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『La croisade de l'ange 4:Paris』⑦

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』



シャルルが馬車に戻り、ロンフォルトを解放し乗り込んだ時には、すでにこちらに不利な情勢が明らかになっていた。逃げ出そうとする近衛騎士の従者たちとすれ違いながら、シャルルは戦場を見つめる。馬のない従者を追いたてようとする騎馬に立ちふさがる。
子供、しかも見習い騎士とみて、相手ははん、と一声。一気に長槍を突き出してきた。
シャルルはそれをすり抜け、間をつめる。視界のすぐ左に槍の柄を感じながら、イタチ剣の硬い柄ですれ違いざまに敵馬のこめかみを殴りつける。
長すぎず、重過ぎない剣はシャルルの手首に何の負担もかけず。さらりと切り返しそのまま、敵のわき腹を薙ぎ払う。
致命傷にはならなかっただろう。
かまわずその場を駆け抜ける。
遠い前方、ラン伯らしき姿の見える敵の主軸は旗を天に突き立てたまま、こちらを眺める余裕があるのだ。シャルルは馬上から睨み付けた。

ラン伯、あのじじい!
と。そのわきに見たことのある顔があった。
「リシャール……?!」
あ、そうか。ルジエがシャンパーニュに属するということで考えれば、そこにリシャールがいても不思議ではなかった。
それでも、今はロイを護る。
シャルルは一瞬心にわいた迷いを振り払い、馬に拍車をかける。
「行くぞ、ロンフォルト」

飛び出してすぐ、確認しておいたベルトランシェの位置に近づく。脇から、ベルトランシェを狙う敵兵の馬を切りつけた。長槍を持つわけでない、大人の騎士たちに比べてより近づかなくては戦えないシャルルは、とにかく手の届く範囲から狙う。
キギに言わせれば、戦場で得た馬は戦利品となるから、殺してしまったらもったいない、ということらしいけれど。
戦利品のために戦っているわけじゃない。
だとしたら、シャルルはかまわず馬だろうが牛だろうが。斬る。
暴れる馬は、敵兵の攻撃を抑える役目も果たす。落ちかけ、しがみつく敵の脇腹に剣を突き立てる。そこは、甲冑のつなぎ目。失敗すれば自分の剣を傷めるだけでない、衝撃で剣を取り落とせば一気に不利になる。
集中するあまり、耳に入る音、目に映る全てがまるで視界を遮られた馬車馬のように集約され狭まっている。逆にそれだけ集中したシャルルは冷静だった。
わずかな隙間に差し込む剣。そこから血肉の、そして骨の感触まで。感じつつ、逃げずに刺しきった。そしてすぐに抜く。
倒れ落ちるそれから、馬をそらせる。
頭上に感じた音で、盾を構え。不安がるロンフォルトを制しながら、矢の雨を振り払った。
先ほどの兵の血が、はらりと宙に散り風に舞う。幸い風の強いこの日。上空高く上がった矢もその勢いを失う。
ロイたちの馬車を背後に意識したまま、ベルトランシェを探す。騎士団長はちょうど今、向かってきた歩兵を鞭で倒した。海の生き物の触手のように伸びては敵兵に絡みつき、引き付けて剣でとどめを刺す。迷いなく、素早いベルトランシェがまるで戦いの女神のようだ。
あ、女じゃないけど。
そんな思考をしつつ、シャルルも子供とみて突っかかってきた歩兵を、文字通り蹴散らした。
「ベル!どうする!これじゃ、勝てない」
シャルルが叫べば、ベルトランシェはにやりと笑った。
「聞きたくないことをはっきり言いますね、お前は。この先の橋まで逃げられれば、何とかなります。陛下の退路を確保しますよ、お前は馬車についていきなさい」
「ベルは!?」
「私が残らなくて、どうしますか」
だって、残ったら。
振り返ればラン伯の主力軍は悠々と並んだまま近づいてくる。それはまだ、波のような多勢を残したまま。こちらが全力で戦っているのに、向こうはまだ主力を控えているのだ。数が違いすぎる。かなうはずもない。

「僕じゃ、パリまでの道がわからないよ!」
「行きなさい。そんな怪我ではここでは役立ちません、せめて命を懸けて、陛下、いえ。ロイ様を守りなさい」
強い視線にシャルルはうなずいた。
このまま、この場を逃げ出していいのだろうか、それでは、残った人はみんな死んでしまうのではないか。ベルも。

胸を締め付ける不安を振り払うように、シャルルは目の前に見えるルイの馬車に駆け寄った。
先ほどの近衛兵が御者台で腕に矢を受けながら、走らせようとしている。
シャルルはその脇に馬を並べ、援護する。
「あちらの、街道の先に」
と。風に何か。違う音が混じったことに気付いた。
今シャルルたちは、東からくる軍勢から逃れ南に向かう。その向かう先からラッパの音が聞こえる。
甲高く。
南は、パリだ。

シャルルが目を凝らすと。
百合紋のルイと同じ旗を掲げた、騎馬が先導し駆けてくる。街道をはみ出し、広がった軍勢、千騎はあるだろう!
先頭にいた一騎に見覚えがあった。
その男は軽装のままだったが、肩と腹に皮のあてをして、腰に二本の剣。黒い髪を肩のあたりで縛った、騎士。
ロトロアだった。

「援軍だ!」
叫んだのは御者台の近衛騎士だった。そうと聞いてシャルルも、そうか、ロトロアも国王の旗を掲げるからには、援軍なんだ。と、改めて認識する。
その不思議な安堵感を、どう表現していいのかシャルルには分からない。
ロトロアの白馬ブロンノを見ると迷わず駆け寄る白イタチの、そんな姿を思い出していた。
援軍だ、という響きは口々に広がる。近衛騎士団、その従者、だれもがその言葉を口にし、期待と安堵を入り混じらせる。
ベルトランシェも振り返った。
すでに、ロトロアを知らない人間にも、その騎乗の人物の容姿がはっきりと分かる距離になっていた。
ロトロアの振りかざした旗に合わせ、二人乗りの珍しい騎馬が数十頭、速度を上げて軍勢から抜け出し、駆けていく。シャルルはそれを見送った。それらは最前線まで行くと騎士の背に乗せていた弓兵が飛び降りた。あっという間に一列に陣営を敷き、盾を並べた背後から弓を放つ。
散らばっていた敵兵は、後から駆け付ける騎士にその攻撃をふさがれた。
「シャルル!俺のブロンノは」
「あんた、怪我は!?」
「お前も同じだろう!歩けもしない癖に、ほら、お前は下がってろ」
シャルルはブロンノに乗り換えるロトロアを見つめ、その後についてベルトランシェのもとに戻った。すでにルイの馬車は新しく到着した騎兵たちに守られている。
ロイも大丈夫だ。

ロトロアはベルトランシェに、手にしていた旗を渡した。
「後の指揮は任せるぜ」
「いや、ここはあなたが。相手がラン伯ならばなおさら、手柄としておきなさい」
ロトロアは、にやけていた口元を引き締めた。
「敵なれどわが叔父。それでも、任せるつもりか」
「それだけではありませんよ、あなたの親友もいます。陛下に訴えた願いをかなえたいのなら、そのくらい捨てる覚悟は必要でしょう!」
ロトロアのどこかまだ余裕のある口調に比べ、ベルトランシェは顔色一つ変えず突き放した。
親友。リシャールのことだ。
聞いて、ロトロアは改めて敵陣営を見つめた。
すでに軍勢で勝るこちらが有利なのは明白。ラン伯の軍は崩れ始めていた。



陽は西に傾き、夕闇があたりを包み始めていた。
嫌なくらい赤い空を背に、敗色が濃厚となったラン伯の軍勢は、ほぼ壊滅の状態だった。
陣営に焚かれた松明に照らされ、ロトロアとベルトランシェ。そしてその背後に座るルイ九世の前に。
ラン伯とその側近が、兵に囲まれ立っていた。
シャルルも馬から降りて、風が強いからと、ロイと御者台に並んで座る。
まるで、コルベニーでシャルルが戦わされたように、今残り少ない敵数人を囲んで円が出来上がっていた。

ラン伯は、愛馬にまたがったまま白い髪を自らの血で赤く染めていた。それでもふてぶてしいほどの視線を。目の前の甥に向けていた。その脇には、同じように馬に乗り、じっと、剣を抜きもせずにリシャールがいる。リシャールの視線はロトロアに向いていた。
なぜロトロアが国王軍にいるのか。
それが見つめる視線に表れているようで、シャルルは息苦しかった。
親友だと聞いたし、仲が良かった。それは、シャルルにも思い出す情景がたくさんあった。いつも、笑って肩を組んだり冗談を言い合ったり。あの冷静なリシャールが、ただ一人ロトロアには年相応の顔を見せていた。
その二人が向き合っていた。

ロトロアがゆっくりとブロンノを前に進ませた。
「裏切り者が、わが血族にお前のようなものがあるとは、情けない限りだぞ、ロトロア」
ラン伯の声は怒りに満ちていた。
「お前のために我がシャンパーニュが失われるのだぞ!分かっておるのか」
ロトロアはふ、と。笑った。
「叔父上。町も土地も、失われるわけではない。シャンパーニュの軍勢は未だ動いてはいない。今ここで、ルイ九世を襲ったのは単なるランの反乱とみなされる。ランを率いて反乱を起こし、無謀な戦いの末に領地を没収されるのは叔父上、貴方の責任でしょう。大体、叔父上。貴方がここで周辺を巻き込んだ争いを起すのは、テオバルド様のご命令でしたか」
ラン伯マルコは白いひげを震わせ、手にした剣を今にも振り上げそうな様相を見せる。
ロトロアは面白げに続けた。
「違うでしょう?慎重に事を運ぼうとしたシャンパーニュ伯の意思に反した行動、もはや誰も護りはしない。いずれ、シャンパーニュは宮廷と手を結ぶ。今、ジャンが橋渡しの重要な任について、シャンパーニュに向かっているところです。背後にシャンパーニュを味方につければ、ルイ九世は安心してブルターニュを討てる。これは、摂政ブランシュ様とクリア・レギスのご判断。ひとまずシャンパーニュと剣を交えることは避ける方向であると。よろしいですかな、陛下」
ロトロアは、背後に控えるルイ九世を振り返った。
ルイは肩を竦め。
「お前の策略通りと言うところだな、ロトロア。お前がクリア・レギスと母上を説得できるならばと思っていた。ラン伯マルコ。シャンパーニュとは同盟を結ぶ。私にラン伯領を差し出すことが条件になるだろう。ここにこうして、我が命を狙うお前がいるのだから、いずれお前の所領は私のものになる。シャンパーニュ伯に断る理由はない」
むう、と。ラン伯が唸り、背後にいた数名の騎士のうち一人が舌打ちをした。
「つまり。今後、ランは我が王領となる。心配しなくてもよい、私と契約を結んだロトロア伯が治めることになる」
ラン伯マルコの顔が曇った。
「貴様、謀ったか!」
叔父の唸りを手で制し、ロトロアは高らかに笑った。
「叔父上。ご安心を。領民は喜びますよ。そして、亡き我が父も」
ロトロアは、封じてあった緋色の剣をゆっくり抜いた。わずかに、リシャールに視線を流す。リシャールはふと、目を細めた。

「覚えておられますか。この剣は我が両親の命を奪った、賊の剣。我が両親はシャンパーニュに向かう途中、何者かに襲われ命を落とした」

風がロトロアの髪を揺らした。シャルルは初めて見たが、なまくらだと思っていた緋色の剣はとてもきれいに磨かれ、手入れされていた。ぎらぎらと艶めかしいくらいの光を弾いている。
封印されていた緋色の剣。柄にまかれたなめし皮が赤黒いのは。それを緋色と呼ぶ理由は、流された血の色からくるのか。シャルルはごくりと唾を飲み込んで見守った。

「剣には何の印もなく、ただ血塗られ捨てられた。盗賊なれば高価な剣を捨てるはずはない。では何故、賊は剣を捨てたのか。それは持っていてはならないからです。持っていることで、わが両親を殺したという事実を突き止められてしまうから。逆に言えば、今も私の周囲にある者、近くにいる者が犯人なのだと」
剣はまっすぐ、ラン伯を示していた。
「叔父上。あの日、別れ際に父は私にこう言った。もし、自分が命を落とすことがあっても、弟である貴方だけは頼るなと」
「何を言う、証拠など何もない!お前の父のような方法では町は廃れる。力をもって周辺を制する。お前の父は領主として当然のことができない臆病者だった。海をほしがり、フランドルに媚を売ってまで港に出ようとした」
と。言葉はそこで途切れた。
傍らにいた、リシャールが。ラン伯の腹に剣を突き立てていた。
「リ、シャール」
呻きながら、ラン伯は馬から転げ落ちた。
リシャールは剣を地に捨てた。
すと。馬から降りると膝をついた。

「ロトロア様、私に罰が与えられるならば、甘んじてお受けします。貴方のご両親は、私にとってもかけがえのない方たちでした。いつか、貴方がラン伯に剣をつきつける時が来たなら。必ずご助力差し上げると、そう心に誓っておりました」
あっけにとられていたロトロアに変わって、ルイ九世が口を開いた。
「よい。ラン伯は私の命を脅かしたのだ。どちらにしろ、生かしておく理由などなかった。ロトロア」
ルイが進み出る。ロトロアは馬を下り。ルイの前に膝をついた。
「我が名において命じ、ここにいる皆と、空に瞬く星を証人に誓約する。お前は新たなラン伯として、民を治めよ。貧しきもの、無学なもの、病めるものも弱きものも。統治者として護り、街を栄えよ」
ルイの伸ばした手を、ロトロアが両手で握り締める。
「ありがたく、お受けいたします」
「リシャールの処分は、お前に任せる」
自然拍手が沸いた。
シャルルはずっと、黙って彼らの様子を見つめていた。
ラン伯が馬から落ちた変な体勢のまま、絶命している。その側に、生き残った側近が今ゆっくりと馬から降りた。両手を上げ、戦意のないこと表した。
そこに、近衛騎士たちが駆け寄り、武具を奪い取った。
それを背景に、兜を脱いだリシャールの髪が風になびく。ロトロアはその肩に手を置いて立ち上がらせた。
喧噪に言葉は聞こえなかったけれど、仲直りするのだろう。
ロトロアは笑いながら親友を抱きしめた。

いつか、キギに聞いたことがあった。
ロトロアは両親を幼い頃に失ったと。そのとき、所領のランを叔父に奪われルジエに追いやられたのだ。だから、ロトロアは今もランの民衆にとっては領主であり主君で。ロトロアの両親が惜しまれたのと同じように、ロトロアが田舎に去ったことを惜しむものが多かった。ランを訪れた時の歓迎振りを思い出した。
「ロトロア伯が契約を結ぶならルイ九世とすると言っていた。このことだったのだね。ルイの味方となる代わりにランを治める。臣従礼を結び地方代官になった」
「うん」
「ロトロアも策に長けているけれど、ルイもそんな取引をするようになったんだね」
ロイの感想に、シャルルは隣を振り返った。
遠く、自らの弟を見つめるロイ。その表情は、嬉しそうに笑っていた。


この日、ロトロアは両親の死以来十二年の歳月を経て、その領地を取り戻した。
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『La croisade de l'ange 4:Paris』⑧

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』



日が暮れたので、陣営は少し南に下った村で一夜を明かすことになった。
祝宴らしき声が、シャルルのいるところまで聞こえてくる。
ロイとルイ九世のために借りられた民家は、この村で一番広い家だ。その一室に、シャルルはロイのためにと扉の前に陣取って、近衛騎士が時折からかうのも無視していた。
うとうとしながら、窓から入る野外に寝泊まりする兵たちのざわめきを聞いていた。あちこちで、喜びの杯が交わされている。心地よい歓声は夜の風に乗って、子守唄のように思えた。
ロトロアが援軍を引き連れてこなければ国王を失うこともあっただろう。ノルマンディー軍からルイを避難させ、シャンパーニュを味方につけ。ロトロアが宮廷のためにしたことは、臣従礼を結ぶに相応しい働きだったのだ。
そうでなければ地方貴族の青年が、国王と直接臣従礼を結ぶなどできるはずはなかった。
以前、国王と臣従礼を結んで見せると豪語した自分を思い出し、シャルルは肩をすくめた。今。僕は、どうせならロイと結びたい。ずっとロイを護るって、そんなふうに誓う。それはまるで、なんていうか。結婚に似ている気がして。意味もなく鼓動を高める。
そんなこと。叶うはずもない、あと一日くらいで、僕は。ロイと離れなきゃいけないんだ。
また切なくなって、シャルルは一つため息をついた。

「そんなところに、いつまでも座り込んでいるつもりなのかい」
びくと顔を上げれば。背後の扉が開いて、ロイが顔を覗かせていた。
「部屋に入って、側にいればいいのに」
シャルルは口を結んで首を横に振った。
「シャルル」
「ここで、護るから」
側にいたら悲しくなってしまう、だから。
もう、泣かないと決めたのに、そんな決意なんかきっとすぐに壊れてしまう。
だから、側にいたいけれど、背中を向ける。
その小さな背中を、ロイが抱きしめた。
「わ!?」
背後からのぬくもりにびくりとして、シャルルは顔を赤くした。
「おいで、寒いだろう?折角暖炉がある部屋を借りたのに。君が風邪を引いたら、それが私にうつってしまう。わかるかな。私のために、中に入ってほしい」

たん、と。別の部屋の扉が音を立て、廊下にランプの明かりが一つ増えた。シャルルは顔を上げた。

「おや、お邪魔ですか。ノルフェノ様。少しばかりシャルルに話があるのですが」
ノルフェノ。ここでその名を口にするのは、ロトロアだけだ。
シャルルはいっそ、と立ち上がる。
「ごめん、僕行かなきゃ」と、ロイの手を解こうとする。
不意にロイの手に力がこもった。引き留められた形のシャルルは自然背後の少年を振り返る。ロイはじっとロトロアを見つめていた。

「ノルフェノ様、そのような薄着ではまた、お風邪を引かれますよ。貴方はヘンリー三世陛下からお預かりした大事な方。女のぬくもりが欲しいならばそんな騎士見習いではなく、ひらひらしたドレスの女をいくらでも用意させますよ」
酔っ払いか、こいつ。シャルルが噛み付こうとロトロアを睨みつけた時。
先にロイの声が廊下に響いた。
「女性の価値を見極めるくらいできるつもりです。お前こそ、話をするならいくらでもいるその女性たちとすればいい」
口調はひどくトゲを見せる。
あの大人しいロイが。
驚いてシャルルが口をあけたままでいる間に、強引に扉の中に引っ張り込まれた。
扉を閉め、ロイは肩で息をしていた。
「ロイ、どうしたんだよ、怒ってるのか?」
怒りを露にしたくせに、今はもう貝のように押し黙っている。
扉を背に突っ立ったまま。
うつむいた顔を覗き込んでみようとすると、不意に肩をトンと押され。シャルルはよろめいて座り込んだ。
丁度敷物が敷かれていたから、痛くはないが。ロイらしくない。

ロイはしばらくシャルルを見つめていたけれど、不意にそっぽを向いて自分のベッドへと歩き出す。
それを口をあけたまま見送ったシャルルは、暖炉の薪がパチと音を立てるのと同時に我に返った。
「あのさ。何をそんなに怒ってるんだよ」
「なんでもない。君はそんなこと気にしなくていい」
いいながら、毛布を被って隠れようとする。
意味が分からない。
シャルルは一度、扉を振り返り。
それから、立ち上がってため息をつく。
「あの、寝るのか?」
「お休み」
つれない返事に、シャルルは意味もなく悲しくなる。
ロトロアが何の用事だったのか気にもなるし、なのにロイは強引に引っ張りこんでおいて、今は無視するのか。
「あのさ、そんな態度とるならやっぱり廊下にいる。ロンロンが話があるって言ってたし、それに」
「だめだよ」
「何が?」
「ここにいて欲しい」
「どうして」
くぐもった返事は、毛布の中で誤魔化されたようで聞き取れない。
シャルルはベッドに隠れるロイのそばに歩いていった。
「あのさ。そりゃ、パリまでしか側にいられないんだから、今は離れたくないけど、でもロイがそんなじゃ、ここにいても仕方ないだろ。だから、扉の外にいるって決めたんだ、なのに」
「嫌だよ」
はっきりと、ロイは毛布から起き上がって言った。
「なに……が?」
「あの男と君がいるの、は」
言いながら勢いは急降下。ロイはまた視線を毛布に戻すと、柔らかい影に逃げ込んだ。
「ちょっと、何言ってるんだよ、ロイ」
固まりになっている毛布の端を、握り締めた。
返事がない。
「いい加減にしろってば!」
毛布を引き剥がそうと引っ張る。
と。ふわりと舞い上がった隠れ蓑から、ロイが起き上がり。そのままシャルルに抱きついた。
「わわ!?」
勢いと重さに、二人とも床に転がった。
「おも、ロイ、ばか。危ないだろ!僕剣を持ってるんだぞ、重いよっ!」
見上げれば、暖炉の炎に照らされて、ロイの瞳がゆらゆらと揺れている。炎の赤を映した瞳は、冷静な普段とは違って見える。
そういう、目は。
シャルルはあの夜の、ロトロアを思い出した。
ぎゅ、と胸が切なくなるのは。あのときを思い出したからか、目の前のロイが。そんな風に自分を見つめているからか。
今、大好きなロイが側にいて。自分の肩に触れていて。それを意識すればするほど、涙が溢れてくる。
だって、側にいられないんだと。突き放したのは、ロイだ。

「そんな、目で見るな」
涙をぬぐったとき。その手がロイの手に包まれた。
「いやだってば!」
反射的に、シャルルは目の前の顔を叩いた。
手のひらの感触、痺れ、痛み。
驚いたような顔のロイは、ふらっと立ち上がった。
シャルルも起き上がり、その場で泣き出していた。
どうしていいのか、わからない。
「ごめん、また、泣かせてしまった」
ロイの声が側に聞こえて、抱きしめられる。
あの昼間の出来事を繰り返している気がした。それでも、涙は止まらないし、ロイは同じように抱きしめてくれた。
「わかんない、ロイ。なんでそんなことするのか分かんない。側にいさせてくれないくせに、ここにいて欲しいとか、そんなの。つらいよ」
ぎゅと。抱きしめる手に力がこもる。ロイの心臓の音は、とくとくと優しく。シャルルは頬を擦り付けた。
「……きっと。私は邪な獣のように、君に触れたいと願っただけなんだ。悲しませるのが分かっているのに、泣かせてしまうのに。ごめん」
シャルルは黙って聞いていた。
好きなんだから、触れられるのは嬉しい。こうして、抱きしめられているのも、嬉しい。
ロイの言葉はどこか空虚だった。
何か言葉を続けようとし、ロイは咳き込んだ。
シャルルは抱きしめたまま、背中をさする。
「すまない、こんな。身体なのに。情けないくらい、痩せて弱くて。君はいつも真っ直ぐで元気だから……」
「だから?」
「なんでもない」
そのまま黙ってしまう。
何かを胸に押し込んだままのロイ。
不意に、ロトロアの言葉が思い出された。
何もかも素直に出していたら騎士になどなれない、と。
だからロンロンが何を考えているのかシャルルにはちっとも分からないし、同じように今のロイも分からない。
それを知りたいと思うのは我侭なんだろうか。
ロンロンのことはどうでもいいけれど、ロイの気持ちは知りたい。
「あの。僕のこと、どう思ってる?」
はっきりと、ロイの鼓動が耳元で音を立てた。
それは、どきどきと早くなっている。
それに合わせてシャルルも自分が何を問おうとしたのか理解して、頬が熱くなった。
「その、あの」
「言えない。ごめん。でも、今は側にいて欲しい」
ゆっくり言葉を紡ぎながら、だんだんロイが落ち着いていくのが分かった。
肩の力が抜けて、今はシャルルの頭をそっとなでてくれている。
そんなふうに、誰かにされたことがないから。
シャルルはどきどきとし。唯一、柔らかい胸で泣いたブランシュを思い出していた。
そう、僕はあの人に、ロイを会わせたいと願ったんだ。それが、ロイのためになると思ったから。胸に押し込んだ悲しいこととか苦しんだこととか。そういう固まって凍り付いてしまったものも、ブランシュ様に会ってみれば溶けるに違いないんだ。
ロイと同様、シャルルも冷静な思考が戻ってきていた。
何のために、パリに向かうのか。
ロイのためだ。僕のためじゃない。
だから、僕は自分の気持ちとかそんなの、我慢しなきゃいけない。

しばらくそのままだったけれど。
ロイが一つくしゃみをしたから。
「暖炉の火が消えそうだよ。ほら、ロイはベッドに入ってさ。僕はここにいるから。火が消えないように、部屋が冷たくならないように」
そう、シャルルが話しかける。実際、ロイの身体は少し熱っぽい気がして、そう思えば心配になってくる。
ロイはやはり体調がよくないのだろう、黙って頷くと、一人大人しくベッドへともぐりこむ。シャルルは毛布を整えてかけてやる。
小さく咳き込む気配を背中に感じながら、暖炉に薪をくべる。
二人きりのこの空間は、ぬくぬくと暖かい。
そんな時間が、ずっとずっと続いて。
朝にならなければいいのにと。膝を抱えたまま、シャルルは願っていた。

『La croisade de l'ange 4:Paris』⑨

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』



「おや、もうお休みになったかと。私ももう休むところでした」
言いながらまだテーブルに先ほどまでのロトロアの杯を残したまま、リシャールが笑った。
「振られたんでね」
「シャルルにですか?」
肩をすくめるロトロアを、椅子を引いて迎え入れたリシャールは、面白そうに笑った。
「あれがしばらく会わないうちにやけに色香を身につけていたのは、そういうことでしたか」
ロトロアはリシャールが注ごうとしたワインのビンを強引に奪い取り、自らの杯にたっぷり注ぐ。その勢いのまま、面白がる親友の杯も満たした。
「シャルルを女にしたのは俺だが、女らしくさせたのはロイだぜ。俺の出番などない」
「拗ねていらっしゃる」
「そんなことはないさ。あれはヘンリー三世に売り払った。もう、俺の手を離れている」
「それでも誘いに行かれたのでしょう?しかし、貴方がシャルルを手放す気になるとは驚きました」
誘いに行ったのではないとロトロアは口を挟もうとするが、反論の余地を与えずリシャールは続ける。
「ティボー四世様が聞けば、怒りますよ。伯の命令には逆らい、手元に残したのに」
は、と。ロトロアは笑った。
「リシャール。お前、俺がどういう人間か知っているだろう。ル・アーブルに着くまでは、お前を残すためにシャルルを差し出すつもりでいた。だがノルマンディーとブルターニュ、ヘンリー三世の動きを知り計画を変えた。それを餌にルイと取引できると踏んだからだぜ。北部の情勢に宮廷は疎い。シャルルを送ることで何か得ようとしたくらいだからな。だとすれば情報を持ち帰り、ルイに恩を売っておくのはシャンパーニュにも悪くない話だ。叔父上から全てを奪い返すという、俺の望みもかなう。そのためなら、リシャール。俺はあの戦場で、お前を殺してもかまわないと考えた」
脚を組み替え、リシャールの顔を眺めるロトロア。どうだといわんばかりのそれに、リシャールは笑顔で答えた。
「私も、貴方が目的を果たすためならこの命を捧げてもかまわないと思っておりました」
は、と。ロトロアは一気にワインを飲み干した。
「お前、平然と言うなぁ」
「真実ですから」
「かなわんな。お前には」
「先ほどから、ロトロア様。腹いせに私を苛めようとなさっていますよ。ワインの量も多いですし」
「腹いせとはなんだ」
「シャルルを本当にヘンリー三世に、いえ、ロイに与えるおつもりですか」
「……さあな。ロイが望むかどうか。相変わらず体が弱い様子で、あの分では成人できるかどうか。本人も分かっているからシャルルを突き放そうとしているが」
「健気ですね」
「いらんというなら、もらうまでだ」
「貴方も素直じゃないですね」
「素直で馬鹿なのはシャルル一人だ」
二人は目を合わせ、それから噴出した。
ひとしきり笑い、ロトロアはさらにワインをと差し出したリシャールの手を止めた。
その顔は真顔で、リシャールは首をかしげる。
「まだ、痛みますか。随分ひどく打撲していましたから」
「いや、お前の薬草でよくなった。それもそうだが。お前のおかげだ、リシャール。お前、叔父上をそそのかしてルイを襲わせただろう」
リシャールの冷静な顔にわずかに朱が走る。
「まさか、そんなこと」
「気にするな、叔父上の側近たちの口は塞いでおいた。これで、俺たちの願いは叶った。父も母も喜ぶ。リシャール、礼を言う。これまで俺を支えてくれた」
肩に置かれた手に、リシャールははにかんだように笑った。
「私もご両親には優しくしていただきましたから。敵を討てて幸せです」
「ああ。お前と俺は兄弟のようだとよく言われたな。実は本当にそうではないかと、俺は思っていた」
「ロトロア様」
リシャールがこれほど表情をころころ変えるさまは滅多に見られない。楽しむようにロトロアは目を細めた。
「誰にも真実など分からん。だが、俺は。お前が弟であればそれほど嬉しいことはない。迷惑か」
リシャールは派手に首を横に振った。
その仕草は普段のリシャールと違う様子で、ロトロアは笑いながらリシャールの手を握り締めた。
「ではそういうことにするか?理由などいくらでも創れる。臣従礼など結ばずとも」
「お側に」
リシャールが不自然な瞬きを繰り返すのも、ロトロアは笑顔で受け止めた。
かつて、噂があった。
リシャールが母の面影を残すと。身元の知れない子供を、遊び相手としてロトロアの側に置いた両親。二人をともに兄弟のように可愛がっていた母親。それを勘ぐり、噂したものもいた。
あるいはリシャール自身は真実を知っているのかもしれなかった。だが、リシャールがそれを語らないのだから、ロトロアも黙っていた。
カタチなど、どうでもいい。
支えあうと決めたのだから。
ふと、ロトロアは口にした。
「真実などわからん。それは、シャルルも同じだな」
「フランドル伯、ですか」
「女伯は笑いながら否定した。で。俺に言った。誰の子にしても、あなたの手元にあるのであれば安心だと」
「安心、とは」
「さあ。戴冠式で渡された手紙にも、シャルルのことが書いてあった。いつか会えるのを楽しみにしているとか。関係がないはずなのにやけに興味を持っている、それがどうも気になってな。中々シャルルに手を出す気になれなかった」
「それが原因ですか!」
「おかしいか?女伯の顔がちらつくんだぜ。やりにくいさ」
頭を抱えるリシャールに、ロトロアは首をかしげる。
「なんだ、なんだと思っていたんだお前?」
「女性を大切に出来ないあなたが、シャルルに手を出されないから、シャルルだけは特別なのかと」
「大切に出来ないとはなんだ。聞き捨てならんな」
わずかにロトロアの口調が舌足らず。どうやらワインがそうさせている。

「ですから、恋愛が不得手だと」
「俺がシャルルに恋だの愛だの、か?お前、これだけ側にいて、どうして俺のことを理解してないか」
「はあ、いえ。その。自覚されていなくとも、シャルルのことを気にかけておられるかと」
ロトロアが黙った。
「シャルルのこと、大切に扱っておられるではないですか。傍から見ていれば、どう見ても貴方はシャルルに愛情を持っておられる」
「そう見えるのか」
「ええ。皆そう思っておりますよ」
ロトロアは黙って、リシャールの杯にワインを注いだ。
「あの」
「飲め」
「ですから」
「……そうか、そう見えるのか」
リシャールは諦め、勧められるままワインを口にした。
真実など、分からない。自分自身の気持ちすら、人は理解しきれないのだ。まして、他人からそれを想像したとして、一体何が分かるというのか。
リシャールは結局、自分の感覚でロトロアの行動を判断したに過ぎないのだ。
溜息をワイン色に染めて飲み込んだ。


パリの空は晴れていた。
風が強いせいか、噂で聞いた匂いも気にならない。
見たこともないくらいたくさんの家が、ひしめくように並んでいるのをシャルルは歓声を上げて見つめた。
「すごいな、すごい。パリだぞ、クウ。ロンフォルトも」
白イタチは、やはり嗅覚が鋭いのか、荷物の袋に逃げ込んでいた。袋の外からとんとんと軽く叩くと、抗議の意味か、がさがさと返事がある。
イタチと違い逃げ出せない馬は、鼻を鳴らすだけで。それが嬉しそうだと勘違いしたのか、シャルルは「後でパリの人参をたっぷり上げるからね」と。ロンフォルトにとって迷惑かもしれないことを口にする。
「はしゃぐなよ、シャルル」
脇でブロンノを駆っていたロトロアが面白そうに笑った。
「いいんだよ!初めてなんだからさ!ランの市場もビックリしたけど、パリはもっとすごいね。人が多くてさ」
「これでも普段よりは少ないんだぜ、シャルル。今は戦時だ。女子供は外に出ない」
「ええ?これで?」
シャルルは改めて、街の風景を見直した。確かに子供の姿は建物の窓から覗く顔だけで、通りにはいない。国王の行列を見送る人々の腰に、大なり小なり剣があるから、なるほど、町全体が警戒しているんだと分かる。

いつの間にかセーヌ川沿いを進んでいた。右手に川を見つけ、その先のシテ島がシャルルを否応なしに興奮させる。
建造中のノートルダム大聖堂は、まだ塔が半分出来たところだ。晴れた空に鳥が舞い、工事中の不気味なカタチのそれに停まる。
橋を渡れば、今度はパリを振り返る。川沿いにずっと並ぶ町並み。オレンジの屋根が眩しくてシャルルは目を細めた。
見渡せる平原の街というのは心地のいいものだ。

傍らの馬車には、今はルイに貰った馬をつなぎ、近衛騎士団の御者が操る。窓からロイも外を眺めていた。目が会えば、互いににっこりと笑った。
ああ、あと少しなんだ。
ロイの顔を見ていられるのも、声を聞けるのも。
シャルルは何度も瞬きして、にじんできそうな涙を誤魔化す。
匂いが気にならないのは、もしかして。泣いて鼻が詰まっているからかもしれない。
王宮の城門をくぐった。

『La croisade de l'ange 4:Paris』⑩

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』

10

旅の疲れもあったのか、パリに到着してすぐに熱を出したロイを、シャルルは引き続き看病することにした。ロトロアもシャルル自身の怪我が完全に治るまで、好きにすればいいと許可した。
そういうロトロアも、リシャールの話ではルジエで待つローレンツに知らせランに赴く準備をしなければならないが、ジャンがシャンパーニュから戻るまでは情勢が安定しないからとパリに留まっているらしい。
ロトロアはすっかり王宮にも馴染んだらしく、今も中庭で近衛騎士とルイの弟と木刀を振り回して遊んでいる。ふざけて大げさに痛がって見せたりするけれど、実際は脇腹の怪我もそんなに痛くなさそうだった。
シャルルはそれを窓から眺め、僕も早く動けるようになりたいと、うずうずと拳を握っては開くを繰り返す。足の怪我はまだ完全には治っていないものの、日常の動作では痛むこともなくなっていた。
「シャルル、君も散歩してきていいのだよ」
見かねたロイが笑いながら言う。
「だめだよ。ロイが一緒でなきゃ。何があるか分からないんだから、ここにいる」
「じゃあ、早く回復しなくちゃいけないね」
「そうだよ、他人事みたいに言うなよ。ほら、また野菜が残ってるぞ」
シャルルに昼食の食べ残しを指摘され、ロイはむ、と口を閉じる。
側にいて分かったことだ。ロイは野菜の大半が嫌いだ。魚はフリットにしたものしか食べない。それもイングランドで初めて食べることが出来たというのだから、シャルルは呆れるばかり。「贅沢だよ。クウを見ろよ、虫でも果物でも何でも食べるよ」
「ネズミでもね」ロイは肩をすくめ。
「シャルルも虫を食べるのかい?」と真顔で意地悪を言う。
「誰も、虫を食べろなんて言ってないだろ。仕方ないな、じゃあ、この人参一個だけ」
「食べたら何かしてくれるのかい」
「何かして欲しいのか?」
むむ、と軽くにらみ合う。
「質問に質問で答えたらだめだよ、シャルル」
「じゃあ、いいよ、してやるよ。さ、食べて」
ロイはちらりと上目遣いでシャルルを見つめ、それから貴重な氷をすくうようにスプーンで人参を一切れ、持ち上げた。しばらく眺めてから、ぱくりと。口に入れる。
「で、何をして欲しいんだ」
人参をかみ締めながら、ロイは苦い顔をする。
それが、なんだか可愛く見えてシャルルは笑い出す。
「面白くないよ、シャルル」
「いいからさ、何?」
「キス、って言おうかと思ったけどやめた」
「は?」
とくんと心臓が高鳴る。
「やめたって、なんだよ」
「いらない。案外美味しかったから。人参」
そんなはずはない顔をしていたけれど。
「君がキスして欲しいなら、別だけどね」
意地悪な言い方をする。
それも、わずかな上目遣いがまるで見透かされているようで。シャルルは内心のドキドキを押し隠して、勢いよく立ち上がる。
「食器置いてくるよ。そんなことばかり考えてないでさ、じっとしてなよね、病人なんだから」
振り返りたいのを我慢して、廊下に出た。そこに置かれているワゴンに食器を載せたトレーを置いた。
はあ、と。息をつく。
再会の時には戸惑ったけれど、ロイは以前会ったときと同じ、やっぱりどこか高貴でどこか我儘な少年のままだった。周囲が「ロイ」の名を口にするから、自然シャルルもそう呼んでいるし、それについてロイも何も言わなかった。「ロイ」というのは、名前ではなく。立場なのだと改めて理解する。誰も本名を、フィリップの名を出さないのは、やはり死んでしまった王子の名だからだろう。
まるでロイがそのことを知らないと思っているような周囲の対応。周囲もロイも、互いにどこか手探りだ。遠慮なのか警戒なのか、その空気は重くシャルルは時々こうして一人息継ぎをする。

僕の目的は、ロイに幸せを感じてもらうことだ。
あのパリへ向かう旅の途中。ロイは言った。生まれた意味も、生きる理由も分からないまま死ぬことはできない、と。だから自分から名を捨てたのだと。
ヘンリー三世が心配していたのはそういうところなのだと思う。失ったことで、自分を不幸だと感じているなら、そのいくつかでも取り戻せればいいのかもしれない。
まずは、家族だ。王族であるという証は、今はそこにしかない。死んだことになっているフィリップが生き返ることは出来ないから、せめて血のつながった家族として受け入れてくれれば。
その貴重なチャンスが、ブランシュ様との面会だった。
未だ、ロイが体調を崩したのと帰還したルイを出迎える式典だとかなんかで多忙らしいのとで、再会は果たされていない。
うつむく足元に、影がいくつか走る。
顔を上げれば、慌てた様子の従者や騎士たちが、廊下を駆け抜けていく。
「何かあったのか!?」
下働きの少女を呼び止めると、少女は足踏みしながら「シャンパーニュからのお使いがご到着されました!その、伝令の方だけでなく、シャンパーニュ伯もご一緒ということで今お出迎えに」そこまで言うと、駆けて行く。
「ティボー四世、が」
パリに来たのだ。


クリア・レギスといわれる会議が開かれたのが昨夜。オルレアンに赴いている幾人かの将軍は席をはずしていたが、ロトロアの報告によってルイとブランシュの判断が了解を得、パリは北のノルマンディーにも兵を割くことに決まった。
その前提条件が、東部の危険を排除することだった。
東部、つまりシャンパーニュとその周辺諸侯。ベルトランシェから聞いた話では、シャンパーニュ伯はブランシュ様を敵に回したくない、それはシャルルも知っていた通りだ。そう思えば、シャンパーニュがランを差し出すことで国王はシャンパーニュを許し。シャンパーニュも堂々とブランシュの味方ができるというものだ。その内容に、ティボー四世が納得するかどうかが焦点だった。
シャルルは、ロトロアとティボー四世の関係を思えば上手くいくに違いないと考えていた。以前ジャンが言った。ティボー四世様はロトロア様を頼りにされています、と。結果的には、ランを治める主が変わっただけで、シャンパーニュには何の損もなく、体面を保ったまま国王側に寝返ることになる。
今思えば、ロトロアが急いでパリに向かっていた理由はそこにある。遅れていれば、シャンパーニュが動き出し。もし、本当に開戦していれば、そう単純には和解出来なかったはず。
シャルルはティボー四世が訪れたということは、きっとパリは東にシャンパーニュと言う味方を得て、西と北に照準を合わせることになるんだろうと想像した。
その考えを話したくて、室内に戻った。
「ロイ、今ね」
言いかけたが。
ロイは横になり、眠っていた。
夜になると咳が激しく、あまり眠れていないのだ。だから、食欲もなく体力は落ちる一方。わざわざノートルダム大聖堂から来てくれる司教が処方する薬は、密かに飲まずに捨てていた。
司教は親切だったし、信頼できそうだった。だから本当は薬を飲んだほうがいいのかもしれなかった。けれど。もしかして毒かもしれないと怯えるロイに、大丈夫だから飲めと、言えるはずもなかった。
早く、ブランシュ様に会って、安心できたら。
すぐにでもと思っていたのに。
それも、ロイが不機嫌になっている原因だと思う。

まるで二人きり、この部屋に隔離されて。世の中の動きから切り離されているようだ。それが不安でも、シャルルは決してロイのそばを離れようとしなかった。


謁見の間では、ざわついた雰囲気を拭い去れないまま、衛兵がラッパを吹いた。
シャンパーニュ伯ティボー四世は痩せた肩に重そうなマントをつけ、膝をつく。
ルイ九世の先代、ルイ八世を毒殺したと噂された人物に、詰めかけた国王派の諸侯はもとより、旗持ちの従者までが興味を隠せなかった。何十、いや何百という視線を受けテオバルドは緊張のためか顔を青ざめさせていた。
大体、ロトロアやラン伯が勝手に行動した結果がこれなのだと言わんばかりに、室内の背後にいるロトロアをちらちらと睨んだ。
ブランシュとの決裂を避けたいがため、シャンパーニュの産業を守るため、ティボー四世は何とかうまく国王側と和解したかったのだ。体面を損なうやり方では側近や領内の家臣が納得しない。そこで、ジャンを使者として、交渉を始めようとした矢先だった。
国王側にとっても、広大で経済力もあるシャンパーニュは取り込んでおきたい勢力のはず。交渉にそれなりの自信を持っていたのを、とんだ邪魔が入った。
不機嫌にもなろうというもの。
その視線はそのまま、目の前のルイ九世にも向けられる。
ルイは目を細め、それから少し高すぎる王座の上で姿勢を直した。
「ティボー四世、貴方の所領であるラン伯が我が軍に戦乱を仕掛けたことについて、何か弁明があるのなら、この場で聞くが」
ルイの横でそう話を切り出したのは法律家で側近のセジュールだ。
法律家とやらはこんなにも偉そうなものか、と内心ティボー四世は苛立ったが。今はそれを押し隠すしかない。
「ランは確かに我が所領です。ラン伯マルコはブルターニュ伯モークレールの提案の通りに行動したのでしょう。私を裏切ったとしか言いようがありません」
「では、ラン伯の起こした騒乱に貴方は関与されていなかったということですか」
「もちろんです。私はそれより先に和解を求めた書状をこちらにお届けしているはず。その考えも汲まずにラン伯マルコは先走った行動をしたのです。ランを差し押さえられるのも仕方のないこととあきらめておりますが、今回のことをシャンパーニュの汚点とされるのは承服しかねます」
ふ、と。ルイ九世が深い息を一つついた。ぴょん、といった感じで椅子から降り立つとテオバルドの前に立った。
「では、ランは私がもらう。そしてシャンパーニュは、私と契約を結ぶ。それでどうかな」
契約。
ロトロアは計画にない提案をルイが示したことに小さく肩をすくめた。乗じて、ということだろうが。国王は抜け目ない。
テオバルドはしばらく目の前の国王を見つめていた。
「よろしいでしょう。ルイ九世陛下。戴冠の折には馳せ参じることができませんでした。遅ればせながら。ご即位おめでとうございます。我らシャンパーニュも貴方様へのご助力を惜しみません」
これは、テオバルドの反撃だった。
不名誉な毒殺の噂をここで拭おうというのだ。ルイが手を差し伸べれば、噂は否定されることになる。静まり返った室内。誰もが、この二人の様子を見守っていた。

ルイは不意に笑い、手を伸ばした。
「ありがとう。シャンパーニュ伯、若くしてティボー四世を継いだ貴方には、教えていただけることがたくさんあると思う。私もまだ若輩者。ともにフランク王国を支えていけることを嬉しく思う」
内心はともかく。非の打ちどころのない答えだった。
ルイ九世、弱冠十二歳の少年がここまで闊達であったとは周囲の誰もが気付けずにいた。シャンパーニュ伯の背後ロトロアの隣で。ジャンは、尊敬のまなざしを若き王に向けていた。いずれ佳き王になられる。少年の瞳には王国の未来が映っているようだ。

謁見の間での出来事は、すぐに宮廷内に広まった。
これでシャンパーニュを味方に付ければ、戦争はすぐにでも終結するかもしれない。なにしろ、シャンパーニュの力は広大。シャンパーニュに追随する諸侯も出てくるだろう。
祝祭に似た穏やかな空気が、これまでの重苦しさを拭い去った。


その夜。
ティボー四世を迎えての晩餐があると一人の女中がロイの部屋を訪ねてきた。それに是非と、シャルルは呼ばれた。
「でも」
「ロイ様は、その間にブランシュ様との面会がございます。こちらにいらっしゃるご予定ですので、シャルルさま、貴女はここにはいられないのですよ。シャンパーニュ伯のご要望もありますし、是非晩餐に出席してください」
ブランシュの側仕えの女性だった。どこかで見たことがある。
しばらく唸ってから、シャルルは思い出した。ランスで式典の最中に訪れたシャルルにブランシュの意志を伝えた女中だ。
そのことを告げると、「はい、お久しぶりでございます。あの時は男性だとばかり思っておりました」と。女中は笑った。
「どうぞ、安心して晩餐へとお出かけください。ブランシュ様が降誕祭の贈り物にとご用意された衣装もございます」
あ、と。シャルルは顔をしかめる。
「ドレスなら、着ないよ」
「私は見て見たい」
いつの間にかベッドから立ち上がり、側に来ていたロイが。シャルルの肩に手を置いた。
「君のドレス姿」
むむ。
「きっと似合うし。お母様の贈り物を断るなんて、だめだよ」
にっこり微笑まれて、そんな風に見つめられたら。断れるはずもない。
「分かったよ、しょうがないな。ロイのために着るんだから、後で絶対見せてやる。笑ったら許さないんだからな」
「そんなにいきり立たなくても似合うから、大丈夫だよ」
ロイは笑う。ベッドの天蓋の下、ランプの明かりが作る白い繭の中にいるロイ。今日は熱もなく、起こした体に枕を抱きしめる。子供のような格好に、穏やかな表情は美しい。
身分の高い人、遠い人。
その笑顔にもう一度。
「まだ。まだ、離れないんだから」
噛み付くように言うと、シャルルは部屋の外に出た。
ロイがブランシュ様に会う。それはシャルルの望んでいたことだ。きっとロイにとってイイコトだ。イイコトだけど、同時にシャルルの役目が終わるということ。
そうしたらロイが言った通り離れなければいけない。ロイは王家の人間で。
僕はただの騎士見習い。
あの柔らかな白い笑みが。最後になったらどうしよう。もう、会えなかったら、どうしよう。

久しぶりに風呂に浸かり、少し伸びた髪をとかせばしっかり結えるほど伸びていた。いつも下ろしている髪をくるくると器用に女中が結い上げてくれた。
その襟元も、広く開いたドレスの背中も、すうすうするのが気に入らない。二回くしゃみをして、ブランシュからのペンダントが胸元にゆれる。
「とても素敵ですわ」
先ほどの女中に微笑まれ。考えてみればブランシュ付きの女中に直々に世話してもらうことなどひどく贅沢なのだが、シャルルは思い至らない。「口元に紅を少しさすといいですよ。顔色もあまりよくないですわ」と勧められるままにシャルルは大人しくしている。
柔らかなレース編みのショールを肩にかけ、「さあ、できましたよ」と。女中は改めて鏡の中のシャルルを見つめた。
そうしてみると少し痩せ気味だが立派に初々しい貴婦人の卵。ミモザ色の髪がくりくりと頬の周囲を彩り、白くすんなりしたうなじは匂い立つようだ。深い菫色の瞳は印象的で、きっと男性の視線をひきつけるに違いない。自分の作品を見る画家のように、女中は嬉しげに少女の周囲を二回廻って見つめる。
と、シャルルの表情に気付いた。
「気に入りませんでしたか?」
「そんなこと、ないよ。そんなことない」
シャルルは何度も目を擦った。
ロイのことばかり、考えていた。そうするとどうしようもなく、涙がこぼれてくる。
「シャルルさま?どこか、お体でもお悪いのですか?顔色も優れませんし」
「ごめん、なさい。僕、やっぱりロイのとこに行きたい!」
と、駆け出そうとする、その足元はいつもと違う靴。ドレスの裾を蹴り上げたところでしっかりと押さえつけられた。
「ロイに、会いたい、心配なんだ」
見失いかけている、分かっている。僕がすべきこと、しちゃいけないこと。分かっているけれど。晩餐どころじゃない。
再会してから、ずっと側にいた。
「ロイ様を、慕っておられるのですね」
ぎゅと、女中に抱きとめられ、シャルルは何もかもが普段と違う自分に気付いた。もっと力があって、素早く動けるはずだ。もっと、しっかりしていて、ちゃんと考えて。だって、リシャールにだって負けないくらい剣も使える、馬も操れる。騎士になりたいって願ったそれには、十分なくらい才能がある。なのに今。
今の僕には、そんなの何にも役に立たない。
「分かってるんだ、身分が違うし、僕なんかじゃダメだって、分かってるんだ、だけど、だからっ」
「落ち着いて、ロイ様にはまたお会いできますよ、大丈夫。泣かないで」
「だって、でも」
「おいおい、迷惑かけるなよ」
背後の声にシャルルは息を止めた。
しがみつく形になっている女中は、シャルルをぎゅっと抱きしめた。
「ロトロア様、女性の部屋ですよ、声もかけずに入るのは失礼でございます」
毅然とした口調の彼女、抱きとめられた暖かい手、シャルルはふとアンを思い出した。
護って、くれている。
そう思った瞬間、力が抜けてしまった。
座り込んだシャルルは、女中にしがみついたまま泣き出した。
「おい、悪かった、だれも似合ってないって言ってないだろ」
意味の分からないロトロアは、珍しくおろおろとシャルルの頭をなでる。
そんなことには構わず、シャルルは泣き続けた。


「小娘の一人や二人はどうでもいいけど、お前が列席しないのはおかしいよね」
縄張りを主張する野鳥のように甲高くテオバルドが言葉を並べた。それを向けられたロトロアは肩をすくめ、ベッドに横たわるシャルルをちらりと見つめた。
それがまたティボー四世の癇に障る。
「大体、お前が勝手にルイと契約するから、だから私までパリなんかに来なきゃならなかったのだ。歓迎の晩餐にお前が出ないのはおかしいだろう?」
「テオ。飲みすぎたのか?ワインが匂うぞ」
わがままなシャンパーニュ伯が側近を困らせ八つ当たりしただろうことを想像し、ロトロアは溜息を一つ吐く。
「まあ、座ったらどうだ。ここに」
ロトロアが自分の座るソファーの隣を指し示せば、ぶつぶついいながらもティボー四世は腰を降ろした。
「ここはお前の部屋だろう、どうしてここに寝かせる」
「こいつには部屋などないからな」
何もかもが気に入らないのか、ティボー四世はぐるぐると室内を見渡し、噛み付く材料を探している。
シャンパーニュ伯の言うとおり、そこはロトロアに与えられた部屋だった。
続き部屋にはリシャールが滞在している。だから今、ティボー四世の剣幕に押し切られて通してしまったのを反省しているのか、扉からそっと見守っている。
その視線にロトロアは笑みを返し、大丈夫だと手で合図する。
「リシャール、伯に何か冷たい飲み物を。俺にはワインを」
黙って一礼し、向こうに消えるのを確認してから。ロトロアは改めてシャルルのほうを見つめた。
テオバルドもその視線を追いしばらく睨むようにしていたが、不意に立ち上がるとシャルルの側によって覗き込んだ。
「起すなよ」
「お前が女に夢中になるなど、信じられない」
「勝手に決め付けるな。ル・アーブルからパリまで。かなり厳しい旅だったからな。疲れていたんだろ。まともにベッドで休むこともせずにずっとロイに張り付いていたからな。自分が弱い女だということを、そいつはよく忘れる」
テオバルドの背中はしばし動きを止め。ぶ、ぶっと、噴出して震える。
「何がおかしい?」
「いや、お姫様は王子様に夢中なんだね。ロトロアは振られたんだ」
「テオ」
「思ったよりは、美しいな。でも、好みじゃないな。やっぱりいらない」
誰もやるなど言ってない、と。内心、ロトロアはため息をつく。
「ヘンリー三世には、ロイに与えるようにと言われている。ただ。肝心の王子様はお前と一緒で、要らないとさ」
ロトロアには心中を語らず、泣き続けて眠った少女。抱き上げ部屋に連れて行こうとするロトロアに女中が打ち明けた。シャルルは身分違いの恋に苦しんでいるのだ、と。
ロトロアはわずかに目を細める。
そんなことで躊躇する女ではないと思ったが。女であるには、他と変わりないということか。だとしたら、つまらん。

「おや、振られたのはこれも同じか。それは可哀想に。それで結局お前がもらうということなのか」さして同情している様子もないがティボー四世は首をかしげ前髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「もともと、そいつは俺のセネシャルだ」
「ふうん。もっと嬉しそうに言うならお前も可愛げがあるというものだけど」
「テオ。どうせまた、ブランシュに振られでもしたんだろう?いい加減にしろよ」
的を得たのか、ティボー四世は噛みつきそうな顔で睨んだ。
「お前も悪いんだぞ」
「おれが?」
「ロイ、あの子が私の子かもしれないと、言ったのはお前だぞ。ブランシュ様の要請もあったけど、それがなかったらロイを手元に置こうなんて考えなかったんだ」
「あ、ああ。それか。そういう噂もあると言っただけだぜ。考えればわかりそうなものなのに、お前が理解しなかったんだろ。ブランシュがお前を頼ったのも、お前を利用したかっただけだろうし。その逆恨みは、俺じゃなくブランシュに向けられるべきだな」
できはしないだろう。そういう顔でロトロアが笑えば、ティボー四世はその通りだと、黙り込むことで肯定する。
「ロイ、か。会ってみたかった気もするな」
ロトロアはそこで初めて、テオバルドが自らの子と対面する覚悟をしていたことに気付いた。すでにアニェスと結婚している。子もある。そのテオバルドが忘れえぬ女性との子だと思い込んだロイ。それなりに感慨深いものがあったのだろう。
「ルイが会わせないだろう。ロイの周囲はいつも衛兵で固めている。近衛騎士以外は誰とも知らされず周囲から隠され。シャルルと一緒に軟禁状態だった」
「ヘンリー三世が絡んでいると言ったね。大丈夫なのか」
さりげなく名を出したそれを、ティボー四世はしっかり心に留めている。ロトロアは面白げににやりと笑った。
「さて。ロイがイングランドの肩を持てば立場は危うくなる。それでなくとも、国王陛下はロイが嫌いだ」
「クリア・レギスもだろうね。折角落ち着きかけたところだ。うっとうしい諸侯だけで手いっぱいなのにロイの存在は邪魔だろう。二年前のブランシュ様ならいざ知らず。今のブランシュ様が、ロイを護ろうとなさるかどうか」
ロイを救ってほしいと訴えたあの時のブランシュは、今もティボー四世の記憶に新しい。
「そう、あの時はまだ、ルイ八世陛下が生きておられたし。国内は安定していた。すでに情勢が違うな」
ティボー四世はため息を一つ吐きだすと、話を逸らした。
「大体分からないんだよね。どうして、ロイが今になってパリに来る気になったのか」
「ああ、俺も分からない。危険を冒す必要があるとは思えない」
今はそのブランシュ様とご対面中だ。ロトロアが呟くように言ったとき、リシャールが飲み物を運んできた。

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