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「想うものの欠片」第十話⑧



「今、揺れましたね」
スレイドの言葉に、煙草をふかしていたムハジク候は眉をひそめる。
「そうか?」
「ええ。この程度なら地すべりは起こらないと思いますが。赤い石を採掘しているというティエンザの坑道は何かしら被害を被ったかもしれません」
そういいながらテーブルの上に広げられた地図を指してみせる。
そこは、シモエ教区の中だ。住居のある位置ではない、少し外れた、このシデイラ山地の頂点をなす山の中腹を示している。
今、彼らはライトール側から、北上し、シモエ教区との境まで数キロという峰に前線基地を張っていた。
ほとんどが騎馬隊。山々の中に広がるなだらかな草原地帯に土嚢を積み、壕を掘っている。馬の引く荷車と軍馬。総勢は五千人程度の、ライトール軍全体の十分の一がここに集っている。
規律正しく設置された三角のテント。それらの中心に物資のテント。銃剣を持った軍兵が歩きまわる。それを見下ろせる少し高い位置に彼らのいるテントはあった。

空は気味が悪いほど晴天。テントの中にも、透かした日差しが差し込みランプの灯りが意味を成さない。
防寒用の皮のコートを着込み、毛皮の帽子を目深に被ったスレイドは、腕を組んだまま、体重を椅子にかけ、ぎしぎしと揺らした。
「ムハジク候。どうでしょう」
先ほど自らが示して見せた作戦に対するムハジク候の判断を確認しているのだ。
「ふむ。面白いかも知れぬ」
「では。よろしいですな。候の率いる本軍はここより国境を目指す。私は二十の騎兵隊を率い、蒸気船で北方を迂回、ティエンザ王国軍の補給の要である道路を塞ぐ。我らはそのままシモエ教区に入り、背後から敵を襲う。そのタイミングで本軍は一気に国境を征する」
「しかし、お前の言う、補給用の道路など、そんなもの作っているのか?この山岳地帯に」
く、とスレイドは笑う。

そこに、老人の侍従が温かいコーヒーを持って現れた。
今、このテントの中はムハジク候とスレイドだけだった。
「ティエンザの王は、幼い頃落馬の経験がありましてね。以来、恐ろしくて馬に乗れない。そのために、自動車が実用化された時点で軍はすべての馬を排したのです。市民にも自動車を推奨しています。これは、実際に私も見てきました。国内なら道路も整備し、鉄道も走り、かの国は自動車でどこでもいけるでしょう。ですが。この未開の山地。凍てつくシモエ教区に派兵するとなれば、道路を作らざるを得ないのです。この程度の草原ですら、自動車での走行は困難。しかも、ムハジク候の判断がすばやく、ティエンザが兵を配し始めてから間がない。まだ、道路は完成していませんね」
自分の判断を褒められるのは悪くないのだろう、ムハジクは大柄な体を揺らして笑った。

「なるほど。貴殿は策略家だ。前大公に重用された理由も分かろうというもの」
「いえいえ、ティエンザがシモエ教区を手中に収めた時点で行動なさったあなたの先見の明というところでしょう。それに。我らには自然の味方がついています」
「自然?」
スレイドは温かいコーヒーを口に含むと香りを味わい、湯気の向こうで笑って見せた。

「ティエンザでは、山を崩し、川をせき止め道路や橋を建設しています。トラムのための鉄道も数十箇所が工事中です。そうやって木々を切ることで、ティエンザは水害や山崩れに弱い土地になっています。実際、ここ数年の地震や冷害、干ばつで農作物はかなり被害を受けているようです。山間部の村民は都市に移住し、今や、抜け殻のような山村も多い。我がライトールのほうがよほど豊かな土地、逞しい民を持っています。それが何よりの国力の差というものですよ」
スレイドの言葉は、どれもこれも、説得力があった。
時折見せる笑みは皮肉げなものの、実際に各地を渡り歩いた男の説明は的を得ていた。
遠からず真実である、と。ムハジクは感心したように頷いている。
不意に、スレイドはテントの入り口を見つめた。
人の気配。
誰かが互いに挨拶のようなものを交わしている。談笑している。
ムハジク候の側近と謳われる八名の将校だ。午後の会合のために次々と集ってくる声が入り口から聞こえてくる。
「では、私はこれで失礼します。作戦遂行の際にはぜひ、お呼びください」
ふらりと立ち上がると、音もなくスレイドは出て行った。
黒尽くめの後ろ姿をムハジク候は見送った。


二人の飲み終わったカップを片付ける侍従に、ムハジク候は視線を移す。
「どう見る」
ムハジク候より十歳は年上と見える老人の侍従は、細い目をさらに細めた。
「お気に召されたようですね」
ふん、とムハジク候は笑った。付き合いの長い侍従はムハジク候の心中を察し、自分が口を挟む必要もないと理解しているのだ。
「噂ではな、あの男、大公の血を引くと言われる。あれが公太子であるなら、我が国も安泰であろうにな」
「候のご養子としてお迎えされたらいかがです、そろそろ跡目をめぐって下々のものも動き始めておるようですし」
侍従の言葉にムハジク候は表情も崩さず、黙って顎の白い髭をなでた。
スレイドが大公の血筋としても公に出来ないのは明白。それを形式上でも身内に取り込むのは悪くない。いずれ役に立つ。

ちょうど、午後の作戦会議のために側近八名が入ってきた。侍従は、何事もなかったかのようにテーブルを片付け、その場を去っていく。

はるか南の土地、レスカリア帝国近海で、海底火山が噴火した日から、五日。大気に紛れた灰は偏西風に乗りティエンザの沿岸にうっとうしい雨を降らし始めていた。

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