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「音の向こうの空」第五話 ①

第五話:切り取られた空



城門を抜けると、オリビエは礼を言って馬を下りる。

母屋まではまだ距離があったが、慣れない馬に揺られ尻が痛んだ。
そう伝えるとマルソーも笑って馬を下りた。

黒毛の馬を門番に預けると、騎士はまだ少し残る酔いを振り払うように何度も髪をかき上げていた。

母屋まで歩きながら、オリビエは両親のことや侯爵に引き取られたときのこと、アネリアを失った経緯等をぽつぽつと語った。
マルソーは黙ってそれを聞き。時折青年の背を優しく叩いた。

「それでも…僕は、音楽を奏でられる。そうして生きていける。飢饉のために農村では餓死者も多いと聞きます。僕は幸せなんです」

結局、何をどう考え悩んでも、その答えに行き着くことをオリビエも分かっていた。
自分に言い聞かせるように話すと、そうだなとマルソーは笑った。後押しされるようで心強く感じた。


邸内ではすでに晩餐会が開かれ、ロスレアン公が雇った音楽家たちが室内楽を演奏していた。バイオリンの緩やかな調べと貴族たちのダンス。大広間は煌びやかな時間が流れる。

マルソーは、客人用の控え室へとオリビエを連れて行こうとした。
大広間の脇を過ぎ、隣室へ向かう廊下でグラスを持ったまま数人の女性を引き連れるエリーと出くわした。
「お、お前のお供は淋しいな」
エリーがからかうようにワインの入ったグラスを掲げて見せる。マルソーはにやりと笑い返し、オリビエの肩に腕を回して引き寄せて見せた。
「おやおや、我が友は変わった趣向を持ったようだ」
「こいつの演奏はどんな女より魅力的でな」
片目をつぶってみせるマルソーにエリーは肩をすくめ、理解できないという風に首を振った。
「オリビエ、侯爵が仏頂面だぞ。いつも以上にな」
エリーの忠告はオリビエの顔を引きつらせた。
「ほら、見つかった」

エリーが彼らの背後を見つめ、その視線の先を追ってオリビエが振り向く。
肩に置かれたマルソーの腕が慌てて離れた。

談笑する人々の間を真っ直ぐこちらに向かってくる。
リツァルト侯爵は噂では北の民族の血が流れているといわれ、一際背が高い。がっしりした体躯は遠めにもすぐにそれと分かる。元軍人。折り目正しい姿勢と歩き方。酔って揺らめく周囲にあって異質だ。
オリビエを見据えたまま歩く侯爵に、幾人かが慌てて道を譲る。何事かとその行方を見つめる。

「こ、これは、侯爵、ごきげん…」マルソーが固い笑みを浮かべ挨拶を述べようとしたときには、侯爵の両腕がオリビエの肩をぐんと押さえつけていた。

深い緑の瞳に睨まれ、オリビエは凍りついたように目を見開く。
視線をそらすことが出来ない。
これほど、怒りをあらわにした侯爵を初めて見た。殴られるのかもしれない。
瞬きも出来ず、オリビエはただ次第に潤む瞳で懸命に男を見上げていた。

「マルソー、酒も飲めない子どもを酔わせるとは。今夜はロスレアン公に演奏をお聞かせするはずだったのに、これでは弾けまい」

マルソーも、傍らに立つエリーも二の句が継げない。もちろんオリビエは酒など飲んでいないが、否定の言葉はぐるぐると喉の奥で空回りするだけだ。

侯爵は真っ直ぐオリビエを睨みつけたまま続けた。

「こんなに冷え切って、顔色も悪い。ビクトール、オリビエを寝室に」

侯爵の背後に控えていたビクトールが侯爵に突き出されるようにされてよろめくオリビエを引き受ける。二人が廊下の奥に消えていくのを見送ると、唖然とするマルソーを振り返り、リツァルト侯爵はにらみつけた。

「王妃つき近衛連隊の騎士がこの時期に【エスカル】とは。どこにでも目はある。気をつけるのだな。隊長のエリーにも迷惑がかかろう」

「お前、行ったのか」エリーも眉をひそめた。

「ご忠告、痛み入ります。エリー、少し休憩しただけさ。喉が渇いてな」
マルソーは悪びれる様子もない。

王妃は【エスカル】も、そこに集る者たちも、そしてそれを作ったロスレアン公をも嫌っていた。下手な噂を流されるのは、得策とはいえない。

侯爵はさらに続けた。
「今夜のカフェでオルガンを弾いた若者がいたそうだが。知り合いかな?」

オリビエが言っていた。侯爵は他で演奏することを良しとしないと。

広間のダンスの音楽が静寂に響いた。
エリーもその周囲にいた貴婦人も、二人の様子をただ見比べるだけだ。

マルソーは高圧的な貴族を嫌う。もともと平民の出身。同じ一平卒からたたき上げでここまで来たエリーも男の気質をよく理解している。
ここでマルソーが憤れば、どう庇うべきかとエリーは身構える。

「……いいえ。名もない奏者でしたが。この世に二つとない名演でした」

マルソーが穏やかに笑って見せると、侯爵は目を見開いた。

「惜しかった。名を聞いておけばよかった」
さらに続けるマルソーに侯爵は一つ息を吐き、もうよいとつぶやいてその場を去った。

聞こえてくる広間のざわめきが、止まった時間を取り戻し彼らを包んだ。エリーは女性たちを残し、通りかかった給仕の盆からワインを一つ手に取ると、親友に手渡す。

「…マルソー、何があったのだ。白状するまで放さないぞ」

エリーが男の首に腕を回し、晩餐会の会場へと引っ張っていった。マルソーは笑いながら、あの感動をどう親友に伝えようかと言葉を探り始めていた。

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