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「音の向こうの空」第四話 ②

第四話:思想の騎士、ファリの街


その日はなぜか、いつもと違う時間に侯爵が音楽堂を訪ねてきた。
もちろん彼の家だ、いつ何処に現れようと自由だが、午前のまだ朝の気配が残るうちからオリビエを尋ねるのは珍しいことだった。

濃紺のチョッキの金ボタンは丸く輝き、グレーのキュロットという姿だ。
侯爵はキュロットはあまり好きでないようで、普段は身につけない。オリビエや侯爵家の母屋に出入りする雇い人は男なら皆、キュロットの着用を要求された。夫人が好きなのだ。

だから、オリビエも今日はドレープのたっぷり入ったシャツに同色のリボンタイ、チョッキは臙脂。キュロットはアイボリーにグレーの刺繍が入ったものだ。裾をリボンで結んでいる。タイツは好きではないからブーツを履いていた。
侯爵は入ってくるなり、オリビエを立たせた。

「これから、首都に向かう。お前も来るのだ」
「え、しかし」
「服は持ってこさせよう。急なことだが、先日の茶会、王弟のロスレアン公が同席されただろう。どうやらお前の曲を気に入り、国王に進言したらしい。今朝方、国王からのお召しがあった」

国王リアン十四世。
実直な、まだ若い王だが、その王妃が遊び好きで有名だ。

宮殿では夜な夜な派手な舞踏会が開かれ、内宮貴族が集まるという。内宮貴族とは、領地を持たない貴族のことだ。王族に連なる血筋のものが多い。また、司教会の上層をなすものも貴族と同様の扱いを受けている。先日ここに立ち寄ったロスレアン公はそう言った種類の貴族だ。

リッツァルト侯爵のように領地を持つ貴族は、必然的に首都から離れた土地に住む。戦争が起こったりすれば、国軍をもてなす義務が課せられるなど大変なこともあるが、領地からの税を徴収する権利があるため、首都に住む内宮貴族よりは実情は裕福なのだ。

首都に住む貴族は、地方貴族を田舎者と侮蔑する傾向があり、よほどのことがない限り、侯爵も好んで首都に赴くことはなかった。
年に数回。アンナ夫人にせがまれて、買い物に出るくらいだろう。
まだ、オリビエは首都ファリに行ったことがなかった。


「あの、演奏会が開かれるのですか?」
侯爵は渋い表情をする。
いつもの、出し惜しみ、というものだ。

「お前は、向こうに着いたら病気になれ」
「え、あの」それなら行かなくても。

「王のご命令には従って連れて行ったが、体調不良で演奏は出来ない。よいか、そうするのだ」
「はい」
それはそれでいい。貴族たちが大勢集まる宮殿など想像できない世界だし、その上国王にお目通りなど、緊張するばかりだ。

侯爵の指示を受け、形ばかりだが譜面を用意しているところに、メイドが衣装をいくつか持ってきた。
丈夫なトランクにそれらを詰め込みながら、オリビエはため息をつく。
衣装にしみこんだバラの香り。これは、アンナ夫人が用意したのだと分かる。

「素敵な衣装ですね、オリビエ様」
メイドの一人が羨ましそうに絹のシャツをたたむ。
「そうかな、ちょっと派手だよ」
「あら、アンナ様がものすごく張り切っていらっしゃって。これでは足りないから向こうで新調なさると聞きましたよ」
「え、そんなに長期間なのかな。参ったな、聞いてない」

「あら、何かご予定でも?」
キシュに何も言っていない。

「悪いんだけど、僕の家に来ているシューレンさんに、伝言を頼めないかな」
「いいですよ。午後に街に出る予定ですし。久しぶりに彼女にも会いたいわ」
オリビエはシューレンに当てた手紙に、キシュが尋ねてきたら、急な旅行のことを伝えてほしいとしたためた。
また、彼女が遊びに来たら、仕事の邪魔にならない程度に相手をしてやって欲しいと付け加える。
世話好きなシューレンさんなら、キシュも機嫌を損ねることはないだろう。


四頭立ての馬車を二つ。馬に乗った従者が十人。
オリビエは侯爵の腹心で、この街の市長をしている人物と同じ馬車に乗ることになった。時々茶会で顔を合わせ挨拶する程度で、あまり話したことはなかった。

でっぷりとした腹を金ボタンの朱色のチョッキの下に蓄えたルグラン市長は、薄くなった頭部をかきながら愛想の良い笑顔を浮かべた。彼が身じろぐたびに馬車の座席は小さく鳥のような鳴き声をあげた。

オリビエは形だけの貴族の称号をもらっている。
ただ単に、「租税を払わなくて良い特権」を得るためだけの称号で、それは侯爵が両親を亡くしたオリビエのために用立ててくれたものだ。
どうやって国王の許可を受けたのか経緯は分からなかった。正式には、オリビエンヌ・ド・ファンテルである。オリビエは街の人々からは「ファンテル卿」と呼ばれていた。

「ファリ紀行には良い天候ですな、ファンテル卿」
だからルグラン市長もオリビエをそう呼ぶ。

「はい。突然のことで、まだ実感がわかないのですが。ルグランさんは何度かファリには行かれたんでしょう」
そこで、市長は眉を上げ、自慢げに鼻の下の髭を伸ばした。
「ファンテル卿は首都は初めてですかな」
「え、ええ。旅行はあまり」
旅行と言っても常に侯爵のお供だ。
自分のために街を離れたことなどなかった。

「では、驚かれますよ。このエスファンテが東の果ての田舎町だという意味が分かりますよ。ファリでは市民はみな、五階建てのアパルトメントに住んでいるんですよ」
「ご、五階!?」

侯爵の城も、数えればそれくらいはあるのかもしれないが、平民の住む家がそんな高さだとは想像もつかない。エスファンテの市の中心部、市庁舎でも三階建て。レンガを積んだそれはオリビエが見たことのある立派な建物の中で五本の指に入る。

「この街じゃ届く新聞は一つですがね、かの首都では十を超える新聞が発行されているといいますよ。今回呼んで下さったロスレアン公は、ファリの自宅を平民に貸し出して、アーケードを経営しているのですよ。カフェがありましてね。そこで弁護士やら司祭やら、はたまた女まで政治や思想を語るそうですよ。今じゃ、新しい話を聞きたいのならそのカフェ【エスカル】へ行けと言われるほどです」

新聞や政治の話はオリビエには遠い世界だった。
メイドたちの噂や、茶会の席の客たちの会話からちらちらとうかがい知る程度で、あまり興味もなかった。

「そうですか」
オリビエの感想がそれだけと知るとルグラン市長はうっすら笑って被っていた帽子を取った。
「失礼、今朝早かったのでね」
帽子を顔にかぶせ、眠ってしまった。

政治や思想。
自分とはもっとも無縁なものに聞こえる。

オリビエもまた揺れる窓に肩を預け、眼を閉じた。

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