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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ①

さて。第三章、シャルルの冒険はさらに続きます!

今回はプロローグ的に、ロトロアの街ルジエへ…。
少し長いけれど、どうぞ~♪


La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

1 

息を吸い込むと胸がきりりと痛む。
冬の朝靄は早朝の河辺で生まれ、真っ白な雪と朝日に浄化されて金色に輝く。馬が踏みしめる雪の音が響き、街道は誰の手だろう新雪が左右に退けられている。
シャルルは自分の息に鼻先をくすぐられながら、口の周りを覆った羊毛のストールを引きあげた。

シャルルが初めて自分の所領と言われるリタを通ったときには、白い雪が畑も川も、民家すら覆い隠してしまいそうだった。
どれがどう、リタ村なんだよ、と。ロトロアが指差す東から西を眺めて口を尖らせた。
「贅沢を言うな。この村の人々のおかげでお前は生活できているんだぜ」
「でも、実感ないし」
「お前が言っていた、ランスの手前。コルベニーの村くらいのものだ。礼拝堂が一つ、ほら。あの尖った屋根だ」
白いコブとなりつつある家々が並ぶ雪の草原の向こうに、わずかに鐘楼が見て取れた。早朝だが、働く人の気配が家々の吐き出す煙で分かる。

「案外、広いんだな」
「麦や葡萄は取れないが湖を持っている。魚と良い材木が採れる。森を多く持つ村は豊かだぜ。お前のランスにもあるだろう」
「うん。よく遊んだ」
「懐かしいか」
「意地悪だな。言っただろ、帰らなきゃよかったと思ったってさ。アンには会えたし、ロイの正体もわかったし。それなりに成果はあったけどさ」
「ふん。それはよかった」
隣で白馬ブロンノを操るロトロアは、顔半分を隠すストールの下で笑ったように思える。
「いい生活をさせてるんだ。修道院の孤児に戻りたいなどと言われては、情けないぜ」
それって。
「試したのか?」
何となくそう感じていたことをシャルルは迷いもなく口にした。
「何を」
「僕が、ランスに行って、それでもあんたのとこに戻るかどうか」
僅かな沈黙。目を細めたように思える男の視線に、なぜか見つめきれずシャルルは目をそらした。自然、口を尖らせているがそれはストールの下。

「だったらどうだというんだ?応えはお前が出したんだぜ。お前は俺の元に帰ってきた。それでいいだろう」
どうせなら、キ・ギと賭けてもよかったな。そう笑い、ロトロアが背後を振り返ればローレンツが不機嫌な咳払いで返した。心配させ怒らせたリシャールも「それでいい」の一言で済まされて納得できるのだろうか。シャルルに振り回された結果のリシャールは一人、聞こえないかのように先を行く。その背は真っ直ぐ、時折風に騒ぐ後ろ髪が凛とした存在を滲んだ雪景色に際立たせる。表情は見えないがシャルルが想像する彼は大抵無表情で不機嫌。心配させた張本人が口にできることでもないから、まだ冗談を言いながら笑っているロトロアの声を端に聞きながら、幼馴染の親友という二人をしばし見比べてシャルルはため息をつく。
「ちぇ」
結局、シャルルがランスに戻るために勝手に飛び出したことも、ランスでルイ九世にあったこともロトロアは黙って聞いていた。ごめんなさい、とまでシャルルが告白したところで初めて、ロトロアは「ランに戻る途中、ジャンに会った。一通りの話は聞いたぜ。ブランシュに甘えて泣きじゃくったこともな」とにやりとした。
照れに任せて、ジャンが言った「一通り」というのがロンダの父親のこともかとか、シャルルが変態少年王に贈られたドレスのこともか、とか。シャルルが聞き返せば、ロトロアは声をあげて笑った。
シャルルをランに残して帰路についた少年は、心配を口にしていた通りロトロアに弁明をしてくれたのだろう。シャルルの悪戯心から始まったそれも、結果的には大層な冒険になったように思える。施療院での出来事など、ジャンは自慢できるのだと主張していた。
何をどれだけ聞いたのか知らないが、にやにやと甘いものを口に含んだ子供みたいに笑うロトロアに精々神妙な態度で説明していた自分が馬鹿らしくなる。

「その、あんたはロイの敵だと思ってた。違うんだな」
「さあな。あの時お前の敵だったことは確かだがな」
抱きあげられたまま体調の悪さに勢いを借りた告解。ロトロアはずっと笑っていた。
ランで過ごした最後の夜、あの、戦争の報が届いた夜のことだ。


あの夜からルジエを目指して二日目。
陽の傾きかけた時間になってやっと灰色の石の砦を山肌に据える、ロトロアの居城に辿り着いた。
山肌に自然と沿う勾配、その先に作られた石造りのそれは城壁の背後を山肌に潜らせ、まるで母なる山地に抱かれている赤ん坊のようだ。
城壁の回りにめぐらされた堀には、山水だろう雪の隙間をサラサラと細い流れが見て取れる。水を得やすく、守りにも堅い、そういった印象だ。
堀に渡された石橋は自然の岩を積み上げたように見えるが巧みなアーチを描いていた。
城壁の左右を守るかのように塔が立ち、今も幾人か見張りの姿が見える。

伝令としてキ・ギをランに残したため四人で進んでいたが、途中、年季明けで家に戻る衛兵に出会った。二人はロトロアの護衛を申し出て側に付き、今は六人。
夕刻の薄暗い雪明りに照らされる城門をくぐれば、門番にも駆けつけた馬番にも「お帰りなさいませ」と恭しく挨拶をされた。

城の中庭には松明が焚かれ、城壁の根元に寄せられた雪がドロドロとした茶色になっている。そのそばでは衛兵たちが武具を整備したり馬の世話をしたりしている。
兵たちはロトロアを見れば慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
「ご苦労」
「お帰りなさい」
兵たちの視線はロトロアから順に、ローレンツ、リシャールと続き、最後のシャルルで留まって「だれだ」と釘付け。シャルルの歩みに合わせて疑問符を浮かべた表情がついていく。
それらの視線に少しばかり目をそらす自分が、情けない。紹介されたとして、きっと皆の疑問はさらに強まるのだ。
僕が決めたんじゃない、ロンロンが勝手にセネシャルにしたんだ。
文句ならロンロンに言ってくれ。
シャルルは誰かの視線と目が会うたび、そう心の中で念じていた。

「案外、人が少ないね」
シャルルの素直な感想に、リシャールが「冬場は家内での作業があります。若者を意味もなく城に引きとめることはありません。それでもひとたび、この城の鐘が鳴り篝火が焚かれればルジエの各地から、いつでも兵が集まります」と、寒さは平気なのか涼しげに語った。
「ふうん」
城の生活の維持に必要な最低限の人数。一回の徴兵は四十日間までと決まっているから、交替で務めに来るのだという。シャルルは自然ブリュージュの生活を思い出す。あの屋敷にいたものは他に家を持たず、一緒に生活していた。さまざまな雇われ方があるのだ。

素朴な石積みの壁が囲う通路を進み、響く足音と所々に焚かれるランプを眺め進む。城の奥、緋色の垂れ幕を幾重にも重ねた部屋が見え。
ああ、やっと、目的の場所らしい、とシャルルは前髪から滴った雪解けの雫を手で払う。不意にロトロアが振り返った。
「シャルル。お前に部屋を用意した。そちらで休んでいろ。食事には呼びに行かせる」
そう言われ、ロトロアの指図でシャルルの前に「ご案内します」と女中が立った。
シャルルだけだ。囲む大人たちは無表情にシャルルを見送る体勢。
「僕だけ?」
小さく呟いた抗議も、誰もが無視する。訴えに応えてくれるキ・ギもいない。
「こちらへ、シャルル様」なんて、にこやかな女中に仕方なくついていく。
振り返ったとき。
「口が尖ってるぜ、シャルル」
とロトロアが笑った。

まあ、いいけど。セネシャルの仕事とかよく分かんないし。僕は騎士になりたいだけで、ジャンみたいに誰かに仕えたいとか、家族を守りたいとかさ。ないし。

「お寒かったでしょう。暖炉には火が入っております。どうぞ、ゆっくりなさってください」
自分と変わらない年齢の女中は、深い緑の瞳をくるりとさせてシャルルに笑いかけた。
「ありがと」
ただ。なんで、僕だけ仲間はずれなんだ。
そこが何となく気になるシャルルは口を尖らせたまま。
「あの。どこか、お気に召しませんでしたか?私、シャルル様のお世話を申し付かっております、ラージェルです」
少女は逆の方向に首をかしげる。
それが、可愛らしい仕草だと分かっているかのようにわずかに上目遣い。
シャルルは愛くるしい子犬のようなそれに苛立ち、ふん、と溜息。
「いいから、一人にしてくれ。考えたいことがあるし」
冷たく突放すそれが、ますますラージェルの何かを刺激したらしい。少女は瞳を潤ませた。
手は、胸の前でしっかりと組まれている。
「シャルル様。お噂は、お聞きしております。最年少のセネシャルで、まだお若い故にロトロア様の従騎士でいらっしゃる。伏せられていても、きっと高貴な家系のお方だと、皆存じ上げております。私のように、未熟なものがお側仕えではご不満でしょうけど、あの」
見開いた目を、二回瞬きしてシャルルは平常心を取り戻す。
何の、誤解を受けているんだ。泣き出しそうな少女の声は拾った時のクウ・クルを思い出す。シャルルは脱いだマントを手にしたまま、茫然と少女を見つめる。
「あの。私、シャルル様にお仕えできて光栄でございます。ご要望は何なりとおっしゃってください」言いながら、ラージェルはシャルルのマントを受け取った。

ああ。
手にした温もりを嬉しそうに壁に掛ける少女の後ろ姿に、シャルルは溜息を吐く。
「僕も、歳が近い君でよかったと思ってるよ。いいから、一人にして欲しい」
「はい!」と。少女の声は急に明るくなる。くるりと背を向けると部屋を出て行った。

少女がいなくなり、シャルルがベッドに突っ伏すと、荷物に隠れていたクウ・クルがこっそりと出てくる。シャルルをからかうように頭に上った。
髪の上で尻尾をぶんぶん振られて、
「クウ、うるさい」
一声に案外素直にイタチの重さが体から去り。すぐに、伏せた顔の脇に獣の匂い。嬉々とした声を上げてシャルルの首元とシーツの隙間を発掘し始める。
「くすぐったいぞ、こいつ!」
抱き取って、仰向けに寝転べば、腹の上でイタチは嬉しそうに身体をねじる。からかう指先にじゃれて噛みつく真似をする。
「お前。どう思う。僕のこと、高貴な人だってさ。どういう噂が広がってるんだか。大体、あの子、絶対僕のことを男だと思ってたよな」
高貴な同年代の少年に対して、お仕えできて光栄なんて言うんだから、それは意味のある言葉だ。ラージェラの期待を裏切るのが可哀想になって、つい、かっこつけた「君」なんて呼び方をした。今になれば気恥ずかしい。
いっそのこと、あの時の蒼いドレスを着て夕食に出てやろうか、なんてことも考えたが。
一人で着られないことを思い出せば妙案らしきはすぐに立ち消えた。

柔らかな、綿入りの敷布。枕もふわふわで、そこに頬をつけて眺める部屋の様子は燭台の蝋燭を透かし金色ににじむ。
天井の高い、清潔な部屋。この部屋自体は女性向けなのだ。でなければ手摺付きの寝台ではないだろうし、置かれた房飾り付きのクッションも綿入りのキルトカバーもなかっただろう。
壁際には珍しい箪笥。飾られた馬の人形とそれを映す鏡。優美な曲線を描く縁飾りを備えた鏡は、よく見れば自分が映る。暗がりのベッドで横たわる。
獅子の子とか。
言った人もいた。
少し大きすぎる菫色の瞳は、蝋燭の揺れるに合わせて緩やかに光って見える。
われながら気持ち悪い、と。不機嫌な結論に達するとシャルルは溜息と供に起き上がり、旅の装束を着替える作業に戻る。

すっかり軽装になり、寒さをしのぐために箪笥にあった毛織物のストールをぐるぐると肩から巻きつけ、窓からの景色を眺める。
わずかなノックの音の後に、ラージェラが顔を覗かせた。
「シャルル様、皆様広間にお集まりです。ご案内いたします」


広間。シャルルの部屋から、一階に降り、先ほどロトロアたちと別れた緋色の幕に覆われた部屋のさらに奥。
温まった空気が肩や頬を溶かすように感じられる。
両開きの扉が開かれ、傍らでラージェラが一礼し送り出す。
二人の衛兵の間を抜け、正面に見える長テーブルへ。ここへ、とリシャールが声をかける。
テーブルの端には、もちろんロトロア。
普段見たことのない冠らしきを頭に据えて、髭を剃っているから一瞬誰かと思う。
向かって左側に七人ほどの男たち。白髪のものもいれば痩せた若い男もいる。右側には、リシャールとローレンツ。あと、衛兵たちと同じ、緋色のスカーフを襟元に巻く男。衛兵の長だろうか。シャルルはリシャールに言われるまま、向かって右側の真ん中に座った。

「シャルル・ド・リタだ。俺がランスで拾った、将来有望な騎士見習いだ」
はっきりとした口調の割りに、中身のない説明をしたのはロトロアだ。
シャルルは皆の視線を受け、頭を下げる。
「シャルルです。宜しくお願いします」
顔を上げて改めて目の前の大人たちを見れば、わずかに眉をしかめるもの、本当に子供だ、と笑うもの。さまざまだ。
シャルルは腹に力を入れる。
「いずれっ!立派な騎士になって見せます」
宣言したシャルルにロトロアが噴出した。腹を抱え苦しげに手をひらひらさせた。
「シャルル。この場にいる皆が、ランスでの作戦を知っている。お前が何故ランスから連れてこられたかもな。セネシャルなどという肩書きをこの顔ぶれの前で気にすることはない。肩の力を抜け」
ローレンツの咳払い。リシャールは無視している。

「シャルル。我らは先ほどまで、お前の処遇について話し合っていた」
ロトロアは手にしたワインをゆったりと口に運ぶ。シャルルは目を丸くして、立ち上がった。
「どういうことだよ」
「お前が結んだ、ブランシュとの契約のことだ。……リオネット」
呼び名についてまでジャンが話したのだろうか、いや、わずかに目を細めてにやにやする主君の態度からすれば。訝しく思い見回せば、視界の隅でリシャールが羊皮紙を丸めているところだ。
「あ、契約書!いつの間に盗んだんだよ!僕の荷物、勝手に見たのか!?」
「報告すべきを抱え込むようでは、困りますからね。フランドル伯からのお手紙も隠していたでしょう。ロトロア様にお渡ししておきましたよ」
あ!
リシャールの涼しげな顔にシャルルは思い切りしかめる。
「自分で渡すつもりだったんだよ!隠してなんかない!」
「では、私が取り出しても問題はないのでしょう?怒鳴るのを止めなさい。子供の声は耳に響きます」
「どうせまた、ワインの飲み過ぎで二日酔いなんだろ、僕のせいにするな」
音を立ててリシャールが立ち上がり。二人は睨みあう。
「いい加減にするんじゃ、二人とも」
ローレンツのいつもの咳払い。
くくくと、静まったそこにロトロアの低い笑い声がもれ。
「リシャール、お前はシャルル相手だとやけに感情的だな」
面白そうに幼馴染に揶揄を飛ばすロトロアの声は張りつめた空気を緩める。常に泰然とした様子のロトロアは、確かにこの城の主君なのだろう。
言われて皆、改めてキレ者と噂高い美青年を見つめなおす。
「な、なにを、ロトロア様」
僅かにひるんだ青年に、正面に座っていた男が髭を撫でつつ、「美神の彫像と呼ばれた男が二日酔いか」と笑った。
「リシャールのことだ、また女がらみだろう」
「リシャールでも女で悩むのか、それは面白い」
次々に揶揄され、リシャールは子供相手につまらない真似をしたと後悔した様子で椅子に身を沈める。
「色男のリシャールを悩ませるなど女冥利に尽きるだろ。シャルル」
ロトロアの言葉にもシャルルは勢いのまま噛みつく。
「いらないそんなの。ミョウリって何?」
「確かに悩ましいですよ、面倒ばかりで。ですが、それはシャルルが女ならば、でしょう。ロトロア様がどうお考えか分かりませんが、私にはシャルルが女性の範囲であるとは思えません」
とリシャール。そこには大きくシャルルも頷く。
「そうだよ。それは正解」
「なんだ、そこで意気投合か。分からん理屈だな。話を戻すぞ、シャルル。お前も座れ」

ちらりと見回せば、目の前の白髪の老人はまたもとの真剣な表情に戻っている。その隣の痩せた男も。その隣も。皆がロトロアの様子を真剣に伺っていた。
ロトロアは一人、笑いながら悠然と手元のオリーブの実に手を伸ばし口に含む。全員の意識が静まり集中するのを見計らったように、種を出すとゆっくりと手を拭き、口を開く。

「なあ。シャルル。お前とブランシュとの密約は利用価値がある。我がシャンパーニュは仕方なくブルターニュに協力することになった。だが、伯の性格からすれば本音は平和主義。カペー王朝を覆そうなど毛頭望んでいない。我らシャンパーニュがやりすぎないように、お前の契約を利用して宮廷との調和を図る。分かるか」
戦争する相手と、調和。
「それって、ブルターニュ伯を裏切るってこと?」
「もともと仲良しではない。当然、どの諸侯もやっている駆け引きに過ぎない。諸侯同士の密約は必要以上に事を大きくするが、お前とブランシュとの個人的な密約は瑣末な問題として切り捨てることもできる。問題が発生すれば、女子供のお遊びだと割り切れるからな。シャルル、宮廷とどう連絡を取り合う手筈になっているんだ」
「お遊びって、さー」
「じゃないか?その胸のペンダント、いかにも女が考えそうなことだろう。案外似合っているがな、リオネット」
シャルルは胸のペンダントを握り締めた。
ロイの手がかりだ。大切なんだぞ。
膨れる頬をロトロアが面白がるから、シャルルは気を取り直して話しだした。
「あの。ブリュージュのバイイ、グレーヴさんを通じて手紙で連絡し合うって。ベルトランシェが言ってた」
ざわ、と。席上の男たちが呻いたり、何か呟いたり。
「ほう、近衛騎士団長、あれが直接世話をするのか」
「それはそうだろう。ブランシュのお遊びとは言え、シャンパーニュとの間に密使を持つようなもの」
「向こうはこちらが利用することも、承知ですね」
リシャールの声にロトロアが頷いて、男たちは鎮まる。
「シャルル、お前はブリュージュにいたほうがいいということだな。あの街はカペー家の領地。戦争を仕掛けるのだ、お前やリシャールを残すのはどうかと思っていたが」
「ロトロア様。お任せください。我がルジエにとっても抑えておきたい拠点のひとつです。私が責任を持って維持します」
お前には側にいて欲しかったのだが、と。わずかに眉をひそめるロトロアにリシャールは目を細め。それでも、「ブリュージュ港から内陸にもたらされる資材は、シャンパーニュにとって重要でしょう。王領とはいえ、あそこは自治区も同然。ブルターニュからは離れておりますし、当分は安全でしょう。どうか、お任せください」
そう、にっこりと微笑み返されると、ロトロアはいいだろう、と頷いた。
「シャルル。今はまだお前の出番はない。お前はロイを探すことに力を注げ。王宮とのやり取りに迷ったなら相談しろ。お前は馬鹿だが道理の分からない子供ではないだろう。我ら、シャンパーニュは本心では国王に協力したいのだ。それだけは忘れるな」
つまり。ブランシュに協力するつもりで臨めばいいんだ。
シャルルは深く頷いた。馬鹿じゃないけどさ、と一応呟きながら。

「よし、そうと決まればまずは、食事だ。腹が減っただろう。皆、これからを思うならば、今、腹を満たしておけ」
言いだしたロトロアが有無を言わせず、隣のリシャールのグラスにワインを注ぐ。
「酔って口が滑らかになったなら、リシャール。得意の詩でも聞かせてくれ」
「そうだな」
「女の話でも構わんぞ」誰かが言う。
「やめておけ、リシャールのそれはくどいぞ」
笑い声が沸き、男たちは酒を飲む。
シャルルも、ローレンツが取ろうとした肉をささっと横取りし、抗議に負けず口につっこんだ。
「美味しいっ」
「お前、ジョストで大男を倒したって聞いたぞ、すごいな」
正面の男が笑って話しかける。
「うん。ひらっとね、身軽だからさ、僕」
「終わってからは震えて立てなかったくせに」なんて、リシャールの小さな嫌味など無視だ。
「そうか、お前はランスで育ったと聞いたが、もしやラエル修道院の出か」
「そう、知ってる?」
「ああ、あの修道院の院長は剛腕で知られているからな。森の中で孤児を育て、ランスの兵隊に使うそうだ」
「そう、男は成人したら大聖堂で働くんだ。でも僕はそういうの嫌なんだ。ランスから出たかったんだ」
読み書きだってちゃんと教わるんだよ、と身振り手振りで話すシャルル。
手にした骨付き肉が一緒になって振り回されるから、止めなさいといつも通りリシャールが叱り。ローレンツは無視しようと黙々とスープを口に運ぶ。
ロトロアはそんな皆を眺め、笑いながら三杯目のワインに手を伸ばす。

腹を満たした男たちは、立ち上がると歌い始める。
リシャールが小型のハープをかき鳴らし、アーサー王の詩の一片を語れば勇猛果敢な騎士を讃えるそれに、幾人かが剣を抜き、くるくる回りながら演じて見せる。酔ってよろめくそれに笑いが起こる。
「イゾルデ!今宵我が手に」と一人が叫び、シャルルの手を引こうとするから、「嫌だって!」と叫んで振り払う。
「おお、愛しの我が君」とさらに後を追う手をするりとすり抜け、一人窓辺に立ち宴を見守るロトロアの脇に立った。
「踊ってやれよ、シャルル。皆、我らの帰還を心より祝しているんだぜ」
「嫌だよ、馬鹿らしい。だったら主役のあんたが行けば。イゾルデの振りしてさ」
ぶ、と気味の悪い想像に噴き出すと、ぐんと頭を押さえられる。
「お前ほどにはドレスは似合わん」
「僕だって似合わない」
「着て見せろ。もらったんだろ?」
「嫌だ。それに串刺しだし」
「なんだ?」
「コルベニーで矢が刺さっちゃったから穴が開いてるんだ。ほら、偽修道女のこと、言っただろ」
シャルルとジャンの初手柄だ。
「ん、ああ。……その女は強かっただろう」
「う、まあね。でも僕が勝ったんだ。あいつ、クウ・クルを殺そうとしたんだ。だから、許せなくてさ」
ホント、無事でよかったよ。とシャルルは足元でくつろぐ親友を見つめた。
「ふん、そうか」
「大体、僕があんたのセネシャルだって聞いて、妬んで怒りだしたんだ」
「あいつはそんなことは最初から知っていただろ。ランでお前の槍試合を見ていたんだ」
ロトロアの差し出した指を、クウ・クルは警戒して動きを止めた。触ろうとすれば、体をごろりと横たえて、噛みつくぞと牙をむき出す。基本的に仲が悪い。ロトロアはそれをさらにからかう。
「それにあれは、今更身分がどうので文句を言う奴じゃない」
「でも、貴族は恵まれてるって怒ってさ。クウ・クルを掴んで投げたんだ。びっくりした」
「掴まれて、投げつけられたか」
「そうだよ、死んじゃったかと思った」
思い出しても腹立たしい、親友が遭遇した災難には今も胸が痛む。無事でいてくれてよかったよほんと、そう親友を抱き上げるとぽんとロトロアの手が肩に乗った。
「まあいい。あれも、そこまでだったというわけだ」
「なんだよ、知り合い?」
「さあな」
「教えてくれてもいいだろ!リノーラ・パダムっていう女だよ」
「今更知ってどうする。あれは死んだのだろう」
「そ、それは、そうだけど」
知り合いなのだとして。ロトロアが表情を変えないからには、その死が彼にとってどういう意味なのか分からない。ロトロアと同じくらいの年の女だった。
そこにはいない女の香りがしたような気がして、シャルルはくすんと宙をかいだ。
ロトロアとジャンヌの関係といい、リノーラを知っている様子といい。想像しきれない男の過去や経験はシャルルの眉に不機嫌な縦しわを刻ませる。
「あのさ。あいつ、強かったよ。敵に囲まれて、一人きりで。僕に勝っても死ぬしかないのに、そんな気分ってどんななのか想像もできないけど。騎士って、人のために命かけてさ、なんか救われないっていうか」
初めて本気で誰かと剣を交えた。殴る蹴るとは違う怖さを思い出す。
「つまらんな」
「何がだよっ。ドレスは着ないぞ」
「穴が開いているならさらに面白いだろ。着ろよ」
「やだってば!」

肩に巻きつこうとするロトロアの手を振り払うと、シャルルはかすかに冷気を運ぶ窓に顔を近づけた。
部屋の窓から見える景色は雪に半分ふさがれている。解けたそれが鋭い氷柱となり、まるで怪物の口の中から外を見ているみたいだと、シャルルが呟く。
「城という怪物か」
「うん。居心地のいい怪物。あったかくて、美味しいものがあって、僕は守られてる。詩人だろ?」
「怪物にとってはお前が旨いものだな」
怪物の牙よろしくロトロアは手のひらでがぶりとシャルルの頭を掴む。
「痛いってば」牙を両手でつかめば目の前にロトロアの瞳。
長いまつげ、漆黒の。
「どうした?」
「なんでもないよ」と、牙から逃れる。
僕は旨いものなんかじゃない。ただの、孤児なんだ。

シャルルを見透かしたように、ロトロアは意地の悪いことを口にする。
「俺に聴きたいことがあるんじゃないのか?」
「なにそれ」
「ジャンヌの手紙。内容を聞かないんだな」
「え、ああ。あれ」
フランドル伯ジャンヌから、ロトロアにあてた手紙。
「別に、どうでもいいからさ」
「無理しなくてもいいんだぜ?気になるだろ。ランスでは会えたのか?」
「だから、どうでもいいってば!」
もう寝る、と一人背を向けるシャルルをロトロアは首をかしげて見送った。


翌日から三日間、ロトロアも他のセネシャルたちも会議ばかり。シャルルはやはり放っておかれ、仕方なくロトロアの部下たちと剣術を競ったり、槍試合をしたり。天気のいい日には鹿狩りを楽しんだ。
馬番頭には馬の話を聞き、倉庫番には剣の磨き方を教わった。まだ、自分のがないんだと言えば、選び方のコツを教えてくれた。
夕食はいつも皆一緒だ。ローレンツに言わせれば、「ロトロア様にとってセネシャルは家族のようなものだから」ということらしい。
三日目の夜。いつものように一番最初に腹を満たしたシャルルは口なおしの凍った葡萄を一粒口に入れると、席を立とうとした。
「シャルル、明日ここを発ちます。ロトロア様とはしばらくお別れですよ」
袖を引いたのはリシャール。毎晩、食事には必ずと言っていいほどリシャールの隣に座らされ、だからつい早食いになる。リシャールはあのランでの喧嘩以来、涼しげな顔をしているけれど決してシャルルに笑いかけはしなかった。
そうなるともう何を考えているのか分からず、シャルルにとって最も苦手な人間になっていた。
「う、うん。分かった」
立ち止ったシャルルの隣、リシャールも立ち上がり。
ロトロアの方に向き直る。
「我が主君。明日、早朝にブリュージュに向かいます。我が君のご武運をお祈り申し上げます」
「ああ、リシャール。気をつけて行けよ。面倒をかけるが、ついでにそれも世話してやってくれ。折あらば、俺も顔を出す」
ロトロアが笑って立ち上がり。リシャールは深く頭を下げる。
一緒にぺこりと礼をすると、シャルルは何か言うべきかと迷う。
「シャルル」
ロトロアの声に顔をあげれば、脇に来ていたロトロアの側仕えの女中が剣を差し出した。
銀の柄には黒い革ひもが複雑な模様で巻かれ、よく見れば獅子紋の剣に似た獣が立ち上がる様子が描かれている。
鞘は同じく黒く染めたなめし皮を縫い合わせたもので、手に取れば予想以上に軽い。
「お前の身長にはまだ少し長いが、いずれ丁度良くなるだろう。振り回しやすいように重心を剣先に寄せてある」
「なんか、軽い」
「軽く感じるのは俺の剣を持ち慣れたからだ。おかげで少しは腕に力がついただろう。肩や肘に負担がかかるようならリシャールに見てもらえ。女の腕力や特質はよく分からんが、ある女騎士が同じバランスにしていた」
「ふうん。女騎士って、誰?」
「いい女だ」
そういうこと聞いてないだろ、呟きはリシャールの冷たいひと睨みで口に封じ込める。
顔を改めてロトロアに向け。シャルルは膝をついて最敬礼。
僕だってそのくらいできる。
「恐れ多いお心遣い、謹んで賜ります」
「お前が十七の年を迎えた時、まだ騎士になりたいなら叙任してやろう」
「はい。絶対騎士になります」
立ち上がり、シャルルは改めて手の中の自分の剣を見つめた。
手につるり触れる獣の頭。
よく見ると、どこかで見たような?
「あの、これ、獅子じゃないみたいだけど?」
「お前の親友、イタチだ。ぴったりだろう」
「ええええ!?クウ・クル?もっと強そうなのがよかったのに!」
笑いが起こり。テーブルの下で鶏肉のかけらをくわえていた白イタチが顔をのぞかせる。
それがシャルルを見つけ駆け寄り肩に乗れば、男たちは更に笑った。
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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ②

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』


ランから戻って以来、ブリュージュの屋敷でのシャルルはふてくされていることが多かった。
住み慣れた街ブリュージュでは、ランスのあの冒険は嘘のように平凡な日常が待ち受けていた。王家をめぐる争乱もまだ具体的なことになっていない様子で、いつもどおり運河を言ったり来たりしている船を見ていれば、目に映る人々は誰も将来の戦争など知らないのだと実感する。
もちろん永久に始まらないのならそれでいいのだ。
だからシャルルも自分の想像に余る戦争については胸の奥にしまっている。
それが苦しいのかもしれない。

あるいは、相変わらず冷たい態度のリシャールとの関係が鬱陶しいのかもしれない。
教会学校を辞めたいと言ったのに、無言の拒絶で返されて終わり。
変化がないのはどこか納得できず、だから、主張してみたものの無駄だった。

唯一つ、シャルルの中で変わったことは、ロイを探すことをロトロアに許された、それだけだ。
「ロイのこと探さなきゃいけないし、騎士になるための訓練もするしさ。だから学校、やめたいのに。ロンロンがいたら絶対賛成してくれるのにさ」
「ロトロア様が恋しいからそういうことを言うのですね」
「違う」
「恋する乙女にはかないません、会いたければ会いに行ってもいいんですよ」
「しないって」
そんな会話は毎日のように繰り返される。
ルアソンに髪を切ってもらおうとすれば、リシャールが禁じているとかいうし、持ち帰ったドレスはいつの間にかきちんと直されて箪笥に飾られているし。どうやら、リシャールはシャルルを女扱いしようと画策しているように思える。学校に行っている間に男物の服がすべて捨てられ大騒ぎした日もある。結局下男の少年の服に手を出すから、服装だけはシャルルの希望通りとなった。代わりに、ロトロアからもらった剣は必要になるまでと預ける羽目になる。
シャルルの溜め息も深まるというものだ。
ロトロアがブリュージュに滞在するのは、もともと年に数カ月。
いないからなんだと、シャルルは思う。十字軍遠征に参加した時も、帰って来た時も、大して感慨はなかった。



秋は高地のルジエから戻ればブリュージュでも当然終わりを告げていた。川風の強い街では雪は多くなかったが、さすがに十二月も終わりが近づけば雪混じりの雨が陰鬱な様子で続いた。シャルルの部屋の窓も凍り、小さな手すりには白い氷の粒が冷たく貼り付いた。

その日の朝。白い息と同じくらい白いコートを身体に巻きつけ、シャルルはフードを深く被りなおした。胸元に入り込んだクウ・クルは、暖炉のある広間でくつろいでいたのを強引につれてきた。
朝から厨房の甘い香りが屋敷を満たし、夜のご馳走を思い浮かべればシャルルはご機嫌だ。
「プディングだよ、きっと。甘い干し葡萄と杏、ナッツと卵と。それと、鴨の燻製。ベーコンたっぷりのキッシュに、リコッタチーズの丸焼き。ハチミツとバターで焼いたクグロフ!なんて、贅沢なんだ!!」
想像すれば灰色の空の下でも心は温まる。胃も活発になって、朝食を済ましたのにまたお腹が鳴りそうだ。
シャルルは厩から馬を二頭引き出し、馬車とつないでいた。早朝の馬の準備はシャルルの仕事になっている。
いつもと違う服装のシャルルをからかうようにロンフォルトが背中を鼻でつつく。
「待てって、今日はお前じゃないんだ。今からミサなんだ。馬車で聖堂に行くんだよ」
寒さのせいか、クウ・クルもシャルルの襟元から首だけ出して、ロンフォルトを見上げる。
「今日は降誕祭。クリスマスだからね、訓練はないんだ。お前も御馳走もらえるといいな」
「シャルル、準備は出来ましたか」
リシャールも丈の長いコートにブーツ。金の髪が毛皮の肩掛けに流れて光る。
「いつでもいいよ!」


貴族や豪商が馬車で乗り付ける。シャルルたちも街の中心にある聖堂へと到着した。
白い大理石と灰色の石とで交互に模様を成す柱、高いアーチを見上げてシャルルは丁度舞い降りた雪をぱくりとやる。
主人が何を食べたのか、気になるクウ・クルはきょろきょろと天を仰ぐ。
「ごきげんよう、リシャールどの」
幾人かがリシャールに声をかける。
リシャールもそれぞれに律儀に挨拶を返し、教会へと吸い込まれる人波に身を委ねゆっくりと流れて行く。

―――リオネット。

ふと、聞こえるはずのない名前を耳にして、シャルルは大人たちの壁を見回した。まだ、リシャールの肩から少し額が出るくらいの身長、気をつけなければリシャールをも見失うくらい混雑している。

「リオネットさま」

まただ。
あろうことか様までついて。
誰だろうかと、立ち止る。
背後から幾人かシャルルを追い抜く。人の流れの中にありながら一人、シャルルと同時に留まる男の姿を見つけた。
金の刺繍を施した衣装。マントの止め紐はゆったりと胸の前に垂れ、むくりと太った男は贅を尽くせる立場の人間。そのわし鼻をじっと見つめる。
この街、ブリュージュを治めるバイイ(地方代官)のグレーヴだと思い出す。

幾度か屋敷に訪ねてきたのを見た。教会の行事で挨拶をしたこともあった。
思い出しているうちに、男はシャルルの前に立つ。
「こんにちは、グレーヴさん」
「ああ、リオネット、君か。ブランシュ様の贈り物を見せてもらえるかな。ベルトランシェ様から、お手紙を預かっているのだよ」
いつの間にかシャルルの腹につんつんと、小さく巻いた羊皮紙を当てていた。それはちょうどグレーヴの手のひらの収まるくらいの大きさで、堅く結ばれた紐、赤い蝋で封じてある。シャルルが胸のペンダントを引っ張り出し、見せると、その蝋の印と同じなのだと分かる。
「読み終わったら焼き捨てるんですよ」と念を押され、シャルルは頷く。受け取ると同時に男は人の流れに紛れ去る。
「ふうん」
そういう感じなんだ。と、妙に感心しながら、シャルルはそっとコートの下に手紙を隠した。
秘密の手紙。ロイの情報かもしれない。
クウ・クルが便乗して服の下にもぐって温まろうとする。
「く、くすぐったいよ、ばか!」
「シャルル!何をしているんですか。迷子になりますよ」
リシャールの声に「分かってるよ、大丈夫」
可愛げなく答えつつ、イタチごと手紙の筒をしっかり抱えて歩き出す。
「まったく、何をしていたんです。ほら、こちらですよ」と、席に引かれる。
聖堂の礼拝堂内は窓ガラスと同じように目も曇るのかもしれないと思うくらい、温かかった。外との気温差に頬が熱った。壁の蝋燭、大勢の人いきれ。美しく磨かれた聖像、丸い薔薇窓を戴く壇上は朝日にきらきらとし、シャルルは目を細めた。
聖母子の像はブランシュとロイにも、自分とジャンヌとも見える。いや、ジャンヌは違う。馬鹿みたいだと思い首を振ると、ごしごしと目を拭いた。
天使が舞い降り、御子が生まれ。聖人が駆け付け祝う。
生まれてくれてありがとう、って。
御子の誕生を祝う聖歌は、意味もなくシャルルの胸を痛くした。
だから。昔からクリスマスは嫌いだ。


聖堂参事会の委員としてリシャールが会合に残ると言うので、シャルルは手紙を抱えて一人屋敷に戻る。まだ陽は高い。雪が解け、じめじめと石畳を濡らす道をブーツの踵を鳴らしながら歩いた。速足。胸に抱えた手紙を思えば、自然足は駆け出す。

クリスマス、この聖なる日に届いた手紙。
何かいいことだといいな、期待はいつの間にかシャルルの中で膨らんでいる。


昼食のパンを食堂で一つ掴むと、女中のルワソンが何か言うのも無視して自室に駆けあがる。二階の角、夕陽の当たる部屋には午後になって晴れた空から黄色い光が差し込んでいる。それが照らす小さな文机に椅子を寄せると早速手紙を取り出した。
短剣で紐を切るとわずかに甘い香りがした。ブランシュの香水のように思うのは気のせいかもしれないが。
あの時の抱擁を思い出し、わずかに胸が熱くなる。
降誕祭を祝う言葉から始まり、シャルルの息災を尋ねる。元気ですか、と。
なぜかそれが、妙に気恥しくシャルルは膝の上に乗って手紙を盗み見しようとするクウ・クルの頭にぽんと八つ当たりする。
獣の抗議は無視して、一つ一つ確かめるように、きれいな文字を読み進める。

―――ベルトランシェに届いた話ですが、ノルマンディー地方のル・アーブルでロイらしい子供が見かけられたといいます。前回の戦争で我が王領となった街ですが、かつてはノルマンディー公領でした。住民の多くがノルマンの血を引き、ベルトランシェの捜索も難航しています。バイイのヌーヴェルに相談してください。危険な場所かもしれません、ジャンと共に向かってくださいね。
シャルル、風邪などひかぬよう、決して無理をしないで。貴方にぴったりの贈り物を準備しています。楽しみに。
―――

「ノルマンディー!!」
シャルルは立ちあがった。
滑り落ちたクウ・クルは驚いて床を三周。
「遠いのかな、どうなんだろ!地図、地図地図!!」
慌てて部屋を飛び出し、リシャールの部屋へ。そこにたくさんの書物や資料、そして地図があるのをシャルルは知っている。
「ル・アーブル、港町だ、クウ、すごいぞ、そこにロイがいるかもだよ!!」
バンッ!!と開いた扉の向こう。
凍りついたような青年を目にし、シャルルもひゃ、と立ち止る。
止まり切れなかったクウ・クルだけが走り込んだ先でリシャールの足元をぐるぐると回った。
「な、何事ですか!」
「って、だって、もう帰ってるなんて思わなかったから」
「会合はすぐに終わると言ったでしょう!それを待てずに帰ったのは誰ですか!」
「だってさ、だって!」
「私がいない間に、何をするつもりだったのです?黙って私の部屋に入るなど」
「あ、……ええと、その」
「女性が男性の部屋に忍び込むのはそれなりの覚悟と思いますが?シャルル。残念ながら私はロトロア様のお怒りを受けるわけにはいかないですし。ルアンネ嬢のこともありますし」
ルアンネ嬢は最近リシャールが熱をあげている伯爵令嬢。人形のような無邪気な感じの十七歳だ。
「一緒にするな。すぐそういう話になるんだ、嫌らしいな!そんなじゃないってば!」
「……ほう?では、何故忍び込もうと?」
色恋が理由なら許せるらしい。青年の価値観がどうにも理解できないが、怒れる夜の聖母には逆らわないのが得策だ。神の御子でもない、ただの孤児の身としては。
気づけば目の前に立ちふさがるから、シャルルも手紙を背中に隠したまま二歩下がる。

「シャルル?何を隠しているのですか」
「あの。手紙をもらったんだ」
聖母の前、獅子の子は子羊のように大人しく手紙を差し出した。

リシャールは手紙をじっと眺める。
「その。だから、ル・アーブルの地図が。ほしいなって、さ」
上目遣いの仔羊にリシャールは無言で脇にある棚に向かう。
一本の筒を取り出しシャルルの前に置き自分は椅子に座り手紙の続きを読みだした。
シャルルは地図を広げる。
ええと、ここがパリ、ランス。
「あった、ここ!ルーアンの北の方だ。って言ってもルーアンもよく分かんないけどさ」
話しかけた相手、親友のイタチは地図の上で寝転んで、さあ考えを話せよ、聞いてやる、といった様子。
「ここから、こう行って。この間、ランからここまで五日かかったよな。それより少し遠いけど、山じゃないから、やっぱり五日くらいかな」
「ル・アーブル、これだけの情報で行けるのですか」
「うん」
「ジャンは来られるか分かりませんよ?」
「うん。僕、先に行くって、もしジャンが来たら伝えて」

「私はついて行きませんよ?」
シャルルは顔をあげた。
「当たり前だろ、リシャールは仕事があるし。僕はこれが仕事なんだからさ」
「…貴女は、恐れるとか、躊躇するとか。そう言った言葉を知らないのですか」
「躊躇のつづりはちょっと分かんないけど、意味は分かるよ」
「ノルマンディーはブルターニュに隣接する王領ですよ?噂では国王の軍はノルマンディーを拠点にブルターニュを包囲しようとしていると言います。今、もっとも危険な地域です。この程度の情報で、向かうというのですか?!」
リシャールの声が大きくなる。それでもシャルルはふう、と息を吐いた。深呼吸するとにっこり笑った。無邪気でいながら、どこか鋭い視線。
「でも行く。僕はそのためにいるんだ。騎士になるのもさ。自分のためと、今はロイのためだ。ロトロアのためじゃない。それは、ごめん。リシャールは怒るかもしれないけど、僕が死んだ幼馴染とロイにするべき償いなんだ。危険でも関係ないよ。これは、僕の戦いなんだ。ロトロアは僕にロイを探すことを許してくれた。感謝してるんだ」
心配してくれてありがとう。シャルルの瞳はまっすぐ、深い菫色は吸い込まれるようだ。
リシャールはじっと、シャルルを見つめていたが。
「仕方ありません。まだ、開戦は先だと思いますが、気をつけてください。国王軍にはブランシュ様のペンダントが役に立つでしょうが、ノルマンディーではシャンパーニュの名は伏せること、女性であることも隠しなさい。夜盗もいますし、捕まれば海賊に売られますよ」
「うん、大丈夫。お金貸してね」
にっこりと笑うそれに、リシャールはため息を吐いた。
「そこの棚から紙を持ってきなさい。地図を写してあげます。街道もこの地図より増えていますし、お前の選んだ道は通れません。海沿いに行こうなどという馬鹿げた発想では一月かかってもたどり着きませんよ」

嫌味な口調も、わずかに優しさを感じる。
僕も大人になったな。反発するばかりじゃ思いは通じない。ちゃんと説明してみれば違うんだ。そういうのはジャンから学んだ。
シャルルは遠い親友と、目の前の青年に感謝する。
「ありがと」

ここがセーヌ川、じゃあ、ここはパリだ。地理の話を聞きながら、シャルルはリシャールと一緒に地図を書き上げる。どうして詳しいのかと尋ねれば、リシャールは若いころロトロアと旅をしたことを話してくれた。山地のルジエの流通を考え、産業を盛んにするために必要な仕事だったのだと。まだ十代だった彼らがあちこちの街や村、港や運河を見て回った様子は冒険物語のようで、シャルルをわくわくさせた。その成果がこのブリュージュ。拠点をここと決めたのもロトロアとリシャールだった。
「もともとは、ロトロア様のお父上が、シャンパーニュのために調査していたそれを、ロトロア様が引き継いだのです。産業と地理、気候の知識は多くに役立ちます。シャルル、せっかく旅をするならしっかり見聞を広げてきなさい」
そんな風に教えてくれた。


年が明けてすぐ。シャルルは教会学校が始まる前日。
愛馬のロンフォルトと親友をお供に、ブリュージュを後にした。

『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ③

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』



シャルルが旅立って数日後。
リシャールは静かな朝食を楽しみながらシャルルがもらった手紙の内容についてどうロトロアに報告しようかと考えていた。ふと、クウ・クルの鳴き声が聞こえたような気がし、顔をあげる。
いや、気のせいだと再びベーコンと玉ねぎの入ったエンドウ豆のバター炒めにスプーンを差し入れた時、明らかに普段と違うざわめきを感じて手を止めた。
ばたん、と開かれた扉の向こう、まさしく想像していた主君を見つけリシャールは立ちあがった。

「ロトロア様」
言いかけた声を遮るように「リシャール、一昼夜走り続けてクタクタだ、水を!」
叫ぶなりロトロアは自分の席にどんと座った。そのまま、リシャールの飲みかけを口に運ぶ。
マントをつけたまま、雪でぬれたのだろう、髪は額に張り付き冷え切った様子が唇の色で分かる。
「ロトロア様、すぐに寝室をご用意いたします。とにかくお着替えを。ルワソン、湯を」
言いながらリシャールはロトロアの脇で剣を受け取る。
ロトロアはするすると解いたマントを煩そうに取り払うと、それもリシャールに押しつけるように渡した。
「今、温かい飲み物をご用意いたします。どうか、濡れた服をお着替えください。お風邪を召します」
「いい、ああ、とにかく。お前も来い」
珍しく言い淀んだロトロアは、ぐんと立ち上がるとリシャールの腕を掴んで二階の自室へと向かった。
途中すれ違った女中に「飲み物を俺の部屋へ。ブロンノを休ませてくれ」と頼む。
あまり見た覚えのないロトロアの慌てた様子。リシャールは、幼いロトロアが木に登ったまま降りられなくなった子猫を庭で見つけ、リシャールを呼びに来たのを思い出していた。

「何が、おかしい」
は、と気付けば、リシャールは自分が口元を緩めていたのだと理解する。
「あ、いえ。すみません。ロトロア様のそのようなご様子、あまり憶えがありません」
無造作に上着を脱ぎ捨てるロトロアの足元、甲斐甲斐しくそれを拾い上げる。
ロトロアは上半身裸のまま、椅子に座った。暖炉の炎が肩の筋肉に明るい光を投げかける。椅子に身体を預け、乱れた前髪を無造作にかき上げた。
目を細め見つめていたリシャールは脇に立ったまま微笑みかけた。
「何があったのですか、ロトロア様。シャルルがいれば笑われますよ」
「叔父上に、言ったのか」
「え?」
「シャルルが、フランドルの血を引くと」
ふとリシャールの笑みが途切れる。
リシャールがラン伯に問われ、応えたそれ。
「お前が、何故そんなことを話したのか分からんが。あれはフランドルとは無縁だと言ったのに、それとも……」
「理由を聞かれたのです」
するりと流れる高い声はロトロアの苦悩を撫でるように涼やか。
平然とリシャールはほほ笑んだ。二人が見つめあっていたなら、その笑みが先ほどの笑みとは異なることにロトロアも気付いただろう。
「貴方の叔父上に、なぜにシャルルを傍に置くのか、と。問われましたので」
「だが」
「私には、シャルルがフランドルの血を引く可能性がある、それゆえに傍に置く。他の理由が思い当りませんでした」
ロトロアは黙った。
眼を細め、自分の上着を主君の背にかける青年を眼で追った。
「納得できないのです。何の価値もないあれをそばに置くことが。あるいはロトロア様。貴方が女としてあれを気に入っているというのでしたら、それなりに理解できます。私なりに納得しようと努力はしたのですが。シャルルは相変わらず男装していますし、生意気この上ない」
「リシャール」
「随分我慢しているのです。貴方のためであるなら、と」
「リシャール!」
立ちあがったロトロアは、目の前に立つ青年を睨んだ。普段なら、ロトロアの前では恭しいはずの男が、今はわずかな身長差のため上から見下ろしている。
そのタイミングでノックの音、ルワソンがスープを持って入ってきた。
かちゃと鳴る食器が、緊張感の中テーブルに収まるまで二人はじっとしたまま。
「あの、失礼しました」
と、何とか命じられた仕事を終えた女中は退散する。
「声を荒げるのは、いかがかと」小さいリシャールのささやきに、ロトロアは深く息を吸い吐き出した。
「リシャール。シャンパーニュ伯の命令で、叔父上がシャルルを差し出せと言ってきた。叔父上からテオバルドにシャルルの話が流れたんだ。テオはテオでシャルルにつまらん嫉妬をして、叔父上と口を合わせている。戦時にありフランドルの態度は宮廷寄りだ、だからシャルルを人質として傍に置くと。それが嫌なら、お前を参謀によこせと。……リシャール。お前、叔父上と契約しているそうだな」
僅かにリシャールが眉をひそめ。ロトロアはそれを見逃さない。
「黙っていろと言われたのだろう。それをあえて俺に突きつける、叔父上らしいやり方だ。お前が契約を結んだのなら、それを責める理由もない。お前が誰に就こうが、俺に止める権利はない」
吐き出された溜め息に、リシャールは強張った表情で立ち尽くす。
「お前の自由だ」
「それは、あまりにもひどいお言葉です」
「違うのか。では、なぜお前は叔父上と契約した」
リシャールは肩を落としソファーに座りこむ。流れる金髪の下、うつむく表情は青年を小さく見せ、年下の幼さじみが心を冷たく凍りつかせたのがロトロアにも分かった。ひどく、傷をつけた。
「俺にはお前が必要だ。リシャール、色々苦労をかけるが。俺は至らんところが多い、それでも……必要なのだ」
溜息と共にロトロアも額を覆い、テーブルにうつむく。
「俺は、お前に会いに来たのだ。シャルルではない、お前に」
ここまで慌てて会いに来た、それはリシャールのため。幼いころから共に育った。ロトロアの人生で言えば命運を共にした戦友と同じ。ラン伯が仕組んだ刃は鋭くはなくともロトロアに致命傷を負わせる力がある。
その様子は僅かにリシャールの胸を溶かした。切望される、それのみが人生を捧げるに相応しい報酬となる。
「ロトロア様、私が契約したのは貴方様のためです。シャルルがランを抜けだしたことをラン伯に追及され、果ては命令に従わない責任を貴方に取らせると言われました。貴方からルジエを取り上げると。それが嫌なら契約をしろと。意地の悪い嫌がらせです」
素直に語る親友にロトロアは目を丸くし。それから苦々しく目を伏せた。
「そうか、すまない」
疲れもあるのだろう、ロトロアは顔を両手で覆った。リシャールは改めてロトロアの側に立ち、肩に手を置いた。
「シャルルを残すのであれば、私がランに向かわねばなりませんね」
いや、ロトロアは首を横に振った。
「ですが、シャルルは今、ここにおりませんし、シャルルを人質に渡すなどできないでしょう?貴方はあれを気に入っておられる。お認めください」
「お前を、やるわけにはいかない」
「ロトロア様」
「シャルルを連れて行く。あれはもともと政治目的で得た子供」
「ロトロア様、貴方が悲しまれるお姿は見たくありません」
「平気だ。リシャール。お前が聞いたんだぜ?何のためにあれを傍に置くか。こういう時のためだ、そうだろ?あれはどこだ」



くしゅん、と。くしゃみを一つ。驚いたクウ・クルは馬の額でぴょんと跳ねた。
「うへ、風邪かな」
シャルルは昼過ぎになって曇り始めた空を見上げた。
右には森、左にはまだ日蔭が凍っている畑。向かう先には小さく光る海らしき帯。そこに注ぎ込むセーヌ川。右岸のごちゃごちゃして見えるのが、ル・アーブルの港町だろう。

海路、という案もあるにはあった。
けれど、ロンフォルトを船に乗せるのがどうにも心配だった。リシャールもそれは賛成で、大型の船と言っても、衛生状態は悪いし、乗ってしまったら陸に着くまで降りることはかなわない。海賊が出る危険な海域もある。すべてを比較するなら、少し遠周りでも陸路が安全だとリシャールが教えてくれた。

ブリュージュから西へ七日。
美しき港、という古い言葉を名に持つル・アーブルは、セーヌ川の広く美しい河口の脇にある。小高い丘陵地の緑と突き出た地形、川の青と海の青に挟まれ、蒼い海原に横たわる蜃気楼のように見える。
山岳地帯からル・アーブルに近づくたび、土地は平らに、視界も開けていく。
セーヌ川からの支流なのか、あるいは嘗て氾濫した際に出来た沼地からの水路なのか。シャルルは一つ集落を過ぎるたび川を渡った。橋のあるものもないものもある。ない川は浅瀬を馬を引いて渡った。
農作業をしている人や、街道を通る人に会うたびに、ル・アーブルのバイイはどこに住んでいるのかと尋ねてみた。
先刻も髭をもしゃもしゃさせた男に「バイイ?知らんねぇ」とじろじろと嫌な目つきで眺めまわされた。かなりの回数、様々な人に尋ねたはずだが一向に答えは出ない。誰もバイイの所在を知らないというのだ。
ブリュージュであれば、バイイは王国から派遣されている役人だった。だから土地の古くからの領主が貸し出している館に住んでいた。そしてそれは誰もが知っている。このル・アーブルでは知っている人がいない、なんて。
「そんなの、おかしいだろ!地図で言えばとっくにル・アーブルの街に入っているはずなんだ!街を代表するバイイを知らないなんて、おかしいよ。そう思わないか?」
返事をするはずのない親友は先程拾ってきたドングリに小さい牙を突き立てている。
空しい気分になってシャルルは腹ごしらえのことを考え出す。目の前に座り込むクウ・クルが美味しそうにドングリをかじるからというのもある。
一つ横取りしてみたものの苦いだけ。首をかしげるクウに「分かった、悪かったよ」と謝った。次の橋を超えた時、ふわりと香ばしい匂い。
見回してみてもすぐそばに民家はない。人気のない畑と黒い枝だけを晒す林。さらに進めば集落があるだろうがそこから匂いが漂うのだろうか?風もあまりないのに?
シャルルが馬を止めると、クウ・クルは林でまた、何か見つけようというのか馬からつるっと飛び降りた。
「わ、馬鹿!クウ・クル!お前、置いてくぞ!」
叫ぶのもむなしく、イタチは本能のまま、気の向くまま林にかけ込んでしまった。
「もうー。お前のせいでかなり時間を無駄にしてるぞ、言うことを聞かないとその内、縛り付けるからな!暴れても許してやらないから!」

「物騒なことを、と思ったが。なんだ、子供かい」

え?
振り返っても誰もいない。
「ここだ、ここ。橋の下だよぅ」
橋の下。
馬からすとんと降りると、石を積んだ小さな橋から下を見た。大人の背丈ほどの高さしかない。不格好な石がうまい具合にバランスを保つ橋梁に寄り添うように男が座っていた。目の前には焚き火、魚が焼かれている。
男は、多分男だろうと思う。柔らかい明るい色の長い髪を三つ編みにし、背中の中ほどまで伸びている。見たことのない赤い飾り紐で結んでいる。その背には小さなハープ。端がひらひらとちぎれた感じのケープを着ている。足元は編上げの靴、腰には短剣。肩にかけて引っ張れるようになっている小さい荷車のようなものに、荷物が縛り付けられている。
こけた頬に不精な髭が生えているが、よく見ればまだ二十代前半。下がり気味の目じりと大きめの口元が穏やかな顔を作る。
少し変な訛りがあるのは、遠い地方の人間ということだ。イングランドの訛りとも違うから、南の民族だろうか。
―――白い馬には小さな幼子。くるまれた布は絹。もしやこれはと拾い上げた農夫は、大事に抱えて修道院へ。珠のような男の子はどこぞの貴族の子やもしれん。探す親はさぞかし心配しているだろう。二月の空の冷たい月。星が瞬く―――

詩、だ。
聞いたことのない柔らかな声にシャルルはあっけにとられていた。
「南の土地で、そんな話を聞いたんだよ。坊や、一曲聞いて行くかい?」
「あ、分かった!吟遊詩人(サルバドール)だ!」
ぽんと手を打ったシャルルに、男は笑いだした。
「初めてかい?私はローマからはるばる北を目指してなぁ。行く先々で面白い話を聞きながら歌を作っているよ。ここにほら、おいで」
手招きに、シャルルは慌ててロンフォルトを引いて河原へと降りる。
美味しそうな魚の匂いに引かれたのもある。
携帯している乾燥肉には飽きていた。

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らんらら

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