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「音の向こうの空」第十三話 ⑥

第十三話:夜に浸る空



馬車での道のりは予想以上に短い。
流れる景色はどれも以前と何も変わらないように思えた。ただ、これほど明るい昼間に通ったことがなかった。
モスですら、眉をしかめるような荒れた家々が並んでいた。小さな教会のある通りから右にそれ、狭い坂道を下ると無理矢理押し込めたような二階家が続く。隣の家と軒を重ねるように連なるそれは、陽光を遮り誇りっぽい窓には手入れの様子も見えない。傾きかけた鎧戸があるだけましだった。
雨が降って固まったためか、通りは轍が残り、荷馬車は無秩序に跳ねた。家々の前には人影もない。バタン、とどこかで窓が閉じられ、その向こうに人がいるのだと分かる程度だ。
「オリビエ様、ここは良くない場所です」
「そこ、すぐそこだから」
オリビエが指差した酒場には、小さな木の看板に『子羊亭』と書かれていた。

この界隈に革命軍が集ったのだという。キシュの父親は革命軍の代表のようなものだった。だから、今は侯爵との会談のために出かけているはずだ。
静まり返っているのもそのためだとオリビエは自分に言い聞かせていた。降り立って振り返れば、モスも腕まくりをしてついてくる。
「あ、モスは荷物を見ていてくれないか」
「しかし、オリビエ様」
「大丈夫だよ、ほら、革命は終わったんだし、今揉め事が起こったら彼らだって困るはずだから」思いつきにしてはもっともらしいことを言えたと内心想いながら、オリビエは酒場の扉を開いた。手には赤いコートと、楽譜。
酒場にはひどく似合わない気がした。


かすかに料理の匂い。木のテーブルにしみこんだ酒の匂い。二つが合わさると、家の地下室のようだとオリビエは想った。あまり広くない店内には丸い木のテーブルが三つほど。カウンターには使い込まれた椅子が四つ並び、その向こうにすすけた白い壁。飾り気のない壁には、かろうじて何かのポスターらしいものが貼られている。
店の片隅に置かれた棚には無造作に積まれた、新聞らしきもの。どれも小さな窓からの日差しに照らされて、しんとしていた。

「あの」
カタ、と音がした。
カウンターの奥のようだ。

「キシュ?」

返事はない。

が。
カツカツと何かの近づく音と一緒に、覚えのある声が出迎えた。
わふん!

飛び掛らんとする勢いに、オリビエは思わず両手を挙げる。
「ランドン!ま、待てって、ちょっと。おい!」
犬は立ち上がり、オリビエの腰に巻きつくと嬉しげに尻尾を振った。
ワン、ワンワン!!

「ランドン、なに?」

奥から。少女が顔をのぞかせた。

「オリビエちゃん!」
目を丸くして、すぐに。少女は噴出した。
「あはは、黙って入ってくるから捕まるんだよ。ランドンお手柄!」
キシュの声に応えるようにランドンはわふんと一声。ますます懸命にオリビエの喉元に鼻面を寄せようと前足で描き抱こうとする。
「おい、止めろって!キシュ、止めさせろよ!服が汚れる」
「あ!」
キシュは駆け寄り、ランドンは嬉しそうに少女の周りをぐるぐると回った。
解放されて、オリビエはやっと手を下ろした。
「それ」少女の視線は赤いコートに。
オリビエはキシュに突き出した。
「君に。あの、僕の家に来てくれたって聞いたよ」
「あ、うん。……オリビエ。行っちゃうんだよね」
さほど、悲しげでないことに。オリビエは気付いてしまう。
迷っている、などと。いえるだろうか。
「あ、あのさ」
「何?」
見上げる少女をじっと。どうしたものかとオリビエは見つめる。以前の、あの時の勢いや勇気はどこに行ったのか。そっと手を伸ばそうとすると、キシュは眉をきりとさせ、一歩下がった。
「…もう、飼い犬なんかには。捕まってくれないのかな」
かすかに震えそうな声を、何とか奮い立たせようとオリビエは深く息を吐き出した。
「僕は、キシュ。君の」
「あのね!」
遮る声が。
キシュの少し上気した頬と、そらす視線。
「キシュ、僕は君の事が好きだ」

言った。
それ以上、何も遮らせたくなくて抱きしめる。
強引に。
「君のそばにいたい。教会で、オルガンを弾いたあのときみたいに。一緒にいたいんだ!」

近寄れなかった。
抱きしめているのに。
少女にこれほどの力があるのかと想うくらい。突っ張った腕は細く華奢なのに。

キスの一つも、許しはしなかった。
ほんの少し離れている間に、キシュは、変わってしまった、いや、本物を見つけてしまった。素直になれなかった幼い恋をズレンが導いてしまった。
「……ごめん」
このとき見上げた少女の涙ぐんだ瞳に、オリビエは耐えられなかった。
腕を緩めればやはり。少女は目の前から消える。

「…ズレン、のこと。だよね」
曖昧な表現でしかいえない。口にしたくない。二人の、あの時の様子。抱き合っていた。
キシュは「違う」と小さく言ったが。
「オリビエちゃんは、自由でいて欲しいよ。教会で、オルガンを弾いて欲しい」

でも。
「そこに、君はいないんだ」
「歌うよ、オリビエちゃんの曲、好きだもの」
オリビエは視線を床に落ちた楽譜に向けた。
あの時の曲。教会で、二人が奏でた、雄雄しい曲。もう、耳にするのもつらい。

「あげるよ、それ。君にあげる。ズレンは…君の」
コトなど、真剣に想っているわけではない、かもしれない。
いや、わからない。
子供だなどとズレンは言った。だけど、キシュは魅力的だ。僕の手前あんなことをいって見せたのかもしれない。ズレンの本心など計り知れない。キシュが、彼を愛しているなら。僕が否定するものは一つもない。

「何?」
キシュはズレンの名が出たことに、興味を示す。それがまた、オリビエの胸をえぐる。
オリビエは小さく首を横に振り、「なんでもないんだ。元気で…いつか」そういいかけてまた、オリビエは言葉をつまらせた。
いつか、なんだという。

背を向けたオリビエに、最後に声をかけたのはランドンの悲しげな鳴き声だけだった。

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