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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ⑩

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

10

ロトロアが宿の主人から買い取った息子の服をシャルルに与え、シャルルもいつも通りの自分に戻れたような気分で腰に剣をさす。
「さて、パリを目指すぞ。ここからなら、五日は覚悟が必要だぜ」
肩に乗せられた手をパチンと叩いて振り払うと、シャルルは「いいよ。ブランシュ様にロイのこと報告するつもりだし。ロイがいるかもしれないイングランドに行くには僕一人じゃ無理だしさ」
一緒に行くけど、昨日みたいのはだめだからね、と睨みつける。
肩をすくめるだけのロトロアはいつも通りのにやけた顔だから、承服しているはずもないが、ここからシャルル一人でパリへはたどり着けない。同行するしかない。
「大体、昨日は剣を身に付けていなかったのがいけないんだ」
と改めて短剣と長剣を確かめる。
「おいおい、殺されるのはたまらんな」
「触ったら斬る」
「一回やれば二回も三回も同じだろ」
ふわりと髪に伸ばされる手を、シャルルはひとっ飛びで避けた。内心密かに、いつもより必死で。
「違う!!あんた、そんなだから女にもてないんだよ!」
「ほう、お前が女心に詳しいとは知らなかったな。女に目覚めたのか、それとも、ロイに処女を捧げたかったとでもいうのか?」
すでにシャルルは剣を抜いている。
そんなこと、「相手は王族だぞ、僕みたいな身分の人間が相手にされるはずもないだろ!」と唸って斬りかかれば、ロトロアは笑って逃げ回った。
分かってない、分かってないんだ。
僕が、どんな気持ちなのか。
会いたいと願い好きだと自覚したロイに、恋人としての関係を期待したわけじゃない。だけど、裏切っている気分になるのは仕方なかった。こんな自分に腹が立たないはずはなかった。
再会できた時にロイはどんな顔をするんだろう。僕はどんな顔を、できるんだろう。
ロトロアの冗談に怒ったふりをしてごまかす。
本当は泣きたいくらい胸が痛むことは、なぜかロトロアにだけは知られたくなかった。


朝の風も、灰色のかすみに濁って見える遠い海も、晴天の明るさに今日は温かく感じられた。
ロンフォルトにまたがり潮風を背に受けながらシャルルはル・アーヴルを後にする。
通りは昨日と同じで、人々で賑わっていたが広場から街道へと進むと急に人影が少なくなった。
小さな石積みの排水路を渡るとそこから先は石畳もないむき出しの灰色の土が続く。畑や潮だまりのような沼が民家に混じりだし、街の城門が近づいたのだと分かる。緩やかな上り坂をじっとロトロアのブロンノの尻を眺めながら進む。その尻にクウ・クルがしがみついていて、こっちを見つめロンフォルトに飛び移ろうとするそぶり。
「やめとけ、馬鹿、落ちるぞ」とたしなめると、首をかしげた。
不意にブロンノが止まり、近くなった目標に、あっと声をあげる間もなく白イタチがジャンプ。ロンフォルトのたてがみにしがみついて、シャルルは慌てて手を伸ばして支える。
「シャルル、道を変える」
低いロトロアの声に前方を振り返れば、二、三軒の民家の屋根の向こう、ル・アーブルの城壁に松明が焚かれているのが見えた。それは青い空を黒い煙で汚していた。遠方の城塞や城に何か合図を送るのだ。さらにその向こうの山手にも、小さく黒い煙が見えた。
「なあ!あれ何!?」
「ノルマンディが動き出すんだろうぜ。シャルル、一度しか言わんぞ。よく聞いておけ。大河は天然の城壁に値する。地図を見てみろ。ブルターニュは北をセーヌ川、南をロワール川にはさまれている。おそらく、国王軍をロワール川沿いのオルレアンに引き寄せ、その背後にノルマンディー軍を配する。国王軍はノルマンディーを援軍だと信じているが、実際は違うわけだ。ルイに味方する振りをしながら、ヌーヴェル、いや、このノルマンディーは密かにブルターニュを受け入れている。泡よくば独立を勝ち取る腹積もりだ」
「裏切る、ってことか」シャルルは地図を取り出した。
大陸の北西部、このノルマンディーとその西隣のブルターニュ。確かに、両方に大河が流れている。
「ええと?」
ロトロアがうねうねした線で描かれるセーヌ川の先、パリを指差し、そこから真っ直ぐこのル・アーブルへとなぞってみせる。
「俺たちが向かう方角だ。国王軍は都市を中心に守備をする。最初にブルターニュ軍が狙うのはパリの西、オルレアンだ。ブルターニュからパリに攻め入るには、山岳地帯とロワール川との狭間に位置するこのオルレアンが要所となる。軍隊は周辺の街や村を焼き払い、物資を補給しながら進むのが普通だ。当然、国王軍も援軍を送り守りを固める。その援軍とはこのノルマンディーのことだ」
「うんと、山と河を楯にしたオルレアンの、右側からノルマンディーの援軍、のはずなんだね」
「そうだ。だが、ブルターニュは海路からノルマンディーと連携し、すでにノルマンディーは敵側だとしたら」
「そうか、オルレアンは挟み撃ちだ。正面からブルターニュ、気付けば背後にノルマンディーだ」
「お前の頭でも理解できたか」
シャルルは悔しさも忘れ強く頷いた。
地図に描かれたオルレアン、その背後に隠れるようにしてあるパリ。そこにルイがいて、ブランシュ様がいる。実際の戦争は見たこともないけれど、そう説明されれば彼らの側面が危機に面しているのだ。
「知らせなきゃ。ロイのこともだけど、それも」
「そう。だから、パリに向かう。で、シャルル。俺たちの動きと同時にノルマンディーも動き始めている。ほら、見ろ」
背後を振り返れば、遠く港には船が多数群がって見えた。
商業船なのか、漁業船なのか、あるいは。軍の船なのかは区別できない。けれどかすんで見えるそれをシャルルはじっと睨みつけた。
ぽんと肩をたたかれ、シャルルは振り返る。ロトロアが眩しそうに同じ方角を見つめていた。
「シャルル。ベルトランシェがどこまで疑っていたかは知らんが、お前をここに向かわせたのも無意味ではないと思うぜ」
「どういうことだよ」
「お前を利用したということさ。ノルマンディーの様子を探らせようとしているわけだ。そんなこと承知だろう。ブランシュが本気でロイを探そうとしているかすら、俺は危ういと思うがな」
「そ、そんなことないよ!ブランシュ様は、本気でロイのこと心配してるんだ!あんたには分かんないんだ」
「ああ、分からんね。行くぜ、街道は封鎖されるかもしれん。いつでも剣を抜けるように心して置けよ」
シャルルは素直に頷いた。いつも通りの少し軽い口調なのに、ロトロアの目は決して笑っていなかった。
遠く背後の港町から、教会の鐘の音が聞こえる。
それは何かの始まりを告げるようでもあり、シャルルはぎゅと腹に力をこめた。

***

「何の鐘でしょうね」
通常とは違う時間だと、青年が顔を上げた。被ったフードが海風をはらむ。
その傍らで今丁度港に降り立った男が、青年の見やる方を見上げ笑った。
「さあね、異国の教会は我が国とは違うのかもしれない。ああ、しかし。相変わらず、船は退屈だね。こうして人の行き交う陸に上がればホッとする。ノルフェノ、毛皮はどうした。天気がよくても海風は身体を冷やす。温かくしていなさい」
ヘンリー三世はすぐ横で荷物を馬車に積み込んでいる男に手で示し、男は黙ってノルフェノのための毛皮のケープを取り出した。
ありがとうございます、陛下。そんな青年の幾分幼い声は、港の喧騒と周囲の慌しさの中にあって、奇妙に響いた。それに呼応するようにヘンリー三世の語りかける声も優しく、会話する二人は荒れた波間に浮かぶ白い海鳥を思わせた。

男たちの掛け声にあわせ、船からは巨大な石弓の木材が下ろされていく。滑車がきしみ、何本もつながれた太いロープが十数人の男たちの手で引かれる。
商業船の多い港に、この異質な船は人目を引いた。遠巻きに漁師や船乗りが集まり始め、一人の老婆が近くにいた大柄な水夫に声をかけた。
「なんだい、あんたたちは。何を降ろしているんだい」
声をかけられた男は首をかしげ、異国の言葉で何か話した。
「ああ、イングランドの船なんだね、また、たいそうなものを持ってきたもんだね」
老婆は首をひねり、その言葉を聴いた周囲の漁師が「おい、なんだって?こいつら、なんだって?」と老婆に聞きたがった。
「ああ、イングランドの王様が領主様にお届けものだってさ。なんだろねぇ。この大きなもんは」
騎士見習いだの、吟遊詩人だの。おまけに今度は王様かい、と。老婆はここ数日の出来事に非日常の興奮を覚え、ふうんとしきりに頷きながら嬉しそうに歩き出す。
吟遊詩人の歌った海の歌の一節を、小さく口ずさみながら。

老婆がいつもの船小屋に向かって進むと、丁度領主のヌーヴェルの馬車とすれ違った。
ああ、と売られそうになった少女を思い出し、何となく見送る。
馬車はイングランドの船の前、大勢の衛兵の囲う前に停まると、転がるようにヌーヴェルが飛び出した。従者が馬車の扉を開けるのを待てない様子は滑稽で面白い。
「なんだい、なんだい。領主ともあろうもんが、情けないねぇ」
呟く間にも、衛兵の輪が領主に向かって入り口を作り。
その中から二人、背の高い金髪の男と、やけに厚着の青年が進み出た。
へこへこと領主が膝をついているのだから、あれがイングランドの王様ってことだね、頷く老婆はいつの間にか立ち止まっている。
ふわりと、風が吹いた。
ヌーヴェルが立ち上がるのと、若い従者のフードが風にめくれるのと同時だった。
柔らかな茶色の髪、色の白い優しげな青年が顔を覗かせた。
その容貌はどこか老婆の心を揺さぶった。なぜだろう、なんだろう。疑問を抱えたまま踵を返し、船小屋にと入ったところで、老婆は思い出した。
なぜだか知らないが、あの少女が言っていた探し人に似ている気がしたのだ。薄い茶色の勝った金髪、優しくて穏やかな少年だと。そんな大雑把な説明で、あの従者と合致した気がしたのは、やはり気のせいだと老婆は肩をすくめた。そんなもの、大勢いる。
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『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ⑪

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

11

わざわざ船で運んできた黒塗りの四頭立ての馬車に、ヘンリー三世はヌーヴェルを招待した。新しいばねを利用した車体はフランク王国のどこのものより乗り心地が良いのだと話した。
「まこと、これは素晴らしいですな」
ヌーヴェルが髭を撫で、感心したように眼を細める。その視線が傍らの従者に向けられていると気づき、ヘンリー三世は小さくため息を吐いた。
「二年ぶりか、お前のおかげで私は貴重な同胞を得た。ノルフェノ、かしこまらずともよいぞ」
「はい。陛下。ヌーヴェルさん、あの時はお世話になりました。貴方のおかげでこのように、素晴らしい主君にお仕えできます」
フードから顔をのぞかせた青年、ノルフェノは穏やかに笑って見せた。
ヌーヴェルが目を見開き、
「ああ、声が変わられたんですね。ちょうど、そういうお歳でしたね。あの時は随分弱っておられて、それこそ歩くこともままならないご様子でしたが。お元気そうでなによりです。先日の戴冠式にもお出になられたとか、いかがでしたか。私のようなものは、それこそ噂で耳にするくらいしかありませんので」
ああ、と。それはヘンリー三世が話を継いだ。
「これのために連れて行ったのに、熱を出したのでね。人ごみは避け、自室で休ませていたのだ。代わりに私は麗しい乙女を傍において観覧できたけれどね」
「麗しい乙女とは、羨ましい限りでございます」
「共にイングランドにと誘ったのだが、惜しいことをした。ノルフェノも憶えているだろう?ジャン・ド・ジョワンヴィルと同行していたリオネットという少女だよ」
「ええ……」
「リオネット(獅子の子)、ですか?」
ヌーヴェルが声を大きくしたために、ノルフェノの声は遮られた。
「なんだ、ヌーヴェル」
不機嫌に眉をひそめたヘンリー三世に、ヌーヴェルは顔を近づけた。
「あの、リオネットとは、リオン(獅子)とも呼ばれる、騎士見習いの少女のことですかな」
国王とノルフェノが顔を見合わせるから、ヌーヴェルはさらに続けた。
「数日前、リオンと名乗るベルトランシェの使いが参ったのでございます。ロイと言う少年を捜していると」
ヌーヴェルは馬車が城に到着するまで、シャルルのことを語って聞かせた。
「なぜ、私に売らなかったのだ」と憤るヘンリー三世に慌てて弁解をしつつ、ヌーヴェルはまだ、この近辺にいるはずだと告げた。


この城で最も広く、清潔な客室に通され、ヘンリー三世は身の回りの世話をしようとする数人の女中を追い払った。
荷物を片付けようとするノルフェノに、「お前も何もしなくていい。こちらへ。聞かせてもらいたい、ノルフェノ、いや。フィル。なぜリオネットがお前を探すのか。ランスで出会ったのも、偶然とは思えない」
と、厳しい表情で青年を見つめた。
窓辺に立ちつくす国王に、ノルフェノは膝を折る。
それでも、思いつめた表情のまま、ただ床を見つめるだけ。
「言いたくないのか?フィル、お前が宮廷の保護から逃げ出し、この街に逃げ込んだ、その理由は聞いていない。亡きものとされたお前のことは不憫に思う。だから、こうして傍に置いている。私に隠し事はするな」
真っ直ぐに見つめるヘンリー三世の瞳を、数秒間黙って見つめた後。青年は語り始めた。
二年前の秋。自分に何が起こったのか。

シャンパーニュの騎士に追われ、逃げ込んだランスの街。そこで知り合ったシャルルという少女。捕らえられ、自らがすでに亡き者であること、王位継承権も奪われ公の場に姿を現すことも出来ない存在なのだと、知らされたこと。
詳細を知るはずもないが、シャルルは捕らわれの身の自分に同情し助けようとしてくれた。一緒にランスを出ようと約束したものの、果たせずに一人旅立った。
「探しているとは思いませんでした。先日、ランスで彼女の存在には気付きました。ですが、私はもうロイでもフィリップでもありません。敢えて名乗ることもないと思い、黙っておりました。陛下に隠し事をしようとしたのではありません」
語り終え、静かに視線を自分の膝に落とす青年。その手をヘンリー三世がとり、立ち上がらせた。
「ノルフェノ(孤児)だなどと、冗談めかした呼び名を好んだ。私はお前が不憫でならない。お前がリオネット、いやシャルルを望むなら、手に入れてもいいのだよ」
自分と十以上も歳の離れたロイを、ヘンリー三世は弟のように可愛がっていた。
家族の愛情に恵まれないのは、互いに似ているように思えた。
ランスから真っ直ぐ、一人北に向かったという少年。熱にうなされ、やつれた様子のロイが、決してパリには戻りたくないのだと懇願した。自分を捨てた王国に残りたくないのだ、だからイングランドへ渡りたいのだと。その姿を今も鮮やかに思い出し、ヘンリー三世はその髪をなでた。
「お前、また熱があるね。良いから休みなさい。シャルルのことは調べればすぐに分かるはずだ。中々腕の立つ子だよ。お前にもあの施療院での戦いを見せたかったな。リオネット、獅子の子の呼び名に相応しい」
「陛下」
珍しく、声を少し大きくし主君の言葉を遮ったノルフェノに驚き、ヘンリー三世は言葉を飲み込んだ。
「私には、陛下のご紹介くださったエリン嬢がいらっしゃいます」
真っ直ぐ、穏やかな美しい笑みを向けるノルフェノにヘンリー三世は一つ息をついた。
「生真面目な。どうせまだ会ってもいない。少し早すぎたかもしれないと考えてもいる。第一、リオネットとは結婚するわけでもない。まあ、いい。お前は自分の体のことだけを考えていれば良い」
深々と頭を下げ、ノルフェノは隣接する自室に退いた。
しなやかに細い身体は十五歳という年齢の少年にはそれほど特別という感じはないが、幼い頃からの病弱を思えばやはり健康な子供とは違うのかもしれないと、ヘンリー三世は思う。時折見せる思いつめた表情に、もしや自分の境遇を呪う憎悪が隠されているのではないかと感じられた。幼い頃から死と隣り合わせに生きてきたその感覚はヘンリー三世には理解しがたい。周囲の勧めるまま遠縁のエリンと婚約させたが、今は多少の後悔と迷いが顔を覗かせていた。
リオネットを思い出した。
言いたいことを言い、笑い怒るだろう少女は、ノルフェノには少し眩しすぎるのだろうか。
あるいは逆に、影を振り払い心の闇に明かりを灯す太陽になりうる可能性もある。その暗がりに何があるのか、照らしてみなければ分からないではないか。
ヘンリー三世は女中を呼び、着替えをさせながらどうやってノルフェノに太陽をプレゼントしようかと思案を始めた。

『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ⑫

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

12

セーヌ川を右に取り、道ではない林の中を進んでいたシャルルたちだが、まだ日の高いうちに留まることになった。
身を隠してくれる林は次第にまばらになり、遠く見えていた台地が今はすぐ近くに見える。川沿いの平地は遡るにつれ狭くなり、左手の街道が川に迫れば必然的にシャルルたちの隠れる場所はなくなっていく。
林間にちらちらと見えていた街道と右手のセーヌ川とはその先の橋で出合うべくしてつながっている。橋が封鎖されているためか、商人や農民らしき人の荷馬車が街道にひしめいていた。

「ロンロン、どうするの?橋は、ほら、衛兵が封鎖しているし、でも街道を渡れば目立っちゃうし」
「夜、だな」
「ここで、待つの?」まだ日は高い。
「通してって頼んでさ、ダメだったら、力づくとか」
ロトロアは黙ってシャルルを見下ろした。
獅子はタテガミをくるくると指先でかき混ぜ、首をひねると「怖いの?」と、笑った。
その挑戦的な視線にわずかに溜息を漏らし、「それだから、売られるような羽目になる。短慮にも程があると。ま、ここにリシャールとローレンツがいたら言うだろうな」と。にんまりと笑った。
「て、ことは?」
「橋を守るのがどの程度の者たちかは分からんが、通常、騎士がそんな仕事をするとは思えんな」
「じゃあ、下っ端だ」
「ほら、見てみろ。街道の封鎖で、大人しく戻るものもいるが多くは不満げに残っているだろう。商人や農民にとって、街道の封鎖は死活問題だ。そう簡単に従うものばかりじゃないのさ。行くぜ、シャルル」
「おうっ!」
「お前、もう少し可愛い返事は出来んのか。昨夜みたいな」
「うるさいっ!」
イタチの剣を振り上げるシャルルに、ロトロアは笑って、馬を駆る。
街道では進まない人々を掻き分けて、大柄な商人が一人、馬と荷物を引きながら強引に前へと進み始めた。
それを迷惑そうに見送る農民の親子がいれば、自分もと、乗じて後に続く若者もいる。
「どうなっているんだよ。邪魔だぜ、お前ら」
怒鳴りながら集団の先頭を切る商人に、脇から騎馬が二頭加わった。
商人は驚いた様子で身構えたが、ロトロアが「橋が封鎖されているらしいな、昨日までは通れた橋だろう?」と笑いかけたので、商人は怒らせた肩を下げて鼻息を荒く吐き出した。
「そうでさ、俺は今朝この橋を渡って港に商品を届けたんだ。今日のうちに売り上げを持って帰らなきゃならん。家で子供が待っているんだ。港で買った新鮮な魚を食わせてやると約束したんだ。腐っちまう」
「ほう、それは困ったことだな。我らも急いでいるのだ。多少、強引な手を使ってでも通るつもりでいるが。その隙にお前がすり抜けたとしても、誰も咎めはしないだろうな」
男は、馬上の騎士を見上げ、それから大きめの口から歯を見せて笑った。
「そりゃいいや。あんたらより先に橋を抜けたとして、恨みっこなしですぜ」
「ああ、もちろんだ」
「それなら、僕も」と、ついてきていた若者が、手を上げた。
ロトロアが振り返れば、多くの真剣な視線を受け止める。
「いいか。我らは我らの好きなようにする。お前たちもお前たちの責任で行動しろ。お互い干渉はなしだ。結果、損をするものも得をするものもいる。納得できる奴はついて来い。巻き込まれたくない臆病者は、ここに残って近づかないことだ」
彼らの返事を待つこともせず、ロトロアは馬を正面に向かせた。
遠目にも馬上の騎士二人は目立つ。
向こうで橋の手前に立ちはだかる衛兵が、慌てて槍を構えた。

衛兵は五人。橋の手前で槍を構える彼らから見れば、大勢がまとまってこちらに向かってくる。先頭に白馬と栗毛の馬が二頭。騎乗しているのは騎士とその見習いに見える。
「待たれよ!この橋は通れませんぞ!ご領主ヌーヴェル様のご命令です!」
ロトロアの前で長槍を交差させる二人の衛兵。その背後に立つ年長の衛兵が叫んだ。
「さて、俺にヌーヴェルが命令など下せるものなのか、まあ、お前に聞いても仕方ないなぁ?」
すらりと剣を抜き放つロトロア。手にしたのは戦闘用の幅広の剣。シャルルもしっかりイタチ剣を構えている。並べば華奢なそれは、体の小さい騎士見習いには妙に似合い、その肩にいた本物の白イタチが慌てて荷物袋に逃げ込んだのを視界の端に収め、ロトロアは馬の腹を蹴った。
地上では誰よりも素早いシャルルも、馬上ではまだ素早いとは言えない。
それでもロトロアの動きに合わせ、ロトロアに向けられた長槍の一つを剣で叩き。折れはしなかったものの、持ち主は手を痺れさせ取り落とした。武器のない衛兵が慌てて腰の剣に手を伸ばすときには、目の前に馬の脚。避けるのが精一杯で、地面に転がった。
すぐ次に切りかかってきた兵の槍は、一瞬馬から落ちたかと見違えるほどぐるりと身体をひねり、避けた。と、すぐさまその手元を狙って剣で薙ぎ払う。叫び声と供に生暖かい渋きが頬に散った。手首を切っちゃったかな、うへ、と一瞬ひるむが、左方を見ればロトロアは剣で突き通した兵の身体を、煩そうに蹴りつけて血に濡れた剣を抜いたところだ。
その野蛮さはぞくぞくとシャルルの心をあわ立たせ、ぎゅと自然握る剣に力がこもる。
と、脇を先ほどの商人が、荷車を馬に引かせ駆けぬけた。ロトロアに切りかかろうとした衛兵の最後の一人は、それに驚き、街道に尻餅をついた。
座り込む男の周囲を、橋に向かう農民の親子が足早に駆け抜ける。無意識に伸ばした衛兵の手が一人の子供の手を掴んだが、その脇に立つ父親が慌てて殴りつけ。わが子を取り戻すとまるで何事もなかったかのように先を急ぐ。
殴られ、地に転がった衛兵を、五歳くらいだろう少年が振り返る。
その視線がシャルルの脳裏になぜか印象的だった。

街道は比較的なだらかな丘陵地を通っている。橋を渡ってからはしばらくセーヌ川は唸る鞭のように北へと湾曲し、街道からは見えなくなった。いくつかの村を過ぎたムーリノーというところで、再びセーヌ川の存在を認めたときには、シャルルたちは台地の上から夕日を弾く川面を見下ろす位置にいた。ロトロアの説明ではセーヌ川はこのル・アーヴルからルーアンにかけてが最も蛇行が激しいらしい。
はるか崖下のセーヌ川。左岸には高い崖が続く。その先は遠くて見えないがロトロアの話ではルーアンの方角へと続くらしい。ルーアンに延びた川はまたぐるりとシャルルたちの街道に近づき、街道の少し先にあるオワセル村で再び橋をわたることになる。

「遡上する船よりは馬の方が断然速い。先ほどわたったダンカル村の橋から次のオワセルまで、馬の速足なら半日ですむ。遡上する船なら一日はかかるだろう」
「じゃあ、ブルターニュの軍もまだずっと下流ってことだよね」
「ああ、これで一日は稼いだな」
「稼いだって?」言葉の意味というより。シャルルはロトロアが何を目的にしているのか、今更ながら理解していない自分に気付いた。
「あのさ、あんたはシャンパーニュ側の人間だよね。今パリに向かうのってさ、いいの?ルイの敵になってるんじゃないのか?」
ふん、とロトロアが馬鹿にしたように笑う。予想の範囲内の反応なのに、腹立たしいのはなぜだか。
「べつにさ、いいけどさ。どうだってさ!」
「ああ、ほうっておけ」
シャルルは夕日に目を細くし、渋い顔で口を尖らす。納得は出来ない、だけど、教えてくださいとも言いにくい。ロトロアとはいつもこうだ。どこかでいつもはぐらかされる。
「この先の橋もやっぱり封鎖されてるんだろ。どうやって行くつもり?」
強引に話題をそらした。
「なんだ、さっきの勢いはどうした」
「僕はそんなに急ぐ必要ないのにさ、一日稼いだとか、あんたの都合で急いでいるんだろ。理由も教えないくせに、僕をそれにつき合わせるつもり?お腹すいたし、休憩だよ。もうすぐ日も暮れるしさ」
巧みに話題を元に戻した少女に、ロトロアは肩をすくめ。
「やけに理屈をこねるな。まあいい。ほら、見てみろ。松明を焚き始めたから見えるだろう?先ほどの橋にはまだなかったが、ここには土嚢と柵が張られている。周囲は崖だし、そう簡単には通れないぜ」
「だから、休憩。なあ、お前もお腹すいたよな」
胸元にしがみついてじゃれるイタチにシャルルは味方を得ようとする。
ロンフォルトまで不意に立ち止まり、鼻を鳴らした。休憩だ、といわんばかりに。

『La croisade de l'ange 3:Le havre』 ⑬

La croisade de l'ange Chapter 3 『Le havre:ル・アーブル、港に詩う』

13

ジャンへの手紙が手元に届いた時、それはすでに封を解かれ、ただの小さな羊皮紙になっていた。それをテオバルドに手渡されたジャンは、大きな目を真っ直ぐ主君に向けた。
「今朝、お前宛に届いたものだよ。お前の言うとおり、ブランシュ様はロイを探そうとしているらしいね」
テオバルドは口元をわずかに緩め、機嫌の良い様子で膝をつく少年に語った。
「そこにあるように、ノルマンディーに手がかりがあるんだろう。お前の代わりにサールに行かせたよ」
声にはならないが、ジャンの口が「え」と開いた。
窓から入り込んだ湿気を含んだ風に少年の黒髪が震えた。
「今、我らが表立って王領のノルマンディーに向かうことは出来ない。それはお前も承知だろう?だが手紙につられたシャルルが向かっているかもしれないし、ロイの行方も気になるところだ。ついでに、国王軍の様子も分かれば便利だからね。ジャン、心配しなくてもシャルルにはすぐに会える。こちらに呼び寄せることにしたんだ」
長い睫毛の下からちらりと少年を見下ろすテオバルド。反応を試されている気がし、ジャンは内心首をかしげた。
手紙の件はどうでもよかった。もともと、ブランシュとテオバルドをつなぐ役目と心得ていたから。ただ、シャルルを呼び寄せるという意味が分からない。
そんなことを何のためにするのか。シャルルが手紙を見たのなら、喜んでノルマンディーに向かっているはずなのだ。

「畏れながら、シャルルを呼び寄せるというのはどういうことでしょう。ティボー四世陛下」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにテオバルドは目を細めた。
「ロトロアが気に入っているらしいんだよね。お前の言う、シャルルって女を。私も会ってみたくてね。私はロトロアにとって大切な主君だから、私が所望すれば当然、女くらい差し出す」
「あ、あの。それは」
「お前は、賢いようでお馬鹿さんだな。私が言っているのはね、ロトロアが女なんかにうつつを抜かすのが我慢ならないってことだよ。あれは私に尽くすべき存在なんだよ。だから女をよこさないならリシャールを差し出すように命じてある。シャルルはフランドル伯の娘だという話じゃないか。丁度いい人質にもなるしね。これならロトロアにも文句は言えないね。今回ばかりは、私の勝ちだな」
ジャンは、いつの間にか唇をかんでいた。
「ロトロア様が、悲しまれます」
間をおいて紡いだ言葉には、選び抜いた感がある。シャルルを庇えば怒りを買う。主君の嫉妬に似た行動を責めれば返って逆効果。吟味した結果、テオバルドのロトロアへの気持ちに訴えることにしたのだ。
「ジャン、お前が口にすべきことじゃないよね。お前もシャルルにロトロアを取られれば面白くないだろう」
「あ、いえ、シャルルとは、その」
ごほんと、テオバルドの脇に控えていたダンデルトが咳払いした。
ジャンはそれを警告とみ、口を閉じる。
ダンデルトはジャンの指導をしてくれている、最年長のセネシャルだ。シャルルとのことやブランシュ様の様子などすべて彼を通じてテオバルドに報告されていた。まだ、ジャンが直接ティボー四世と話ができる機会は少ない。

「ジャン、シャルルがなんだい?」
「あの。友達に、なりました」
口に運びかけた水を飲み損ね、ティボー四世はむせた。
慌ててダンデルトが駆け寄り背をさする。
「お前、まあ、ああ、お前も子供なのだし、そういうこともあるか」
ティボー四世はこの件をジャンに話した自分の短慮を恥じた。黙って顎に手を当て、うむと唸る主君に、ジャンはますます恐縮し、「あの、ランスで供に行動したんです、それで、無謀なところもあるけれど真っ直ぐないい子で」と、主君の隣でダンデルトが目を覆うのも分からないくらい慌てていた。
「よい、ジャン。お前には別の任に当たらせる。今回の開戦に先立ち、重要な伝令を頼みたい。お前はノルマンディーのことやロトロアのことは考えなくとも良い」
「あ、あのっ」
「ジャン。お前も、私に仕える身であること、忘れるな」
その一言は、常にどの臣下の口をも閉ざす力がある。
ジャンにも例外でなく、顔を真っ赤にしたままうつむいた。ティボー四世が「下がりなさい」と冷ややかに告げるまで、ジャンは身動きもせず唇を噛んでいた。

私は間違っていたんでしょうか。
ジャンの真っ直ぐな問いに、ダンデルトは溜息で答えた。
そこはダンデルトの私室。他に聞くものもない。
黙っていつもどおりダンデルトの部屋の隅に置かれた自分の机で書類の整理をしていたジャンが、ダンデルトを出迎えての第一声だった。
すでに日が暮れ、ランプの炎に少年の睫は揺れているように思える。
「ジャン・ド・ジョワンヴィル。ティボー四世陛下がコルベイユで下した結論は、知っておるな」
ジャンは膝をついて頷いた。
「はい。シャンパーニュは、国王陛下に対し宣戦布告し、ブルターニュに協力するのだと」
「うむ。あの会合で、ブルターニュの計略に嵌められたのじゃ。ロトロア殿はそんなものと突っぱねたらどうかとお考えだったが、マルシェ伯やブーローニュ伯、大勢が渋々モークレールに対し協力を約束し、考えた末の結論だった。ロトロアどのはいつもの調子でティボー四世伯が決めたことなら文句はないと笑っておられたのじゃが」
腕を組んでわずかに遠い目をしてダンデルトは続けた。
「但しルジエは巻き込むなと、そこは強く求められてな。ティボー四世様は承知したもののロトロア殿を側に置けないのが面白くない。それで、ラン伯の持ち込んだシャルルの噂話にあのような戯れを考え付かれたのだろう。ラン伯はロトロアが事あるごとにティボー四世様に重用されるのを妬んでおったからな。まあ、ロトロア伯のこと、ティボー四世様に本気で歯向かおうなどなさるはずはないが」
ジャンは口を閉じたままだった。その無言が、抗議と感じられたのかダンデルトは続けた。
「ジャン、お前が友人のシャルルを心配する気持ちは分かる。わしもシャルルがこちらに送られたなら、力になるつもりじゃ。ここは耐えるのだ」
「シャルルはフランドル伯の血を引いていないのだと聞きました。そのことで随分傷ついていました。それはそうですよね、孤児として生きてきたシャルルにはフランドルの血を引くことが唯一の救いだった。誇りだった。それが違うのだとリシャール様に告げられ、泣いていました。なのに、今更それを理由に自由を奪おうとするなんて、僕は、悔しくて。ティボー四世様とロトロア様の間のことなのに、シャルルを巻き込むのはおかしいと思うんです」
自分も何度か不自然に瞬きを繰り返し、ジャンはうつむいたまま目を擦った。
「ジャン。すまんな。子供を泣かせるような方法が、良いもののはずはないのだが」
「シャルルのこと、僕が守ります」
「ジャン、お前はこれからブランシュ様に会いに行くのだ。これは命令なのだ」
ぐ、と珍しく反抗心を視線に含め顔を上げる少年に、ダンデルトは白い髭をなでた。
「ジャンよ。お前はセネシャルを目指すのじゃろう。時に主君は我らの想像を超える行動を起される。それでも理解し成功に導かせようとするのが、我らの役割。戦いを挑もうとする最中に元王妃への密通。何を意味するのか、わしにも分からん。分からんが、命令には従うしかあるまい。大人の伝令が行けば危険も多い。子供のお前ならば、相手も油断することもある。その上ブランシュと密約を結んだお前ならば安心と、そういうお考えだろう」
「それが、シャンパーニュのためになること、なんですよね」
ダンデルトは黙って頷いた。
「もし、もし、シャルルがここにつれてこられることになったら、お願いします。元気で男勝りで乱暴で。強そうに見えるけど、中身は優しい女の子なんです」



ざわざわと草を鳴らす夜風に混じる何か異質な音を、シャルルは聞いた。
寝転んだまま、枕もとの白い生き物がわずかに揺れるのを認め、それからゆっくりと頭だけ起してみる。
「起き上がるな」
背後の声にびくりとし。それがロトロアだと思い当たれば、「なんだよ、ビックリするだろ、ばか」と悪態を囁き返す。
離れた場所で寝ていたはずなのに、すぐ脇にいるのが意味もなく腹立たしいが、起きるなという理由が何か別のものであることに気付いてシャルルは再び耳を澄ます。白イタチはすでに立ち上がり、シャルルの目の前で向こうの様子を伺っている。
林の向こう、街道を馬と馬車らしきものの駆け抜ける音がした。
多い。
「軍隊?」
「違う。あの速さで走れば歩兵がついて来れないだろう。十一騎、程度だ。騎馬と馬車が二台。この時間に街道を行くのだ、商人や旅人ではないな」
すでに走り去ったそれを少しでも見ようと、シャルルは今度こそ起き上がり木立の間に街道を探す。
朝もやに濁され始めた早朝の闇に騎士の甲冑らしき輝きを認めたが、それはすぐに小さくなって消える。
「後を追ってみる?」
興味のまま提案し、シャルルは一つ伸びをして早朝の空気を吸い込んだ。
「お前は。余計なことに首を突っ込むな、といいたいところだが。あいつらが橋を渡れるものなのか、渡れないものなのか。後者なら、どさくさに紛れてすり抜けられるかも知れんな」
「じゃ、決まり!行くぞ、クウ!」

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