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「音の向こうの空」第十二話 ②

第十二話:マリアの虚像



オリビエはリトーの狙いなのか縛られもせず、二頭立ての馬車に乗せられていた。
隣に座る男爵は上機嫌で、その手がオリビエの身体に触れるたび、正面に座るリトーの目がキラリト光るように思えた。オリビエにはそれが恐ろしい。逃げ出す仕草をしようものなら、嬉々として刃を突き立てるつもりだ。

喧騒を逃れ馬車は中心街から南へと下る。
不気味なほど静まり返った郊外。人々は家にこもるか、中心街へと出かけている。こんな物騒な時期に男手が家を空けるのはどうなのかと、心配になる。
明かりのない民家が続く。

丘陵地帯に差し掛かるころ、夜の闇を振りまくように雨が降り出した。田舎のぬかるんだ道を馬車は水しぶきを上げながら進む。窓にかかる雨粒が視界を遮り、ただでさえ暗闇に沈む町の風景がますます遠いものになる。

「…恐ろしいか?」
オリビエの手を握り、ロントーニ男爵は何度もさする。
まるで子供にするかのような。
いや、子供だと思っているかもしれない。
怒ることも、悲しむことも、今のオリビエを救う手立てではない。必死に冷静を保ち、オリビエの思考は打開策を求める。街の境で衛兵と合流するといっていた。確か、パーシーたちが小麦を受け取りに向かったはず。どこかですれ違うか、そうでなくとも街境で一度止まるだろう。そのときがチャンスかもしれない。
だが。
そうして、逃げ出して。どうするのか。

先の見えない暗闇に、どうしようもなく押しつぶされそうになる。
このまま人形のように男爵に従うのが一番楽なのかも知れない。少なくとも、音楽を奏でる環境はある。
しかし。

どこにも、帰る場所はないのだとオリビエは思う。
ズレンとの別れを思い出す。近づきもしなかった。
キシュはどうしているだろう。あのトランクに入っていた楽譜は、彼女の元に届いただろうか。

ただ、音楽を奏でたい。
そうして、誰かを幸せにしたい。

その生き方は、マルソー。革命の最中を生きる貴方たちと同じ、あまり、楽ではないようです。

「どうした、悲しいのか」
気付けば頬を伝うものに男爵の手が添えられていた。
黙ってうつむく青年に、男爵は優しげな声をかける。

「そう泣くな。お前を悲しませたいのではない。マリア、泣かないでおくれ」
マリア、ではない。
「かわいそうに、これからは私がそばにいる。離しはしない」

抱きしめようとする男の腕に言いようのない憤りを感じ、オリビエは叫んでいた。

「放せ!僕に触るな!誰のせいで悲しいと思う!殺したいなら殺せ!母さんの名前で呼ぶな!母さんはいないんだ!」

暴れだしたオリビエが肘で男爵の喉下を突き、息をつまらせた男爵がのけぞってひっくり返る。

「貴様!」リトーの声は悲鳴に近い。甲高く、振りかざしたナイフにオリビエはアネリアを思う。その手を掴み、のしかかる女の腹を蹴り上げた。
狭い馬車が泥濘で揺れたのと同時、オリビエとリトーは互いにつかみ合いながら馬車から転がり落ちた。

顔に雨を感じた直後、どん、と衝撃と闇が襲う。

気付けば麦畑らしき中に横たわっていた。衝撃のわりに痛みはない。起き上がり、頬に貼り付く麦の葉をぬぐった。耳元には雨の音。暗闇の中目を凝らしても、何も見えない。
遠くで馬が嘶いた。
馬車が停まったのだと、かすかに草むらの向こうにそれが見える。御者台に吊るすランプが、ちらちらと揺れる。それが二つとなり、闇の中流れるように移動を始める。
男爵、だろうか。御者と共に落ちた僕を探しているのだ。

隠れなくては。

泥濘に膝が沈むのを感じながら体を起こす。立ち上がろうとして、目の前の何かに躓いた。
それは、柔らかく、温かい。

「リトー、か?」
返事はない。

闇の中手探りでそれに触れる。確か一緒に落ちた。走る馬車から転げ落ちたのだ、もしや怪我などしているかもしれない。

「リトー!おい、しっかりしろ!」
雨脚が強まる。音もなく畑に落ちる雨は身体を冷やす。

リトーの肩を見つけた。そこから首、背に腕を回す。いつかズレンが男爵を起こしたように、そっと起こしてみようとする。が、ぬるりと生暖かいものが手に触れてすべる。
「リ、トー…?」
見えない。
力なく垂れ下がる頭。ぬれた髪が絡み、そっとその首筋に手を当ててみる。
鼓動は、あった。
息はしているようだ。
だが、どこか怪我をしている。明らかに雨ではないものが女の身体を覆っている。

あの時。リトーはダガーを構えていた。短剣をつかみ合ったまま、転げ落ちたのだ。それで怪我をしたのかもしれない。

逃げ出そうと、どんなに大変でも、逃げ出そうと思っていた。殺されてもいい、それでもここにいるよりはと。
だとしたら今、リトーを置いて逃げるべきなのだ。暗闇に乗じて隠れ、明日、明るくなってから行き場所を考えればいい。

なのに。このままではリトーが。

マリア、と呼ぶ男爵の声。
ランプは遠く、見当違いの場所をさまよっている。

オリビエは頬に雨でないものが流れるのを感じながら、声を張り上げた。

ズレンならバカだと笑うのだ。
きっと。

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