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「音の向こうの空」第八話 ⑤

第八話:葦のように真っ直ぐ



七月の日差しは早朝に関わらず暑く二人を射た。
夫人が馬車から降りるのをいつもどおりビクトールが手伝おうとすると、夫人はつんと言い放つ。
「オリビエ、来て」
オリビエはビクトールがどういう顔をしているのかと内心哀れに思いながら、夫人の手を取る。
降り立つと同時によろけたフリをして抱きつくのだ。
その目的のためにオリビエを呼ぶ。
驚いて支える青年にまるで仕掛けた悪戯が成功したかのように子どもっぽく笑う。
三人の様子を顔色一つ変えずに見届け、男爵家の侍従は夫人に恭しく頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。男爵様はただ今朝のお散歩に、邸内を散策中でございます。中庭の東屋に茶を用意するよう命じられておりますので、よろしければご案内いたします」
「あら、大丈夫よ、素敵なお庭ですもの、ゆっくり歩いてみたいから。ビクトール、先に行ってご挨拶を」
すっかり当初の目的とすり替わっているのだろう、夫人はオリビエと二人で散歩を楽しみたいと言い出し、ビクトールはしぶしぶ二人を送り出す。


侯爵家とは丁度市の中心を挟んで反対側に位置する広大な敷地に、ロントーニ男爵は屋敷を構える。隣町に持つ工場だけでなく、彼は実業家としていくつかの町に織物の事業を展開していた。さぞ、華やかだろうとオリビエはファリで見たロスレアン公の別宅を思い出したが、予想とは少し違った。
広大な庭は綺麗に整えられ、小道に沿う花のアーチや、トピアリー、美しい初夏の白い花々が彩っているが、どこか静まり返っていた。
遠く見える母屋も、離れも。侯爵家であれば、見回せば誰かしらが目に入った。庭を整える下男だったり、大広間の窓を拭くメイド、犬を走らせる侍従。生活し働く音が絶え間なく流れ込んでいた。
それが、この男爵家には感じられなかった。
だれもが息を潜めているかのように。高木の少ない庭のつくりはそこから鳥のさえずりさえも追い出してしまったようだ。
夫人はオリビエの右の腕、くるりと回って左の腰にまとわりつくように歩いている。
「静かな庭ね」
夫人も何かしら、不思議そうに見渡していた。

「なんだか、気持ちが悪いわ」
オリビエと同じ感想を口にし、期待していただろう甘い時間を夫人は諦めたようだ。
「見回しても誰もいませんね」
「ええ、だからこそ、余計に誰かに見られている気がするわ」
相手の存在が認識できないからこそ、不安になるのだ。
「誰かしら、いそうなものなのに」
オリビエのつぶやきに、アンナ夫人はぎゅっと手を握り締めて返す。
「男爵は変わり者だから、ここにお一人でお住まいなのよ。ご兄弟も、ご両親も、だれも一緒に住まれないと聞いたわ。男爵お一人のお世話をするなら、侍従もメイドも少なくていいのよ」
「侯爵家はご親類の方や、ご友人、必ずどなたかお客様が滞在されていますね」
「ええ、そうよ。侯爵様は無口だけれど、親族やご友人に信頼の厚い方ですもの。私もにぎやかなことは好きだから。そのために大勢雇い人がいるんだから、もてなすお客様がいなきゃ首にしなきゃならないでしょ」
物騒なことをさらりと言いのけ、アンナ夫人は雇い人の一人であるオリビエに寄り添う。
「このお屋敷に、楽士が欲しいというのも、分からないではないけれど。オリビエ、お前を譲って欲しいと侯爵様に交渉を始めたのは、もう随分前からなのよ」
「去年、そういったお話を耳にしました」
「あら、違うのよ。もう、そうね、三年前には。このお屋敷に移られた頃からずっとね。侯爵様は断り続けているけれど」
「…知りませんでした。それで、私が男爵の子供だなどと?」
「その可能性はあるでしょう?」
「それが事実なら、嬉しくはありません」
「お前は、バカね。男爵の子どもとなれば、これだけの資産を受け継ぐのよ?お前も立派な貴族の一員になるわけだし、雇われの楽士でいる必要などなくなるのに」
「…気付きませんでした」

確かに、裕福であれば、誰かに雇われて音楽を奏でる必要もないのだ。好きなときに好きなことが出来る。気ままにいき、好きなことだけを。
その想像は、あまりオリビエの気持ちを高揚させない。
「嬉しくないの?」
「分かりませんが。先日教会で奏でたときに、とても充足を感じました。そういうほうが、私には」
「教会で?」
「!」
それは。
知られてはいけなかった。

焦りを表情にしてしまったことすら後悔するオリビエを、アンナ夫人はじっと見上げていた。
またなにか、まずいことになるだろうか。
「オリビエ様、こちらです」

怪しげな雰囲気を、ビクトールの声が遮った。

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