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「音の向こうの空」第十四話 ⑤

第十四話:亡命



宿駅に戻るとオリビエはヨウ・フラと同じ部屋で眠ることになった。ビクトールがヨウ・フラの面倒を見ることになっているらしいが、少年はオリビエのそばにいようとし、オリビエはその意図が分からないが拒否する理由もなかった。

早朝の出立に備え早い時間にオリビエは寝室に入った。簡単なつくりの室内は、かろうじて床の前面に敷物があり、木でできた硬い寝台に藁布団が厚く盛られ毛布がかぶせられている。そのがさがさという音にオリビエは自分が鳥になったかのような気分でうっとりとしていた。
「面白いって?」
その手触りと感触を確かめるオリビエに、少年はあからさまに眉をしかめた。
「なんで。贅沢だよこんなたっぷりとさ」
「…そうか、そういうものなんだね。僕は初めてなんだ。ほら、よく干してあるみたいだし、鳥の巣みたいだ」
「だからさぁ、鳥の巣の何が面白いのさ?」
「鳥になったみたいじゃないか?」
ヨウ・フラは言葉が見つからない様子で黙り込み、それから一人頷いた。

「……わかった、オリビエの手はツバサなんだ、普通じゃないからあんな演奏になるんだ、そうか」

からかわれている。
それはそんなにおかしなことだったろうか。
オリビエは少々恥かしい気分になり、それ以上鳥の巣の話は止めた。それでも横になって藁を感じるたび、翼を抱えて丸くなる自分を想像して眼を閉じた。空の夢を、見るのかもしれない。
一つきりのランプの心もとない炎が揺れるたび、白い布をかけた巣に包まるオリビエの柔らかな色の髪が煌いた。
少年は、眼を閉じて実はうっとりしているオリビエに遠慮なく声をかけた。

「あのさ。ズレンさんに、頼んでみたんだけど」
「…ん、何を?」
「もし、ファリに行くことがあったら、エリーさんに手紙を渡して欲しいと思っていてさ。おかげで僕は無事国境を越えられるんだ」
「エリーに助けてもらったのかい?」
「そう。僕は、バスチーユ監獄で働いていたんだ」

その名を聞いて、オリビエは目を開いた。並んだ寝台の向こう、少年は黒い瞳でオリビエを見ていた。黒目勝ちのそれは子供っぽい顔の中で嫌に大人びて見えた。暗がりだからか、それとも表情が乏しいからか。あの革命の渦中にこの少年はいたのだ。

「……落とされたと、聞いたよ」
オリビエのつぶやきにヨウ・フラは頷いた。

「ひどかったよ。もともと囚人にとってはひどい場所だったけど。押しかけた市民はたいした武器もないし、それでもとにかく大勢でさ。それを外国人の衛兵は容赦なく撃ち殺すんだ。城砦の上からだもん、狙い放題だよ。たくさん死んでいって。それに監獄の衛兵たちが耐えられなくなってきたんだ。だってそうだろ?いつもパンや肉を運んできてくれる商人や、僕らが出かければ声をかけてくれる人たちなんだ。彼らは銃に晒され、次々と死んでいく。それで、将軍も衛兵も我慢できなくなって降参したんだ」

エスファンテの様子を間近に見たオリビエは想像がついた。あの時、ズレンは決して市民に銃を向けなかった。その意味が分かった気がした。

「けどね。降参したらしたで、僕らも衛兵たちも皆、市民に取り囲まれて。危うく殺されるところだった」

ヨウ・フラは続けた。
市民はとにかく大勢で僕らを市役所へと引っ張っていくんだ。興奮しているし大勢が亡くなっているし。将軍は首を落とされて吊るされて行進に加わった。

あっという間に外国人の衛兵たちは取り囲まれて…恐かった。市民は誰でも良かったんだ、誰かがあいつは敵だと叫べば、取り囲んで皆で殴るんだ。それを止めたのが、エリーさんだった。興奮する市民に、エリーさんが訴えたんだ。哀れな子供たちにお助けを、と。
そのとき僕らを護ろうとしていたマルソーさんだって市民につかみかかられていた。テーブルの上に立って、サーベルを天に向けて「人民の子らを愛せよ」と叫ぶエリーさんに感動したのか、市民は煤だらけの僕らに歓声を上げた。
さっきまで殺そうって勢いだったのに、まるで生まれたての子馬を可愛がるように僕らを可愛がった。皆、どこかおかしいよ。血だらけなんだ。きっと、心も手も足も。
じっと薄い毛布を握り締める少年。思い出す光景はオリビエには想像もつかない。

オリビエはベッドの鳥の巣を出ると、少年の傍らに座った。
「血は洗い流せばいいよ」
温かい湯で涙も血も洗い流せる自分に安堵したあの夜を思い出していた。悲しい死を向かえたロントーニ男爵とリトー。彼らもどこか、おかしかったのだ。

「わかって、ないな」ヨウ・フラは顔をしかめる。

「消えない罪なんかないし」オリビエは微笑む。

誰が悪いわけでもない。だったら、傷を開くような真似はしなくてもいい。皆同じなんだ。生きるために銃を持つズレンも、パンのために隣人を殺す市民も、幸せになるために音楽を続ける僕も。

「いいよ、もう。僕がリツァルト侯爵様のお世話になると決まったときに、マルソーさんがあんたの事を話してくれたんだ。素晴らしい演奏をするって。新しい生き方を教えてもらえって。でも、慰めるのも下手くそだし、能天気で腹が立つ。どうせならズレンさんと一緒に寝ればよかった」
「…ごめん」
どうも、少年には通じなかった。言葉が足りないのだと分かるがオリビエには自分の経験を自慢げに語れるほどの余裕はない。
「だからさ、謝る意味も分からないし!黙って鳥にでもなっていればいいんだ」
「…そうだね」

オリビエはすごすごと自分の巣に戻る。がさと沈むそれはやはり鳥の巣で、そこが安楽に思えるオリビエと、そばにオリビエがいても戦場を思い眠る少年とは何もかもが違う気がしていた。
「僕は、感謝しているんだ。僕に音楽の才能を残してくれた両親と、神様に」
「ああ、そう」
少年は言いながら毛布に頭までうずめてしまった。

「…演奏は、すごかったよ」

少し間を置いた少年のつぶやきは申し訳なさそうにオリビエの耳に届いた。
オリビエも巣にうずくまりながら、ありがとう、と小さく返した。

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