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「想うものの欠片」第九話 ⑬

13
警備の男は吸い込んだ灰にむずむずする鼻をしきりに気にしていた。くしゃみを二回だすと、畜生とつぶやきながらちらりと背後の扉を観察した。
扉についた丸い窓に少女がぺたりと顔を貼り付けていた。
目があうとそれはにっこりと笑う。
こんな美しい生き物を見たことがない、と彼は思った。
まん丸な大きな瞳。うっすら桜色の頬は透けるような肌を引き立てる。ガラスに手を置いて悪戯するように指で丸を書いた。何を描いているのかと兵が近づく。
ミキーがガラスに向かってキスの真似をし、年甲斐もなく頬を染めた男は一歩下がる。
悪戯を続ける少女に注意してやろうと、また近づいた。
と、不意に少女の姿は向こうに離れた。
扉が開かれ、白衣の青年医師が出てきた。深く帽子をかぶり、黒い日よけの小さな眼鏡。顔半分はタオルを巻きつけている。外に出ようというのだろう。
「外に出るのか?」
「ええ、治療は終わりました。さ、おいで」
くぐもった声の青年は、背後から先ほどの少女を連れている。少女もまた、フードの下に顔を隠し、口元もピンク色のタオルで覆っていた。
「おい、そいつは」
「この子はシデイラではないですよ。せっかく来たので、荷の積み下ろしの間街を観てみたいというのでね、ちょっと行ってきます。ああ、あのシーガというシデイラはここに残していきますので。見張っていてください」
まるで自分が用事を言い渡された気になって検査官はむっとしたが、反論する理由も見当たらない。
甲板へと向かう二人を見送って、再び室内を窓から眺めた。
シデイラの青年は黒い服に銀の髪を垂らし、こちらに背を向けて医療用のベッドに横たわっていた。時折、ふてくされたように頭に乗せた帽子を直す。昼寝するつもりか、と検査官は忌々しげに睨んでいた。
帽子の下で、マルリエが小さく舌を出したことにも気付いていない。


少女を連れた白衣の青年は荷物の積み下ろしを監督していたポンスの肩に手を置いた。
「この子を観光に連れて行きます。後はよろしくお願いします」
「!?あ、ああ」
一瞬、眼鏡の隙間からのぞく翡翠色の瞳を見つめ、慌てて目をそらしてポンスは大きな声を出した。
「マルリエ、欲しけりゃ女を紹介するぜ」
「結構ですよ」
タオルの下からでも青年の声が笑っている。
「つまんねえな、気をつけて行って来いよ」
船長の言葉に手を上げて応えると、青年とミキーは荷を降ろすためのクレーンのロープの先、鉄鉤に足をかける。ミキーを抱き寄せて持ち上げられると荷物のように、海面に停泊しているボートに降ろされた。
灰の混じる霧に隠れて、消えていくボートを眺めながら、気をつけて、とポンスはつぶやく。


港に降り立つと、二人は呆然と波止場に立ち尽くした。
打ち寄せる波は穏やかだが、そこには木切れや何かの袋、塩のビン。くらげのように漂う服。雑多なものが打ち寄せられて吹き溜まりのようになっている。荷を降ろすボートには、大勢の荷役の男たちが取り囲み、人力で馬車の荷台に積まれていく。活気があるのはそこだけで、他には人影もない。波止場の先には横転し乗り上げた船がフジツボをつけた腹を見せ、その周囲も死んだ魚の屍骸で埋もれるようになっている。折れた木の桟橋の残骸だろう、木材が押し流された形のままあちこちに積もっている。
「津波、でしたね」
「なんだか、本当に臭いですの」
「急ぎましょう、水に濡れてこの気温です。魚も人も、たくさんの命が失われました。衛生状態もよくない。内陸の帝都、タシキモーニへ向かいますよ」

波止場から街の中へと進むと、惨状は薄暗い霧の中でも明らかだった。
濁った空気、蒸し暑い気候。風は生ぬるく、鼻を突く異臭。敏感な二人は口を利くのもつらいようで無言で足を速めた。
「水を」
通りかかった家の暗がりから、搾り出したようなしゃがれた声。
しかし二人とも水は携帯していなかった。荷物は最低限にしてきていた。シーガが背負う革のバッグ一つだ。中身のほとんどはミキーの着替えだ。
眉をひそめ、ただ通り過ぎるしかない。
「シーガさま…」
同情の視線を向けているミキーを引っ張って、シーガは歩き続ける。
「タースなら、とでも言いますか?タースならこういう状況で誰か一人でも救おうとするのでしょうね。ですが。私はタースではありませんよ」
む、と口を尖らせるミキー。
それもタオルの下だから誰も見ていないが。
「水の一つもないのは、われらも同じです。ミキー、誰の荷物が場所をとっていると思っているのですか」
「…ごめんなさい」
「教会まで行けば、多少の配給をしているでしょう。この分では、大勢の病人も集っている」
「…」
「お前は治療を手伝ってあげなさい。喜ばれますよ」
少女が顔を上げた。
「こんなに多くの悲しみが漂っているのです。少しでも、気分を明るくしなくては、こちらまで滅入ってしまいます。ただし、けっして触れてはいけませんよ」
「はい!」

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