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9.11平和を書こう「あさひ」5



翌日、私は久しぶりに早めに帰ることにした。旭のことが心配でもあったし、旭が珍しく今日は早く帰れとせがんだから。理由を尋ねてもヒミツだと笑う。
寝不足なのか少し青白い顔で、それでも旭は楽しそうにしていた。


約束どおり、午後六時過ぎには家に戻った。
旭は既に帰っていて、自室から出てきたときには白いシャツに黒い半ズボン。自分で整えたのか髪もいつもより大人しく頭に納まっていた。

「なんだ、どうしたんだい?」

「お帰りなさい!あのさ、聡さん。僕、行ってほしいところがあるんだ」

「レストランにでも行くのかい?まるで礼装だね」

私の背を押して部屋に連れて行く旭。

「うん、聡さんも礼装して。今日はお父さんの命日だ」

ああ、そうだった。

九月十一日。

私は、旭に言われるまま着替えると車に乗り込む。

旭が目指したのは、霊園でも由香里の病院でもなかった。
丘の上の公園。
以前、旭が由香里たちと住んでいたアパートの近くだ。さほど大きくもないが、遠く、海が見えた。
毎年、一人で来ていたのだと笑った。

私は知らなかった。
離婚直前に旭を連れてきたことがあったが、海が見えることは気付かなかった。あのときが、三歳の旭と会った最後の瞬間だった。
今は、こんなに大きくなっている。

既にうす闇に包まれる青い街明かりの向こう、うっすらと煙るような水平線。
旭はここで、ニューヨークの私のことを想ってくれていたのだ。

夜風に髪がなびく。
一つくしゃみをした旭は、私がかけようとした上着を手で制した。
一人、高台の端のフェンスまで歩いていく。

黙ったまま、彼はじっと海を。
遠いニューヨークの方向を見つめていた。

「旭、お父さんのこと好きかい?」

何も言わない。
私としては、勇気のいる言葉だったのだが。

「な、もし今お父さんに会えたらなんて言うんだ?やっぱり、お母さんのこと置いていってしまったから怒るのかな」

「お父さんは、死んじゃったんだ。僕や、お母さんのためじゃなくて、世界平和のために。だから、会えないんだ」

旭の声は、泣いていた。

「ごめん、な」

一人にして置いてあげるべきなのか、そばに行ってやるべきなのか。
小さい背中に、私はなんて声をかけていいのか分からなかった。
ここに、私はいるのに。
旭が想うような、立派な父親だとは言えずにいる。

ふいに、振り向いて駆け寄った旭が、私に抱きついた。
「……旭」
「今日は、今日だけは僕、お父さんのために泣くんだ、お母さんはお父さんは尊い教訓を残して亡くなったんだから泣いちゃダメだっていうけど、でも」

喉まで、出かかる。
死んでないんだよ。今、目の前にいるんだ。

汗で湿った頭をなでてやる。
子供は体温が高いという。秋の気配が感じられるこの時期でも、こうして抱きしめていると私まで汗がにじむように感じられた。
小さい背中にどんな思いを背負っていたのだろう。
まだこの世に生まれて十年も生きていないのに。
しばらく、胸をぬらす旭を抱きしめていた。


傍からみたら、こんなバカな親子もいないのかもしれない。
けれど、旭の中の父親は死んでいて、彼に未来の夢を残した。

「将来、ニューヨークで消防士になるんだよね?」
旭は頷いた。私のハンカチで不器用に涙を拭く。

「そうか。カッコイイな」

「うん。映画とかあっただろ、観たかったけどお母さんがダメだって。仕方ないから図書館で何度も見たんだ。昨日も、病院に行く前に観たんだ」

「そうか。な、お母さんの容態が安定したら、一緒に会いに行こう。私も会いたいんだ」
私の面会は、今はまだ医師に止められていた。

「うん」

「それからね、先になるかもしれないけど。来年には、ニューヨーク、行こうか。九月は仕事が忙しいから難しいけど、休みの取れる時期なら行けるよ」

「本当に!?」
あまりにも嬉しそうに旭が笑うから、私は嘘を固めていく自分への嫌悪感を押さえ込む。

「ああ。グランドゼロ、行きたいだろう?」

「うん!」

「消防士の仕事も見学できると聞いたことがあるよ、手配しておくから」

「すごい!聡さん、すごいな!」
旭の笑顔が嬉しかった。

私は、一生、父親になれなくてもいいかもしれない。

「ね、聡さんがお母さんと再婚したらいいのに!そうしたら、お母さんもさびしくないよ」

いつか。由香里の心の病気が落ち着いて、本当にやり直せるならそれもいい。
子はかすがい、よく言ったものだ。



帰り道にレストランで夕食を取り、二人で旭の亡き父親、つまり私自身のために献杯した。

「けんぱい?」
「そうだよ。亡くなったお父さんへの挨拶のようなものだね。乾杯では、祝いの杯になってしまうからね」
「ふうん」
出されたハンバーグを不器用に切り分けながら、旭は笑う。
昨日の喧嘩の跡が、まだ頬に赤いかすり傷を残していた。


家に戻った九時ごろ。
来客があった。


こんな時間に珍しかったので、私はアンダーシャツ一枚の上に、慌ててカーディガンを羽織った。

「こんばんは。警察です」

男たち二人が、そう言った。

「え?」

「角田聡さんですね。少々、お話を聞かせていただきたい」

遠慮がちな言葉とは裏腹に彼らは既に私を押しのけるように玄関に入ってきた。
この暑いのに黒っぽい色のスーツが嫌な印象を与えた。誰しもが自宅で無防備になる時間帯に乗り込んでくる傲慢さに苛立った。こちらの精神的な動揺を狙った行動なのかもしれない。


リビングに通し、私は心ならずも冷えた麦茶を出す。
二人は話し出した。

「城戸あや子さん、ご存知ですか」

旭の祖母だ。
私は頷いた。

「昨夜、何者かに襲われましてね。重体なんですよ」

「襲われた?」

「はい、娘さんの病院の近くで倒れているのが発見されましてね。頭部を殴打されたようで、意識不明なんです」

「……それで、なぜ、うちに?」

喉が、渇いていた。
目の前の水滴の伝うグラスを見つめる。


病院、昨夜。
旭は病院に行ったと、言っていた。
喧嘩の相手は知らない人だと答えた。

まさか。

グラスを伝う水滴が布製の白いコースターをぬらした。
刑事の一人が、かすかに肩を上下させる。

「なぜって、無関係ではないでしょう?別れた奥さんの母親だ。奥さんは今入院中ですよね、仲のいいご夫婦だったそうで、今も治療費を負担されているくらいだ。
離婚の原因は奥さんの母親にあったと。皆がみな口をそろえて言うものですから。
あや子さんはアルコール依存症で手に負えなかった。……あなた、昨夜どちらにいました?」

ふいに刑事の口調が鋭くなる。

それより私は、自分の中の想像に恐怖を感じていた。
あの子は、そんなことをする子じゃない。

「角田さん?」

肩を叩かれ我に返ると、私は目の前の麦茶を飲み干した。

「それ、僕」

振り返ると戸口に枕を抱えたままの旭が立っていた。
青白い顔で頬だけがやけに赤く火照っていた。熱っぽい目を見開いて私たちを見ていた。



⇒6へ続く
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