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「音の向こうの空」第七話 ⑦

第七話:疑惑、教会、オルガンの音



朝も夜も。ズレンはエスファンテ衛兵としての態度を崩さなくなった。
シューレン夫人はやけにご機嫌な様子だ。
二人はキシュのことで何かしら共謀しているように思えた。オリビエの知らないところでさまざまに物事が動いている。

新聞を頼んだのに、ビクトールは一向に届けてくれないし、アンナ夫人も最近は顔を見せない。一人、音楽堂でチェンバロに向かいながらガラス窓の外を眺める。かごの鳥、まさに。

音楽のために何もかもを犠牲に出来る。マルソーはそれをオリビエだけの思想だといった。胸を張って誇りを持てといった。
頼まれている曲作りは空しさが積もり一向に進まず。それなのに晴れない気分を音にする指はこれまで以上に鍵盤を軽やかに走った。
誰も聞くもののない曲。ただ空しい気持ちをこの鳥かごの空気に織り交ぜ、小さな気流が風を起こすがいずれまた、雨粒のように自分に戻る。

考えてみれば、キシュと出会う前と何も変わらない。なのに何がそれほど、空しいのか。

友人になれたと思ったズレンが、実のところ自分をどう思っていたのかを知ったからか。

キシュに対するほのかな想いは、認めないわけにはいかないほど最近は心を蝕むが。それをどうする手段もない。

口の悪い野良猫は。気まぐれに擦り寄っては可愛らしい声で鳴いた。色にするなら白地に茶のぶち、それも愛くるしく目の周りを縁取るそれか。
青い空色の大きな瞳。餌をもらうときには従順に、嬉しそうに喉を鳴らす。
ふと少女の唇や頬。食事を頬張るその姿を思い描き、小さく頭を振った。
今奏でた曲にどんな欲望が表れていたのかと思うと観客のいない静まり返ったこの場所に安堵すら覚えた。

そういえば、男爵の姿も見ていない。
あれから、どうしているのだろう。


思えば、関わる人の日常など何も知らずに生きている。
何もかもが希薄だ。人にも世の中にも関わるもの全てに対して僕は、いつもガラスの向こうから眺めている。眺めるだけでその痛みも温かさも想像逞しくしているに過ぎない。
温室の中の薔薇。ズレンの言葉がよみがえる。


夕刻。いつものように侯爵家の通用門で、門番に呼び止められる。黙ってそっと抜け出せたら、もしかしてズレンに見つからず、キシュが家の前で待っていてくれるかのような都合のよい期待を込めて、そっとメイドたちに紛れて通り抜けようとするのだが。
門番の男はしっかりとオリビエを覚えていて、毎回必ず呼び止め、一人がズレンを呼びにいき、一人がずっとそばについている。

「オリビエ様、あの、少々お待ちを」

その日は違った。

なぜか門番も一人しかいない。その男もズレンを呼びに行くわけでもなく、何かを待っている様子だ。
「何かあったんですか」
「いや、ここは大丈夫だと思うのですがね。市役所に数十名の市民が押し寄せたらしくて、衛兵の皆様は出払っていらっしゃるんですよ」
「市民が?何のために?」
「このところ、滞り気味だった税金を納めるようにと、市長がね、通達を出したんですよ。それで、もめているんです。侯爵様の定めた期限はまだ先だとか、まあ、よく分かりませんがとにかく市民が怒って詰め掛けて抗議していると。最近は物騒なんで、市民も自衛手段を講じようとしていましてね、自警団を作り始めたみたいですよ」

以前、ズレンが話していた。農民が自警団を作るように、市街の人々も自衛のために徒党を組むようになったのだろう。大勢が押しかければ、多少の無理難題は通ってしまうのかもしれない。ルグラン市長は大丈夫だろうか。

「ふうん。じゃあ、ズレンもそちらに?」
「はい、今この町は一個中隊だけですから、人手がね」
「じゃあ、僕はひとりで帰るよ。大丈夫だよ、これまでだって一人で帰っていただろう?」
「しかし、オリビエ様!馬車を呼びますよ、オリビエ様!」

大丈夫、と声をかけながら、オリビエは久しぶりに一人きりの帰途についた。

初夏の夕暮れ。まだ陽は高いが、空の青には淡い黄が混じる。流れる雲がそろそろ夕焼けに染まろうとじっと待ち受けているかのようだ。

道端の雑草に夏の青い花を見つけ、そっと手に取る。
ふと目の前をツバメが横切り。

春先に音楽堂のストーブの煙突に戻った鳥が、小さな雛を抱えた。それを告げると、巣を戻してくれたモスが嬉しそうに笑った。結局、大変な作業をさせてしまったが、彼も楽しそうだった。

その話をキシュにすると、あきれたように暇な貴族様呼ばわりだ。それでも雛が可愛いんだと曲にすると、嬉しそうに歌ってくれた。

そう、風に乗るこんな声で。

「オリビエ!」
家の前に。
赤毛の少女が、白いブラウスに草色のドレス姿で立っていた。
名を呼んだ声とは裏腹に、そこに立ったまま、じっと立ったまま動こうとしない。

駆け寄るほど懐いているわけでもない。少女の性格を思い出し、オリビエも走り出しかけた自分を抑える。
ただ、その顔に浮かぶ笑みだけは隠しようもない。

「久しぶりだね!よく来てくれたね」
「オリビエに来るなって言われたわけじゃないから。パンも欲しいし」
「あ、そうだね、ちょっと待っていて。パンを取ってくるよ」
「何?入れてくれないの?歌はいいの?」
不満そうな少女はオリビエの袖をつかむ。

そんな小さなことにすら胸躍るのは、会えなかった時間が何かを育てたのだ。春を待つ雛のように。

「今、ズレンもここに住んでいるんだよ。だから、彼が帰ってくるとまずいから。君の言っていた教会に行こう。パンは必要だろ?持ってくるから」

ズレンの名を出すと少女に何を巻き起こすのか心のどこかに不安はある。だからこそキシュの笑みがこれほどまでに美しいと予想できていなかった。

パンのせいか、オリビエが教会に行こうと提案したからか。

「うん、会いたかった」

その一言に。可愛らしい笑顔に。
思わず抱き寄せてしまう。

少女が少しばかり涙目になっても。抱きしめたい。

「オリビ、エ…」
「僕も、会いたかった」
手に触れる少女の服のさわとした感触、その下の柔らかな肌。それがどれほど柔らかく、弾力を持ちみずみずしいのか。確かめたくて力がこもる。
さらにその息遣いを耳元に感じたい。

唇を離したとたん。
ぱちん、と目の前に何かが弾けてオリビエは我に返る。
「もう!何するの!ばか!」
「あ、ごめん」
慌てて抱き寄せる腕を緩めても。少女は消えてしまわなかった。

「ごめん、いきなりだった」
「謝るくらいならしないの!もう、つまんない」
「え?」
「奪うのが好きって言ったでしょ?奪われるのは嫌い。自由もここも」そう唇を指差して睨みつける。その上目遣いがまたどうしようもない。

ん、そうだねといいつつも抱きしめてしまうのは神も許してくれるだろう。


少女がズレンをどう思っているのかとか、オリビエに対して何を抱いているのかとか。そんなことを気にしている必要もないくらい、パンを抱えた少女の笑みがオリビエの胸を躍らせた。


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