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9.11平和を書こう「あさひ」3



九月に入り、旭との生活にも慣れ始めた頃。
その日は接待のために十二時前には帰れないから、先に寝ていなさいと伝えた。
焼いたパンに噛み付きながら、旭はうんとも言えない小さな返事をした。
牛乳で飲み下す彼を見て、私もコーヒーのカップを置いた。

「なんだ、どこか痛いのか?」
元気がないように思える。

「ううん、平気。学校は休まないんだ。だってさ、僕、将来ニューヨークに行くんだ。だから、勉強はちゃんとしなきゃいけないんだ」

あの作文を思い出す。
「そうか。英語くらいなら教えてやれるぞ」

「でも、聡さん忙しくて帰ってこないし」
こんな物言いをされたのは初めてだった。だんだんと、慣れて来たという証拠なのだろうか。
「あ、ああ、そうだな…ごめんな」

「いいけど。僕に、聡さんの部屋のパソコン、使わせて」

「どうしてだい?」

「英語の勉強する」

「うーん。仕事のデータもあるからね、パソコンはまずいな。英語、本当にやる気なら、どこか塾にでも入るかい?」

ゆで卵の黄身が頬についているので、とってやる。少し不機嫌そうだったのに、くすぐったいのか旭は笑った。
「うん!いきたい!塾って行ったことないから!」

私は職場の大橋さんを思い出していた。確か、同じ年頃の子供がいる。
きっと何か、教育についてアドバイスが受けられるだろう。



昼休みが半分過ぎるころ、大橋さんは必ずコーヒーを入れて午後に備える。
私はそのタイミングで給湯室をのぞいた。
狭いそこには、給湯の設備と、冷蔵庫、自動販売機などが置かれている。
「大橋さん」
丁度よく、二人きりだ。
少し横に張ったタイトスカートの後姿が驚いたように私を見る。

「あら、角田くん、珍しい。どう?どうせ三杯分できるから」

ありがたくコーヒーをもらう。
「あの、大橋さん、相談があるんです」


三つ年上の大橋さんは、豪快に笑った。
きりっとした化粧と少々派手な口元。自動販売機の脇のベンチに二人でいると目立って仕方ないのに大声で笑う。同僚たちが飲み物を買いに来るたびに、なんでもないんだと愛想笑いでごまかす始末だ。

「面白いわ!切れ者の角田くんが子育てに奮闘しているなんて知ったら、がっかりする女の子も多いわよ」

「からかわないで下さい。なかなか、時間を割いてあげられなくて困っているんです」

「あらまぁ。それでも文句も言わずに待ってるの?出来た子ねぇ」

「え、まあ。一応私の息子ですし」

そこでまた、噴出す。
「やだやだ、父親の顔してるわよ」

「大橋さん!」
子供の相談をすることがこんなに照れくさいものだとは思わなかった。

「ま、いいわ。うちの子が行ってる塾を紹介してあげるわ。でも入塾にはテストがあるわよ」

「え?」

「一応、進学塾ですからね。将来海外で活躍したいなら、出来るだけ上を目指した方がいいわよ。上手く行って一緒に通えたらまとめて面倒見てあげるわ。うちは母が迎えに行ってくれるから。塾は送り迎えが大変なのよ」

「助かります。しかし、テストですか。旭の学力、知らないんですよね」

「一度小学校の担任と話してみたら?ほら、今日にでも」

「あ、いや今日は部長と」

「代わりに行ってあげる」

今日の部長との接待は、今後私の役に立つ重要なものだった。
客先といいつながりを持てば契約に結びつく。それは、大橋さんも同じことだ。
取られる、という感覚が腹のそこに湧き出す。

「あ、いえ、ありがたいですが、今日は私が行くことを先方にも約束してありますので。また、明日にでも小学校に行ってみますよ」

大橋さんがちらりと残念そうな目をしたのが印象に残る。

「塾の資料はまた、持って来るわね」

その後のやり取りが、そっけないものに感じられたのは私の邪推なのかもしれない。
大人は嫌だな、旭。
ふとそう思っている自分に笑えた。


帰りのタクシーで部長を送った後、私は得た手ごたえに満足する腹を抱えて、ほろ酔いで揺られていた。
契約の話は明日にでも挨拶に行けば進みそうな勢いだった。

ふと、ポケットの携帯を思い出した。
そういえば、今日は朝のうちに先に寝ているようにと伝えたために、いつもの旭からのメールも確認するのを後回しにしていた。
みると、何の着信もなかった。
もう、寝たのだろうか。


子供の寝顔は、きらいじゃなかった。正直、可愛いと思う。元々由香里に似ているから、将来の男前ぶりを今から想像したりもする。大橋さんに笑われそうだが。

ベッドに慣れないせいか寝ている間に布団を蹴り落とすから、帰宅してすぐにかけなおすのが日課になっている。
九歳で夕食も入浴もキチンと一人で済ませる旭が、普通なのか立派なのか。
私には比較できないが、とにかく予想以上に手のかからない子だった。


「ただいま」
玄関先でこう言うようになったのも旭がいるからだ。
彼が来る前は挨拶する相手などいなかった。


いつものように、まず、彼の部屋をのぞく。

既に部屋は照明が消されて暗くなっていた。
起こさないようにそっと小さな明かりだけをつける。
子供らしくないシンプルな無垢板の机にはランドセルが置かれ、書取帳がブルーのチェック模様の毛布に乗っている。
勉強しながら寝てしまったのか。

ダブルベッド用の大きな枕の影をのぞく。いつもそれに抱きつくように寝ているからだ。

姿がなかった。

慌てて照明を明るくする。
いない。

私は家中をぐるぐると回り、トイレにも、風呂場にもいないことを確認した。
誘拐なのか?
今度は自分が玄関の鍵を開けて入ってきたのか、最初から開いていたのかを思い出そうとリビングを歩き回る。

思い出して携帯を取り出したとき、着信があった。

一時保護所だった。



⇒4へ続く
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