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「音の向こうの空」第十六話 ⑦

第十六話:聖なる夜、羊たちの告解



屋敷の周囲の森に暖かい春の風が吹くようになる頃には、オリビエの傷も癒え、毎日居間でピアノを奏でていた。侯爵は相変わらず日中は出かけ、アンナ夫人は自室にこもりがちだった。時折ビクトールが連れ出すようだが、オリビエに出会わないようにと避けられているようだった。
同じ屋敷にいながら、もう何日もアンナ夫人の顔を見ていなかった。

窓を開け放ったまま、オリビエは好んでフォルテピアノを奏でた。春の日差しと新緑の香りを感じながら演奏するのは以前から好きだった。小さいながらも美しい庭には、ジャスミンの香りが漂い、ふとアネリアとの恋を切なく思い出す日もあった。
そういう日にはピアノの切ない音色が庭にこぼれる。

「今日はまた、においが強いね」
ヨウ・フラが庭から居間に入ろうと花の間を掻き分けてくる。
「そこ、足元のビオラに気をつけてくれよ、ヨウ。この間、花が折れていたってビクトールが怒っていたよ」
「あ、そう?」肩をすくめてとぼけてみせる少年は、随分背が伸びた。声もすっかり大人びてきていた。今年十三歳。自分のその頃を思うと、ヨウは冷静でしっかりしているんだなとオリビエは尊敬に似た気分で、庭から居間につながる扉から迎え入れる。

ヨウ・フラが習っている言葉と文字も上達していた。「親方がさ、新聞の記事が全部読めるようになったら、校正の仕方を教えてくれるっていうんだ」屋敷の居間でヨウはいつもの通りオリビエの隣に小さな椅子を持ち込んで、お土産に持ってきた最新の新聞を小さなテーブルに置いた。
結局のところ、未だに世間知らずのままのオリビエに少年は唯一、外の情報をもたらした。
ビクトールはあのクリスマス以来、あまりオリビエを連れて買い物に出なくなり、オリビエも残念に思っていたもののそれを口に出すことが出来なかった。

「聞いた?クランフ王国でさ、王様が亡命しようとしたらしいんだ」
ヨウ・フラが紅茶にミルクを落としながら言った。
「国王陛下が亡命!?」

ついに国王まで国民を見放したのかと、混乱する議会を抱える祖国を思う。
「いやそれがさ。捕まっちゃって。王妃様とね皇太子様もご一緒だったとか」
「共和党は、どうするつもりなのかな」議会は国を裏切った国王を許しはしないだろう。
ついに、国王不在の国家になるのだろうか。
「ううん。どうもね、議会のクラブのうちいくつかは、国王は誘拐されたんだといっているみたいで。本当のことはよく分からないんだけど。そのクラブが王様を庇っているっていう噂もあるけど、でも誘拐説もちょっと信憑性があるっていうか」
「ふうん。誘拐、か」
どうにも、ぴんと来なかった。
「王様が郊外の村で見つかった時にはね、御者に変装していたって言うんだ。なんていうか、みっともないよね」
「国王陛下はどこに亡命しようとしたんだろう」
オリビエがピアノからソファーに移り、新聞を手に取った。
一面にクランフ王国の国王陛下一家の亡命未遂を伝える記事が並んでいた。
「ここ、だよ」
「ここ、ヴィエンヌ?」
「多分ね。アウスタリア帝国の皇帝は、王妃様の実のお兄さんだし、自分の生まれた土地に逃げ帰るのは肉屋のおかみさんも王妃様も同じなんだと思うな。革命で特権が廃止されちゃったらしいし、政治は議会と共和党が取り仕切っているし。国王としては居場所がないよね。亡命だってしたくなるよ」
ふうん、と感心したように頷くオリビエに機嫌を良くした少年は「実はさ、噂なんだけど」といつもの断りを入れて、記事に乗っていないような噂話も話し出す。そうやってヨウ・フラが話す噂は信憑性こそないが、面白い。オリビエは少年が尋ねてくるのを楽しみにしていた。

「クランフ王国の亡命貴族が、今回の誘拐劇、というか、国王陛下の亡命に手を貸しているって言う噂なんだ。本当の黒幕はやっぱり王妃のお兄さん、アウスタリア帝国現皇帝だと思うんだけど、表立ってそんなことを知られたら、アウスタリア帝国とクランフ王国の関係が悪くなるだろ?だから、クランフ王国の追求があったときのために犠牲になる亡命貴族が用意されているって言う噂。けど、頼まれて亡命を手伝うならまだしも、誘拐犯だなんて決め付けられたら気の毒だよね」
オリビエは黙った。
亡命貴族。
「あ、大丈夫、リツァルト侯爵様は大丈夫だよ。だって、もともとこっちの血筋を引く貴族様だし、アンナ夫人も国王の遠縁に当たるんだ。いくら亡命貴族だって言ったってそんな役割をもらったりはしないよ」
「だけど、最近また、忙しそうなんだ」
「帝国政府の待遇に反発している亡命貴族たちがいてさ。それと帝国政府との間に入って調整しているんだってさ。だから、大変なんだよ」
オリビエは毎晩遅く、疲れて帰ってくる侯爵を思い出す。
「侯爵様は、すごいね」
しみじみ紅茶を味わうようにぽつりと口にしたオリビエに、ヨウは笑った。
「これまで領地の何万人もの人を治めてきたんだよ?数百名の亡命貴族なんて平気さ。オリビエ、ちっとも分かってないんだ。リツァルト侯爵様を尊敬する貴族も大勢いるんだ。だいたい、亡命した貴族であんな盛大なクリスマスパーティーを開けるのは侯爵くらいなものさ。自暴自棄になって荒れて、わずかに残った財産も食いつぶしている亡命貴族が多い中、ちゃんと働いてアンナ夫人やオリビエを養ってるだろ?誰かの生活の面倒を見るのって大変なんだぞ。自分ひとりだって大変なのにさ。オリビエなんか、ここを追い出されたらすぐに路頭に迷って、酒場の片隅で飲んだくれになるんだ」
「飲んだくれ……」自分の姿を想像し、ヨウ・フラの言いたいことはよく分かるが口元が緩むのを抑えられない。酒場で酔っ払ったなら、きっとオルガンか何かをめちゃくちゃに奏で続けるんだ。

「笑い事じゃないって、もし、もしだよ?侯爵様に何かあったらどうするんだよ?そういうの心配したことないの?」
病気とか、事故とか世の中何が起こるかわからないんだ、と少年は興奮気味に繰り返す。
し、とオリビエは人差し指を口元に持っていく。
教会のオルガンが聞こえてきた。

口を尖らせヨウ・フラは、うっとりと聞き入る青年をじっと黙って眺めていた。
この世間知らずのオリビエを、なぜ大勢が可愛がろうとするのか、神に祝福された才能とはそういうものなのかと。幾度か繰り返した疑問がまた、喉まで出掛かっていた。

頼む、と呟いたズレン。少年はズレンもかつて、同じ疑問を持っていたことを知らない。


教会のミサが終わったのだろう、庭から遠くかすかに見える公園には大勢の人々が流れ出していた。オルガンの音色に触発されたオリビエはすでにピアノに夢中で。ヨウ・フラは仕方なく教科書代わりの本を手に取った。
ふと、オリビエが一人で生きていくにはどうするべきか、などと考え始める。
オリビエが働くなら、音楽の関係だけだろう。教会のオルガニストだけで生活できるはずもない。だとしたら、やっぱり皇室宮廷室内楽団にでも入れてもらうとか。オペラの舞台の手前でオーケストラの一員としてピアノを弾くとか。アウスタリア帝国の芸術院に入るという手もあるけれど、あれは外国人ではダメだったかもしれない、とか。
どちらにしろ、オリビエのピアノを聴けばどこかで雇いたいといってくれるのだ。バイエルヌの選帝候を思い出した。
いくつも方法が思い浮かび、どうにも自分と比べて有利に思えるオリビエの処世術に納得がいかない。「飲んだくれ」になる可能性は限りなく低い。しかもあの容姿だ。女にも苦労しない。
頬杖をついて何となく憎たらしい青年に背を向けた。
「…あれ?」
慌ててヨウ・フラは立ち上がった。

「オリビエ、見て、あれ!庭の先!」
ヨウ・フラが指差した方向には、彼が掻き分けた花の向こうに柵が張り巡らされ、その向こうは公園の敷地だ。そこに人影が見えた。一人二人ではない。
まるでここを囲むように、立っている家族連れもいれば、芝生に座り込む夫婦もいる。
「何?なにしてんだろ、あんなとこで!」
窓から顔をのぞかせ、背伸びしたりかがんだりしている少年にオリビエが笑った。
「最近ね、ミサの帰りにここで音楽を聴いていってくれるんだよ。演奏を終えると帰っていくんだ。でも、ちょっと、恥かしいから、まだ挨拶はしたことないんだ」
「はあ?」
「それに、ほら、この日差しなら硝子に反射して僕の姿は見えないだろうし」
オリビエは再びピアノに向かう。
奏でられる音楽はやさしく温かい。いつも、ヨウ・フラは思っていた。オリビエの音楽は性格そのものだと。オリビエと話して、呆れたり笑えたり、それでもいい奴だと感じさせる何かが、彼の音楽にも溢れているのだと。時折、深い悲しみや淋しさ、口には出さないオリビエの気持ちを音楽から感じ取ることもあった。それを改めて問うこともしないが、オリビエにはオリビエなりの苦労もあるのだろう。
表面だけ見て、気楽な音楽家、などと揶揄されてもオリビエは笑っている。

そういう魅力を感じ取る人々が、足を止める。

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