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「音の向こうの空」第十五話 ①

第十五話:夢と希望と、約束



バイエルヌ領邦の首都ミュニックの町に到着したのは午後九時を回っていた。

「このミュニックにカール四世選帝候の宮殿があるのですよ。弟君のマクシミリアン候にご招待いただきましたのでね、少々強行になりましたが。これで旅程の半分まできたことになります」とビクトールが説明し、オリビエはエスファンテよりずっと都会であるミュニックの町並みを馬車の窓から眺めていた。

ファリにも似ている。この時刻はまだ、空は明るい。日の長いこの季節特有の薄く黄色味を帯びた日差しに建物の白い壁が映え、屋根のオレンジの瓦が抜けるような青の空に浮かぶ。広場を囲む町並みを過ぎ丘陵地を進むと、夏の濃い緑の庭園に囲まれた優美な宮殿が見えてきた。それはニンフェルブルク宮殿といい、選帝候の夏の間の離宮だという。
正面に水をたたえた池を設え、縁取る糸杉の並木の脇を馬車が駆け抜ける。

どうりで、アンナ夫人が休憩の時間中ご機嫌だったはずだ。今夜はきっと天蓋のついた立派なベッドで眠れるのだろう。

「美味しいものが食べられるかな」とヨウ・フラが腹をさすりながら嬉しそうだ。途中、午後の休憩で立ち寄ったヴェルサンブルク領邦スタルガルトの町で、パンとオリーブ、乾燥したハムとワインをもらっただけだったからだ。それはそれで美味しかったのだが、育ち盛りの少年には物足りなかった。

少年が頭の中で想像できる限りの贅沢な食べ物を並べ立てぶつぶつと呟く隣で、オリビエは宮殿に楽器とそれを奏でる音楽家がいることを期待していた。
途中見かけた二つの塔を持つ巨大な教会にも、立派なパイプオルガンがあるに違いなかった。音楽で言えばやはりこちらの方が進んでいるのだと、いつか侯爵家に訪れた音楽家に聞いたことがある。

イファレアから派生したオペラや管弦楽、たくさんの楽器を使った交響曲など、専用の劇場で大勢の人々に披露されるという。
ファリにもそれに近い場所はあっただろうが、オリビエをそういった場所に連れて行くことを侯爵が好まなかった。音楽を学ぶものとして当然知りたい事柄も、耳を塞ぐよう強要されてきた。
だから、オリビエは本や新聞、人々の噂でしか知らなかったのだ。
それが目の前で見られるのかもしれない。

ファリにも訪れたことのある著名な作曲家、ヴォルフガング卿もヴィエンヌでプロイセンの王侯を迎えるためのオペラを書き下ろしたという。リツァルト侯爵を客人として迎えるマクシミリアン候が何かしらそういったことを企画してくれないかとオリビエは人知れず熱い視線を彼に向けていた。


マクシミリアン候と一緒に宮殿に迎えられ、リヒテンシュタイン侯爵の衛兵とオリビエたちは低い位置から見上げたカール四世選帝候に恭しく挨拶をした。

リツァルト侯爵はオリビエを数段上の彼らの場所まで呼び寄せ、旅の軽装のままオリビエは立派な体躯のカール四世の手にキスをする。

「音楽家を連れて亡命とは、侯爵も粋ですな」とにやりとされ、オリビエはどうしていいか分からない。
侯爵は「私は彼の後見人のようなものですからな」といつも通りの口調で語る。
相手に揶揄されようとも、常に侯爵は堂々とし感情を揺り動かされる様子はなかった。そのためかアンナ夫人もマクシミリアン候の奥方とも対等に今は旅の途中の苦労を大げさに語っていた。

「おお、おいたわしいことでございます、アンナ様。今夜はどうぞ、ゆっくりなさってくださいね」とマクシミリアンの妻アウグステは幼い子を足元にまとわりつかせながら微笑んだ。

その幼い少年と目が合い、オリビエが微笑むと恥ずかしそうに母親の陰に隠れようとする。
侯爵家で遊んだリリカを思い出した。


侯爵たちは広間に向かい、オリビエやビクトール、ヨウ・フラは王宮の侍女に案内されて与えられた部屋に向かった。
途中、楽器の音を耳にし、オリビエが立ち止まる。

侍女は振り返ると、ランプの下そばかすの残る顔で「アウグステ様の次女でアマーリアさまでございます。まだ三歳でいらっしゃいますがフォルテピアノがお好きで、ピアノの間と呼ばれるお部屋で過ごされることが多いのです」と笑った。

「そんな小さな頃から」とオリビエが笑えば、「オリビエ様、貴方様も同じでしょう」とビクトールに指摘される。
そういえば、オリビエも最初は鍵盤一つ一つを握り締めた拳で叩いていたようなものだった。父の膝の上に座り、支えてもらいながら演奏した。


その「ピアノの間」に出入りが許されたので、オリビエは晩餐会までの間久しぶりに一人きりで心ゆくまで楽器を奏でた。

そこは大広間の脇にある客間の一つのようでピアノのほかにも部屋の片隅にはいくつかの弦楽器が置かれていた。白い布をかけられたそれらが気にはなったが、幼い頃挑戦したヴァイオリンの弦を押さえる指先がいかに痛かったかを思い出し視線をフォルテピアノに移した。

ハンマーで弦をたたいて音を出すその楽器は、オリビエの慣れ親しんだチェンバロとはまた違う。幾分重く感じる鍵盤もチェンバロには上下二段あったがピアノでは一つだけだ。代わりに強く叩けば強い音が出る。上下同じ音を出す鍵盤で同音を二つ奏でたり一つにしたりして強弱をつけるチェンバロとは奏法もまったく違うが、同音を奏でなくて良い分フォルテピアノは音を自由に選べる気がしていた。

高音域を柔らかく繰り返せば空の高みを思わせる高揚感を得、力強く低音を重ねれば深く荘厳な響きとなる。
これらに常に触れる音楽家たちはどんな演奏をするのだろう。

時代に要求される楽曲があるのだと知り合った音楽家はいい、自分の思うままに弾くオリビエを羨ましいと言っていた。真に描きたいものより雇われた相手の肖像画を描くことの多い画家と同じで、彼らもまた、自由のない創作を依頼されていたのだ。

その話を聞いたとき、オリビエは自分が恵まれていると言う実感はなかったが、それでもオリビエの奏でるものに注文をつけられたことはなかったから、その一点でも十分音楽家としては恵まれていたのだ。

侯爵はオリビエを彼以外の音楽家の演奏する場所に連れて行きたがらなかった。かつて、アカデミーの音楽コンクールへ連れて行ってもらったとき以来、オリビエは世の中の音楽事情から隔離され籠に閉じ込められた。
それはオリビエの音楽家としての名声を覆い隠すものだったはずだが、その侯爵の【出し惜しみ】と呼ばれた行動が返って人目を引いたのだ。

オリビエがこの静まり返ったピアノの間で思うままつらつらと弾き続けている間に、【侯爵の秘蔵っ子】に興味を示した聴衆は増していた。

「お母様」
幼い声が傍らの母親の袖を引いたことでオリビエはそれに気付いた。
つ、と演奏が止む。

皆立ったまま、オリビエの演奏を聴いていた。一番前には誇らしげにうっとりしているアンナ夫人、その隣にいつもどおりビクトール。彼らの一歩後ろにはカール四世公と弟マクシミリアン候、妻子の姿。マクシミリアン候の幼い子供アマーリアが「どうやったら、あんなふうに弾けるの」と母親の袖を引いたのだ。
彼らの周囲を護る衛兵や従者がさらに後方に立ち尽くし、そこにはヨウ・フラも見えた。

「あ、あの」
慌てて立ち上がるオリビエに、マクシミリアン候がゆったりとした拍手を贈る。つられるようにそこにいた全員が喝采を送り、オリビエはいつもの音楽会のようにお辞儀をした。
「オリビエ、何をしている」

聴衆を掻き分けるように進み出たのはリツァルト侯爵。
「姿が見えないと思えば、こんなところで。皆様、若輩者の演奏、晩餐の前のささやかな慰みになれば幸いです」とオリビエの手を引いて楽器から引き離そうとする。

「いや、リツァルト侯爵、素晴らしい演奏でした。この後の晩餐会にももちろん聞かせてもらえるのだろうね」
マクシミリアン候ににっこりと笑われ、オリビエは侯爵の顔色を伺う。
「は、あの、いえ。若輩者の未熟な演奏でございます」
侯爵は断ろうとするが。

「いや、リツァルト侯爵。気に入った。どこか懐かしいような、あまり聞かないタイプの旋律です。是非演奏してもらいたい。よいかな、オリビエ」
カール四世公に矛先を向けられ、オリビエは迷う。侯爵は苦い顔をしながらも黙ったので、オリビエは「謹んでお受けします」と応えた。

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