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「音の向こうの空」第二話 ③

―第二話『少女、歌、奏で』―



キシュは少し日に焼け、顔にはまだそばかすが残る。十代前半だろうか。赤いうねりのある髪が華奢な肩にふわりと乗っている。ドレープを取った綿のブラウスの上からでも細身のしなやかな体型がわかる。クリーム色のスカートに臙脂色の細いリボンが結ばれている。

少女はチェンバロの風景画に見とれ、オリビエはその少女を見つめていた。

美しく整然と並ぶ弦に綺麗、と囁き、そのまま少女は歌いだした。
先ほどと同じ。
いや少し、また所々端折られているが。
聞き苦しくはない。

オリビエは我に返って、ペンを手に取った。
机に向かって譜面を書き付ける。
ふと歌が止む。

顔を上げると少女がオリビエの手元をのぞき込んでいた。
「それ、楽譜?」
「え、ああ」
「何の曲?」
「今、君が歌った曲だよ」
キシュは目を丸くした。
「聞いただけで譜面になるの!?」
「待って、聞いただけで口ずさむほうがすごいと思うけど」
「そんなことないよ、だって、曲を作ったのはあんたでしょ?作るのもすごいし譜面がかけるのもすごい」
「だから、それを一回聞いただけで歌える君もすごいよ。僕なんか弾いた先に全部忘れるから」

ぷ、と。
キシュは噴出した。
「え?」
そのうち、苦しそうに塞いでいた手も取り払い、少女は大声で笑い出した。
あはははは。
軽やかなアルトの笑い声は心地よく、最初は笑われることに納得のいかなかったオリビエも少女が痛そうに腹をさすって、こちらを見つめ、また笑い出したのには頬を緩めた。

「だって、だってだって!!忘れちゃうの?せっかくこんなに素敵なのに?自分が弾いた曲なのに?おかしい~」

「…弾くのに夢中だから」
青年のいいわけじみた口調にキシュは笑いすぎた瞳をこすって、青年が座る脇に立った。
「子供みたい。でも。素敵」
頬にキスを受け、オリビエはつい立ち上がる。
「な、なんだよ」
自分よりかなり年下だ。そんな少女に子ども扱いされた。
「あら、素敵な曲のお礼。私気に入ったな。ね、何て題名?」
また嫌なことを聞かれた気分で、オリビエは黙り込む。
想いを吐き出した曲に題名なんかない。

説明すればそれは、会えなくなったアネリアを思い出しての曲であったと自分自身も認めてしまう。秋が近づく淋しさにアネリアも加わった。そんなもの、見知らぬ少女に話せない。

「ねえ、何てタイトル?」
「いや、教えない。いいから、もう一度歌ってくれないか」
「いや。教えてくれないなら歌わない」
ワフンとタイミングよく犬も頷く。

白い毛むくじゃらを睨みつける。
「可愛いでしょ。なでさせてあげようか」
「結構」
動物には近づかない。間違って手を咬まれてはいけないから。
気まずい沈黙。

「もう帰るわ。曲は素敵なのに、性格は変」
う、と返事に詰まって、オリビエは呼び止め損ねた。

少女は行こう、ランドン、と護衛を従えて出て行った。
硝子のはまった扉の向こう、揺れる赤毛。
庭の風景と馴染んで消えた。



一人のその夜。
一階のリビングを兼ねる仕事部屋でオリビエは再び机に向かっていた。
ランプの明かりの下、ペンを走らせる。

不思議なことに少女が歌った曲は鮮明に耳に残り、ちょうど侯爵に命じられていた秋の曲の一つとなった。
自分が奏でるのと、人に奏でてもらうのとでは何かが違う。
冷静に聞けるのだろうか。
これまで湧き出した音を譜面に残そうと努力し、挫折したことを思うと、この発見は空を飛ぶ機械を発明したかのように心を軽くした。

キシュといった。あの少女に曲を聴いてもらい、歌ってもらえば譜面に出来る。これは、とてもいい思い付きだ。
今日は怒らせてしまったが、相手は子供だ。甘い菓子など用意してやれば、手伝ってもらえるのではないか。

ふと思いつき。
オリビエはその曲にタイトルを書き込んだ。
『秋風のタルト』
書いてから、子供じみているか、と迷ったがそのままにしてみた。

侯爵はなんと言うだろう。そのタイトルを告げる自分を想像し、気恥ずかしい気分にもなる。だが、甘く切ない秋の曲に、ほろ苦い焼き栗の入ったお菓子を思い出していた。
ふと空腹を覚え、温かい茶でも入れて、今日は休むことにした。

昼間、オリビエが出かけているうちに通いのメイドが用意してくれる夕食。今日はデザートに手をつけていなかったことを思い出し、自分で入れた紅茶と一緒にトレーに並べた。
二階の寝室に持ち込むと、悪いことと知りながらもベッドに座って膝の上にトレーを乗せる。

冷めた夕食を一人で食べるのは嫌いだったし、侯爵家で出された時も餌をもらう犬のような気分だった。
だから、この時の夜食は普段感じたことのない、奇妙な満足感があった。
温かい飲み物と甘いものが心に沁みるなど、初めて知った。

美味しいと、心から思った。

いや。
思い出したのだ。
子どもの頃、風邪を引くとベッドの上で甘いものを食べられた。躾に厳しい母親も、そのときだけは許してくれた。額の熱を測る母親の手。
火照った体に冷たくした甘い果物が喉を潤し、とても美味しかった。

記憶をたどる青年の膝の上で、退屈そうに紅茶のカップに湯気がたゆたう。

僕は、何かを忘れているのかもしれない。

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