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「音の向こうの空」第十五話 ④

第十五話:夢と希望と、約束



侯爵は演奏を披露した夜以来、いつもよりさらに厳しい表情を崩さず、アンナ夫人は誇らしげにしていたが、マクシミリアン候にオリビエを譲って欲しいと請われた時にはさすがに笑みを引きつらせたという。
それらもすべて、ビクトールが馬車の中で話してくれたのだが、自分をめぐってどんなやり取りがなされたのか、オリビエはあまり知らなかった。
あのオペラ歌曲の約束は侯爵の耳に入ったのだろうか。


演奏した日の翌日からいつでも好きなだけ弾いていいといわれたオリビエの元にはアンナ夫人やマクシミリアン候の妻子、姉妹、従兄弟など、様々な人々が入れ替わり訪れた。
アマーリアを膝に乗せ、かつてリリカにしてあげたように一緒に演奏した。リリカより一つ歳年上のアマーリアは必死で演奏しようとし、オリビエにはそれが可愛らしくて楽しかった。

予定より一日早くミュニックの街を発つことになったときには、オリビエはすっかりアマーリアに懐かれ「わたくしはいずれヴィエンヌへ、オリビエの演奏を聴きに行くわ。お父様にお願いして、きっとオリビエをわたくしの先生にしてみせる」と可愛らしい口調で抱きつく幼女に涙ながらに別れを告げられた。

「光栄に思います」と青年が少女の前に膝をつけば、少女は青年の首に小さな手を回す。口を結んで決意を大きな瞳に込めた少女に見送られながら、オリビエは馬車に乗り込んだ。


「なんていうか。いいよね、オリビエは」
大勢に惜しまれ見送られるオリビエを見て、最後に馬車に乗り込んだヨウ・フラの感想はそれだった。

「好きなだけ楽器を奏でていればいい?」そう、オリビエが応えると少年は目を丸くした。
「そ、そうだよ。気楽な身分だよね」
「そうだね。ズレンにも、同じことをね。言われたことがあるんだ。生きていくためにパンの心配をしたこともないし。だから、言っただろ。僕は幸せなんだ。感謝している」
「あ、そう」
穏やかに笑うオリビエにヨウ・フラはむすっとして口を閉ざす。自分を幸せものだと自慢されても返す言葉はない。確かにオリビエはそう見える。

「楽器を弾いている時は特に、幸せそうだよね」
「うん。楽しいから。ヨウが食べるときと同じだね」
「そういうことで一緒にされてもさ」
「幸せそうだよ、君も」
「……鳥になるとかそんな前に、腹を満たすのが先決。それだけだよ。ビクトールさん、この人変だよね」

何をどういってもにこやかなオリビエに叶わないと見たのか、少年は向かいに座るビクトールに助けを求める。
ビクトールは黙って二人のやり取りを聞いていたが。

「まあ、いろいろです。オリビエ様、一日出発を早めたのは、貴方様のためでございます。貴方様がマクシミリアン候やカール四世選帝候に気に入られるご様子が侯爵様には我慢できないのですよ。お家柄も、財力もバイエルヌ領邦を納める彼らツヴァイブリュッケン家が上。しかも侯爵様は国を追われた亡命の身。オリビエ様を譲れと本気で圧力をかけられれば逆らいようもない」

「何それ?」ヨウ・フラが目を丸くした。

小さく溜息を漏らし、オリビエは「分かっているよ、僕はあくまで侯爵様に雇われている使用人だ。マクシミリアン候も本気じゃないさ。ただ、侯爵様が【出し惜しみ】するから、余計に興味を持つんだと思うよ。僕は流行の曲を知らないし、他の楽器も演奏できない。オペラすら観たこともない。音楽の世界で言えば単なる未熟な田舎者に過ぎないんだよ。物珍しいだけなんだ」と手にしていた本を玩びながら、脚を組み替えた。

「ガウソン様がおっしゃったのですね。あの方らしい、嫌味なことだ。あの方のお父上は立派な音楽家だったと聞きましたが、どうもガウソンさんご自身は曲を作れないそうですよ。オリビエ様に嫉妬しているんですよ」
ビクトールの予想は当たっていたが。オリビエもガウソンの言葉に間違いはないと分かっているから黙って微笑む。
侯爵が好んで聞き入るオリビエの演奏が、この広い世界で多くの人に「立派な音楽家」と見なされるものであるとはオリビエ自身思えない。マクシミリアン候との約束が重く腹にのしかかる。
「オリビエ様?」

ビクトールが髭をかすかにむずむずとさせ、青年を心配そうに見つめる。
「分かっているよ。僕は侯爵様にお仕えする楽士なんだ」
オリビエはそうつぶやくと窓の外、流れる景色を眺めた。

今日中に次の宿泊予定の街、サルツブルクへ到着するだろう。目的のヴィエンヌは目前。音楽の都と称されるそこで、オリビエは新しい世界を想像していた。華やかな交響曲やオペラ、広いホールで演奏されるそれを聞く、そんな幸せを夢見ていたが。
侯爵はそれを望まないかもしれない。


オリビエの懸念は次の街サルツブルクでもさらに深まる。

この街はヴィエンヌを中心に著名になっていた神聖ロウム帝国皇室宮廷作曲家ヴォルフガング卿の出身地である。バイエルヌでは選帝候が統治していたが、ここは大司教領。大司教が統治し、故にオリビエたちは宮殿の代わりに大聖堂に招かれた。

町の中心を流れるサルツァ川の東側、新市街と呼ばれる地域には荘厳な劇場がある。川の反対側旧市街にはこの町を支配する大司教の居城であるレジデンツがあり、二つの塔を持つ大聖堂、広場など立派な建造物が立ち並んでいた。

大聖堂には重厚なパイプオルガンがある。休憩にと立ち寄っただけなのにオリビエとその庇護者であるリツァルト侯爵の噂を知る大司教は、ぜひと演奏を依頼した。

そこでもオリビエの演奏は人々を魅了し、結局のところ夜のミサにも出席を請われ宿泊を余儀なくされた。侯爵は渋面を作りながらも了承した。リツァルト侯爵がひどく不機嫌なのは表情が変わらなくともオリビエには感じられた。

「なんかさ、オリビエの演奏旅行みたいになってきたよね」とヨウ・フラがいい、オリビエは「そんなこと言っちゃだめだよ」と複雑な面持ちで回廊を歩く。二人に与えられた部屋へと向かう途中だ。立派な円柱の向こうにはこの町の南側を護る要塞オルエンサルツブルク城が月夜に町を見下ろしている。

「侯爵様はさ、どうして【出し惜しみ】なんていわれるほど、オリビエを隠そうとするのかな。だってさ、自分が雇っている音楽家が人気になれば嬉しいよね、普通は」

「僕は皆が思うほど、才能があるわけじゃないよ。だから、侯爵様は時期尚早だと思っておられる……」
「分かってるくせにさ」伸びをするようにヨウ・フラは頭の上に両手を持っていく。手に持った帽子が少年の背で揺れた。

「……」
「この町でも、ミュニックでもさ。音楽に関してはこっちの国のほうが進んでいるんだろ?それは素人の僕が見ても分かるよ、楽器が新しいし、演奏する場所もたくさんある。街のいたるところで音楽とダンスがあふれていてさ。その街の選帝候や大司教が褒めるのに、才能がないだって!どうかしているよ、オリビエ」

少年が呆れて笑う。どうかしている、のは分かっているが。オリビエにはどうしようもない。

「もっとさ、素直に喜べたらいいのにさ。オリビエってよくへらへら笑ってるけど、演奏を終えて拍手される時が一番楽しそうだよ。誰だってさ、褒められたらうれしいし、せっかく才能あるのに、もっともっと有名になれる可能性があるのにさ。もったいないよ。僕たちが向かう町はどこ?かの有名な音楽の都だよ?皇帝がたくさんの音楽家を雇って、毎晩のように演奏会が開かれる夢の都だよ?そこにいて、閉じこもって侯爵様のためにピアノを弾いているだけなんて、ありえないよ」

「うん、そうだね。憧れるよね。聞いてみたい有名な曲がたくさんあるんだ」

「そうそう、その調子だよ。オリビエがさ、本当に有名になれば侯爵様だって分かってくれるよ。きっと認めてくれる。だってさ、アンナ様だってオリビエが褒められると本当に嬉しそうなんだよ?侯爵様だって顔に出さなくても嬉しいさ。有名な音楽家になってさ、ヴィエンヌだけじゃない、アウスタリア帝国全体に名前を知られちゃうような有名人になってさぁ。そうしたら、今よりもっともっと大勢の人に音楽を聞かせられるんだよ。国立芸術院の先生とか教授とかになるかもしれないし」

「すごいね、ヨウはいろいろ詳しいな」

「だからさ、夢は大きく持たなきゃだよ?両親亡くして、バスチーユなんかで下働きして生活していた僕が両親の生まれた町に戻ってさ。そこで一からやり直せるんだよ。何にもないからこそ失うものなんかないんだ。そんな人生があるんだから、オリビエだってどんな人生を歩むかなんか、わかんないじゃないか。だったら、最高の夢を目指しておくのが一番だよ」

少年の大きな瞳が輝く理由。
オリビエが眩しそうにそれを見つめる理由がそこにあった。


部屋に入って着替えても、二人は想像の未来を語った。ヨウ・フラはオリビエに教えてもらって少しずつ本を読み始めていたし、文字も上達していた。ラテン語の聖書を読み聞かせながらオリビエは少年の願いが叶うことを夢見た。

「マルソーに感謝しなきゃいけないな」
「そうだよ、感謝は神様だけじゃない、ちゃんと生きている人に感謝しなきゃ」
「そうだね。ヨウにも。ありがとう」

オリビエは照れて口数が減る少年に笑い出し、怒ったヨウ・フラは枕を投げつける。その日のベッドは鳥の巣ではなかったが、二人は子供のようにはしゃぎ疲れ、一つのベッドで押し合いながら眠った。
オリビエは夢を見ていた。

音楽を続けるにはかごの中にいなければいけないと思っていた。そのためには恋も友情も自由も諦めなければならないと思っていた。

けれど。今はかごもない。失ったものもあるし、会えなくなった人もいる。
だけど僕の生き方を変えられるかもしれない。自分とヨウ・フラがどこか似ている気がしていた。

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