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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ④

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』



吟遊詩人はサールと名乗り、シャルルを焚き火の隣に座らせてくれた。鋭くとがらせた木の枝に魚が三匹串刺しにされ、香ばしく食べごろ。一ついただいて、シャルルは上機嫌だ。
「寒いからねぇ。私の生まれた街じゃ、雪なんか見たこともなかったね」
「雪が降らないの?すごいな、暖かいんだ!」
「そうさぁ、日当たりのよい斜面には一面にオリーブが植えられているよ。風にさわさわとね、海には新鮮な魚介、レモン畑には白い花が咲く。真っ青い、ほら、空のように青い海と」
「今日は曇ってるけどね」
「ああ、そうそう。この分だと雨になるね。降り出さないうちに街に着かなきゃなぁ」

のんびりした口調はどこか面白く、シャルルは魚も御馳走になってすっかりサールが好きになっている。
アーサー王の物語を歌ってくれ、「リシャールとは大違いだ。本物はすごいよ、やっぱり」と、魚に釣られて戻ってきた白イタチに語る。
「私にはこれしかないからね。お貴族様のお庭でも、城の井戸端でも。街の街道でもなぁ。うまく行けば宿の客の前でね。そうすれば宿賃はただ、旨い酒も飲めて歌いたいだけ歌える。幸せだねぇ」ポロンと手にした小型のハープが伴えば口調は歌うように優しくなる。
「ふうん。僕、昔はランスの修道院にいたんだ。吟遊詩人は街に来たことがなかったな」
「あはは、修道院には嫌われるんだよぅ。ほら、時には男女の恋も歌うからねぇ。禁欲の徒には可哀想だねぇ」
「可哀想?」
「そりゃそうさぁ。人間、誰でも欲がある。修道女だって修道僧だって中身は普通の人間だろうよ。お前さんだって好きな子の一人二人、いるだろう?手も握れなきゃそりゃ、じれったいよなぁ」
「そ、それは」
口を尖らすシャルルに、サールは目を細めて笑う。
「なんだい、好きな子いるんだろ。どんな子だい?人それぞれの人生は、色とりどりの河原の小石、丸かったり尖っていたり。一つ一つを歌いあげれば詩は清んだ流れとなる。ほら、話してごらん、聞いてあげるよ、可愛い騎士見習いさん」
魚にかぶりついたタイミングで頭をポンポンと叩かれてシャルルはむせた。
慌てて差し出された水筒を口に運び。それが慣れないワインだったからまたむせる。
「おいおい、坊や、ワインも飲めないのかい?赤いワインは聖なる血液。天にも昇るってのはこのことだよねぇ」
どうやらサールも先ほどから随分飲んでいるらしい。埃で汚れた頬はすでに赤い。
「あんまり、あんまり好きじゃないんだよ、だって苦いし酸っぱいし」
嫌いでも飲めば酔うのは誰でも同じ。焚き火のせいか、ワインのせいか。一口くらいじゃそんなはずはないと思うけど。と思いつつ、汗をかくほど熱くなってシャルルはケープを脱いだ。
「その、好きな子を探してるんだ。吟遊詩人ってさ、あちこち旅をするんだろ?その子はさ、ランスで行方不明になってどこに行ったか分からない。僕と同じくらいの年で、首飾り、ほら、こういうのしているはずなんだ」
襟元にコロンとしているそれを、持ち上げて見せる。
サールはふうん、と首をかしげた。
「立派なもんだね。お前さんもそうだけど、貴族様だろう?」
「僕は違うよ。だけど、探している子は本当に貴族様。身体が弱くてさ、こう、優しく笑ってさ」
「顔が赤いぞ?」
「ワインのせいだってば」
「恋しいあの子、かぁ。いいなぁ。人探しなら港がいいよ。商人が大勢集まるところには、旅で知った情報を僅かな金で売る奴もいるからねぇ。少しばかり、危険かもしれないけど」
「平気さ。だから、ル・アーブルに行くんだ。サールは?」
「ああ、私は好きなところに好きなように。ル・アーブルの港町かぁ。お前さんの恋の話も知りたいしね、一緒に行くよ」

少し変わった道連れができた。

サールはローマ帝国の中部、海岸沿いの街に生まれたという。ずっと旅をしながら北上しているらしい。
「いつか、北の果てってのに行ってみたいんだよ」
そんなところには歌を聴いてくれる人なんかいないんじゃないかと、シャルルが笑えば「誰もいなくても歌っているからね、気にはならんよ」と笑い返す。


シャルルとサールがル・アーブルの街に到着したときには、雨が降り出していた。
午後の時間は市場も閉じているらしい。歩く人も少ない街の中をがらんとした広場まで来るとさすがにずぶ濡れで、二人は広場に臨む酒場で休むことにした。
「坊や、先に一人で入りな、私のことは気にしちゃだめだよ」
「え?何言ってるんだよ」
シャルルが店の扉を開くと、がらんと真鍮の鈴が鳴った。
「へいー」と、陰気な感じの痩せた主人が顔をあげた。
シャルルを見ると、「いらっしゃい、暖炉の側にどうぞ」と少し笑った。シャルルの肩に乗るイタチを見たのかその目が二回瞬き。続いて眉をひそめた。
「おい、あんたは御免だよ、歌うなら外でやってくれ」
え?
シャルルは背後にいたサールを見つめた。
どんどんと足音を響かせて主人がシャルルの脇に立ち、「従士様はどうぞ、温まりますよ」と店の奥へと押す。サールを外に置いたまま、扉を閉めようとする。
「あ、でも、サールも一緒でなきゃ」
じろりと主人が表情を変えた。
「吟遊詩人とご一緒、ってんなら」


結局「なんでだよっ!」と怒鳴るシャルルを主人は店から追い出した。
「ちゃんと代金も払うし、悪いことないだろ!」
最後に店の扉を蹴ってみたけれど、古びた木の扉ががりっと音を立ててきしんだだけだった。真鍮の鈴にも無視された。
「ばかだねぇ、リオン。お前さんだけでも中で休めばいいのさ。私みたいなのはそう入れてもらえるもんじゃないのさ。ほら、今からでも」
「いい、僕もここにいる。納得できない」
くく、と面白げに笑うサールは慣れている様子。穏やかに目を細めるとシャルルの肩をぽんと軽くたたいた。
「優しい子だねぇ」
だってさ、とふてくされて座り込むシャルル。サールもその隣に座った。
店の窓の下には遮る屋根もなく、瞬きするたびに雨粒がまつげから落ちる。
お互い濡れているから意味はないのかもしれないが、と言いながらサールがシャルルの肩を抱いて「少しは温まるだろうよ」と笑う。
「いつも、こうなのか?吟遊詩人の何がいけないんだ」
「お前さん、私の代わりに怒ってくれるのはいいけどねぇ。そういうものだと分かっていても、歌い続けている私も悪いんだよ。そりゃ、流れ者の外国人だよ。それだけでも嫌われるんだ、中には盗賊みたいな奴もいるから物乞いより扱いは悪いのさ。入れてもらえなくても仕方ないさぁ」
「サールは盗賊でも物乞いでもないのに」

―――寒い朝には冷たい白。染まる街は遠い異国。
凍え震える旅人を温める人の心。
綺麗な心と温かい声の優しい少年。
お聞きよ、道行く人。
お聞きよ、窓辺に雨を見つめるご婦人よ。
神は皆に命を与えたもうた。
同じ重さの命を下さった。
同じ人でありながら、ここにいる少年の温かいこと。
優しいこと、美しいこと―――

「わ、やめろよ、恥ずかしいよ」
シャルルが抗議すると、サールはあははと笑った。それから、シャルルを抱きしめると、「少年、はないねぇ。君、女の子だ。背中も肩も柔らかい」
「あ、…」
「ますます気に入った」
ぎゅうと抱きしめられ。シャルルは思わず、ひじ打ちを。
鼻を押さえるサールに、「ごめん、つい」と謝る。
「いいさぁ。大切な人がいるんだよねぇ、そう言ってたね。ここでこうしていても仕方ない、港に行ってみるかい」
「あ、うん!」
「ようし、人探しだね。どんな子だい?」
「ええと。ロイって名前の、僕と同じくらいの男の子で」
柔らかい茶色の髪で、色白で。綺麗な言葉を使う、優しい子。

サールに話しながら、思い出す。
水車小屋で出会ったとき。二度目には、熱を出していた。ロトロアに捕らえられ。
ああ、今思い出すと、あの時ロイを捕まえたのは、キ・ギだ。髭の騎士がロイを馬に乗せた。
だとすれば、一緒にいた騎士たちは、リシャールとローレンツ。
忘れていたわけじゃない、記憶と今をつなげてみなかった。改めて考えると、当然気付いていいのに。


僅かに風が穏やかになり、雨粒も服の上からでは感じられないほど小さくなった。
港へ向かいながら、シャルルは自然と黙り込んでいた。
雨にぬれ、あの晩のことを思い出した。あの時の悔しさも、悲しさも。
ロイは、どんな気持ちでランスを離れたんだろう。一緒に行こうって、約束したのに。

「大丈夫かい?」
「あ、うん」
サールが声をかけ、顔をあげると目の前は海。
灰色のドロドロと渦巻くような波が揺れ、石造りの桟橋に時折ざぶりとはみ出してくる。まだ夕暮れには早いと思うのに、空は海と同じくらい重い灰色をしていた。にわかに痛いほど大粒になった雨粒に、時折目をつぶり、立ち止る。
「こりゃ、たまらない」
サールの声も遮るくらいの雨。
「わ、わわ!!サール、こんなんじゃ、商人なんかいないんじゃないか?」
「そうかもしれないねぇ」
「そうかもってさ、とにかく。あそこに行こう!」
海岸沿いにつづく石積みの波止場。そこには船が何艘もつながれていた。
雨の中、船の上で網をたたむ漁師や、帆を繕う船員が見える。
反対側に並ぶ船小屋にも、幾人か人影が見えた。
「こっちだよ」
シャルルは一番近い船小屋の前に立ち、扉のないそこの中を覗き込んだ。
「すみません、ちょっと雨宿りさせてください」
言いながら、すでにシャルルは雨を逃れて屋根の下。
背を打つ雨粒がないのは、ほっとする。

「あれ、旅の人かい」
人のよさそうな老婆がにこりと笑った。土間に据えた木箱の上に座り、網を繕っている。
「ごめんなさい、邪魔して。雨がひどくて」
「ああ、いいよ、いいよ。こんな時化じゃあたしらも暇でねぇ。話し相手ができて丁度いいやね」
老婆はシャルルの後ろに立つサールを見て一瞬目を開いた。それまで閉じていたわけではないが、落ちくぼんだ目は細く、笑みに眼を細めるのに似ていた。だから、それが開くと少し違う印象を与えた。さっきまでも笑っていたわけではないのだと気づく。
「ああ、吟遊詩人かい」
その言葉にサールは踵を返しかける。
シャルルの手がしっかりつかんで引き留めた。
「あの、この人悪い人じゃないです。すごくきれいな声で歌ってくれるんです。少しだけ、ここで雨をしのいでもいいですか。お礼に何か物語を歌います」
深々と頭を下げた。
驚いた老婆は腰をあげ、老婆は二人の顔を見比べた。それから網を一つめくり、その下に隠れていた木箱を一つ引き寄せた。
「ほれ、座んなさいよ」
愛想のない口調でも、シャルルは満面の笑みで「ありがとう!」と礼を言う。

「騎士見習いさんかね、元気がよくていいねぇ」
「それだけが取り柄だからさ。お婆さんは一人なの?大変だね」
「息子がいるんだけどね、今は漁に出ているんだよ」
「え?この天気で?」
「遠い海なのさ。何日も帰ってこない。いつ帰ってこなくなるかとねぇ、気になると家にはいられないからさ、ここにこうして。ひと目ひと目、無事に帰れって願いながらね、繕うんだよ」
「ふうん。すごい、網目が広い畑みたいに綺麗だ。きっと叶うよ。元気で帰ってくるよ」
老婆はふふ、と照れくさそうに笑う。
「あんた、いい子だねぇ」
「違うよ、いい子じゃないけど。僕も無事でいてほしいって思う人がいるから」
「その年でかい?親か何かかい?」
「親じゃないんだ、友達。二年前にね、生き別れになったんだ。一緒に街を出ようって決めたのにすれ違ったんだ。見つからなくて」
自然視線が足元に落ちるシャルル。老婆の堅い手が肩をさすった。
「冷えきってるよ、あんた。今、火をおこすよ」
「ありがとう」
黙って座っているサールに、老婆が視線を合わせた。
「あ、サール、何か歌って」
「そうだねぇ。じゃあ、北の海の伝説だ」

―――荒くれ波の向こうには、誰も知らない島がある。
白い砂、青い海、髭と牙の海獣がいる。
ずっしり重いそいつには、手も足もない。
大きな体を右に左にゆすりながらはいずりまわる。
そんな島に俺たちは流れ着いた―――

サールは北の海賊から聞いたという、海の物語を歌った。
海賊たちが見知らぬ怪物を倒すと、真っ白い魚の体の女が出てきて宝をくれるというのだ。シャルルは初めて聞く物語にわくわくし、時間も忘れ聞き入った。

荷物にあった干し肉はすっかりふやけていたから、火であぶって口にする。老婆が小屋に置いてあった酒を取り出すと、サールが「おお、素晴らしい!」と喜んで、老婆も「詩には酒がつきものさ」と。詩も嫌いではない様子。その内二人は酔って酒盛りになった。
酒の飲めないシャルルは一人、小さなかまどの炎を見つめる。

ロイ。

酔って寝てしまった二人が目覚め、シャルルもすっかり乾いた髪を改めて結びなおした頃、日は暮れて外は真っ暗。強い海風が雲を吹き飛ばした空には、静かに星が輝いていた。暗がりの海に目を凝らすシャルル。闇と音とについ、見入ってしまう。
そんな景色は見慣れているのか老婆は大きな欠伸と共にぐんと伸びをした。
「あれあれ、遅くなったね。坊や、探し人なら市場に行くといい。何かいいことがあるよ、きっと」
そう励まし、老婆は丘の上の自宅にと帰って行った。
「市場か、市場なら明日だね」
見送ったシャルルはそう言いながら、またしばらく風景に見入っていた。
「それなんだけどねぇ。そうでもないんだ」
「え?」
「夜にもあるよ」
風向きが変わり、少し生温かい位の東風の中、シャルルはサールの指差す先を見つめた。

波止場の奥、この港で最も奥まった入り江の周辺に明かりが見えた。
転々と松明が燃え、照らされる暗がりには人が大勢いる様子だ。
「すごい、行こうよ!」
「リオン、お前さんには黙っていたけどね、心当たりがあるんだよ」
「え?」
「探しているっていう、子供。いや、その子がどこってのは、分からないんだけどね、この辺りじゃ拾われた子供はあの市場で売り買いされる。二年前ってことは十歳そこそこなんだろう、一人で生き抜ける年齢じゃない。それに、このノルマンディーではフランク人を拾って育てようなんて奇特な人間はいないんだよ」

売り、買い?
「奴隷、みたいに?」
サールは振り向いたけれど、暗がりでその表情は見えない。でも楽しげな口調はそのままだ。
「売られた子供は元締めが引き受け、売り手との仲介をする。分かるかい?元締めに聞けばお前さんが捜している子供を覚えているかもしれないんだよ。でもね、危険だからね」
「じゃあ、会いに行こう!」
「あのさ、私も知らないんだ。会ったことはない。試しにお前さんを売ってみれば、あんたは元締めに会えるかもしれないけど、でもそれじゃ、嫌だよねぇ」

元締め。
「僕を売るって、どうやるの」
「本気かい?」
「……やっぱり、売られたらまずいかな」
うふふ、とそこでサールは笑った。
「ほら、無理だよ。今日はやめておこうよ、また考えてからだよ。この街に来たってことはお前さん、何か手掛かりがあったからなんだよね?そっちから探したほうがいいさ」
サールの言うとおりだ。
売られてしまったとして、元締めがロイのことを知らなければ意味がないし、そこでロイの行方が分かったとしても自分が自由になれなきゃ元も子もない。
手掛かりと言っても、この街のバイイに会うくらいしかない。バイイが元締めと知り合いなら探してもらえるかもしれない。どちらにしろ、まずはこの街の役所だ。
「だよね。バイイ(地方代官)のヌーヴェルさんに会うんだ。どこに行けばいいか、知ってる?誰も知らないっていうんだ」
「バイイ。ああ、王領の地方代官ってのだね。リオン、ノルマンディーはノルマン民族の土地だよ。考えてごらん」サールが遠く闇の中の海を見つめ、話しだした。

このノルマンディーにはノルマン人が住んでいる。イングランド王が治めていたのを、少し前にカペー王朝が奪い取った。当然、住民は反発する。パリからフランク人が来ても収まりがつかないから、ノルマンディーではその土地に代々根付いている領主にバイイを兼任させる。
その領主も「バイイ(地方代官)」という呼び方はカペー王朝への従属を意味するから使わない。だから誰もが「領主」を知っていても「バイイ」は知らない。領主様の御屋敷って尋ねれば知らない人はいないだろう。そう、サールが説明してくれた。
戦争を経験したことのないシャルルには、まったく思いもよらないことだった。

「そうか、ありがとう。明日、その辺の人に聞いてみる。そうだね、領主の御屋敷を知らない人なんかいないもんね。ブリュージュではバイイと領主、ランスでもバイイと大司教、そんな風に二種類の統治者がいたんだけど」
「そうだね。税を納める人は大変だね。バイイに通行税や港の使用料、領主に租税、教会にお布施。あちこちに払わなきゃならないんだからね。私は、領主の屋敷は一緒にはいけないんだよ」
何となく淋しげに笑う。淋しげ、と思ったのもシャルルの勝手な感覚だ。吟遊詩人だから行きにくいのだとそう結論付け、シャルルは気にしない風を装って笑った。
「うん、大丈夫、僕一人で行けるよ」
じゃあ、明日の朝でお別れかな。
そう思うと、シャルルは自然と思いついたことを口にした。
「ねえ、サール。僕はこの土地のこと、よく知らないし、世の中のこともあんまり分からない。だから、正式に手伝いをお願いしたいんだ。サールにも都合があるだろうし、無理なら断ってくれてもいいんだ。ただ、この街でロイの手がかりを見つけたい、その手伝いをお願いしたいんだ。報酬だってちゃんと払うよ」
ふうん、と吟遊詩人はシャルルを見下ろした。澄んだ瞳は僅かに緑を帯びた薄茶。長い睫毛が気になってシャルルは目をそらした。
「そんなの、いやだねぇ」
「そう、そうか。サールも忙しいし」
「お前さんなんかに雇われなくても、可哀想で困っている子供の手助け位するんだよ。詰まんないことは言うんじゃないよ」
「サール」
「ほら、あの岩場で今夜は休もうよ。腹も膨れたけど、とにかく風が気持ち悪い。あそこなら少しはましだろう」
「うん。あの、ごめん。気に障ること言ったね」
サールの手がうつむくシャルルの髪をぐしゃぐしゃとなでた。
そのまま肩を抱き、「まだまだ、人を見る目がないんだよねぇ。しょうがないさ。あんたがあの婆さんに頭を下げてくれた時、なんていうか。嬉しかったけど情けなかった。ちょいとね、ひねくれてしまうのさ。お前さんが悪いわけじゃない。お前さんの気持ちに感謝しているんだよ、だから、手伝わせてほしいよ」と笑った。柔らかで綺麗な声はシャルルの胸に沁みた。
「ありがとう」
いい人に出会った。
ジャンの言葉をまた、思い出す。
僕にもあいつみたいな真似が、できるのかもしれないな。

風でゴミが入ったといいながら、シャルルは何度か目をこすった。
サールの提案で、シャルルは岸壁の下で一晩休むことにした。
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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ⑤

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』




翌日。すっかり晴れた空にぐんと潮風を吸い込んで伸びをする。
まだ眠そうに横たわったままのサールに「じゃあ、行ってくる!夕方にはここで会おうね。約束だよ」と元気に告げて、シャルルは街の中心へと向かった。昨日追い出された酒場のある界隈だ。
雨の降りだした夕刻と違い、明るい朝は同じ場所とは思えないほど活気に満ちていた。
石畳の敷かれた道の両側には店が並んでいた。立派な馬を引いた年若い騎士見習いには、誰もが親切だった。声をかけた花売りの女性だけでなく、魚の行商人や野菜を積んだ農民まで、シャルルを取り囲むようにして領主の城を教えてくれた。
指差す先は街道が緩やかに上向く坂の上、聖堂の向こうに森を隔ててある城だ。昔はその左右に広がる城壁の奥までが街だったけれどだんだんと人が多くなって海沿いの便利な方へと広がって行ったんだと、散歩中の老人が語り行商人までが感心して笑った。
皆、日に焼けた赤い顔や腕に淡い金色の産毛をさらしていた。寒いのに、着込むことを知らないかのようだった。淡い金色の髪、大柄で背の高いノルマン人だ。
あまりに誰もが親切だから、「フランク人は嫌いじゃないのか」とシャルルが見上げながら尋ねる。
「なにを言っているんだい。あんたはフラマン人だろ?鮮やかな髪だし、瞳の色も違うしね。ブルトン人にしては線が細いしね」と店を広げ始めた行商人が笑った。
「あ、そうか。僕は孤児だからほんとのことは知らないんだけど。僕、フラマン人に見える?」
「ああ、そうだよなぁ」
行商人が花売りに問いかければ、花売りもフランク人とは違うね、と笑い返した。
「あんた、孤児なのかい」
「うん。修道院で育ったんだ。そうか、僕はフラマン人なのかな」
「きっとそうだよ、お前さんの生まれはフランドルだ」
今思えばシャルルがフランドル伯の子供だと噂されたのも、容姿に関係があったのだろう。今は様々な民族が入り混じっているものの、元々フランドル公国はフラマン人の国。
シャルルはこれまでそんなことは考えたことがなかった。
それにこれがフランク人、これがフラマン人、これがノルマン人。そんな風に区別されたのを見たことがなかった。言葉が違えば民族が違うのだと分かるが、シャルルにはフランス語とブルージュで話されていたフラマン語くらいしか分からない。
そうか、フラマン人。だよ、そうだよ。

リシャールの言葉を思い出す。
ただの孤児。どこの誰とも知れない女の子供。それでもフランドルで生を受けたのだ。ブリュージュの聖母子像を思い出していた。

「フランドル伯ジャンヌの子供」というシャルルの中で何時しか確信となっていた噂は、間違いだった。それこそ生誕の意味のない存在に成り下がり、祝福も何もないのだ。
シャルルの未来に方向を与えていた源流は失われ、もはや遡ることもできず、どこに流れて行くでもない。どろりとした沼のようにただそこにある。それは苔の緑に染まった水を胸に貯めている様に重く感じられた。
生きる目的となっていたフランドルへの移住、そのためには将来騎士になり、一人前になって旅をする。今は馬も剣も、それなりに金もあるのに肝心の目的がなくなった。
なんだか、皮肉だよな。小さく独り言をこぼした。


斜面になっている街道を登っていくと、街を見下ろす位置に古い砦の跡を城門として使っている城に行き着いた。
無造作に積み上げただけの古い石垣をくぐると、衛兵に止められた。
領主様に会いたいと告げるが、子供だと馬鹿にしたのか相手にしない。
「向こうへ行け、お前みたいな子供がお会いできる方ではない」
「しょうがないな!僕はリオン。国王陛下近衛騎士団長ベルトランシェ様のご命令で領主のヌーヴェルさんに会いに来た。王家の使いを断る判断が衛兵のあんたにできるのかな」
「嘘を言うな」
「嘘じゃなかったら、処罰されるのはあんたじゃないかな」
睨み返すシャルルに、黙り込んだ衛兵は忌々しげに地を蹴った。
「しょうがない、もしお前が嘘をついていたなら、俺はお叱りを受ける。その時にはお前には十倍の罰を与えてやる。覚悟しろよ。ほら、ついて来い」
撫でつけた髭にとりあえず威厳を保つつもりか。そりかえってシャルルの前を歩きだした。

なだらかな丘陵地には海からの風がふわりと昇り、髪を揺らして頬をくすぐる。
中庭の植え込みを通り抜け、右に厩舎、左に井戸と炊事小屋を過ぎて城の本館にと入っていく。
日陰になれば急にひやりと寒くなり、シャルルは肩をすくめて震えた。そこに乗っていたクウ・クルが迷惑そうにぐるりと腹まで降りてきて、そのまま背にかけた荷物の袋に入り込んだ。

建物に入ってすぐ目の前の広間を真っ直ぐ進む。数段の階段の先両側に兵の立つ扉の前にたどりつく。門番は兵に説明し、兵は面倒臭そうにシャルルの方を眺めた。
「お前が連れて行け」と言ったようなことを告げ、門番はここでシャルルを渡して戻りたがっている様子だったのに当てが外れたらしい。くそ、と小さく呟いて「行くぞ」とシャルルを従えたまま扉の向こうへと進んだ。

通り過ぎる時に数人の兵がじろじろとシャルルを眺めた。
「女か?男か?」
「男だろ」
囁き合う兵たちの声が遠ざかる。


ル・アーブルの領主、ヌーヴェルはシャルルが予想したよりずっと年老いていた。背筋の伸びた立派な体躯はいかにもノルマン人らしかった。深く落ち込む鼻梁の左右を小さく鋭い瞳が陣取る。
白いものがほとんどを占める髭が胸元に波打ち、それをまるで真っ直ぐにしようとするように何度も手で伸ばす。
その手につい視線が奪われ、「ベルトランシェからの使いと聞いたが」と口を開かれても即座に反応できず、シャルルは慌てて視線を上げた。
改めて、床につく手に重みを感じながら腹に力を入れる。
「ベルトランシェ様より遣わされました、リオンと申します」
「ふん」
何を思うのか領主は眉をひそめる。
「我が町ル・アーブルは勅令に従い、ルーアンの軍と合流し国王軍を援助する体制を整えておる。国王陛下の軍隊がルーアンに到着するのはまだ三日先だと聞いたが?」
そういえば、リシャールがそれらしいことを言っていた。ブルターニュの隣のこのノルマンディーがパリからの国王軍の拠点となると。
王領のここでも、国王軍への協力が要請されているのだ。

「いいえ、私は別の用件でまいりました。人を探しています」
「ああ、以前近衛騎士団長がよこした手紙の件か。確か行方の分からない子供のことだったか」
「はい、そうです」
「分からんものは分からん。何故その子供を捜すのか理由を問いただしても明かさぬ。そんな要請に応えることはできんとすでに返答はしているはず。何度言っても、あの男は信用せんと見えるな」
明らかに機嫌を悪くしたらしい、ヌーヴェルは腹立たしげな溜息と供に椅子から立ち上がった。
片膝をついたままのシャルルは首だけで動きを追う。大柄なヌーヴェルはとうに六十を過ぎているように見える。深いしわは髭に隠されているが、陽と風にさらされた皮膚がそれを思わせた。
「探して欲しければそれなりに見返りをと、思わんか」
立ち止まったヌーヴェルの背中に、シャルルは目を見張った。
振り返りもせず、領主は「あるいはお前が見返りか?」と嘲笑する。
「見返りとはなんのことですか」
男は振り返った。腰に廻した手はそのまま、片方の眉をしかめる癖のある表情でシャルルを見下ろした。
「すべて、世の中は取引で成り立つ。我が守護の見返りに領民は税を納める。ルイはこの土地のものを奴隷とせず、これまでのように自治を許す代わりにわしに租税を納めさせておる。十分役割は果たしているつもりじゃ。お前の持ってきたそれは甚だ身勝手な申し出。たとえお前の探す少年を知っているとしても、わしが応える理由はない。価値のあるものを得ようとすれば、そちらも価値あるものを差し出すのが本来であろう。それとも、お前を代わりに差し出すというベルトランシェの考えならば、考えないでもない。歳若い子供は良い値で売れる、女であればなおさらな」
か、と頬が熱くなる。女であることを知られていることもそうだが、同時に自分をどう見ているのか、目の前の男の視線を急に不快なものに感じる。

売れる、って。人をもののように。
サールも言っていた、この街では人の売買もあると。同じ港町でもブリュージュとはずいぶん違う。よくないこととして教会からは是正の勧告が出ているはずなのに、未だ世の中は人を金に換える。孤児が売られもせずに修道院にいられるのはましなのだと、アンにも言い聞かされたことがあった。

ヌーヴェルの言葉に周囲を固める衛兵たちが改めてシャルルを見つめた。舐めるような視線を感じながら、床についた拳を握り締めた。
「全てに見返りを求めようなんて、あきれる。たとえ、ベルトランシェが僕を売り物としてここに差し向け、貴方とそういう約束が成されていたとしても、僕はそんなことに従うつもりはない。僕はただ、ロイと言う少年を探しているだけだ。全てを取引に置き換えるつまらない価値観の人間が領主だなんて、この街も大したことない」
低く抑えたシャルルの声にヌーヴェルは顔を歪めた。
ヌーヴェルが黙って手を上げ、シャルルが立ち上がるときには目の前に槍を構えた二人の兵。
ふわ、と一つ後ろに跳んで距離を置く。
「僕は摂政ブランシュ様の命を受けている。僕に害をなすのなら、それは国王を敵に回すのと同じだぞ」
効果があるかどうか。
はったりも時には必要だ。
今目の前にいる程度の衛兵なら、逃げ切ることは可能。だけど、そうしたら肝心の情報が手に入らない。お尋ね者になれば市場での捜索も難しくなる。
「元々、我らは国王にとって味方でもあるまい。捕らえろ」
低い声と同時に衛兵が駆け寄り、シャルルは剣を抜き身を翻す。突き出される長槍を剣先で受け流すと、槍先はシャルルの足元だった場所を鈍く穿つ。その音を背後に聞きながらシャルルは扉へと駆け出している。
素早いシャルルに慌てたのか、視界の隅で長槍を投げる気配。扉の脇に控えていた衛兵が槍を避けたのと同時に扉が開かれた。槍の影がひゅと飛び掛った。
「おっと」
黒い槍は今扉を開けたばかりの男が受け止めた。

黒い髪。にやけた口元。
シャルルは言葉もなく、目の前の男を見上げた。
ロトロアはシャルルがいることに驚きもせず、いつものように目を細めた。

立ち止まった少女をあっという間に衛兵が左右から取り押さえようとし、我に返ってシャルルは剣を構える。

と、その手首が背後からつかまれた。ロトロアだった。いつの間にかシャルルの背後に。いや、味方のはずの男にシャルルが警戒を緩めていたのは当然。
だとしたら、こいつの行動がおかしいんだ、と瞬き一つの間に思考を巡らせ、シャルルは怒鳴った。
「なにすんだ!ばか」

リシャールの言葉が思い出される。シャンパーニュとの関わりは伏せろと。つまり目の前のロトロアは見知らぬ他人でなくてはならない。
それは仕方ないけど、でも!どうして、僕を捕まえようとするんだ!
「放せ!」握り締めた拳に殴らんばかりに力を込め、振りほどこうとする。
シャルルの訴えに男は笑った。
「随分乱暴な騎士見習いだな、ヌーヴェルどの。雇い主の顔が見たいものだ」
あんただろうがっ!!
言葉を行動に変え、シャルルは遠慮なく廻し蹴りを放つ。
それもすんなり避けられ、ひねりあげられた右腕にシャルルはそのまま座り込んだ。
「なんで、だよ」
「大人しくしていろ」
耳元でささやかれれば、その意図を測りかねてシャルルは唇をかむ。

「助かりましたぞ、ロトロア殿。ベルトランシェの手のものらしいですな。無礼にも程がある。こんな子供を使いによこすとは」
ヌーヴェルは意外にも人の良さそうな笑みを浮かべロトロアに話しかけた。以前も同じことがあった。シャルルには冷たい視線しかよこさない大人たちも、ロトロアにはにこにこと笑みを作るのだ。それが嫉妬に似た苛立ちを生み、シャルルは黙り込んだ。
「ベルトランシェは異様な趣味がある、我らには理解できない。私ならこんな子供を使者には仕立てません。しかし、この時期に使者をよこすとは何か意義あってのことですか」
両腕を背後でつかまれ、シャルルはロトロアの声を嫌でも聞かされる羽目になる。すっかりふてくされて口はいつもどおり尖っている。偶然を装って思い切りかかとでロトロアの靴を踏んでやる。
反応は両手首をぎゅうと握り締められ手戻ってくる。うーと唸ってじたばたすれば、ロトロアの腕が首に巻きついた。身動きが取れなくなって結局身を捩っているしかない。
「衛兵」
ヌーヴェルの言葉にシャルルの目の前には衛兵が立ち、ロトロアは当然のごとく引き渡した。押さえられたまま縄を巻かれ、シャルルはがっくりと肩を落とした。恨めしそうに見上げてもロトロアはそ知らぬ顔だ。

どうしてくれるんだよ、捕まっちゃってさ。
素知らぬ顔でロトロアはヌーヴェルに話し続ける。シャルルが縛られている間、ロトロアは世間話でも始めるつもりだ。
「そろそろ、国王軍が集結を始める頃かと様子を見に来たのです。ヌーヴェル殿。ルーアンでも、この街でも。余程うまく事を運んでいるのですね。騎馬隊の一つも見かけない。あるいは。国王軍に援軍など始めから用意されていないのではないか、と誤解されかねない様子ですな」
「見物とは、ロトロア殿。悠長なご身分ですな」

ロトロアは何をしに来たんだ?僕の手助けなのか?
それとも別の目的があるのか。

「ロトロア殿。シャンパーニュ伯は今回ブルターニュに組していると聞きましたぞ?言うなればここ王領は敵地。単身飛び込むそこの小娘と大差ない無謀さに思えるが」
「ヌーヴェル殿、国王の使いを捕らえておいて、今更国王派は気取れないのではないですかな。言うなれば我らは同士。それともあくまで国王に味方するおつもりなら、その小娘は私が預かります。貴方は知らないことにすればいい」

シャルルは後ろ手に縛られ、今膝を床につけたまま見上げていた。
どうせならロトロアに預けられた方がましだろう。そうか、そういうことかとシャルルは密かにロトロアを応援する。丁度目の前にロトロアの獅子紋の剣があった。
「いや、外国の子供はこの街にとって有効な資源でな」
「売るおつもりですか」
「言葉の通じない異国ならば喉を焼く面倒もない。五体満足な子供の方が値はつくからな」
そうヌーヴェルは笑った。手を上げ衛兵に連れて行けと命じる。シャルルは頑固に踏ん張る面倒な飼い犬のように扱われ、部屋から引き出された。扉が閉まる寸前、こちらをちらりと見たロトロアと目があった気がした。

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