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「音の向こうの空」第十六話 ⑥

第十六話:聖なる夜、羊たちの告解


その日の夕食には久しぶりに侯爵が間に合った。
疲れた様子が隠せない彼はビクトールの出迎えを受けるといくつか指示を与え、「ルードラー、いつもすまぬな」と挨拶する医師に言葉を返す。
「あの、侯爵様、夕食をご一緒に」
そう提案したのはオリビエだ。あのクリスマスの事件からぎこちない関係を続けていたが、侯爵が以前と同様扱ってくれようとしているのは理解できた。ただ侯爵が忙しく不在がちであることと、オリビエが演奏できないことが同じ時間を共有するタイミングを奪っていた。今夜は医師もアーティアも同席するし、久しぶりにアンナ夫人の姿を見た。なにか、少しでも元に戻れるのではないかとオリビエは提案したのだ。

侯爵はいつもどおり無表情だったが、返事の代わりにビクトールにお気に入りのワインを開けるよう指示した。
着替えるために自室へと向かう侯爵を見送りながら、オリビエはルードラーと視線を合わせた。
「大丈夫だったでしょう?」
「うん、そうだね。侯爵様はお疲れみたいだけど、ご機嫌は悪くない」そう医師に笑いかけるオリビエに、「侯爵様の顔つきってどうもよくわかんないんだよね、侯爵様のご機嫌までよく分かるよね、オリビエは」とヨウ・フラが肩をすくめて見せる。
「長いお付き合いだからね」


夕食の後、ルードラーが保障したので、オリビエは久しぶりにリツァルト侯爵に演奏を披露した。
「いつの間にか、フォルテピアノに慣れたのだな」と驚きつつも、侯爵は時折眼を閉じ、味わうように聞き入った。
居間の一角に置かれたピアノ、その周りには三人掛けのソファーと、侯爵専用の肘掛け椅子、小さなテーブルが据えられている。ルードラーも、アーティアも好きな場所に席を作り、ヨウ・フラはなぜかオリビエの背後に小さい椅子を運んで座る。
「どうした?」と聞けば、「手が見えるから」と珍しく神妙な顔をしている。
ふうん、と頷きながらすでにオリビエは音の世界に足を踏み入れている。時折聞こえてくる教会のオルガンの音は寝込んでいる間にオリビエの中に感動を蓄積した。この屋敷を囲む小さな森と公園。雪が積もるその景色は灰色の空の下不思議とやさしい。奏でられない苛立ちを忘れさせてくれる。
窓を開けば、冬の冷気と静かな雪を踏みしめる音。オルガン、鐘楼。鳥の羽ばたき。
美しい街ヴィエンヌの冬。エスファンテより寒さは厳しいけれど、雪の積もる街の景色は愛おしい。
ふとオリビエがアーティアと視線を合わせ演奏を止めた。
「アーティア、ヴァイオリン弾けるんだろ?」
「おいおい、お前のその奔放な演奏にあわせろと言うのか?勘弁して欲しいな」
「僕があわせるよ。一度やってみたかったんだ」

アーティアがヴァイオリンを奏で。オリビエはそこに風景を足した。
それはカノンのように複雑な音色を紡ぎだす。
熱のこもった二人の演奏は侯爵を珍しく微笑ませた。侯爵が拍手をし、「そろそろ止めておきなさい。まだ、完全に傷がいえたわけではあるまい」と音楽の時間を終わらせる。
黙り込んだヨウ・フラは頬を上気させているし、医師はいつもの穏やかな笑みでオリビエの手の包帯を巻きなおした。
その晩、医師もアーティアも侯爵家に泊まることになった。彼らを部屋に案内しビクトールとヨウ・フラも席を外せば、居間にはオリビエと侯爵だけが残った。オリビエが静かに左手だけで奏でる音が静寂にかすかな風を運ぶ。
肘掛け椅子に座ったままの侯爵はワインのグラスを傾けていた。
オリビエが手を止めた。

しばらくの沈黙。張り詰めた空気を破ったのはオリビエだ。
「あの、侯爵様。僕の罪は」
言いかけて侯爵の表情にオリビエは黙る。あのクリスマス以来、初めて二人きりで言葉を交わす。話をするべきなのだ、オリビエは自分に言い聞かせる。

「……ご不快でしょうけれど。お聞きください。僕は確かにかつて罪を犯しました。それは許されることではありません。今さら時間を戻せるわけでもありませんし。侯爵様がその件で僕をどう処分されようと、僕は甘んじて受けるつもりです」
オリビエは静かにラの鍵盤に触れ、話し続ける。
「僕は、エスファンテを離れた時に、愛する女性を置いてきました。奥様とのことを考えれば僕は彼女に対して誠実ではありませんでした。彼女を幸せにする力も、資格もない」
キシュとズレンのことを責められるはずもない。
「だから、彼女のことは諦めました。エスファンテでの最後の晩、侯爵様と過ごしたあの夜、誓ったのです。二度と自分に恥じるような真似はしないと。ですから、今は僕が愛するのは音楽だけです」

侯爵はただ、黙っていた。

「ファリで出あった騎士に僕の生き方は一つの思想だと言われました。音楽を奏でたい、僕にはそのためなら多くを捨てる覚悟があります。僕はそれが誇らしくもあり、時につらくもあります。ですが、こうして侯爵様が心地よく僕の音楽を聞いてくださる。それは紛れもなく僕にとって幸せなことです」

オリビエは深く息を吐き出した。こうして自分の気持ちを素直に語ったのは、いつ以来だろう。いつか、「お前は笑わなくなった」と侯爵に言われたことがある。全てを顕わにしたからには、もう何も隠さなくてもいいのだ。

「……あのクリスマス。楽器から離されて、とても苦しかったのです」
何故にここで、胸がつまる想いがするのか。
オリビエには分からなかったが。

あの夜の悲しみ。自分以外の誰かがピアノを奏でる現実。叩いてもたたいても、毛布の鍵盤は音を出さない。

かすかに滲んだ視界の中、黒い鍵盤に触れる手がいつの間にか静かに曲を奏でていることに気付き、内心自分に苦笑する。
好きなのだ。音楽が。
気付けば、肩に温かい侯爵の手が乗せられていた。傍らに立つ侯爵は珍しくオリビエの肩を叩き、「もうよい。お前のおかげで今夜はよい夢が見られそうだ」と。髭の下でかすかに、笑った。

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