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「音の向こうの空」第十六話 ⑧

第十六話:聖なる夜、羊たちの告解



「なあ、ヨウ。エスファンテのリツァルト侯爵に会うのなら、オリビエって男を捜して欲しいんだ。まだ十代だが、飛び切りの才能の持ち主でな。一見、何も持っていない情けない奴に見えるんだ。だけどな。そいつは人並みであろうとするあらゆる力をすべて音楽に捧げているんだ。そのためなら女も要らないし、地位も要らない。音楽を続けるためならなんだってする。それを自覚してもいる。あいつは特別なんだ。俺なんかは生まれ持った才能なんてものは何もないが、ちっとばかり剣術とココは使えるだろ?」マルソーは自分の頭を指差してみせる。
「けどな、どれも上手く生きるための手段でしかない。オリビエは、音楽の才能を生きる手段にしてないんだ。音楽のために生きている、そんな奴さ」
ヨウ・フラはファリで救ってくれた青年の豪快な笑顔を思い出していた。

オリビエの演奏が終わると、「結局、勉強見てもらえなかった」と口を尖らせたが、自分の仕事の時間が迫っているのはオリビエのせいでもない。
「また、いつでもおいでよ」と笑う青年にさよならをして、来た道を一人帰る。庭の腿くらいまでの高さの柵をひらりと乗り越え、公園の垣根の隙間から抜け歩道へと合流する。視界に群がる通行人をひらひらと避けて、身軽に歩く。と、目の前に少女が立ちふさがった。

八歳くらいだろうか。両手を広げて目の前に仁王立ち。
「は?」
ヨウ・フラが威嚇とばかりに睨むと、少女は今度は「いっ!」と歯をむき出してみせる。もしやそれは、笑顔か。
「……なんだ、お前」
「ピアノの人なの?あの、あなた、ピアノの人なの?」
少女の声は高く、夕暮れの公園に響き渡る。
「ち、ちが…」
「だめよ、アナン。ごめんなさい、妹が失礼なことしてしまって」
否定しようとしたヨウ・フラの前に、濃紺のワンピースの少女が立った。「だってぇ!」と先ほどの少女が頬を膨らめて、姉らしき少女の後ろに回った。少女の影から、顔をのぞかせる。
「あの、もし違っていたらごめんなさい。貴方があの演奏をなさっていたの?」

ヨウ・フラは髪が浮き上がるようなむず痒い妙な感覚を感じながら、目の前の少女を見つめた。
栗色の髪は長く真っ直ぐで、肩の辺りまで流れ、穏やかな茶色の瞳、ほっそりした白い首元。美少女、とはこれだと少年は心のどこかで自分を奮い立たせている。
「あの、違います?」
「え、あ、違うんだ、あの。僕の先生で」
それは美しい少女の感動を誘った。
「まあ!貴方も音楽をなさるの?」
「ええと…」いつもの調子がまったくでないぞ、とヨウ・フラは自分にあせる。気付けば周囲の聴衆の視線を浴びていた。わかってる、この目の前の美少女も周囲の人々も期待するのはこれだ。
「あの音楽を弾いているのは、僕のラテン語の先生で。侯爵様お抱えの楽士、オリビエ様だよ。いつもあの部屋でフォルテピアノを弾いているんだ」

ヨウ・フラが話したことを誰かが向こうで繰り返した。
あれが、侯爵様の楽士様。
あれがフォルテピアノなんだ。
楽士様はオリビエ様っておっしゃるらしい。

「あのね、貴方が音楽をなさるかと聞いているのよ?」
目の前の美少女の反応は、予想と違った。
「え?」
「もういいわ。行きましょ、アナン」
あっけに取られるヨウ・フラを置き去りにして、少女は妹と手をつないで歩き出す。
アナンと呼ばれた妹は二回ほど振り返りながら、「オリビエさまなんだって、明日も聞きに来るの?」と姉の手を引く。
美少女は頷いたようだ。



翌日、久しぶりにアーティアの訪問を受け、オリビエは刺激的な楽譜のいくつかを借りて夢中で弾き続けていた。
その日は教会のオルガンの音に手を止めることもなく、アーティアが「おいおい、そこまでアレンジするかよ?」と呆れるほどだ。アーティアがもたらしたのはオペラの歌曲。王宮お抱えの芸術監督がつい先日初演した新しいものだ。
アーティアは幸運にもそこのオーケストラのヴァイオリニストを勤める。その境遇にオリビエは「いいなぁ」と羨望を隠さず、明日もまた公演があるからと預けてもらえない楽譜をとにかく頭の中に残そうとしていたのだ。
昼食を一緒にとってから数時間、オリビエはずっと弾き続けていた。アーティアが呆れるのも無理はなかった。
「たまたま、皇室宮廷室内楽団にも新しいフォルテピアノを卸したんだ。その縁でね。こうしてオリビエに出会えたのもそうだし、僕はシュタインさんのところに雇ってもらえてよかったよ」
「僕も、このピアノに出会えたのは本当に幸せだ」
「おい、僕じゃなくてピアノ?」アーティアが口を尖らせると「シュタインさんに感謝だな」オリビエはにっこりといつものふわりとした笑顔だ。
「なんだよそれは」
あはは、と笑うオリビエに冗談じゃないのかもしれないとアーティアは呆れるが。無邪気に楽器を奏でる青年には言いようのない魅力が備わっていた。
時には心を突き刺すほどの技巧や旋律を奏で、それでいて本人は鷹揚とした性格で自然体。クリスマスの怪我から回復してさらにその楽しそうな笑顔が増えたと感じていた。

当のオリビエはというと、あの侯爵への告白以来、気分が晴れやかだった。相変わらずアンナ夫人には避けられていたが、それは返ってオリビエを自由にした。アンナ夫人に付きっ切りのビクトールがそばにいないためで、だからこうして自由に友人が訪ねてくれる。
ヨウ・フラが庭から出入りできるのも、そういう理由だ。

そろそろ今日も来る頃かなと、ふとオリビエが演奏の手を止める。

そのタイミングで、扉がノックされた。
「オリビエ様、お客様がいらしております」
メイドのテッヘが「丁度お茶を入れました、こちらにお通ししてよろしいですか」と笑う。
「お客様?うん、いいよ。僕に用事なんだよね?」
「はい。オリビエ様にお会いしたいと」
「分かった」

お客様。心当たりはないが。

メイドに案内されて入ってきた男に、やはり心当たりはなかった。
「初めまして、レイナド・ル・セドーと申します。……あなたが、オリビエンヌ・ド・ファンテル、ですね」
男はきちんと巻いた髪を結って、ビロードの黒いリボンで一つに結んでいた。紅茶色の上着に草色のスカーフ。茶のブーツできりりと姿勢を正していた。
オリビエとアーティアを見比べ、そして出迎えたオリビエに深くお辞儀をした。
「あ、はい。あの、あなたは?」
ぴくと男の口元が引きつった。
「おい、オリビエ、セドー氏といえば有名な音楽家だぞ!ばか、恥かしいな!」と小声でオリビエに駆け寄って、アーティアは改めて客人の方へ向き直る。
「バイエルヌ領邦の王室芸術監督、室内楽団団長の、セドー氏。あの、初めまして、私はアーティア・ミューゼ。皇室宮廷室内楽団のヴァイオリンを受け持っています」
張り切って挨拶をする青年にレイナドは苦笑した。
アーティアは嬉しそうにお会いできて光栄です、とレイナドの手を取り、「すみません、オリビエは世情に疎いのです。これでパンの買い方も知らないんですから」と横目で友人を眺めた。
「そ、そんなことないよ、パン屋には行ったことがある!」
初めて会う目上の、しかも有名な音楽家とやらの前でそんなことを言われては名誉挽回を測るしかない。
「ワインだって買ったことあるんだ。カフェでチョコレートを飲んだし」

ぷ、と。低く笑うレイナド。オリビエは慌てて口を塞いだ。
「いや、侯爵様に可愛がられているとは聞いていたが。今日は、オリビエ。貴方へ大切なものを届けに来たのですよ。ついでに少しばかり、貴方の演奏に興味もありましてな」
レイナドは持っていた黒い革のバッグから分厚い本を取り出した。それは紐で綴じられたものだ。
手渡され、そのタイトルを見てオリビエは目を見開いた。

「マクシミリアン候との約束、覚えていらっしゃいますな?」
ぞわ、と。
心があわ立つ。
「私のために楽曲を書いて欲しい。貴方の初めてのオペラを」
マクシミリアン候はミュニックでそうオリビエに約束させたのだ。

「はい、忘れていません」
オペラという言葉を口にするたび、ちくちくと約束の針は心をつついた。

「約束?」アーティアは急にまじめになったオリビエを眺める。
「そう、オリビエはカール四世選帝候の弟君、マクシミリアン候の依頼でオペラ歌曲を作曲すると約束したのです。芸術監督たる私がいくつか台本を持ってきたのはそのため」
レイナドは傍らの荷物を示した。
すごい、かすかにアーティアが唸り、二人を見比べている。

「オリビエ。少しばかり聞かせてくれないかな。あのマクシミリアン候も、カール四世公も貴方の音楽に深く感銘を受けていた。候は貴方の曲で十一月にあるヴィエンヌ・オペラコンクールに参加したいとお考えだ。入賞した作品は今後一年間、宮廷歌劇場で上演されることとなる。我がバイエルヌ領邦もオペラの盛んな地。このコンクールで恥をかくわけには行かない。小旅行でミュニックを離れていた私は貴方の演奏を聞きそこなった。仕事を任されるからには私も知っておきたい。貴方の音楽が、本当に我がバイエルヌに相応しいものなのか」
「こ、コンクール?」
相応しくなければ。一体どうなるのか。
約束させたのはマクシミリアン候。こちらから願ったものではない上に、コンクール。
困ったオリビエがアーティアに視線を向ければ、アーティアは興奮したように顔を赤らめていた。
「オリビエ、光栄なことだぞ」
低くアーティアがつぶやき、ぎゅっとオリビエの手を両手で握り締める。
「貴族の推薦を得られなければ出場なんか出来ない、これはチャンスだ」

いつかヨウ・フラが言っていた。リツァルト侯爵が認めざるを得ないような名声があれば。【秘蔵っ子】を卒業し、僕は自由に新しい音楽に触れることが出来るかもしれない。
そう。これは、チャンスなんだ。

オリビエはぎゅと口を閉じ頷いた。
丁度、教会のオルガンが鳴り止み、そろそろいつもの聴衆が集りだす時刻でもあった。


次回、第十七話「飛び立てるのか」は11月24日公開予定♪
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ユツキさん♪

いらっしゃいませ♪
うふぅ。アーティア、がんばる青年ですよ♪
いろいろとがんばります。御期待を~(^∇^)b

音楽……奥の深い問題です。オリビエ君のように生きたいと願っても出来ないことも多いし。それが幸せかどうかもよく分からない。

美少女。気付けば男ばかりになっていたので、花を添えてみました♪

NoTitle

美少女登場!! 
とか、アーティアが好みだ・・・・・・とか、そういうこともありますが、オリビエの、

・・・・・・音楽だなぁ、とか。
そうして生きていく、のか、それが生きるということなのか。

久しぶりに難しいことを考えました。ううむ。
心地よい難しさです。


先日は勝手なことばかりのたまいまして、そしてそれを優しく受け止めてくださいまして、ありがとうございました。ウフフ。泣けるー。
これからも、絡ませてください♪

藤宮さん♪

ありがとうございます!!
アンナ夫人が自分なら、と思うとやはりつらいだろうなと。状況が変わっていく中で一人だけ変われずにいる。
オリビエを新しい方向に導くためにヨウくんがいたりします♪
いろんな立場の人たち、それぞれの生き方がオリビエにどう影響していくのか…とか、偉そうなこと書いて描ききれるのか…ドキドキ。
満足いただけるよう頑張ります~!!

またまたお邪魔してました♪

色々動き出しましたね…。

アンナ夫人に濡れ衣を着せられたり、腕を切ったり、オリビエ君は散々でしたが。

でも、そうしなければならないほど、アンナ夫人は寂しかったのですね。
そう考えると、アンナ夫人も憎み切れない人なのだな、と、思ったり。

侯爵様とアンナ夫人の関係が、修復されるかどうかも見所ですね♪

あと、オリビエ君の以前の約束。
遂にそれが迫ってきましたか…。

オリビエ君はこれをきっかけに飛び立てるのか。
それとも、以前と変わらず空を夢見ながら音楽を奏で続けるのか。

動き出した時代とともに、皆の行く末はどうなるのか。

気になること満載です!
これまで通り、こっそり応援していますね♪
ではでは、失礼しました~。

kazuさん♪

おはようございます!
いつもありがとうございます~!!
恨めしい…ぷふふ。そうかも。

いろいろなことが起こりつつある、なんだか序章のような回になりました。本当の事件はこれからなのです、はい。
マクシミリアン候の持ち込んだお話…これ、ええ、どうなるんでしょう(笑)
楽しみにしてくださいね~♪

いろんなことが・・・

ありましたね。。。
でも一番は、アンナ夫人。
寂しさからなのは分かるけれど、オリビエくんに濡れ衣をきせるなんて。
そしてそれを侯爵様は鵜呑みにした。
それはやっぱりアンナ夫人を一番に思ってるからなのに。
なのに、またクリスマスにアンナ夫人はオリビエくんに文句を言いに行った。
亡命貴族としてのアンナ夫人が辛い思いをしているのも理解できるし、侯爵様が帰宅後自分の所にきてくれないその寂しさも分かりますが、やりすぎてしまいましたね。

そして、でましたマクシミリアン候(笑
オリビエくん、侯爵様に相談しよう!!
せめて、ここで相談しようよ~@@;
オリビエくんたちを守る為に懸命になっている侯爵様を思うと、チャンスなんだ・・・と思うオリビエ君がちょっと恨めしい(笑
なんだか、侯爵様に傾いているkazuです^^

ではでは、また次回を楽しみにきます~
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