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「音の向こうの空」第二話 ⑧

―第二話『少女、歌、奏で』―



オリビエの奏でた明るい日差しを思わせる曲は少女をひどく感動させた。
もちろん、シューレンさんのお菓子も一役買っていた。香ばしい焼き菓子をしっかり三つほど胃に納めると、オリビエのそばに立って曲を歌った。
歌い終わる頃にはオリビエの前には譜面が出来上がる。

「助かるよ、すごく聞きやすいんだ、君の歌。音程がしっかりして素直だし」
「そうでしょ?あたしが男の子だったらなぁ、聖歌隊に入るのに。あたしの町の教会は小さいけど、立派なオルガンがあるんだ。オリビエはオルガンも弾けるでしょ」
「あ、まあね。でも、教会には教会の専属のオルガニストがいるだろう?」
「いるわけないでしょ。あたしの住んでいる町は司祭さまが学校の先生だし、オルガンだって弾くんだから。聖歌隊だって子どもばかりじゃないんだから。うちの親父も歌うんだよ」
「すごいね。見たことがないなそういうのは」

特に最近は侯爵家でミサを受けるために街の教会の様子はまったく分からなかった。学校もオリビエが通ったのは市役所や裁判所に程近い街中の学校だった。男性教師と女性教師がいてそれぞれが男の子と女の子を教えていた。学校はそういうところだと思っていた。

「本当よ、同じ真っ白なローブを着るんだから。うちの親父のソプラノ、聞かせてやりたいわ」
「え、ソプラノ?君のお父さんって、カストラート*なの?」
そこでキシュが持ってきた麻の袋に残りの菓子を全部詰め込むのに気付いた。

「ばかね、冗談に決まってるじゃん。あれって子種がなくなるんでしょ?そしたらあたしいないでしょ」
澄ました顔で袋を抱えると私帰るね、と立ち上がる。

「何か、用事かい?」
「飽きたの。また気が向いたら来るわ。あ、そうそう、お菓子よりね、パンのほうが助かる」

*カストラート:ボーイソプラノを保つために去勢した男性歌手のこと(現在はもちろんない)



翌日からキシュはパンのために通うようになった。
始めのうちはオリビエの夕食用にと用意されたパンを渡していたが、それではさすがにオリビエも困った。
少し足りないとシューレンさんに頼んで、パンを増やしてもらった。

キシュは毎日ではないが、オリビエが帰ってくる頃に見計らったようにふらりと家の前に立ち、何も言わなくてもリビングに上がるようになっていた。
オリビエが曲を奏でれば、必ずそれを歌ってくれた。

「あーあ、お腹すいた」

少女は譜面を再確認しているオリビエの目を盗んで、こそこそとキッチンへと入り込む。アーチになったリビングとの境で一瞬立ち止まるから、さすがに躊躇するのかと振り返るのを期待したが、赤毛の後姿はおもむろに向こうに消える。

「キシュ、だめだよ」
遅れて追いかければ、用意されている夕食の硝子のふたを持ち上げてしっかりとハムを口にくわえていた。
「まるで野良猫だね」
呆れながらテーブルのランプに火を灯し少女の顔をのぞく。悪びれない様子でにんまり笑う。
レンガを積んだ炉の種火に薪を足し、火を起こすと鍋を上に置いた。

鍋のふたを開け、一度かき混ぜてからオリビエは少女と向かい合わせに腰掛ける。
キシュは膝を抱えたままイスに座って夢中で食べていた。そばで座って見上げていたランドンが、なぜかオリビエの脇に移動し同じように尻尾を振った。
相変わらずなでたりはしないが、オリビエはハムを一切れランドンの足元に落とした。


「どうしたんだい、お昼食べられなかったのかい」
犬の護衛を連れた野良猫を眺めながら、オリビエはお茶を飲む。
「今日は親父と喧嘩しちゃったの。だから、朝から帰ってないんだ」
「僕も良く叱られたよ、学校を半日で抜け出したりしたからね」

キシュはスープをすする手を止めて、上目遣いで見上げる。小さく肩をすくめるとスプーンをおき、黙って器ごと持ち上げて飲み干した。
目を丸くしてみている青年に、満足げなため息を吐き出すと伸びをする。

「本当に野良猫みたいだ」
「飼ってみる?」
キシュが立ち上がってオリビエの前にかがみこんだ。目の前に少女の白い胸元が見えたが、あまり色っぽいとはいえなかった。

「多分、手に負えないし、ひっかかれそうだ」
「ちぇ。泊めてもらおうと思ったのに」
「それはまずいよ」
「同じだよ、昨日外泊したから親父と喧嘩したんだ」
「外泊」
この歳の女の子にはあってはならないことだ。

細く清らかで真っ直ぐに見つめる太陽のような少女は、一方では濃い影を身にまとうのかもしれない。オリビエは幼い頃に良く通った街の教会を思い出した。ミサの日には聖母の像がランプに照らされ、なぜか恐怖心を感じた。
安らかな慈愛の笑みも、暗がりにあれば違うものに見えた。

「そ。男の子の家に泊めてもらったんだ。あんたは友達じゃないから、一応代金払ってあげようか」そういって自分の体を指差してみせる。
「お母さんが悲しむだろう。それに教会の教えに……」
「説教臭いな。あのね、オリビエちゃん。あたしももう十七なんだからね。恋人の一人や二人いてもおかしくないんだ」
「二人はおかしい」
「じゃ、三人。あんたも入れてあげようか」
「結構。それに、十七じゃないだろ」
「体が小さいのは痩せてるから。痩せてるのは貧しいから。貧しいのは」

そこで止まると、オリビエをじっと上目遣いで見上げた。青い空の瞳はランプの明かりでしっとりと潤んで見える。
「なんだよ」
「あんたたちがこんな贅沢しているから」

そう口を尖らせて、テーブルに残る料理を指差した。
「だいたい一人分でこれは多すぎるでしょ。いつも残してるんでしょ」

図星だった。食べきれないとシューレンさんに言ったことはあるのだが、成長期なんだとか、もっと食べないといけないとかで、どうしても減らしてくれない。

それが普通の分量なのかオリビエには分からないが、とにかく毎日あまってしまう。
それ以上に贅沢な内容と分量の侯爵家の夕食については以前アネリアがこぼしていた。

「いい?世の中には決まった量のお金と食べ物しかないの。それをね、あんたたち貴族がたっくさん持っているから、皆に回らないんだよ。わかる?怠惰と贅沢、それこそ教会の教えに反しているわよ」
「じゃあ、働き者のよき信者のキシュに、夕食半分食べてもらうってのはいい判断かな」
「さらに一晩の寝床を提供してくれるならね」
「それは断る。帰る家があるんだから帰りなさい」
「かわいくないの、年上ぶって」

つんとしてリビングへと歩き出しながら、少女は赤い髪を煩そうに束ねなおす。
その白いうなじは痩せて、確かに僕は贅沢なのかもしれないとオリビエに思わせた。

「おいで、ランドン」

振り向きもせず、ランドンのわんという挨拶を残してキシュは帰っていった。テラスの引き戸を開け放したまま小さくなっていく影は夕日になぶられオレンジに染まる。



そんな風にたわいない会話を楽しむ日もあれば、一曲だけ歌ってパンを持って帰る日もあった。
それでも、一人きりの家に帰るよりはキシュがいてくれたほうが楽しかった。
野良猫に餌をやる気分なのだと、オリビエもわかっていた。けっして懐かない野良猫ということも。


第三話は6月30日公開予定です♪
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chachaさん♪

うふふ♪いらっしゃいませ♪
キシュちゃん、いろいろとね。はい。
言いたいことを何でも口にしちゃう子だから、時々オリビエを傷つけたりもするけれど。

こういう子、好きなんですよ~。ちょっとカッコイイと思ってしまう。

さて。二人はこの先…どうなるかな~?(そこは秘密♪)

お楽しみにっ!

ふはぁ~^^

キシュ、可愛いけどちょっとひやひやしちゃうな~^^;危なっかしいというか、イキナリぽっと悪さしちゃいそうで(笑)
またオリビエが反応鈍いんだもの~
キスされて呆けている場合じゃないぞっ!><
オリビエにキスするのは私なのに~!(え?そこ?笑

オリビエの才能も凄いけれど、キシュの才能も凄いですね☆二人、いいコンビになりそうだけれど…

侯爵様に見つからなければいいけれど><
いやいや、それより面倒なのは夫人の方か?(苦笑)

また来ます!続きドキドキ><

松果さん♪

キシュの存在は大きいです~♪
うふふ、どんな展開を見せるのか…楽しみにしていてください♪
野良猫vs飼い犬。
どんな恋愛バトルになるのか~v-392

ノラ~♪

野良猫キシュちゃん、可愛い~。うんうん、簡単には懐かないで欲しいな。だって何者にも媚びないっていう誇りがあるからこそ野良猫は魅力的なんですから。
オリビエとは対照的な彼女が今後どう影響を与えてくれるのか、楽しみです。

ユミさん♪

ありがとうです~♪
自由。
そうですね~安全、安心ではあるけれど、ふと垣根を越えようとするとそこには断崖絶壁。そんな感じですよね。
音楽を奏でるオリビエの窮屈な感覚は、芸術家を目指そうとする現代人を重ねています。

好きなことだけをして生きて行きたい。
この望みが叶うなら自由を犠牲にする覚悟の芸術家の卵は大勢いるかな、と。

オリビエはどうなんでしょう。見守ってやってください~♪

こんにちは♪

明るく、元気なキシュちゃんですが、何か心に重いものがありそうな気もしたりして…。
自由がない豊かな暮らし、わたしは発狂しそうだなぁ。
オリビエ、伯爵家に引き取られたとき幼かったとはいえ、
もう少し自由になりたいよね。

実際にオリビエが奏でる音を聞きたいって、思っちゃいましたよ。

kazuさん♪

ありがと~ございます!
キシュはオリビエと対照的に元気に明るく行きたいと思っています♪
オリビエがともすると後ろ向きなので(笑

半年とか、あっというまですよね~。
振り返ったときに多くを忘れていて、何かを失っているような気分になる。特に働きだしてからは日々同じことの繰り返しで余計にそう感じちゃいます。…オトナって淋しい~(笑
遊びきれない夏休みが恋しい~(←すでに夏気分?

おはようございます

時は容赦ない。

この言葉、心にずんと来ました。
本当にそうですね。
悲しみも切なさも、過去のものにしてしまう。
心に傷跡だけ残して。
少しずつ、普通の生活へと戻っていく。
その傷跡は、いつ癒えていくのか・・・

キシュちゃん、こう、思い通りにならない感じがオリビエくんにとって、少し面倒でもあり新鮮な刺激でもありですね^^;
贅沢な暮らしはできるけれど、自由もなく自分もなく貴族に仕えなければならないオリビエくん。
貧しいけれど心は自由に生きているキシュちゃん。

どちらが幸せなんだろうと、考えてしまいます。

次回更新、楽しみに待ってます!!
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