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「音の向こうの空」第14話 ①

第十四話:亡命


その晴れた日に一日の務めを果たした太陽が西の空に傾く頃。侯爵はエスファンテを発った。侯爵家の門を二頭立ての馬車が吐き出されるように抜けていく。
一台にはアンナ夫人と侯爵、もう一台にはオリビエとビクトール、そして荷馬車三台が続いた。馬車の前方と後方には馬にまたがった衛兵たち十数名。揃いの濃紺の制服と白い羽飾りの帽子が夕日の赤に揺れ、エスファンテの町の人々は目を細めた。
石畳に連なる大通り沿い。
女も男も、子供も。両脇に列を作り、走り去る領主を見送った。

これが新しい時代の始まりなのだと彼らも気付いている。歓声が沸くわけでもないのは、つい先ほどまで革命軍と市民とが衝突したばかりだからだ。軍、と名のつかない市民は結局侯爵の衛兵たちに救われた。だからこそ今このエスファンテを侯爵が旅立つのは不安こそあれ歓喜には程遠いのだ。

「侯爵様、お元気で!」
誰かが声を上げた。
侯爵様、万歳。
お元気で。ありがとう!
万歳!!

口々に叫びだし、それはざわざわとしたうねりになる。手を振り、中には涙ぐむものもいる。
衛兵たちは馬上からそれを見つめ、複雑な思いを市民と共有する。

この時期、ファリの国民議会では特権階級をなくすという決議がされていた。そのために領地を失った多くの地方貴族が亡命したのだが、これほど穏やかに送り出された領主も珍しかった。

送り出す市民も農民も、その中に紛れる革命軍も。革命軍をあおっていた司祭やブルジョアたちも。おかしく思うかもしれないが、誰一人としてこうなることを望んだものはいなかった。誰も侯爵個人に恨みがあるわけではない。
これまでこの地の全てを担ってきた侯爵という存在がなくなることに、これほど不安を感じるとは想像もできなかっただろう。ファリの市民が革命を起こしながらも国王を敬い続けるのに似ている。だが結局こうしなくては収まらない、それが時代の流れというものなのかもしれない。
多くの権利を得るのであれば、責任も自ずと市民の手に落ちる。

このエスファンテがどうなっていくのか。オリビエには見届けることは出来ないが。残されるズレンやキシュ、ルグラン市長、メイドたちやモス。彼らが平和にいられることを願わずにはいられなかった。
モスの泣き顔を思い出しながらオリビエは馬車の椅子に深く身を沈めていた。
馬車の窓から顔をのぞかせることもせず、じっと自分の手元を眺めている。

ふと、聞き覚えのある声を。
いや、違う。彼女ではない。
違わなかったとしても。

オリビエは小さく首を横に振り、かすかに耳に届いた少女の声から意識を遠ざけた。

「この後、街境から国境までは衛兵が護衛するそうです。国境を越えれば、侯爵様のご友人であるリヒテンシュタイン侯爵がヴィエンヌまで兵を貸してくださるそうです。道のりは長いですよ、どうぞお気を楽にしてください。オリビエ様」
ビクトールはオリビエの沈んだ様子に笑いかけた。
「お前は、どこまで来てくれるんだ?」
ビクトールには家族がある。一緒でないところを見ると、途中まで付き添って帰るのか、後からビクトールの家族が合流するのか。オリビエにはそのあたりが分からない。
「私はずっと、ヴィエンヌまでご一緒しますよ。侯爵様は自由にしたらいいとおっしゃってくださいましたが、この年になって長年仕えた主人を替えるのもままなりませんから」
「ヘスたちは後で合流するのかい?」
オリビエの問いにビクトールは少しばかり目を細めた。
「いいえ。いずれ落ち着いたら呼ぶでしょうが。なに、私の家内はメイドたちの世話もありますしね。仕切らせたら天才ですからね、新しい主人にも重宝がられるでしょう」

オリビエが何も言っていないのに、ビクトールは珍しく妻を褒めた。革命の只中に家族を残し一人アンナ夫人に付き添うことにしたのか。そこに彼の後ろめたさを見たようで、オリビエはそれ以上問うこともせず身体を横に向けて車内の暗がりに顔をうずめ、眼を閉じる。
「オリビエ様?」
「ごめん、風邪でも引いたようだ。喉が痛い」
ビクトールは座席の下に置かれていた小さなトランクから、毛布を取り出すとオリビエにかけた。
「…いいよ、寒くない」
「いえ、これから夜は冷えますよ。それに、明日は国境を出て、アルフ山地に近い高地を横切るのです。厳しい寒さになるでしょうから、どうぞ、今のうちにゆっくり休んでください」
陽に干されたウールの毛布はかすかにすえた匂いがしたが、オリビエはそれに包まるように姿を隠すと、眼を閉じた。
馬車の振動が心地よく眠りを誘った。


ひやりと冷たい空気に目覚め、馬車が停まっていることに気づくと、オリビエは顔を上げた。それでも闇の中で何も見えないのはすでに夜だからだろうか。日没は午後十時ごろのはずだ。だとすれば今はかなり遅い時間。人の声を聞いた気がしていつの間にか横たわっていた座席からゆっくり起き出した。
ちょうど、馬車の外をランプの明かりらしきものが横切った。だれか、いる。
ガタ、と扉が開かれた。

「お前が最後だぞ、オリビエ」
忍び込む冷気と共に伸ばされた手には見覚えのある革の手袋。青年衛兵は毛布ごとオリビエを支えて馬車から降ろした。
「……ズレン」

まだ少し重いまぶたを擦れば、ズレンはニヤと笑いかけた。吐く息が白いのは周囲の気温を物語っていた。
「おいおい、しっかりしろよ。これからが大変なんだぞ。なんだ、情けない顔して。お前が決めたんだろ。キシュは。……泣いていたぞ」
その名に、何を応えていいのか。

この青年は知らないのか。僕が蝋の翼で飛び立とうとし、しっかり地面に叩きつけられたことを。
偽物の翼では飛び立つことは出来ないのだと思い知った。

「なんだ?」
肩を遠慮ないいつもの調子で叩かれ、オリビエは少々むっとするしかない。
「あの子が、泣いていたなら。慰めるのは僕じゃない」

咬んで含めるように話すオリビエを半分無視して引っ張りながら、ズレンは少しばかり首をかしげ目を細めて青年を眺めた。

「まあ、来いよ。ここで夕食を食べたら、その後は夜通し走るんだ。お前たちと違って俺たちは馬上で眠るわけにも行かないからな。ここでの休憩時間は惜しい。お前の世話を焼くためにここにいるわけじゃないからな」
「じゃあ、向こうへ行けよ!」
「…?」
「行けったら!僕は一人でも歩けるし、だれも世話してくれって頼んでないさ!」

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