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「想うものの欠片」第四話④



日は既に傾きかけ、大公が自室に戻り、椅子に深々と腰を落ち着けたときには、三時の茶が運ばれた。

侍従が冷やした甘茶をグラスに注ぐ。
二つ、置かれたグラスには、琥珀色の静かな波が揺れた。


ラム酒とジャムを混ぜたものが小さな器に盛られ、傍らの白い皿には焼きたてのマフィンにクリームが乗る。熱に解け、ゆるりと流れた。


「本当に待っているとは思わなかったぞ」

リュエル三世は、二つ並べられたグラスの一つを手に取ると、髭の縁取る口元に運ぶ。
一口、唇を湿らせると、深く息を吐く。

スレイドは黙って軽く肩をすくめると、黒い帽子を取る。この部屋に来て初めて帽子を取る。
一国の主を前にそれは無礼極まりない行動ではあるが、この黒尽くめの男にその常識は通用しないかのようだ。リュエル三世も別段気にする様子もない。

「議会が長引いたようですねぇ」
細身の黒いズボンに包まれた膝を、するりと組みかえる。

「カドニカと、ムハジクはミーア派の責任を問えとうるさい。公国議会としては今はまだ大司祭の解任はしない方針だ。だが両名ともロロテス派の息がかかっていること、間違いないな」

大公は議会でミーア派の大司祭、つまり聖女ファドナを更迭するべきだと主張した二人を思い出す。巧妙に同じ意見でありながら合い通じていることを隠していた。

「でしょうね。カドニカは自身、熱心なロロテス派信者です。ムハジクは最近ティエンザに広大な土地を購入したと聞きます。どちらも、ティエンザに隣接する領地。なにかと影響も受けていることでしょう」

スレイドの言葉に大公は再び甘茶を口に運ぶ。
それは既に、赤いジャムによって濃い暗赤色に染まっている。

「うむ。国境の橋、キョウカレズを持つムハジクが、ティエンザに組するとなると、気をつけねばならんな。駐留している国境警備隊も、ムハジクが私兵を興せばそれこそ背水の陣だ」

「戦争が起こると?」

「まだわからん。だが、ティエンザが意図してわが国から金も人も吸い上げているのは明らか。その結果、わが国を思うままに出来る力をつけようというのか、それとも具体的に兵を向けるかは今はまだわからん」

「どちらにしろ。不利ですな」


「聖女はどうなされている」

「相変わらずです。別邸を貸与していただき、感謝していると言付けを賜っています。既にロロテス派によりシモエ教区には調査の手が伸びています。旧聖堂にも調査の旨連絡がありました」

「あの方を、巻き込みたくはないのだが」

大公の眉間に小さくしわが寄るのをスレイドは見落とさない。
いや、確認せずとも、それは想像できる表情であった。

「案ずるなとは、それですか」

予想はしていたものの、スレイドはやはり落胆する気持ちを抑える事はできない。ミーア派でもタースでもなく、大公はただ聖女ファドナ、たった一人を案じているのだ。

元来、政教分離の理念が強いこの国では、政治の中心である大公は教会との関わりを最小限に保つ。どの宗派が何をしようと、政治に影響がなければ無関心だ。同様にシデイラのこともシモエ教区についても、単なる政治的な道具に過ぎない。不要になれば切り捨てるだろう。

その男がただ一人、あの聖女ファドナだけを気に懸ける。

理由は単純だった。
大公も人間。

大公リュエル三世は、公妃亡き後、ミーア派の聖女ファドナに想いを寄せているのだ。

「ふ、父上。ファドナ聖女は仮にも我が国最高の司祭、その権限を持つのですから。ついて回るものを避けて通ることも出来ません。相変わらず美女には弱いということですかな」
「スレイド」
皮肉な言葉に、大公は眉を寄せた。

「巻き込みたくないのでしたら、いっそのこと大司祭の地位を剥奪したらいかがです。それによって議会が納得し、ファドナさまも安全になる。あなたがミーア派にしがみ付くほど、ミーア派の代表であるファドナさまは矢面に立たされるわけです。
わが国は、父上。ティエンザとは違います。どの宗派になろうとも、国政を教会に左右されることはありません。ティエンザのロロテス派が勢力を伸ばす前に、国内のロロテス派を味方につけて備えることも一計でしょう」
「お前まで、ムハジクと同じことを申すのか」

甘ったるいスコーンをすべて口に押し込んで、スレイドは面白そうに笑った。

スレイドの母親はすでに亡くなっていた。
大公に寵愛を受けたものの、スレイドを産み落とし正式な婚姻の前に亡くなった。身寄りのなかった母親はこの世にスレイドだけを残した。

誰もその存在を知らない。亡き公妃の嫡子、本来なら異母兄弟であるが、彼らすらスレイドを単なる大司祭の従者と考えている。

大公は二人でいる間は父と呼ぶことを許し、こうした会話も交わすが、他人が交われば一変する。スレイドも庇護を望むつもりはないが、無関係でいようとするほど子供でもない。

付かず離れずを保っていた。

その大公が、聖女ファドナに対する想いを隠そうともせず、スレイドにその守護を任せる。

スレイドの少し歪んだ笑みは、そうしたところから来るのかもしれない。
素直に父、リュエル三世に賛同することはしない。

「同じではありません。ムハジクが敵だとしても、敵の要求を受容することが必ずしも我が国に損をもたらすものではないということです。逆に利用することで、我が国の底力を見せ付けることが出来る。ティエンザの出方も変わって来るでしょう。変わらねば、変えられないのです」

男の言葉には、意味があるようにも取れる。
しかし、大公は聞き流した。

どちらにしろスレイドの意見ではなく、議会と教会の意向により今後の方針は決定することになる。その時にファドナに問題が起こらねばよい。

いざとなれば、あからさまに保護することも、大公は選択肢の一つとしていた。

「ふん。ところで、スレイド。例の混血児はどうした?お前らしくもない、取り逃がすとは」
「申し訳ありません」
スレイドの闇色の瞳がかすかに揺れる。
大公がそれに気付いたかどうか。

他ならぬ聖女ファドナがタースを庇い隠していることに、気付いているかどうか。

そこはスレイドにも分からない。息子の嘘を見破れるほど、日々親しくしているわけでもない。それは、逆にスレイドにとっても同じことだ。読み切れない男の視線に一度置きかけたグラスをまた口に運ぶ。

大公は不自然なタイミングでグラスに手を伸ばす息子に気付いていた。
だが何も言わず、再び自分のグラスを口元に運んだ。


「まあ、よい。出生の状況は確認できたのかな」
「十年前に保護施設の担当者は例の事件ですべて亡くなりましたので。シデイラの民たちは口を閉ざしたままですし、資料も残っていません。こちらの図書館に移された資料にも、そういったものは見当たりませんでした」

「山岳地帯に隠れ住むシデイラは今や皆無といわれている。やはり、シモエ教区で生まれたとするのが正しいのだろうな」
「父上」

憶測であろうと不用意な発言は命取りになる。
「うむ。分かっておる。ミーア派の落ち度とされてはますます情勢が悪化する。今のところ不明である、今後もそれのみが事実だ」
「ええ」

空になったグラスがテーブルに置かれる。
硝子に透けて見える大公の表情とスレイドの瞳が写り込み、不可思議な親子の肖像が一瞬の間だけ並んだ。

スレイドは立ち上がった。

「タースが見つかったらどうなさるおつもりですか」
「利用できれば生かす。出来なければ、処分する。分かりきったことを聞くな」

黒い帽子を被りながら、男はかすかに表情を変えた。
大公は気付かない。

「ふん、いなかったことに出来れば、一番いいのでしょうねぇ」
「そうだ」

立ち上がり、スレイドは小さくつぶやく。

「私と同じ、で」

黒い髪の後姿を見送って、大公はスレイドの残した呟きを苦くかみ締める。

この世になければよかった命など、存在しないこと。
もちろん、大公は知っていた。


次へ(9/19公開予定♪)
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松果さん♪

そう、スレイドさん、そんな方です(笑)
多面性お好みですか?らんららもです!
人はそんなに単純じゃない、ですよね!
時にはがんばってみたり、時には全然ダメだったりする。

ああ~。魅力的なキャラを書きたいです!

なんと!

大公閣下はスレイドのパパでしたか。
なるほど~そういうジョーカーを持ってる人だったのね。どうりで最初から態度がデカ…いやいや。

貴種でありながら庶民のしたたかさを身につけてる、いいじゃないですかぁ~。こういう多面性のあるキャラ、好きです♪

ぬこさん♪

うふ!そうです、スレイドさんはそういう人でした♪
楽しんでいただけました?

今年最後!おお~。そういう時期ですね♪
お世話になりました♪また、来年もヨロシクです!

 スレイドのイメージが自分の中で固まった!(脳内でセルピコ君と勝手に呼んでたり…(ベルセルクか!)ネタ的なイメージ)
 
 はじめの方でお茶するシーンがなんか、あまーい匂いを醸し出してるのが、二人の関係のギャップ差に色を添えている感じ…
 それにしても、親子か!

 とりあえず、今年最後のコメントになる?ご挨拶。 

柚木さん♪

こんにちは~!!
いろいろとありましたが、今は順調ですか?(^^)
らんららも無理しない程度にがんばってますよ~♪
は!
ブランカ…楓さんに激辛もらってちょっと、柚木さんに読んでいただくのはハズカシな感じです~。
話としてまとまってるのは「水凪の国」あたり…。(をい…^^;)
発想とキャラがいいのは「宙の発明家」…♪
柚木さんの9.11作品読ませていただきました!
感想をどこに書いていいか分からなかったのですが。
すごく良かったですよ!
さすが。
今回楓さんもiランドにいっちゃって、すこしブログ仲間としては寂しいのですが、楓さんにはケータイ小説、あってますものね♪
柚木さんと同様、応援してますよ♪
らんららは、ブログの穏やかなコメントのやり取りが好きですので、やっぱりブログは止められません♪
また、遊びに来ていただけると嬉しいです♪
らんららももちろん、行きますよ♪

コメントありがとうございました!

いちごではお世話になってましたっ

楓さんの所でお名前見つけて飛んできました。
そう言えば、「片翼のブランカ」?途中で感想残せて無いの思いっきり思い出しちゃいました(笑)

コメントアリガトウです!

楓さん~♪
うふふ、スレイドさん、大人ですよ~♪こんな奴になろうとは、らんららも想像してなかった(笑)
複雑な大人を描くと、楽しいですよね。普段単純なタース君やミキーちゃんだったりするんで♪
了解です!iらんど、らんららも一度入ったことあるんですよ。でも検索が難しくて自分のサイト見るのに苦労しなきゃならないのがなんだか、って感じだったので。今考えれば野いちごと変わらなかったかな?あ、でもBBSはなかったような?
とにかく、そちらでのご活躍お祈りしてます♪


chachaさん♪
あはは、政治、宗教。らんららも実は苦手(笑)というか、歴史全般が苦手なの、記憶力なくて。高校のとき一番成績悪かった。なので世界史を選択しなかったの~。自分勝手に考えるのは楽しいのだけど。
なので、分かりやすく、複雑にならないようにしますよ~♪
分かりにくくなったら、キーワード解説、見てね♪

ユミさん♪
はい♪スレイドさん、複雑な人です。彼は一番自由でしょうね~。
ごめんね、難しくて…政治のお話はとりあえずここまでだから♪
次回からいつも通り、三人の楽しい旅に戻ります♪

スレイドさんも複雑な生まれなんですね~。
嫌味の一つや二つ…三つ四つ(笑)言いたくなっちゃいますよね。
生まれてきたのには、それぞれ全員に意味があると思うので、
スレイドさんは、どんな役目を果たすのか、楽しみです~♪

いま、なかなか話が難しくて、噛み砕いて読んでます^^
いつも軽いのしか読まないので、時間かかってますが><

うっは~ん♪

スレイド~~><
めっちゃ君は株上昇だよぉ~~~(笑)
まさか、大公の息子だったとは・・・すご@@;
なんちゅー言葉使い&態度なんだ君はっ!失礼だぞ!ぷんぷん!って思っていたのに・・・えぇぇ!?と(笑)
腹黒く(ひどっ)裏があるスレイド・・・
実はシーガくんより癖がありそう??単なるユルギア嫌いではないみたいですね^^ふふ☆

本当、世界が大きく、大きく映し出されてきましたよぉ!
あぁ、私の苦手分野(笑)、政治・宗教の争い。その背景に構える影。
うぅぅ!頑張って読んでいくとです!ついていきますよ!^^

スレイド……

完全に確変モードですね。笑
みなさんのなかでも株が急上昇のようで……
ええ、僕もデスよ。
ニヒルでその上そんな血脈をもっていたとは……
いいじゃん。
いいじゃんすげーじゃん!
……
いやはや(汗

ところで、すでに野いちごでお話ししたとおり、お知らせがあります。
以下コピペで失礼します。

この度、ブログを凍結致しました。
工エェ(゚Д゚; )ェエ工
いやいや、実は魔法のiらんどに拠点を移すことにしただけのことでして、活動自体は今まで通りやっていきます。
もちろん、
毎度のようにココにもお邪魔します。
最近サボリ気味だけど(汗
で。
リンクの張り直しをお願いにあがりました。

楓の森
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=kaede_kaede

です。

すんませんが、今後ともヨロシクです!

takagaっち~♪

野いちごで勝手に話しかけているらんららを許してね~♪
ふふ、男の子モード。「男脳」だといわれます…。
設定楽しいですよ~、国同士の争い♪
ああなって、こうなってと。でもそれをきっちり表現するのが難しいのだけど…むん!がんばりますよ!!
スレイド氏、二つ顔を持っています。もちろん、シーガ様もそれはご存知。タース君視点だけでは表現できない部分、だんだん増えていきますが♪
楽しみにしてください!!
で、次元大介っていったのイメージしていただけたでしょうか♪イラスト楽しみにしてますよ~!!

史間さん♪

ありがとうです!!スレイド氏は二面性を持たせようかと♪実は一番怖いタイプ♪服装もとにかく、中身も黒い。黒いの好きですね?(むふふ♪)
でも、自分と似た境遇のシーガ様やタース君には同情的です♪
この辺り、上手く描きたいなぁ~と。複雑な人間関係、楽しいですよね~!!

おおー

世界観が一気に拡大してます。
らんららさん、急に男の子スイッチが入ったかのように政治政治政治。世界情勢万歳。政教分離ですがなー
それは設定集を作るのも楽しそうな(笑)

スレイド(次元大介)
明らかにキャラ設定に見直しが起こったような!!
完全にレギュラー化ですか。あの親方の家に来訪した頃のスレイドとは同一人物で宜しいのですね?父上(興奮)
いつかイラスト再チャレンジしよう。非常にカッチョブーな男です。うむ。はい。

あのですね。

だんだんスレイドさんが、私の中でかっこいい男No.1になりつつあります。
この不適な黒い(今のところ容姿・笑)人、かっこいい!!
何気にこの人が一番全体像をつかんでいる気がします。

それにしても大公*><*
ファドナ様かぁ~お似合いかも!(←
一途なおっさんも好きです♪
続きがたのしみ♪
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