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『La croisade de l'ange 4:Paris』⑦

La croisade de l'ange Chapter 4 『Paris:天使の聖戦』



シャルルが馬車に戻り、ロンフォルトを解放し乗り込んだ時には、すでにこちらに不利な情勢が明らかになっていた。逃げ出そうとする近衛騎士の従者たちとすれ違いながら、シャルルは戦場を見つめる。馬のない従者を追いたてようとする騎馬に立ちふさがる。
子供、しかも見習い騎士とみて、相手ははん、と一声。一気に長槍を突き出してきた。
シャルルはそれをすり抜け、間をつめる。視界のすぐ左に槍の柄を感じながら、イタチ剣の硬い柄ですれ違いざまに敵馬のこめかみを殴りつける。
長すぎず、重過ぎない剣はシャルルの手首に何の負担もかけず。さらりと切り返しそのまま、敵のわき腹を薙ぎ払う。
致命傷にはならなかっただろう。
かまわずその場を駆け抜ける。
遠い前方、ラン伯らしき姿の見える敵の主軸は旗を天に突き立てたまま、こちらを眺める余裕があるのだ。シャルルは馬上から睨み付けた。

ラン伯、あのじじい!
と。そのわきに見たことのある顔があった。
「リシャール……?!」
あ、そうか。ルジエがシャンパーニュに属するということで考えれば、そこにリシャールがいても不思議ではなかった。
それでも、今はロイを護る。
シャルルは一瞬心にわいた迷いを振り払い、馬に拍車をかける。
「行くぞ、ロンフォルト」

飛び出してすぐ、確認しておいたベルトランシェの位置に近づく。脇から、ベルトランシェを狙う敵兵の馬を切りつけた。長槍を持つわけでない、大人の騎士たちに比べてより近づかなくては戦えないシャルルは、とにかく手の届く範囲から狙う。
キギに言わせれば、戦場で得た馬は戦利品となるから、殺してしまったらもったいない、ということらしいけれど。
戦利品のために戦っているわけじゃない。
だとしたら、シャルルはかまわず馬だろうが牛だろうが。斬る。
暴れる馬は、敵兵の攻撃を抑える役目も果たす。落ちかけ、しがみつく敵の脇腹に剣を突き立てる。そこは、甲冑のつなぎ目。失敗すれば自分の剣を傷めるだけでない、衝撃で剣を取り落とせば一気に不利になる。
集中するあまり、耳に入る音、目に映る全てがまるで視界を遮られた馬車馬のように集約され狭まっている。逆にそれだけ集中したシャルルは冷静だった。
わずかな隙間に差し込む剣。そこから血肉の、そして骨の感触まで。感じつつ、逃げずに刺しきった。そしてすぐに抜く。
倒れ落ちるそれから、馬をそらせる。
頭上に感じた音で、盾を構え。不安がるロンフォルトを制しながら、矢の雨を振り払った。
先ほどの兵の血が、はらりと宙に散り風に舞う。幸い風の強いこの日。上空高く上がった矢もその勢いを失う。
ロイたちの馬車を背後に意識したまま、ベルトランシェを探す。騎士団長はちょうど今、向かってきた歩兵を鞭で倒した。海の生き物の触手のように伸びては敵兵に絡みつき、引き付けて剣でとどめを刺す。迷いなく、素早いベルトランシェがまるで戦いの女神のようだ。
あ、女じゃないけど。
そんな思考をしつつ、シャルルも子供とみて突っかかってきた歩兵を、文字通り蹴散らした。
「ベル!どうする!これじゃ、勝てない」
シャルルが叫べば、ベルトランシェはにやりと笑った。
「聞きたくないことをはっきり言いますね、お前は。この先の橋まで逃げられれば、何とかなります。陛下の退路を確保しますよ、お前は馬車についていきなさい」
「ベルは!?」
「私が残らなくて、どうしますか」
だって、残ったら。
振り返ればラン伯の主力軍は悠々と並んだまま近づいてくる。それはまだ、波のような多勢を残したまま。こちらが全力で戦っているのに、向こうはまだ主力を控えているのだ。数が違いすぎる。かなうはずもない。

「僕じゃ、パリまでの道がわからないよ!」
「行きなさい。そんな怪我ではここでは役立ちません、せめて命を懸けて、陛下、いえ。ロイ様を守りなさい」
強い視線にシャルルはうなずいた。
このまま、この場を逃げ出していいのだろうか、それでは、残った人はみんな死んでしまうのではないか。ベルも。

胸を締め付ける不安を振り払うように、シャルルは目の前に見えるルイの馬車に駆け寄った。
先ほどの近衛兵が御者台で腕に矢を受けながら、走らせようとしている。
シャルルはその脇に馬を並べ、援護する。
「あちらの、街道の先に」
と。風に何か。違う音が混じったことに気付いた。
今シャルルたちは、東からくる軍勢から逃れ南に向かう。その向かう先からラッパの音が聞こえる。
甲高く。
南は、パリだ。

シャルルが目を凝らすと。
百合紋のルイと同じ旗を掲げた、騎馬が先導し駆けてくる。街道をはみ出し、広がった軍勢、千騎はあるだろう!
先頭にいた一騎に見覚えがあった。
その男は軽装のままだったが、肩と腹に皮のあてをして、腰に二本の剣。黒い髪を肩のあたりで縛った、騎士。
ロトロアだった。

「援軍だ!」
叫んだのは御者台の近衛騎士だった。そうと聞いてシャルルも、そうか、ロトロアも国王の旗を掲げるからには、援軍なんだ。と、改めて認識する。
その不思議な安堵感を、どう表現していいのかシャルルには分からない。
ロトロアの白馬ブロンノを見ると迷わず駆け寄る白イタチの、そんな姿を思い出していた。
援軍だ、という響きは口々に広がる。近衛騎士団、その従者、だれもがその言葉を口にし、期待と安堵を入り混じらせる。
ベルトランシェも振り返った。
すでに、ロトロアを知らない人間にも、その騎乗の人物の容姿がはっきりと分かる距離になっていた。
ロトロアの振りかざした旗に合わせ、二人乗りの珍しい騎馬が数十頭、速度を上げて軍勢から抜け出し、駆けていく。シャルルはそれを見送った。それらは最前線まで行くと騎士の背に乗せていた弓兵が飛び降りた。あっという間に一列に陣営を敷き、盾を並べた背後から弓を放つ。
散らばっていた敵兵は、後から駆け付ける騎士にその攻撃をふさがれた。
「シャルル!俺のブロンノは」
「あんた、怪我は!?」
「お前も同じだろう!歩けもしない癖に、ほら、お前は下がってろ」
シャルルはブロンノに乗り換えるロトロアを見つめ、その後についてベルトランシェのもとに戻った。すでにルイの馬車は新しく到着した騎兵たちに守られている。
ロイも大丈夫だ。

ロトロアはベルトランシェに、手にしていた旗を渡した。
「後の指揮は任せるぜ」
「いや、ここはあなたが。相手がラン伯ならばなおさら、手柄としておきなさい」
ロトロアは、にやけていた口元を引き締めた。
「敵なれどわが叔父。それでも、任せるつもりか」
「それだけではありませんよ、あなたの親友もいます。陛下に訴えた願いをかなえたいのなら、そのくらい捨てる覚悟は必要でしょう!」
ロトロアのどこかまだ余裕のある口調に比べ、ベルトランシェは顔色一つ変えず突き放した。
親友。リシャールのことだ。
聞いて、ロトロアは改めて敵陣営を見つめた。
すでに軍勢で勝るこちらが有利なのは明白。ラン伯の軍は崩れ始めていた。



陽は西に傾き、夕闇があたりを包み始めていた。
嫌なくらい赤い空を背に、敗色が濃厚となったラン伯の軍勢は、ほぼ壊滅の状態だった。
陣営に焚かれた松明に照らされ、ロトロアとベルトランシェ。そしてその背後に座るルイ九世の前に。
ラン伯とその側近が、兵に囲まれ立っていた。
シャルルも馬から降りて、風が強いからと、ロイと御者台に並んで座る。
まるで、コルベニーでシャルルが戦わされたように、今残り少ない敵数人を囲んで円が出来上がっていた。

ラン伯は、愛馬にまたがったまま白い髪を自らの血で赤く染めていた。それでもふてぶてしいほどの視線を。目の前の甥に向けていた。その脇には、同じように馬に乗り、じっと、剣を抜きもせずにリシャールがいる。リシャールの視線はロトロアに向いていた。
なぜロトロアが国王軍にいるのか。
それが見つめる視線に表れているようで、シャルルは息苦しかった。
親友だと聞いたし、仲が良かった。それは、シャルルにも思い出す情景がたくさんあった。いつも、笑って肩を組んだり冗談を言い合ったり。あの冷静なリシャールが、ただ一人ロトロアには年相応の顔を見せていた。
その二人が向き合っていた。

ロトロアがゆっくりとブロンノを前に進ませた。
「裏切り者が、わが血族にお前のようなものがあるとは、情けない限りだぞ、ロトロア」
ラン伯の声は怒りに満ちていた。
「お前のために我がシャンパーニュが失われるのだぞ!分かっておるのか」
ロトロアはふ、と。笑った。
「叔父上。町も土地も、失われるわけではない。シャンパーニュの軍勢は未だ動いてはいない。今ここで、ルイ九世を襲ったのは単なるランの反乱とみなされる。ランを率いて反乱を起こし、無謀な戦いの末に領地を没収されるのは叔父上、貴方の責任でしょう。大体、叔父上。貴方がここで周辺を巻き込んだ争いを起すのは、テオバルド様のご命令でしたか」
ラン伯マルコは白いひげを震わせ、手にした剣を今にも振り上げそうな様相を見せる。
ロトロアは面白げに続けた。
「違うでしょう?慎重に事を運ぼうとしたシャンパーニュ伯の意思に反した行動、もはや誰も護りはしない。いずれ、シャンパーニュは宮廷と手を結ぶ。今、ジャンが橋渡しの重要な任について、シャンパーニュに向かっているところです。背後にシャンパーニュを味方につければ、ルイ九世は安心してブルターニュを討てる。これは、摂政ブランシュ様とクリア・レギスのご判断。ひとまずシャンパーニュと剣を交えることは避ける方向であると。よろしいですかな、陛下」
ロトロアは、背後に控えるルイ九世を振り返った。
ルイは肩を竦め。
「お前の策略通りと言うところだな、ロトロア。お前がクリア・レギスと母上を説得できるならばと思っていた。ラン伯マルコ。シャンパーニュとは同盟を結ぶ。私にラン伯領を差し出すことが条件になるだろう。ここにこうして、我が命を狙うお前がいるのだから、いずれお前の所領は私のものになる。シャンパーニュ伯に断る理由はない」
むう、と。ラン伯が唸り、背後にいた数名の騎士のうち一人が舌打ちをした。
「つまり。今後、ランは我が王領となる。心配しなくてもよい、私と契約を結んだロトロア伯が治めることになる」
ラン伯マルコの顔が曇った。
「貴様、謀ったか!」
叔父の唸りを手で制し、ロトロアは高らかに笑った。
「叔父上。ご安心を。領民は喜びますよ。そして、亡き我が父も」
ロトロアは、封じてあった緋色の剣をゆっくり抜いた。わずかに、リシャールに視線を流す。リシャールはふと、目を細めた。

「覚えておられますか。この剣は我が両親の命を奪った、賊の剣。我が両親はシャンパーニュに向かう途中、何者かに襲われ命を落とした」

風がロトロアの髪を揺らした。シャルルは初めて見たが、なまくらだと思っていた緋色の剣はとてもきれいに磨かれ、手入れされていた。ぎらぎらと艶めかしいくらいの光を弾いている。
封印されていた緋色の剣。柄にまかれたなめし皮が赤黒いのは。それを緋色と呼ぶ理由は、流された血の色からくるのか。シャルルはごくりと唾を飲み込んで見守った。

「剣には何の印もなく、ただ血塗られ捨てられた。盗賊なれば高価な剣を捨てるはずはない。では何故、賊は剣を捨てたのか。それは持っていてはならないからです。持っていることで、わが両親を殺したという事実を突き止められてしまうから。逆に言えば、今も私の周囲にある者、近くにいる者が犯人なのだと」
剣はまっすぐ、ラン伯を示していた。
「叔父上。あの日、別れ際に父は私にこう言った。もし、自分が命を落とすことがあっても、弟である貴方だけは頼るなと」
「何を言う、証拠など何もない!お前の父のような方法では町は廃れる。力をもって周辺を制する。お前の父は領主として当然のことができない臆病者だった。海をほしがり、フランドルに媚を売ってまで港に出ようとした」
と。言葉はそこで途切れた。
傍らにいた、リシャールが。ラン伯の腹に剣を突き立てていた。
「リ、シャール」
呻きながら、ラン伯は馬から転げ落ちた。
リシャールは剣を地に捨てた。
すと。馬から降りると膝をついた。

「ロトロア様、私に罰が与えられるならば、甘んじてお受けします。貴方のご両親は、私にとってもかけがえのない方たちでした。いつか、貴方がラン伯に剣をつきつける時が来たなら。必ずご助力差し上げると、そう心に誓っておりました」
あっけにとられていたロトロアに変わって、ルイ九世が口を開いた。
「よい。ラン伯は私の命を脅かしたのだ。どちらにしろ、生かしておく理由などなかった。ロトロア」
ルイが進み出る。ロトロアは馬を下り。ルイの前に膝をついた。
「我が名において命じ、ここにいる皆と、空に瞬く星を証人に誓約する。お前は新たなラン伯として、民を治めよ。貧しきもの、無学なもの、病めるものも弱きものも。統治者として護り、街を栄えよ」
ルイの伸ばした手を、ロトロアが両手で握り締める。
「ありがたく、お受けいたします」
「リシャールの処分は、お前に任せる」
自然拍手が沸いた。
シャルルはずっと、黙って彼らの様子を見つめていた。
ラン伯が馬から落ちた変な体勢のまま、絶命している。その側に、生き残った側近が今ゆっくりと馬から降りた。両手を上げ、戦意のないこと表した。
そこに、近衛騎士たちが駆け寄り、武具を奪い取った。
それを背景に、兜を脱いだリシャールの髪が風になびく。ロトロアはその肩に手を置いて立ち上がらせた。
喧噪に言葉は聞こえなかったけれど、仲直りするのだろう。
ロトロアは笑いながら親友を抱きしめた。

いつか、キギに聞いたことがあった。
ロトロアは両親を幼い頃に失ったと。そのとき、所領のランを叔父に奪われルジエに追いやられたのだ。だから、ロトロアは今もランの民衆にとっては領主であり主君で。ロトロアの両親が惜しまれたのと同じように、ロトロアが田舎に去ったことを惜しむものが多かった。ランを訪れた時の歓迎振りを思い出した。
「ロトロア伯が契約を結ぶならルイ九世とすると言っていた。このことだったのだね。ルイの味方となる代わりにランを治める。臣従礼を結び地方代官になった」
「うん」
「ロトロアも策に長けているけれど、ルイもそんな取引をするようになったんだね」
ロイの感想に、シャルルは隣を振り返った。
遠く、自らの弟を見つめるロイ。その表情は、嬉しそうに笑っていた。


この日、ロトロアは両親の死以来十二年の歳月を経て、その領地を取り戻した。
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