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「音の向こうの空」第十七話 ⑥

第十七話:飛びたてるのか



心配していたヨウ・フラも「オリビエが街に出るのは悪くないと思うし、いずれ路頭に迷う前に努力するのは必要だから」と二人のメイドに黙っていてくれるよう説得してくれた。
ビクトールがアンナ夫人につきっきりのために、ヨウ・フラがちょっとしたお使いなどをテッヘに頼まれることもよくあった。機転の利く少年はテッヘにもその姪のシェイルにも信頼されていた。


オリビエが教会のオルガニストとなって二ヶ月。季節は夏の盛りを過ぎていた。
週に五回程、午前と午後にパールス教会を訪れる。聖歌の他にいくつかのミサ曲を奏でるだけの簡単な仕事。静かな礼拝堂での仕事はオリビエの気持ちを落ち着けてくれる。燃える蝋燭のかすかな香り、人々の息遣い。外の強い日差しも荘厳な石造りのバジリカの中は冷やりと心地よい。

侯爵にはまだ知られていない。

アーティアは相変わらず毒舌だったが、以前と同様オリビエに新しい楽譜をもたらした。彼が楽団で学ぶ曲の特質や表現方法を聞きながらオリビエも演奏に挑戦する。

皇室宮廷室内楽団の演奏会にも幾度となく連れて行ってくれ、オリビエにもピッコロとフルートの音が聞き分けられるようになった。新市街のはずれで上演されていた「魔の笛」にも数回足を運んだ。

貴族しか入ることの出来ない宮廷歌劇場には、アーティアの計らいで一度だけ入ることが出来た。
壮麗なバロック式の劇場内は、高い天井に歌声が響き、譜面を見るためにオーケストラが灯す小さなろうそくが暗がりの舞台に美しい情景を作る。
着飾った貴族たちの客席ではなく、舞台裏からのぞくだけだったが、めいっぱい背伸びをして立ち続けるオリビエに、大道具係の男が「こいつに乗ったらいい」と木箱を台にしてくれた。「今はまだいいがね、これから夜は冷える。手袋の一つもできない楽士さんたちは大変さね」と、この季節に寒さしのぎではないだろうが尻のポケットから取り出した小瓶の酒をあおった。

オリビエは楽しかった。特に市民が誰でも観られる小さな歌劇場のオペラが好きだった。舞台裏の女優たちや合間に民衆を沸かせる道化師。市民向けの小さな劇場のオペラは一幕きりの短いものが多かったが、どれも楽しい内容で客席もオーケストラも皆が笑っている。
一度舞台裏で立っているオリビエを配役と間違えて舞台係の男が舞台に押し出そうとし、慌ててオリビエは袖の幕にしがみついた。知り合いの監督と話していたアーティアが助け舟を出し、なんとか初舞台を免れたのは、当分の間笑い話としてヨウ・フラにも披露された。

それらの楽しい勉強は、侯爵が仕事で出かけた週末の午後のみに限られていた。平日は午前の二時間と午後の数時間を教会のオルガンとアーティアのピアノ教室に費やした。その間、訪れたヨウ・フラは二人の白熱する音楽を聞きながら一人で勉強していた。

その日もヨウ・フラは一人静かに勉強していた。
アーティアを見送るとオリビエは「ごめん、待たせて。今度はヨウの番だ」とヨウ・フラの手元をのぞいた。
「?あれ?」
いつもの本ではない。大きな紙に文字が印刷されたものを折りたたんで置いている。
「分かった?」
「新聞を読めるようになったんだ」
「違うよ!読んでるんじゃないぞ。僕、校正を任されたんだ。この後、夕方の印刷に間に合わせて、明日の発行なんだ。オリビエだけじゃない、僕だってちゃんと成長しているんだ」

オリビエは紅茶を口に運びながら、笑った。ここでわざわざそれをするのは、オリビエに見せたいからなのだ。文字が書けるようになって校正までできる、少年は誇らしげに胸を張る。

「すごいじゃないか!ヨウは僕なんかよりずっとしっかりしているよ。印刷工場に住み込みで働いて、時間さえあれば僕の世話もしてくれたり、新聞社で雑用も引き受けたりしてる。尊敬しているんだ」
ふん、と照れくさそうにいつもの清ました顔を作ると、ヨウ・フラは自分も紅茶を飲もうとカップを持ち上げる。
「あのさ、オリビエの曲、弾いてほしいな。練習している曲は下手じゃないケド、なんかつまらないんだ。オリビエのいつもの、アーティアが奔放だとかでたらめだとか言う、あの演奏がいいな」
ヨウ・フラの大きな目は真っ直ぐオリビエを見上げる。

「僕はオリビエのままの曲が好きだ。誰かの曲を真似ているのは好きじゃないよ。オリビエ、気付いている?公園でオリビエの演奏を聞きに来ていた人たち。今は、あんまりいないよね」
「それは」オリビエも気付いていた。
「僕が教会で弾くから、だからもう、いいんじゃないかな。教会には大勢来るし」
ヨウ・フラは首を横に振る。
「違うよ。教会ではミサ曲と聖歌だけだろ。皆、オリビエが思うままに弾くのがいいんだ。エリーゼだってそう言ってた。オリビエが何のためにアーティアに音楽を習うのか知らないし、僕には音楽の良し悪しは分からないけど。オリビエの曲が好きなんだ」

「うん。そうだね。ヨウ、ありがとう」
「なんでありがとうだよ?」ヨウは持っていたペンの手を止めた。新聞から顔を上げる。
「僕のこと好きって言ってくれた」
「音楽が、だよ!」
「同じことだよ。僕は、自分の演奏を覚えていないような未熟な音楽家だけど、それを誰かが好きだといってくれるのは、やっぱり嬉しいよ」

オリビエは静かで温かい旋律を奏でる。ピアノの音色すら違って聞こえる。ヨウ・フラは久しぶりにオリビエ本来の演奏を聞いて確信した。
そして、オリビエが演奏をし終えるのを待った。

嬉しそうに、本当に楽しそうに演奏するオリビエ。幸せそうなオリビエが鳥でも空でも雲でも。好きなものに浸りきって紡ぎだす音色は日々変わる夕焼けに似てどれも美しい。
そう実感すればするほど、どきどきする。
この音色が好きなんだと少年に自覚させる。オリビエはやはり特別だ。

「あ、ごめん、夢中になってた」
そう笑ってオリビエが手を止める。

はっと。ヨウ・フラが目を開けたとき、棚に置かれた時計は約束の時間を指している。
「わぁああ!!!まずい!」
慌てて新聞を抱えると、ヨウ・フラは風のように走り去る。
庭の向こうに。
「オリビエ!やっぱりそれが、いいと思う!」
そんなことを叫びながら。

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