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「音の向こうの空」第七話 ⑧

第七話:疑惑、教会、オルガンの音



「うん、いい香り」
パンのことだ。

「お腹すいているのかい?」オリビエが目を細めると、キシュは頬を赤くしてぷんと横を向く。不機嫌な野良猫の赤毛の尻尾はふらりと揺れた。

「分かってるくせに。お腹いっぱい美味しいものを食べられるのは、金持ちだけだよ」
「あ、そうか、ごめん」
「そうやって謝る、意味がわかんない」
「そういえば、ランドンは?今日は護衛がいないんだね」
「オリビエだってズレンがいないじゃない。護衛がいたら二人きりにはなれないんだから。あれでいて、ランドンは嫉妬深いの。あたしが誰かと抱き合ってると吼えるんだよ」
オリビエがふと足を止める。

二歩先に行く少女は振り向きながら、「何してんの?」と笑い、そのままくるりと一回転して前を向く。
「あの。二人きりになりたいの?」
「なりたくないの?」
う、と言葉につまる。

「教会はこの時間、人がいないよ。ちょうどいいでしょ?ズレンがいると腹が立つし」
「キシュは、ズレンのこと、……怒っているのかい?」
好きなのかと聞き損ね、先ほどしっかり抱きしめてキスした勇敢なオリビエは影を潜める。

「……もういいんだ。セイリア姉さんは優しい人だったから。きっとズレンの言う通りだってわかってる。分かってるけど。ただ、ズレンを待っている姉さんが淋しそうで。恋愛がそういうもんならあたしにはなくていい、とまで思った」
「そうか」それでどこか斜に構えている?

「セイリア姉さんが亡くなる時だって、あいつ顔も見せなかった。それでも愛してたって言うの、ずるいよ。あたしには二人のことはわかんないけど、姉さんが最後までズレンのこと心配してたのは知ってるんだから」
キシュが珍しくうつむいた。

「パンがぬれるよ」
オリビエは少女が抱える袋を受け取る。そのまま小さな背を抱いてやる。
キシュは首をかしげて柔らかな赤毛を青年に預けた。

「目の前で見送るのも、見送ることが出来なかったのも。きっと両方つらいんだよ。僕も見送れなかったから。彼の気持ち、少し分かるな」
「あんたが?」
「後悔してる。してもしかたないのに。そばにいれば、死ななかったかもしれないなんて傲慢なことさえ考える。運命に逆らえるはずもないのに」
「……オリビエは優しいんだね。ときどき、腹が立つよ」

言葉とは裏腹に、キシュの小さな手はオリビエの服にしっかりしがみついていた。少しぬれた睫が、伏せた瞳を彩る。
「…キスしていいかな」
「だめ」


町の教会。それは先日キシュを送っていったときに途中にあった小さなものだった。エスファンテ市は三つほどの教区に分かれている。真ん中が市の中心でオリビエが通った学校に隣接していた。その東に位置するのがこの小さな教会。歴史は古く、薔薇窓のステンドグラスは精緻な模様を描かれ静かな礼拝堂内を照らす。

ロマネスクの時代のものだろう。弧を描くシンプルなアーチが天井を支え、同じ形の縦に長い窓が二つずつ並び壁を彩る。
補強のために渡された木の柱組みもまた美しく、同色のベンチとともに正面の聖像を護っている。

五十人ほど入れる小さな礼拝堂の左隅に、オルガンが備え付けられていた。小型だが立派なパイプオルガンだ。

「いいね」
「素敵でしょ?あたし、お祈りとか神父様のお説教とか、好きじゃないんだけど。ここの場所は好きなんだ。オリビエの曲がここに響いたら、ね、きっと神様もビックリするよ」
「ん、そうだね。そしたら、お許しくださるかな」
人気のないそこでオリビエは再び少女を抱きしめる。

「見かけによらず、大胆ね、オリビエちゃんは。どうしちゃったの?飼い犬でも盛りの季節?」
「飼い犬でも。野良猫を見たら追いかけたくなるんだろ」
「追いかけて捕まえて。それで。どうするの」
最後まで言わせない。

冗談めかした生意気な口も、その華奢な肩も。わざと挑発する胸元も。全てに触れたくてオリビエは捕らえた猫を裸にする。
野良猫でなくす為に首に印を。乳房にも。
飼い犬の首輪を外すようにキシュもオリビエの服を剥がしていった。


これほど。
何を尽くしても言い表せない。
これまでの幸せ全てを比較してしまいそうになるほどその時間は愛しい。

余韻はオリビエの音になり。曲になる。
歓喜を叫ぶ雄雄しい曲に。

キシュはそれを歌い。
キシュの歌をまたオリビエが奏でる。

音は人を呼び寄せた。
若い二人の悪戯を教会の司祭が黙って聞き入る。

お祈りにと訪れた親子は響く音色に立ち尽くして。その後からのぞきに来た人々の行く先を塞ぐ。そして彼らもまた足を止めた。
凛々しく響くその曲は彼らの内なる何かを呼び覚ます。

演奏が途切れた瞬間、覚醒した何かを拍手にして人々は吐き出した。


気付いてまだ乱れている胸元をキシュが慌てて整えた。
オリビエは立ち上がり、まず司祭に頭を下げた。
「すみません、オルガンをお借りしてしまいましたし、その……」
キシュの方を振り返る。教会で女性が歌うのは禁忌とされている。その上別の理由でこの場所を借りたのだ、胸を強く打つ動揺でオリビエは何を言おうか言葉を探す。
司祭は黒い長い衣装を引きずるようにベンチの脇を抜け、オリビエの前に立ってその手を取った。
「あなたは…、侯爵様の楽士様」
「オリビエ・ファンテルです」
「いや。素晴らしい、感動しました。キシュは、この子は男の子のようなもの、神もお許しくださるでしょう」
司祭が目を向ける頃には、衆人は三人を囲い、口々に感想を漏らしていた。
「もっと聞きたい」小さい子どもが真っ直ぐオリビエに目を向けた。
「じゃあ、聖歌を。お祈りの時間だから」
穏やかに笑う青年に、小さなレディは両手を顔の前であわせ嬉しげに笑った。


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