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「音の向こうの空」第十話 ②

第十話:革命、夜明けのエスファンテ



キシュは厨房の片隅でジャガイモの皮を延々とむかされていた。
「もう疲れた」
ぶつくさ言うと、年配のメイドが鍋をかき回しながら「まあ、がんばりなよ」と肩を叩く。
やっと一山終えると、目の前に甘い飲み物を差し出して、キシュを励ましてくれた。
「あんた、なんで連れてこられたのか知らないけど、ここではきっちり働けば報われるんだよ。侯爵様は使用人にお優しい方だ」
「オリビエのことは犬扱いなのに?」
口を尖らせる少女に、メイドの一人がまた笑った。
「あんたオリビエ様を知っているのかい。あの方に近づくと怖いからね、やめておきなよ」
「なにそれ。あんなの怖くないよ、いつだってあたしが怒鳴ってやるんだから」
あははは、声を上げて笑われてキシュは満足げにミルクがたっぷり入った贅沢な紅茶を飲み干した。
「そうじゃなくて。あんた、この屋敷で若い娘が憧れないはずはないだろ?オリビエ様に。穏やかで威張ってなくて、お優しい。綺麗な姿にあの音楽。あたしだってもう十年若けりゃ夢中になるさ」
「趣味悪いよ」
キシュは少しだけ頬を赤くしたように見える。
「初めてここにいらしたときから娘たちは競ってオリビエ様の気を引こうとしたもんさ。結局は、この屋敷で一番力のある女、つまり公爵夫人が勝ち取ったんだ」
そこで少しメイドの声は小さくなる。
「いいかい、アンナ夫人はこのお屋敷で逆らっちゃいけない相手だ。気をつけなよ」
「勝ち取ったって?」
「分かるだろ?オリビエ様だって雇い主には逆らえない。夫人にとっては可愛いペットだ。夫人は大胆だからねぇ、押し倒されてるオリビエ様を見かけたものも大勢いるんだ。そういうオリビエ様の姿も、まあ、どきどきしちまうけどねぇ」
あははは、とあっけらかんと笑う年配のメイド。周囲にいた二人の若いメイドも顔を赤くして悲鳴に似た歓声を上げる。
キシュは空になったカップを両手で握り締めていた。


出来上がった食事を、衛兵の集る中庭に運び込む。
すでに日は高く、遅い朝食に、疲れた衛兵たちは腹をすかせ、料理が目の前に並ぶたびに歓声を上げた。
けっして贅沢ではないが、約百名の衛兵たちに大量のスープとチキンのロースト、パンが振舞われた。内容はともかく、量だけは十分あった。
大勢に給仕するために、メイドも下男たちも、侍従も。侯爵家のほぼすべての使用人が集っている状態だ。
ズレンは出来上がった食事を、全員に振舞うよう指示した。侯爵家に匿われている市内の貴族たちはすでに別室で朝食を終えていたからだ。彼らは母屋の上階に息を潜めてじっとしている。

普段交流のない衛兵とメイド、庭師と賄い頭など皆が同じ食事を食べた。
庭に焚かれた松明に照らされ、交代で新たな衛兵が合流するたびにメイドたちは歓迎し、温かい食事と笑顔でもてなした。
ズレンは言った。
「ここにいるものは、皆、侯爵様に恩があり、それぞれの役目を果たそうと勤めてくれている。感謝する。しかし、中には今市街で銃を手に取り、市民の自由のために戦おうとしている家族を抱えているものもあると思う」
談笑していた兵たちも。テーブルの下に座り込んでパンを抱え込んでいたキシュも、庭の中心の噴水の前で全員を見据えながら話すズレンに見入った。
「こうして、我らが満ち足りた食事をしている間にも、飢えている家族を心配しているものもいると思う。幸い、この場には貴族たちはいない。もし、それぞれの家に帰り、家族のために、武装する夫や息子のために尽くしたいと願うものがいれば、この場で申し出よ。無事に家に送り出そう」
衛兵の一人が叫んだ。
「ズレン隊長、しかし。それではあなたが」
「これは、侯爵様からの命令なのだ。侯爵様は明日、ご到着なされる。その報せと共にご命令を受けた。侯爵様は温情深い方だ。証文を元に脅すような、他の貴族の真似はなさらない。それは皆、よく知っているだろう」
幾人かが黙って頷いた。
「しかし、時代の流れ。侯爵様のお気持ちやなさり様とは関係なく、首都では市民が勝利し、これからどうなるのか分からない状態だ。侯爵様ご自身も、今ここにいるすべての使用人を養っていけるか分からない。もし今、家族のためにこの場を去りたいものがいれば、快く送り出して欲しいとのご命令だ」
どよめきが広がる。
「もし、明日、侯爵様が戻られるまでここを護るのであれば。暇をもらうにもそれ相応のご褒美があるだろう。選ぶのはお前たちの自由だ。いつでも、私に申し出るといい」
静まり返った中庭。キシュはパンをエプロンのポケットに詰め込んでいる途中でズレンと目があった気がして慌ててテーブルの後ろに隠れた。
キシュの目の前に立つ二人のメイドは、手に持ったパンと皿のスープを見比べるようにしていた。
「あたし…」一人が思いつめたように口を開きかけるが、もう一人がとどめた。
「明日まで、ねえ、明日まで待てば、五年のお勤めに何かしらいただけるのよ、ね、我慢しましょう」
「でも…」
迷う一人に、キシュは膝を抱えたまま声をかけた。
「あのね、騙されちゃだめだよ。ズレンは頭がいいんだから。ああやって言えば、裏切りたい人間も明日までは、ってね。そう思わせるの……」
「キシュ」
背後から声をかけられ、キシュは縮み上がる。
「人の言葉を素直に受け取れないのは悪い癖だぞ」
手を引かれ、立ち上がるとズレンはさりげなく腰に手を回す。
「だ、だってさ。だって」
とたんにいつもの勢いがなくなる。叶わない、とキシュは悟っているのだ。
ズレンの背後に衛兵の一人が駆け寄り何かしら囁く。ズレンは小さく頷いた。
おもむろに少女を引き寄せる。
「おいで」
そんな一言も、耳元でささやかれれば、従わないわけには行かない。
整ったズレンの顔を見つめきれずにキシュは目をそらし、それでもそばを離れられない。
大切な父親や革命軍の仲間をふと脳裏に浮かべる。ポケットに詰め込んだパンを、上から押さえた。

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