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「ホンキは本当の勇気、ホンキは本当に好き、そういうこと」**バレンタイン短編



デパ地下。
目が回るくらい赤い色とピンクの色が交じり合って、たくさんの女の人がひしめいている。甘い匂いに僕はちょっとめまいがした。
明日は二月一四日。バレンタインデーなんだ。
だから、この場所は今、このデパートで一番暑苦しい。お婆さんも高校生くらいの女の人も小学生も。とにかく。女だらけ。そこに、僕が一人でいるのもちょっと場違いかもしれない。

僕は念入りに選んだ有名なブランドのチョコレートを一個一個指定して、小さい四角で仕切られた可愛い箱に詰めてもらっていた。少しパールっぽく光る白い箱は、清楚な感じでぴったりだと思った。
「真ん中のとこに、このピンクのハートのが入るようにしてください」
可愛く髪を二つに縛った店員さんがカウンターから身を乗り出して聞いている。
「センスいいわね。素敵。ふふ、本命チョコ?」
小学生だと思って、気軽に声をかけてくる。
プライバシーってヤツだと思うんだけど。でも、センスいいって褒められちゃったからなぁ。
「うん。そう」
「あれ?男の子?」

カウンターにぎりぎり目まで出る僕はうなずいた。
とたんに店員さんが笑い出しそうな顔をした。
「リボンはね、白いのとピンクのと二重で。シールのとこのお花はその白いスズランだよ」
聞いていないみたい。僕のこと目を丸くして見ていた。
仕方なく、僕はもう一度同じことを言わなきゃならなかった。付け足すことも忘れない。
「それと。僕、男だけど、チョコをあげたい人がいるんだ」



外はいい天気で、体育の先生の吹く笛がここまで聞こえた。校庭でマラソンをしている上級生がちいさな列になって流れていくのを、目で追っていた。
オイルヒーターの静かな温かさで、僕の顔は火照っている。
緊張しすぎてさっきまで痛かった胃も、渡してしまった今は少し治まってきていた。

目の前で、白とピンクのリボンが揺れる。
「睦(むつみ)くん、これ先生に?」
茉莉乃先生のふっくらした白いほっぺたが少し赤く見えた。
白い手でいつも僕の熱を測ってくれるように、僕の頭を撫でてくれた。
「うん。僕、先生にお世話になっているし」
「ふふ、バレンタインデーは女の子から渡すものなのに」
「好きだったら、逆でもいいでしょ?」
精一杯の殺し文句のつもり。先生は目を丸くした。ピンクに光る口元が僕の目を奪って離さない。
白状すると、心臓はがんばりすぎて、今にも止まっちゃうんじゃないかってくらいだ。椅子を持つ手も、それを離せば震えている。また、視線を校庭にそらして。

「僕、先生のこと本気なんだ」
言った!

恐る恐る、先生を見あげた。
ふと先生の目が優しく細くなった。可愛い。
「ありがとう。嬉しいなぁ。睦君とは一番の仲良しだものね」
仲良し!
その言葉と茉莉乃先生の笑顔で、僕はとりあえず満足だ。
あせっちゃいけないんだ。最初から結果を求めるのはダメなんだって、何かの本にあった。まずは、チョコでインパクトなんだ。

先生はいつものお薬を棚から出してくれた。その棚には、しっかり僕の名前がついていた。
卯月 睦(うづき むつみ)
何かの空き箱に白い紙を貼って、そこに綺麗な字で書かれている。僕の専用の薬が入っていた。
「はい。睦君はいろいろと考えすぎちゃうのね、だから、いつも胃が痛くなっちゃうのよ」
「僕、繊細だから」
いつもの口調に戻れて、僕はホッとしていた。先生もいつもみたいだ。
「ふふふ、自分で言うか」
「本当だもん」
「さ、教室に戻りなさい。沖山先生が心配するわ」
僕は口を尖らせた。
沖山は僕の担任。不細工、ガサツ。絵に描いたような体育教師。僕は嫌い。
「もう少し、ここにいる」
「だめよ。先生はこれから研修があるから。そばに居てあげられないし。一人じゃ寂しいでしょ」
なんだ。

仕方なく僕は冷やりとした廊下に出た。
扉を閉めて、振り返る。
学校で僕が一番長い時間を過ごす場所。保健室。
恋に目覚めてから五年目の、僕としては本気の恋だ。
今までのは間違いだった。
幼稚園の先生に憧れたときは僕がまだ、子供だった。小学校に入ってからのクラスの子は、ぜんぜんガキで相手にならない。見かけ可愛いだけじゃだめ。
やっぱり、大人で優しくて。茉莉乃先生みたいじゃなきゃ。僕は小学校に入って四年目にして、やっと大切な人を見つけたんだ。


教室に戻ると、もう五時間目の終わりごろで、担任の沖山先生が僕を見てにかっとでかい口で下品に笑った。
「睦、もういいのか」
「はい。すみませんでした」
返事をしながら僕は自分の席に戻る。机の上にバカとかなんか、クレヨンで書いてあった。いつものことだし犯人も分かるから僕はそっちを睨んでやった。
ちらちらこっちを振り向いていた「クラス一、無駄にデカイ竹中」が、目が合ったとたんにニヤって笑った。口の周りに給食に出たカレーがついてるぞ、恥ずかしいな。

思った通り。竹中は帰り道、校門で僕を待ち伏せしていて僕が無視して通り抜けると後を追いかけてきた。
竹中のバカなとこは、苛めるなら大勢でやればいいのに何故かいつも一人だってこと。バカだから友達少ないし。そう言うことだ。
「むつみ~、今日いいことあった?」
「ないよ、べつに。いつも通り」
「オレさぁ、桃花ちゃんにチョコもらったんだ」
それはちょっと意外。僕が立ち止まったせいで、ニヤニヤ顔の竹中が隣に並んだ。
走るのも逃げ出すみたいだからかっこ悪いし、仕方なく、僕は竹中と並んで歩く。
「お前は?」
「もらってないよ」
「一個も?誰からも?」
「チョコの数自慢するなんて、ガキだよ」
「へ、強がり言ってる!」
自分が優勢と思ったんだろう、竹中はほれほれと上着のポケットから赤いリボンをちらつかせて満足げだ。
でも長くは続かなかった。

僕の家の前まで来たら、竹中の顔色が変わった。
幼なじみの桃花が立っていた。隣の家に住んでいて、同じクラスなんだ。
竹中はもうずっと片思いしている。皆、知ってる。そのくせ、僕みたいに勇気が出せないんだ。だから、無駄にデカイって呼ばれるんだよ。

「おい、桃花、なんでここにいるんだよ」
竹中が桃花を睨みつける。
好きなくせに、どうして竹中はそう言う態度取るんだよ。だからバカだって。

桃花は長い茶色の髪を冷たい風に揺らして、真っ白い帽子の下のほっぺが少し赤い。
人気はある。
「うるさい!あたしの家は睦くんの隣、ここなんだから。いて悪いの?」
桃花も見掛けは悪くないのにどうして、そういう言葉遣いに育ったのかな。おばさんが僕の母さんと立ち話しながらため息混じりに嘆いているんだ。僕は知ってる。
桃花は僕の前まで来るとむっとした顔でそれを突き出した。
「はい!これ。睦くんの分」
僕の分、って言われると、大勢のうちの一人ってことだよね。
義理チョコにしては、ちょっと大きい気がするけど。

差し出した桃花の手は、冷たくなっていて。僕はぎゅっと握った。
ずっと僕を待ってたのかな。
「ありがと」
「あ、お前なにしてるんだよ!」
竹中が変に意識して僕の手を引き剥がした。
手をつなぐなんて毎日してるのに。登校する時だって一年生と手をつないで集団で歩く。
竹中は告白できないくせに、そんなところばかり意識しているんだ。
変なの。

でも、変なのは竹中だけじゃなかった。
桃花は泣きそうな顔していて。顔が真っ赤になっていた。
「え?」
僕が、悪かったのかな!
「ごめん」
手の中で、もらったチョコがカサと鳴る。
竹中が僕のこと怖い顔で睨んでいた。
でもそんなことより僕は、生まれて初めて桃花を泣かせたかもしれない自分に驚いていた。すごいぞ、僕。
理由は分からないけど。

「桃花、お前、睦になんかあげる必要ないだろ!」
「竹中君には関係ないんだから!」
桃花はますます泣きそうな顔で睨んだ。
その迫力に竹中も黙った。

「ねぇ、睦くん!他にチョコ、もらった?」
今度は桃花がチョコを持つ僕の手を、箱ごとギュって握り締めた。
強くて痛い。
「え、ううん」
あげた。

僕が首を横に振ると桃花は急にニコニコして機嫌を直した。
よかった、殴られるかと思った。
でも、手の中のチョコの箱はちょっとへこんでいた。
「じゃあ、明日朝一緒に学校に行こうね」
「うん。いいよ」
集団登校なんだ。いつも。わざわざ一緒にって、変。
桃花、分けわかんないこと言うんだな。


その夜、僕は枕を茉莉乃先生に見立てて、ぎゅっとして眠った。
初めてバレンタインデーってものを体感したんだ。
思い出してドキドキしていた。
枕の真っ白いカバーが、先生の白衣みたいだ。僕は気持ちよくてほっぺたをすりすりした。洗剤の匂いがちょっとして、花の香りに僕は嬉しくなる。
明日も茉莉乃先生の所に行くんだ。




二時間目が終わって、僕は黒板を拭き終わると沖山先生に言った。
「先生、お腹が痛いので保健室に行っていいですか」
冬なのに日に焼けた先生は無精ひげの残る顔を僕の顔に近づけた。
「睦、お前、オレの体育のときにいつも保健室だな」
「ええと。狙っているわけじゃないです」
運動嫌いなだけ。

「……茉莉乃先生に会いたいんだろ?昨日チョコあげたんだって?」
心臓が跳ね上がった!
何で知ってるんだ、こいつが。
「お前、あれ、告白だったんだろ」
顔が熱くなってくる。
告白だからって、なんていえば言い?
ハイなんて言えないし!
ちょうど先生のまん前の席の竹中が、バカなことを叫んだ。
「なに、睦って茉莉乃先生が好きなのか!」
クラス中がいっせいに僕のほうを見た。

「本当?ねえ!」
桃花が駆け寄って、まるでそれを合図にするように、みんなが席を立って僕と先生の周りに集まった。
「おいおい、お前ら、授業でもそんなに早く集まらないくせに」
「本当なの?睦くん」
僕は後ろから頭を触られたり背中を押されたり。
うるさいな!
「僕が誰を好きだっていいだろ!僕はホンキなんだ!」
振り向いて桃花の手を振り解いた。
「茉莉乃先生、可愛いし!大人なんだ」
言ってやった。スッキリした。

僕はお前らと違うんだ、大人とホンキの恋愛するんだ。
シンと静まった教室で、一番最初に笑い出したのは沖山先生だった。
「ぶははは!お前にチャンスがあるなら、オレにだってあるだろ」
「先生じゃ無理だよ」
絶対無理。地球がひっくり返っても、マンモスが生きて発見されたとしても。
「無理かどうか……俺と勝負してみるか?」
「そんなのバカのやることだ」
騒ぎ立てる周りの奴らがうるさくて、声が通らない。
本当にみんな子供なんだから。
「弱虫だなぁ」
沖山は太い眉毛をハの字にして、いかにも可哀相って顔で僕を見た。
先生の一言は広がって竹中も言った。
「ほんと、睦は弱虫だな!そんなよわっちいの、茉莉乃先生は嫌いだぜ」
「仕方ないでしょ、睦くんはちっちゃいんだから」
桃花、それ、ひどいかも。

にらみつけた僕に先生がまた言った。
「ほら、睦、お前は体育休め、茉莉乃先生のとこ行って来い」
追い払うみたいに手をひらひらさせた。
言われなくても行くつもりだから。


一階の端っこ。白い扉を開けると、茉莉乃先生の可愛い顔が笑ってくれる。
やっぱりここが一番好き。

「はい、いいわよ」
そう言って、茉莉乃先生は体温計を受け取った。
「うん、七度五分ね。少し寝ていなさい」
「ねえ、茉莉乃先生。チョコの話、沖山先生にしたの?」
硬いけど白いシーツが先生と同じ香りのベッドに横になる。
「あら、どうして?」
先生は薬と水を持って寝ている僕の横に立った。テーブルに置かれるそれを横目で見ながら、僕は先生の白い手に手を伸ばす。
綺麗な桃色の爪。
でも、やっぱり恥ずかしくて薬をつかんだ。

先生は二十七歳だって聞いた。こんなに可愛くて綺麗なのに、結婚していないのは僕のために運命が悪戯したんだ。
「沖山先生がね、僕と勝負するなんて言ったんだ」
バカだ。
「勝負?なあにそれ?」
「茉莉乃先生をかけて」
額に冷たい先生の手が乗せられた。白衣の袖で先生の顔は見えなかった。
「勝負するの?」
「え?あ、ええと。僕はそんなことしないんだ」
弱虫、竹中の声がよみがえった。
弱虫じゃない。
茉莉乃先生は、弱虫嫌いかな。
「そうよね、睦くんは、ね」

睦君はね、って何?

「なんだかドキドキしちゃうわね。嬉しいなぁそれ」
え?嬉しい?
僕は飛び起きた。
先生は少し頬を赤くして、ドラマのヒロインみたいね、って言って照れくさそうに笑っていた。
胸の前で合わせる白い手。その仕草が可愛い。

僕が勝負したら、茉莉乃先生は喜んでくれるかな。
チョコの次は、先生のために勝つ、それ、かっこいいかな。


その日の夕方、早引きした僕に桃花がプリントと連絡帳を持ってきてくれた。
母さんが仕事に出かけていたから、僕は玄関でそれを受け取った。
「あのね、ホンキなの?」
そう言った桃花は手を後ろに回してもじもじしていた。
「何が?」
「茉莉乃先生のこと」
「悪い?」
桃花は玄関に立つ僕のつま先を見ているみたいだ。珍しく、弱気な感じ。
いつも、僕のことばしばし叩いて、がはがは男みたいに笑うくせに。
「だって、相手は大人だよ?おかしい」
「僕、子供に興味ないから」
「睦くんも子供じゃない」
「僕は皆と違う。子供みたいに遊ばないんだ。大人なんだ」
「一緒じゃないのは、一緒に遊べないのは、睦くんが病気だからでしょ?大人だからじゃないもん」

一瞬、僕は。
返事ができなかった。

桃花が視線をそらした。
「違うよ!帰って!」
知らない。おかしいのは桃花だ。恋愛はホンキでやるんだ。それ、普通だもん。
僕は茉莉乃先生が好きなんだ。
「帰ってよ!桃花なんか嫌い」
僕がそう言うと桃花は目を吊り上げた。紺色の制服の袖が僕を叩こうと、上に上がる。
僕は一歩後ろに下がった。

くすん。
あげた手はそのまま桃花の顔を覆った。
泣き出して、桃花は帰って行った。

ホンキの何がいけないんだ。
僕のためにも、茉莉乃先生のためにも。僕は負けないぞ。勝負して桃花にも認めさせる。沖山にも竹中にも笑わせないんだ。
僕はもう一度、真っ白な枕を抱きしめた。
でもなぜか、今日のそれは湿っていた。
桃花の言葉を思い出して。真っ白なそれに、しみができていた。




次の日。四時間目の体育。
僕は、久しぶりに体操着に着替えた。竹中がからかったけど、僕はホンキなんだ。
桃花は朝から僕のことを無視している。

運動場は風が強かった。半そでの体操着、半ズボン。でも震えてる場合じゃない。
今日は寒いからドッジボールだ、と沖山先生が言った。
「睦、お前つらかったら、見学していていいんだぞ」
「平気です」
負けないんだ。
「先生こそ、歳なんだから、見学していてもいいですよ」
僕の言葉に竹中が笑った。
「睦、お前どうしちゃったんだ?何やる気だよ」
「先生、僕、先生なんかに負けない」

ボールを持って、先生にまっすぐ人差し指を向けた。
変な顔していた先生も、意味が分かったみたいでにやっと笑った。
「ようし、睦、負けたらこれから毎回、体育だけは出てこいよ」
「じゃあ、僕が勝ったら茉莉乃先生に近づくな」
クラス中が笑った。
バカにすればいい。みんな、ホンキの意味わかんないんだ。
子供なんだから。

「じゃあ、ドッジボールだからな、皆は外野に出ていろ。外野は狙うのはなし。先生と睦、一対一だ」
僕は頷いた。
「先に、当てられた方が負け」
皆が騒ぎ立てる中、それは始まった。

四角い中に、センターラインを挟んで。
僕と沖山先生。
僕の投げたボールを、先生が難なく受け止めた。

先生の体からするとオレンジ色のボールは小さく見えた。
片手で掴んで。
威嚇するように、にやっと笑いながら僕に向かって投げる。

僕は一番後ろのほうに下がって、それを避けた。
後ろの外野は竹中だ。後ろから当てられることはないけど、先生へのパスを横取りしないと僕にチャンスはない。
また、沖山が投げてくる。
僕は右に避ける。

コートを三往復して、僕はもう、息が切れてきた。
「お前、勝てるわけないじゃん」
転がったボールを拾って戻ってきた竹中が後ろで怒鳴った。怒ったように僕のこと睨む。
「チビで病弱のくせに」
「無駄にでかい竹中とは違うよ」
僕は竹中が手に持っているボールを、奪い取った。
「うわ、お前卑怯だ」
「ルール違反じゃないよ。線から出てないし」
僕はボールをしっかり握り締めて、沖山の方に走る。
「何してるの!」

透き通った声に僕は止まった。
茉莉乃先生だった。桃花が連れて来たんだろう、白衣の隣で口をぎゅっと閉じて僕のことを睨んでいた。
「沖山先生も止めてください」
茉莉乃先生に可愛い顔で言われて、沖山は顔を赤くした。
「茉莉乃先生、僕、沖山先生と勝負するんだ!ホンキなんだ」

そうだよ、誰にもバカになんかさせない。
僕が茉莉乃先生を思う気持ちはホンモノなんだ。
ホンモノを守るためなら、僕はがんばれるんだ。
「茉莉乃先生、見ていて!」
茉莉乃先生に見とれているバカ教師に僕は思いっきりボールを投げた。でも、それは、変な風になって届かない。
「沖山先生!」茉莉乃先生が怒鳴った。
運は僕に味方している。
バウンドしたボールを沖山は取り損ねた。

沖山先生はボールを股間に当てちゃって、うって、変な声を出した。
キャー、と女子が笑いながら騒いで、男子も腹を抱えた。
沖山は地面についていた膝を払って、真っ赤な顔をして立ち上がった。
でも、まだ、ちょっと腰をかがめた変な体勢だ。

転がったボールが向こうの外野に届いた。
男子が僕にボールをパスしてくれた。
でも、それは。
途中でジャンプした沖山に取られてしまった。

「睦…ホンキでいいんだよな」
そう言って、赤い顔をしたままの沖山は僕に向かって突進してきた。
桃花が悲鳴を上げた。
「睦くん、危ない!」
逃げる暇がなかった。
僕はパスを受けようとコートの真ん中にいた。間近で沖山の剛速球を腹に受けた。
ぐんと胃が押されて、息ができなくなった。でも、でも落としちゃダメだ。
後ろにしりもちをついた。そのまま転がって埃まみれになったけど、僕はしっかりボールを抱えていた。
起き上がると、桃花が叫んだ。
「がんばれ!」
あいつ、今日僕のことを無視していたのに。
「睦くん、負けるな」
茉莉乃先生だ。
そっちを見て僕はにやっと笑った。余裕を見せなきゃ。

ぱんぱんと背中を軽く叩かれた。
振り向くと竹中だった。背中の埃をはらってくれた。
「負けるな」
竹中の一言はちゃんと、僕に聞こえた。

もう一度先生を狙う。
今度は届いたけど受け止められた。
沖山先生は片手でボールを持って、投げる振りをしてフェイントだ。
僕はそれを避けようとしてまた、転んだ。
ボールが強すぎた。
竹中が受け取り損ねて弾いたボールは、僕の横に転がってきた。
すぐに起き上がって、それを取るとまた走る。

風に砂埃が舞った。
僕がボールを投げた瞬間、それは沖山の視界を奪った。
慌ててボールを避けようとして、すべるようにして転んだ。向こうの外野が大急ぎで僕にボールを投げる。
「睦、チャンスだ!」
「行けー!」
「睦くん!」

オレンジのボールを。
僕は振りかぶった。

そのまま。
膝をついた。

「睦くん」
目の前に白い、あれ?

持っていたはずのボール。
白衣越しにオレンジ色が目の前の地面に転がっていた。砂埃かな、僕はうまく見えなくて何度も瞬きした。
「よくがんばったわよ、ね、もう終わり」
そう、僕を抱きしめている茉莉乃先生が言った。気付くと僕は皆に囲まれていた。
「お前、やるじゃん」
竹中だ。
「かっこよかったよ」
桃花がまた、泣いてる。



僕は保健室で目が覚めた。
いつもの白いシーツ。枕。
夢だったのかな。あんなに、がんばったのに、夢だったら損した気分だ。

「睦くんの病気は無理させちゃいけないんですよ?聞いてるんですか、沖山先生」
白いカーテンの向こうで、茉莉乃先生の声がした。
うーとか何とかつぶやくだけで沖山はやけに気弱な感じだ。
「軽い運動は必要だけど、あれはやりすぎよ」
「それは分かっているさ。だが病気だからって特別扱いしていたら、アイツが可哀想だ。アイツはホンキで君のために勝負しようとしたんだ。ホンキで応えてやらなきゃ男じゃない」
「もう、すぐそれなんだから。私には男の世界は分かりません」

僕は枕を抱きしめていた。
「茉莉乃先生」
沖山が立ち上がる音がした。
あれ?
「この間の返事、聞かせてほしい」
なんだ、何が起こってる?
僕はそっとベッドから降りた。
カーテンの隙間から沖山の背中が見えた。茉莉乃先生はその正面で少しうつむいて。
それから顔を上げた。
「今日の勝負、俺だってホンキだった」
そう言った沖山に、茉莉乃先生はくすっと笑った。
「あのままじゃ、負けてましたね」
「負けてない」
「負けても勝っても同じですよ。お受けします。本当に子供みたいなんだから」
笑った茉莉乃先生は、今まで僕が見た中で一番可愛かった。
沖山が、茉莉の先生を抱きしめた!

「先生!」
僕はカーテンに半分隠れながら、それでも黙っていられなくなって叫んだ。

振り向いた沖山はハズカシそうに、でも顔をくしゃくしゃにして笑った。
「俺たちな、結婚するんだ」
「ごめんね、睦くん」
「僕、ホンキだったのに!」
「本気なのは、分かってるよ。今日、かっこよかったよ」
慰める茉莉乃先生の白い手が、僕の頭をなでた。
「でも、もう無茶なことはやらないでね。心配したんだから」
反則だ。
そんな、可愛い顔で慰められたら。
「泣かないの。先生と一番の仲良しでしょ?」
そんな、大きな目に溢れそうなキラキラを見つけちゃったら。

僕は涙を止められない。

無理やり何かを詰め込んだみたいに胸が痛い。
先生の白衣が柔らかくて。昨日の枕カバーみたいに僕の涙で冷たくなった。


その夜。
病院から帰って、寝ている僕に竹中と桃花が会いに来た。

「お前、大丈夫か?」
竹中がやけに神妙な顔をしていた。
「平気だよ」
「あの、あのね」
桃花が僕の手を取った。
「ちびとか、言ってごめんね」
桃花の励ましはちょっとずれていて、変。
でも泣きはらした後の僕は、桃花の目が赤いのが眩しくて何度も瞬きした。
またちょっと胸が痛い。

「お前、泣くなよ!オレ今日、お前のこと見直した。本当にかっこよかったぜ。明日からドッジボール特訓してやるよ」
竹中がお節介なことを言い出した。
「明日の朝、一緒に登校しようよ」
桃花もまた変なことを言う。だから、集団登校だよ?
「ね、約束」
僕が頷くと桃花の顔は優しくなった。
変なの。
それとも、知ってるのかな。
いつか、病気がひどくなったら。一緒に登校できなくなるのを。

人生最初の僕のホンキの恋愛は終わった。
でもまた。いつか、本当の運命の相手と恋するんだ。

桃花が僕の手を握った。
「あのね、私ね……」


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秘密コメントの方へ

コメントありがとうございます。
この作品を読んで下さったんですね(^◇^)
色々と行き違いやら何やらで、もつれてしまいましたね。
お互いにゆったり、ブログの世界を楽しんでいければいいと思います(=^x^=)
ありがとうございました。

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新田マエさん♪

ありがと~!!
こういう作品、好きなんです…がんばる子供たち的な。
起承転結、しっかりプロットを組んで作ったものです。
短いと楽なんですよね~ぶれないし(笑)
それでも、説明不足だったり、曖昧なままだったり。力不足は否めない…。
でも漫画じゃないから、そこはいいのかな、と。最近は遊びのある小説の方が魅力的なのかも、と思っています。

こんにちは

アルファポリスでは質問に答えて頂いてありがとうございました!
まとめて読むのが好きなのですが、現在時間が取れないために短編を…

すごく素敵なお話でした!!
沖山先生、最初は子ども相手にムキになっててなんて嫌な大人…ともどかしく思ったのですが、
逆に睦くんの本気度が伝わってきて、大人もちゃんとそれを受け止めてたんだなって最後はじんわりと優しい気持ちになりました。
切なさと温かさの入り混じった不思議な気持ちです。

またバレンタインの時期に読み直したいです!
そして、今度は他の作品も…。

ひろ。さん♪

うふ~ありがとう!!嬉しいです!
睦君の病気、一応全身ヘリテマトーデスっぽい設定です。
膠原病の一つです。
症状の出方も人それぞれなのでなんともいえない病気で、使いやすいかな~と。
治療法が確立されていない難病ですが、がんとかじゃないですから、安心してください♪

かわいい♡

とてもかわいらしいお話でした。
いいなぁ…私が茉莉乃先生になりたいっ!
と思って読んでいました。
睦くんがなんの病気なのか、最後にそればっかり気になってしまいました。
>だから、集団登校だって。
というのが何だか好きでした。

コメントありがとうございます!

松果さん♪
おお~保健室組みだったんですね!?
実はらんららはそれに憧れる組でした(笑)←やたら丈夫だったんです。
でも、どちら組も、先生やクラスメートに「また?」とか「仮病だろ」なんてからかわれるととても嫌な気分ですよね~。からかうほうは何も意識してないんですけどね。
そういう経験をたくさん重ねて、病気も受け入れていかなきゃいけない睦君はきっとこういう子になるだろうと。
いじらしいでしょ?
彼らの明るい未来を祈って♪中学生くらいに鳴ったらどんな風になってるんだろうとか。
ちょっと、想像しちゃいました♪

kazuさん♪
おお~ありがとう!!
はい。睦君は実は淋しいんですよね~。自覚できていないだけに、いじらしいんですけど。そこ、桃花ちゃん的にはポイントの高いところです。(らんららの立場は桃花…殴)
ああ~純粋で一途…そんな気持ちはもう、はるか彼方の輝く星です…大人になるって…(泣)


新海さん♪
わ~♪コメント嬉しいです!!
そうです、体育会系の先生はそんな感じです。もっと嫌な奴にしようかと思ったんだけどそうすると茉莉乃先生の男を見る目に問題発生なので(笑)
バレンタインデーは大好きなんです♪
男の子にとっては微妙な日かもしれないですが(笑)女の子たちにとってはかなり重要ですから。ある意味、一年で一番重要。二月=すぐに別れの季節という環境もね、オンナゴコロをそそるんですね~♪

短編と聞いて

やって来ました(ぇ

睦くんの純粋な本気。それを先生方はしっかりと感じ取ったんですね。
体育会系ってムキになったりする場合が多いんですが(偏見)沖山先生は自分も本気で望んでいった。この時ばかりは睦くんを子どもとして見てなかったのかもしれない。
最初の恋愛は終わっちゃったけど新しい恋がすぐそこに。
桃花ちゃんもきっと本気なんだろうな。本気の恋を知っている睦くんなら気持ちを分かってくれるはず!
やっぱバレンタインはこうでないとなぁ。

かっこいい^^

睦くんも、沖山先生も。
ドッチボールでは、痛い目にあっちゃったけど(笑
体が弱くて、皆が同じように扱ってくれない寂しさを、自分は大人だからという思いにすり替えてたんですね。
そうすることで、自分からも寂しさを隠してたのかなって。
でも、懸命な睦くん。
一途な純粋さが、とてもカッコイイです。

ほんわかな気持ちにさせていただきました^^

いいなー

バレンタインデーものだってことで、今日はこっちを先に読ませてもらいました。
もうね、睦くんが可愛くて、いじらしくて。
体育会系の先生が嫌いだったり、クラスメイトが子供に見えたり。
保健室組だった私には、わかるぞーその気持ち。

睦くんと本気勝負してくれた沖山先生もいい人だ~。
桃花ちゃんのセリフで終わってるのがまた…♪
いいなー。こんなかわいらしいバレンタイン、もう一度味わってみたいなぁ(遠い目)

chachaさん♪

コメントありがとうございます!
この作品は、実は過去に「野いちご」でお勉強会を開いた時のお題小説。
学園スポ魂もののプロットと短編を書くというものでした。
文字制限などを取り払って仕上げてみました。
いえね、睦君が割りと可愛くて。
楽しく書けたので、お披露目♪ちょうどタイミングもよかったしね♪
バレンタインデー、題材としてすきなのかもしれないです。
以前、テッタ君でも使いましたし。
あら。
chachaさんの場合は、バレンタインデーの日記で十分皆ドキドキ楽しめそうですよ~♪ふふ。
きっとらぶらぶバレンタインデーだわ!!

微笑ましい…

いいですね~^^
バレンタインデー短編、私もしようかなぁ~(笑)いや、もう遅いか@@;

睦くんのファイトにはかなり感動!小さくったって、子どもだって、本気な恋をするんだぞ!^^
周りの大人である先生たちが、それをバカにせず、ちゃんと一人の人間として受け止めて対応してくれる優しさに、またもやジンと胸打たれました;;
苛めっ子との新たな絆と。
睦くんの新たな恋…?(笑)

本当、優しい気持ちになれる短編でした^^堪能させていただきました☆
らんららさんはどんな種類の作品でも描くのが上手いなぁ~
Secret

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らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
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