10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「音の向こうの空」第十七話 ②

第十七話:飛びたてるのか



「レイナドさん」
追いついたアーティアはレイナドの隣を並んで歩く。

「あの、どう思われました。噂ではオリビエは侯爵の【秘蔵っ子】だとか言われていますが」
ふん、とレイナドの溜息は深い。先ほど、一瞬だけ見せた表情が今はあからさまに眉をひそめる。
「あれでしかるべき師に学べば、どれほどの音楽家になり得たか。音楽を志す少年を閉じ込めて育てるなど」
アーティアは後を継いだ。
「それはまるで飼い殺し……」

レイナドは沈黙で応える。アーティアは肯定と感じ、続けた。
「出し惜しみだの、秘蔵っ子だの。リツァルト侯爵の評判がよいためにそういう風評が立ち、周囲も好意的に受け取ってきた。オリビエ本人も大切にされていると思っている。ですが。音楽家としてのあれほどの才能をみすみすつぼみのまま摘み取ろうとした」

レイナドはちらりと傍らの青年を見つめ、口を開く。
「だが。その環境ですらあれほどの演奏。恐ろしい才能、君の言うとおりだな。……なにを、笑っている?」

アーティアはにっこりと笑った。
「いえ。あの才能が幼い頃から表ざたにされなくて良かったと、僕は思いますよ」
「ふん。野心家だな」
「そうおっしゃるレイナドさんは、オリビエを救うおつもりですか?」
「……さて。救うとは、何を意味するのかな。私には分からんね」
「……安心しました」

かすかなピアノの音が風に乗る。オリビエが再び楽器に向かっているのだろう。
「あの、お時間があれば私のピアノを聴いてくださいませんか」アーティアが馬車に乗り込もうとするレイナドに話しかけた。
「いや、やめておく。今はオリビエの音の余韻を楽しみたい」
小さく手を上げただけで、振り返りもしないレイナドを見送りながら、アーティアは小さく舌を打った。

走り出す馬車の中で、レイナドは腕を組む。耳に残るオリビエの曲。印象的な旋律と甘美な高揚感。しかもそれは二度と同じ演奏を聴けない。忘れたくないと思わせる。
アーティアという青年はオリビエをどう判断しているのかは知らないが。
レイナドはオリビエの演奏を耳の奥に感じなおしては胸を押さえる。

数種の楽器を操り、貴族たちの夜宴に花を添え飾り物のように見せびらかされる。そんな世に言う「音楽家」でいなくてはならない理由はない。
名声も劇場も楽団も必要とせず、ただ奏で続け生きられるなら、理想的であるとさえ思える。見方を変えれば。リツァルト侯爵は大切に育てたのだ。卵を温める親鳥のように。

野心に燃える若い音楽家には、決して理解できないだろう。名声がなければ音楽を奏でて生きていけないと思い込んでいるのだから。



丁度、アーティアたちとすれ違うように、オリビエの部屋を客が訪れた。
「わぁ、いい香り!」と。嬉しげに笑う十四、五歳の少女とその妹らしき小さな少女。そしてその二人を先導して庭を横切った、ヨウ・フラ。

照れくさそうに笑ってヨウ・フラはリビングの扉を開き、小さな二人のレディを招きいれた。
目をまん丸にしているオリビエに、「ごめん、聴きたいって言うからさ」とヨウ・フラは手をもじもじさせた。
「ふうん。今日はいろいろな客が来るね。いらっしゃい、お嬢さん方。丁度、おやつがあるよ。余ってしまうから食べてくれるかい?」
オリビエが貴婦人にするように手を取れば、少女は真っ赤になった。
「あ、あの、私、エリーゼ。エリーゼ・ラドエルと申します!あの、突然お邪魔してしまって」
「お姉ちゃんずるい!」とアナンは姉の手を取るオリビエの手を両手で包んだ。
「あたし、アナレシア。アナンって呼んで」
横取りするようにオリビエの手を自分に向ける。
「やだ、すみません、妹なんです、こら、止めなさいよ!」

オリビエの手を巡って引っ張り合う姉妹。「はいはい、仲良くね、ほら」と、オリビエが二人の小さな手の甲にキスをする。ひゃぁ!とエリーゼは悲鳴のような声を上げ、アナンはお姫様みたい!と叫ぶ。

やっと少女たちから解放されて、オリビエはピアノの前に座った。少女たちは自分の手をひゃぁひゃぁ言いながら眺めている。
憮然としているヨウ・フラににんまりと笑ってみせる。
「お前のお友達、なんだろ?」
「そ、そうだよ。昨日知り合ったんだ」
「可愛い子だね」
真っ赤になった少年にオリビエは笑いが止まらず、そのままピアノを弾きだした。

いつか、エスファンテにいた頃に三姉妹の物語を音楽にしたことがある。おしゃまな末っ子と、しっかりもののでもどこか抜けている長女。二人を見てそれを思い出し、可愛らしい春の曲を奏でる。
「わ、素敵」
感動して立ち尽くしているエリーゼに、「座りなよ、弾きだすとオリビエは当分あっちの世界だから」とヨウ・フラはそそくさと自分の隣のクッションをよけ、特等席を作る。

「ええ、あっちの世界って?」視線はオリビエに向けたまま、少女はふわりとヨウ・フラの隣に座った。
「妄想の世界」
「妄想?変なの」
「今に分かるよ」
ヨウ・フラが言う理由を気にかけていたはずが、美しい音と青年を眺めているうちにそんなことはどうでもよくなっている。小さな妹と知らずに手を握り合い、いつもうるさいアナンが黙り込んでいる不思議さにも気付かない。

オリビエが演奏を終わったときには目の前に置かれた紅茶はすっかり冷め、菓子にも一つも手をつけていないままだった。

じっと固まったように見つめている少女二人にオリビエは小さく笑い、話しかける。
「そろそろ、陽が暮れるけど。君たちは大丈夫なのかな?」
目が覚めたように姉妹は慌てて外を見る。すでに、木立の陰になったそこは真っ暗だ。
「え?!本当、大変!」
立ち上がった少女に、「ね、あっちの世界だろ?」とヨウ・フラが笑い、「もう、言ってくれればいいのに!意地悪ね!」と反撃される。
「なんだよ、妄想にはまってるから悪いんだろ」
「妄想って言う言い方止めてくれないかしら!ステキすぎて、夢中になっちゃったの!」
「そんな可愛くないこというと送っていってやらないぞ」少年が口を尖らせれば、エリーゼは可愛らしく舌を出す。
「平気だもの!私たち、すぐお隣だから」
「隣?」
「そう、お父様がパールス教会の司祭をなさっているの。オリビエさんの音楽はね、教会に来る方たちの間で有名になっているのよ。だから、様子を見てきて欲しいってお父様に言われているの」

「あ、ミサの邪魔をしているかな、僕」
オリビエはオルガンの音に触発されてよくミサの時間に楽器を弾いた。礼拝堂までピアノの音が届くとは思えなかったが。
「いいえ、あのね、オルガニストのロスノさんが腰を悪くされて、毎日は弾けないっておっしゃっているの。だから、オリビエさんにお願いできたらいいなって、これは私が今考えたんだけど。そうお父様にお願いしてみるわ」
「え?」
「素敵な演奏ありがとうございます!さ、アナン、行きましょ!怒られちゃうわ!」
慌てて駆けて行く二人を見送る。オリビエは「嵐みたいだ」と笑い、ヨウ・フラを「送っていかなくていいのか」とからかう。ふと、キシュと自分、そしてズレンの様子を思い出す。

「あ、じゃあ、また!」と慌てて少女たちの後を追う少年にオリビエは目を細めた。

次へ♪
関連記事
スポンサーサイト

Secret

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。