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「音の向こうの空」第十四話 ②

第十四話:亡命



すっかり枯れた声で怒鳴るオリビエに、ズレンは目を丸くした。
「もう、僕にかまうな!」
「……。なんだ、押し倒せなかったのか」

殴りかかっていた。
その腕をするりとズレンは潜り抜けて「あたりか」と笑う。
「お前に、僕の、気持ちなんか!」
三発目をきわどく避けると勢いあまったオリビエをズレンは足を引っ掛けて転ばせた。
きゃ、と誰かがそれに反応し。
この場で女性の声といえば一人しかいない。

「オリビエ!」
駆け寄るアンナ夫人。
助け起こそうとするその白い手をオリビエは振り払って、立ち上がる。視線は、目の前の憎たらしい青年衛兵に。
黒髪をさらと夜の闇に溶け込ませ、ズレンは涼しげに笑って見せた。

「俺に遠慮したなどと言うな。俺は最初から言っている。あれは好みじゃない。近づいたのもすべてお前のためだ。俺に八つ当たりするのはどうかと思うぜ」

次のオリビエのパンチはしっかりズレンの手のひらの中。夫人の悲鳴と、駆け寄るビクトール。周囲の衛兵は手に手に松明を持ち、面白そうに眺めている。

誰かを殴るなど、した事のないオリビエがどうあがいても勝てはしない。そのまま腕をひねりあげられ突き飛ばされると、よろけたところを暗がりの中、別の誰かが支えてくれた。
「ズレン、病人相手に何をからかうのだ。お前も落ち着け。ばかものが」

リツァルト侯爵だった。
さすがにズレンもニヤけた口元を引き締め、表情を強張らせた。
「もうしわけありません」
ズレンの優等生な返事も視線一つで受け流すと、侯爵はオリビエを再び毛布で包んだ。
「手を大事にしろと言ってあるだろう。喧嘩など二度と許さん。食欲はあるのか」
問われて、オリビエは首を横に振った。
「では、寝ていなさい。ビクトール、オリビエを馬車に」

子供のようだと。小さな子のようだと無様な自分に辟易しながらもオリビエは元の馬車に乗り込み横たわった。眼を閉じてしまいたい。すべてから。暗闇の毛布の中、指先はただひたすら見えない鍵盤を叩いていた。


ぐご。
音だ。鳴き声?
ぐぐ。

ごご。
走る馬車の車輪の音と馬の蹄は程よりリズムを奏でるが。その音だけは調子がはずれ、どうにも気になる。
目を開け、毛布の中から顔を出すと、暗がりの馬車の中、窓からは青白い朝の日差しがさしていた。
ぐご~。

今度は長い。
ビクトールは気持ちよさそうに眠っていた。その鼻の下のひげがいびきと共に小さく揺れる。美しい朝、とは程遠いか。
ビクトールの腹の上に乗った毛深い手が上下する。背を向けてオリビエは外の様子を眺めた。外は冷たいのか、薄く曇った硝子を毛布で擦る。

遠く東の空には高いアルフの山々が朝日を遮るようにそびえ、時折その雄大な影からこぼれるように日差しがのぞく。この季節は早朝四時から陽が昇る。
深い森が広がる山の裾野にはちらほらと農地らしいものが見えた。小さな家々、かすかに教会の鐘の音が聞こえるような気がして目を凝らすが、馬車の走る街道に沿って生える木々が流れすぎる影となって視界を遮った。
遠い場所、見たことのない景色。これほどアルフ山地を間近に見たのは初めてだ。

エスファンテは国境に位置する。その東隣は神聖ロウム帝国。目指すアウスタリアはこのクランフ王国の王妃の兄が皇帝として君臨している。
首都に当たるヴィエンヌはアウスタリア領のこれまた東の端にあり、いうなればオリビエたちはクランフ王国の東端から帝国領を東西に横切り、さらにアウスタリア領を突っ切ることになる。
オリビエはきっと早馬で夜通し走っても丸三日はかかる距離だろうと想像した。


昼前には、エスファンテの東端に当たる宿駅に到着した。
旅人を迎える宿と馬屋、鍛冶屋。そこで食糧と水を補給し、馬を休ませるのだ。周辺は小さな村落になっている。古ぼけた城砦が石造りの素朴な姿でこの村落を護っていた。過去に張り巡らされた城壁は崩れ、森の中で朽ちていた。

馬車が停まり、オリビエは新鮮な空気を吸いたくなって扉を開けた。
刺すような冷気に体が強張るが、それでも毛布から抜けると降り立った。

城砦の中庭だった。
すでに村の人々だろう、手伝いに借り出されたのか片隅で炊き出しをしていた。薪がパチと弾け音を立てる。
馬たちはいったん馬車から解放され、庭の隅に用意された水のみ場で尾を振りながら水を味わう。侯爵と夫人は城砦の管理人に案内され、建物の中に入るところだ。その周囲をエスファンテ衛兵の濃紺の軍服が囲む。日差しに赤のスカーフが眩しい。
ズレンの姿を認め、オリビエは目をそらした。

「お着きの人たちはこっちで、パンをどうぞ」
村の娘らしき声がしたので、そちらに向かう。伸びをしながら乱れた髪を結いなおすオリビエにそばかすだらけの少女は頬を染め、「さ、どうぞ。スープもありますよ」と笑いかけた。少女の年齢が丁度キシュと同じくらいに思えて、オリビエは数回余分に瞬きした。

「ありがとう」
導かれるまま、衛兵や御者たちに混じってオリビエも石のベンチに腰を下ろすと少女の差し出したスープを手に取った。木の器から漂う素朴な香りは急激にオリビエの腹を刺激した。夕食をとらなかったことを思い出し、白いんげん豆と塩漬け豚のスープを頬張る。

「上手いですな」ビクトールがいつの間に起きてきたのか、隣に座った。
「ここはまだエスファンテなんだろう?国境までは衛兵が一緒だって聞いたけど」
「はい。この村から数里先で国境になります。ライン川という川の向こうは、もう帝国領ですよ」
「ふうん」オリビエは両手を塞ぐ皿とパンとを見比べて、テーブルがないので仕方なく大きな塊のままパンをスープに浸して食べた。

「お体は大丈夫ですか」
「ああ、少し喉は痛いけど。たくさん眠ったからね。景色が綺麗で気分が良くなったよ」
「そりゃ、よかった。オリビエ様の具合が悪いと侯爵様のご機嫌が悪くなりますんでね」
オリビエはビクトールの言葉に肩をすくめる。

あははは、と豪快に笑う衛兵たちの声が二人の沈黙を遮る。どうやら国境が近いために、彼らも安堵しているのかもしれない。この後国境で向こうの衛兵と交代すれば彼らの仕事も終わるのだとビクトールが説明してくれた。


ざわ、と。
オリビエが目を細めて眺めていた衛兵たちが会話を止めた。
皆、城砦の門を見つめる。門を護る衛兵二人が槍を交差させ数人の男たちをとどめていた。
男たちは農夫のようだ。何かわめいている。近くにいた衛兵が彼らとなにやら会話をし、緊張した面持ちでこちらに走ってくる。くつろいでいた衛兵たちは一斉に立ち上がり、サーベルを手に取った。

周囲が立ち上がると、囲まれた気分になってオリビエもビクトールも皿を持ったまま立ち上がった。
「なんだろう」
「分かりません、農夫たちが何か言っているみたいですが」

門の外からこちらを眺める農夫たちに衛兵の一団が近づく。一様に武装している衛兵を見ると農夫たちはひるんで少しばかり後ろに下がるが、手には鎌や短剣、中には銃らしきものを持つものもいた。彼らは武装している。

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