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「音の向こうの空」第十六話 ③

第十六話:聖なる夜、羊たちの告解



それから四日。こんなクリスマスを迎えるはずではなかった。
オリビエは一人、階下のにぎやかな様子を音で知るだけで、ベッドに突っ伏したまま楽器に触れることもできない。人を雇ったらしい。見知らぬヴァイオリンとフルート、チェロの音がする。だれも「オリビエの」フォルテピアノに触れていないことだけがかすかな救いだった。それをオリビエの代わりに弾く者がいるならオリビエの存在価値はなくなる。
実際にそうではないかもしれないが、オリビエにはそう思えた。
現実にはやはり侯爵様のために奏でることで、ここに生きていられるのだと改めて思い知らされる。雇い主に逆らって不興を買えば、こうして罰を受けるのだ。かつてエスファンテにあった侯爵家には使用人を閉じ込めておく牢があった。盗みを働いたりしたものを罰するためだ。鞭で打たれる者もいた。
この屋敷にそれはなかった。あれば、オリビエは今頃そこで暗がりとネズミとに悩まされていたはずだ。
侯爵が本気で僕が「夫人に不貞を働こうとした」と思っているのかは分からない。いや、思っているからこうして閉じ込めるのだ。信頼を失ったのだ。
それは、掘り返せば十六の時から続くことだ。責められれば何も言えない。
ビクトールだってそれは知っている。いや、こちらに来てからは一切触れていないが、かつての使用人であれば皆周知の事実だ。少しばかり時期がずれただけで。
来るものがきた、ということなのかもしれない。

ピアノ。
誰かが、それを弾いていた。
びくりと震え、オリビエは毛布を握り締める。凍りついたようにじっとしたまま、見開いた目と鋭い聴覚で演奏者を見抜こうとでも言うように。息をつめていた。

この曲は、いつかミュニックでカール四世公の音楽教師に借りた楽譜のもの。ヴォルフガング卿のピアノ協奏曲。ああ、ヴァイオリンがあるから。
穏やかで和む旋律。呈示部は静かな序奏からはいり第一部、音階をあげつつ繰り返し、第二部で主題に戻り。展開部はまた違う旋律を奏で、ドラマチックにピアノの独奏が全体を導く。展開部にも第一部第二部、これはロンドのように繰り返しつつヴァイオリンの音をくわえ徐々に切なげに忙しく走り出し。息が切れたようにふと溜息を吐き、穏やかな再現部に入る。それは呈示部と同じ主題を繰り返し、高まった緊張をほぐし柔らかな春が冬を押しのけるさまを思わせた。そして、ヴァイオリンの独奏を経て、ピアノとヴァイオリンは再びともに手を取り合い終結。徐々に消え行くような。
ああ、拍手が。

いつのまにか指が枕を叩いていることに気づく。苦笑いしてオリビエは再び毛布の下にもぐりこんだ。
僕はどうなるんだろう。

ガタ、扉が開かれた。
オリビエは毛布に潜ったまま、さらに堅く拳を握り締めていた。
「あらあら」
夫人だ。
「また何も食べていないじゃない?侯爵様が楽器を取り上げれば反省するだろうとおっしゃっていたけれど。せっかく用意した食事くらいは食べなさい。お前が悪いのよ。こちらに来てからお前は変わったわ。主人を主人と思わない行動が目に付いた。私の言うことも聞こうとしないし、まるで侯爵様と友人か何かのように会話する。無礼にも程があるわ。お前、わたしたちが祖国を失ったから、亡命したから、馬鹿にしているのでしょう?そう侯爵様にお話したらひどく怒ってらしたわよ。わたしたちがどれほど落ちぶれようとも、お前はわたしたちの下僕。私達がお前を生かしているの。忘れないでね」
「バカになどしていません!」
急に起き上がったオリビエに驚いたのか、夫人は手に持っていたワインのグラスを取り落とし、華奢なグラスはオリビエのベッドに音もなく転がる。こぼれた赤い液はオリビエの肩から腹を派手に染めた。
鼻をつく匂い。ぬれて気持ちの悪い服を握り締め、オリビエは夫人を見上げていた。
「それが、生意気なのよ!そんな目で私を見る!お前もこの国の貴族たちと同じよ!我ら亡命貴族をまるで難民のように扱う!親切ぶったその下で嘲っているのよ!」
頬を叩かれた。
夫人は、酔っている。

それは八つ当たりなのだ。黙って殴られているわけにも行かず、オリビエは三回目には振り上げられた夫人の手を掴む。
「放しなさい!」
金切り声を上げ、振りほどこうとした夫人が暴れる。腕を引っかかれて手を緩めればドンと突き飛ばされた。
ガシャ。と。ベッドに転がったワイングラスが手をついた弾みで割れた。
鋭い破片がいくつか、袖を裂く。
熱い痛みが手首に走った。
「!」
「お、お前が悪いのよ!お前しか、いないのに、お前が私を突き放すから、だから」そう怒鳴ってアンナ夫人は部屋を出て行く。
そっと持ち上げた右手からいくつもの赤い雫が、ワインの沁みついた服に塗り重ねられる。
オリビエは呆然と右の腕を押さえていた。
震えていた。



はじめに駆け込んできたのは、侯爵だった。
ビクトールに医者を呼ぶよう怒鳴りつけ、右腕を堅く握り締めるオリビエの手を開かせようと、何度も声をかける。名を呼ばれる。どこか遠くにそれを聞きながらオリビエはただ、震えていた。
「僕から…音楽を」
取り上げないで欲しい。

僕にはそれしかない。
神様。

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