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「音の向こうの空」第十五話 ③

第十五話:夢と希望と、約束



スープが冷めるのも気付かず、演奏に聞き入っていたマクシミリアン候は、演奏を終えて拍手を全身に浴びていたオリビエに「なんと言う曲なのだ」と尋ねた。その質問を、かつてロントーニ男爵にされて戸惑ったことを思い出す。
今はあの時とは少し違う。今なら男爵にも応えてあげられたのに。

「私の曲は名もなく、譜面もありません。山々に囲まれたこの街の美しい空のようなものです。同じ形の雲は一つもない。同じ色の空もない。そして、その一つ一つに名前などないのです」

夜が明ければまた、新しい空が生まれます。そういいながら。オリビエは夜明けの温かい日差しを音に変える。
マクシミリアン候はワインを持つ手を止めた。

鳥が囁き、人々が目覚める。
闇のうちに翼を休め、力を蓄えて再び雄雄しく飛び立つ。
その先には一面の空。
風を、雲を抜けていく。
演奏することがやはり、オリビエを高みへと導く。そしてその時がもっとも幸せを感じる瞬間なのだ。


その夜。予定以上に多くの曲を奏でたオリビエは心地よい疲労感に身を浸しながら、与えられた部屋の扉を開いた。
綺麗に整えられたベッドには小さな天蓋までついている。宮殿内の使用人の部屋ではなく、客用の個室を与えられたことに、今夜の演奏がこの宮殿の主を満足させたのだろうと誇らしい気持ちになる。

誰かが演奏を聞いて喜んでくれるのは、やはり嬉しい。
歌う声があればなおさらだが。オリビエの曲を即座に歌って見せたあのキシュの才能は今そばにない。窓を開け、夜風に少しでも思い出そうとする。冷たい空気を胸に吸い込んだ。
遅い時間。町並みには月明かりが降り注ぎ、遠く山々の峰が町を囲むように見える。

「オリビエ」

声に、そういえば扉を開いたままだったと思い出し。
振り返ればマクシミリアン侯が立っていた。
「あ、閣下。このような立派なお部屋をいただき感謝に耐えません」と。オリビエは慌てて膝を折って挨拶をする。
「休んでいるところすみませんね。オリビエ、貴方に頼みがあるのです」

マクシミリアンは三十三歳と聞いた。若くして少将を務める体躯は立派で、それでいて丁寧な口調は高貴な生まれを感じさせる。
声は若々しく、歌えばよく伸びるだろうとオリビエはそんなことまで想像していた。

「顔を上げてください。オリビエ。貴方に仕事を依頼したい」
「仕事?」
「オペラをね、書いて欲しいのですよ」
それにはオリビエも顔を上げる。
手を差し出され、立ち上がってもやはりマクシミリアンを見上げる身長差がある。

刺繍の施された絹の服の袖口につい視線を奪われながら、オリビエは候の言葉を反芻する。
オペラ。
つまり劇中の音楽を作曲して欲しいということなのだろうか。
「あの、私はそのようなことをしたことがありませんし、未熟者ですから」
「そうか。だとすれば貴方の初めての歌曲ということになるのだな!」逆に嬉しそうに笑うマクシミリアン候にオリビエはますます戸惑う。

「貴方はまだまだ若い。これから立派な音楽家になるでしょう。貴方が著名になるために援助を惜しまないし、初めての作品を我が領邦で持てることは嬉しいことです」

「あの、いえ、私は書けません、侯爵様が……」
「リツァルト侯爵が、なにか?」
とたんにマクシミリアン候の目が強く光ったように感じた。

なんだろう、これは。この誘いは、この強引な。
なにか、政治的な意図があるのだろうか。侯爵様にご迷惑がかかるのだろうか。

つないだままになっていた手に力を込められてオリビエは我に返る。
「オリビエ、貴方の後見人が認めないというのですね?」
「……私は、侯爵様に雇われている楽士です。侯爵様のご命令がなくては曲の一つも差し上げられません」

くく。

くぐもった声で。マクシミリアン候は笑い出した。
「いや、【秘蔵っ子】とはよく言ったものですね。母鳥の後を追う雛のようだ。貴方は私の申し出を断るのですか?随分、無礼だと思わないかな?」

笑いながら語られるそれ。
「せっかく、我が宮殿に招待し、もてなし、さらに援助までしようという私の一つの頼みも聞いてくれないのか。恩知らずとはこのことですね。私に侯爵の許可を得ろと、お前はそういうのですか」

貴方、がお前に代わる。
かすかな威圧感を含め、丁寧な口調が余計にオリビエを慌てさせた。

「そ、そんなことは、その」
ここは快く引き受けるべきだったのか、受けてから侯爵に確認すればよかったのか。思えば、確かに身分も年齢も上のマクシミリアン候に「自分に仕事を依頼するなら侯爵の許可を得てくれ」と告げるのは随分失礼じゃないか。
オリビエは頬が熱くなるのを感じながらうつむいた。

「あの、ご無礼をお許しください。これまで侯爵様の庇護にすがって生きてきたので。お申し出はお受けします。ただ、今はまだ居所も定まっておりませんし、自分の楽器もない状態です」
「ヴィエンヌに移るのでしたね。後日音楽監督からお前に台本をいくつか届けさせましょう。お前が書く初めてのオペラ。それは私が貰い受けます。約束ですよ。それでいいでしょう?」
マクシミリアンの声が和らぐのを感じ、オリビエはホッと胸をなでおろす。

「はい、猶予をください。まだまだ、勉強不足なのです」
「うむ。こちらが落ち着けば、いずれ、私はアウスタリア帝国へ向かう予定です。その際にはお前に会いに行きます。そのときまでに作れとは言わないが、演奏くらいは聞かせてもらえるのでしょうね」
「はい、是非」

眠れなかった。
侯爵にどう伝えるべきなのか。いや、自分から言わなくてもマクシミリアン候が伝えてくれるかもしれない。

でももし。
もし、これが。侯爵の意に沿わないことだとしたら。僕は侯爵を裏切ったことになるのか。
受けた恩を返すために曲を書く。それは、侯爵を怒らせるだろうか。

だけどあそこで頑なに断れば、侯爵のお立場も危ういのではないか。亡命を決め、多くを置き去りにしてきた。莫大な資産の一部を持ち出し生活に困ることはないだろうが、これまでのようには行かない。
侯爵様がカール四世やマクシミリアン候に恩を受けても、それを返す当てはないはずだ。持てるものが失うのは、どんな気分なのだろう。

オリビエは幼い頃、貴族の子弟とともに音楽を学んだ時期を思い出した。優しい子供もいたが親しくされれば生活の違いを見せ付けられるし、逆に見下されても腹立たしい。一人ひとりが悪いわけではなかったが結局身分の違う貴族の子等とは心を通わせることはなかった。
リツァルト侯爵は多くの貴族の友人を持つ。その友人の中で自分だけが落ちぶれる、それは。想像するだけでも胸が痛んだ。
オリビエは侯爵が疲れた様子だったのが気になっていた。

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