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「音の向こうの空」第十話 ⑤

第十話:革命、夜明けのエスファンテ



うっすら明けた目の先で、淡い桃色の何かが揺れた。
「あ…」
アンナ夫人がそっと、オリビエの額に手を当てていた。
その袖がゆらりと視界を走ったのだ。
夫人は黙って青年に抱きついた。
「アンナ様」
「…私を置いていくからよ、薄情者」

ふと、口元に笑みが浮かんだ。
「オリビエ?」
「あ、いえ。いつも。アンナ様。貴方がいらっしゃる」
「なあに、意味が分からないわ」
つんとして、怒ったふりをするが。
アネリアの事件の後も、キシュが遠い存在だと思い知った今も。結局、いつも、そばにこの人がいるのだと思い当たり、それが何故だか可笑しく感じた。まるで、母親だ。
望む人はそばに残らないのに。この人が以前言っていた。運命なのだと。
まるでそれが本当のことのように感じられるほど、アンナ夫人がいつもそばにいる。
呆れるほど。僕の願いとは裏腹に。
神が僕に音楽を与えてくださったのだとしたら、それは代わりにこの夫人の相手をせよと条件付けられているかのようだ。
失った両親の代わりに、慈しむべき人がいるなら。それは、侯爵と、この夫人なのかもしれない。

「なあに?ニヤニヤして、変な子ね」
「いいえ。アンナ様。ご無事で何よりです。すみません、危ない目にあわせてしまいました」
オリビエの素直な言葉に、夫人は頬を染めた。
「あら、珍しいじゃない、従順で。そういうのがいいわ、オリビエに似合う」
「ええ、貴方もそうしてぷんと怒っているお顔が綺麗です」
「褒めてないわよ、オリビエ」
「褒めていますよ」

母を慕うように。妻を慈しむように。
ビクトールの言葉がかすかに胸の奥によみがえる。


夫人とのたわいない会話の後、オリビエはビクトールの手を借りて音楽堂へと向かおうとした。通りかかった一階の大広間では匿われている司教や貴族たちがひそひそと不安を打ち明けあっている。
オリビエの姿を見かけると、声をかけたものがいた。
「ファンテル卿、大丈夫ですか」
貴族の輪から立ち上がって声をかけたのは、ルグラン市長だ。
「市長、ご無事でしたか」
血色のよいつやつやした市長が、今日はなぜか青白く、少々痩せたように見える。ファリへの道すがら新しいファリの様子や民衆のことを自慢げに話していたあの姿と矛盾するようで、彼がここにいること自体が不思議に思えた。
オリビエは市長の話を聞こうと、貴族たちの輪に加わった。
「ご無事で何よりですな」
「良かったわ、オリビエ」
「ご心配ありがとうございます」
彼ら貴族がこれほどおどおどしているのを初めて見た。常には高慢な様子で気まぐれに声をかける程度。華やかな会話を好む彼らが今は暗がりの大広間で、身を寄せ合うようにして小声で話す。
ルグラン市長もその一団に戻った。
「あの、市街はどうなっているのですか」
「昨日の夕刻だった。門番が市庁舎の門を閉めようとする直前。大勢の町の男たちが押しかけて来たのだ。また、税金の話かと市庁舎のロビーに招きいれ、説得しようとしたのだ。中には弁護士や豪農で知られる者もいた。だから、まさか彼らがいっせいに懐に隠した武器を突きつけてくるなど、誰も予想していなかったのだ。大勢の役人が殺され、私は何とかここに逃げ込んだ。あの後、市役所は彼らの拠点となって、あそこにあった多くの施設の鍵が奪われた」
「おかげで、教会も学校も、裁判所も、すべて彼らに入り込まれてね。廃兵院では武器も奪われたんだ」
そうため息をこぼすのは、オリビエに勉強を教えてくれた先生だった。
「中には、そのまま、彼らの仲間になったものもいる。私の屋敷では侍従たちが皆、裏切って、自分たちの自由のために証文の入った金庫を開けろと詰め寄りましてな。すべてを与えて逃げてきたのです。まるで強盗ですよ、あれは」
貴族の一人が淋しげに乱れた髪をかき上げた。
「街の人間のほとんどが敵に回っている。そうでないものは家にこもって様子を見ているのだろう。ファリでの革命が、彼らを勇気付けたんだ。ファリの三部会では租税の義務をなくす動きすらあるという」
「しかし、それでは我らはどうやって生きて行ったらいいのか!」
「首都の宮廷貴族は土地など持ってないからな、地方貴族の我々の特権を盾に自らを護ろうとしているのかもしれん」
「侯爵様や地方の代表貴族は何をしているのだ!」
「いや、リツァルト侯爵なら、きっと何とかしてくださる」
「だが、ここも結局、ズレンの言いなりではないか。あの平民出身の男、まるで自らが侯爵になったかのように威張り散らしている」
ドン、と何か響いた。
窓にはめられた硝子がびりびりと震え、貴族たちはますます縮こまった。
「なんだ」
「何があったんだ」
隣を見て、窓の向こうを眺め。それでも誰一人立ち上がって外に出ようとするものはいない。
オリビエは立ち上がると、足を引きずりながら窓辺に近づいた。
「オリビエ様、窓際は危険ですよ!」
ビクトールが慌てる。

窓の外、そこから眺められる侯爵家の敷地は一部。芝生の広がる中庭からメイドたちが母屋に駆け込むのが見えた。
その、遠い向こう。木々の繁る庭の彼方の城壁に、かすかに黒い煙が昇る。
「ビクトール、様子を見てこよう」
オリビエはズレンと、共にいるだろうキシュを思って駆け出す。
「オリビエ様!」
「状況が分からないのは嫌なんだ」

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