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「音の向こうの空」第八話 ④

第八話:葦のように真っ直ぐ



翌朝、いつもどおり馬車に乗せられ侯爵家へと向かう。
黙り込んだ車内から丁度教会への道との分岐あたり。オリビエは男爵の話を思い出しじっとそちらを見つめていた。
「オリビエ様、今日からしばらく、ご自宅には戻れませんから。昨夜の騒ぎで懲りましたからね。侯爵家で部屋を用意させます」
「!?」
振り向いた青年にズレンは表情を変えることすらしない。
「貴方はお屋敷で自由気ままに、好きな曲だけ奏でていればいい」
嘲るようなズレンの口調にも、身動きできない侯爵家の滞在も。一晩中思考を廻らせ続けた疲労のために睨みつけるだけの鈍い反応に終わる。

僕の知らない何かが起こっている、だから巻き込まれている。
焦燥感に駆られ悔しくて眠れなかった昨晩を思えば、当分はそれに心を費やすことで救われる気がした。さまざま気になることはあるが、まずはそこを知らなくては動けない。
ズレンが言ったとおりだ、何も知らないでいることがもっとも腹立たしいのだ。

大人しいオリビエに飽きたのか、ズレンは再び黙って馬車の進行方向を眺める。


オリビエの求めた答えは意外なところから転がり出てきた。
その夜、蒸し暑い七月の音楽堂に窓を開け夜風を導きいれる頃。いつもの足音が耳についた。
走ってくる。そして、扉の前で立ち止まり。数回、息を整えるタイミングで黙って扉を押し開く。

公爵夫人はしどけない夜着の胸元をはだけさせ、楽譜を片手に考え込む青年にすがりついた。
「アンナさま!」
「オリビエ、ねえ、お前は知っているの?ねえ」
その晩は、いつもより息を整うのが遅いらしい、少し興奮気味のその口調は子どものようだ。
「なにかあったのですか」
まずは、といわんばかりに青年に抱きついてキスをねだる。夜の音楽堂は薄いレースのカーテンをしていても外から見れば暗い庭に立つオペラ座。ステージとも言えるその場で夫人は柔らかい腕に青年の頭を抱きこんで、甘える。庭に立つものがいれば見せびらかしているとしか受け取れないだろう。
「ア…」拒もうとするのを強引にふさがれる。
慣れた口付けに応えると、小さい吐息を漏らしながら夫人は青年を解放した。
「ね、オリビエ。お前の両親のこと。お前は知っているの?」
それは男爵の言っていたあれに近い筋の話か。
「驚かないでね、お前はね、不義の子なのよ」
不義?…とはつまり。
予想していなかった夫人の収穫にオリビエは眉をひそめる。
青年の虚をついた自らの探偵振りにますます嬉しさを増すのか、夫人は自慢げに語り続ける。
「あのロントーニ男爵が、お前の母親と愛し合っていたなんてねぇ。血は争えないのね」
「あの?」
「お前はね、ロントーニ男爵が十六の時の、子ども」
「待ってください!」
「待たないわ。ねえ。オリビエ、面白いわね、男と女って。こうして私がお前と抱き合うのも運命のようじゃない?お前だって私のことを言えた義理じゃないのよ。そうでしょ?侯爵様を裏切るのも当然よね。お前が私と関係を持ったのが十六の頃。ねえ、私がお前の子を宿したら、侯爵様はどう思われるのかしらね」
脱がそうとする婦人の手を払い、オリビエは数歩後ろに下がる。風にたわんだカーテンがさらりと肩に触れた。

「私は、ラストン・ファンテルの子供です!おかしなことをおっしゃらないでください!」
父は穏やかな人だった。音楽には厳しかったが、温厚でいつも笑っていた。尊敬していた。母が彼を裏切っていたなど拒絶したい思いを昨夜一晩かけて、納得は出来なくとも兎に角事実を確かめる必要はあるのだと、冷静であれと自分に言い聞かせた。ズレンの言うとおり駄々をこねているのではいけないのだと、大人にならなければと。
それを、アンナ夫人の赤い唇はまさにパンドラの箱。
自分が、母と男爵の不義の子であれば。
父を裏切っていたのは、自分も同じではないか!

「誰が、何を言ったのか知りませんが、たとえ母が男爵と関係を持っていたとしても、私は。音楽家の子なのです」
オリビエの音楽家たる源の一つ。音楽家の子として音楽に親しみ、当然のようにそうなろうとした。オリビエに音楽を残した父と母、そして神に感謝していた。

「あら、びっくりしたの?侯爵様も、男爵ご自身もご存知みたいよ。ビクトールだって知っていた。だから。男爵は出入り禁止らしいのよね」
オリビエの反応が楽しいのだ。
夫人はすぐそばにあった椅子に座ると、足をふらふらと揺らしてみせる。白いスカートの裾になぜかオリビエは見入っている。
それを意識してか、はしたなくも足を組みかえると夫人は組んだ腕で胸を強調し微笑んだ。
「男爵は恋人の敵を討ちたいのね、お前が侯爵様に引き取られると安心して、愛しのマリアを殺した犯人を探し出そうとわざわざこの町に居を構えた。あの年まで結婚も女性の影もないのはマリアに誓いでもしたのかしらね」

それは理解できた。
男爵のあの晩の様子から、彼が犯人を突き止めようとしていることは明らかだ。それを、オリビエに知らせようとした。
あの時、ズレンが現れなければ、もっと多くの話が聞けたのではないか。
知りたければ、尋ねて来いと男爵は笑った。
アンナ夫人の話がどこまで本当かは怪しい。噂話も自分の面白いと思うことを信じるのだ。そんな推理では謎は解けない。
男爵なら。

事件のことも、今起きていることも。話してくれるのではないか。
この曇り空に一筋の陽光。


「アンナ様、それが真実だと、どうして分かるのです」
「あら、なあに?疑うの?」
「証拠もないですしね。私が男爵の子だというのは、男爵が認めているとおっしゃいましたが私の前で彼は何も言いませんでした。根も葉もない噂でしょう」
「失礼ね!ここ数日私がどれだけ走り回ったのか!」
自身が走ったわけではないだろう。
「だとしても、あなたはロントーニ男爵にはお会いしていない。リツァルト侯爵が私とどんな関係なのかも、ご存じない」
頬を赤くし黙りこんだ夫人に、オリビエはけしかけた。
「知りたいでしょう?私も同じ。明日、男爵を訪ねてみませんか。かの屋敷の庭はフェルサイユ宮殿を模した新しい形式のものと聞いています。男爵が話してくれるかはともかく、一緒にそこを歩くだけでもこの退屈な屋敷に閉じ込められるよりはましだと思いますが」
夫人の前に膝をつくと、腕をつかむ。白い足首から腿、その先へと指を這わせれば、夫人は小さく身をよじった。
「オリビエらしく、ないわ」こちらも夫人らしくない恥じらいを見せた。おびえる兎のようであるなら、オリビエも猛獣たる態度に変わる。
あえぐ唇を指でなぞると、そのまま細い首に口付ける。襟元から深く差し入れた指先で真綿のような乳房を露にした。
「アンナ様、私が男であることをお忘れですか?日の光の下で貴方が恥らう姿を見て見たい。気が遠くなるほどの快楽を」
舌は夫人の理性を舐め取る。
「……んっ」
「知りたくはありませんか」

男爵が何を語るのか、何を知らせたいのか。夫人を伴えば外出できる。
自分にふりかかる暗雲を取り払い、その向こうにある空を見上げるためなら。
穢れた行為も、侯爵への罪悪感も、すべて飲み込んでみせる。

オリビエは似ていないそれにキシュの未熟な身体を思い浮かべ、あの教会の愛しい夜のように少女に触れたいと願った。

次へ♪
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