10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「音の向こうの空」第十七話 ⑤

第十七話:飛びたてるのか


陽が夕焼けを作る頃。オリビエがそっとリビングに戻ると、いつもとは逆にヨウ・フラが出迎えた。
「どこに行っていたんだよ!?びっくりしたよ!いないんだから。テッヘさんには庭を散歩しているって話しておいたけどさ」

冷めた紅茶をまず、一杯。オリビエは立ったまま、一気に飲み干した。
呆れる少年を気にもかけず、何かをふるい落とすように頭を振った。髪に絡んだ小さな木の葉にヨウ・フラが気付いて、取ってやろうとする。
「オリビエ、悪戯してきた飼い猫みたいだよ」
不意にオリビエが振り向いた。
少年を抱きしめた。
「ぎゃ!?」
思わず声を上げたヨウ・フラは「ば、ばか、びっくりした、なんだよ、どうしたんだよ」と早口でまくし立てた。
オリビエはぎゅうぎゅうと抱きしめたまま。「放せってば、オリビエ、どうしたんだよ、変だぞ、おかしいぞ、暑苦しいぞ」
ヨウ・フラの肩にオリビエは額を乗せた。
「重いって!」
「……った」
「え?」
ヨウ・フラが黙る。抱きついているというより。オリビエはしがみついていた。助けを求めるように。今年、二十一歳の青年は伸び盛りのヨウ・フラとすでにあまり違わない身長、白い首。外に出ないために肌には沁み一つない。エリーゼが綺麗な人だとオリビエを形容するのも判る気がした。性格の幼さがさらに男らしさを消している。
「僕、教会に行った」
「……で?」
なんだ、そんなことか、と少年はオリビエを貼り付けたまま肩をすくめる。
「オルガンを、弾かせてもらった」
「ああ、そう」それで、感動したのか。
「それで。雇って、もらった」
「へ?」
「明日から毎日、午前と午後二時間ずつ。オルガンを弾いて、お金をもらう」
オリビエはまだ、治まらない動悸を押さえ込むようにまた少年を抱きしめた。
「どうしよう、僕。侯爵様に内緒で、働くことにしたんだ。生まれて初めてだ、働くんだ」
「……それ」
ヨウ・フラがじっとしている。

オリビエは深くため息をついて、少年から離れた。
ヨウとこの街に来た時、語った未来。ビクトールと歩いた街でチョコレートを飲んだ、あの時はビクトールに飲ませて上げられなかった。でもこれからは違う。自分のお金があればこっそりオペラを見に行くことも出来る。馬に乗れなくても馬車を雇うことが出来る。初めてチェンバロに触れたときのように心が躍った。

「ちょっと、待てってばオリビエ」
笑っていると思っていたヨウ・フラが険しい顔をしていることに気付いた。
「あれ。あ、ごめん、きつく抱きしめすぎた?」
「まずいんじゃないか?侯爵様に知られたら、さ。毎日抜け出すなんて、絶対ばれるぞ」

オリビエは黙ってピアノに向かう。
「なあ、まずいって!」と声をかける少年を無視して、曲を弾きだした。
アーティアが持ってきた楽譜。一つ一つ丁寧にそれを再現する。

「大丈夫。僕は決めたんだ。コンクールのためにはオペラを観なきゃいけない、もっといろいろな音楽を聞かないとダメだ。そのためには、自分で自由に使えるお金が必要なんだ!」決意のこもった視線を鍵盤に向け、オリビエは今日覚えたばかりのソナタを弾き始める。

「そういうの、演奏するために?」とヨウ・フラは楽譜を顎で示す。
「そう、こういうの。いずれ、一人でも生きていけるように」
「……オリビエがいいなら、いいけど」

その演奏はあんまり好きじゃない、その一言をヨウ・フラは喉元までで押さえ込んだ。



あの日、厳しい言葉を残したアーティアはオリビエが彼の勤めるシュタインの工場を訪れるまで侯爵家に近寄らなかった。
オルガニストとして一週間働き、初めて賃金をもらったその脚で、オリビエは乗合馬車を雇い郊外にあるシュタインの工場に駆けつけたのだった。

「やっぱり俺がいなきゃダメなんだよな、なんだかんだいってもさ。けど俺に会いに来たくせに、オリビエはピアノの工程に夢中になってるんだぜ、呆れる」
とアーティアは後にそうヨウ・フラに語った。
笑われても、あの日久しぶりにアーティアに会いに行ったオリビエの、どうしようもなく緊張した様子を話されないだけましだった。


工場は煉瓦を積み上げた単純なつくりで、天井の高いその暗がりに踏み込んだオリビエはきょろきょろと見回す。久しぶりに会ったアーティアは腕組みをしてオリビエを睨みつけた。今更なんだという顔。工場の作業服の彼は違う人間のように見える。木を削る鉋(かんな)の音、鍵盤の塗装の匂いが鼻をつく。
「あの、会いたかった」
一度視線をそらしたものの、オリビエは何のためにここまで来たのかと思い直し顔を上げる。
「……」
「アーティアの言うとおりだよ、僕は逃げてた。だから自分で決めたんだ。パールス教会のオルガニストになった」
「自慢か?パールス教会のオルガニストなんか、望んでなれるもんじゃない」
確かにあれは幸運だった。
オリビエは素直に頷いた。「うん、神に感謝しているんだ」

アーティアは肩をすくめ。オリビエの願う笑みは浮かべもしない。黙って背を向ける。
「僕、幸運だったかもしれないけど、ちゃんと働いているんだ。自分の稼いだお金で買い物もできるよ。今日ここに来たのも自分で稼いだお金で来たんだ」
「侯爵家から?」
オリビエが頷くと、アーティアは天を仰いだ。

「世間知らずは相変わらずだな。オルガニストの賃金なら半日分つかっちまっただろ?それともさすが由緒ある教会はオルガニストにも大金をくれるのか?俺がお前のところに行く時は、いつも侯爵家から出してもらっていたんだぜ?」帰りは侯爵家の契約した馬車で無料だしな、と作業服のアーティアは帽子を取って頭をかいた。
オリビエは翡翠色の瞳を見開いて、首をかしげた。
「え?」
「だから。侯爵家の馬車を出してもらえばよかったんだ。俺に会いに来るためにお前は高い金を払ってきたってことだよ」
ああ、なんだ、そういうこと。と、いつもどおり軽く束ねた髪を揺らしてオリビエは笑った。どこか上品な仕草と白い上着は工場内で目立った。

「会いたかったから。また、教えて欲しいんだ。僕に、本当の音楽を。そのために働いているんだ。ここに来るのにお金を使うのは当然だよ」

言葉を継げずにいるアーティアに通りかかった年配の男が「お客様なら事務所へお通ししろ」と声をかけ、オリビエと目が会うとへこへこと愛想笑いをして見せた。
「客じゃないですよ、友達です。オリビエ、工場を見ていくか?ピアノの原理を学ぶのも勉強になる。仕方ないな、案内してやるよ」
服のポケットに両手を突っ込んで、少しばかり照れくさそうに言ったアーティアに、オリビエはホッとした。また、以前のように通ってもらえるのだ。
先生としてというより、友達として。あのままでは嫌だった。

次へ♪
関連記事
スポンサーサイト

Secret

プロフィール

らんらら

Author:らんらら
のんびり小説を書いています
日記ブログはこちら♪

ランキング参加中です♪

クリック よろしく~♪

FC2Blog Ranking

最近の記事+コメント

FC2カウンター

リンク♪

小説ブログの皆様

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。