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「音の向こうの空」第十五話 ⑤

第十五話:夢と希望と、約束



同じ頃。
大聖堂の客間から回廊の向こうの小さな部屋の明かりを眺める人影があった。ステンドグラスの美しい窓を押し開くと、冷気が流れ込む。

「侯爵様、お休みにならないのですか」
アンナは髪を上手に結い上げて、眠る準備に余念がない。ぐっすり眠るときのための香水をひたひたと首元に当てながら窓から外ばかり眺める侯爵に声をかけた。

「お風邪を召されますよ」
「ん、ああ」
リツァルト侯爵の返事は鈍い。
「最近、寝付かれないご様子ね。やはり床が毎晩変わるのは良くないですわ」
「……少し、出てくる」
ふらりと侯爵が身を翻す。

「あの、侯爵様」後を追おうとするアンナの目の前で、静かに扉が閉まった。

続きの間に控えていたビクトールが侯爵に「どちらへ」と声をかける。何事かごそごそと返事をする侯爵。どうやら、ビクトールは同行を断られたようだ。いってらっしゃいませ、と聞こえる挨拶に恭しい侍従長の姿を思い浮かべたところで、アンナは自分のベッドに戻った。

あけたままになっていた香水ビンに気付いたが、しばらくそれを睨んだ後布団にもぐりこんだ。この香水は侯爵がいつか夫人のために選んでくれたものだった。

かすかに。
遠く、チェンバロの音。
寝入ったはずのオリビエを起こし、侯爵が弾かせているのだろう。

それが夢なのか現実なのか、アンナは分からないまま眼を閉じて。明日、明日になったらオリビエに問い詰めてみようと枕に顔をうずめている。

毎夜、どこかに姿を消す侯爵が、オリビエとともにいるのかを。



翌朝、オリビエに「いいえ、昨夜はヨウ・フラとふざけている間にすっかり眠ってしまいまして」と素直に応えられ、アンナ夫人は眉をひそめる。
「お一人だったのですか」と。逆に青年に見つめられ、その含むところを勘ぐって余計にアンナ夫人は不機嫌になった。

「だからなに?お前がかまってくれないからでしょ?おかしいわね、楽器の音が聞こえた気がしたのに。夢だったのかしら」
と拗ねて見せても。オリビエは以前ほど慌てたり機嫌を取ろうとしたりしなくなった。今もアンナのためにパンにジャムを乗せ、「どうぞ」と微笑む。

「お前は変わったわ、前はもっと可愛かったのに。なんだかふてぶてしい」
「そうでしょうか?」
「そうよ」
「アンナ様も。侯爵様のいらっしゃらない夜には僕のところに来られていたのに、昨夜は違いました」
「え…」
「嬉しく思いますよ」
と。オリビエの笑みに何を思うのか、アンナは頬を赤く染めた。

アンナは待っていたのだ。侯爵が自分の元に戻ることを。それを察してオリビエは目を細める。様々な出来事があったが、結局この夫人がもっとも愛するのは侯爵のことであるし、無謀な遊びを繰り返してきても侯爵を慕うのだ。侯爵は夫人が気付くのを待っているのかもしれない。

アンナ夫人自身が誰を慕い求めているのか、寂しさに紛れて他の男性と戯れることがどれほど意味のないことなのかを、夫人も気付き始めているのだ。

もう二度と、夫人の身体には触れまいとオリビエは手に持ったパンを見つめながら誓っていた。

誓いのパンを飲み込んだところで、遅れて入ってきた侯爵に挨拶をする。嬉しそうな夫人にオリビエはまた、目を細める。
全てを捨てて見知らぬ土地へと向かうのは彼らも同じ。寄り添う夫婦にちらりとキシュと自分を重ね、バカだな、と。心の中でズレンの口調を真似てみる。

***

アウスタリア帝国首都ヴィエンヌ。
音楽の都、と聞いたことはあった。
帝国の首都であるとも。
これほど壮麗な街だとは思わなかった。

通りは明るく、広い。建物もよくよく見ればファリの共同住宅とも似ているが、色合いのためなのか日差しに眩しいほど白く、明るい。馬車が行き交う通りはダニューヴ川の橋を越えると益々増え、にぎやかになる。ヨウ・フラはファリと変わらないと強がりを言っていたものの巨大な大聖堂を目にすると窓にしっかり張り付いてオリビエと場所を取り合うほどだった。

「ね、ビクトールさん、この後どこに行くの?通り過ぎて田舎道に逆戻りってことないよね?」ヨウ・フラがもしそうなら今すぐここで降りたいとでも言わんばかりにそわそわしている。

「ヨウ。乗合馬車じゃないんだから、好きなところで降りられるわけじゃないよ。この後はお世話になったリヒテンシュタイン侯爵のお屋敷に向かうんだよ。衛兵を貸してくれたことのお礼もしなきゃいけない」
笑うオリビエにビクトールも渋い顔をして頷いた。


リヒテンシュタイン侯爵はリツァルト侯爵よりずっと年上だった。古い友人らしく、再会した侯爵は珍しく顔をほころばせていた。紹介されたアンナ夫人も、二人の関係を知っているのだろう、そこは楚々とした貴婦人らしく振舞って見せた。

リヒテンシュタイン侯爵もやはりオリビエには興味を持っていたようで、是非、演奏をと侯爵に話していたが、「旅の疲れ」を理由にまたの機会にと延期された。


かつて栄華を誇ったロウム帝国が北端の国境として意識したのがダニューヴ川であったしそのほとりにあるこのヴィエンヌは軍事上の重要な拠点だった。
その時代から王宮はダニューヴ川の支流ヴィエンヌ川を背にした城塞都市を形成していた。今も当時の旧城壁跡がぐるりと取り囲んでいる。

リヒテンシュタイン侯爵が用意してくれた屋敷は、市街の旧城壁跡が円を描く外側にあった。パールス広場のすぐ近くだ。
パールス広場の先は公園になっており、その奥に百年ほど前に建てられたパールス教会が玉ねぎの形の大きな屋根を公園の木々の先からのぞかせていた。


到着してすぐに、オリビエは立ち止まる。
「なにしてるのさ、さっさと荷物運ぼうよ」とヨウ・フラにつつかれても、「いい音色だ」と耳を澄ました。

首をかしげ、先に邸内に入る少年を見ながら、オリビエの意識はパールス教会のものと思われるパイプオルガンの音に奪われている。重厚なそれの和音は幾重にも音の層を作り、まるでこれからのオリビエの生活を祝福しているように感じられた。

これから毎日、この音を耳に出来ることにオリビエは深い感動を覚えていた。
ふわと涼しい風が頬をなでる。

「オリビエ!」
屋敷の四階、屋根裏と思われる窓から少年が顔を出した。

「ここ、よく聞こえるよ!」
傍らでまあ、はしたないと夫人がつぶやく声を耳にしながら、オリビエも走り出した。
高木と噴水の間を抜け、五段ほどの階段を昇り。
窓からの日差しが縫い取ったような光を壁に貼り付ける廊下、階段。駆け上がる。
オルガンの音が途絶える前に。

屋根裏の小さな部屋、斜めの天井、むき出しの梁の下ヨウ・フラが窓から振り返る。
小さな窓からは広いヴィエンヌの町並みとパールス広場、教会の白い屋根。鐘楼。そして遮るもののない清んだ音色。

声もなく立ち尽くし、聞き入っている青年に幾度か声をかけたけれど、ほとんど返事を返してもらえなかったヨウ・フラは一人きり肩をすくめて階下に向かう。
この部屋がきっと、オリビエに与えられるだろうと予感しながら。

次回第十六話「聖なる夜、心からの笑顔」は11月10日公開予定です♪
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ゆつきさん♪

私もご無沙汰してました~!!
嫉妬!?うはは(←?)嬉しいかも!
平気平気。

なんだかんだいって、苦労して書いているんだけど、意地っ張りだから「ふふん」とさらりと描いた振りしています…反省も多いし、何とか完結に持って行ったけど、エンディングはいつも悩んでいるよ~。

ゆつきさんのセンス、私もうらやましいよ~!
音楽家を描いたのは、ゆつきさんの作品にあこがれてなんだ~。
かっこいい~って♪

音楽家を描いたのは、私にとってたくさんの収穫があったよ♪次の作品もヨーロッパ世界だし。ピアノも大好きになったし♪
小説を書くことで得られるものって大きいよね~。

うふふ、この後の展開、まだまだ長いけど。ゆつきさんが楽しめたらいいな~♪

完結♪ おめでとうございます♪

お久しぶりデス。完結お知らせにドキドキしてしまいました。おめでとうございます。らんららさんの、これだけレベルの高い深い作品を、次々と完成させるパワーは、尊敬の一言に尽きますです。

実は白状してしまいますと、相当! 嫉妬のため足が(指が?)遠ざかっておりました。らんららさん世界、圧倒的に好みすぎて、呑み込まれるのが好きなだけに、あぁこんなの書きたいのに……との思いも強くて。

うう。不愉快な思いをされたら、ごめんなさい(>_<)


ではは、今回のお話の感想です。
わたし、ちょっと目線が変わりました。侯爵様寄りに!
おじさまの為に力になりたい……とか思ってしまっています。
オリビエちゃんをいつまでも手元に!(笑)

侯爵様はそんな心の狭い方じゃないのかも?
ではでは、またすぐにお邪魔します♪
お騒がせしてごめんなさい。

藤宮さん♪

おお、今、「風の行方」をついに読み終わってしまって~泣きながら感想を書いてきたところでした!
コメントいただいているのに気付いてなんだかいいタイミングです~!
もう、もう、感想ノートにはかけなかったけど、ほんと、泣かせてもらっちゃいました!
そう、なんとなくね。予感はしていたので、だからこそ、読み終わりたくなくて。
ずっと、ずっと、続いて欲しい気がしていまして…。

だけど。
そう、どんな物語にも終わりがある。
うん。
だから、「風の行方」を最後まで見届けました!!
くぅ、泣けた~。心の中に青く清んだ「精神」の塊を抱えているような切ない気分ですよ~。
っと、感想ばかりになっている…。だって…好きなんだもの~。

さてさて。オリビエ君たちはやっとヴィエンヌに到着。新しい景色、新しい出会い♪
謎の夜…侯爵様がチェンバロを!!!って、それは多分ないのです~(^∇^)
でも、全体として伏線。(←なんだそれ?)
藤宮さんみたいな美しい描写がかけなくて、気を抜くとつい適当になっているのです!だから、「素敵な刺激」として、藤宮エキスを今夜たっぷり頂きましたの♪
ようし、書くぞ~!!

こっそりお邪魔してます♪

こんばんは!
ようやく、更新分まで読めました~。

な、何か謎を感じる夜のシーン。

チェンバロを弾いていたのが、オリビエ君でないなら誰が?
アンナ夫人の夢ではないのだとしたら…。
もしや、侯爵が!?

とか、思ってみたり。
…これって、何かの伏線なのかしら…、違うかな…。

しかし、新たな世界の景色にドキドキしっぱなしですよ~。

一体この先、何が待ち受けているのか。
オリビエ君は控えめなのに、周りが留まることを許さないので、平穏無事ってことはないんでしょうけど。

頑張ってほしいものです…。

また、こっそりお邪魔しますね。
次回、楽しみにしています♪

kazuさん♪

ありがとう~!!
<侯爵様に何か考えがあると思うからこそ、なんだかマクシミリアン候の態度が頭にくるkazu(笑
ここ、これ。思わず、ぶふっ♪と。笑ってしまいました!

kazuさんの勘の鋭さにドキドキしっぱなしですよ~(笑)
マクシミリアン、うむ。端役のつもりがどうにも権力が強すぎて…。
侯爵様も、亡命貴族になってしまったから…いろいろと大変です。
そのあたり、史実とうま~く調理してみたいと思っています♪
仕事…うん…。ストレスが…。
だからこそ、逃避世界は輝いて見える!?

次回、お楽しみに~!!

なんというか・・・

侯爵様、何を隠しているのかな。
何か、オリビエくんに関して、きっと何か隠している事があるんじゃないかと、勘繰り中^^

らんららさん、こんばんは
オリビエ君の演奏旅行♪ヨウ・フラくんの言うとおりですね。
新しい音に触れて、新しい景色や環境に触れて、オリビエくんがとても幸せそうです^^
でも、マクシミリアン候・・・
なんだか、怖いですね。
いいひとでも、やっぱり貴族だな~なんて思ったり。

侯爵様に何か考えがあると思うからこそ、なんだかマクシミリアン候の態度が頭にくるkazu(笑

侯爵様の気持ちも分かるけれど、立場を考えて承諾してしまったオリビエくん。
何事もなければいいのですが・・・

次回、楽しみにしています^^
お仕事、頑張ってくださいね
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