10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「音の向こうの空」第十五話 ②

第十五話:夢と希望と、約束



先ほどと同じ曲は二度と奏でられない。自分がどんな音楽を奏でていたか意識すらない。仕方ないから持っていた楽譜を、いつもの音楽会のように用意しておいたが。それも実際は楽器が違うのだから正確には演奏できない。

広間に運び込まれたフォルテピアノを目の前にして、いくつか軽く弾き流しているオリビエの脇に、一人の男性が立った。

立派な上着を着て、貴族が使う白い偽髪を背にたらす四十代の男性だ。眉だけが黒いのが独特な印象を受ける。

「私はカール四世陛下の音楽教師をしています、ガウソンです。フォルテピアノは初めてと聞きました。お手伝いすることがあれば、どうぞおっしゃってください」
「あ、はい。あの、僕はこの楽器の調律の方法が分からないのですが。この音と、ここ、それからここが」
「はい?」
「音が鈍っているように思います。弦の調整方法を教えていただけますか」

オリビエが気になっていたいくつかを示すと、ガウソンという音楽家は怪訝な顔をしていたが、ここをこうして、と示して見せた。「調律は常に私がしていますが」と最後に嫌味を加えるのを忘れない。

「すみません、僕が使っていたチェンバロは毎回調律するので、何となくそうしなければ落ち着かないのです」

「ふん、そんな些細なことより、閣下のお好みの楽曲などをお教えしますよ。貴方の国では和声音楽が主流でしょうがね。こちらでは違うのです。ヴォルフガング卿の協奏曲がいくつかありますからどうです、ご一緒に」

協奏曲、通常はピアノとヴァイオリン。ガウソンがヴァイオリンを奏でてくれるのだろうか。誰かとともに演奏するのは子どもの頃以来だ。出来るだろうか。しかも、慣れないフォルテピアノ。オリビエは冷たい鍵盤にするりと指を這わせた。

「あの、僕に出来るでしょうか」
ガウソンは脇に挟んでいた薄い冊子を広げた。受け取ったそれをじっと見て、オリビエはそそくさとピアノに向かう。緋色の紐で綴じられたそれは紙の感触すら指に心地いい。新しい楽譜に目を輝かせる、オリビエは子供のようだった。

チェンバロとフォルテピアノとはまったく感覚が違う。「あ、これ、この記号がフォルテ、なんですね!どのくらいの強さなのですか?このくらい、かな?」
重く弾力のある鍵盤を叩いてみせる。
ガウソンは眉をかすかにひそめて、「え、ええ、そんなところでしょう」と頷くとオリビエはもう楽譜に夢中になる。

「流れるような旋律ですね、このあたり、いいなぁ。主題の変化が静かでそれでいて印象深い。すごいな、すごい」

新鮮だった。
自分の作り出す曲とはもちろん違うが、魅力的な長調の軽やかな調べ。何度でも聞きたくなる心地よい音。
一度譜面どおり弾き終えるといつものごとく留まることを知らず、心に受けた感動のまま弾き続ける。
フォルテピアノの音、一つ一つを試すように、強く弱く。
ある一音で、手が止まる。

「…、ああ、やっぱりここ。音が」
調律が必要だ。


「貴方は、ヴァイオリンは弾かれますかな」
先ほど聞いた調律にかかろうとオリビエが反響板を最大限開いたところでガウソンが声をかける。
「いいえ、僕は鍵盤楽器しか。あの、本当に僕と演奏していただけるのですか」
オリビエはにっこりと笑う。それが叶うならきっと興奮するような体験になるだろう。期待に満ちた青年に、ガウソンは軽く肩をすくめて見せた。

「あ、いや。やはり止めておきましょう。初心者と競うような真似はみっともないですからな」
「競う、つもりはないですけど。でも、それなら仕方ありません」
ガウソンが手を差し出すのでオリビエは握手かな、と手を出しかける。
「楽譜を」
「あ、はい。ありがとうございました」
慌てて借りた楽譜を手渡した。紐についた房が淋しく手のひらからこぼれる。
旋律は耳に残っていた。途中から夢中になって曖昧だが、心に感じたものは印象に残る。

「で、何を演奏なさるおつもりですかな」
ガウソンが言うので、オリビエは何度か瞬きした。先ほど、選帝候の好みの曲を教えるといったばかりなのに、何をとは。つまり、教えるつもりはないということなのだろうか。
「カール四世公は和声音楽を好まれないが」
それも先ほど言ったのだ。
意地悪を、したくなったのだろうか。

オリビエはガウソンの不可思議な態度に戸惑いながらも、「僕の国の和声音楽については伝統的なものとなっていますが、僕には演奏できないのです。拙い演奏ですがありのままを聴いていただくしかないかと思っています」と微笑んだ。

和声音楽とは、特定の三音を同時に奏でることで音楽的に効果を起こすこと、略して和音と呼ばれることもある。オリビエの生まれたクランフ王国ではかつて厳格な規律にそった和声を連結し音楽を作るような作曲方法が提唱された。オペラにはそぐわないという論争も起き、結局のところ国力の差と同様、神聖ロウム帝国発祥のオペラや楽曲のほうが人々の心を捉えていた。

オリビエはそういった事実があることは知っているが、自分の音楽にそれを当てはめて考えたことはなかった。エスファンテがクランフ王国の東端の街ということもあり、父親もどちらかといえば神聖ロウム帝国に受け継がれる旋律を主とした音楽に影響を受けていた。

この時代、音楽に法則を求め、様々な試みがなされ著名な作曲家は研究成果を発表し、作曲したものを出版していた。それに触れることがあまりなかったオリビエには、幼い頃自分が好きだと思った旋律や奏法がそのまま残っている。
変える必要もなかった。
だから、ありのままなのだ。

「ありのまま?」
「はい、山々に囲まれたこの土地は私の住んでいた街とは随分違います。その風景の印象をそのまま演奏しようかと」

笑われた。
ガウソンは「いや、それはそれで、新しいオペラのようで面白いかもしれませんな」と。ニヤニヤと嘲笑いながら周囲で料理を運んでいたメイドたちに「風景を音楽になさるとおっしゃる」と肩をすくめた。

「まあ、珍しいことですね」と一人が笑い、その背後のもう一人は「あら、先ほどの演奏を聞かなかったの?すごく素敵だったわ」
と同僚に話し、目を輝かせてオリビエを見つめた。そのメイドは、先ほどオリビエの演奏に聞き入った一人だ。

「教会のミサ曲とも違うし、ガウソンさまの曲とも違う。なんて表現したらいいのか、とにかく素敵な演奏で」
「失敬な」
自尊心を傷つけられたのかガウソンは顔を青くした。
鼻息荒く「楽しみなことだ」と吐き捨てるように言うとガウソンは部屋を出て行った。

くす、とメイドは笑い、「最近、閣下はガウソン様の演奏に飽きられたのか、御前で演奏なさる機会がないのでございます。それで、貴方様と一緒に演奏すればとお考えだったのですよ。素敵でしたもの、先ほどの演奏。オリビエ様、お飲み物は…あ、すみません、調律の途中でしたね」
メイドが慌てて口を閉じた。

オリビエはガウソンやメイドのやり取りなどほとんど耳に入っていない。調律に集中していたのだ。
「もう終わりましたよ。水を、いただけますか」
青年に笑いかけられ、メイドは頬を染めた。
「このやかましい中で調律なさったのですか?ガウソン様はいつも調律の間は人を寄せ付けなくてひどく厳しいお顔をなさっているのに」
「そういう方もいらっしゃるのですね。僕は、あまり気にしたことがなくて。ガウソンさんが羨ましいですよ。こんな立派な楽器をいつも演奏できる。伸びやかな音はきっとこれだけ広い場所でも清んで聞こえるのでしょうね」
受け取った水のグラスを持ち、傍らに立つオリビエ。柔らかな色の髪は無造作に一つに束ねられているだけなのに、ランプの光に揺らめいて輝く。どちらかといえば華奢なのだがその手は男性らしい長い指を持っている。
しばしその手が持つ水のグラスと青年の穏やかな笑みに見とれていたメイドは「ありがとう」とグラスを戻すオリビエに覚まされる。

「あ、はい。先ほどの演奏、とても素敵でした」
「え、ああ。ああいったものしか出来ないんです。ありがとう」
青年楽士の持つ独特な雰囲気は甘く優しい。

それが女性の心を惹き付けるのと同じように、その演奏も多くを魅了するだろうとメイドは予想し。まさにそのとおりになったのである。

次へ♪
関連記事
スポンサーサイト

Secret

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。