルを見つめている。シャルルがかみしめる鶏肉を水と一緒に呑み込むのを待って、口を開いた。
「一人で?」
「ロイがいる」
また、ロイは黙った。
「ね?」
念を押すと、ロイは頷いた。
「分かった」

続きは8月24日公開予定です♪

『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑧

『Reims ‐ランス‐』



「似合う、似合う」そうシャルルは笑った。
由緒正しい家系の男子たるものが女の格好をする、なんて。ロイがぶつぶつこぼしても少女は楽しそうに帽子のリボンを結んだ。
目の前の少女はいつの間にか真剣なまなざし。
菫色のそれは長いまつげに翳を受け、かすかな不安を思わせる。怖いのはシャルルも同じ。
「いい、最初が肝心なんだから」
ロイはこくんと頷いた。シャルルの手を両手で握れば、少女は照れたように視線をそらし、それでもしっかり握り返す。
ロイはトレーの皿の脇に、ナイフとフォーク、そしてあの短剣をそっと忍ばせる。皿とトレーを持つ手で何とか隠せそうだ。
白イタチはロイの肩で、じっとしている。襟巻きのようなそれも、少年の顔を隠してくれる。
「じゃあ、行くよ」
シャルルが扉の前に立つ。ロイ深く息を吸った。


夜半を過ぎ風が強まっている。足早に空を横切る黒い雲が時折月を隠す。昨夜と同じ、どんよりと湿った重い風が窓をたたいた。

「開けろ!」と、シャルルが叫び、足で扉をガンガン蹴った。
「うるさいな、今開ける」
交替で食事に行っているのだろう、腹をさすった衛兵が一人で面倒くさそうに閂を外し、扉を開いた。
その時にはもう、シャルルは駆け戻ってベッドに伏せている。

空になった皿とトレーを抱えた少女は白いドレスをうるさそうに振りながら、扉をすり抜ける。
「ひらひらと、蝶々みたいだなお前」
一人で退屈な衛兵は少女をからかってやろうと手を伸ばす。少女は白いドレスをふわりと揺らし、寸前でかわす。
「ちぇ、おい?」
見送る衛兵がじっと目を凝らす。
少女が先ほどと違う気がする。
あごに手を当て、思いついたように一歩踏み出した。
「おい、お前、待て」
ぴくりと、少女が立ち止まる。
「後ろのリボンが曲がってるぜ。直してやろうか」
いらない、と聞こえたようだ。少女が振り向かず階段の下へ消えていくと、「は、つまらん」と。衛兵は再びその場に胡坐をかいた。

白い衣装に身を包んだ少女、ではなく。
シャルルになり済ましたロイはほっと胸を押さえ、教えられたとおり階段をゆっくりと降りる。慣れないドレスは動きづらい。ランプの明かりの下、レースの帽子は上手く顔に影を落とし隠してくれている。
シャルルは衛兵さえ騙せれば大丈夫だと教えてくれた。

階段の下まで降りる。廊下の彫像の足元にトレーと皿を残し、短剣を腰に差した。
優美な曲線を描く天井が続く回廊。
その向こうの暗がりを眺め、ロイは肩のクウ・クルに話しかける。
「さあ、馬のいるところに連れて行ってくれ。馬が好きなんだろ」
シャルルに説明された時にはそんなこと、と思ったが。細い紐を首に括られたクウ・クルは、床に下ろされると気持ち悪そうに一度首を振った。それから何かを思い出したように鼻をひくひくさせながら歩き始める。
ロイは紐の先を持って、暗がりの聖堂内を静かに歩き始めた。
この回廊は作りからすれば、大聖堂の外陣と呼ばれるあたり。連れてこられた時は意識がもうろうとしていたから大聖堂の様子はわからない。年代を経た部分と新しい様式の部分が同居して、この大聖堂が長い時間をかけて作り上げられてきたものだとわかる。
天井が高すぎて、上のほうは真っ暗だ。その闇の中に夜空と月明かりをかすかに透かす大きな窓。かろうじてポツリポツリと置かれるランプと、それに照らされる白いイタチを頼りに進む。
強くなってきた風がステンドグラスを揺らし、ミシミシときしむ音は無気味に聞こえる。
びくびくしながらすすむ少年を引っ張るように、イタチはぴょんぴょんと走る。
普段からそうなのか、暗い聖堂内は人影がない。
ひやりと風が吹き、ロイは身震いした。昼間の日差しは暑いくらいでも、夜になればこの高地にあるランスはひどく冷える。
「ちょっと、待って」
かじかんだ手をランプの近くで少し温めた。
何をしているのかと興味深そうにロイの腹からよじ登ったクウ・クルに、「わ!」と小さく驚き、襟巻のように首を温めるそれにそっと触れる。
くすぐったいけど、温かい。
「いいな、お前。僕もお前みたいなのがいたらよかったな……」
胸が重苦しく、ロイは柱に寄り掛かって咳込む。
咳を吐き出すたび、じりじりと熱が上がるように頭のどこかがしびれていく。
しまいにはそこに座り込んでいた。

「ランスはでかい街だと聞いたのに酒屋もないのか。つまらん街だな」
「大聖堂の参事会員が作った街だ、司教座なんてもんはそういうものじゃ。皆何かしら大聖堂の世話をしておる、我が町の司教どのより聖職者らしい連中なんじゃ」
シャンパーニュの騎士たちだ。ロイは聞き覚えのある声に体を硬くした。
「…今何か、聞こえなかったか」

びく、と。口と咳を押さえ込んでロイは柱に背を押しつけ小さくなった。
カシャカシャと剣が揺れる音。二人の足音。
礼拝堂の身廊を、二人の男が歩いて行く。祭壇までまっすぐ伸びるそことロイのいる測廊は祈りをささげるためのベンチと大きな立柱で区切られているだけだ。蝋燭の揺れる光を遮る二人の影が、丁度ロイの右から左へと移動していく。
先ほどよりゆっくりした歩調。

「気のせいだろ…」一人の声が響いた時、不意に白イタチがくるっと飛び出した。
わ、クウ・クル!!
声にできない声で呼びとめても遅い。
「おい、なんじゃ今」
「走ったな、白いのが。ネズミのでかいのだ」
走り去った白イタチを追うでもなく、二人の騎士は聖堂の奥へとゆったりと歩いて行く。
「田舎はネズミもでかいらしいな。リシャールがいたら悲鳴をあげたかもしれんなぁ」若いほうの冗談にもう一人が笑う。暗がりに二人の会話だけが遠くなっていく。

しばらく息を殺しじっとしていたロイは、ふと息を吐くと周囲を見回した。
ランプが揺らめくだけの静かな礼拝堂はどんよりと重い夜の空気を抱え込んでいる。ジワリと冷える足元。慣れない白い衣装の裾をつまんで、少年はとにかく外に出ることにした。
案内のイタチはどこへ行ってしまったんだろう。
騎士たち二人が来た方向へ、聖堂の正面の扉へとロイは歩き出した。

正面の扉は両脇に松明が照らされている。聖堂参事会が行われる日は特別だ。
年若い司祭が夜も番をしていた。

その後ろ姿を認めてロイは立ち止った。
一人、それから向こうの扉の前に一人。そっと入り口から外をのぞき、観察しているとふわと強い風。ぽつと額に冷たいしずくが当たった。
「おお!雨だ、こりゃ濡れるぞ」
独り言をつぶやいて見張りの司祭が振り返る。
「!」
目があった。ちょうど帽子を両手で押さえ、ロイの顔は見えないはず。

「!おい、シャルル、まだいたのかい。雨がひどくならないうちに帰りなさい。せっかくの白い服が台無しだよ」
「……クウ・クルを探しているんだ」
帽子を直すふりをしながら、ロイはシャルルを真似る。暗がりに髪の色が違うことに気づかなければいい。
「ああ、さっきこっちからあっちへ走って行ったのを見たよ」
司祭が指差す方角。中庭の端の通路の奥。
「ありがとう!」
ロイは裾を両手で抱えると走り出す。
「おいおい、シャルル、女の子がなんて恰好だい。まったく」
高まる鼓動と強風に押されるようにロイは走った。頬や背中を打つ雨粒は、心臓の音に似ている。
時折足元の敷石に躓きそうになりながら。

息が切れ、そろそろ立ち止ろうかと思う頃。
「あ、馬の匂い」
そこまで来ると、もうロイにもわかる。
崩れる天候に不安げに鼻を鳴らす馬たち。息遣いが聞こえる。
細長い平屋の厩の中にはランプが灯る。ロイの身長くらいの高さののぞき窓から中の様子が見える。向こうには聖堂参事会のために集まった人たちの馬車が並ぶ。
夕食時。御者たちも休憩しているのだろう、人影はない。
ロイは馬たちの周りをぐるぐると回る。一頭、一頭、結んである手綱を解く。
「クウ・クル!いるのかい?」
返事はしない生き物だが。
「クウ・クル」
馬の間を歩きながらの三度目の問いかけに、何か白いものが馬の背をぴょんと飛び回るのが見えた。
「やっぱり、ここにいたんだ。おいで」
ロイは手ごろな馬に鞍を取り付けると、昇ろうとし。ずるりと落ちた。
「こ、この、ドレスって」
なんて動きづらいんだとぶつぶつこぼしながら、少年は何とかよじ登る。すでに馬の頭でくつろぐ白イタチは背後に乗った少年を振り返り、かすかに首をかしげる。
「シャルルは後から来る。大丈夫、ここでね、私がひと騒ぎ起こすつもりだから。その隙にあの子も逃げ出す」

ロイは馬に乗ったまま、隣の馬の尻を叩く。
驚いた馬がいななき、すぐわきのもう一頭にぶつかるから、その一頭も騒ぎ出した。もう一頭、さらにその隣の一頭と、ロイは届く限りの馬すべてを驚かせ騒がせた。数頭が走り出し中庭へ。十数頭の馬が興奮して建物の前を走り抜ける。先ほどの司祭が叫び声をあげた。
ロイは「もう少し、なにか」と周囲を見回し。
飼葉の山に、ランプを近づけようとした。
これを、落として割れば火がついて。
さすがに気が引ける。聖堂に火を放つのは、神に悪口を吐くのと同じだ。それに、明かりがなければ森から外に出られない。
迷ううちにランプが風に揺れた。強まったそれには大粒の雨が混じり、馬は落ち着きなく足を踏む。
ロイはランプを掲げたまま、聖堂の門へと馬を走らせた。大粒の雨に門番の司祭たちはすでに聖堂に避難したらしい。
女神が見守る立派な門の下、松明が雨粒にジュウジュウと白い悲鳴を上げる。その脇をロイは馬で駆け抜けた。



窓から精一杯身体を伸ばすと、革靴のつま先がコンと壁を打つ。ロイの服を着たシャルルは外の様子を伺っていた。先ほど、かすかにランプが揺れた気がした。厩の方角。
頬にぽつりと冷たい雨粒が一つ。雨は派手な音を立てて窓辺を打つ。空を見上げた時、馬の声が響き、誰かが騒ぎ出した。司祭たちが何人も、シャルルのいる部屋のはるか下を走っていく。
ランプを掲げ、右往左往する彼らの脇を、馬が一頭すり抜ける。
「馬が逃げ出したぞ!」

ロイは上手くやったんだな。
シャルルは自分の番だ、と。扉を振り返る。
どうやって扉を開かせようかと、思案しながら、そっと戸口の陰になるところに身を潜め、壁を背にぴたりと張り付いた。
「なんだ、何かあったのか」
そんな声が廊下から聞こえる。交代で食事をとっている衛兵は今は一人。一人くらいなら、扉を開けた瞬間にいつもの蹴りで不意打ちできる。逃げ出せる。ロイの安全を確保できたら、僕はこの騒ぎに紛れて逃げ出す計画。
が。
足音が遠ざかる。

「え!?」
一人しか残っていない衛兵がその場を離れたら、鍵を開けてくれる人がいなくなる。慌ててシャルルは大声を出す。
「おい、ここを開けろ」

だが、反応が無い。
衛兵はどこかに行ってしまったのか。
これじゃ、僕が出られない!




「ご期待には添えませんでしたな、ロトロア殿」
階段をゆっくりと昇る大司教は、金の衣装の裾を気にすることもなく。その引きずる音はロトロアを余計に苛立たせた。
「カペー王朝に反旗を翻す理由はない、それが聖堂参事会の決定です。あの子は、迷ったところを保護したということにさせていただきますよ」
穏やかに心なしか普段より饒舌に語る老人に、ロトロアは低い声で返す。
「……意気地のないことですな」
「今やフランク王国の宮廷は貴方がた諸侯が思う以上に力をつけている。ロトロア殿、二百年前に王国を成し、その国主たる王に従臣礼を行ったときから、世は統一の方向に向かっている。諸侯の間で相互に従臣礼が結ばれる中、カペー王朝に対する契約だけは別格。このランスで聖別を果たし、国王陛下は神に近い存在となられた。貴方がた俗人の諸侯は国王に従うのが佳きことだと思いますよ」
「は、カペーももとは一城主にすぎなかったというのに!」
「どちらにしろ我がランスは、シャンパーニュ側につくことはしません。あの子を我が所領で捕らえることで、我らを引き入れようとの貴殿のやり様。参事会を承服させるには少々狡猾に過ぎたと思われますな。街の外に軍を展開しているのも、我がランスに対する脅しともとれる。早々に、軍隊ともどもお引き取り願う」
「……」
「あの子はこの大司教座で保護します。シャンパーニュに連れ去ろうなど、乱暴なことを考えているのでしたら、いくらあなたでも無事にこの街を出ることはかないませんよ」
ロトロアは肩をすくめた。
そこまで言われては、憶えがあるだけに反論する意味もない。

踊り場の窓から騒ぐ人声が届くと、ロトロアは話題を変えた。
「おや、何か騒がしいですな」
大司教が窓に気を取られた瞬間、騎士は殴りかかった。指にはめた指輪が、鈍い感触を伝える。

どちらかというと大柄な大司教だが、戦闘に慣れた騎士にかなうはずもなかった。
踊り場の隅に気を失って横たわる老人を見下ろし、ロトロアはふん、と苦笑いをこぼす。
「さすがに、殺すわけにいかないのが、つらいところですよ。大司教様」
と、ちょうど降りてきた衛兵がそれに気づく。
「大司教様!ロトロア様、貴方はなにを…」
すでにロトロアは衛兵の懐に入り込んでいる。隙だらけの衛兵の腰から剣を抜き放つと、そのまま。騎士は、衛兵の腹に深く突き立てた。


「さて」
ロトロアは絶命した持ち主に剣を握らせると手についた血を大司教の金の衣装で拭い、再び上階を目指し階段を上る。その先に、子供らを閉じ込めている部屋がある。


『La croisade de l'ange 1:Reims』 ⑨

『Reims ‐ランス‐』



シャルルは扉の前でじっとしていた。
扉に耳を押し当てても、聞こえるのはごーという変な音だけ。騒ぎで立ち去ってしまったのか、衛兵がいる様子がない。
どうしよう。じっとしていると、カツカツと足音が聞こえる。
サーベルの鞘鳴り。
ロンロンだ!
もう参事会が終わったってことか!
シャルルは見回すが、逃げ場はない。
慌ててベッドにもぐりこんで毛布をかぶった。


寝たふりをするしかない。
息を殺して、毛布の下でじっとしている。

扉が開かれた。
室内に入ってくる、足音。武装しているのか、騎士の拍車がしゃりと嫌な音を立てた。
男の持つランプの明かりが頭上を照らす。

「おい」
ポンと肩を叩かれる。

どうしよう。
ぎゅ、と目をつぶる。
「おい、起きろ」
「…」
どっかいけ、ロンロン。シャルルの祈りもむなしく、騎士は毛布に手を伸ばす。
引きはがそうと掴み。
その瞬間シャルルは飛び出した。毛布の反対の端を掴み、勢いのままぐるりと毛布を騎士に巻きつけ、走り去る。
「おわ、シャルル!お前!なんでお前が!」
一歩踏み出そうとした瞬間、騎士は派手な音を立てて転んだ。足元にかかる毛布は踵の拍車に絡みついて芋虫状態だ。
「くそ!待て!」
シャルルは扉の向こうに姿を消す。

待つわけないだろ!

暗がりの階段の途中、シャルルはずるりと何かに足を滑らせた。
「わぁ!?」
人、みたいなものが。尻の下に。手をついた脇に、靴。
足が上に、ある?
じっと見つめ、暗がりに目が慣れるとそれが逆さまになっている衛兵だとわかる。
「…なんで、動かないんだよ…?」
手についた何か、ぬるっとしたそれが、独特の匂いをさせる。
血!?
し、死んでる?
そして、踊り場のこの金色の衣装は。
「大司教様!!」
思わず悲鳴を上げた。
ま、まさか、これ。ロンロンが殺したのか!?
振り返ると階段の上にその騎士の姿。慌てて立ち上がろうと壁に手をついた。
うめき声と同時に大司教の手がシャルルの足首をとらえた。
「ひゃあぁ!」
老人の血にまみれた手をばたばたと暴れて引きはがすと、転がるように階段に。
と、襟首をぐん、と掴まれた。

ロトロアはシャルルを押さえつけ、首に剣を押し当てた。
「シャルル、王子はどうした」
「お、おうじ?」
「あの子供だ。ロイは仇名、アンファン・ド・ロイ(王の子供)のことだ。フランク王国ルイ八世のご子息」
「ロ、ロイが…?」
この、国の、王様の。
「どこにいる!言え」
ひねりあげられた腕がきしんで、シャルルは悲鳴を上げた。
「や、めなさい」
足元で大司教が頭を押さえて体を起こした。
暗がりでもその小さな目が、しっかりと騎士を睨みつけているのが分かった。
「大司教様、ご無事で……」
「黙れ!シャルル、王子をどこに逃がした!このまま逃がせば、大司教、このランスでの一件は単なる迷子では終われませんよ?いいんですか?」
「うぬ……」
「こうなれば、王子を捕らえるしかないでしょう。このまま王子が王領へ逃げ帰ればランス大司教座は宮廷の敵となる。すでに後には引けないのです」
「ま、待ってよ!ロイを捕まえてどうするんだよ!だいたい…」
頬を叩かれ、シャルルは大司教の足元に転がった。
肩を支えられ、すぐ近くに見える大司教のしわ深い顔は、思いつめたようにこわばっている。
「大司教様!お願いだから、ロイにひどいことしないでください!」必死の頼みもロトロアが遮った。
「お前が逃がしたからだぜ、シャルル。大司教、わが軍をこのランスに侵入させることをお許し願いたい」
「やめろ!ロイを助けて!」
「シャルル、あの方をどこに逃がしたのですか。居場所を知っているのですか」
肩を掴む老人の手が、痛い。
どうして、どうしたらいいんだ。
「ロイを、助けてくれる?ロイは安全?」
「王子は我らシャンパーニュが引き受ける。それが一番でしょう?大司教様。ランスは無関係だった。それが唯一、この大司教座を救う道です」
「ひどいよ!馬鹿!絶対に、ロイは……」
「黙れ。来い、お前は王子の居場所を知っているんだろう?」
嫌だ、嫌だ!
どれだけわめいても暴れても、シャルルの力ではかなわない。しまいにはうるさい、と口をふさがれる。逆さまに見える背後では、ふらふらと大司教が立ちあがった。その顔には生気がなく、ロトロアの言いなりになることは疑いもなかった。


ロトロアはシャルルを馬に乗せ、騎士を集めた。聖堂の前の広場は、人影もなく。まだ寝静まるには早い時間だが、降り始めた雨と風、物々しい騎士たちを遠く窓の内側から密かに見つめている。
騎士の一人を郊外に待つ軍隊に走らせ、残りは捜索に向かうことになったらしい。
「いいか、暴れても絶対に殺すな。子供に抵抗され剣をふるうなど騎士にあるまじき行為だぜ」
子供を人質にする行為は騎士道に恥じないのか、とシャルルは布を巻かれた口でわめいたが、どうしようもない。
ロトロアはシャルルの口をふさぐ布を解いた。
冷たい夜風と大粒の雨が目に入り、シャルルは何度も瞬きした。はたはたと頬を打つ髪の向こう、街は暗く遠い雷鳴に怯えている。

泣いている場合じゃない。
僕が、ちゃんとしなきゃ、僕が。

「さて。シャルル。話してもらおうか。王子はどこにいる」
「い、言わない」シャルルはぎゅ、と唇をかんだ。
「強情だな」
背後から顎を掴まれ、シャルルは思わず指にかみついた。
「こ、この!」
がん、と頭を殴られくらりと視界が泳いだ。
斜めの景色が歪む。息が、できない。
目の奥がひどく熱くなって、シャルルは喉を締め付ける男の腕を引きはがそうとした。
それがふとゆるむ。
「はあ、う、はあ」
ひりひりと痛む喉、苦しさに男の腕にぐったりとしがみついていた。
脇に立つ騎士の一人がじっと見下ろしているのが見える。
誰も、助けてくれないんだ。
大人なのに、騎士のくせに。
ぼんやりとした中、耳元で「殺されたいか?」と男の声が響く。くらくらする頭にそれはひどく重い。
「ロイ…」
「そうだ、どこにいる」
「やだ」
「会いたいだろう?」
「いや……」どうして、どうしたらいいんだ。
「ふん、子供のくせにいい根性だ、女にしておくには惜しいな。……水車小屋だろう」
びくりと、不覚にもシャルルは動いてしまった。

「だろうなぁ。子供の出歩く範囲など高が知れている。お前が管理できる、唯一の場所なんだろう。そういや、以前もあそこに立てこもっていたし、ほら、ここにあった鍵がいまはない」
胸元を大きな手のひらで押さえられ、慌てて引きはがそうとした。
そう、いつもここに水車小屋の鍵がぶら下がっていた。それは今、ロイの手にある。
「違う!違うよ!」
「当たりだな。行くぞ、水車小屋だ」
二人の騎士を連れ、白馬はすでに見覚えのある道をまっすぐ、水車小屋のある郊外へ向かっている。
「単純だなぁ、子供は」
「嫌だ!駄目だよ!やめろ」
シャルルが叫べば叫ぶほど、騎士は楽しそうな笑い声をあげた。



街から水車小屋のある場所まで行くには、修道院の敷地を横切る必要がある。修道院の城壁はそのまま街の門なのだ。
二人の修道女が気づき、一人が立ちふさがる。もう一人は人を呼びに走ったようだ。

泣き叫ぶシャルルを馬上に見つけたアンが、何か叫んで騎士の前に立ちふさがった。
すでに大粒の雨にぐっしょり濡れて、それでも丸みを帯びた小さな手を必死に振り上げ、「お待ちください!その子を、シャルルをどうしようというのですか!」と。アンは、助けようとしてくれた。
「アン!助けて!助けて!ロイが」
言いかけた所で口をふさがれ、シャルルはもごもごと身をよじらせた。
「お待ちを、ロトロア様」
アンの後ろ、中庭を囲む回廊からゆっくりとアデレッタ院長が姿を現した。その左右に修道女たちが並ぶ。回廊の柱に掲げていたランプをかけ、影のかかる院長の表情は雨粒のカーテンの向こうでかすんでいる。
ふん、と騎士は笑った。
「大司教様の許可をいただいてある。このものは私がもらいうける」
「ロイを、助けて!」院長に訴えるシャルルの声は周囲にはううう、としか聞こえない。暴れてももがいても、背後からしっかりとまわされた腕、口をふさぐ手にどうしようもなくて、シャルルは泣いていた。
涙で曇る先にアンが院長と騎士を見比べている。
「そのものはこの修道院の子。行く末は私が決めます。放しなさい。どのような理由があっても、幼い子をそのように扱うのは騎士道に悖るでしょう」
アンが目を輝かせ、一歩歩き出そうとする、それを修道女の一人が無言で止めた。
ロトロアは、剣を抜いていた。
雨粒が鈍く光る刃を流れ伝う。
シャルルはその切っ先から目が離せない。

ただ、雨の音だけが周囲を支配し、誰ひとり、動くものもいない。

怖い。こいつは人を殺した、聖堂の衛兵を殺しておいて、平然と大司教様を脅しつけた。
ここでアンに剣をふるうのも平気だ。
シャルルは衛兵の血のついた自分の服に気づく。
雨に流れ、滲む。新鮮な赤。
不意に現実味を帯び、吐き気を感じた。
うう、と目を閉じ震える少女をさらに強く抱きよせ、ロトロアは笑った。

「では、院長。あなたにも責任を負っていただくことになるが。このものが大聖堂で起こした件により、我らもこのランス大司教座も被害を被ろうとしている。一修道院の問題ではない。罪人は裁かれる。たとえ幼い子供であろうとも、な。通してもらおう」
何が、罪人だ!
叫んでも通じない。
院長はじろりと今度はシャルルを睨んだ。
「お前は、また悪さをしたのですか!」
「院長様、シャルルはそんな悪いことをする子じゃありませんよ、何か理由が」
アンが院長にすがる隙に、ロトロアは馬の腹をける。

風が流れ、止まっていた時が動き出す。
「子供一人でランスを救えるのなら、安いものだろう!」
修道女の一人が槍を構える。
院長は不動。
その場の視線が院長一人に集まっているなか、三頭の馬は修道女たちを蹴散らすように中庭をすり抜けていく。
「シャルル!シャルル!」アンが叫ぶ。
それはすぐに雨と風の音に消えた。ああ、と。シャルルは目をつぶった。
悲しいのか、悔しいのか。
アンだけが最後までシャルルの名を呼んでいた。


暗がりの森の中、馬はまっすぐ里へと向かう。
森の道は、泥水の河。そこを馬は踏みしめ、走る。
もうすぐ、水車小屋についてしまう。
水車小屋にはロイが。
どうすれば、ロイを、せめてロイだけでも逃がすことができるだろう!


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