08
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「音の向こうの空」第十話 ①

第十話:革命、夜明けのエスファンテ



その朝。
侯爵の屋敷はいつになく静まり返っていた。
市の南東に位置するそこだけでなく、屋敷から北西に走る街道沿いの商店も、路地を入った民家も。窯の火を絶やすことがないといわれる手工業者たちが集る区域も。いつもなら市場へと牛車を引く農民も。
朝の靄が日に透かされ、小さな流れを空に生み出し、ミルク色のそれが街の街道をゆっくりと動き始めても。パン屋の煙突の香ばしい煙すらその朝には身動きしない。

町を東西に横断する中心街の大通り。靄のきれかけた建物の影。あちらも、こちらにも。何かが潜んでいる。

通りの真ん中にある市役所は、いつもの衛兵の姿はない。
前夜のうちにそこは占拠されていた。開け放たれた扉の正面には、靴屋の主人がサーベルを抱えて机に座る。胡坐を組み替え、もう一度力の入った肩を上下させた。
通りの向かい側の裁判所では、堅く閉ざされた門の前に、護るかのようにサーベルを持った男たちが立ち並んでいる。いずれも街の男たち。昨日までは蹄鉄を鍛え、あるいは野菜を売り、赤ん坊をあやしていた普通の男たちだ。それら十数名に見張られて、そこにもし役人が登庁しようとすれば追い返されるか捉えられるか、そのどちらかなのは明らかだった。

侯爵家では、屋敷の周囲を囲む石塀に衛兵が立つ。要所要所に配された彼らは、異常があればいつでも首に下げたラッパで邸内の鐘楼に立つ見張りに知らせることが出来た。

鐘楼からは靄のはれる様子が一望できた。
町は静かで、美しい。

「様子は」
背後の鉄格子の扉を開いて、青年が一人手にランプを掲げたまま近寄ってきた。
見張りの衛兵は柵についていた手を引き剥がし、姿勢を正す。
「は、今のところ動きはないようです」
「そうか」
エスファンテ衛兵、第三連隊長。ズレン・ダンヤはランプを壁にかけると再び町を見下ろす。
「あの、奥様のご様子は」
「相変わらずだ。オリビエ、オリビエとうるさい」
上官の遠慮ない物言いに衛兵はどう反応してよいか迷う。
「あのバカのことなど、かまっている余裕はない。明日、侯爵様が戻られるまでここを護らなければならないのだ。市役所を昨夜の間に落とされたのは失態だった」
「北のお屋敷の方々は、ご無事でしょうか」
ズレンは小さいため息を吐いた。
北の屋敷に住んでいた、侯爵の姪の家族。貴族でないものと結婚したために、別に居を構え慎ましやかに暮らしていた。まだ、子供も幼いはずだ。リリカと呼ばれる少女をズレンも何度か見たことがあった。侯爵自身には子供がいない。そのために、兄の子である姪ソフィリアにも、その愛娘リリカにも我が子のような愛情をかけていた。
伝令を走らせたものの屋敷はすでに無人となっていた。どうやら、連れ去られたらしい。数日前から配備していた衛兵が無残な姿で発見された。
市民の全てが敵。
それは、実体のない災厄を相手にするような空恐ろしさを感じさせた。

二日前にもたらされたファリでのバスチーユ陥落の報を思い出す。日々生活していた身の回りの全てが自分を憎む様子は、どれほど守衛をぞっとさせたか。今なら容易に想像できた。一歩、この屋敷を踏み出せば、出会う人間がすべて敵なのだ。エスファンテの衛兵たちは、女、子ども、無力な人々にサーベルを向けられない。なぜなら市民は衛兵によって護られるものであり、そして兵たちは日々の生活を市民によって護られていた。
町の人間の焼くパンを食べ、酒を飲み、共に語ることもある。同じ地区に住み、幼い頃から見知ったものもいるだろう。それら全てに銃口を向け、サーベルを振るうなど。
自らを養った父や母を殺すに似ていた。

侯爵の存在のない今のこの町で、衛兵たちの士気を維持するのは困難だ。
ズレンはだからこそ、市役所に人々が押しかけても、裁判所が包囲されても、衛兵たちを一箇所、この侯爵の屋敷に集めておくしか出来なかった。


背後が騒がしくなる。
甲高い声の主は想像できたが、ズレンはうんざりとし、それが遠ざかってくれることを祈る。
「ズレン、どこなの!」
ビクトールのなだめる声と一緒にアンナ夫人が鐘楼に顔を出す。
「おお、ここにいたの!オリビエはどうしたの!?あの子は男爵に捕らわれたままなの!?」

大げさに息を吐き出し、ズレンは振り返る。
「公爵夫人、オリビエが連れ去られたのか、あるいは自らの意思で姿をくらましたかは不明です」
「いいえ、きっと、あの男爵に連れ去られたのよ!あの男、ことあるごとにオリビエに近づこうとする、厭らしい!」
誰かも同じではとズレンは胸のうちに罵声を収める。
「落ち着いてください。アンナ夫人。貴方様がオリビエのことでそれほどご心配なされるのは何故ですか。たかが雇われの楽士」

アンナ夫人は黙り込んだ。
「それは」
興奮気味の視線を漂わせ、ふとビクトールと目があった。侍従長はアンナ夫人の視線をどう受け取ったのか、「侯爵様がオリビエを護るようおっしゃられておりましたので」と夫人に代わって応える。
「それは私も命を受けておりますが。この状況で危険を冒してまでそれをするのは隊を預かるものとして出来かねます。侯爵様も元は軍事に就かれたお方。ご理解いただけると存じます」
ズレンの回答は完璧だ。
「それに、私にはどうにも理解できません。何ゆえ、侯爵様はオリビエを大切になさるのか。同じ疑念を、アンナ様。貴方も抱いていらっしゃったのではありませんか」
「そう、そうね。分からないのよ、それは」
今やっとそれを思い出したかのような夫人にズレンは軽蔑に近い思いを抱く。家柄だけの学も理性も思想もない女。容姿のみ人並みか。
「貴方様はオリビエに対する侯爵のやりようが解せず、もしやオリビエは外で生ませた侯爵様の子ではとまで想像した。が、出てきた答えは違うものだった。悔し紛れにオリビエにその事実を突きつけてやったが、結果はみすみすロントーニ男爵にオリビエを渡すことになってしまった。と言うところですね。それを侯爵が聞きつけられた場合。どのようなご気分になるのでしょうか?」

すでにアンナ夫人は蒼白だ。
ズレンは目を細め、睨みつけるビクトールにも侮蔑の視線を送る。
「黙っていましょう。ですから。貴方も大人しくしてください」
「お、お前だって、あんな小娘を捕まえてきて、一体何を」
「あの娘はオリビエが思いを寄せている娘。革命軍と男爵の関連は話させましたからね、もう用済みです。アンナ様が退屈しのぎに遊びたいのでしたらどうぞ。お好きなように」
「……怖い男」
「無駄なことが嫌いなだけです」
青年の口元に残る薄い笑みにアンナ夫人は心から嫌悪を感じてその場を去った。


次へ♪
関連記事
スポンサーサイト

Secret

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。