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「音の向こうの空」第十四話 ⑦

第十四話:亡命



リヒテンシュタイン候の迎えは午後には到着するらしい。
すっかり待ちくたびれて不機嫌なアンナ夫人は、ビクトールに冷たいデザートが食べたいだの、川に足を浸したいだのとわがままを言っていた。
その矛先を向けられないようにとオリビエは自分の馬車に乗り込んで静かに読書をしていたが、ヨウ・フラが川遊びに乗ったのか、楽しそうな声が聞こえてくると顔をのぞかせた。
橋の手前で緩やかにうねるライン川は滔々と絶え間なく流れている。

浅瀬では結った髪が乱れるのもかまわずにアンナ夫人が冷たそうに足を水に浸し、少年を相手にからかってはしゃいでいた。ヨウ・フラは膝までズボンをまくし上げ何度も水をすくっては天にばら撒いていた。日差しにきらきらと散るそれを、オリビエは目を細めて眺めていた。

「お前は入ってはならんぞ」
振り向けば、侯爵が腕を組んで川遊びの様子を見ていた。
オリビエの座る大きな岩の脇に立つので、いつもより高い位置から侯爵を見下ろす形になった。
「もう風邪はいいのか」
侯爵の心配がそれと知り、オリビエは微笑む。
「はい、ご心配をおかけしました。喉が少し痛んだだけです。こうしてゆっくりさせていただいていますし。昨夜は楽器に触れることも出来ました」
「うむ。弾きたいときにはいつでも言うといい。この先、いくつか心当たりがある」

オリビエは礼をいい、侯爵を隣に誘った。
「ここは眺めがいいですよ。この先の丘陵地が見えます。小さな森と、葡萄の畑でしょうか。エスファンテとは違う景色ですね」
そう思えば、髪を揺らす風一つとっても違う香りがしている気がする。
「この先はヴュルサンブルク領邦スタルガルトの街だ。いいワインを作る。林檎も美味い。田舎町だが藁ではないベッドで眠れる」
「侯爵様も、あの藁布団のベッドだったのですか」
オリビエが嬉しそうに笑うのを怪訝な顔で見上げ、侯爵はいつものように眉間にしわを寄せた。
「おかげで一晩中アンナの愚痴を聞く羽目になった」
憮然とした様子の侯爵につい笑い出しかけ、「何がおかしい」と引き摺り下ろされそうになってオリビエは慌てて岩の上に逃げる。

「ふん、高いところが好みとは子供のようだな、お前は」言いながらもオリビエの隣に登った侯爵は、仁王立ちになると遠くを眺めた。その満足そうな表情はオリビエと同じくらい楽しんでいる。
人より少しだけ清んだ空気を呼吸する感覚で遠く輝く景色すら胸に吸い込む。侯爵の行く手は決して絶望などでない。力強い希望を抱いている様子。その姿は見ているものを安心させる。

と、不意に「!オリビエ、降りなさい」と。渋面を浮かべる侯爵。侯爵は前方のスタルガルトではなく、背後の森を見つめていた。


迎えよりも早く到着した騎士の一団は、皆エスファンテの衛兵たちより一回り大きいように見えた。クランフ王国の衛兵の制服でありながら明らかに外国人だ。エスファンテ衛兵たちは警戒し遠巻きに囲んでいたが、侯爵が先頭の男を出迎えたので警戒しながらも、馬を下りた騎士たちの手綱を預かった。
彼らは侯爵と同じ北の民族の血が流れているようだ。北の民族は一様に身長が高くしっかりした骨格を持つ。高い鼻、くぼんだ青い瞳は鋭さを秘め、断崖に住む猛禽類を思わせた。当然ながらオリビエも到着した彼らを見上げることになった。
十人程の騎士団の代表は三十代の青年だった。

「これは、リツァルト侯爵閣下。このような場所でお会いするとは」
馬から下りて親しげに侯爵の前に進み出ると、手を差し出す。青年は輝くような顔色でにこやかに笑う。肩に揺れる徽章は見たこともないくらい多くの星をつけていた。
「マクシミリアン少将、貴殿も国境を越えられるのか」侯爵が髭をなでた。
「今や、少将ではありませんよ、侯爵閣下。兄上が戻れと手紙をよこしましたし、ファリでの革命を報告する必要もありますのでね。……おや、君は」
とこちらを眺められ、オリビエは深く頭を下げた。

「オリビエンヌ・ド・ファンテルです」
「ああ、噂は聞いています。侯爵と共に国を出るのですね」
「はい」
丁寧な口調は彼の育ちを想像させた。真っ直ぐ見つめる視線は強い。少将にまでなったのであれば、その大柄な身体は見かけどおり強靭なのだ。

「オリビエ、こちらはマクシミリアン・ヨーゼフ候。バイエルヌ領邦の選帝候カール四世の弟君にあたる。先ごろまで我が国クランフ王国の軍籍におられた」
「そう、ファリの騒動を見て国に戻ることにしました。我が領邦、バイエルヌに来られるのなら歓迎しますよ」
オリビエには握手でなく、輝くような笑顔で挨拶する。

神聖ロウム帝国は今や数多くの領邦に分かれ、それぞれを統治する選帝候や大司教がいた。これから向かうヴィエンヌはアウスタリア帝国だが、そこまでの道筋にはいくつかの領邦が横たわる。そのうちの一つがバイエルヌだ。オリビエとリツァルト侯爵が先ほど眺めたヴェルサンブルク領邦の東隣だ。さらにその向こうにはサルツブルク領邦がある。
領邦の境界は曖昧だが、中には城壁をめぐらしているところもある。
これから数日の旅の間、それらを横切るのだ。
かすかな不安が午後の風と共に頬をなでた。


その後まもなくリヒテンシュタイン侯爵の迎えの衛兵が到着し、エスファンテ衛兵に見送られながら、オリビエたちはさらに東へと旅立った。
途中まで同行することになったマクシミリアンとその従者の騎士十人、そしてリヒテンシュタイン侯爵がよこした衛兵たち八人。彼らに護られ導かれるのはリツァルト・フォン・オルファス・シュスター侯爵とその妻アンナ。侍従のビクトールと、ヨウ・フラ、そしてオリビエの五人だ。

何の役にも立たないオリビエは、出発の準備の早い段階で自分の馬車にいるようにと命じられ、読みかけの本を片手に窓から外の様子を伺っていた。
エスファンテの衛兵たちが見守る中、馬の引き綱を結び終えたヨウ・フラが乗り込んだタイミングで馬車が動き出す。

「次はヴェルサンブルクで休憩だってさ」と少年が言うのを背に聞きながら、オリビエは小さくなるエスファンテ衛兵を。ズレンを見ていた。
手をふりかけ、見えても返事はないだろうと止めたまま。

そういえば、ありがとうとは言えなかった。
ふと、キシュと三人で過ごした楽しい夜を思い出し。同時に少女に会えない切なさがこみ上げてきたのでしまいこむ。嘆いている暇なんかないはずだ、これから何が起こるかわからない、新しい土地、新しい生活が始まるのだ。それでもかすかに硝子を叩く自分の指先にオリビエは気付いていない。

完全に無視された状態でヨウ・フラは腕を組んで青年を睨んでいたが、座席に置かれた本を手に取るとしげしげと眺める。

「なあ、オリビエは読み書きができるんだよな?教えて欲しいんだ」
「え?」
「僕は、とりあえず生まれた土地だからヴィエンヌに行く。クランフ王国はもうごめんだ。だけど、そこに誰かが待っているわけじゃないから、働きながら新聞記者になるんだ。そうだな、最初は印刷所で働いて、新聞の配達の仕事もしてさ、その間に勉強する。だから、ラテン語とドウィチェ語を教えて欲しいんだ。話せるけど読めないし書けないから」
ヴィエンヌの公用語はドウィチェ語だが、古くからの書物はラテン語、オペラなどはイファレア語と、この時代日常に必要とする言語は複雑だった。オリビエはその内いくつかを身につけていた。

「いいよ。僕で役に立つなら」笑うオリビエにヨウ・フラは目を輝かせた。
いつか自分の体験を本に残すんだと意気込む少年にオリビエは羨ましいほどの未来と眩しさを感じていた。

次回第十五話「夢と希望と、約束」は10月27日公開予定です♪

↓以下にあとがきてきなものと、言葉地名の説明など…



長い物語となっております(笑)
相変わらずのお坊ちゃまぶりのオリビエですが。少しは成長したかなぁ?

さて、亡命となれば国を出るわけで。
舞台はフランスではなくなります。

彼らの道筋は、現在で言う「ストゥットガルト=ミュンヘン=ザルツブルク=リンツ=ウィーン」
読みをフランス語読みにしてみたり、それと分かりそうな感じに替えてみたりしてごまかしております。

人物も実在。
リヒテンシュタイン侯爵、マクシミリアン・ヨーゼフ(後のバイエルン王)、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。気になった方は調べてみてくださいね♪
ヨウ・フラの語るエリーの活躍はホンモノだったり。

さて。音楽の都を目指すオリビエ。見守ってやってくださいね♪

2008.10.13 らんらら(ピアノ弾けたらいいなぁ~と「ピアノの森」にはまっています)
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ユツキさん♪

エリー、うふふ。いずれまた、出てきてもらうつもりですよ♪実在の人だけど、お気に入りですし♪
もちろん、ズレンにもね♪

これからしばらく、異国の地で新しい生活、なのです~。ゆっくりじっくり楽しんでくださいね♪

ズレン~

ズレンとお別れで寂しいとか思いつつ、エリーの名前が出てきた! と喜んでいます。

馬車旅、景色が美しくて、今までの革命が嘘みたいな田舎にホッとしました。

また違う立場でそれぞれがいろいろなことを考えるのですね。
オリビアちゃんの成長も楽しみに♪ 新しい街の描写も楽しみですo(^^)o

むきゃ!!藤宮さん~!!

ピアノ!!いいなぁ!弾けるんですね!?
らんららはもう、憧れて憧れているのですが。旦那様の許可が下りなくて、デジタルピアノすら買ってもらえません…くすん。日ごろの行いのセイかしら(小説が変わるごとにいろいろなことに興味を持つから、すごく飽きっぽい性格だと思われています)
音楽の都!!
環境も変わるし、オリビエ君には新しい一歩を踏み出して欲しい♪そんな感じです♪

ドリームブック!!うふふ。応援してます~♪今から美しい空の表紙なんか夢見ちゃってますからね♪

お邪魔してました♪

更新当日に読ませて頂きたかったのですが、遅くなってしまいました…。

新たな登場人物、新たな土地。
そこで繰り広げられるであろう、新たな展開。

無茶苦茶楽しみですよ♪
あんまり歴史は詳しくないので、うまいことが書けないのですが、音楽をやっていた身としては、音楽の都と聞くと、先が気になって気になって。

久々にピアノを触ってみたくなりました♪
オリビエ君みたいに上手くは弾けないのですが、下手の横好きというやつで(汗)

更新、楽しみに待ってますね。

ではでは、いつも突然に現れる藤宮でした♪

kazuさん!!

ありがとう!!
オリビエ…ここに来てすっかり童心に返っています(笑)アンナ夫人さえいなければ、温室育ちのお坊ちゃまなので。
ヨウ・フラくんはもちろんらんららのお気に入り♪
賢く逞しい子であって欲しい~♪

歴史もの。難しさを実感しながら、頑張ってます♪
目指すはヴィエンヌ。ああ~らんららも行きたい!!

あぁぁぁ・・・

10分間に合いませんでした><
当日に読みに来るのを、楽しみにしていたのですが、残念@@;
次回は、当日にやってきますよ~~☆


オリビエ君、なんて・・・こう・・・純粋な。
ズレンくんに、キシュちゃんの事を頼むなんて。
例えズレンくんの本心が分からなくても、キシュちゃんはズレンくんが好きなのはわかっているから、幸せを願うなんて。
なのに、ズレンくんのそのいいかたったらもう
きっと、オリビエ君を思ってのいい回しなのかもしれないけれど、可愛そうだって~!

でも、ホント。
オリビエ君を、大切にしてますよね。
侯爵も、夫人も、ビクトールさんも。そして、ズレンくんも。

新たに同行する事になった、マクシミリアン候。
ヨウ・フラくん。
目指すヴィエンヌまで、何事もないことを願いたいです。


いろいろな地名や人名、想像したり推測したりするのが、とても楽しいです^^
歴史好きの血が騒ぎます~♪

次回、楽しみに遊びにきます^^
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