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「音の向こうの空」第十七話 ⑨

第十七話:飛びたてるのか



「わ、これ蹴られたの?」オリビエの背中に残る足跡に少年は顔をしかめた。
「ひどいな。良かったよ、手が無事でさ。結局、夫婦喧嘩に巻き込まれて、オリビエっていつも損するよな」
「損、っていうのかな」
自分にも責任がある。かつて、夫人と関係を持っていた。命令とはいえ、今思えば拒否することも出来たのではと。かすかに後悔が残る。
「そうだよ、オリビエってお人好しだろ?怒ったところ見たことないしさ。あれだけアーティアに酷く言われても笑ってるんだから。見ているこっちが腹が立ってくる。オペラの曲も出来たしさ、もう教わるのやめたら?」

ヨウ・フラはここしばらく溜め込んでいたそれを口にした。本当はアーティア本人に言ってやりたいところだが、十歳以上年上でいつも怒鳴っているアーティアは少し怖い。ヨウ・フラが無意識にオリビエに訴えるのも、オリビエなら怒らずに聞き入れてくれそうだと感じているからだ。

ベッドに座ったオリビエは、枕を抱きしめて首をかしげる。
「もし侯爵様に何かあったら、僕は独りで生きていかなきゃならないだろ?だから、そのために勉強しなきゃいけない、そう言ったの、ヨウじゃなかったかい?」
「それは、確かにさ、もしものことがあればだけど。でももう、オルガニストなんだし。問題ないだろ。あんなふうに毎日怒鳴られながらピアノ弾いて楽しいの?見ていて痛々しいんだ」
傍から見るとそう見えるらしい。オリビエはそこまでの自覚はなかった。

「でも、友達だから。アーティアは友達だから思ったことを言うって」
「だから、それ違う。友達なら何言ってもいいわけじゃないし。ずっと思っていたんだ。いつも一緒にいるから言えなかったけどさ。どう考えてもさ。アーティアよりオリビエのほうがピアノは上手いよ。あんなに偉そうなこと言ったって、アーティアはオリビエの演奏を真似できないんだ。一度もアーティアの曲っての聴いたことないし。持ってきた楽譜だって模範演奏もしない。そうだろ?なんかずるいよ、アーティアって信用できない」

「ヨウ!そんなこと、言わないで欲しいな!僕は、ヨウもアーティアも、二人とも尊敬しているんだよ!二人がいなかったら僕は何も知らないまま、ここで夫人とビクトールと一緒にじっとしているんだよ。そう思えば僕は君たちがいてくれることで救われている。アーティアに教えてもらうのも本当は口実なんだ。淋しいから会いに来て欲しい、僕の我がままなんだよ」

先ほどの興奮が残っているのか、オリビエが想像する以上に声高になる。
ヨウ・フラは黙り。それから低く息を吐いた。

「分かったよ。ま、今日もアーティアがいなかったら危なかったし。コンクールに入賞したら、それはオリビエのためになるんだよね。侯爵様じゃなくてもオリビエを雇いたい貴族は大勢いるんだ。僕なんかと違ってオリビエはたくさんの可能性があるんだ。正直さ、時々腹が立つよ。僕が今の仕事につけたのは侯爵様の口添えがあったからだし。オリビエはそんなに頼りないのにさ、侯爵様の力がなくてもあっさりオルガニストなんかになれる。ずるいよ」

ヨウ・フラは真っ直ぐ向けていた目をうつむかせた。オリビエは少年の瞳が少し潤んでいるのを見逃さなかった。少年の言いたいことが分からないわけじゃない。彼なりに心配してくれているのだ。

「ごめん、ヨウ。言い過ぎたね。ヨウだって目標に向かってがんばってるじゃないか。校正もできるようになったし、親方には信頼されているんだろ」
ヨウ・フラは小さく「だけど、ラドエル司祭様には」と呟いた。

ラドエル司祭、様?

「ラドエル司祭って、パールス教会の?」

エリーゼの父親だ。パールス教会には大司教を頂点に三人の司教、そして五人の司祭が勤めている。その内の一人エリーゼの父親がオリビエとオルガンを引き合わせてくれた。ヨウ・フラが少女に恋をしているのは傍目に明らかだった。エリーゼもここに来てはヨウ・フラと二人で庭を散歩したり、読み書きの勉強を手伝ったりしていた。その間、アナンはオリビエを独り占めしていたが。返ってそれでエリーゼは妹のお守から解放されているようだった。

司祭の娘と仲良くなっても今のヨウ・フラでは認められない、そういうことだろうか。

「僕も、ちゃんと学校に、行くべきだったんだ」とヨウ・フラはうなだれた。
けれどそれは、両親を失い監獄の下働きとして生きてきた少年には不可能なことだった。最近ヨウ・フラの表情が沈んで見えるのはそれでなのか。

「この国も、革命が起こってさ、身分なんかなくなればいいのに」そう少年は呟いた。あのバスティーユの惨劇を眼前で見てきた少年が、それを願う。争い血を流すことに嫌悪していたのに。
思いつめる切ない気持ちがヨウ・フラの中で傷を作り血を流しているのかもしれない。

「ヨウは知っているかな。クランフ王国の革命を起したのは市民だったけど、その市民を勇気付けたのは新聞だった。そこに寄稿する思想家だった。今はまだ、この国にそういう動きはないかもしれないけど、ほら、言っていただろう?クランフ王国の影響を受けるのを恐れてこの国だけじゃない、周辺の国はどこも緊張感を増しているって。いずれ、変わっていくんだ。クランフ王国の様子をこの国に伝えるだけでも、それは変化を速めるかもしれない」

オリビエはベッドに腰掛けて天蓋から垂れるレースをゆらりと手で揺らした。ランプに透けるそれは怪しく美しく影を作る。

「オリビエ、それ……」
「時の流れは変えられない、多分。君の目標は新聞記者なんだろう?革命の体験を本にするって言っていた、それを書いてみればいいじゃないか。文章を書いて、新聞社に持ち込んでみれば」

大きく見開いた少年の瞳が数回瞬きする。

「こうして、侯爵様と亡命してきている僕が言うのは変かもしれないけど。いずれ身分とか関係のない時代が来るよ。僕がそういう時代に生まれていたら、音楽を奏で続けるために恋人を失う必要なんかなかった。侯爵家の飼い犬とまで言われて、縛られて生きてきた、それでもここにいるのはそうしなければ僕一人では音楽を続けられなかったから。僕はヨウ、君の語る夢に励まされて、アーティアに怒られて、やっと自分で立つ勇気を得た。だから、今度はヨウの番だろう?実現したいことがあって、そのための最善の方法もきっと君は理解している。そうだろ?」

「お、オリビエに言われなくたって、分かってるよ。僕は、本を出す。すぐじゃないけど、思想家みたいに皆に伝えたいことがある。身分やお金や、そういうのよりずっと大切なものがあるんだ。僕は何もかも持っていなかった、だから分かるんだ」

少年の握り締めた拳が少し震え、オリビエはそれを両手で包んだ。

「そうだね。思想家みたい、じゃない。ヨウが何かを伝えて、それに誰かが感動したら、それは立派な思想家だと思う。マルソーが僕の音楽を思想だと言ったのと同じようにね」

オリビエの笑みは温かい。包み込む手もヨウ・フラの働く手よりずっと柔らかく温かい。ヨウ・フラは幼い頃かすかに覚えている母親の手を思い出し、見上げるオリビエをじっと見つめた。

「背はもうあまり変わらないけど、まだ手は子どもだよね。よしよし」
オリビエが立ったままの少年を抱きしめるとヨウ・フラは慌てて突き放した。「子ども扱いするなって!」

その真っ赤になった顔が面白くて、オリビエは笑い出す。もう一度、手を伸ばしてその髪をくしゃくしゃとなでてやる。
「やめろってば!」
文句を言いながらも、ヨウ・フラも笑った。


その夜のヨウ・フラの日記には、いくつかの綴りの間違いを訂正しながら、
『マルソーの言うとおりだった。理由は分からない。だけど、オリビエの演奏は愛おしいと思うし、生き方は興味深い。何で皆が護ろうとするのか、少しは分かった。気付けば、僕自身もオリビエを心配し、気遣っていたからだ。』と、ラテン語で書き込まれた。

次回第十八話「スープに沈む静かなる愛」は12月8日公開予定です♪
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ゆつきさん♪

おお!五嶋龍くん!素敵~♪
本物の音楽を生で聴くって素敵ですよね!
私も最近はチャンスがあればピアノをメインにいろいろ聞いています!(おこずかいが苦しいけど…)
浜松市が近いから、次は国際ピアノコンクールなのです♪ドキドキ…
ピアノを習い始めて改めて、この小説の音楽表現の部分を見直そうかと思っています。
技術的なものとかね。
アーティア、どうなるでしょうか…うふふ。
憧れと嫉妬は紙一重ですから…。

NoTitle

うーん…… アーティア君が、なんだか心配です。野心家の彼が、オリヴィエちゃんの才能を間近に見るのって……辛そう。
オリヴィエちゃん、久しぶりにキシュのことを思い出しましたねー。なんだかふんわり、わたしもあったかくなりました。いろいろあったけど、キシュの歌声は、わたしの中でもあたたかい記憶です。

この間、五嶋龍くんのヴァイオリンに魅せられてきました。
天才、て。神様の音楽って、あるんだなぁ、て。
オリヴィエちゃんのことを思い出しました♪ 神に愛されるとか、天運とか、それだけじゃなくて、自分ががんばってるってもちろんあるってわかるけど、天恵ってあるなー、と。

そして。
ちっちゃい女の子のハートを掴むオリヴィエちゃん(笑)、素敵です♪

藤宮さん♪

こっそりと(笑)ありがとうです!!
オリビエの向かう先、影響を与える新しい友人たち。うん、「おいおい、大丈夫?」と、言いたくなりますよね…。もともと、ちょっと抜けてる子だから(笑)
いずれ、見つけますよ、なにが自分の音楽なのか。
はい。

アンナ夫人、この物語で一人、大人の色気を振りまく(笑)存在です。ビクトールの愛情かぁ。夫人にとって、侯爵以外は愛する対象ではないのだと思いますよ…そういう意味でビクトールさん、悲しい恋を続けています。

きっと、アンナ夫人が嫁いできた十代の頃、初々しい彼女を二十代の青年だったビクトールは眩しく見ていたんだとおもいますよ…それはそれで、一つドラマが出来てしまいそうなくらい♪

ビクトールは以前、アンナ夫人を慰めて欲しいとオリビエに頼んでいたのに。オリビエはそれを拒絶することにした。それも、今回の顛末の原因ですよね…。ビクトールは、自分でアンナ夫人を慰めようとしたんですけどね…。どうなることやら…。

キャラクター同士がすっかり影響を与え合っていて、なんだか、伏線とか言うより自然現象みたいに行動してきています(笑)
次回も楽しんでいただけるよう、がんばりますよ~♪

kazuさん♪

ありがとう~!!
そう、ビクトールとアンナ様…。こんな風に…革命の時の凛々しいアンナ様を思うと可哀想なんですけどね…。自分がもし。アンナ夫人だったら…。どうだろうかと、思いますよ~。華やかで不自由のない生活をしてきた、思うまま手に入れるものはすべて手に入れてきた。彼女にとって唯一手に入らないもの、それが侯爵様の「彼女の望むカタチの」愛情。
これまでもオリビエを散々振り回してきましたが。
凶行に走らないといいなぁ…(←!?)
このあたり、籠の中のオリビエ君が自分の音楽が、世間でいう「音楽」とどう違うのか、今のままでいいのか、疑問を持ち始めます。そうそう、kazuさん、レイナドさんのあの言葉は、らんららの言いたいことの一つ♪そんな風にオリビエ君には生きて欲しいのだけど…。
でも、知らないままではいられないし…。
ゆっくり展開ですけど、そろそろ、いろいろと動きが…。
次回も楽しんでくださいね♪

ううん…。

うーん、色々考えてしまいますね…。

オリビエ君は、飛び立つために最初の一歩を踏み出したわけですが。

なんと言ったらいいのでしょう。
うまい言葉が見つからないのですが、なんとなくその歩みが危うく見えるのは、私だけでしょうか。

経験を重ねる中で、オリビエ君本来の音楽が失われてしまうのではないか…、ちょっと、そんなことを心配してみたり。

しかし、アンナ夫人とビクトールさんは衝撃的でした。
でも、ビクトールさんの愛情の形は、今のアンナ夫人の救いにはならないのかなあ、とも思いました。
だって、アンナ夫人の心は今も侯爵様にあるんですし。

皆それぞれ変化がありますが、これからどうなっていくのか。

楽しみにしていますね!いつも通り、こっそりと(笑)

はぁぁぁ

アンナさま・・・@@;
アンナさまは、精一杯愛情を手に入れようとしているんですね。
ビクトールさんにとって、アンナさまは唯一人の人で。
大切だからこそ、精一杯の愛情を示そうと・・
ううぅ、でも。ビクトールさん、それは違うよぉぉ
このあと、アンナ様とビクトールさんがどうなるのか。凄く気になります;;

そして、オリビエ君!
働きに出て、自分でお金を稼いで。
自分の音楽以外を知ろうと努力していて。
素晴らしいことだと思うけれど。
ヨウ・フラくんのいう、オリビエ君の音楽が好き。
そしてレイナドさんの「ただ奏で続け生きられるなら、理想的である」
その言葉が、オリビエ君のすべてを表しているのかも・・・そんなことを思いました。

続き、楽しみにしています^^
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