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「音の向こう空」第十三話 ④

第十三話:夜に浸る空



二人で並んで音楽堂に向かいながら、オリビエは侯爵の考えを夫人から聞いた。
ファリではバスチーユ監獄の陥落以降、議会が多くの革命的な法案を作り出しているという。国王の名の下に、すべての人が平等であり、自由であり、幸せになる権利があるという意味の宣言をなそうとしているらしい。
新大陸での独立宣言に似た、このクランフ王国独自の宣言なのだ。
「つまりね、オリビエ。侯爵様はこう、考えていらっしゃるの。いずれ、この国は貴族を必要としなくなる。世襲制の爵位をなくし、新しい世代の枷を外すのですって」
「枷?」
「そう、これからの子は親の功績を受け継ぐことは出来ないのよ。同時にね、罪過を受け継ぐこともない。親が罪人であれば職につくことも出来なかった子らが、自由に自分の力で生きていける。それを、私が喜ぶのも可笑しいのだけれど。奴隷の子は奴隷、そういうものではなくなるのですって。伯爵家の末娘として生まれた私がこの家に嫁いだのは私の意思ではなかったわ。もちろん、侯爵家に来たことを後悔している訳ではないの、でも、あの時選ぶ理由も力もなかった。幼いなりに、悩んだものよ。だから。これからはそんな悩みを感じることはないの」
侯爵がアンナ夫人に咬んで含めるように、忍耐強く説明したのだと分かる。
ただ「財を失う」と伝えれば、夫人は混乱し恐怖におののいただろう。オリビエが感じていた通り、リツァルト侯爵は夫人をこよなく大切にしているのだ。
「少し分かった気がしますよ、アンナ様」
オリビエは回廊に架かる代々の侯爵家の人々の肖像画を眺めながら、いずれこうして描かれるのは農夫であったり街の少女であったりするのだと、ふと侯爵家お抱えの絵描きを思い出した。
空を描いてもらったとき、自由を願う気持ちを汲んでくれた人物だった。
彼にとってこの新しい時代はどう映るのだろう。

これまで酒場で、人々の間で語られてきた「新しい世界」が実現しようとしている。
オリビエはあの【エスカル】で一瞬だけ自由を叫んだ興奮を思い出した。

何かを変えられるかもしれない、変えるのだ、自分の幸せのために。そうした動きが国中に広がるのだと思えば、ファリの人々の歓喜も想像できるし、議会での熱い議論も納得がいった。
侯爵の旧友であるロスレアン公は革命派に力を貸し、それと共に、エリーやマルソーも革命軍(今は国民衛兵と呼ぶらしい)に身を投じ、バスチーユ陥落の際には多くのファリ市民を率い、戦ったという。

彼らは国を変えようとしている。
理想を掲げ、胸に思想を抱き。
語り合う二人の騎士を思い出せば、オリビエも心の深い部分で熱く震えた。

貴族は特権を失う。今でさえ、農民一揆で城館を襲われた貴族がある。力のなくなった貴族たちに革命軍が寛容でいるかなど保証はない。それを恐れての亡命なのかと、夫人の話を聞きながらオリビエが眉をひそめれば、気付いたのかアンナ夫人は椅子にふわりと腰掛けながら言った。
「侯爵様は、この地で革命軍が侯爵様の権利全てを得たいと申し出たことを聞かれたのよ。それで、譲ることに決めたの。エスファンテでもファリと同じことが起こるなら、市民のために貴族は身を引くべきだとお考えなのよ。バスチーユのように血を流す必要はないとお考えなの。貴族たちにももちろん、市民の中からも侯爵様の政治の手腕を惜しむ声もあるけれど、侯爵様が身を引かなければ他の貴族に示しがつかない。衛兵や侍従たち、この町に必要なものたちは置いていくの。逃げるのではないのよ。譲るの」
「…それを、明日。革命軍に話すのですね」
「ええ。この東部ではエスファンテが始めでしょうね。ここから、また新たな革命が周辺に広がる。止めようのないものなら、もっとも大勢に幸せの訪れる結果を残したい。侯爵様のお考えよ」

オリビエが音楽堂の細長い窓を押し開けると風が、束ねた髪を揺らした。かすかに庭の虫の声が聞こえる。少しばかり肌を引き締める風の感触に、季節も移り変わろうとしているように感じられた。
「変わっていくのですね」
アンナ夫人は黙ってオリビエが演奏を始めるのを待つ様子だ。

オリビエは記憶にあるファリの町並み、人々を思い出しながら楽器を奏でる。
多くの人の熱い思い。それはオリビエには想像もつかない。
このガラス張りのかごにいて空を眺めていた彼には、外の世界はどれも美しく、輝いていた。通う道端の麦畑で、腰をかがめて働く農夫たちすら美しく。オリビエが声をかければ笑顔を返したあの風景、学校に走っていく子供たち。子どもの頃よく眺めた公園の景色。傲慢で大嫌いだった貴族の子供らも今は客としてオリビエの音楽堂を訪れる。
拍手されればオリビエも笑顔を返した。
時が流れ、人々は成長し、変わっていく。

ふと、服を引かれる感触に気付く。
小さな少女が見上げて、オリビエの服の裾を握り締めていた。
侯爵の姪の子供、リリカだ。
「リリカ、だめよ」小声で彼女の母親が呼んだが、少女はオリビエのほうを大きな瞳で見上げ微笑む。
オリビエが抱き上げ膝の上に座らせると、少女は鍵盤に手を伸ばし出鱈目に音を鳴らす。それに合わせて伴奏のように、時には旋律のように不可思議な曲を二人で作り上げていく。
少女は笑顔から笑い声を、そのうち、無邪気な歌声を。

いつのまにか集っていた聴衆にも笑顔が浮かんだ。

少女が一通り飽きたのを見計らって、母親がオリビエから受け取り抱き上げる。
その隣にアンナ夫人が立った。リリカの小さな手を握り締め、笑顔を見せると、改めて集った皆を見回した。
それだけで集ってきていた人々は彼女に注目した。

「皆さん、私も、オリビエも、侯爵様とともに、このエスファンテを去ることになりました。多くを語らい、幸せな時を過ごしたこの場所を去るのはとても悲しいことです。皆さんの幸せを、遠い国でお祈り申し上げております。さあ、オリビエ。皆、お前の演奏が聞けなくなるのを淋しいと思っているのよ。愛すべきお客様に、最高の音楽をプレゼントして差し上げるの」
オリビエは改めて皆を見回した。
それから、一礼し、再び楽器の前に座った。

その夜、音楽堂のすべての窓と扉が開かれ、入ることの出来なかった侍従や衛兵もそれぞれの場所で旋律に合わせて目を閉じていた。月を浮かべる夜空は風もなく静まり。チェンバロの柔らかな音を遮るものもない。

オリビエはかすかに、感じていた。
これが、エスファンテの侯爵家お抱えの楽士として、客に聴かせる最後の演奏なのかもしれないと。

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