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「音の向こうの空」第十三話 ⑤

第十三話:夜に浸る空



チェンバロに描かれた空から解き放たれ、旅立つ外国の町にはこの鳥かごはない。そばには侯爵とアンナ夫人。それはどんなものだろう。どんな、旅になるのだろう。
それとも、侯爵の下を離れ、この街に残るのか。
音楽を教えながら生活が出来るだろうか。教会でオルガンを弾くのだろうか。その傍らで、キシュは歌ってくれるだろうか。

その想像はあの時の教会での夜を思い出させ、オリビエは翌朝目覚めてからもそればかりが気になっていた。オリビエが持って出たトランクは、革命軍が捕らえられたあの夜にオリビエの手元に戻ってきた。中身はそのまま。キシュに渡そうとした楽譜も未だにそこにある。
会いたい。
太陽のように、明るく奔放な可愛らしい少女に。

物々しい雰囲気の中、屋敷内の離れで革命軍と侯爵、市長や裁判官などの公職の者、司教会の代表や僧侶が集った。オリビエはそれらをエスファンテの衛兵が銃剣を肩に警戒するのだけを遠くから眺めるしかなかったが、どうやら建物に入っていく中に少女の姿はない。あの赤毛ならば遠目でも十分確認できるはずだ。
そうと分かればじっとしていられない。
再び屋敷の外へと出ようとするが、昨夜と同じ衛兵に、まったく同じようにあしらわれる。
仕方なく、一人音楽堂で音楽を奏で、会談が終わり物々しい警備が解かれるのを待った。


「オリビエ様」
入ってきたのはモスだった。
大柄な彼を見るとなぜか笑顔になるオリビエは、両手にトランクを抱えた男に駆け寄った。
「モス、約束どおり戻ってきたよ!」
男は嬉しそうにオリビエの抱擁を受けると、トランクをそっと床に下ろした。
「良かったです、オリビエ様」
「ああ、いろいろ恐ろしい目にもあったけど、戻ってこられた。あ、それは、何?」
「オリビエ様の荷造りをお手伝いに来たんでさ。侯爵様のご命令で」
モスが運び入れたトランクは空だった。
「明日の夕方にはお発ちになるそうで。その…」
モスの大きな目には涙が浮かんでいた。
「モスは。行かないのか……」
そうだ、アンナ夫人が言っていた。それは、そういうことなのだ。
「ね、モスはどうなるんだ?侯爵様ご夫妻がいなくなったら、お前たちはどうするんだ?」
初めて会ったときからモスは下男だった。侯爵家の雑用や、人の嫌がるような仕事を黙々とこなしていた。南の大陸の人種でオリビエとは肌の色も体型も違うが、モスだけはオリビエを普通の子供のように扱ってくれた。大柄な熊のような彼をオリビエは頼もしく想っていた。

「モスはこれから、どうやって、生活していくんだ?」

モスは立ち尽くすオリビエの前に両膝をついて見上げた。
「大丈夫ですだ、オリビエ様。このお屋敷のお世話をします。ここは新しい市役所の変わりになるそうで。難しいことはわからないけんど、これからもお屋敷の整備は人が要ります。あっしは、ここに慣れていますから」
ふ、と息を吐き出して、オリビエはもう一度、低い位置にあるモスの顔を抱きしめた。
「そうか、そうだよね、モスは何でもできるから。煙突掃除も、庭仕事も、羊や鶏の世話も出来る」
「オリビエ様、そりゃ、自慢にも何にもなりませんで」
「ううん、僕は尊敬しているんだ。壊れた椅子を器用に直してくれただろ?割れた窓をはめ替えてくれたり。鳥の巣を元のところに戻してくれた。僕では出来ないことばかりだ」
くふふ、とオリビエの腕の中でモスがくぐもった笑い声を出した。大きな肩が小さく震えるから、オリビエは床にしゃがみこんで顔をのぞいた。
「!?何で笑うんだ?」
「オリビエ坊ちゃまは、子供みたいです」
「あ、坊ちゃまは止めろって、…子供じゃないし」
「あっしには、いつまでたっても坊ちゃまですよ。侯爵様や奥様の前では大人びた楽士様でしたけど、あっしの前ではいつも悪戯ボウズだった。それが、嬉しかったです」
「!……モス」
「どうか、お元気で」
「ちがう、んだ、モス。あの、僕はまだ迷っているんだ。侯爵様と行くのを、迷ってる」
「それは、どういうことで?」
オリビエは唇を噛んだ。
「!そうだ、モス、そのトランク、僕の家にある荷物も入れるんだよね?」
立ち上がったオリビエをモスは目を丸くして見上げていた。



モスを伴い、荷造りのためと称してオリビエが侯爵家を出たのはそれからまもなくだった。屋敷を警護していた衛兵は姿がなく、これまでどおり門番だけがいぶかしげにオリビエを見ていたが、モスが一緒だと知ると快く通してくれた。
小さな荷馬車にトランクを積んで、オリビエはまず自分の家に向かった。
「あの、オリビエ様、あの荷物まで積むことはないんじゃないですか」
先日、人質になるときに用意した荷物を一緒に積み込んだオリビエをモスは首を傾げてみていた。
「念のため、だよ」
御者席に並んで座りながら、オリビエは道の先を見つめていた。

ここ数日の混乱で荒らされたのか、通り沿いの畑は掘り起こされ、麦は倒れていた。それでも教会の鐘の音が聞こえると、以前と変わらない気がするから不思議だ。

オリビエが久しぶりに我が家に戻ると、そこにはもう一つ、荷馬車が停まっていた。すでに樽やら木箱やらが積まれている。
「?なんだろ」
モスは眉をひそめ、オリビエの後からついてくる。

表の扉を開けると、エントランスには服やら食器やら、様々なものが置かれていた。
「!オリビエ様」
シューレン夫人だ。
彼女の後ろから、見知らぬ男が顔をのぞかせた。
男はちらりとオリビエたちを眺め興味なさそうに視線を外すと、持っていた木箱を外に停めてある荷馬車に積み込んだ。あっけに取られて見送るオリビエとモス。
男はシャツの袖を捲り上げて、二人を無視してまた、家の奥へと入っていった。
「私の息子です。無作法ものですみません」
シューレン婦人は小さく肩をすくめ、お別れですね、坊ちゃん、と付け足したように言った。

「……あの、何を」
オリビエがキッチンをのぞけば、丁度男が食器棚からあのマイセンを取り出しているところだった。
「これは高いぜ、母さん」
男が言った。シューレン夫人の息子は小さく口笛を吹くとぼろ布に大切そうにそれを包み込んだ。
「お坊ちゃん、長い間お世話になりました。これから遠い外国へお発ちになるとか。どうぞ、お元気で」
そういいながらシューレン夫人の荷物を詰め込む手は止まらない。急いでいるようだ。
「あんたら、何やってるんだ!」モスが我慢しきれずに声を荒げた。
「口を出さないでもらえるかい。ここにあるものはオリビエ様のものじゃない、侯爵家のものさ。これまで何年も侯爵様にお仕えしてきた。当然の報酬ですよ」
シューレン夫人の口調すら、これまでと違っているように思えた。
いつもはきっちりと結っている髪も、今日は乱れたまま、トランクにありとあらゆるものを詰め込んでいる。その中に、ふと見覚えのあるものを見つけ、オリビエは歩み寄った。
「あ、なんです?坊ちゃん」
「邪魔しないでくれよ」
見上げる夫人の背後、夫人の息子はオリビエを睨みつけた。
モスが無言でオリビエと男の間に立ちはだかる。
オリビエはシューレン夫人に手を差し出した。
「その赤いコートだけは、返して欲しいんだ」
「なんだ、女物じゃないか」男が怪訝な顔をしたが、シューレン夫人はオリビエの顔を見上げ、それから黙って詰めかけたコートを引っ張り出した。それを眺めながらシューレン夫人は口を開いた。
「そういえば、あの子。ここに来ましたよ。今朝早く」
「キシュが!?」
「相変わらず、可愛げのない」
シューレン夫人は自分を泥棒呼ばわりした下町の少女を思い出し、忌々しげに眉を寄せた。
無造作に差し出されるそれを受け取って、オリビエはさよならも言わずにまとめた楽譜と衣服だけを持ち、住みなれた家を出た。
モスは何か言いたげだったが、オリビエが黙っているのでその荷物をトランクにつめると、荷馬車に積み込んだ。トランクの一つも埋まりはしなかった。

両親との思い出のつまった家。二階の部屋に行かないのは、無残に家捜しされただろうそこを見たくなかったから。
父親の残した譜面があれば、それでよかった。
ただ、赤いコートだけは。どうせなら似合う女性のもとに。
空はどんよりと曇り、湿り気を帯びた風は触れる肌を敏感にさせるようでオリビエは小さく震えた。
モスが黙って、上着をかけてくれた。
侯爵家のほうへと向かいながら、シューレン夫人と出会った頃のことを思い出していた。
いつだったか。
オリビエが風邪を引き、昼間も寝込んでいた時だ。
そう、あの時も今と同じ気持ちになった。
人の話し声で階下に降りると、丁度シューレン夫人が八百屋から荷物を受け取っているところだった。とても、オリビエ一人のためとは思えない量だった。
八百屋が笑った。
「シューレンさんも欲張りだねぇ」
「これくらいなきゃ、貴族様のお世話なんてやってられないね。そういうあんただって、どうせこれに上乗せして請求するんだろう?」
「まあねぇ、侯爵様は金持ちだからな、屁とも思わんさ」
そうして二人は笑っていた。
その日の夕食から、食欲が無くなったのを覚えている。いつか、キシュにシューレン夫人の出身も誕生日も知らないことに呆れられたが。
多分、僕は知りたくなかったのだ。
希薄な人間関係。いつのまにか、自分で彼らとの間に硝子を張り巡らせた。貴族として、権力あるものとして生きるくせに、僕には何の力もなく知識もなかった。ズレンがいうとおりなのだ。
そうして、自分で自分を護るために、硝子で温室を作った。
心を包み隠さず、自由に語るキシュに出会って、何かを忘れているのかもしれないと思い出した。
キシュは、思い出させてくれた。
例え売り払われてしまうにしろ、彼女のためのパンに替わるなら。その対価には、けっして高くないだろう。

オリビエは赤いコートを抱きしめていた。
「モス。行きたいところがあるんだ」

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